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木村寛齋 きむら かんさい(1799 寛政11年〜1843天保14年)


《資料紹介》

 木村寛齋の添削詩稿 未刊に終わった小原鉄心編『地下十二友詩』との関係とともに

 江戸時代末、小原鉄心・江馬細香をはじめとする西濃の漢詩人たちが集まって「咬菜社」という詩社が興された。その中心人物であった小原鉄心が、 同人および大垣藩士のなかから亡くなった知友をえらび、その人となりを回顧し、詩業の概略をかいつまんで紹介した『地下十二友詩』という未刊に終った編著書がある。刊行されなかったこの本について中村規一氏が『小原鉄心伝』(明治四十三年)のなかで紹介した条りは次の通りである。

「すなはち「起こすべからざるの友と一室中に会して、以て旧憾を慰む」との意より、野村藤陰、菱田海鴎とも謀って、江馬細香・菱田毅齋、戸田睡翁、鳥居研山、宇野南村等の詩稿を輯録して一々これが小伝を付し、市川東巌(藩の輯録方)をしてその肖像を画かしめ、一書をなし『地下十二友詩』 を編せんとす。材料の蒐集、体裁上の統一、詩稿の校正、一に鉄心の主宰せる所なり。これに費やしたる苦心と努力とは、その関係書類のみを集めたる一書庫に見るをうべし。然るに故ありて出版を果たさず。材料も大半散佚したるは惜しむべし。」(『小原鉄心伝』33p)

 出版を果たさなかった筈の現物だが、『大垣市史(中巻第4編学芸史)』(1930)『濃飛文教史』(1937)執筆時の参考文献として、著者である伊藤信氏のもとにあったこと、その後いかなる事情を経てか、長沢規矩也氏からの遺贈本として関西大学図書館に所蔵されているのがみつかった。 (『地下十二友詩』配置場所:関西大学図書館(特別文庫)資料ID:206577869)
 複写をとって検べてみると、果たして肖像画と詩篇とが紹介されているのは上述の五名、すなわち没年順に記せば、鳥居研山(嘉永四年1851没)、菱田毅齋(安政四年1857没)、戸田睡翁(安政四年1857没)、江馬細香(文久元年1861没)、宇野南村(慶応二年1866没)、そして他にも『濃飛文教史』で紹介されている河合東皋(天保十四年1843没)、木村寛齋(天保十四年1843没)の二名が加わり都合、計七名であった。

 興味深いのは、この一冊が、未完ではあるものの写本ではないことであった。すなわち、序文を付して、薄い和紙に刷られた版本の一部分のような姿を呈したこの『地下十二友詩』の現物は、小原鉄心のもとで十二名を想定しつつ編纂が進められ、版木が彫られつつあった状況を髣髴させる。計画が途絶し、ゲラ刷りと思しき初校段階の刷物が、たった一部だけ残されたのであろうか。これは「故ありて出版を果たさ」ず封印され、版本の姿を半ば留めた「孵化前の卵」というべき鉄心の遺品であった。印刷史の資料としても珍しいものである。
 冒頭の鉄心による序文を掲げてみる。

 刻地下十二友詩

何来之禽嚶其鳴矣。春昼眠覚。乃
取所自鈔地下十二友詩、琅然誦之、
奇興勃発。狂呼置酒、故友来、或
論時事、或談風月、墨戯酒顛、情
百出、人間逸楽何物加之。然而欲盡、則
吐其詩中之趣也己。吁乎、九原不可
起焉。雖然、會不可起友於一室中、以
慰舊憾者、其此巻乎。上梓之益
以真野村菱田二子。(二子)莞爾曰、大夫果
為此挙、則吾輩後進又刻大夫等詩、
又後進亦復刻吾輩詩、此所以等百年
友於旦暮。不意屋梁落月也。大夫之計
又謂得矣。意遂決、速附剞劂氏云。
慶應丁卯清和月
  鐵心小原寛 識

※赤字部分、冊子体をお持ちの皆様には訂正お願いいたします。

 『地下十二友詩』を刻す

何れより来たるの禽、嚶として其れ鳴くや。春昼に眠り覚む。
乃ち自ら鈔する所の地下十二友詩を取りて、琅然と之を誦すれば、奇興勃発す。
狂呼して酒を置けば、故友、交(こもご)も来たり、或は時事を論じ、或は風月を談じ、
墨戯酒顛、情百出すれば、人間(じんかん)の逸楽、何物か之を加へん。
然り而して盡きんと欲すれば、則ち其の詩中の趣を吐かんのみ。
吁乎(ああ)、九原起こすべからず。
然りと雖も、起すべからざるの友を一室中に会して、以て旧憾を慰むる者は、其れ此の巻か。
[然りと雖も、会(たまたま:適)友を一室中に起こすべからざるも、以て旧憾を慰むるは、其れ此の巻か。]
上梓の益、頓かに動かすに、真(まこと:在世中)の野村・菱田二子を以てせん。
二子、莞爾として曰く、
大夫、果して此の挙を為さば、則ち吾輩後進も、又た大夫等の詩を刻し、後進も亦た復た吾輩の詩を刻さば、此れ百年の友を旦暮に等(ま)つ所以なり。
屋梁落月(:杜甫李白の故事)を意はざらんや。大夫の計、得たりと謂ふべし、と。
余が意、遂に決して速かに剞劂氏(出版)に付すと云ふ。
慶應丁卯清和月(慶応三年旧暦四月)
  鐵心小原寛 識す


 関西大学図書館ではタイトルを「ジゲ ジュウニ ユウシ」と訓んでいるが、「起こすべからざるの友」の謂に従えば「チカ ジュウニユウシ」と訓むべきと思う。そして小原鉄心よりも早く亡くなった、彼と関係の深かった詩友・先輩として他にも、岡田主鈴(天保十四年没1843)、菱田恪齋(弘化三年没1846)、水野陸沈(訥齋)(嘉永七年1854没)、松倉瓦雞(万延元年1860没)、佐藤龍涯(文久二年1862没)、井田澹泊(慶応二年1866没)、高岡夢堂(明治二年1869没)といった人達があり、彼らの中から五人を加えて計十二名、といふ計画だったかと推察される。

 「故ありて出版を果たさ」なかった理由はさまざま考えられよう。当時大垣藩の重臣として維新動乱時の処理に忙殺されていた小原鉄心に、資料を広げてアンソロジーを編む余裕など無くなってしまったろうし、その後も放置され計画が熄んだのには、自身の体調があったろう。酒量を因とする病により明治五年、鉄心は五十六歳という早すぎる生涯を閉じている。またこの本が出たら一番の目玉となった筈の、江馬細香の詩篇が『湘夢遺稿』として明治四年に刊行されてしまったことも影響しているかと思われる。

 さて、この未刊に終った『地下十二友詩』であるが、「散佚した」「惜しむべき」「材料」のうち、天保十四年に最初に故人となった大垣藩臣の河合東皋、および木村寛齋の自筆詩稿がネットオークションに現れ、偶然にも筆者の有に帰した。さきに紀要『岐阜女子大学地域文化研究』34号にて紹介した 資料、戸田葆堂の日記『芸窓日録』と同じ出品者からのものであっ た。

 うち木村寛齋の詩稿は、紙縒で綴じられたもの等が十九点、それぞれに安八郡の人で頼山陽の高弟だった後藤松陰により、朱批と感想とが添削の日時を付して施されていた。郵筒により作詩の指導を仰いだものと思われる。
 尚かつ、別に『寛齋遺稿』一冊が遺されており、こちらには後藤松陰と、梁川星巌の門人であった小野湖山との添削が、弘化五年三月の日付で施されていた。驚くのはこちらの写本、四十四才で亡くなった寛齋のために、十八才年の離れた若き同僚、小原鉄心が選詩して清書したものであったことである。序跋を付せばこのまま版下として通用するような謹飭な楷書で写されている。
 彼此の詩篇を比較すれば、これらの詩稿が『地下十二友詩』の「材料」であったものと思料される。当時より藩内一の詩人として鳴らし、家筋もよかった小原鉄心のもとには、先輩好事家の遺文が集まったであろう。彼もそれに応えて遺稿をまとめ、やがては「関係書類のみを集めたる一書庫」を自邸につくり、西濃詩壇の責任者として『地下十二友詩』の刊行を思い立つに至ったのではなかろうか。

 今回は新出資料のうち、その木村寛齋(寛政11年1799〜1843天保14年8月4日)の詩篇の紹介を試みた。『地下十二友詩』に選ばれた最 終的な詩篇(14篇)【A】と、後藤松陰による朱筆が施された自筆詩稿(234篇)【B】、そして小原鉄心によって清書された『寛齋遺稿』一冊(80篇)【C】である。 これにより木村寛齋というこれまで知られなかった一詩人の全貌が明らかになるとともに、添削稿においては、当時の詩人間で行われた通信教育の実際を見ることができよう。また郵筒指導の過程でなじみ深い「原稿用紙」の様式が現れるが、その理由についても興味深い事情が知られるのである。

 ※資料訓読(前半部)にあたっては徳田武先生、河井昭乃先生より、発表後には坂井輝久先生より、多大な御教示に与りました。茲にあらためて深謝申し上げます。


【A】
未刊本『地下十二友詩』より木村寛齋の詩篇 14篇
  PDF(13.2mb)


 清操溢眉。錦繍
 支胸。籠罩一世
 人中之龍。
        高清画
  寛齋大夫賛

 清操、眉に溢れ。錦繍、胸を支ふ。
 一世を籠罩(ろうとう:覆う)す。
 人中の龍。
 

木村考

考、字講甫、号寛齋、為人温藉神秀、以風流自尚其為執政、不拘規度、論事鑿々中窾、而雖小吏細民、能籠罩之、故其躬行有微瑕、人亦無誹之者、初余之擢重任、一出於講甫推轂、然同職日浅、幽冥異世、
是為深憾耳、天保十四年癸卯八月四日没年四十五。

考、字は講甫、号は寛齋、人となり温藉神秀、風流以て自ら尚び、其れ執政と為るや、規度に拘らず、事を論じては鑿々として窾(規矩)に中り、而して小吏細民と雖も能く之を籠罩し、故に其の躬行、微瑕有るも人また之を誹る者なし。初め余の重任に擢ぜられるは、一に講甫の推轂に出づ。然して職を同じうする日浅くして、幽冥、世を異にす。是が為に深く憾むのみ。天保十四年癸卯、八月四日没す。年四十五。

 木村寛齋がいかなる人物であったのか。現在遺された文献のうち一番詳しい紹介文は、さきに掲げた『濃飛文教史』を執筆した伊藤信氏によるものであるが、それがこの『地下十二友詩』の鉄心の記述をもとにしたものであることが判る。煩を厭わず伊藤信氏の紹介文をここに引く。

木村寛齋、名は考、字は講甫、寛齋は其の号、通称清太夫。父、名は義列、藩に仕へて組頭たり、寛斎、寛政十一年を以て生る。父の後を嗣ぎて組頭となり、後ち城代に進み、禄五百石を食む。人と為り、温籍神秀、風流自ら尚ぶ。其の執政となるや、規度に抱らず、事を論ずる鑿々窾(あな)に中る。 小吏細民と雖も能く之を籠罩す。故に其の躬行、微瑕あるも人亦之を誹る者なし。後年小原鐵心が重任に擢んでられしもの、一に寛齋の推轂に出づ。天保十四年八月四日歿す。年四十五。

 管見では他に、江馬活堂(1806〜1891四代目春齢)の娘、お澄(お保)が「木村清太夫敬職」に嫁いだことを記しているものがあるが(『大垣藩の洋医』1977青木一郎著87p)、典拠の江馬金粟遺稿『黄雨樓集』(1934)「姪女阿澄墓誌」に「清太夫」の文字はない。もとよりお澄は文久三年1863に34でなくなっているから、夫であった木村敬職というひとは寛齋ではない。或いは嫡男であって通称「清太夫」を世襲したのであろうか。

 この時代に編纂された美濃地方の漢詩アンソロジー『三野風雅』においても、大垣藩や岩村藩(東濃)といった、文教が盛んだった大藩に対しては、編者津坂拙脩(津坂東陽の嗣子)は詩篇の採集を行っていない。そのため、木村寛齋を始めとして大垣藩の武家の詩作品は殆ど世に知られず終いで現在に至っている。この度の資料公開は、一人の江戸時代詩人の全貌の発掘と呼んで差し支えない質と分量とを誇るものであり、同時に漢詩制作時における「通信添削」の実情がよくわかる資料であるといえよう。

 まずは最終的に『地下十二友詩』に採られることになった精髄の作品14篇からみてゆきたい。(タイトルに付随する〇●及び番号は、後に紹介する詩稿中にも現れる詩篇番号である。)

◎01〜04. 野上驛有暴風雨。乃記其事。實天保七年丙申六月十八日也。(●20.〜●23.)

北山雲人立。倏與南雲合。怒雷如礟雨如縄。家中咫尺叫不答。

暴風闘疾霆。黒雲壓山根。何論黄龍力負舟。颷風巻屋天雨人。
 煥曰、真是驚人話。

戕風屋皆仆。餘勢折大樹。天色一時黒如漆。這中有物蜿雲去。

老松皆倒野。何暇救死者。松倒人死風方休。人身碎在龍鱗下。
 煥曰、記實詩、不求奇而奇、然亦非大夫、則不能筆此奇。
 禧曰、突然而起、訥然而止、筆勢霊竦、四首貫珠、使人瞠若乎後矣。

 野上驛に暴風雨あり。乃ち其の事を記す。実に天保七年丙申六月十八日也。

北山、雲、人立たり、
倏(たちま)ち南雲と合す。
怒雷は礟(ほう:大砲)の如く、雨は縄の如し。
家中、咫尺(※の間も)、叫べども答へず。

暴風は疾霆と闘ひ、
黒雲は山根を圧す。
何ぞ論ぜん、黄龍の力、舟を負ひ、
飈風、屋を巻き、天、人に雨するを。
 煥(野村藤陰)曰く、真に是れ人を驚かす話なり。

戕風(しょうふう:暴風)、屋みな仆れ、
余勢、大樹を折る。
天色一時、黒きこと漆のごとく、
この中に物あり、雲を蜿(うね)らせて去る。

老松みな野に倒れ、
何ぞ死者を救ふ暇(いとま)あらん。
松倒れ人死して、風まさに休(や)む。
人身、砕けて龍鱗の下に在り。
 煥曰く、實を記す詩なり、奇を求めずして奇、然れども亦た大夫に非ざれば、則ち此の奇を筆すること能はず。
 禧(菱田海鷗)曰く、突然にして起き、訥然にして止る、筆勢霊竦、四首、珠を貫く。人をして後えに瞠若せしむ。


◎05. 夏夜偶作。(〇147.●55)
子規聲裡夜蕭蕭。倚壁紗燈影欲消。一局殘棋人去尽。茅簷疎雨滴芭蕉。

 夏夜偶作。
子規の声裡、夜蕭々たり。
壁に倚りて紗燈、影、消えんと欲す。
一局の殘棋、人は去り尽し。
茅檐の踈雨、芭蕉に滴す。


◎06. 東山春遊。次細香韵。(●56.)
霞気薫人日未斜。醉餘吟歩興情加。可憐鄒妓為何事。抽取銀釵串落花。

 東山の春遊、細香の韻に次す。
霞気、人を薫じて日、未だ斜めならず。
醉餘、吟歩すれば興情加はる。
可憐なる[雛]妓、何事をか為す。
銀釵を抽き取り、落花を串(つらぬ)く。


◎07. 送阿母遊京。到垂井駅而別。(〇217.を改作した●61.を改作。)
山程春盡百花空。鳥語水聲離恨濃。驛外拝辭猶佇立。依稀笠影隔行松。
 情景并至。

 阿母の京に遊ぶを送り垂井驛に到りて別る。
山程、春盡きて百花、空し。
鳥語水声、離恨濃やかなり。
驛外にて辞を拝して、なほ佇立。
依稀たる笠影、行(ぎょう)松を隔つ。
 情と景と并び至る(※鉄心評)。

◎08. 訪小原栗卿。共歩其園中。偶有此作。(●69.)
午風扇暖小園中。雨後幽蹊苔色同。山櫻時節應近。未著花枝已帯紅。

 小原栗卿を訪ふ。共に其の園中を歩んで偶ま此の作有り。
午風、暖を扇ぐ、小園の中。
雨後の幽蹊、苔色と同じくす。
山櫻の時節、應に近かるべきを知る。
未だ花枝を著けざるも已に紅を帯ぶ。

所所
◎09. 春遊即目。(●11.を改作)
驟暄雨近気如醺。遥處菜花生澹煙。撲面蜉蝣村巷暮。童謡背上稚児眠。

 春遊即目。
驟(には)かに暄にして雨近く、気、醺ずるが如し、
遥處に菜花、淡煙を生ず。
面を撲つ蜉蝣、村巷、暮れ、
背上に童謡して稚児は眠れり。


◎10. 霖後記事。(●17.を改作)
堤防告急吏如争。竟夜城頭有櫓聲。吟魔却是窺微隙。想到秦淮晩泊情。
 禧曰、眞箇大垣詞。又曰、水吏狂奔中、閑々生晩泊吟思、此公度量可概。

 霖後記事。
堤防、急を告ぐ。吏、争ふ如し。
竟夜(夜すがら)城頭、櫓声有り。
(※緊急時ではあるが)吟魔却って是れ微際を窺ふ。
想ひ到る秦淮、晩泊の情。(※杜牧「泊秦淮」をふまえる)
 禧曰く、眞箇の大垣詞なり。又曰く、水吏狂奔の中、閑々として晩泊の吟思生ず、此れ公の概(おもむ)きを度量すべし。


◎11. 夏日。(〇52.を改作 ●48.)
急雨傾盆檐角鳴。満庭黄潦欲成泓。奔雷忽攪閑眠去。一枕涼風竹樹聲。

 夏日。
急雨、盆を傾けて、檐角鳴る。
満庭の黄潦、泓(ふち)に成らんと欲す。
奔雷、忽ち閑眠を攪(みだ)して去る。
一枕の涼風、竹樹の声。


◎12. 冬夜。(●31.)
醉夢醒来夜若何。踈窓殘燭受風多。脚婆湯冷衾如水。驚鳥相呼一陣過。

 冬夜。
酔夢、醒め来たる、夜をいかんせん。
踈窓の残燭、風受けること多し。
脚婆(足元の湯たんぽ)湯冷へ、衾、水の如し。
驚鳥相呼びて一陣過ぐ。


◎13. 病中作。録贈小原栗卿。(〇220.●78.)
伏枕三旬病未瘳。詩心動處吏心悠。息交擬學老彭澤。清痩定同窮子由。凍雀聲中蒙暖被。早梅花底聴寒流。
幽窓無事眠将熟。好把生涯付夢遊。

 病中作。録して小原栗卿※に贈る。
枕に伏すこと三旬、病ひ未だ瘳えず
詩心の動く處、吏心は悠(とほ)し。
交りを息(や)めて学ばんと擬す、老彭澤(陶淵明)。
清痩、定めて同じうせん、窮子由(蘇轍)。
凍雀の声中、暖被を蒙り、
早梅の花底、寒流を聴く。
幽窓、無事にして、眠り将に熟さんとす。
好し、生涯を把りて、夢遊に付さん。

 ※後掲する『寛齋遺稿』には「贈厳齋兄(戸田睡翁)」とあり、後藤松陰の手で「録贈小原栗卿」に直されている。宛名を書き換えたのは、後藤松陰の、若き小原鉄心に対するねぎらい、或いは藩臣鉄心に対する忖度の結果と思われる。斯様の経緯があったものの、鉄心は自らの詩文について、町儒にすぎなかった松陰でなく、経世済民の重臣として名高い津藩の齋藤拙堂に師事することとなる。逆に同年輩の後藤松陰を師とした木村寛齋の「規度に拘らぬ」磊落さも窺われるように思う。


◎14. 病中喜厳齋兄帰家。兄自去歳役東都。余役大坂。結末故及。(●80.〇228.)
別後支吾保病羸。生存相見喜堪知。只恨燈前春夜短。東籌西策話多時。

 病中、厳齋兄(※戸田睡翁)の家に帰るを喜ぶ。兄は去歳より東都に役し、余は大坂に役す。結末、故に及ぶ。
  別後、支吾(ゆきちがひ)して病羸を保ち、
  生き存らへて相ひ見る、喜び知るに堪へたり。
只だ恨む、燈前、春夜の短きを。
東籌・西策、話すこと多き時。


寛齋君、気宇之高、如雲中白鶴、故詩亦有一嘎翀天之致、然往々過清新嫵麗、若記事四首、則筆雄調古、如出別手、余私以為君畢生傑作。

寛齋君、気宇の高きは雲中の白鶴の如し。故に詩も亦た一嘎して翀天(揚る)の致す有り。然れども往々にして清新、嫵麗(秀麗)に過ぐ。
記事の四首の若きは、則ち筆、雄にして調べの古き、別手に出づるが如し。余、ひそかに以て君の畢生の傑作と為す(※鉄心評)。



【B】
@〜㉑木村寛齋自筆詩稿 234篇 《後藤松陰による添削》入り


 次に、遺された木村寛齋の自筆詩稿を、年代順にならべて現物画像と共に看てゆきたい。後藤松陰によって行われた添削ごとに区切り、詩稿を@〜㉑の集合体として整理してみた。

@ 『詩草』  PDF(5.3mb) 文政十年(1827)三月八日添削。(詩稿6丁に表紙を付す。) 以下、添削による変更結果を《   》で示した。詳細は現物PDF画像にて確認せられたい。

 詩草

〇001. 敬齋見示元旦作次韻以贈
剣装彩服入春晴 《新衣古剣賀新正》
城邸無佗事送迎 《城邸三朝事送迎》
輸箇吟翁稽古[手]
夙敲金玉答昇平
  《鼇頭:這个吟翁不唯詩文中有金玉一噱》

 敬齋元旦作を示さる。次韻して以て贈る。
剣装彩服、春晴に入る。 《新衣古剣、新正を賀す》
城邸、送迎に事(つか)へる他はなし。 《城邸、三朝、送迎に事へる。》
輸す(負ける)、箇の吟翁の稽古の手。
夙に金玉(の世)を敲きて昇平に答ふるに。
  《鼇頭:這箇の吟翁、唯に詩文中に金玉有るのみならず、一噱(一笑)。》


〇002. 雨後小園即事
雨洗炎塵送夕陽
風前浴罷髪根涼 《風前浴罷葛衣涼》
  《鼇頭:若欲存髪根字則當改浴作沐然不切夏日》
心知今夜月光好 《料知今夜月光好》
  《鼇頭:轉句第六字孤平則結句第五字當下平字是法也》
先拂松間置竹床 《先拂松陰移竹床》 《清涼可想》

 雨後小園の即事
雨、炎塵を洗ひて夕陽を送る。
風前、浴み罷めて髪根涼し。 《風前、浴罷めて葛衣涼し。》
  《鼇頭:若し「髪根」字を存さんと欲すれば、則ち當に「浴」を「沐」に改め作すべし。然り、夏日に切ならず。》
心知す、今夜、月光好きを。 《料知す、今夜、月光好きを。》
  《鼇頭:転句の第六字は「孤平」、則ち結句の第五字は當に平字を下すべし、是れ法也。》
先づ松間を拂ひて竹床を置く。 《先づ松陰を拂ひて竹床を移す。》 《清涼想ふべし。》


〇003. 題山水図
白雲刷熨山如洗 《白雲刷熨碧山堆》
  《鼇頭:起句不押苑・對起為可。》
遠浦水明斜日開
更有畫工*好手段 《自有畫工佳手段》
  《鼇頭:仄三連中必當下一入声字》
乾坤蹙上香箋来 《乾坤蹙上尺箋来》

 山水図に題す。
白雲、刷き熨(の)して山、洗ふが如し。 《白雲、刷き熨して碧山堆し。》
  《鼇頭:起句押韵せざれば則ち、起を對にして可為り。》
遠浦水明にして、斜日開く。
更に畫工の好手段有り。 《自ら畫工の佳手段有り。》
  《鼇頭:*「仄三連」中、必ず當に一つの入声の字を下すべし。》

乾坤、蹙み上りて香箋来り。 《乾坤、蹙み上りて尺箋(手紙)来り。》


〇004. 謝恵州沙弥贈茶
法手獨槌清浄茗
閑娯知是養禅真
何図龍焙一筐蕋 《一筐多謝雲腴味》
付與詩人起*哦神 《付與詩人洗腐陳》 《*字失声》

 恵州の沙弥の茶を贈らるを謝す。
法手、独り槌(う)つ、清浄の茗。
閑娯も、知んぬ是れ、禅真を養ふと。
何ぞ図らん、「龍焙」一筐の蕋 《一筐多謝す雲腴(茶)の味。》
詩人に付與して*哦神を起さしむ。 《詩人に付與して腐陳を洗はしむ。》 《*字は「失声」。》


〇005. 月夜舟行
短棹尋奇漾碧瀾
羅雲篩目細鱗寒
吟情自被迷風色 《吟情自被風光挽》
不識孤舟膠石灘 《不省扁舟膠石灘》

 月夜舟行
短棹、奇を尋ねて碧瀾を漾ふ。
羅雲(うろこ雲)の篩目、細鱗寒し。
吟情、自ら風色に迷はさる。 《吟情、自ら風光に挽かる。》
識らず孤舟の石灘に膠(座礁)するを。 《省みず、扁舟の石灘に膠するを。》


〇006. 放虫(●42.に改作)
紗籠秋老一聲々 《紗籠鎖汝亦非情》  《鼇頭:紗作稭亦可》
親放戸庭栖露荊 《親放前庭栖露荊》
却愛暗燈閑雨夜 《却愛暗燈疎雨夜》  《鼇頭:用人之法亦當作如是観》
凄喑還到枕頭鳴 《十分喞々枕頭声》

 放虫
紗籠、秋老いて一に聲々。 《紗籠、汝を鎖す、亦た非情。》
  《鼇頭:「紗」を「稭(わらしべ)」に作すも亦た可なり。》
親しく戸庭に放して、露荊に栖(すま)はす。 《親しく前庭に放して、露荊に栖はす。》
却って愛す、暗燈閑雨の夜。 《却って愛す、暗燈疎雨の夜。》
凄喑(≒鳴)、また枕頭に到りて鳴く。 《十分に喞々たり、枕頭の声。》
  《鼇頭:用人之法(擬人法)、亦た當に是の観の如く作すべし。》


〇007. 題故跡図
怒濤齕石々顔碎 《怒濤齕石々顔枯》
驟雨追風心自如 《驟雨狂風歳幾除》
知是何人曽所住 《不識何人曽住此》
丹楓枝嫋護荒墟 《丹楓枝亞護荒墟》

 故跡の図に題す。
怒涛、石を齕(か)みて石顔(※額)碎く。 《怒涛、石を齕みて、石顔枯る。》
驟雨、風を追ふも心、自如(平静)たり。 《驟雨狂風、歳幾つか除せん。(幾年月)》
知んぬ是れなんびとの曽て住む所 《識らず何人の曽て此に住まふを。》
丹楓、枝嫋やかに荒墟を護る。 《丹楓の枝亜(えだまた)、荒墟を護る。》


〇008. 秋日雜題  《鼇頭:詩題用雜字者率似不限一首》
観楓有約欲開筵
却笑西公作轉妍  《鼇頭:西公何人僕未諳之故不敢評》
一日凄風一夜雨
錦屏倒布紅毹氈

 秋日雑題  《鼇頭:詩題に「雑」字を用ふるは、率ね一首に限らざるを似(しめ)す。(「雑」字は二首以上の時に用いる)》
観楓、約有りて筵を開かんと欲す。
却って笑ふ、西公の轉(うた)た妍を作すを。
  《鼇頭:西公、何びとか僕未だ之を諳ぜず、故に敢て評さず。》
一日の凄風、一夜の雨。
錦屏、倒れ布く紅毹氈(※紅葉)。


〇009. 晩秋雜詠
景光如夢奈忽々
小路残花泣露叢 《細径残花泣露叢》
秋老戸庭三日雨 《秋老前庭三日雨》
霜鋪昨夜五更風
鳬壷酒尽眉先蹙
兀坐句成心不窮
楓後閑娯有誇事 《楓後閑娯耐誇處》
詩田暴富耦耡功 《詩田暴富耦嚢中》

 晩秋雑詠
景光、夢の如し、忽々たるを奈(いか)んせん。
小路の残花、露叢に泣く。 《細径の残花、露叢に泣く。》
秋老いる戸庭、三日の雨。 《秋老いる前庭、三日の雨》
霜鋪く昨夜、五更の風。
鳬壷の酒尽き、眉、先づ蹙むも、
兀坐、句成れば、心は窮せず。
楓後の閑娯、誇る事有り 《楓後の閑娯、誇るに耐へる處。》
詩田、暴(には)かに富めり、耦耡の功。 《詩田、暴かに富みて嚢中を耦す。》


〇010. 雨夜奉呈楓窓*君兄 《*大哥ニテモ蘇子由ナトハ直書子瞻兄耳》
夜坐尋詩秋雨中 《夜坐思詩秋雨中》
手栽楓樹倚簾櫳 《手栽楓樹傍簾櫳》
的然時有燭光觸 《的然帯露燭光映》
窺得糢糊景裡紅 《窺得糢糊烟裡紅》

 雨夜、楓窓*君兄(※戸田睡翁:のち楓軒と改めたか)に奉呈す 《*大哥(長兄)ニテモ「蘇子由」ナドハ「子瞻兄」と直書するのみ(「君」づけはしない)。》
夜坐、詩を尋ぬ、秋雨の中。 《夜坐、詩を思ふ、秋雨の中。》
手栽の楓樹、簾櫳に倚る。 《手栽の楓樹、簾櫳の傍。》
的然(はっきり)として時に燭光の觸るる有り。 《的然、露帯び、燭光映ゆ。》
窺ひ得たり、糢糊たる景裡の紅。 《窺ひ得たり糢糊たる烟裡の紅。》


〇011. 夜坐贈道如禪師  《鼇頭:禪師是嘗住京北水月庵者乎若然則僕亦識之伏請善致意焉》
心字香薫茶熟時
玄談坐静漏聲遅 《夜窓静坐漏聲遅》
爐頭未覚夢中夢 《撥爐休笑夢中夢》
只向高僧説悪詩 《謾向高僧談悪詩》

 夜坐、道如禅師に贈る。
  《鼇頭:禅師、是れ嘗て京北の水月庵に住める者か。若し然らば則ち僕また之を識る、伏して意を善く致されんことを請ふ。》
心字香は薫る、茶の熟す時
玄談、坐静かにして漏聲(※時計)遅し 《夜窓、静坐して漏聲遅し。》
爐頭、未だ覚えず、夢中の夢。 《爐は撥(は)ぜる、笑ふを休めよ、夢中の夢。》
只だ向ふ、高僧の悪詩を説くに。 《謾りに向ふ、高僧の悪詩を談ずるに。》


〇012. 山行
行踦樵餉入㟹嶒 《行尋樵響入㟹嶒》
人語漸疎溪水囂 《人語全稀溪語囂》
指點前山暮秋景
崎嶇樹豁塔頭高 《丹楓缺處塔尖高》

 山行
行踦樵餉(難路を)㟹嶒(峻険)に入る。 《樵響を行き尋ねて㟹嶒に入る。》
人語、漸く疎にして溪水囂たり。 《人語全く稀にして溪語囂たり。》
指點す、前山暮秋の景。
崎嶇として樹豁けて、塔頭(たっちゅう)高し。 《丹楓缺くる處、塔尖高し。》


〇013. 
不鎖古今愁
風雲任去留
下時呼濁酒 《下時呼美酒》
巻日對清秋
縦作盤龍態
莫妨飛燕遊
獨憐千戸雨 《最憐千戸雨》
好是*睡爐頭《*不切于題》

 簾
古今の愁ひを鎖さず、
風雲、去留に任す。
(簾を)下した時、濁酒を呼び、 《下した時、美酒を呼び、》
(簾を)巻ける日、清秋に對す。 ※
冊子体をお持ちの皆様には訂正お願いいたします。
縦ひ盤龍の態(泥酔)を作すとも、
妨ぐる莫かれ、飛燕の遊を。
独り憐れむ、千戸の雨。 《最も憐む、千戸の雨。》
好し是れ*睡爐の頭(ほとり)。《*題に切ならず。》


〇014. 盆梅(●43.に改作)
託根盆裡置爐頭
随分清香撲鼻幽  《随分二字切于盆字絶佳》
熅酒醺来半肱夢 《三碗芳醪半肱夢》
陶々暫凝小羅浮 《夢魂亦是小羅浮》
  《鼇頭:小字亦切於題。僕又亦是二字更切下。》

 盆梅
盆裡に根を託して、爐頭に置く。
随分(著しい)の清香、鼻を撲ちて幽なり。  《「随分」の二字「盆」字に切にして絶だ佳し。》
熅酒(熱燗)醺じ来る、半肱の夢。 《三碗の芳醪、半肱の夢。》
陶々(陶然)として暫し小羅浮(仙境)に凝る。 《夢魂また是れ小羅浮。》
  《鼇頭:「小」字、亦た題に切なり。僕の又た「亦是」の二字、更に下に切ならん。》


〇015. 仲冬訪西疇老人煮蛤蜊進酒淡味頗美因賦一絶
   《仲冬訪西疇老人煮蛤蜊侑酒頗美因賦一絶》
賣蛤賖来孤菴秋 《文蛤賖来窮菴秋》
  《鼇頭:貴府之蛤價賤如土猶此間之蜆想之使人饞涎三尺。》
暮寒呼酒坐爐頭
休言不次還[因]例 《休言今日乏供給》
如此雅情何處求 《如此幽情何處求》  《結作酔梦牽儂随海鷗則与蛤有照応。》

 仲冬、西疇老人を訪ふ。蛤蜊を煮て酒をすすむ。淡味頗る美、因りて一絶を賦す。
  《鼇頭:貴府の蛤の價、賤しきこと土の如く、猶ほ此間(しかん:こちら)の蜆のごとし、之を想へば人をして涎三尺饞(むさぼ)らしむ。》
賣蛤を賖(おご)り来たる、孤菴の秋 《文蛤を賖り来たる、窮菴の秋》
暮れ寒くして酒を呼び、爐頭に坐す。
言ふを休(や)めよ、不次(わが身の拙劣)還た例に因ると。 《言ふを休めよ、今日供給乏しきを》
此の如き雅情、何れの處にか求めん。 《此の如き幽情、何れの處にか求めん。》  《結は酔夢を作して儂を牽き、海鷗に随はしむれば則ち蛤と照応有らん。》


〇016. 多度山観楓次楓窓大兄之韻
行餘瓢酒興
酔脚上多岐
奔水泪相逐
丹楓裊自垂 《丹楓欲自垂》
葉埋赤城表 《霞埋赤城表》  《鼇頭:赤城何地》
松老菅公祠
適意却無句
只馮岩壁湄 《貪看夕照時》
  《鼇頭:湄字係原苑R是水邉之義則似難言岩湄》

 多度山の観楓、楓窓大兄(※戸田睡翁)の韻に次す。
行餘、瓢酒(※養老泉)の興、
酔脚、多岐(※多気:地名)に上る。
奔水、泪、相ひ逐ひ、
丹楓、裊(しなやか)に自ら垂る。 《丹楓、自ら垂れんと欲す。》
葉は埋づむ、赤城の表。 《霞は埋づむ、赤城の表。》
  《鼇頭:赤城とは何れの地か。》
松は老ゆ、菅公の祠。
適意、却って句なし。
只だ馮(よ)る岩壁の湄(ほとり)。 《貪り看る、夕照の時。》
  《鼇頭:「湄」の字は原(も)と(韵)に係る、然れども是れ水邉の義なれば則ち「岩湄」と言ふは難きに似る。》


〇017. 多度山観楓之後次敬齋見寄之韻兼示同社
   《多度山観楓既帰次敬齋見寄之韻兼示同社》
倦脚瞞跚路不分
思曽拂葉立餘曛 《貪看霜葉立斜曛》
泉聲奔踏自如呌 《泉聲奔去真如咽》
石質天然或似聞 《石質呼来疑有聞》
  《鼇頭:第四作白石叱来疑有聞、而第三以恰好典故為對更妙。》
樹底仰紅紅作蓋
巌頭放目目栖雲 《巌頭放目目穿雲》
此般光景興何尽
復写小詩敲諸君 《且写小詩誇向君》 《諸字失声》

 多度山観楓の後、敬齋寄せらるの韻に次し、兼ねて同社に示す。
 《多度山観楓。既にして帰り、敬齋寄せらるの韻に次し、兼ねて同社に示す。》
脚に倦み、瞞跚として路分らず。
思ふ、曽て葉を拂ひて餘曛に立ちしを。 《霜葉を貪り看て斜曛に立つ。》
泉聲奔踏、自ら叫ぶが如し。 《泉聲、奔り去りて真に咽ぶ如し。》
石質天然、或は聞く似(ごと)し 《石質、呼び来りて聞くこと有るかと疑ふ。》
  《鼇頭:第四は「白石叱り来りて聞くこと有るかと疑ふ。」と作せば、而して第三は恰好の典故(※王維「山中」荊溪白石出。天寒紅葉稀。)を以て対と為りて更に妙。》
樹底、紅を仰げば、紅、蓋を作す。
巌頭、目を放てば目、雲を栖となす。 《巌頭、目を放てば目、雲を穿つ。》
此般の光景、興、何ぞ尽きん。
復た小詩を写して諸君に敲かん。 《且(まさ)に小詩を写して君に向ひて誇らんとす。》 《「諸」字失声なり。》


〇018. 雪朝寄細香女史兼示桂秀才 《雪朝柬細香女史及桂秀才》
  《鼇頭:秀才二字唐人率用之於挙業者如何》
常恨城中訪客稀 《可恨邸中来者疎》
況還庭際雪降初 《奈斯庭際雪飛初》
笑吾迂拙成何事 《笑吾痴騃成児戯》
苦写新詩問起居

 雪の朝、細香女史に寄せ、兼ねて桂秀才(※江馬金粟:当時十五才)に示す。 《雪の朝、細香女史及び桂秀才に柬(手紙)す。》
  《鼇頭:「秀才」の二字、唐人は率ね之を挙業(※科挙)の者に用ふ、如何。》
常に恨む、城中、訪客稀なるを。 《恨むべし邸中、来者疎なるを。》
況んや還た庭際、雪降る初め。 《斯の庭際、雪飛びはじめるを奈(いか)んせん。》
吾が迂拙の何事を成すかと笑へ。 《吾が痴騃(ちがい:おろか)の児戯を成すを笑へ。》
新詩を苦写して起居を問はん。


〇019. 冬夜
痴坐眠休書齋夜 《痴坐攤書在小齋》
夜深爐火易残灰
已無短夢可追迹 《曽無短夢牽吾去》
只有寒鐘度水来
断続写餘楓後句
嬋娟聘得臘前梅
平居不用勤牽客 《官身不得*長招の客 *ノ字イツモノ義》
  《鼇頭:第七更思》
漫把幽情付酒杯 《且把幽情付酒杯》

 冬夜
痴坐、眠り休(や)む書齋の夜。 《痴坐、書を攤(ひら)きて小齋に在り。》
夜深くして爐火、灰を残し易し。
已に短夢の追迹すべく無く、 《曽て短夢の吾を牽き去る無く、》
只だ寒鐘の水を(渡)りて来る有り。
断続、写し餘す、楓後の句。
嬋娟、聘し得たる臘前の梅。
平居、客を牽くること勤めるに用ゐずも、
 《官身、*長く招く客を得ずんば、 *(長ノ字イツモノ義)》
  《鼇頭:第七、更に思はん。》
漫りに幽情を把りて酒杯に付かん。 《且(しばら)く幽情を把りて酒杯に付かん。》


〇020. 初雪*和毅齋韻 《*次カ》
漸被将風去 《暁被風吹去》
霏微纔欲斜 《霏々整又斜》
竹知初度雪 《竹装千顆玉》
梅夢小時花 《梅着少時花》
忽有堪棄興 《忽地欲棄興》
奈無可至家
悵然心未定  《二句叵解》
日上瞹朝霞
  《鼇頭:起二句蔵題体第三忽出現雪字拙矣》

 初雪、毅齋(菱田毅齋)の韻に*和す。 《「*次す」か。》
漸く(次第に) 将に風去らんとし、 《暁、風を被りて吹き去り、》
霏微として纔かに斜めならんと欲す。 《霏々として整ひ又た斜たり。》
竹は知る初度の雪。 《竹は装ふ、千顆の玉》
梅は夢む、小時の花。 《梅は着す、少時の花。》
忽として興を棄つるに堪ふる有り。 《忽地、興を棄てんと欲するも、》
家に至るべく無きを奈(いか)んせん。
悵然として心未だ定まらず。  《二句難解。》
日上、朝霞瞹(くら)し。
  《鼇頭:起二句は題の体を蔵(かく)すも、第三にて忽として「雪」字を出現させるは拙なり。》


〇021. 冬夜睡起
寒夢醒来枕自支
幽庭霜落*月傾時 《幽庭霜落冷砭肌》 《*三字嫌与結句複》
遥天鳫語誰家信
更漏淡々夜色遅

 冬夜、睡り起く
寒夢醒め来って枕、自ら支ふ。
幽庭霜落つ、*月傾く時 《幽庭霜落ち、冷えて肌に砭(沁)む。》 《*三字、結句と複するを嫌ふ。》
遥か天に鳫の語るは、誰が家の信(手紙)ならん。
更漏(水時計)淡々として、夜色遅し。


〇022.023. 題山水図 二首
漁翁樵叟去無蹤
遠水粼々夕照濃
風景自堪吟*哦妙 《風景自堪入詩句》 《*失声。》
白雲可恨掩奇峯

 山水図に題す 二首
漁翁樵叟、去りて蹤なし。
遠水粼々(りんりん:清らか)として夕照濃かなり。
風景自ら吟*哦の妙に堪へたり。 《風景自ら詩句に入るに堪へたり。》《*失声。》
白雲、奇峯を掩ふを恨むべし。


 畫出香箋幾朶山
山家依水泊漁舩
夕陽遥在孤林外
一半雲容吟意懸

畫は香箋より出だす、幾朶の山。
山家は水に依りて、漁舩泊す。
夕陽は遥か孤林の外に在り、
一半の雲容、吟意懸かる。


〇024. 贈梅花
聘来野外両三枝
曲直為君分好奇 《曲直横斜似許奇》
清痩希須伴吟哦 《清痩窓前伴吟咏》
幽香和得寄吾思

 梅花を贈る。
聘し来る野外の両三枝。
曲直、君が為に好奇を分つ。 《曲直横斜して奇を許すに似たり。》
清痩、希くは須らく吟哦を伴ふべし。 《清痩、窓前、吟咏を伴ふ。》
幽香、和し得て、吾が思ひを寄せん。


〇025. 早春作
一瓶梅朶不濺水 《一瓶梅朶不*添水》  《鼇頭:濺ソソクハ仄。*ハ平。上三句更思。ナジミユヘ凋残-----《ト云》事ニスル可也》
日見軽塵涅玉葩 《日見緇塵涅玉葩》
笑我踈慵常似此
凋残猶愛去年花

 早春の作
一瓶の梅朶、水を濺がず。 《一瓶の梅朶、水を*添へず。》
  《鼇頭:「濺ソソグ」は仄。*ハ平。上三句更に思へ(要推敲)。馴染みゆゑ「凋残しても(猶愛去年花)」と云ふ事にするべきなり。》
日(ひび)に見る軽塵、玉葩を涅(でっ)するを。 《日に見る緇塵、玉葩を涅するを。》
我が踈慵を笑へ、常に此の似(ごと)し。
凋残して猶ほ愛す、去年の花。


〇026. 即事 次韻
行住常将自在身 《行住無時自在身》
不跆城外月花新
一壷濁酒一聯句
併作吾家富貴春

 即事 次韻
行住、常に自在の身を将ってす。 《行住は時無く(常に)自在の身。》
跆(踏)まず、城外の月花の新しきを。
一壷の濁酒、一聯の句、
併せて吾家の富貴の春と作す。


〇027. 028. 春晴 二首
柳帯微風拂曙氛
新晴出戸立朝曛
無聲潜入前宵雨
細草鶯花春十分 《醸作鶯花春十分》

 春晴 二首
柳、微風を帯びて曙氛を拂ふ。
新晴、戸を出でて朝曛に立つ。
聲なく潜入す、前宵の雨、
細草鶯花、春十分たり。 《鶯花を醸し作して春十分たり。》


 暁鶯啼破霏微雨
乳燕出巣春已深 《乳燕飛来春已深》
屋角残雲尚未散 《屋角残雲湿未散》
一双胡蝶栖花陰 《一双胡蝶出花陰》

暁鶯は啼破す、霏微たる雨。
乳燕、巣を出でて春すでに深し。 《乳燕、飛び来りて春すでに深し。》
屋角の残雲、尚ほ未だ散ぜず。 《屋角の残雲、湿りて未だ散ぜず。》
一双の胡蝶、花陰に栖む。 《一双の胡蝶、花陰より出づ。》


〇029. 春山晩帰
鐘如逐遊客
雲似護芳馡
簱店人連坐 《旗店人環坐》
野蹊牛獨帰
日従花外暮
月在樹頭微
吟破斯光景
去敲禅寺扉

 春山晩帰
鐘は遊客を逐ふ如く、
雲は芳馡を護る似(ごと)し。
簱店、人は連坐し、 《旗店、人は環坐し、》
野蹊、牛は獨り帰る。
日は花外より暮れ
月は樹頭に在りて微かなり。
斯の光景を吟破し去りて
禅寺の扉を敲かん。


〇030. 友人至
縦使供給乏
清閑亦足耽
交原甘淡泊
談不渉窮探
酒半韻分二
茶休更欲三
酔来我若睡 《酔来君且睡》
明日迎吟驂 《明日駕吟驂》

 友人至る
縦(たと)ひ供給をして乏しからしむも、
清閑、亦た耽けるに足れり。
交りは原(も)と甘く淡泊にして、
談ずれど窮め探ぐるには渉らず。
酒半ば、韻を二つに分ち、
茶、休(や)みて、更に三ならんと欲す。
酔ひ来って我、若し睡らば、 《酔ひ来らば君、且(しばら)く睡れ、》
明日、吟驂を迎へん。 《明日、吟驂に駕さん。(そえ乗りして吟じながら帰ろう)》


〇031. 次水野六花待花之近作
餘寒為悪透窓紙
難奈閑園春色遅
忽引前宵打紅夢
今朝翻賦賞花詩 《鼇頭:結句微覚叵解》

 水野六花(※水野陸沈の別号か)「待花」の近作に次す。
餘寒、悪を為して窓紙を透る。
奈(いか)んともし難し、閑園春色の遅きを。
忽ち引く、前宵の(※詩作の)紅夢を打つを。
今朝、翻って賦さん、花を賞するの詩 《鼇頭:結句、微かに難解を覚ゆ。》


 右乞斧正        木考稿
 右、斧正を乞ふ。木村考の稿。(※考は寛齋の名)

《貴作数什、篇々可誦而猶就僕質正焉。可謂不恥下問矣。僕不才雖批数言、不足以答来意之十一。是為可憾。丁亥三月八日書。於松陰亭之南窓。後藤機妄評。》
《貴作数什、篇々誦すべく而して猶ほ僕の質正に就く。「下問を恥ぢず(※論語)」と謂ふべし。僕不才にして数言を批すと雖も足らず、来意の十一(十分の一)を答ふるを以てす。是れ憾むべきと為す。丁亥(文政十年)三月八日書。松陰亭の南窓に於いて、後藤機、妄評す。》

 

A『詩草』  PDF(2.6mb) 文政十年 (1827)四月十一日添削。(詩稿6丁に裏表に表紙を付す。)

  《■批スル分。》   詩草

〇032. 賀鈴木大人七十
天才自剰治民謀 《天才綽々不殘猷》
矍鑠曽知文雅優 《矍鑠堪欽学又優》 《鼇頭:「優」字暗中有典佳。》
七十如君幾人在 《七十如君幾人有》
此筵須賀又須嘔 《此筵須賀又須謳》

 鈴木大人(※不詳)の七十を賀す。
天才、自ら剰(あま)す治民の謀。 《天才、綽々として猷(はかりごと)を殘さず。》
矍鑠たり、曽(すなは)ち知る文雅の優 《矍鑠、欽ぶに堪へたり、学また優。》 《鼇頭:「優」字、暗中に典佳(典雅)有り。》
七十にして君の如き、幾人か在らん。 《七十にして君の如き、幾人か有らん。》
此の筵、須らく賀すべく又た須らく謳(うた)ふべし。


〇033. 
羽鶴通名七十期
飄搖知是使*君騎 《*似失當》
時分半背牽吾去
数拊仙肩接喜嬉 《此詩亦似巧。亦似欠明。》

 又
「羽鶴」は「七十期」の通名、
飄搖(ふわふわ)、知んぬ是れ*君をして騎ら使むを。 《*失當の似(ごと)し。》
時分は半ば背むきて、吾を牽いて去り、
数(しばし)ば仙肩を拊(う)ちて、喜嬉に接す。 《此の詩、亦た巧の似く亦た明を欠く似し。》


〇034.035 次韻訥齋田家偶成 二首
相伴女児愛日長 《児女相携愛日長》
午餘暖徹柳條蒼 《午餘暖靄罩垂楊》
提来知是春情遍
狂蝶追香花一筐

 訥齋(※水野陸沈)の「田家偶成」に次韻す。二首  
女児相伴して日の長きを愛す。 《児女相ひ携へて日の長きを愛す。》
午餘、暖徹りて柳條蒼し。 《午餘の暖靄、垂楊に罩めり。》
提へ来たるは、知んぬ是れ、春情の遍(あまね)きを。
狂蝶、香を追ふ、花一筐。


雨餘驟暖鳥声忙
花塢楊堤草色蒼
時有醉翁吟誦去
丫鬟*驂尾帯茶筐 《*有此字乎。》  《鼇頭:此似村行詩。》

雨餘、驟(には)かに暖にして鳥声忙(せは)し。
花塢、楊堤、草色蒼し。
時に醉翁の吟誦し去る有り。
丫鬟(あかん:女児)、尾に*驂(つ)きて、茶筐を帯ぶ。 《*此の字有るか。》  《鼇頭:此れ村行の詩の似し。》


〇036. 春夜客至喜賦(●44.に改作)
有花有美影 《有花有淡影》
有月有清香
有花有月若無酒
如何今宵月花清 《其奈今宵花月清》
花檐浅酌留君語 《疎檐況又君来語》
水亭苦茶汲月煮 《急喚家童清醑》
吟哦声高夜猶淺 《吟哦声高夜何其》
牽将餘興煖殘杯 《牽将餘興就園圃》
月花逢君十分醉 《一飲休辞釂千杯》
還蹁月花送君回 《好蹁月花送君回》
  《鼇頭:此詩将花月二字為一分一合説来絶佳。但中間脱个二字至結復合説之為可。又云四塩@以中四句為一解、結二句為一解可。》  《評中下合説二字當作點出。》

 春夜、客至り喜び賦す。
花有り美影有り。 《花有り淡影有り。》
月有り清香有り。
花有り月有りて、若(も)し酒なくんば、
今宵の月花清きをいかんせん。 《其れ今宵の花月清きをいかんせん。》
花檐に浅酌して君を留めて語り 《疎檐、況して又た君来りて語る。》
水亭の苦茶、月を汲みて煮る。 《急(せ)いて家童を喚びて清醑(うまざけ)を沽(か)はしむ。》
吟哦、声高く、夜は猶ほ淺く 《吟哦、声高く、夜は何ぞ其れ、》
餘興を牽将(ひ)きて、殘杯煖し。 《餘興を牽将きて、園圃に就かん。》
月花、君に逢ひて十分醉はしむ。 《一飲、辞するを休めよ、千杯釂(のみほ)せ。》
還た月花に蹁(よろめ)きて君を送りて回らん。 《好し月花に蹁きて君を送りて回らん。》
  《鼇頭:此の詩「花」「月」二字を将って一は分け、一は合はせ、説き来りて絶だ佳しと為す。但し中間、箇の二字を脱して結に至り、復び之を合説するも可為り。又た云ふ。四韵の法、中四句を以て、一解を為し、結二句を一解と為すも可なり。》  《評中の下の「合説」の二字、當に「點出」に作るべし。》


〇037. 山居春日 《春日山行》
花蔭溪門柳拂林
賞遊無處不傳觴
満山霞気春如海
女伴徐行羅紬香

 山居春日 《春日山行》
花蔭の溪門、柳、林を拂ふ。
賞遊、處として觴を傳へざるはなし。
満山の霞気、春、海の如く、
女伴の徐行、羅紬の香。


〇038. 山居春事   《鼇頭:此山居詩》
百舌声乾春欲過
落花浮水小溪阿
閑園更為留風色
手激清流疊錦波 《手堰清流疊錦波》

 山居春事   《鼇頭:此れ山居の詩。》
百舌、声乾きて春、過ぎんと欲す。
落花、水に浮く小溪の阿。
閑園、更に風色を留むる為に、
手づから清流を激して、錦波を疊(かさ)ぬ。 《手づから清流を堰(せ)いて、錦波を疊ぬ。》


〇039. 偶成(●45.に改作)
吾本愛山又愛詩 《吾性愛山又愛詩》
詩中自有山之奇 《詩中自有山水奇》
峯翠泉声皺碎状 《山翠水緑一思之》
宛然似与吟意期
弄山者物従外至 《真山是物従外至 詩中之山出於思》
  《鼇頭:真山是物二句當移置下△處。》
詩中之山出似思
幽庭花落春日遲
緑陰午静与睡宜 《緑陰午静睡起時》
不躐棕履不扶杖 《不穿棕履不扶杖》
偶然吐出山層嵬 《偶然吐出幾厜㕒》
此山自不世間物
此事更無世人知
君不見胸中有山占太古
此山眞箇娯楽媒△《誰知我身在塵境 浮嵐散烟撲鬚眉》
《如是結起方不枯淡。》
  《鼇頭:自胸中丘壑二字敷衍来、亦是佳詩。但短古結句字面要有光彩否則枯淡矣。是所以輸「春夜客至詩」一籌也。》

 偶成
吾れ本(も)と山を愛し、又た詩を愛す。
詩中、自ら山の奇有り。
峯翠、泉声、皺碎の状。
宛然、与(とも)に似る、吟意の期に。
山を弄する者、物は、外より至り、
  《鼇頭:「真山是物」二句、當に△處の下に移し置くべし。》
詩中の山は、出でて思ひを似(しめ)す。
幽庭、花落ちて春日遅く、
緑陰、午静かにして、与に睡るに宜し。
棕履を躐(踏)まず、杖を扶(つ)かず、
偶然、吐出する山層の嵬。
此の山、自ら世間の物にあらず、
此の事、更に世人の知る無し。
君見ずや、胸中に山有り太古の占めるを。
此の山、眞箇に娯楽の媒(なかだち)ならん。
  《是の如き結起は方に枯淡ならざるべし。》
  《鼇頭:自ら胸中「丘壑」の二字を敷衍し来る、亦た是れ佳詩なり。但し短古は結句の字面に光彩有るを要す。否ならば則ち枯淡有るを要す。是れ「春夜客至」の詩に一籌を輸する(およばぬ)所以なり。》

(※添削後)
《吾が性、山を愛し、また詩を愛す。
詩中、自ら山水の奇有り。
山翠と水緑と、一に之を思ひ、
宛然、与(とも)に似る、吟意の期に。
幽庭、花落ちて春日遅く、
緑陰、午静かにして睡起する時。
棕履を穿かず、杖を扶(つ)かず、
偶然、吐出す、幾厜㕒。
真(まこと)の山は是の物、外より至り、
詩中の山は、思ひより出づ。
誰か知らん、我身の塵境に在るを。
浮嵐、烟を散じて鬚眉を撲つ。》

  右乞正        木村考草
  右、正を乞ふ。    木村考、草す。


 《弓馬餘興亦有个佳作、真是横槊賦詩手矣。
 《弓馬の餘興に亦たこの佳作有り、真に是れ「横槊賦詩(※曹操)」の手なり。

 《乙亥浴佛後三日観畢于松陰亭。是日雨作滴落松花満庭成黄矣 後藤機妄批。》
 《丁亥(文政十年の誤記)浴佛(灌仏会)後三日、松陰亭にて観畢る。是日、雨、滴落と作り、松花満庭、黄と成す。後藤機、妄りに批す。》

 《此界帋狭太甚行間殆不得施朱批、即施亦易糊塗。因奉呈僕家界紙一幅。命工刻个様以冩来則幸甚。機又狂言。》
 《此の界紙、狭きこと太甚にて行間殆んど朱批を施し得ず、即ち施せば亦た糊塗し易し。因みに僕の家の界紙一幅を奉呈す。工に命じて箇様に刻さしめ以て冩し来れば則ち幸甚なり。機また狂言す。》

※同封されたと思しき界紙(罫紙)はみあたらないが、指摘を受けて、次の添削稿Bからは用箋が変更されている。


B【詩稿】  PDF(1.3mb) 文政十年(1827)十二月二十六日添削。(詩稿1丁に講評用1丁を付す。)

〇040. 冬日偶作
談搨久無清雅存
踈慵作痼度朝昏
寒風凍合煎茶水 《朔風凍合煎茶水》
飛雪埋殘積葉垣 《凍雪埋殘積葉垣》  《鼇頭:寒字實飛字[虚]對粗。》
饑鳥穿檐人不至
地爐敲火酒時温 《寒爐撥火酒時温》 《鼇頭:地爐句佳。但飢字地字對粗是為可恨耳。:再按改上寒為朔而移寒字代地字差可。》
莫嘲蓑笠學狂熊 《莫嘲蓑笠為狂態》
要為梅花窺後園 《為訪梅花窺後園》

 冬日偶作
談搨、久しく清雅の存する無し。
踈慵、痼と作り朝昏に(渡)る。
寒風、凍合す、煎茶の水、 《朔風、凍合す煎茶の水、》
飛雪、埋め殘す積葉の垣。 《凍雪、埋め殘す積葉の垣。》
  《鼇頭:「寒」字は實、「飛」字は虚。對、粗なり。》
饑鳥、檐を穿ちて人至らず。
地爐、火を敲いて酒時、温かし。 《寒爐撥火して、酒時、温かし。》
  《鼇頭:「地爐」の句佳し。但し「飢」字「地」字の對、粗なり。是れ恨むべきと為すのみ。:再び按ずるに上の「寒」を「朔」と為し改め、而して「寒」字を移し「地」字と代へて差(やや)可ならん。》
嘲る莫かれ、蓑笠狂[態]を學び、 《嘲る莫かれ、蓑笠狂態を為して、》
梅花の為に後園を窺ふを要するを。 《梅花を訪ひ、後園を窺ふを為すことを。》


〇041. 又 《冬夜トスヘシ。》
興添濁酒之酌 《興添濁酒之爵》
坐静小詩一聯 《思静清詩一聯》
微入佳境引好夢 《悩人窓外梅月》 《第三微欠明。不若改為六言之[愈]也。》
誤被茶神妨孤眠 《不為茶神妨眠》 《鼇頭:「為」字去声》

 又 《冬夜とすべし。》
興は添ふ、濁酒の酌。 《興は添ふ、濁酒の爵。》
静かに坐す、小詩一聯。 《静かに思ふ。清詩一聯。》
微かに佳境に入りて好夢を引く。 《人を悩ます窓外の梅月、》
誤って茶神を被り、孤眠を妨ぐ。 《茶神の眠りを妨ぐを為さず。》
 《第三「微」は明を欠く。六言の態に改め為すに若かざる也。》
  《鼇頭:「為」字は去声。》


〇042.  又
前宵夢裡聴遥雷 《前宵夢裡始聞雷》
遇暖恰如春色回 《暖被騰々春色回》
偶有詩盟贈手簡 《恰有詩盟折簡至》
簡頭先報梅花開 《簡頭先報野梅開》

 又
前宵、夢裡に遥雷を聴く。 《前宵、夢裡、始めて雷を聞く。》
暖に遇ひて恰も春色の回るが如し。 《暖、騰々と被りて春色回る。》
偶ま詩盟の手簡を贈る有り。 《恰も詩盟の折簡至る有り。》
簡頭先づ報ず、梅花開くと。 《簡頭先づ報ず、野梅開くと。》


  右乞正        木考艸
  右、正を乞ふ。    木考の艸。

《徃日呈
 大夫以此界紙様請命諸剞劂。
 大夫従之不拒吾言。
 大夫之虚心受人可想焉耳。
 丁亥蜡月念六日。後藤機観畢于松陰亭之南窓下。是日晴妍。如春案頭盆梅開遍放香殊甚。》

《往日、大夫に呈するに此の界紙の様を以てし、諸(これ)を剞劂(彫師)に命ぜんことを請ふ。
 大夫、之に従ひて吾が言を拒まず。
 大夫の虚心にして、人を受けること、想ふ可きのみ。
 丁亥蜡月念六日(※文政十年十二月二十六日)。後藤機、松陰亭の南窓下に観畢へる。是の日晴妍。春の如く案頭の盆梅開きて遍く香を放つこと殊に甚し。》 ※

※前回の指摘を受けて、自家用に特別に刷らせた用箋(魚尾の下に、
「〇寛齋蔵版」と名入)を使用。現行の「原稿用紙」と同一デザインであり、松陰の説明によると、この様式のルーツが、漢詩文の原稿に書き入れする余白を確保するために考案されたものであることを暗示しているようでもある。


【ここまでの資料について、『岐阜女子大学地域文化研究 (ISSN:13442430)』37号誌上に発表した。原資 料の画像とともに、続稿についても以下に公開する。】


C『詩草』  PDF(2.8mb) 文政十一年(1828)五月二十三日添削。(詩稿2丁に 裏表に表紙を付す。)

 詩草

〇043. 歳晩(●46.に改作)
強将抗直走宦途 《敢将抗直在官途》
言易訛狂行似迂 《言総疎狂行総迂》
不是我君慈愛敦 《不是我君明且恕》
底縁又送一年愚  《鼇頭:三四温柔敦厚甚得詩人之体》

 歳晩
強ひて抗直を将って宦途に走る。《敢て抗直を将て官途に在り。》
言は訛狂し易く、行は迂の似(ごと)し。《言は総て踈狂、行は総て迂。》
是れ我が君の慈愛、敦からざるや。《是れ我が君の、明かつ恕ならずや。》
なにに縁りてか又た送る、一年の愚を。  《鼇頭:三四は温柔敦厚甚しく詩人の体を得たり。》


〇044. 〇045. 春日 二首
一茶破悶愛新晴 《一甌香茗坐新晴》
滅却春衣身自軽 《減却綿衣身自軽》
遊手久無詩興至 《囊裡春来少詩句》
梅花落尽過清明 《櫻花落尽過清明》
   《鼇頭:西土人咏梅者多在丑寅両月之際》

 春日 二首
一茶して破悶(※排悶)して新晴を愛す。 《一甌の香茗、新晴に坐す。》
春衣を滅却して身、自ら軽し。 《綿衣を減却して身、自ら軽し。》
遊手久しく詩興の至る無し。 《囊裡、春来、詩句少し。》
梅花、落ち尽して清明※を過ぐ。 《櫻花、落ち尽して清明を過ぐ。》 (※太陽暦4月5日頃。)
   《鼇頭:西土の人、梅を咏む者、丑寅両月(※12月〜1月)の際に多く在り。》


不覓遊方覓睡方 《遊方二字嫌論語遊必有方之遊方》
紬衾暖徹一胡床 《紬衾穏暖一匡床》  《鼇頭:胡床是我邦所謂床几只可踞不可臥也》
嬌鶯啼去春如僊 《嬌鶯啼徹任渠聒》
芳叫落花詩夢長 《芳叫池塘詩夢長》

遊方を覓めず睡方を覓む。 《「遊方」の二字、論語「遊必有方(※遊ぶに必ず方有り)」の「遊方」なるを嫌(うたが)ふ。》
紬衾、暖徹る、一胡床。 《紬衾、穏暖たり一匡床》  《鼇頭:「胡床」は是れ我邦の所謂「床几」にして只だ踞ぐべきも臥すべからざる也。》
嬌鶯啼き去りて春、倦む如し。 《嬌鶯啼き徹して、渠が聒(かまびす)きに任す。》
芳叫、落花、詩夢長し。 《芳叫する池塘、詩夢長し。》


〇046. 松山見花 三首 《松山看花 三首》  《松山何地讀這个三首其境可想》
三春好處唯三月
三月清明楽事加
故有詩盟艤孤艇 《便有詩盟艤軽艇》  《鼇頭:孤字客中ノヤウ也》
一逢爛霽去看花 《一篷爛霽去看花》  《鼇頭:一題数首者須有此次第然後可誦》

 松山に花を見る 三首 《松山に花を看る 三首》  《松山は何れの地か、這箇三首を讀み其の境を想ふべし。》
三春、好き處は唯だ三月なり。
三月の清明、楽事加はる。
詩盟有る故に孤艇を艤(船支度)し。 《便ち詩盟有れば軽艇を艤し。》  《鼇頭:「孤」字は客中(※旅中)ノヤウ也。》
一たび爛霽に逢へば、去りて花を看ん。 《一篷、爛霽、去って花を看ん。》  《鼇頭:一題に数首するは、須らく此の次第有るべく、然る後に誦むべし。》


〇047.
倚據幽亭日未斜 《来坐幽亭日未斜》
浩歌如湧醉烟霞 《浩歌如沸醉烟霞》
此中更有吹醒客 《此中別有醒顔客》
指似前山細数花 《黙数前山幾樹花》  《鼇頭:好結句》

幽亭に倚據して、日未だ斜めならず。 《幽亭に来り坐して、日未だ斜めならず。》
浩歌、湧くが如く、烟霞に醉ふ。 《浩歌、沸くが如く、烟霞に醉ふ。》
此の中、更に有り吹き醒める客。 《此の中、別に醒顔の客有り、》
前山を指し似(しめ)して、細かに花を数ふ。 《黙して前山に数ふ、幾樹の花。》  《鼇頭:好い結句。》


〇048. 春衫竟日染烟霞
帰去風光亦可誇
只愛幽窓殘夜夢 《誰識幽窓殘夜夢》  《鼇頭:命意絶佳》
一般吟意猶棲花 《蝶蜂相伴宿林花》 《林作山更佳》

春衫(単衣)にて、竟日(終日)、烟霞に染む。
風光に帰去して、亦た誇るべし。
只だ愛す、幽窓殘夜の夢 《誰か識らん幽窓殘夜の夢》  《鼇頭:命意(意味するところ)絶佳なり。》
一般(※すべて)の吟意、猶(さなが)ら花に棲むごとし。 《蝶蜂、相伴ひて林花に宿る。》 《「林」「山」と作せば更に佳か。》


〇049. 春日病中戯題
病裡花殘与枕親 《病裡花殘唯枕親》
送春心不似迎春
此愚此事鬼須笑 《恐吾被鬼揶揄去》
預計明年聯歩人  《鬼邪揄字見白香山詩》
  《鼇頭:諺云説。来年茲事。被鬼揶揄。〇此詩。國歌者流所謂。意有餘。而詞不足者。》

 春日、病中、戯れに題す
病裡、花殘りて枕と与(とも)に親しむ。 《病裡、花殘りて唯だ枕に親しむ。》
春を送る心は、春を迎ふるに似ず。
此の愚、此の事、鬼は須らく笑ふべし。 《吾、鬼に揶揄し去られんことを恐る。》
預め計りし、明年に歩を聯ねる人。  《「鬼邪揄」の字、白香山の詩に見ゆ。》
  《鼇頭:諺に云ふ「来茲(来年)の事を説き来れば鬼に揶揄せらる」。〇此の詩、國歌者流の所謂「意に餘り有りて詞足らざる者」なり。》


〇050. 嶋村大人一日見過村荘大人近日欲東帰賦此以贈 (嶋村江戸之人) 《一日嶋村大人見過村荘大人時将東帰賦此以贈》
今日又何日 《今日是何日》(●47.に改作)
一樽村酒牽佳人
吾厨縦令供給乏 《寒厨縦令供給乏》
談話只忻交情親
松下洗盃水激手
檐端呼茶縁掩牖 《檐端呼茶緑掩牖》 《鼇頭:「緑掩牖」作「花撲首」可。》
邂逅相逢忽別觴 《相逢之觴即別觴》
佗日相思付盃酒
人事如此休辞醉 《人事如此醉休辞》  《鼇頭:換韵法太佳。》
續此歓娯知何時  《鼇頭:結句自君再遊兮、復何時来。》
  《鼇頭:全篇情語居多。但有「松下云々」二句、所以可誦。是古詩緊要處。》

 嶋村大人、一日村荘を過ぎらる。大人、近日、東帰せんと欲す。此を賦して以て贈る。(嶋村は江戸の人。)
 《一日嶋村大人、村荘を過ぎらる。大人、時に将に東帰せんとす。此を賦して以て贈る。》
今日また何の日ぞ。 《今日は是れ何の日ぞ。》
一樽の村酒、佳人を牽く。
吾が厨、たとい供給の乏しくとも、 《寒厨、たとい供給の乏しくとも、》
談話ただ忻(よろこ)ぶ、交情親しきを。
松下に盃を洗へば、水、手に激(たぎ)り、
檐端に茶を呼べば、縁《緑か?》牖を掩ふ。  《鼇頭:「緑、牖を掩ふ」を「花、首を撲つ」と作すも可なり。》
邂逅して相ひ逢ふも忽ち別觴、 《相ひ逢ふの觴は、即ち別觴。》
他日、相ひ思はん、杯酒に付きしを。
人事は此の如くも、辞するを休(や)めて醉はん。 《人事、此の如し。醉はん、辞するを休めよ。》 《鼇頭:換韵法、太だ佳し。》
此に續く歓娯、何れの時か知らん。  《鼇頭:結句「君よりの再遊、復た何れの時か来らん」。》
  《鼇頭:全篇、情語多く居り。但だ「松下云々」二句有り、以て誦すべき所。是れ古詩の緊要の處なり。》


〇051. 晩春
嬌鶯聲老縁将遮
獨養幽慵坐日斜
濃紫猩紅零落去
棣棠猶剰樹根花

 晩春
嬌鶯、聲老いて、緑、将に遮らんとす。
獨り幽慵を養ひて日斜めなるに坐す。
濃紫猩紅、零落し去る。
棣棠、猶ほ剰す樹根の花。

          木村考艸
          木村考、艸す。

 《政子五月念三夜。小酌於松陰亭之水窓。且飲且評此詩、既了則三皷矣。時梅雨蕭々蛙声閣々。後藤機僭批。》
 《文政、子(ね年)五月念三(二十三日)夜。松陰亭の水窓に小酌し且つ飲み且つ此詩を評す。既にして(やがて)了れば則ち三皷(三更:夜中)なり。時に梅雨蕭々、蛙声閣々。後藤機、僭(僭越ながら)批す。》


D『小詩』  PDF(2.6mb) 文政十一年 (1828)八月二十六日添削。(詩稿2丁に 裏表に表紙を付す。)

小詩 八月十七日午後 貴写成

〇052. 夏日(●48.◎11.に改作)
急雨傾盆屋角鳴 《急雨傾盆檐角鳴》
満遍濁水激成泓 《満遍黄潦欲成泓》
奔雷忽攪閑眠去
一枕涼風遠處聲 《一枕涼風竹樹聲》 《鼇頭:是真夏日詩。》

 夏日
急雨、盆を傾けて、屋角鳴る。 《急雨、盆を傾けて、檐角鳴る。》
満遍の濁水、激して泓(ふち)を成す。 《満遍の黄潦(泥水)、泓(ふち)を成さんと欲す。》
奔雷、忽ち閑眠を攪(みだ)して去る。
一枕の涼風、遠處の聲。 《一枕の涼風、竹樹の声。》 《鼇頭:是れ真に夏日の詩なり。》


〇053. 客去
茶休客去夜沈々
煙底杳薫幽味長 《煙面殘杳幽味長》
詩書倦見又慵披*《*失声。》 《満牀子史無心整》
一盞燈火*千古心《*失声。》 《一盞青燈千古心》  《鼇頭:下無心整及青字方是客去光景》

 客去
茶休(や)み、客去りて、夜沈々。
煙底、杳かに薫りて幽味長し。 《煙面、杳かに殘りて幽味長し。》
詩書、見るに倦みて又た慵く披*く。《*失声。》 《満牀の子史(子書と史書)、無心、整ふ。》
一盞の燈火*、千古の心。《*失声。》 《一盞の青燈、千古の心。》  《鼇頭:「無心整」及び「青」の字を下せば、方に是れ客の去れる光景なるべし。》


〇054. 〇055. 同夜作 二首
松風蘿月入秋宜 《松風竹月入秋宜》
稍覚新涼上翠眉 《稍覚新涼入鬂眉》
佳懐満腔吟不盡 《満腹佳懐吟不盡》
獨蹂清彰立多■ 《蹋将藻荇立多■》 《謝翺詩云閑庭生柏影荇藻交行路云々。》

 同夜作 二首
松風蘿月、秋に入りて宜し。 《松風竹月、秋に入りて宜し。》
稍や覚ゆ、新涼、翠眉に上るを。 《稍や覚ゆ、新涼、鬂眉に入るを。》
佳懐、満腔、吟じて盡きず。 《満腹の佳懐、吟じて盡きず。》
獨り清彰を蹂みて多■に立つ。 《蹋みて藻荇を将って多■に立つ。》 《謝翺の詩に云ふ「閑庭柏影生じ、荇藻行路に交はる」云々。》 (※■虫損)


 白露天風月欲沈 《白露清風月欲沈》
長松陰暗水成音* 《*属突出》
幽叢虫話難安夜** 《**二句似不相接更思》
不識何處秋尤深 《不識何處秋最深》  《鼇頭:此詩第三作蓼紅蘆白望相似而改一二叙江邉風景以作一首題画詩方可》

白露天風、月沈まんと欲す。 《白露清風、月沈まんと欲す。》
長松、陰暗くして水、音*を成す。 《*突出するに属す。》
幽叢の虫話、**夜を安んじ難し。 《**(前の)二句に相ひ接さざる似し。更に思はん。》
識らず、何れの處か、秋尤も深きと。 《識らず、何れの處か、秋尤も深きと。》
  《鼇頭:此詩の第三を「蓼紅蘆白、相ひ似るを望む。」と作し、而して一二を改めて江邉風景を叙し、以て一首の題画詩と作すも方(まさ)に可なるべし。》


〇056. 義経
抜挂培榛義告全 《不奈蒼蠅止棘樊》
竄身東国悪因縁 《竄身東裔事悲酸》  《鼇頭:自義経含状来。》
逆鱗誰不呼天泣 《怒濤西海提長剣》
西海凱蛇血未乾 《斬取鯨鯢血未乾》
 《鼇頭:乾字一先韵義異當就詩韻含英異同辨詳之》

 義経
培榛(※不詳)、抜き挂けて義、全てを告る。 《蒼蠅の棘樊に止まるを奈(いかんとも)せず。》
竄せらる身は、東国の悪因縁。 《身を竄せられる東裔、悲酸を事とす。》 《鼇頭:「義経の含状」より来る。》
逆鱗、誰か天泣を呼ばざる。 《怒濤の西海、長剣を提ぐ。》
西海にて蛇を剴(き)りて血、未だ乾かざるに。 《鯨鯢を斬り取りて血、未だ乾かざるに。》
 《鼇頭:「乾」字は一先づ韵義、異なり。當に『詩韻含英異同辨』に就きて之を詳かにすべし。》


〇057. 忠度
覃*騎揚鞭日欲傾 《*単カ。》
晩風近雨怒濤声 《海風惨澹怒濤声》
艶詞錦袖沾泥去 《鎧中頼有國詩草》
住得千秋不朽名 《留得風流千歳名》  《鼇頭:此公亦是横槊賦詩之流亞。》

 忠度
単騎、鞭を揚げて日、傾かんと欲す。
晩風雨近くして怒濤の声。 《海風惨澹たり怒濤の声。》
艶詞の錦袖、泥に沾れ去る。 《鎧中、頼(さひは)ひに國詩草(和歌)有り。》
住み得たり千秋不朽の名。 《留め得たり風流千歳の名。》  《鼇頭:此の公また是れ「横槊賦詩(※曹操)」の流亞ならんや。》


〇058. 奉和楓窓兄月夜醉中放舟於黒*川之作 (兄時在東武)
 《奉和家楓窓兄月夜醉中放舟於黒*川之作 》 《墨カ。》 《鼇頭:「和」字、疑當作次韵、或未然乎。》
月在城頭雪満天 《月満江城雪満天》
吟詩想像下清川
残燈獨睡五更夢 《西窓残燭五更夢》
不似酔中君説仙 《共坐両頭身欲仙》 《結句化銕為金矣》
  《鼇頭:陸機兄弟在尾屋両頭讀書。又李白江上吟、木蘭之竝ケ棠舟玉簫金管坐両頭云々》
 来詩有一夜涼風風裡仙之句故句中有及 《夜涼風風裡仙之句故句中及之》

 楓窓兄(※戸田睡翁)の「月夜の醉中、舟を黒川に放つ」の作に和し奉る。 (兄、時に東武に在り。)
 《家の楓窓兄の「月夜の醉中、舟を墨川に放つ」の作に和し奉る。》  《鼇頭:「和す」の字は、當に「次韵」を作すかと疑ふべし、或は未だ然ずか。》
月、城頭に在り雪、天に満つ。 《月、江城に満ちて雪満天。》
吟詩想像して清川を下る。
残燈、獨り睡る五更の夢。 《西窓の残燭、五更の夢。》
似(しか)ず、酔中、君が仙を説くに。 《共に両頭に坐して身、仙ならんと欲す。》 《結句、銕を化して金と為す。》
  《鼇頭:陸機兄弟「尾屋の両頭に在りて讀書す」。又た李白「江上吟」に「木蘭の竅A沙棠の舟、玉簫金管、両頭に坐す」云々。》
 来詩に「一夜涼風、風裡の仙」の句有り、故に句中、及ぶ有り。 《来詩に「一夜涼風、風裡の仙」の句有り、故に句中、之に及ぶ。》


 右乞斧正        木村考拝
 右、斧正を乞ふ。        木村考、拝。

《斧正之斧、當提頭冩是《亦》俗文所書従御公儀様被 仰渡之仰字一例》
《昨夜自省濃帰、途中得不可風之疾、至家未《愈》、湯薬之暇、閲案上詩又稿之乞正者山積、偶有此巻、先觸吾手、随讀随評、不覚頭風之去躰也、戊子八月廿六夜、書于松陰亭之燈下、後藤機妄批》
《寛齋大夫聞余帰省、甚欲一見、余方在制中、以故辞之。大夫若閲此評、猶見余面也、雖機、亦非有四目両口之異、何必見其面乎。一噱。是夜秋雨蕭々、尤難遣情。機又妄言。》


《「斧正」の「斧」、當に頭を提げて冩すべし。是れ《亦た》俗文の書く所「御公儀様に仰せ渡らさる」の「仰」字の一例に従はん。》
《昨夜、濃より帰省す。途中、可ならざる風(風邪)の疾を得、家に至り未だ癒えざるに、湯薬の暇、案上の詩また稿の、正を乞ふ者の山積を閲る。偶ま此の巻有りて先づ吾が手に觸る。随讀随評すれば、覚えず頭の風の躰を去る也。戊子(※文政11年)八月廿六夜、松陰亭の燈下に書す。後藤機、妄批す。》
《寛齋大夫、余の帰省するを聞きて、甚だ一見せんと欲するも、余、方に制中(喪中)に在り、故を以て之を辞す。大夫、若し此の評を閲すれば、猶ほ余が面を見るがごとき也。
機と雖も、亦た「四目両口」の異有るにはあらず(※曹操の言葉)、何ぞ必しも其の面を見んや。一噱(笑)。是の夜、秋雨蕭々、尤も情を遣り難し。 機また妄言す。》


E『詩草』  PDF(4.0mb) 文政十一年(1828)十月十三日添削。(詩稿4丁に裏表に表紙を付す。)

詩草

〇059. 八月十六夜 前夜有雨句中故及
前夜更深雨《漸》晴 《待到中秋雨正傾》
中秋已過彰還清
人間百凡多如此 《人間萬事多如此》
休道月輪盈不盈 《休問月輪盈不盈》

 八月十六夜 前夜有雨句中故及
前夜の更深くにして雨、漸く晴る。 《中秋を待ち到るに雨、正に傾く。》
中秋、已に過ぎたるも彰かにして還た清し
人間(じんかん)の百凡、此の如き多し。 《人間萬事、此の如き多し。》
道ふを休めよ、月輪の盈つる盈たざるを。 《問ふを休めよ、月輪の盈つる盈たざるを。》


〇060. 
琴曲曽来為師長 《臣妾何曽若師長》
声似無根随飛揚 《乍攫乍醳悠且揚》
合雅一奏知賀若
防心得意比文王
衆山皆響月照席
流水蕩々夜欲央 《洋水峩山夜欲央》
不知子期今安在
天然古意堕渺茫 《可怜古意堕渺茫》
 〇師長 古語曰「衆楽為臣妾琴為師長」。
 〇賀若文王 共琴操名賀若者唐宣宗時賀若所製東坡詩「琴裏若能知賀若、詩中定合愛陶潛」。

 琴
琴曲、曽来(かつ)て師長と為す。 《臣妾、何ぞ曽て師長に若かん。》
声は根無きが似く飛揚に随ふ。 《乍攫乍醳(※一張一弛)、悠かつ揚。》
合雅、一奏して「賀若」を知り、
防心、意を得て「文王」に比す
衆山、皆な響いて月、席を照らし、
流水蕩々、夜、央ばならんと欲す。 《洋水峩山、央ばならんと欲す。》
知らず子期(※鍾子期)、今、安(いず)くにか在るを。
天然古意、渺茫に堕す。 《怜(あはれ)むべし古意の渺茫に堕せるを。》
 〇師長 古語に曰く「衆楽は臣妾たり、琴は師長たり」。
(※「衆樂琴之臣妾也廣陵曲之師長也:衆樂の琴は之れ臣妾也、廣陵の曲は之れ師長也。」『樂書(宋)陳晹』)
 〇「賀若」「文王」共に『琴操(琴の書)』の名。「賀若」なる者は唐の宣宗の時、賀若は東坡の製する所の詩「琴裏若し賀若を能く知れば詩中、定めて合(まさ)に陶潛を愛すべし」。


〇061. 棋
閑院開樽對棊讐 《閑院浄掃迎棊讐》
風日清美竹陰幽 《風日清美松陰幽》
容儀粛々子未下 《相對一咲子未下》
先問前日勝敗由
勝敗亦是有動静 《勝敗職由整不整》
空鈎意釣忘日永
鳴乎能有通精門 《人間変態在局間》
廢失誤入野狐境 《報君休入野狐禅》
 〇東坡觀棊詩有空鈎意釣豈在魴鯉之句 《是不必註》
 〇鄭侠觀棊詩有三百六十路通精此有門之句。
 〇宗元懐拊掌録曰奕者多廢事率皆失業故人目棋枰以為木野狐 《亦不必註》
  《鼇頭:語有来歴玅余不解棋与髯仙同然家岳酷嗜之故徃々傍觀焉所以知此三四語之玅也》

 棋
閑院、樽を開きて棊讐(※ライバル)に對す。 《閑院、浄掃して棊讐を迎ふ。》
風日清美、竹陰幽なり。 《風日清美、松陰幽なり。》
容儀粛々、子、未だ下さず。 《相對一咲(※笑)、子、未だ下さず。》
先づ問ふは、前日の勝敗の由。
勝敗、亦た是れ動静有り。 《勝敗の職由(※根拠)、整ふか整はざるか。》
「空鈎も釣りの意なり」と、日の永きを忘る。
鳴乎、能く通精する門、有らん。 《人間(じんかん)の変態は、局間に在り。》
廢失して誤って入るは、野狐の境。 《君に報ず、野狐禅に入るを休めよ。》
 〇東坡「觀棊」詩に「空鈎も(おけらもまた)釣りの意なり、豈に魴鯉在るをや」の句有り。《是れ必註にあらず。》
 〇鄭侠「觀棊」詩に「三百六十(碁盤の目の数)の路、通精すれば此く門有り」の句有り。
 〇宗元「懐拊掌録」に曰く「奕は多く事を廢し、率ね皆な業を失ふ。故に人、棋枰(※碁盤)を目して以て「木野狐(ぼくやこ)」と為す」。《亦た必註にあらず。》
  《鼇頭:語は来歴有りて玅(※妙)。余、棋を解せざること髯仙(※蘇軾)と同然なるも、家岳(※篠崎小竹)酷(甚)しく之を嗜む。故に徃々傍觀す。此の三四語の玅を知る所以なり。》


〇062. 題鴨川図
畫楼倚岸枕清川 《畫楼一帯枕清川》
楼上佳人知幾千
想見臙脂多少水 《知是臙脂多少水》
濺浮泉脉故娟々 《濺為鳬水故涓々》
  《鼇頭:中島文吉鴨東四時雜詞已言此意矣》

 鴨川図に題す。
畫楼、岸に倚り、清川を枕とす。 《畫楼一帯、清川を枕とす。》
楼上の佳人、知んぬ幾千。
想ひ見ん、臙脂と多少(多く)の水と。 《知んぬ、是れ臙脂と、多少の水と。》
濺げば泉脉に浮きて、故(ことさら)に娟々。 《濺げば鳬水と為る、故に娟々。》
  《鼇頭:中島文吉(※棕隠)『鴨東四時雜詞』已に此の意は言へり。》


〇063. 秋夜作
竹間落月照松園 《西山落月照松園》
松樹陰深隔世喧
爐火紅残茶力老  《鼇頭:爐字讀字對粗思之未得亦唯為讀書句甚佳一字不可移易也》
讀書義渋燭光昏
細風虫語階前石 《細風蟲語階前草》
横笛人帰城外村  《鼇頭:第四五六放翁妙境》
吟骨酒膓何患小 《此裡幽懐有誰会》 《此句是強弩之末》
静呼冷炙對琴樽
  《二聯皆佳結末少不称律詩動■ 犯此病是京攝詩人所未免》

 秋夜の作
竹間の落月、松園を照らす。 《西山の落月、松園を照らす。》
松樹、陰深くして世の喧しきを隔てり。
爐火、紅残りて茶力老い、  《鼇頭:「爐」字、「讀」字、粗に對(あた)る。之を思ふも未だ得ず。亦た唯だ「讀書」の句は甚だ佳しと為す。一字も移し易かるべからざる也。》
讀書、義、渋りて燭光昏し。
細風虫語、階前の石。 《細風蟲語、階前の草。》
横笛、人は帰る、城外の村。  《鼇頭:第四五六は放翁の妙境なり。》
吟骨酒膓、何ぞ小なるを患はん。 《此の幽懐の裡に誰か会ふ有らん。》 《此の句は是れ「強弩の末」。(※「強弩の末、魯縞に入る能はず」強い者もやがて弱まる)》
静かに冷炙を呼びて琴樽に對す。
  《二聯、皆な佳し。結末、少(やや)律詩の動■に称はず。此の病を犯すは是れ京攝詩人の未だ免がれざる所。》


〇064. 病中戯作
臥疾降幃不會朋 《臥疾幽齋謝友朋》
奴摩倦脚婢摩肱
女児幸有琴書暇 《女児亦有琴書暇》
枕頭能驅秋後蝿 《枕上解驅秋後蝿》   《鼇頭:白香山。》
 〇老杜詩曰秋後尤多蝿。〇女児今歳十一好《頗》琴書。

 病中戯作
臥疾、幃を降して朋と會はず。 《臥疾、幽齋、友朋を謝す。》
奴は倦脚を摩し、婢は肱を摩す。
女児、幸ひに琴書の暇有りて。 《女児、亦た琴書の暇有りて。》
枕頭、能く秋後の蝿を驅る。 《枕上、秋後の蝿を驅るを解す。》  《鼇頭:白香山(白楽天)。》
 〇老杜詩に曰く「秋後尤も蝿多し」。〇女児、今歳十一。《頗る》琴書を好む。


〇065. 秋日作
菊發荒垣日及遅 《菊發東籬日上遅》
黄葩半《褪》露珠滋 《黄葩緑葉露珠滋》
躊躇叉手人休怪 《躊躇叉手無人會》
要去蟷螂折一枝 《可折新枝折老枝》  《鼇頭:要去蟷螂四字雖佳差渉尖巧》

 秋日の作
菊發(ひら)く荒垣、日の及ぶこと遅し。 《菊發く東籬、日の上ること遅し。》
黄葩、半ば褪せて露珠滋し。 《黄葩緑葉、露珠滋し。》
躊躇して叉手す(※こまねく)、人、怪しむを休(や)めよ。 《躊躇して叉手す、人の會ふ無し。》
蟷螂を去(のぞ)かんことを要して、一枝を折る。 《新枝を折るべくして老枝を折る。》  《鼇頭:「要去蟷螂」四字佳なりと雖も、差(やや)尖巧に渉る。》


〇066. 九月十三夜無月偶西疇健公二子兄過園有賦相月十五夜亦無月句中故及
為是頑雲飄雨糸 《為是雲葉飄雨絲》 《糸与絲異》
一秋両度失佳期
幸把書剣論千古 《且看書剣論千古》
或語江山説小詩 《或對江山説新詩》
鼎坐相倚交意淡 《鼎坐相視心莫逆》  《鼇頭:改律體為古体一倍精神》
燈火復吐睡魔衰 《繞檐點滴琴筑奇》
此歓縦不邀清影
猶勝月明無舊知 《猶勝有月無交知》 《可見 大夫之好客矣》

 九月十三夜、月無し。偶ま西疇、健公の二子兄、園を過ぎりて賦有り。相月(七月)十五夜また月無し。句中、故に及ぶ。
是れ頑雲、飄雨糸の為に、 《是れ雲葉、飄雨絲の為に、》 《「糸」と「絲」は異なる。》
一秋の両度、佳期を失す。
幸ひに書剣を把りて千古を論じ、 《且(しばら)く書剣を看て千古を論じ、》
或は江山を語り、小詩を説く。 《或は江山に對して新詩を説く。》
鼎坐して相倚り、交(こもごも)意は淡く、 《鼎坐して相視る、心の莫逆、》  《鼇頭:律體を改めて古体と為せば精神一倍せん。》
燈火、復び吐けば、睡魔衰ふ。 《檐を繞る點滴(雨だれ)は、琴筑(※楽器)の奇。》
此の歓、縦(たと)い清影を邀へざるも、
猶ほ月明にして舊知無きに勝れり。 《猶ほ月有れども交知(朋友)無きに勝れり。》 《大夫の客を好むを見るべし。》


〇067. 秋夜讀書
燈底漁書門反関 《燈底繙書門反関》  《鼇頭:自欧公秋声賦来》
虫鳴四壁夜窓閑
時呼杯酒思詩*句* 《時呼杯酒思疑義》 《*二字与題岐互》  《鼇頭:此酒応是以漢書下之。》
愛聴秋声在樹間
 〇《盧仝》柴門反関無俗客 〇秋聲賦聲在樹間 《是不必註》

 秋夜讀書
燈底漁書、門、反りて関(とざ)す。 《燈底、書を繙く、門、反りて関す。》  《鼇頭:欧公(欧陽脩)の「秋声賦」より来る。》
虫鳴く四壁、夜窓閑かなり。
時に杯酒を呼んで詩*句*を思ふ。 《時に杯酒を呼びて疑義を思ふ。》 《*二字、題と互ひに岐る。》  《鼇頭:此の酒、応に是れ漢書を以て之を下すべし。》
愛聴す、秋声、樹間に在るを。
 〇《盧仝》「柴門、反(かへ)って関して俗客無し」。 〇秋聲賦「聲、樹間に在り」。《是れ必註にあらず。》


  右乞
斧正          木村考拝

  右、斧正を乞ふ。          木村考、拝す。


《政子十月十三夜。観畢于晩翠書寮之燈窓。缾菊影底。方寸閑人機妄批。》
《近日社会課題一二書於《左》方願
 大夫亦構思焉也
     体五古擬陶體
讀書
小原女載薪図
謝人恵刀
墨菜  画山水
讀三善清行傳
漁家楽
  都七題》

《文政子(ね)十月十三夜。晩翠書寮の燈窓、缾菊の影底に観畢る。方寸閑人、機、妄批す。》
《近日社会課題の一二、左方に於いて書く。願はくは大夫の亦た構思せんことを、と也。
       体は五古(五言古詩)。陶體(※陶淵明風に)に擬すこと。
 讀書。
 小原女、薪を載せる図。
 人の刀を恵むに謝す。
 墨菜。
 山水を画く。
 三善清行傳を讀む。
 漁家の楽(舟唄)。
   都(すべ)て七題。》


F『蕪韻』  PDF(3.9mb) 文政十一年 (1828)十二月小寒添削。(詩稿4丁に 裏表に表紙を付す。)

蕪韻

〇068. 豊臣秀吉 《豊臣太閤  前世豪杰之士、率以不名為可。》
叱咤驅兵討八方
狼秦強楚不須當 《狼秦強楚有誰當》
唯憐覇略一朝夢 《不図當日拏鞋者》
世俗謾呼猿面王  《永被人呼猿面王》 謾呼一作呼成。

 豊臣秀吉 《豊臣太閤  前世の豪傑の士は率ね以て名を為さざるべし。》
叱咤、兵を驅りて八方を討つ。
狼秦、強楚も須らく當るべからず。 《狼秦、強楚も誰か當る有らん。》
唯だ憐む、覇略一朝の夢、 《図らず、當日の(※信長の)鞋を拏(ひ)く者の、》
世俗、謾りに呼ぶ、猿面王と。 《永く人に猿面王と呼ばるるを。》 「謾に呼ぶ」一に「呼び成す」と作す。


〇069. 次韻毅齋先生青塚途中作
猿鉤*三更逢牢晴 《鼇頭:「猿*」何義。》
行語相顧留又行 《行語相顧止且行》
数避牧牛立岐路
鳥不知名啼似迎
此行非為野酌計
霜葉侑酒自分明 《霜葉侑酒潑眼明》
野人決渠移水碓
林間有村聴鶏声 《林外有村聞鶏声》
太平之象文物遍 《太平之象到處有》
黄稲束来擔肩頳
吾亦撃攘哥中者
便腹摩挲養吟情
此時不醉何時醉
農兮農兮務可耕 《一尊欲持労農耕》

 毅齋先生(※菱田毅齋)の青塚(※青墓)途中の作に次韻す。
猿鉤*(※自在鉤?)三更、牢晴に逢ひ、 《鼇頭:「猿*」は何の義か。》
行語、相ひ顧みて留り又た行く。 《行語、相ひ顧みて止り且つ行く。》
数(しばし)ば牧牛を避けて岐路に立ち、
鳥は名を知らずも、啼きて迎ふ似(ごと)し。
此の行、野酌の計を為すに非ざるに、
霜葉、酒を侑むるは、自ら分明。 《霜葉、酒を侑めて、眼に明を潑(そそ)ぐ。》
野人、渠を決(き)って水碓(※水車)に移し、
林間、村有り、鶏声を聴く。 《林外、村有り、鶏声を聞く。》
太平の象、文物に遍く、 《太平の象、到る處に有り、》
黄ろき稲束、擔ひ来て、肩に頳(あか)し。
吾れは亦た撃攘歌中の者、(※鼓腹撃壌して太平を謳歌する者)
便ち腹を摩挲(さす)りて、吟情を養ふ。
此の時に醉はずして何の時にか醉はん、
農よ農よ、務めて耕やすべし。 《一尊持って農耕を労はんと欲す。》


〇070. 秋日野行
吟笻行到清幽地 《鼇頭:一幅呉《装》山水。》
遠水斜陽有適意 《遠水斜陽助詩思》
晩渡風寒僧獨帰
鐘傳紅葉樹間寺 《「樹」作「林」更可。》
  鼇頭:仄韻轉句第六字用孤仄、則結句第六字當作孤平耶如何。《不必為孤平。》

 秋日野行
吟笻、行き到る、清幽の地。 《鼇頭:一幅の呉装(※画風)の山水。》
遠水斜陽、意に適ふ有り。 《遠水斜陽、詩思を助く。》
晩渡、風寒くして僧獨り帰り
鐘は傳ふ、紅葉樹間の寺 《「樹」「林」に作れば更に可。》
  鼇頭:仄韻の轉句第六字に孤仄を用ふれば、則ち結句第六字は當に孤平と作すべきか、如何。《必ずしも孤平に為さざらん。》


〇071. 九月村行看梅 《九月村行見梅》
霜路乾濕秋盡時 《出郭霜晴秋盡時》
怪来歩々暗香随 《暗香何處鼻先知》 《随ト云ヘバアトカラ来ルヤウ也。》
何圖紅葉村園裡 《誰圖紅葉村園裡》
氷骨交加一併奇 《早有新梅相映奇》
  六如詩話誠齋元日立春詩今年元日不孤来、帯領新春一併来。〇俗如謂一處来耶《如俗謂一緒ナルベシ。機曰然。》。」

 九月、村行して梅を看る。 《九月、村行して梅を見る。》
霜路の乾き濕りて、秋盡くる時 《郭を出づれば霜晴、秋盡くる時》
怪しみ来る、歩々暗香の随ふを 《暗香何れの處か、鼻先づ知る。》 《「随」ト云ヘバアトカラ来ルヤウ也。》
何ぞ圖らん、紅葉村園の裡。 《誰か圖らん、紅葉村園の裡。》
氷骨(※梅の謂)交(こもご)も加ふ一併の奇。 《早く新梅有りて相映じて奇なり。》
  『六如詩話』誠齋(※楊萬里)元日立春の詩「今年元日、孤ならず来る、帯び領す新春一併して来るを」。
〇俗に「一處に来る」と謂ふが如きか。《俗に「一緒に来る」と謂ふが如きか。機曰く然り。》。」
(※戊申元日立春) 


〇072. 戴蒔女
苧蘿荊棘手親攀  鼇頭:苧蘿作蘿山如何。
聖世翻無習禮閑 《釵澤不施心自閑》
頭上添来花一朶 《頭上添来花幾朶》
貯将香艶入京関 《散将香艶入京関》
  越王得採薪女西施於苧蘿山鄭旦
令習禮于土城山上以獻呉王。〇李白詩揚蛾入呉関。
   〇起句作棘薪自拾苧蘿山如何。《柴薪自拾苧蘿山》

 戴蒔女
苧蘿荊棘手親攀  鼇頭:「苧蘿」を「蘿山」に作るは如何。
聖世、翻って、禮を習ふ閑なし 《釵澤を施さず、心自ら閑なり。》
頭上、添へ来る花一朶、 《頭上、添へ来る花幾朶、》
貯めて将に香艶、京関に入らんとす。 《散じて将に香艶、京関に入らんとす。》
  越王、採薪の女の西施・鄭旦を苧蘿山に得る。禮を土城山上にて習はしめ、以て呉王に獻ず。〇李白詩「蛾(眉)を揚げて呉関に入る。」。
   〇起句「棘薪自ら拾ふ苧蘿山」と作すは如何。《柴薪自ら拾ふ苧蘿山》


〇073. 詠寒菊
淵明去後寄吟心 《陶家寂々冷吟心》
一種清香寒苦深 《籬落菊荒霜正深》
更愛南檐微暖地
粲然吐出小黄金

 詠寒菊
淵明去りし後、吟心を寄す。 《陶家、寂々として吟心冷ゆ。》
一種清香なるも、寒苦深し。 《籬落の菊、荒れて霜、正に深し。》
更に愛す、南檐微暖の地。
粲然として吐出す小黄金。


〇074. 戯題
瓶裡痩梅猶未開
爐頭伴得愛新栽
此花似厭凄寒峭 《知佗応苦寒威峭》
沸湯添来玉破蕾* 《添得温湯破粉腮》《 *失韵》
  《鼇頭:似本事詩〇不圖庾嶺公亦罹鼎鑊之禍亦似恩亦似惨》

 戯題
瓶裡の痩梅、猶ほ未だ開ず。
爐頭、伴ひ得て、新栽を愛す。
此の花、凄寒峭しきを厭ふが似(ごと)し。 《知んぬ、また応に寒威の峭しきに苦しむべし。》
沸湯を添へ来れば玉、蕾*を破らん。 《温湯を添へ得ば、粉腮(※白粉)を破らん。》《 *失韵》
  《鼇頭:『本事詩』に似(しめ)す。〇圖らざりし庾嶺公(※梅の謂)、亦た鼎鑊の禍(※熱せられる)に罹るとは。亦た恩の似(ごと)く、亦た惨の似し。》


〇075. 讀書
陶令八十日 《在官八十日》
酒熟故園居
行休即天命
田園有琴車
獨知處労非 《獨知形役非》
更覚醉趣是
富貴不在心 《富貴元無心》
帝郷不可喜 《帝郷豈足喜》
乞食存適意 《乞食亦適意》
或誇羲皇人
恍惚都如夢 《休言吾夢死》
醉裡得天真
修短又窮通 《修短与窮通》
人性夙所受
嗚呼帰去来
萬古一杯酒
 〇淵明為彭澤令在官八十日見帰去来賦之序。《不必註》

 讀書 (※陶淵明「帰去来辞」を読んで。)
陶令(※官職名)八十日。 《在官、八十日。》
酒は熟す、故園の居。
行くゆく休する(※死ぬべき運命)は即ち天命にして、
田園には琴車有り。
獨り知る、處労の非なるを。 《獨り知る、形役(※雑事労苦)の非なるを。》
更に覚ゆ、醉趣の是れなるを。
富貴は心に在らず、 《富貴、元より心に無く、》
帝郷(※仙境)も喜ぶべからず。 《帝郷、豈に喜ぶに足らんや。》
乞食も適意に存し、 《乞食も亦た意に適ひ、》
或は誇る、羲皇の人と。(※太古の平和時代の人)
恍惚、すべて夢の如く、 《言ふなかれ、吾れ(※酔生)夢死すと。》
醉裡に天真を得。
修短(※寿夭)また窮通は、 《修短と窮通と、》
人性の夙に受くる所、(※すでに運命で決まっている)
嗚呼、帰去来(帰りなん、いざ)。
萬古、一杯の酒
 〇淵明、彭澤令と為りて在官八十日とは「帰去来の賦の序」に見ゆ。《不必の註。》


  右数首伏求 《右伏求》
改正        木邨職百拝
  右数首、伏して改正を求む
        木邨職 百拝


《戊子季冬小寒之日。閲畢于晩翠書寮之南窓下。是日晴妍、缾裡梅花水仙交發清香 後藤機批。》
《戊子季冬(※文政11年12月)小寒の日。晩翠書寮の南窓下に閲し畢る。是の日晴妍、缾裡の梅花水仙、交(こもご)も清香を發す。 後藤機、批す。》


G【詩稿】  PDF(1.3mb) 文政十二年 (1829)の添削か。 (詩稿1丁。前後判断は虫喰に拠った。)

〇076. 至日
至日今年雪未來
駿狼日暖引陽囘 《今年真覚一陽囘》
恰逢市店新醪熟 《恰逢甕裡新醪熟》
一酔去探城外梅 《半酔去探城外梅》

 至日 (※文政十一年冬至)
至日、今年、雪いまだ來らず。
駿狼(※冬至)、日暖かにして陽を引いて囘る。 《今年真に覚ゆ、一に陽の囘るを。》
恰も逢ふ、市店の新醪の熟すに。 《恰も逢ふ、甕裡の新醪の熟すに。》
一酔、去りて探さん、城外の梅。 《半酔、去りて探さん、城外の梅。》
(※「冬至日、太陽は駿狼山に止まる」『淮南子』)

〇077. 題梅花図
清痩自多神 《清痩自精神》
花開面々新 《江南萬樹新》
夜来風雨悪
吹減二分春 《吹損二分春》 《此詩雖佳轉結似不切於梅》

 梅花図に題す
清痩、自ら神多く、 《清痩、自ら精神にして、(※生気に満ち美しい)》
花開きて面々新し。 《江南の萬樹新し。》
夜来の風雨悪しく、
吹き減ず、二分の春。 《吹損ず、二分の春。》 《此の詩佳なりと雖も轉結、梅に於いては切ならざる(ぴったりしない)似(ごと)し。》


 右
 郢正     木村職百拝
 

H【詩稿】 文政十二年(1829)八月二十二日添削。(詩稿2丁。)

〇078. 病中作
病枕眠難熟 《病枕眠初覚》
遠雷涼*蘇  《恐脱氣字》
長虹遮雨絶* 《長虹遮雨麗》 《作*暈亦可》
落日燎雲朱 《落日射雲朱》
劚薬嗅功少 《煎薬嘲功少》
讀書任性迂
於詩還有悟
叨不費工夫 《不抂費工夫》
  《鼇頭:放翁云詩如水淡功差進真乎詩之貴於真也此不唯詩也天下之事皆然》

 病中の作
病枕、眠り熟し難し。 《病枕、眠り初めて覚む。》
遠雷、涼*《氣》蘇る。  《恐らく「氣」字脱せり。》
長虹、雨を遮りて絶ち、* 《長虹、雨を遮りて麗はしく、》 《「*暈となり」と作すも亦た可。》
落日、燎雲は朱し。 《落日、雲を射して朱なり。》
薬を劚(切)りて功の少きを嗅ぎ、 《薬を煎じて、功の少きを嘲り、》
讀書は、性に任せて迂なり。
詩に於いて還た悟る有り、
叨(みだ)りに工夫を費さざること。 《抂げて工夫を費さざること。》
  《鼇頭:放翁(※「秋懐」の詩に)云ふ「詩は水の如く淡ければ功、差(やや)進む」。真乎の詩は真(まこと)に貴き也。此れ唯に詩のみにあらざる也。天下の事、皆な然り。》


〇079. 無題
盆池甃石鏡光開
魚婢鱗宗自似猜 《魚婢成行波暈回》 《語覚微硬》
偶使侍童分午飯 《喚取丱童分午飯》
除看《撥》剌相趁來 《竚看溌剌相*追來》 《*字仄用見白詩》 《鼇頭:濠梁不必在遠》

 無題
盆池(※庭の池)甃石、鏡光開く。
魚婢、鱗宗(※魚たち)、自ら猜(そね)むに似たり。 《魚婢、行を成して、波暈回(めぐ)る。》 《語、微かに硬きを覚ゆ。》
偶ま侍童をして午飯を分たしめば、 《丱童を喚び取りて、午飯を分たしめ、》
除き(覗き?)看たり、《撥》剌相ひ趁ひて來るを。 《竚(たたず)み看る。溌剌として相*ひ追ひて來るを。》 《*字仄用を白詩に見る。》  《鼇頭:濠梁必ずしも遠く在らず。》


〇080. 田家(●49.に改作)
第檐斜照雨将収
簑笠帰来人未休 《簑笠帰来泥路脩》 《第二句韵脚三字泛》
幸有門前流水在 《頼有門前流水在》 《鼇頭:幸字善用之則可不善用之則似古体或尺牘》
故尋淺處洗耕牛 《摹景入画》

 田家
第(※邸)檐の斜照(※夕陽)、雨、将に収まらんとし、
簑笠にて帰来する人、未だ休(や)まず。 《簑笠にて帰来、泥路脩(なが)し。》 《第二句の韵脚の三字、泛。》
幸ひに門前に流水の在る有り。 《頼(さひは)ひに門前に流水の在る有り。》 《鼇頭:「幸」字は善く之れを用ふれば則ち可なるも、善く之れを用ひざれば則ち、古体或ひは尺牘の似(ごと)し。》
故に淺き處を尋ねて耕牛を洗ふ。 《景を摹して画に入れり。》


〇081. 題令亀六蔵之図 水野六蔵所蔵六蔵有口才句中故及 《題亀六蔵図》
洛水帯書称神仙 《洛水帯書何尓神》
香*箋*畫来墨痕鮮 《剡藤畫来墨痕鮮》 《**二字不朴与詩体、不称所以改》 《鼇頭:「神」字可活用「仙」字不活用所以刪》
此物縦非跨雲勢
頑甲得全幾千年
欲著一詩無好趣 《曳尾深泥到處有》
示君一語任所取 《何曽左顧為印鈕》
蔵手縮足人所知  《鼇頭:五六語枯淡》
可愛平生能閉口 《最愛平生能閉口》 愛字一作想
  《鼇頭:東坡多口所以与伊川争也亀唯灵智所以招七十鑽之累也智与多口願用之如何耳一笑》
(※荘子故事)

 令亀(※亀卜)六蔵の図に題す。 水野六蔵、所蔵す。六蔵は口才有り、句中故に及ぶ。《亀六蔵の図に題す》
洛水より書(洛書)を帯びて、神仙を称す。 《洛水より書を帯ぶ、何ぞ尓(なんじ)神なる。》
香*箋*の畫来りて、墨痕鮮かなり。 《剡藤(※剡藤紙)の畫来りて、墨痕鮮かなり。》 《**「香箋」二字、詩体と朴ならず称せず、改むる所以。》 《鼇頭:「神」字は活用す可べきも「仙」字は活用すべからず、以て刪る所とす。》
此の物、縦い跨雲の勢ひにあらざるも、
頑たる甲は、全きを得て幾千年。  《鼇頭:五・六語、枯淡なり。》
一詩を著けんと欲せしも、好趣無ければ、 《尾を深泥に曳く(※隠棲する)は、到る處に有らん、》
君に一語を示して、取る所に任さん。 《何ぞ曽て左顧して(※殺されて)印鈕に為らんや。》
「手を蔵(かく)し足を縮めるは人の知る所、
愛す可きは、平生、能く口を閉ぢること」と。 《最も愛せ。平生、能く口を閉ぢん。》 「愛」字一に「想」に作る。
  《鼇頭:東坡は多口にして以て伊川と争ふ所となる。亀は唯だ智にして以て(占卜の為に)七十鑽の累を招く所となる※。智と多口と、願はくは之を如何に用ゐんとのみ。一笑。》
(※荘子の故事を引く。また「蔵六」は亀の謂であってみれば、これに掛けて六蔵氏の口禍を諌めた。)



斧正     木村考職九拝
斧正(※を乞ふ。)     木村考 職 九拝す。


《己丑仲秋念二日。観于松陰書寮。是日風雨初晴、驟冷思絮衣。 後藤機妄批。》
《己丑仲秋念二日(文政12年8月22日)。松陰書寮に観る。是の日風雨初めて晴れ驟(には)かに冷え、絮衣を思ふ。 後藤機、妄批す。》


I【詩稿】  PDF(6.0mb) 後添の原稿Jと共に、文政十三年(1830)一月二十四日添削と 思はれる。(詩稿2丁に 表に表紙を付す。)

〇082. 秋夜病中作
讀書神倦不論功
燈火宵深水漏空
家外繁霜侵戸月 《地上繁霜侵戸月》
窓間驟冷襲肌風 《頂門痛砭透窓風》  《鼇頭:“頂後一針”又“頂門一針”トモアリ》
酒杯入務腸成悪
詩句尋醫心自窮
茗椀薬爐新活計
夢中千息獨濛々
  東坡集中「酒入務詩尋醫」ノ語アリ。不飲酒不作詩ナリ。
  《東坡集中有「酒入務詩尋醫」之語。蓋言「不飲酒不作詩」也。》

 秋夜病中作
讀書、神(こころ)倦みて、功を論はず。
燈火、宵深くして水漏(※時計)空し。
家外、霜繁くして戸を侵す月、 《地上、霜繁くして戸を侵す月、》
窓間、驟(には)かに冷ゆ、肌を襲ふ風。 《頂門の痛砭、窓を透る風。》  《鼇頭:“頂後一針”又“頂門一針”トモアリ。》
酒杯は務に入れども、腸、悪を成し、
詩句は醫を尋ねども、心、自ら窮せり。
茗椀、薬爐、新活計。
夢中の千息(慰安)、獨り濛々たり。
  東坡集の中「酒入務詩尋醫」ノ語アリ。「酒を飲まず、詩を作らず」ナリ。
  《東坡集の中「酒入務詩尋醫」之語有り。蓋し「酒を飲まず、詩を作らず」と言ふ也。》
 ※「謗を避けて詩は医を尋ね(て作らず)、病を畏れ酒は務に入る(飲まない)(蘇東坡「七月五日 二首」)」


〇083. 暮秋村行
枯木風寒霜後天
村々打稲乱還連 《村々打稲響相連》  《鼇頭:模景入画》
霏微走雨雲間霽
一片斜陽沈厂邊

 暮秋村行
枯木、風寒し霜後の天。
村々、稲を打つ、乱れ還た連ぬ。 《村々、稲を打つ、乱れ相ひ連ぬ。》  《鼇頭:景を模して画に入れり。》
霏微として雨走り、雲間霽れ、
一片の斜陽、《岸》邊に沈めり。


〇084. 山中謁古祠   《鼇頭:奇崛昌黎流亜一讀使人凄粛》
山深魑魅叫長風
路絶妖狐出草叢 《路絶狐狸出草叢》
階下龍鱗何世樹 《階下虬蟠何世樹》
午燈影暗社壇空

 山中、古祠を謁す。   《鼇頭:奇崛、昌黎(※韓愈)の流亜。一讀、人をして凄粛せしむ。》
山深くして魑魅、長風に叫び、
路絶えて妖狐、草叢に出づ。 《路絶えて狐狸、草叢に出づ。》
階下の龍鱗、何世の樹ぞ。 《階下に虬の蟠せる、何世の樹ぞ。》 
午燈、影暗くして社壇空し。


〇085. *霜荒深院菊 《*雨カ。「──倒半池蓮」老杜句如此ト覚ヘ候》
《凝》把殘花呼小杯 《擬把殘花呼小杯》
更無人送酒壷来
秋塵満地香空老
知是渕明去後開 《鼇頭:第四微不瑩》
  塵作霜如何《※○》
《詩中欠院字意句題詩往々不免此患小生舊製句題詩一首別録奉呈哂政》

 *霜荒深院菊 《*「雨」か?》 《「雨荒深院菊、霜倒半池蓮」老杜の句は此の如きと覚え候。(※「贊公の房に宿す」)》
擬へて殘花を把り、小杯を呼ぶも、
更に人の酒壷を送り来ることなし。
秋塵、地に満ち、香は空しく老ゆ。
知んぬ、是れ渕明の去りし後に開けるを。 《鼇頭:第四、微かに瑩(あきら)かならず。》
  「塵」「霜」と作すは如何《※○(OK)》。
《詩中「院」の字意を欠く。句題詩、往々にして此の患を免れず。小生の舊製の句題詩一首、別に録して奉呈す、哂政(※御笑覧のほど)。》


〇086. 過關原
龍争虎戦鬩無聲 《皷鼙吶喊鬩無聲》 《起四字及聖字嫌於天子》
逆賊駆民開太平 《豎子駆民開太平》
樵路行知聖化遍 《樵路行知膏澤遍》 《三仄体非有一入声字在其内則不可》
牧童諳記*群雄名 《牧童諳記昔雄名》
《*失声 英雄ノヤウヿヲ仄平ニテ何ソアルヘシ》

 關原を過ぐ。
龍争虎戦、鬩として聲無く、 《皷鼙吶喊、鬩として聲無く、》 《起の四字(※龍争虎戦)及び「聖」字は天子(※家康公)に於いて嫌(諱はばか)る。》
逆賊、民を駆って太平を開く。 《豎子、民を駆って太平を開く。》
樵路を行けば知りぬ、聖化遍しを。 《樵路を行けば知りぬ、膏澤遍しを。》 《三仄体非有一入声字在其内則不可。》
牧童は諳記す群雄の名。 《牧童は諳記す、昔雄の名。》
《「群」失声。英雄ノヤウ事ヲ仄平ニテ何ゾアルベシ。》


〇087. 除夜作
今夜還除夜 《今夜又除夜》  《鼇頭:又字唯字願熟思、雌黄之苦心也》
一年一夢中 《一年唯夢中》
春来児女喜 《春来稚児喜》
計拙老妻窮       《第四句、学我輩寒士之語好笑々々》
講道志難就          《鼇頭:律詩對偶中忌多情語故後聯雖佳不若改為梅柳等景語之愈也》
読書意未通         
對斟柏葉酒 《細斟椒掏酒》
一醉慙無功 《費俸愧無功》
  《王― ―ナレハ少シ突出ノヤウナリヤハリ無功ニシ上ヲ費―ニスル可》

 除夜の作
今夜、還た除夜、 《今夜、又た除夜、》 《鼇頭:「又」字「唯」字、願はくは熟思せん、雌黄(※添削)の苦心也。》
一年、一夢中。 《一年、唯だ夢中。》
春来、児女喜ぶも、 《春来、稚児喜ぶも、》
拙を計れば老妻窮す。  《第四句、我輩、寒士の語を学ぶ、好笑々々(※可笑しい)。》
道を講ずれば、志、就き難く、  《鼇頭:律詩の對偶中は情語の多きを忌む。故に後聯は佳なりと雖も「梅柳」等の景語の愈(まされ)るに改め為すに若かざる也。》
書を読めど、意、未だ通ぜす。         
柏葉酒(※屠蘇)を對斟して、 《椒柏酒を細斟(※浅酌)して、》
一醉、(※旧年の)無功を慙づ。 《俸を費しての無功を愧づ。》
  《王― ―ナレバ少シ突出ノヤウナリ、ヤハリ無功ニシ上ヲ費―ニスル可。》(※「王― ―」不詳。)


  伏乞
 巨目斧正           木村考拝
  伏して巨目の斧正を乞ふ。
            木村考、拝す。


J【詩稿つづき】 文政十三年 (1830)一月二十四日添削。(詩稿3丁、批評1丁 のバラ。)

〇088. 題画
犖确山深絶履痕 《犖确山深絶屐痕》
桃花無主鳥声喧
溪源知是非人世 《溪源無是避秦者》
翠竹丹沙別有村 《翠竹白沙別有村》
  杜詩桃花一簇開無主《不必註》

 題画
犖确、山深くして履痕絶え、 《犖确(らっかく:巨岩多く)、山深くして屐痕絶え、》
桃花、主無く、鳥声喧し。
溪源は知んぬ是れ、人の世に非ざるを、 《溪源は是れ秦を避くる者無く、》(※桃源郷故事)
翠竹、丹沙、別に村有り。 《翠竹、白沙、別に村有り。》
  杜詩「桃花一簇、開くも主無し」《不必註なり。》


〇089. 山居(●050.)
板屋如傾沿碧巒 《板屋欹傾傍碧巒》
柴門鎖在白雲端
閑中好事還堪笑 《閑中忙事還堪笑》
手斫溪藤作曲欄 《手斫溪藤縛曲欄》

 山居
板屋、傾く如く、碧巒に沿ふ。 《板屋、欹傾(一方に傾斜)して、碧巒の傍(かた)にあり、》
柴門、鎖して白雲の端に在り。
閑中の好事、還た笑ふに堪へたり。 《閑中の忙事、還た笑ふに堪へたり。》
手づから溪藤を斫りて曲欄を作る。 《手づから溪藤を斫りて曲欄を縛る。》


〇090. 冬夜子譲君見過分得韻陽
寒爐投獣炭 《寒爐簇獣炭》
並坐焼清香 《並坐炷清香》
君不尋盟約
我難醫俗腸 《吾難洗腎腸》
茶瓶声断續 《瓶声断又續》
吟意獨幽長 《詩句短還長》
休笑無供給
淡交別有郷

 冬夜、子譲君(※河合東皐)過られ、分ちて韻「陽」を得。
寒爐、獣炭(※炭団)を投じ、 《寒爐、獣炭を簇(あつ)め、》
並び坐して清香を焼く。 《並び坐して清香を炷す。》
君、盟約を尋(つ)がずして、
我、俗腸を醫し難し。 《吾、腎腸を洗ひ難し。》
茶瓶の声、断續し、 《瓶声、断ち又た續き、》
吟意、獨り幽長たり。 《詩句も短、還た長。》
笑ふなかれ、供給の無きを、
淡交も、別に郷有らん。


〇091. 夜雪分得韻虞
客去談休餘酒臺 《城楼鼓角歇声初》
残燈影暗好詩無 《倚壁残燈影有無》
重衾寒徹五更雪
竹樹風沈一厂呼

 夜雪、分ちて韻「虞」を得。
客去りて談休(む)、酒を餘す臺、 《城楼鼓角、声初めて歇み、》
残燈、影暗くして好詩無し。 《壁に倚る残燈、影有りや無しや。》
衾を重ねるも寒、徹する五更の雪、
竹樹、風沈みて一たび《雁》は呼べり。


〇092. 同至樂老人賞雪於城南田家
泥路謾迎携手期 《泥路倶迎踏屐期》
満天晴雪借茅茨 《村天晴雪借茅茨》
始知坡老吟情好 《始知坡老詩篇妙》
銀海光揺夕照時 《銀海光寒夕照時》

 至樂老人(※河合至楽)と同に雪を城南田家に賞す。
泥路、謾ろに迎ふ、手を携へる期 《泥路、倶に迎ふ、屐を踏む期》
満天の晴雪、茅茨を借る。 《満村の晴雪、茅茨を借る。》
始めて知る、坡老の吟情の好きを。 《始めて知る、坡老の詩篇の妙を。》
銀海、光揺るる夕照の時。 《銀海、光寒き夕照の時。》
(※蘇東坡「雪後書北臺壁」の結句「光搖銀海眩生花」)


〇093. 元日早朝
松竹影高池水潯 《松竹影長池水潯》
満域佳気映衣簪
晨曦粛々君臣際 《晨曦藹々君臣際》
朝醉騰々忠義心 《壽酒騰々忠義心》
牀上梅香徐暖徹
簾前鳥語似春深
頑躯幸侍通明殿 《微躯幸侍梁園裡》 《鼇頭:通明殿嫌天子不妥而改作亦未穏更有佳典》
一段幽忻呈小吟
  張守眞曰殿光明照帝之身帝之光明照殿光明通徹故曰通明殿

 元日早朝
松竹、影高し、池水の潯(ほとり)、 《松竹、影長し、池水の潯、》
満域の佳気、衣簪に映ず。
晨曦(※朝日)粛々たり、君臣の際、 《晨曦、藹々たり、君臣の際、》
朝醉、騰々たり、忠義の心。 《壽酒、騰々たり、忠義の心。》
牀上の梅香、徐ろに暖は徹り、
簾前の鳥語、春深きに似たり。
頑躯、幸ひに侍る通明殿(※宮廷)、 《微躯、幸ひに侍る梁園(※宮廷庭園)の裡、》 《鼇頭:「通明殿」は天子を嫌(諱はばか)るる、妥(おだや)かならずして改作す。亦た未だ穏かならざれば、更に佳典有らんか。》
一段の幽忻(よろこび)、小吟を呈す。
  張守眞曰く「殿の光明、帝身を照し、帝の光明、殿を照し、光明通徹す」故に「通明殿」と曰ふ。

 ※この詩に河合東皐が詩を和してゐる(河合東皐『文政庚寅集』一丁オモテ)。
  和木村大夫寛齋君元日早朝作
 朝衣連影度清潯
 鴛鷺分曹齊[蓋]簪
 霜粛三元行慶典
 霞流萬壽奉觴心
 溝氷日照恩波煖
 城樹風柔瑞気深
 共仰陽春禽弄外
 鳳毛殊發太平吟

  木村大夫寛齋君の元日早朝の作に和す。
 朝衣、影を連ねて、清潯を度(わた)る。
 鴛鷺(※官吏)は曹を分けるも、盍簪(※詩友)は齊しうす。
 霜粛たる三元(※元日)、慶典を行ひ、
 霞流萬壽、觴を奉る心。
 溝氷、日照りて恩波(※君恩)、煖く、
 城樹、風柔くして瑞気、深し。
 共に仰ぐ陽春、禽の弄ぶ外、
 鳳毛(※文才)、殊に發せよ、太平の吟を。


〇094. 田家雪
老盆酒熟雪花天  鼇頭:老盆一作黄梅
並舎相呼哥鼓連
牛健鴉嬌多喜氣 《三白見来多喜氣》
醉餘飯罋説豊年
  山東人理肉於飯下而食謂之飯罋。

 田家の雪
老盆、酒熟す雪花の天。  鼇頭:「老盆」一に「黄梅」に作る。
舎を並べて相呼ばふ、哥鼓の連、
牛は健、鴉は嬌にて、喜氣多し。 《三白(※正月三が日の雪)見来す、多喜の氣。》
醉餘の飯罋、豊年を説く。
  山東人、肉を飯の下に理(※調理)して食す、之を飯罋と謂ふ。
(※査慎行『敬業堂詩集』に「築屋不大J貫之 種松莫學杜子師 西風吹熟半黃稻 又是牛健鴉嬌時」の句あり。)


〇095. 人日同子譲君訪細香女史分勝裡金花巧耐寒句得巧字
   《鼇頭:分七字為韵而得仄韵是日会者豈盈七人之数乎否則賦近体不若拈平韵之愈也》
樗才同競雕蟲巧
雪裡菜羹縦醉飽 《雪裡桃菜縦醉飽》
不是春遊犯夜来 《此句欠明》
吟腸半被瓊華攪  鼇頭:吟一作枯

 人日(※正月七日)、子譲君と同に細香女史を訪ふ。「勝裡金花巧耐寒(※杜甫「人日詩」)」の句を分ちて「巧」字を得。
   《鼇頭:七字を分ちて韵を為すに而して仄韵を得(※「巧」字)、是日の会者、豈に七人の数を盈せしか。否ならば則ち近体を賦すは、平韵を拈るの愈(まさ)れるにしかざる也。》
樗才、同に競ふ、雕蟲(※篆刻)の巧、
雪裡の菜羹、醉飽を縦(ほしいまま)にす。 《雪裡の桃菜、醉飽を縦にす。》
是の春遊、夜を犯し来るにあらざるも、 《此の句、明を欠く。》
吟腸、半ば被むる、瓊華(※細香女史)の攪(みだ)すに。  鼇頭:「吟」は一に「枯」に作る。

※この際の河合東皐の作を掲げる(河合東皐『文政庚寅集』一丁ウラ)。
  人日遇雪従木村大夫過馬細香家分金字
 平生遇雪事遊吟
 人日況君迎賞音
 門臥仙羊群白石
 筵連鶴髪映晴林
 瓊瑶看已開花樹
 勝巧何須剪綵金
 且照如鉤簾外月
 釣詩酙酒到宵深 (江馬氏家年々有老人會、此日郷里老人多集、且門内蓄野羊、故三四及之)

  人日(1月9日)雪に遇ふ。木村大夫に従ひ(※江)馬細香家を過り「金」字を分つ。
 平生、雪に遇へば遊吟を事す。
 人日、況や君の賞音(※琴)を迎へしをや。
 門に臥す仙羊、白石に群り、
 筵には鶴髪(※老人)連なりて、晴林に映ゆ。
 瓊瑶(※雪)、已に花樹の開くを看、
 巧に勝さるも、何ぞ剪綵(※造花)の金を須いん。
 且(まさ)に鉤の如く照さんとす、簾外の月、
 詩を釣り、酒を酙みて宵深に到らん。
  (江馬氏の家、年々老人會有り、此の日、郷里老人多く集り、且つ門内に野羊を蓄ふ、故に三四之に及ぶ。)


〇096. 春宮怨(●51.)
痴夢醒来抱宿憂 《痴夢醒来獨坐愁》
寶鳬香尽夜窓幽
膝上雲和拂難得
月落海棠花外楼
  〇李白詩繊手拂雲和奏曲有深意。

 春宮の怨
痴夢、醒め来って宿憂を抱く。 《痴夢、醒め来って獨り坐して愁ふ。》
寶鳬香は尽きて、夜窓幽かなり。
膝上の雲和(※小琴)、拂へども得難し、
月落つ、海棠花外の楼。
  〇李白の詩「繊手、雲和を拂ひ、曲を奏して深意有り」。


〇097. 次韻水野六蔵早春作  《鼇頭:応酬之詩易堕平凡》
年回無暇息微躬
争得新詩鏗妙工
夙有城東供帖子 《似欠明。》   《鼇頭:帖子《恐》是帖天子及皇太后宮門之詩似不可通公侯而言如何》
春光先属囁嚅翁
  〇孟郊詩各以鏗奇工
  〇立春翰林学士供詩帖子 東坡詩好遣秦郎供帖子

 水野六蔵(※水野陸沈の通名か)「早春の作」に次韻す。  《鼇頭:応酬の詩は平凡に堕し易し。》
年は回(めぐ)りて、微躬の息(やす)む暇なく、
争ひ得たる新詩は、鏗たる妙工。
夙に城東に帖子(※書きつけ)を供する有り。 《明を欠く似(ごと)し。》  《鼇頭:「帖子」恐らく是の帖、天子及び皇太后の宮門の詩(※「宮人斜」)ならん。公侯に通ずべからざる似し。而して言ふは如何。》
春光、先づ属す(※書く)、囁嚅(口籠もる)翁(※竇鞏:中唐詩人)。
  〇孟郊の詩に「各々鏗たる奇工を以てす」。(※「同に朝賢の新羅使を送るを奉ず」)
  〇「立春に翰林学士、詩を帖子に供す。」の東坡詩に「好し、秦郎を遣はし帖子に供さん」と。



  右煩
鼎評          木村考百拝
  右、鼎評(※≒鼎言:おことば)を煩さん          木村考、百拝す。


《政寅初春念四日観畢虖松陰書寮春来未嘗有一日完晴是日妍晴始有旾意盆種貝母花将吐一二朶矣  兼山機妄批。》
《政寅初春念四日(※文政13年1月24日)。松陰書寮に虖(於)いて観畢る。春来、未だ嘗て一日の完晴有らざりしが、是の日、妍晴、始めて旾(※春)意有り。盆種えの貝母(アミガサユリ)の花、将に一二朶を吐かんとす。  兼山 機、妄批す。》


J【詩稿】  PDF(2.5mb) 文政十三年 (1830)三月一日添削。(詩稿3丁。 )

〇098.〇099. 村行見梅  《題中見字与看字観字不同故詩不得不如是改也》(〇117.)
 村行、梅を見る。  《題中「見」字と「看」字と「観」字とは同じならず。ゆゑに詩は是を改めるにしかざるを得ざる也。》
我行不与恵風期  鼇頭:起句一作、我行本不与春期《──作梅亦可》
出入任他得興遅 《偶得晴妍曳杖遅》
却喜尋来一日早 《今日初知邵子訣》
所歓總在微開時 《看花最是半開時》   鼇頭:所歓一作精神 《邵康莭云酒宜微醺花看半開》

我が行は恵風と期を与せず。  鼇頭:起句は一に作る「我が行、本と春期と与にせず」《──梅(期)と作すも亦た可なり。》
出入、任他(さもあらばあれ:たとい)興を得ること遅からんも、 《偶(たまた)ま晴妍を得るも杖を曳くこと遅からん。》
却って喜ぶ、尋ね来しことの一日早きを、 《今日、初めて知る邵子の訣》
歓ぶ所は總て微開の時に在り。 《花を看るには最も是れ、半開の時。》
  鼇頭:「所歓」一に「精神」と作す。 《邵康莭の云ふ。「酒は微醺が宜しく、花は半開を看ん」と。》


有梅即入是誰荘
謾折一枝香味長 《折取最繁枝上香》
斜挿莫嫌鬢邊重
幾多暖雪點衣裳 《幾多暖雪映衣裳》

梅有り、即ち入る。是れ誰が荘、
謾りに一枝を折れば香味長し。 《折り取る、最も繁き枝上の香。》
(※髪に)斜挿す、嫌ふ莫れ、鬢邊の重きを。
幾多の暖雪、衣裳に點ず。 《幾多の暖雪、衣裳に映ず。》


〇100. 寄書山人某韵花時幽尋之期 《柬山人某韵花時幽尋之期》
短笻未至謝公城* 《*地名否》    《鼇頭:合作》
恐被東風笑俗情
低枕孤衾聞夜雨 《低枕軽衾聞夜雨》 《鼇頭:孤字有羈旅岑寂之意不称此詩 前聯放翁小楼一夜聞春雨深菴明朝賣杏花之意》
微吟浅醉度朝晴 《微吟浅醉得朝晴》
幽花有約曽知面
誼?与人謾喚名 《好鳥向人頻喚名》
寄語春光唯易老 《寄語春光元易老》
出遊更莫誤同盟

 山人某に書を寄せ、花時幽尋の期を約す(※約束す)。 《山人某に花時幽尋の期の約を柬(※手紙)す。》
短笻、未だ至らず、謝公の城* 《*地名や否や。》  《鼇頭:合作》
東風(※春風)に俗情を笑はるるを恐る。
低枕孤衾、夜雨を聞き、 《低枕軽衾、夜雨を聞き、》 《鼇頭:「孤」字は羈旅岑寂(※寂寞)の意有り、此詩には称(かな)はず。前聯は放翁の「小楼一夜春雨を聞く、深菴明朝杏花を賣る」の意。》
微吟浅醉、朝晴に度(わた)る。 《微吟浅醉して、朝晴を得る。》
幽花に約有り、曽(すなは)ち面を知れば、
好(よ)し、鳥と人と謾りに名を喚ばん。 《好し、鳥は人に向ひて頻りに名を喚ばん。》
寄語す、春光は唯だ老い易し、《寄語す、春光は元と老い易し、》
出遊せよ、更に同盟を誤る莫かれ。


〇101. 春園欲雨
軽暄愛睡閉幽扃 《驟暄愛睡閉林扃》
風絶桜花自在馨
一抹淡烟天欲雨 《一驀淡雲天欲雨》
黄鶯何意語丁寧 《惜春鶯語太丁寧》《勃鳩呼婦語丁寧ニテモ》

 春園欲雨
軽暄、睡りを愛して幽扃を閉づ。 《驟かに暄たり、睡りを愛して林扃を閉づ。》
風絶え桜花、自ら馨り在り。
一抹の淡烟、天、雨ならんと欲す。 《一驀の淡雲、天、雨ならんと欲す。》
黄鶯、何の意か丁寧に語る。 《惜春の鶯語、太(はなは)だ丁寧。》《「勃(には)かに鳩、婦を呼び、丁寧に語る》ニテモ。》


〇102. 豆腐 《此於詠物江戸人及京師人往々有喜而作之者畢竟一時設題競巧之具耳 是臣之未解者非僕甚不嗜腐与麺 以故云々也一噱一噱 此等題目不若放謝瞿出一頭地也 猶白詩専於情楊誠齋専於景要皆一家 不可以為法而学之耳》
春蕨雖佳恐鶯拳
秋蓴可愛有腥涎
誰傳錬乳金蓑訣 《誰図莢豆心雖腐》
玉白氷清似自然 《玉白氷清軟似綿》
《鼇頭:蕨蓴与腐不渉唯著一豆字便与上二句相照不至骩骳》
《鼇頭:朱子豆腐詩 種豆豆苗稀 力竭心已腐 早知淮王術 安坐獲泉布」》

 豆腐 《此れ詠物に於いては、江戸人及び京師人、往々喜び而して之を作る者有り。畢竟一時に題を設けて巧を競ふの具のみ。
是れ臣(あなた)の未だ解せざる者。僕、甚しく腐と麺と嗜まざるには非ざる故を以て云々する也、一噱一噱(※笑)。
此等の題目は放謝瞿(陸游・謝宗可・瞿佑)の一頭地を出すに若かざる也。猶ほ白詩(白楽天)は情に於いて専らとするがごとく、楊誠齋は景に於いて専らとし、要(かなら)ず皆な一家たり。法を為すを以て之を学ぶべからざるのみ。》
春蕨、佳なりと雖も、鶯拳を恐れ、
秋蓴、愛すべくも、腥涎有り。
誰か傳へん、錬乳金蓑の訣(※故事不詳)、 《誰か図らん、莢豆の心、腐ると雖も、》
玉白氷清、自然(※自然薯?)に似たるを。 《玉白氷清、軟きこと綿に似たるを。》
《鼇頭:蕨蓴と腐とは渉(かかは)らず唯だ一の「豆」字を著すのみ、便ち上二句と相ひ照して骩骳(イヒ:歪曲)に至らず。》
《鼇頭:朱子「豆腐詩:豆を種えるも豆苗は稀にして,力竭きて心(芯)すでに腐る。早くより知る淮王の術、安坐して泉布(※銭)を獲ん。」》


〇103. 柳陌聞早鶯
出谷黄公錦作衣 《鼇頭:臺閣体動堕俗套》
襯烟細柳雨餘肥
嬾眠未起隋姫夢 《香閨未起隋姫夢》
金縷纔揺湘女機 《繊金縷纔揺湘女機》 鼇頭:金一作交
学語琴喉乾易黙 《学語軽喉乾易澁》
避人弱羽倦難飛
陌頭願倩丹青手
画得縑緗半幅帰   鼇頭:「嬾眠」「金縷」之字、恐踈對欲改、未得好字、伏乞正。

 柳陌にて早鶯を聞く。
出谷の黄公、錦、衣と作し 《鼇頭:臺閣体(※華美大仰)、動(やや)俗套に堕つ。》
烟を襯(あらは)す細柳、雨餘に肥ゆ。
嬾眠して未だ隋姫の夢を起さず、 《香閨、未だ起きず隋姫の夢、》
金縷、纔かに揺らす湘女の機。 《繊縷、纔かに揺らす湘女の機。》 鼇頭:「金」一に「交」と作る。
語を学ぶ琴喉(※鶯)、乾いて黙し易し。 《語を学ぶ軽喉、乾いて澁り易し。》
人を避く弱羽、倦みて飛び難く、
陌頭、倩ひ願ふ、丹青の手(※画家の手腕)、
画き得たり、縑緗(画絹)半幅に帰するを。  鼇頭:「嬾眠」「金縷」の字、踈なるを恐る。對して改めんと欲するも未だ好字を得ず、伏して正を乞ふ。


〇104.〇105. 柳陰呼渡図
一簇行人立碧潭 《趂(趁)渡行人立碧潭》
風吹垂柳乱鬖々 
急尋旗店賖酣酒 《且尋旗店賖灰酒》
暫坐岸莎割露《柑》 《暫坐萍場擘露《柑》》
楚語越吟訛不辨
漁哥樵唱遠難諳
預知各自今宵夢
一向江東一海南       《鼇頭:前半絶佳後半与題不稱。後半改題曰浣江行舟《図》以為二絶句、則各自完璧矣。》

 柳陰、渡(渡し舟)を呼ぶ図
一簇の行人、碧潭に立つ。 《趁(の)り渡る行人、碧潭に立つ。》
風、垂柳を吹き、乱れて鬖々たり(※みだれるさま)
急いで旗店を尋ねて酣酒を賖(おご)り、 《且(しばら)く旗店を尋ねて灰酒を賖り、》
暫く岸莎(はますげ)に坐して露柑を割く。 《暫く莎場に坐して露柑を擘(さ)く。》
楚語越吟(各地の方言)、訛りを辨ぜず、
漁哥樵唱、遠くして諳じ難し。
預知す、各自、今宵の夢
一は江東に、一は海南に向ふを。  《鼇頭:前半絶佳、後半は題と稱(かなは)ず。後半は改題して曰く「浣江行舟図」、以て二絶句と為せば則ち各自完璧か。》

〇105.(●52.)
雨餘待渡暫徘徊
鴉背夕陽山色開
烟著緑楊猶未散 《烟著楊林濕不散》  《鼇頭:絶好題画》
水穿沙岸危將隤 《水穿沙岸阽將隤》
賣魚声帯灘声聴 《賣魚声入灘声断》
鼓棹響和人語来
側見軽艖醉帰客
幾枝紅白戴梅回 《幾枝紅白戴花回》

雨餘、渡を待ちて暫く徘徊、
鴉背の夕陽、山色開く。
烟は緑楊に著きて猶ほ未だ散ぜず、 《烟は楊林に著きて濕りて散ぜず、》  《鼇頭:絶だ題画に好し。》
水は沙岸を穿ちて危きこと將に隤(くづ)れんとす。 《水は沙岸を穿ち阽(危)くして將に隤れんとす。》
賣魚の声、灘声を帯びて聴き、 《賣魚の声は、灘声入りて断たれ、》
鼓棹の響き、人語に和して来る。
側に見る、軽艖、醉帰の客。
幾枝の紅白、梅を戴せて回(めぐ)る。 《幾枝の紅白、花を戴せて回る。》


  右伏乞
斧正          木村職九拝
  右、伏して斧正を乞ふ。          木村職、九拝す。


《三月朔観於松陰亭之雨窓。既畢以若州鰈下伊丹酒、意頗適也。機妄批。》
《三月朔、松陰亭の雨窓に観る。既にして畢れば、若州(※若狭)の鰈を以て伊丹の酒を下す、意、頗る適ふ也。機、妄批す。》


K【詩稿】  PDF(3.4mb) 文 政十三年(1830) 閏三月八日添削か。(詩稿4丁。)

〇106. 春日黄昏見梅南頬村樹高数尋頗有清致 《南頬村有一大梅樹高数尋頗有清致》
十圍梅樹城南村       《鼇頭:全首自坡公鎔化》
天公剪刻見黄昏 《天公剪刻可黄昏》
清葩如霰吹不散
何論細雨正断魂
高抽竹叢仰決眥
風送天香方撲鼻
玉妃謫堕羅浮郷
梢上参横有風致
不恨不月照金罍
不愁無客[○]罰杯 《不愁無客吟詩来》
若令此花長領春 《此花占春毎先着》
必將桃李為輿《擡》 《桃紅李白総輿《擡》》

 春日黄昏、梅を南頬村(※みなみのかわ:地名)に見る。樹の高きこと数尋、頗る清致有り。 《南頬村に一大梅有り。樹の高きこと数尋、頗る清致有り。》
十圍の(太さの)梅樹、城南の村、  《鼇頭:全首、坡公(蘇東坡)より鎔化。》
天公は剪り刻みて黄昏を見る。 《天公は剪り刻む、黄昏なるべし。》
清葩、霰の如く吹きて散ぜず。
何ぞ論ぜん、細雨の正に魂を断つを。
高くして竹叢を抽けば、眥を決して仰ぐ。
風は天香を送りて、方(まさ)に鼻を撲つべし
玉妃の謫堕せる羅浮の郷、
梢上の参横(オリオン座)、風致有り。
恨みず月の金罍を照さざるを、
愁へず客の[○]罰杯の無きことを。 《愁へず、客の詩を吟じ来たる無きを。》
若し此の花の長く春を領せ令むれば 《此の花の春に毎に先づ着すを占めれば、》
必ず將に桃李も輿儓(よたい:下僕)とならん。 《桃紅、李白も、総て輿儓ならん。》


〇107.〇108. 杭瀬川渡頭即事二首
一帆將去一帆生 《一帆已去一帆明》
櫓声軋々春水平 《軋々櫓声春水平》
《侍》客舟師未回棹 《遮莫舟師未回棹》
静呼杯酒見新晴 《静呼杯酒對新晴》

 杭瀬川(くいせがは)の渡しの頭(ほとり)、事に即す二首。
一帆、將に去らんとすれば一帆生ず。 《一帆、已に去れば一帆明らかなり。》
櫓声、軋々たり、春水平らかなり。 《軋々たる櫓声、春水平らかなり。》
客を待って舟師、未だ棹を回らさず。 《遮莫(さもあらばあれ:たとい)舟師、未だ棹を回らさずも、》
静かに杯酒を呼びて新晴を見る。 《静かに杯酒を呼びて新晴に對す。》


春城市散競帰津 《市散春城競向津》
醉語喧闃雜沓頻 《醉語市散近黄昏》
堪笑篙工能了事 《莫笑渡舟小如葉》
半容牧馬半容人

春城の市、散じて帰るを競ふ津。 《市、散ぜる春城、競ひて津に向ふ。》
醉語喧闃、雜沓頻りなり 《喧闃醉語、黄昏近し。》
笑ふに堪へたり、篙工(船頭)の能く了事したるを。 《笑ふ莫れ、渡舟の小さきこと葉の如きを。》
半ばに牧馬を容れ、半ばに人を容るる。


〇109.110. 尋花宿山家得韻微
十里香風《向》板扉 《沸々香風襲竹扉》
雲飛烟淡月光微
山間似結羅浮夢 《曲肱恰《結》羅浮夢》 《鼇頭:山字作軒可》
頭上参横梅一圍 《山北山南萬玉妃》

 花を尋ねて山家に宿り、韻「微」を得。
十里の香風、板扉に向ふ。 《沸々たる香風、竹扉を襲ふ。》
雲飛び烟淡く、月光は微なり。
山間、羅浮の夢を結ぶ似たり。 《肱を曲げて恰も結ぶ、羅浮の夢。》 《鼇頭:「山」字を「軒」に作るも可。》
頭上の参横(オリオン座)、梅一圍。 《山北山南、萬玉妃。》 

投宿溪居未肯帰 《溪上人家花四圍》
綺羅人去歩庭闈 《綺羅去盡闃林霏ニテハ。》 《闈字王公様与山家不称吏思》
月前別有尋詩伴
剥啄連闈水際扉 《剥啄来敲水際扉》

溪居に投宿して未だ帰るを肯ぜず。 《溪上の人家、花は四圍。》
綺羅たる人は去りて庭闈を歩む。 《綺羅去り盡して闃たる林霏ニテハ。》 《「闈」字は王公様と山家と称(かな)はず、更思せよ。》
月前別に詩を伴ひて尋ぬる有り、
剥啄(ノック)闈に連(かさ)ぬ、水際の扉。 《剥啄、来りて敲く水際の扉。》


〇111.〇112.〇113.〇114. 三月廿日、同毅齋《先生》至楽健介東里西疇敬齋文二、自久瀬川舟行、至鶇森見花。又取途田間、訪横曽根村彦八宅、終日記所得
 三月廿日、毅齋(※菱田毅齋)《先生》、至楽(※河合東皐)、健介、東里、西疇、敬齋、文二と同(とも)に、久瀬川より舟行、鶇森に至りて花を見る。又た途を田間に取り、横曽根村の彦八宅を訪ひ、終日得る所を記す。

満川霜気入蒼茫
舟轉西東應接忙
無意山時乍涵影  《鼇頭:凡事不用意而得之者皆可喜二句盡之》
不思詩処却成章
垂楊風暖春耕路
芳艸烟飛雨後郷 《芳艸烟暄雨霽郷》
行李一擔遊具足 《茶竈葦床遊具足》 《擔字實用則仄矣》
軽篙先至百花場

満川の霜気、蒼茫として入り、
舟は西東に轉じて應接に忙なるべし。
山を意(おも)ふこと無き時、乍(たちま)ち影を涵し
詩を思はぬ処、却って章を成す。
  《鼇頭:凡そ事は意を用ゐずして之を得たるは皆な喜ぶべく、二句、之を盡す。》
垂楊、風暖し、春耕の路、
芳艸、烟飛ぶ、雨後の郷。 《芳艸、烟暄かし、雨霽れる郷。》
行李一たび擔いて具足を遊ばす。 《茶竈葦床、具足を遊ばす。》 《「擔」字は實用(※「一擔の重さ」)ならば則ち仄なり。》
軽篙、先づ至る、百花の場。


石上千梢太痩生
此君自使俗腸清
吟間更有風披払 《把杯聴戞風中玉》
聴取瀟湘夜雨声 《不似瀟湘夜雨声》《此句雖佳、有旅客惨悽之意、故改着「不似」二字。》

石上の千梢、太き痩(ほそ)き生ひ、
此の君、自ら俗腸をして清からしむ。
吟間、更に風の披き払ふ有り、 《杯を把れば、戞として風の玉に中るを聴く、》
聴き取る、瀟湘夜雨の声。 《瀟湘*夜雨の声に似ず。》《 *此の句、佳と雖も、旅客惨悽の意有り、故に「不似」二字着けて改む。》


幽亭坐尽又青苔 《幽亭半日坐青苔》
一日吟行醉幾回 《吟友行杯醉幾回》
夜路呼舟興猶在 《夜路呼舟餘興在》
残杯須月不帰来 《残杯待月未帰来》
 右次毅齋韻

幽亭、坐し尽す、又た青苔、 《幽亭、半日、青苔に坐す。》
一日吟行して醉ひ幾たびか回る。 《吟友、杯を行ひて醉ひ幾たびか回る。》
夜路、舟を呼ぶも興、猶ほ在り、 《夜路、舟を呼ぶも餘興在り、》
残杯、月を須(ま)ちて帰り来らず。 《残杯、月を待ちて未だ帰り来らず。》
 右は毅齋の韻に次す。


箕居篷底護春寒
両岸風聲燈燭昏 《両岸風聲燭影昏》
爐火紅通我酒熟 《爐火紅通酒方熟》
夜航始識詩腸温 《夜航始識肺腸温》
     《絶句用下三連法覚其不響但用之對句或可 此可字朱文公所謂未盡之辞》

篷底に箕居(※足を投げ出し)して春寒を護る。
両岸の風聲、燈燭昏し。 《両岸の風聲、燭影昏し。》
爐火に紅通じて我が酒熟す。 《爐火に紅通じて酒、方(まさ)に熟さんとす。》
夜航、始めて識る、詩腸の温まるを。 《夜航、始めて識る、肺腸の温まるを。》
  《絶句に下三連の法を用ゐるは、其れ響かざるを覚ゆ。但し之を對句に用ゐるは或は可なり。此れ朱文公の所謂「未だ盡さざるの辞」の字なるべし。》


〇115. 楓窓見花呈厳齋兄、兄時執政句中故及 《楓窓看花呈厳齋兄、兄時執政句中故及》
吐哺有閑春日遅
委蛇退食把清巵
花開花謝非君事
醉送斜陽亦一奇  《鼇頭:此詩雖佳但嫌其一二字面為公矦作》

 楓窓(※戸田睡翁の堂号)に花を見、厳齋兄(※戸田睡翁)に呈す。兄、時に執政なれば句中故に及ぶ。 《楓窓、花を看、厳齋兄に呈す。兄、時に執政なれば句中故に及ぶ。》
吐哺(※握髪吐哺)に閑有りて、春日遅し。
委蛇退食(※ゆっくり休む:『詩経』)して、清巵を把る。
花開き花謝すは君の事には非ず。
醉ひて送る斜陽は、亦た一奇。  《鼇頭:此の詩、佳なりと雖も、但だ其の一二(※連)、字面、公矦が作の為なれば嫌(諱はばか)る。》


〇116. 西疇老人宅集次厳兄韻
朱桜半落李下村 《春風来訪李下村》
一鼎佳肴酒気温 《花気時兼酒気温》
時有遠山斜日力 《坐到斜陽君莫恠》
移將霞脚到柴門 《要看霞脚照柴門》

 西疇老人宅の集ひ。厳兄(※戸田睡翁)の韻に次す。
朱桜は半ば落つ、李下の村、 《春風来訪す、李下の村、》
一鼎の佳肴、酒気温かなり。 《花気は時を兼ぬ、酒気温かなり。》
時に遠山の斜日に力有り、 《坐して到る斜陽、君、恠(あやし)む莫れ、》
霞脚を將ゐて移し、柴門に到る。 《要(かなら)ず霞脚の柴門を照すを看ん。》


〇117. 村行見梅次細香女史韻(〇099.)
有梅即入是誰荘
謾折一枝幽意長
斜挿休嫌鬢邊重
幾多暖雪點衣裳 《幾多香雪點衣裳》
  《鼇頭:此詩前稿已閲往》

 村行、梅を見て細香女史の韻に次す。
梅有り、即ち入る。是れ誰が荘、
謾りに一枝を折れば幽意長し。
斜挿す、嫌ふを休(やめ)よ、鬢邊の重きを。
幾多の暖雪、衣裳に點ず。 《幾多の香雪、衣裳に映ず。》
  《鼇頭:此の詩、前稿にて已に往(かつ)て閲す。》(※〇099.)


〇118. 尋花宿山家
犖确高低路          《鼇頭:律詩曰壓巻》
溪風皴晩霞 《溪風動晩霞》
花香追歩至
日色刺顔斜 《日色刺眸斜》
魚以水為室
鳥将樹作家 《鳥将林作家》
野農能住我 《山農留我宿》
一醉話桑麻 《濁酒話桑麻》
  《上句第三字仄下句第三字用平声為可是五律之常法》

 花を尋ねて山家に宿る。
犖确(らっかく:巨岩多く)高低の路、  《鼇頭:律詩壓巻と曰はん。》
溪風、晩霞を皴よす。 《溪風、晩霞を動かす。》
花香、歩を追ひて至り、
日色、顔を斜めに刺す。 《日色、眸を斜めに刺す。》
魚は水を以て室と為し、
鳥は樹を将(も)って家と作す。 《鳥は林を将って家と作す。》
野農、能く我を住(とど)めしめ、 《山農、我を留めて宿せしめ、》
一醉、桑麻を話す。 《濁酒、桑麻を話す。》
  《上句第三字は仄、下句第三字は平声を用ゐるを可と為す。是れ五律の常法なり。》


〇119. 晩春十五日自古宮村帰田間迂路訪清水主馬宅、賦此以似 《晩春十五日、自古宮村還。迂路訪清水主馬宅、賦似》
醉帰犯夜路如蛇 《春風醉歩路如蛇》
扃戸敲来避世譁 《柴戸敲来夜不譁》
酒渇思茶々未熟  《鼇頭:絶句曰壓巻》
静呼風燭惜飛花 《且呼紅燭看飛花》 「惜」一作「伺」又作「見」

 晩春十五日、古宮村より帰る。田間路に清水主馬宅を訪ひ、此を賦して以て似(しめ)す。
 《晩春十五日、古宮村より還る。路に清水主馬宅を訪ひ、賦して似す。》
夜を犯して醉ひ帰れば、路、蛇の如し。 《春風に醉歩すれば、路、蛇の如し。》
扃戸を敲き来りて世譁を避く。 《柴戸を敲き来りて夜、譁ならず。》
酒は渇して茶を思へども茶、未だ熟さず。  《鼇頭:絶句壓巻と曰はん。》
静かに風燭を呼びて飛花を惜しまん。 《且(しばら)く紅燭を呼びて飛花を看る。》 「惜」一に「伺」に作り又た「見」に作る。


  右乞
正          木村考職稿
  右、正を乞ふ。
          木村考 職の稿


《閏月初八将赴淡州匆々看了唯恐多謬誤恕之恕之兼山機妄批》
《閏月初八(閏3月8日)将に淡州(淡海:近江)に赴かんとす。匆々にして看了、唯だ恐らくは謬誤多からん。之を恕せ、之を恕せ。兼山(※号)機、妄批す。》


L『詩稾』
  PDF(7.5mb) 文政十三年(1830)五月十一日添削。(詩稿3丁に表に表紙を付す。)

詩稾

〇120.〇121. 春帆細雨来 《題改作“題画二首”而可》  《鼇頭:句題不放過句中一字得雖古大家或不見好詩》
櫓声軋々水蒼茫
暖霧如紗隔野塘
雨送春心春浪軟 《雨入春風春浪細》
依稀帆影自悠揚

 春帆、細雨来る。 《題“題画二首”に改作しても可。》  《鼇頭:句題は放過にせず、句中一字を得。古の大家と雖も或は好詩を見ざるなり。》
櫓声軋々たり、水蒼茫たり。
暖霧、紗の如く、野塘を隔つ。
雨は春心を送る、春浪軟し。 《雨は春風に入りて春浪細かなり。》
依稀たる帆影、自ら悠揚。


帰帆撑出夕陽村 《蒲帆撑出緑楊村》
臨水人家半閉門
鷁*首忽穿軽霧至 《*仰山ナリ》 《一霎穿至軽霧裡》
霏微風雨正黄昏 《霏微春雨忽黄昏》

帰帆、撑(こ)ぎ出づ、夕陽の村、 《蒲帆、撑ぎ出づ、緑楊の村、》
水に臨みて人家、半ばは門を閉づ。
鷁*首忽ち軽霧の至るを穿つ、 《*仰山(※大仰)ナリ。》 《一霎、穿ち至る軽霧の裡、》
霏微たる風雨、正に黄昏。 《霏微たる春雨、忽ち黄昏。》


〇122. 春日到津屋村途中
一川霞気暖
昨雨柳芽舒
水満失前途
樹高分故墟
野梅呼酒處
黄鳥得詩初
堤尽山将近
行逢樵与漁

 春日、津屋村に到る途中。
一川、霞気暖かく、
昨雨、柳芽舒ぶ。
水満ちて前途を失ひ、
樹高くして故墟を分つ。
野梅、酒を呼ぶ處、
黄鳥、詩を初めて得る。
堤尽きて山、将に近からんとす。
行き逢ふ、樵と漁と。


〇123. 次韻春雨  《春雨次韻》
天将微雨付閑眠
夢裡春心澹似烟 《夢裡春心恍似烟》
起倚欄干思杯酒 《起倚欄干聊煖酒》
隔花人語亦蕭然 《隔花人語晝蕭然》
 《鼇頭:全首雖佳、但恨三四不切雨字耳。》

 春雨に次韻す。  《春雨次韻》
天、微雨を将(ひ)きて閑眠に付す。
夢裡の春心、澹くして烟に似たり。 《夢裡の春心、恍として烟に似たり。》
起きて欄干に倚りて杯酒を思ふ。 《起きて欄干に倚りて聊か酒を煖む。》
花を隔てて人語、亦た蕭然たり。 《花を隔てて人語、晝、蕭然たり。》
 《鼇頭:全首佳と雖も、但だ三四「雨」字に切ならざる(ぴったりしない)を恨むのみ。》


〇124. 荒尾林中次韻菱田先生作 《鼇頭:荒尾湖中有蓴菜太佳不知是日採之以侑酒否》
落花芳艸蝶飛低
黄鳥関々喚客啼
一醉忘帰野村酒 《一醉忘帰藉苔坐》
春山隔在萬松西 《春山靄々萬松西》

 荒尾(地名)の林中、菱田先生(菱田毅齋)の作に次韻す。
 《鼇頭:荒尾湖中に、蓴菜の太だ佳き有り。知らず、是の日、之を採り以て酒を侑めしや否や。》
落花芳艸、蝶の飛ぶこと低し。
黄鳥、関々(※鳴声)として客を喚びて啼く。
一醉、帰るを忘る、野村の酒、 《一醉、帰るを忘る、苔を藉きて坐し、》
春山、隔てて在り、萬松の西。 《春山、靄々たり、萬松の西。》


〇125. 庭梅盛開邀諸友人飲花下賦此呈 《庭梅盛開邀諸友飲花下》
梅花香散暮風清
醉倚欄干月下情
旦得好晴猶有欠 《此句欠明》
可能侑酒到参横

 庭梅盛開す、諸友人を邀へて花下に飲み、此を賦して呈す。 《庭梅盛開す、諸友を邀へて花下に飲む。》
梅花、香散じて暮風清し。
醉ひて欄干に倚る、月下の情。
旦(あした)に好晴を得るも、猶ほ欠くること有り。 《此の句、明を欠く。》
能く酒を侑めて参横(※オリオン座:深夜の謂)に到るべし。


〇126. 春日出遊
野塘水満鷺鷥繁
極外鶯啼烟色温 《極外鶯啼烟氣温》
行認人声人未到 《且遞人声知甚處》
酒旗隠見李花村 《酒旗隠見杏花村》

 春日出遊
野塘、水満ちて鷺鷥(シラサギ)繁し。
極外に鶯啼きて烟色温し。 《極外に鶯啼きて烟気温かし。》
行くゆく人声を認むも人、未だ到らず。 《且つ逓(だんだん)の人声、甚處(いづこ)か知る。》
酒旗、隠見す、李花の村。 《酒旗、隠見す、杏花の村。》


〇127. 遊寶光院
院涼無俗羈 《院涼塵世遠》
竹痩細蹊長
白石未題字 《白石可題字》
緑陰宜置牀
茶《香》知水浄
句穏笑雲忙 《心静笑雲忙》
半日如忘世 《半日吾忘我》
鐘閑送夕陽 《鐘声報夕陽》

 寶光院に遊ぶ。
院、涼くして俗羈なし。 《院、涼くして塵世遠し。》
竹痩せ、細蹊長し。
白石、未だ字を題さず。 《白石、字を題すべし。》
緑陰、宜しく牀を置くべし。
茶の香、水の浄きを知り、
句は穏にして、雲の忙しきを笑ふ。 《心静かにして雲の忙しきを笑ふ。》
半日、世を忘るる如し。 《半日、吾れ忘我たり、》
鐘、閑(しづ)かに夕陽を送る。 《鐘声、夕陽を報ず。》


〇128. 帰路作
醉歩騰々向夜村 《醉歩騰々入夜村》  《村夜之景模得如画》
人声隔竹燈光昏 《人声隔竹一燈昏》
帰途猶有《臺》樽酒 《帰途猶有殘樽酒》
幾度開顔《充》瓦盆 《又借胡床瀉《充》盆》 (※「充」は「老」かも。崩し書きが同じ。)

 帰路の作。
醉歩、騰々として夜村に向ふ。 《醉歩、騰々として夜村に入る。》  《村夜の景、模し得て画の如し。》
人声、竹を隔てて燈光昏し。 《人声、竹を隔てて一燈昏し。》
帰途、猶ほ《臺》樽の酒有り、 《帰途、猶ほ樽酒の殘す有り、》
幾度びか顔を開きて瓦盆に充つ。 《又た胡床を借りて盆に瀉ぎ充たん。》 

〇129. 次留別韻送右近和尚之京(●57.)
窓外花殘雨意凄 《窓外花殘雨氣凄》
一茶牽袂別思迷
休言此去如雲水
飛鳥知帰日暮啼  《鼇頭:一喝耳聾三日》

 留別韻に次して右近和尚の京に之(ゆ)くを送る。
窓外に花、殘りて、雨意凄し。 《窓外に花、殘りて、雨気凄し。》
一茶、袂を牽いて別思に迷ふ。
言ふを休めよ、此れ去るは雲水の如しと。
飛鳥も帰るを知りて、日暮には啼かん。  《鼇頭:(※和尚の大声)一喝は、耳、三日聾す。》


  右乞
斧正          木村考百拝
  右、斧正を乞ふ。
          木村考、百拝す。


《五月十一日観于松陰雨窓。僕自前月患脚気唯日臥枕仰屋梁而已今日頗快始親筆研云 機妄批》
《五月十一日、松陰雨窓に観る。僕、前月より脚気を患ひ、唯だ日(ひび)臥枕して屋梁を仰ぐのみ。今日頗る快にして始めて筆研に親しむと云ふ。 機、妄批す。》


M【詩稿】  PDF(3.4mb)   (病中の後藤松陰あてに追伸され、添削の後、一緒に返送された原稿と思われる。(詩稿5丁に講評1丁を付す。)

〇130. 春夜雨 《鼇頭:全篇不切春字》
一枕踈燈畔
讀書知古今 《讀書閲古今》
更闌人語絶
雨静夜窓深
不嗜鯨鯢飲 《不用鯨鯢飲》
聊成蛭蚓吟
暖衾夢花處 《紬衾未眠去》
琴筑繞檐音 《琴音檐外有》

 春夜雨 《鼇頭:全篇「春」字に切ならず(ぴったりしない)。》
一枕、踈燈の畔(ほとり)。
讀書、古今を知る。 《讀書、古今を閲す。》
更、闌(た)けて人語絶え、
雨、静かにして夜窓、深し。
鯨鯢の飲を嗜まず、 《鯨鯢の飲を用ゐず、》
聊か蛭蚓(みみず)の吟を成す。
暖衾、花處を夢み、 《紬衾、未だ眠り去らず、》
琴筑、檐を繞る音。 《琴音、檐外に有り。》


〇131. 春夜陪上田大人芳筵次松井老人之韻 《春夜陪上田大人筵次松井老人韻》
嘉宴千金夜 《一刻千金夜》
花間笑語傳
香深風定後
影散月傾前
不省詩工拙 《唯競詩工拙》
何論酒《垩》質
此歓當罄醉
是亦一壷天

 春夜、上田大人の芳筵に陪し、松井老人の韻に次す。 《春夜、上田大人の筵に陪し松井老人の韻に次す。》
嘉宴、千金の夜、 《一刻千金の夜、》
花間、笑語傳ふ。
香、深くして風、定まりし後、
影は散ず、月の傾く前。
詩の工拙を省みず、 《唯だ競ふ詩の工拙、》
何ぞ論ぜん、酒《聖》の質を。
此の歓、當に醉を罄(つく)すべし。
是れ亦た一壷の天ならんや。


〇132. 春日閑行
断橋野水白雲區
黄鳥声々自似呼 《村北村南春鳥呼》
柳外巨林分席坐 《柳外胡林分席坐》
花邊濁酒盡瓶沽 《花邊濁酒満瓶沽》
短笻尋句桃源路   《鼇頭:後半粗不若截前半為絶句》
醉歩乞茶詩客盧* 《*不可解》
行楽若無違我意
三春遊跡總良図

 春日閑行
断橋野水、白雲は區(くぎ)り、
黄鳥声々、自ら呼ぶに似たり。 《村北村南、春鳥は呼ばふ。》
柳外の巨林、席を分ちて坐し、 《柳外胡林、席を分ちて坐し、》
花邊の濁酒、瓶を盡して沽(か)ふ。 《花邊の濁酒、瓶を満して沽ふ。》
短笻、句を尋ぬ、桃源の路、  《鼇頭:後半粗し。前半を截りて絶句と為すに若かず。》
醉歩、茶を乞ふ、詩客の盧*。《*不可解。(※驢か。)》
行楽、若し我意に違ふ無くんば、
三春の遊跡、總ては良図(※よい計画)。


〇133. 送春
嬌鶯戯蝶太無情* 《*不能平》
紅紫摧殘一雨晴 《紅紫摧殘雨僅晴》
誰住池塘芳艸夢 《誰喚池塘芳艸夢》
緑陰涼処杜鵑聲

 送春
嬌鶯、戯蝶、*太(はなは)だ無情。 《*能く平ならず。》
紅紫、摧き殘して一雨晴る。 《紅紫摧き殘して雨僅かに晴る。》
誰か住ふ、池塘芳艸の夢、 《誰か喚ばん、池塘芳艸の夢、》
緑陰涼しき処、杜鵑の聲。


〇134. 寶光院観古鏡鏡背有細波紋句中故及(●53.)
久矣其人死
孤光得古墳
土花汚玉質 《土気蝕氷質》
苔背乱波紋 《苔暈乱波紋》  荷一作色
昔照英雄面
今埋草野雲 《今埋古寺雲》
盛衰何足弔
逝者日芸々  老子曰夫物芸々帰其根

 寶光院に古鏡を観る。鏡背に細かき波紋有り。句中、故に及ぶ。
久しきかな、其の人の死せるや、
孤光、古墳に得る。
土花、玉質を汚し、 《土気、氷質を蝕み、》
苔背、波紋を乱す。 《苔暈、波紋を乱す。》  鼇頭:「背」一に「色」に作る。
昔、照らす英雄の面、
今、埋む、草野の雲。 《今、埋む古寺の雲。》
盛衰、何ぞ弔ふに足らん。
逝者、日(ひび)に芸々(多い)たり。
  老子曰く「夫れ物は芸々たるも其の根に帰す。(※草木は茂っても冬には根に帰す)」


〇135. 晩春
幽窓紅事羅 《幽窓春事羅》
獨坐一爐前 《獨坐竹爐前》
茶熟餘香散
花空小雨連 《花空嫩緑連》
昨遊頻引夢
舊句却成篇
清寂還須愛
緑陰鳩語傳 《樹陰鳩語傳》

 晩春
幽窓、紅事羅(つらな)り 《幽窓、春事羅り》
獨坐す、一爐の前。 《獨坐す、竹爐の前。》
茶、熟して餘香散じ、
花、空しくなりて、小雨連なる。 《花、空しくなりて、嫩緑連なる。》
昨遊、頻りに夢を引き、
舊句、却って篇を成す。
清寂、還た須らく愛すべし。
緑陰、鳩語傳ふ。 《樹陰、鳩語傳ふ》


〇136. 柳陰垂釣図分得韻庚
薄暮投鈎不繋情
栄枯都任柳絲軽 《栄枯都任柳花軽》
有人謾問塵寰事 《有人若問王侯事》
笑釣清江月一泓

 柳陰、釣を垂らす図、分ちて韻「庚」を得。
薄暮、鈎を投ずるも、情は繋がず、
栄枯、都(すべ)て柳絲の軽きに任す。 《栄枯、都て柳花の軽きに任す。》
人有りて謾りに塵寰の事を問はば、 《人有りて若し王侯の事を問はば、》
笑ひて釣らん、清江の月一泓を。


〇137. 春日野行途中吟(●54.)
一歩又一歩
一歩興不空
鳥迎吟笻語
花経昨雨紅
酒雖有醒醉 《酒杯有醒醉》
行楽無西東
春不[敢]負我
我亦与春同
三春多少興
總在歩々中

 春日、野行、途中の吟。
一歩また一歩、
一歩の興、空しからず。
鳥は迎ふ、吟笻の語、
花は経る、昨雨の紅。
酒、有りて醒醉すると雖も、 《酒杯、醒醉有れど、》
行楽、西東無し。
春は敢へて我に負(そむ)かず、
我、亦た春と同じからん。
三春、多少(※多く)の興、
總て歩々の中に在り。


〇138. 西疇老人宅集送春宅西有村祠宅北有古寺句中故及
村窓談罷撫吟胸
牧笛帰牛日欲舂
濁酒勧沽驅倦思 《濁酒勧沽驅寂寞》
苦茶煩煮起踈慵
《野》花落尽古祠晩
昨夢難尋隣寺鐘 《春夢初醒隣寺鐘》
無頼春光去如客 《無頼東風去如客》
清陰合処水淙々 《緑陰空見水淙々》

 西疇老人宅の集ひ、春を送る。宅西に村祠有り、宅北に古寺有り、句中故に及ぶ。
村窓、談罷めて吟胸を撫す。
牧笛、牛帰り、日は舂(うすづ)かんとす。
濁酒、沽ふを勧めて倦思を驅り、 《濁酒、沽ふを勧めて寂寞を驅り、》
苦茶、煮るを煩はして踈慵を起こさん。
《野》花、落ち尽す、古祠の晩、
昨夢、尋ね難し、隣寺の鐘。 《春夢、初めて醒む、隣寺の鐘。》
無頼の春光、去ること客の如く、 《無頼の東風、去ること客の如く、》
清陰の合する処、水淙々たり。 《緑陰、空しく見る、水淙々たり。》


〇139. 客中夜雨聞子規
更闌雨未晴
帝魄恨難平 《蜀魄恨難平》
投暗窓無影 《度暗窓無影》
號雲枕有聲
佗年辞蜀客 《多年辞國客》
三月憶巴情
啄破関山夢 《啼破関山夢》
踈檐點滴鳴 《覊窓坐到明》

 客中の夜雨、子規を聞く。
更、闌けて雨未だ晴れず。
帝魄の恨み、平らなり難し。 《蜀魄の恨み、平らなり難し。》
暗に投じて窓に影なく、 《暗に度(わた)りて窓に影なく、》
雲に號びて枕に聲有り。
佗年、蜀を辞す客、 《多年、國を辞す客、》(※蜀魂:ホトトギス)
三月、巴情を憶ふ。(※巴:李白「宣城見杜鵑花」より故郷の謂。)
啄み破る、関山(※故郷)の夢、 《啼き破る、関山の夢、》
踈檐、點滴として鳴る。 《羈窓、坐して明に到る。》


〇140. 夜雨聞子規
夢断幽窓吊蜀魂 《夢断幽窓叫蜀魂》
殘燈影死雨圍軒 《殘燈無焔雨潺湲》
聲々時掠睡魔去
一枕吟情烟樹昏

 夜雨、子規を聞く。
夢断つ幽窓、蜀魂を吊(とむら)ふ。 《夢断つ幽窓、蜀魂を叫ぶ。》
殘燈、影死す、雨、軒を圍む。 《殘燈、焔無し、雨、潺湲たり。》
聲々、時に睡魔を掠めて去る。
一枕の吟情、烟樹昏し。


〇141. 楓窓集會。賦緑陰分得韻尤* 《楓窓集。賦緑陰分得韻尤》
紅事堂々去不留*
軒前新樹翠如流*
幽窓思句支頤坐 《思詩憑几支頤坐》
漸看香烟和雨浮* 《裊々香烟和雨浮》  《鼇頭:静境可想》

 楓窓(※戸田睡翁の堂号)集會。緑陰を賦して分ちて「尤韻」を得る。 《楓窓集。緑陰を賦して分ちて「尤韻」を得る。》
紅事堂々、去りて留めず、
軒前の新樹、翠、流れる如し。
幽窓、句を思ひて頤を支へて坐す。 《詩を思ひて几に憑り頤を支へて坐す。》
漸く看る、香烟の雨に和して浮けるを。 《裊々たる香烟、雨に和して浮く。》  《鼇頭:静境想ふべし。》


〇142. 席上
紗帽斜欹坐上仙 《紗帽斜欹緑樹前》
枯腸文字出塵縁 《枯腸無字藉苔眠》
清風不待新茶熟
壓却「風流・詩人」盧玉川 《壓倒當年盧玉川》 《鼇頭:翻案佳》

 席上
紗帽、斜めに欹つ、坐上の仙。 《紗帽、斜めに欹つ、緑樹の前。》
枯腸の文字、塵縁より出づ。 《枯腸、字無く、苔を藉きて眠る。》
清風、新茶の熟するを待たず。
壓却す、「風流・詩人」盧玉川(※盧仝。茶詩で有名) 《壓倒す、當年の盧玉川。》 《鼇頭:翻案佳なり。》


〇143. 見螢 《看螢》
一川夜章趁微涼 《一川夜章自微涼》
螢火萬千流耿光 《映水流螢上下光》
冷露満天人去尽
柳邊来點帯風裳 《柳邊風動點絺裳》
 《鼇頭:塩田川乎森堤乎涼思可掬佳々》

 螢を見る。 《螢を看る。》
一川、夜章(あき)らかにして、微涼を趁ふ。 《一川、夜章らかにして、自ら微涼。》
螢火萬千、耿光を流す 《水に映る流螢、上下に光る。》
冷露満天、人去り尽し、
柳邊、来り點じて風裳に帯ぶ。 《柳邊、風、動(やや)もすれば絺裳に點ず。》
  《鼇頭:塩田川か。森堤か。涼思、掬すべく佳々。》


〇144.〇145. 聞蝉二首 《鼇頭:堕尋常詠物体吾輩所不甚喜此体不若放謝瞿出一頭地也。題夏日即事トスヘシ》
不離楚雀網蛛艱
説露談風旦暮身
細管堪憐夕陽裡
暫持金奏付詩人

 聞蝉二首 《鼇頭:尋常に堕す詠物体は吾輩の甚だしくは喜ばざる所。此の体、謝瞿(※謝宗可・瞿佑)の一頭地を出づるに放(まか)すに若ざる也。題も“夏日即事”トスベシ。》
楚雀(※鶯)は離れず、網蛛の艱、
露を説き風を談ずる旦暮の身。
細管、憐むに堪へたり。夕陽の裡、
暫く金奏を持して詩人に付す。


蝉聲高処暑煩多 《蝉聲高処暑威多》
一驀炎雲帯屋過 《一驀炎雲掠屋過》
喧聒暫休斜日雨 《喧噪暫休斜日雨》
枕邊涼吹起簾波

蝉聲、高き処、暑煩多し。 《蝉聲、高き処、暑威多し。》
一驀の炎雲、屋に帯びて過ぐ。 《一驀の炎雲、屋を掠めて過ぐ。》
喧聒、暫し休す、斜日の雨、 《喧噪、暫し休す、斜日の雨、》
枕邊、涼吹きて簾波を起こす。


〇146. 早蝉
午後薫風微扇時 《雨後風薫槐緑時》 鼇頭:午一作雨
角冠蛻脱上高枝 《新蝉声発最高枝》 鼇頭:高一作低
酸音断續聞難定 《清音断續聞難定》
忽被狡童聖得知 《已被狡児聖得知》

 早蝉
午後の薫風、微扇の時、 《雨後、風薫る、槐の緑なる時、》 鼇頭:「午」は一に「雨」に作る。
角冠を蛻脱して高枝に上る。 《新蝉、声発す、最も高き枝。》 鼇頭:「高」は一に「低」に作る。
酸音断續して、聞きて定め難しも、 《清音断續して、聞きて定め難しも、》
忽ち狡童の聖に知り得らる。 《已に狡児の聖に知り得らる。》


〇147. 夏夜偶作(◎05.●55に改作)
飛蝉瞑哭夜蕭々 《子規声裡夜蕭々》
倚壁紗燈影欲消
一局殘棋人去尽 《一局棋終人去尽》
茅檐踈雨滴芭蕉 《鼇頭:結末絶佳》

 夏夜偶作
飛蝉の哭、瞑(ねむ)りて、夜蕭々たり。 《子規の声裡、夜蕭々たり。》
壁に倚りて紗燈、影、消えんと欲す。
一局の殘棋、人、去り尽し、 《一局、棋終りて人、去り尽し、》
茅檐の踈雨、芭蕉に滴す。 《鼇頭:結末絶佳。》


  右乞
 斧正           木村職田父稿 《名下添个様字、似無謂若號則不妨。》
  右、斧正を乞ふ。         木村職、田父の稿 《名の下に斯様の字(※田父)を添ふるは謂(意味)無き似(ごと)し。若し號ならば則ち妨げず。》


 《律詩往々拘對耦。雖前輩或難得完璧。故不若多作絶句。若短古之愈也。夏五
 十一日 後藤機妄批。》
《律詩は往々對耦(対句)に拘る。前輩(先人)と雖も或は完璧を得難し。故に絶句を多作するに若かず、短古の若(ごと)きは之れ愈(まさ)れる也。夏五(月)十一日 後藤機、妄批す。》


N【詩稾】
  PDF(8.2mb)   文政十三年(1830) 七月十四日添削。(詩稿6丁。)

〇148. 夏日記事
庭上作蓋午陰美 《庭松作蓋午陰美》
睡起摺眸憑烏几
乳雀浴沙人不来 《乳雀浴沙無人来》
鳴蝉貪閑奏宮徴 《鳴蝉貪蔭奏宮徴》
時有蟷螂尤倔強
撃蝉勁斧不可當
嗟乎蝉以冠冕正 《嗟乎蝉有冠冕正》
一旦却罹如是殃 《一旦却罹如許殃》
蝉之被害也其素習 《蟷蝉相害傳自昔》
視而不忍也人性質 《坐視不忍我心情》
塵寰何物不愛命 《欲喚山童為解圍》
蝉兮蝉兮奈汝繋塁逼 《編荊執萩何處覓》
頼有狂鴉投樹中 《頼有乱鴉投樹中》
蝉飛螂驚潜蒙蘢 《蝉飛入雲蟷螂潜》
蝉飛螂去寂無事 《蝉飛蟷潜不復見》
一庭松風價萬鐘 《依然松風價千萬》  鼇頭:《好結法》
 《古詩疊上文處大抵換韵為可。》

夏日、事を記す。
庭上、蓋を作す、午陰美し。 《庭松、蓋を作して、午陰美し。》
睡起して眸を摺り、烏几に憑る。
乳雀、沙を浴び、人来らず、 《乳雀、沙を浴び、人の来るなし、》
鳴蝉、閑を貪り宮徴(※五声音階)を奏す。 《鳴蝉、蔭を貪り宮徴を奏す。》
時に蟷螂の尤も倔強なる有り、
蝉を勁斧にて撃つ。当るべからず。
ああ蝉、冠冕(蝉冠)の正(※長官)を以て、 《ああ蝉、冠冕の正を有して、》
一旦、却って是の如き殃ひに罹るか。 《一旦、却って許(かく)の如き殃ひに罹る。》
蝉の害を被むるや、其れ素より習ひにして、 《蟷蝉、相ひ害するは昔より伝ふ。》
視るに忍ばざるも、また人性の質。 《坐視を忍ばざるは、我が心情。》
塵寰、何物か命を愛さざる。 《山童を喚びて圍を解かしめんと欲す。》
蝉や蝉や、汝の繋累の逼るをいかんせん。
頼(さいは)ひに狂鴉の樹中に投ずる有りて、 《頼ひに乱鴉の樹中に投ずる有りて、》
蝉飛び、螂驚きて蒙蘢(※草叢)に潜む。 《蝉飛びて雲に入り、蟷螂潜む。》
蝉飛び、螂去りて、寂として事無し。 《蝉飛び、螂潜みて復た見ず》
一庭の松風、萬鐘に價す。 《依然たる松風、千萬に價す。》 鼇頭:《好き結法》
 《古詩にて畳(かさ)ねて文を上げる処は大抵、韵を換へるを可と為す。》


〇149. 明妃曲
鞍上悲歌遠離時
群胡舞踔擁仙姿
仙姿憔悴玉関道 《沙塵憔悴玉関道》
此時苦心草木知
苦心欝陶向誰語
西去遂帰一丘土
雲冥々兮馬首晦 《雲霧冥々馬首晦》
日惨々兮涙如雨 《晦光惨々涙如雨》
休言美質却被嫉人 《休言美質嫉於人》
浮沈関天不関身

 明妃(※王昭君)の曲
鞍上の悲歌、遠離の時、
群胡、踔み舞ひて、仙姿を擁す。
仙姿は憔悴す、玉関の道、 《沙塵憔悴す、玉関の道、》
此の時の苦心、草木は知らん。
苦心、欝陶、誰に向ひて語らん。
西に去りて遂に一丘の土に帰す。
雲は冥々たり、馬首、晦(かく)れ、 《雲霧冥々として馬首、晦れ》
日は惨々たり、涙、雨の如し。 《日光、惨々として涙、雨の如し。》
言ふを休めよ、美質は却って人に嫉まれると、
浮沈は天に関して、身に関せず。


〇150. 題画
嵐気颯駆小雨 《風勢颯駆小雨》
夕暉澹在柴関  鼇頭:《撲景如看画》
人去孤村流水
鳥帰老樹雲山

 題画
嵐気、颯として小雨を駆り、 《風勢颯たり、小雨を駆り、》
夕暉、澹(しづ)かに柴関に在り。  鼇頭:《景を撲って画を看る如し。》
人は孤村流水に去り、
鳥は老樹雲山に帰る。


〇151. 夏日陪大高君遊林村別荘《別業》次厳兄之韻 《別荘連用唐人似無之》
翠竹成籬水作圍
軒前風静暮陰肥  鼇頭:《第二下脚三字未妥而在次句且可恕之》
軽烟隠釣垂柳外
三両微蛍出草飛  鼇頭:《暮涼可想》

 夏日、大高君に陪して林村の別荘に遊び、厳兄(※戸田睡翁)の韻に次す。
 《夏日、大高君に陪して林村の別業に遊び、厳兄の韻に次す。》《別荘は連りに唐人が用ふるも之れ無き似(ごと)し。》
翠竹、籬と成りて、水、圍みを作し、
軒前、風静かにして暮陰肥ゆ。  鼇頭:《第二の下脚三字は未だ妥(おだや)かならずして次句在り。且(しばら)く之を恕すべし。》
軽烟、隠れて釣る、垂柳の外、
三両の微蛍、草を出でて飛ぶ。  鼇頭:《暮涼、想ふ可し。》


〇152. 夏夜出城
出城薄夜趂微涼
茅屋人声月未生
一種清香来撲鼻 《何處清香来撲鼻》
梔花満樹白分明

 夏夜、城を出づ。
城を出でて薄夜、微涼を趂ふ。
茅屋の人声、月未だ生ぜず。
一種の清香、来りて鼻を撲つ。 《何の處か清香、来りて鼻を撲つ。》
梔花、樹に満つ、白きこと分明たり。


〇153. 病中
薬餌無功病未除
重帷謝客似潜魚
落錐如蚓不成字
倦眼生花難読書
稚女駆蝿揮羽扇
荊妻拂露斫泥蔬 《荊妻拂露摘泥蔬》
飽餐堅臥人生足
六尺胡床下澤車* 《六尺胡床又栩蘧》
 《*は出遊ニカカルユヘ為上堅臥齟齬》

 病中
薬餌、功なく、病いまだ除けず、
帷を重ねて客を謝す、潜魚に似たり。
錐(※細筆)を落すも蚓の如く字を成さず、
眼は倦みて花を生じ(※病状)、書を読み難し。
稚女は蝿を駆って羽扇を揮ひ、
荊妻は露を拂ひて泥蔬を斫る。 《荊妻は露を拂ひて泥蔬を摘む。》
餐に飽きて堅臥(※隠居)するも、人生は足る。
六尺の胡床も、下澤の車* 《六尺の胡床も又た栩蘧(※栩栩然・蘧蘧然:胡蝶の夢)》
 《「下澤車*」は出遊にかかるゆへ、上の「堅臥」と齟齬と為らん。》
(※下澤車:『後漢書(馬援傳)』「曰く、士、生れて一世、但だ衣食を取りて裁(わず)かに足り、下澤車に乘じ、欵叚馬(怒罵)に禦し郡掾吏と為り墳墓を守り、郷裏、善人を為すと稱さるれば斯れ可なり。」)


〇154. 夏日 
齊掲湘簾倚檻邊 《掲遍湘簾倚檻邊》
緑陰雨過砌苔鮮 《緑陰雨過蘚苔鮮》
暑威休處天将夕
高枕牀頭聞夜蝉

 夏日 
齊しく湘簾を掲げて檻邊に倚る。 《遍く湘簾を掲げて檻邊に倚る。》
緑陰、雨過ぎて砌苔鮮し。 《緑陰、雨過ぎて蘚苔鮮し。》
暑威の休む處、天、将に夕ならんとす。
高枕牀頭、夜蝉を聞く。


〇155. 病中謝松野祐之送棘鬣魚 養病不食鹽詩中故及 《養病禁鹽詩中故及》
加膳無鹽貌已癯 《加膳無鹽病体癯》
肥甘足口自蘧々
休糧仙術知何用
忘歳長生豈有書
浮蟻常餘杜康酒 《客謝常餘緑蟻酒》
集蛛忽得赤鬃魚
貪饞縦似呉興老 《貪饞縦似呉興守》
愧我病来詩律疎
 〇樊噲曰「蛛集而百事喜」 〇東坡詩「堪笑呉興饞太守一詩換得兩尖[圓]」

 病中、松野祐之の棘鬣魚(※鯛)を送るに謝す。 養病、鹽を食さず詩中故に及ぶ。《養病、鹽を禁ず、詩中故に及ぶ。》
膳を加ふに鹽無く、貌は已に癯たり。 《膳を加ふに鹽無く、病体癯たり。》
肥甘(※御馳走)口に足りて、自ら蘧々(きょきょ:驚くさま)たり。
仙術を糧することを休(や)めよ、何の用か知らん。
歳を忘れて長生するも、豈に書有らんや。
浮蟻(酒に浮かぶ米粒)、常に餘す杜康酒、 《客を謝して(断って)常に餘す緑蟻の酒(※良酒)、》
蛛(くも)集りて、忽ち得る赤鬃の魚。
貪饞(むさぼり)、縦(よ)しんば、呉興の老(※蘇東坡)に似らうとも、 《貪饞、縦し呉興の守に似らうとも、》
愧づらくは、我が病ひ来りて詩律疎なること。
 〇樊噲曰く「蛛集(※吉兆)る、而して百事の喜あり。」
 〇東坡詩「笑ふに堪へたり、呉興の饞太守(※丁公默)、一詩、換へ得たり兩尖團に(※雌雄の蟹)。」※「丁公默送蝤蛑:丁公默、蝤蛑(ガザミ)を送る」


〇156. 立秋前夜作
天高夜猶短
暑退好風長
煎茶香浮坐 《煎茗香浮坐》
捲簾月照牀 《鈎簾月浸牀》
留門待佳客
移席納清涼 《屏燭助新涼※》
露草蟲鳴處 《草露蟲鳴處》
秋光在混[鋩] 《[若]教人意強》
 《※此上極力寫立秋涼意至此反言移牀納涼則上五句皆成大熱場矣此處雌黄四字甚苦心請熟思諸》

 立秋前夜作
天高く夜、猶ほ短く、
暑さ退きて、好風長し。
煎茶、香は坐に浮び、 《茗を煎じて、香は坐に浮び、》
簾を捲けば、月は牀に照る。 《簾を鈎すれば、月は牀を浸す。》
門に留りて佳客を待ち、
席を移して清涼を納む。 《屏燭(衝立と灯)、新涼を助く。※》
露草、蟲鳴く處、 《草露、蟲鳴く處、》
秋光、[芒(すすき)]に混りて在り。 《人をして意を強からしむ若(ごと)し。》
 《※此の上は極めて立秋の涼意を寫すに力(つと)む。此に至りて言を反(かへ)し、牀を移して納涼するなれば、則ち上五句は皆な大いに熱場と成らん。此處の雌黄せる四字、甚だ苦心す。諸(これ)を熟思せんことを請ふ。》


〇157. 初秋病起
三旬臥枕及秋瓜
笋過東家朶々斜 《新竹過墻葉々斜》
侑酔西風真有力
一杯初辨酒中蛇
鼇頭:《三四過巧得拙》

 初秋、病より起く。
三旬の臥枕、秋瓜に及び、
笋は東家(※あずまや)を過ぎ、朶々斜めなり。 《新竹は墻を過ぎ、葉々斜めなり。》
酔ひを侑める西風、真に力有り、
一杯にして初めて辨ず、酒中の蛇を(※酔ひが回る)。
鼇頭:《三四、巧に過ぎ拙を得。》


〇158. 夏日
炎気中人斜照間 《炎気蒸人斜照間》
忽看雲影度前山
雷車鬼轉天方黒 《雷車轟々天方黒》
沛雨跳階點豹斑 《白雨跳階不暫閑》

 夏日
炎気、人を中(あ)てる、斜照の間、 《炎気、人を蒸す、斜照の間、》
忽ち看る、雲影の前山に度(わた)るを。
雷車鬼轉、天、方(まさ)に黒み、 《雷車轟々、天方(まさ)に黒み、》
沛雨、階を跳びて豹斑を點ず。 《白雨、階を跳びて暫らく閑ならず。》


〇159. 挿秧
咄嗟衝熱汗如油 《農歌相答汗如油》
男女成叢暫不休 《挿稲人忙不暫休》
五葉黄昏含白露 《翠葉黄昏含白露》
忽看民力上秧頭 《喜看民力上秧頭》

 秧を挿す。
咄嗟、熱を衝く、汗、油の如く、 《農歌、相ひ答ふ、汗、油の如く、》
男女、叢(むらが)りを成して暫しも休まず。 《挿稲、人忙くして暫しも休まず》
五葉黄昏、白露を含み、 《翠葉黄昏、白露を含み、》
忽ち看る、民力の秧頭に上るを。 《喜びて看る、民力の秧頭に上るを。》


〇160. 譙蚊 《大体三言起之詩第三以七言承之為可》
蚊蟆子
蚊蟆子
汝性質大不是 《汝形雖小害無比》
窺人暇寐噆肌膚
更候昏黒自成市 《更候昏黒檐成市》
一抹淡烟月未升 鼇頭:《一抹淡烟一作焼朮低檐》
暗窓無風蒸暑増
此時軽翼避無地
雷哭到耳或曲肱
嗟乎逐[時]俗子利如錐 《俗子逐利利如錐》
一遭針啄忽怒罵 《此句似不分暁。》  《如錐ノ下ヲ与汝所争孰雌雄トシテ結了モ可》
願我束汝紗嚢中
利觜老時更放赦
 〇煬帝子昭性謙沖未嘗忿怒其深有可責者但云大不是
 〇利如錐出晋書

 譙蚊(※噍(噛む)蚊) 《大体、三言に起すの詩は、第三を七言を以て之を承るを可と為す。》
蚊蟆子
蚊蟆子
汝の性質、大いに是ならず(※良くないですよ)。 《汝の形は小なりと雖も害は無比なり。》
人の暇寐を窺ひ、肌膚を噆(か)む。
更候(※夜分)昏黒(※日没)、自ら市を成し、 《更候昏黒、檐に市を成し、》
一抹の淡烟、月未だ升らず。 鼇頭:《「一抹淡烟」一に「朮(おけら:蚊燻し)を低檐に焼きて」と作らん。》
暗窓、風無く、蒸暑増し、
此の時、軽翼、避くるに地なし。
雷哭、耳に到りて或は肱を曲ぐ。
嗟乎、時、逐(すみや)かに、俗子、利(と)きこと錐の如くして、 《俗子の利を逐ふ、利きこと錐の如くして》
一たび針啄に遭へば忽ち怒罵す。 《此の句、分暁(※夜明け)ならざる似(ごと)し。》  《「如錐」の下を「汝と争ふ所、孰れか雌雄。」として結了も可。》
願ふ、我れ汝を紗嚢中に束ねて、
利觜の老いる時、更(あらた)めて放赦せんことを。
 〇煬帝の子の昭、性、謙沖(※謙虚)にして未だ嘗て忿怒せず、其の深く可責有る者には、但だ「大不是(※よくない)」とのみ云ふ。
 〇「利如錐」は『晋書』に出づ。


〇161. 須磨寺図
英雄水葬恨猶残 鼇頭:水[葬]之字見皮日休詩
古寺秋荒巻碧瀾 《古寺秋風巻碧瀾》
看破當年興廃事
一龕燈火一僧寒

 須磨寺図
英雄(※平敦盛)の水葬、恨み猶ほ残し、 鼇頭:《「水葬」の字、皮日休の詩に見る。》
古寺、秋荒れて、碧瀾を巻く。 《古寺の秋風、碧瀾を巻く。》
看破す、當年の興廃の事(※源平合戦)、
一龕の燈火、一僧(※熊谷直実)、寒たり。


〇162. 養老瀑布図
風借精神毛骨寒
跳珠如雨失昏晨
逈眺寄語世間者 《寄言世上利名客》
當洗胸中泥与塵 《須洗胸中多少塵》
 鼇頭:《世間一作迷塗》

 養老瀑布の図
風は精神を借りて、毛骨寒し。
珠を跳ばすこと雨の如く、昏晨を失す(※夜も日もない)。
逈かに眺みて語を寄す、世間の者に、 《言を寄す、世上の利名の客に、》
當に胸中の泥と塵とを洗ふべしと。 《須らく胸中多少(数知れぬ)の塵を洗ふべしと。》
 鼇頭:「世間」一に「迷塗」に作らん。


〇163. 病中至楽老人見恵琥珀糖有詩次韻以謝
佳物為媒茶味長
只将口腹借微涼 《謝吾口腹与清涼》
病癯縦似煩安邑 《病癯不管煩安邑》
却愛如肝一片光 《只愛如肝一片光》
 鼇頭:《代柬之詩却愛一作愛此》

 病中に至楽老人(※河合東皐)、琥珀糖を恵まる。詩有り次韻して以て謝す。
佳物、媒と為りて茶味長し。
只だ口腹を将て微涼を借る。 《謝す、吾が口腹の清涼と与(とも)なること。》
病癯、縦(ほしいまま)に、安邑を煩すを似(しめ)す。 《病癯、ひたすら安邑を煩す。》
却って愛す、肝の如き一片の光を。 《只だ愛す、肝の如き一片の光を。》
 鼇頭:《柬(手紙)に代ふる詩。「却愛」一に「愛此」に作らん。》

※この詩の元となった河合東皐の詩を掲げる(河合東皐『文政庚寅集』)。
  寛齋邨大夫臥病立秋後一日奉問添以琥珀糖
 懶臥君従三伏長
 圖知起色伴新涼
 暫唯為避蘭陵美
 淡味聊供琥珀光

  寛齋(木)邨大夫、臥病す。立秋後一日、問ひ奉る、添ふるに琥珀糖を以てす。
 懶く臥する君、三伏(暑い盛り)の長きに。
 圖り知る、起色(病状好転)、新涼を伴ふを。
 暫らく唯だ避くるを為さん、蘭陵の美(※酒)。
 淡味、聊か供さん、琥珀の光を。
  (李白「客中行:蘭陵美酒鬱金香 玉椀盛來琥珀光」)


〇164. 江亭秋夜
架岸勾欄夜色多
澄江鏡徹漾嫦娥
清風茶熟有幽致
繊綆下瓶斟銀河
 《求巧得拙徒足娯俗人耳目。》

 江亭の秋夜
岸に架かる勾欄、夜色多し。
澄江、鏡徹して嫦娥(※月)を漾はす。
清風、茶熟して幽致有り、
繊綆(※釣瓶縄)を瓶を下して、銀河を斟まん。
 《巧を求めて拙を得。徒らに俗人の耳目を娯ますに足る。》



 右乞
正       木邨考九拝
《庚寅中元前一日看了松陰書窓昨今残炎特甚意思頗昏々也 機妄批》
 右、正を乞ふ。       木邨考、九拝す。
《庚寅の中元前の一日に看了す。松陰書窓、昨今残炎特に甚しく、意思頗る昏々とする也。 機妄批。》


O【詩稿】  PDF(3.9mb)   文政十三年(1830)九月八日添削。(詩稿4丁に表に表紙を付す。)

 詩稿

〇165. 山城古跡
兵詭跡休年月更
子城蕪没古今情
至誠不継盟無益 《左丘明》
大志成迂國易傾
巌窟風荒貔虎叫
山陰霜落老猿鳴
癈興有命原非偶
腸断悲哥日暮声

 山城古跡(※岐阜城を指すか。)
兵詭(※軍謀)の跡、休んで、年月更(かは)る。
子城(※本丸)蕪没(※荒廃)す、古今の情。
至誠は継がれず、盟は益無く 《左丘明(※『春秋』を指すか。)》
大志、迂と成りて、國、傾むき易し。
巌窟に風荒れて、貔虎叫(ひこ:勇猛な軍隊)び、
山陰に霜落ちて、老猿鳴く。
癈興は命有り、原(も)と偶(※たまたま)に非ず。
腸断つ悲哥、日暮の声。


〇166. 夏日偶作
緑樹青苔炎気空
北窓移席倚清風 《北窓移搨倚清風》
高情自到羲皇上 《心閑自到羲皇上》
也学科頭白眼公 《何必科頭白眼公》

 夏日偶作
緑樹、青苔、炎気の空、
北窓、席を移して清風に倚る。 《北窓、搨を移して清風に倚る。》
情を高くして、自ら羲皇(※伏羲)の上に到り、 《心閑(しづ)かに自ら羲皇の上に到れば、》
また科頭の白眼公※を学ばん。 《何ぞ必ずしも科頭の白眼公を学ばん。》
(※王維「盧[員外]象と崔[処士]興宗の林亭を過る:緑樹重陰、四鄰を蓋ふ/青苔、日に厚うして自から塵無し/科頭、箕踞す長松の下/白眼、他の世上の人を看る」)


〇167. 初秋高橋即事次毅齋先生韻
嬌客近涼市店頭 《嬌客近涼橋西頭》
橋邊雜沓夜難収 《夜深未見笑声収》
月光獨不因人熱 《月光不管人喧熱》
閃著水波搖素秋 《銀波溶々搖素秋》
鼇頭:《余甞在京有[第]四橋納涼詩云絲肉嘔唖夾岸声紅楼燈火盡三更可怜鴨子川頭月閑却清涼幾夜明命意頗似書以呈正》

 初秋、高橋の即事、毅齋先生(※菱田毅齋)の韻に次す。
嬌客、涼近し、市店の頭(ほとり) 《嬌客、涼近し、橋西の頭》
橋邊の雜沓、夜、収まり難し。 《夜深くして未だ笑声の収まるを見ず。》
月光、獨り人熱に因らず、 《月光、人の喧熱に管せず、》
閃き著く水波、素秋を搖らす。 《銀波溶々として素秋を搖らす。》
鼇頭:《余、甞て京に在り[第(※邸)]有り「四橋納涼詩」に云ふ。「絲肉嘔唖(※芸者弦楽)岸を夾む声。紅楼の燈火、三更盡く。怜(あはれ)む べし鴨子(※舞妓)、川の頭(ほとり)の月。清涼閑却して幾夜明らむ。」命ずるところの意、頗る似る。書して以て正を呈す。》


〇168.〇169. 論詩
蘋蘩履信供王家 《蘋蘩履信薦王家》
情意得正令鬼嗟
請見遺音三百裡 《請看遺音三百首》
一言以蔽思無邪

 詩を論ず。
蘋蘩(ひんぱん:※粗末な供え物)、信(まこと)を履みて王家に供ひ、 《蘋蘩、信を履みて王家に薦め、》
情意、正しきを得て鬼をして嗟かしめん。
請ふ見よ、遺音の三百裡、 《請ふ、看よ遺音の(※詩経)三百首》
「一言以て蔽ふ、思ひ邪なし」。(※『論語』為政より。)


端平讀到建文詩
陳字留新朴字奇
唐末清腴未實腹
繊佻[凝《謾カ》]学元明姿  《鼇頭:微似欠明》

端平(※南宋)、讀み到る建文(※明代)の詩。
陳字、新たに留む、朴字の奇。(※不詳)
唐末、清腴、未だ腹に實らず。
繊佻、凝《「謾りに」か?》学ぶ、元明の姿。  《鼇頭:微かに明を欠く似(ごと)し。》


〇170. 江村晩歩分得韻先
澄江一碧浪連天
村在閑雲乱石邊
茅屋荻籬人不見 《茅屋荻籬人語静》
斜陽(深處・光裡)上茶烟 《斜陽光裡上茶烟》

 江村晩歩、分ちて韻「先」を得。
澄江一碧、浪、天に連り、
村は閑雲乱石の邊りに在り。
茅屋荻籬、人を見ず、 《茅屋荻籬、人語静かにして、》
斜陽(深き處・光裡)茶烟を上(のぼ)す。 《斜陽光裡、茶烟を上す。》


〇171. 採薬叟
腰鑱劚薬短衣裳 《荷鑱劚薬短衣裳》
白石哥長落渺茫 《清嘯声和谷響長》
逸気帰来古洞下 《蹈月帰来深洞裡》
一痕雲影拂銀牀 《一痕雲影拂藤牀》

 薬を採る叟。
腰の鑱(※金ほぐし)薬を劚る、短衣の裳、 《鑱を荷ひて薬を劚る、短衣の裳、》
白石、哥長く渺茫に落つ。 《清嘯、声和して谷響長し。》
逸気(※高揚して)帰り来る、古洞の下、 《月を蹈みて帰り来る、深洞の裡、》
一痕の雲影、銀牀を拂ふ。 《一痕の雲影、藤牀を拂ふ。》


〇172. 秋夜
西風忽有起窓篁 《西風忽起動窓篁》
如磬虫声送夜涼 《喞々虫声送夜涼》
霖雨将晴未全霽 《涼雨将晴未全霽》 鼇頭:《涼氣可夜》
雲間大白一星光 《雲間大白爛光芒》

 秋夜
西風忽ち有りて窓篁に起こし、 《西風忽ち起きて窓篁を動かし、》
磬の如き虫声、夜を送りて涼し。 《喞々たる虫声、夜を送りて涼し。》
霖雨、将に晴れんとして未だ全くは霽れず、 《涼雨、将に晴れんとして未だ全くは霽れず、》 鼇頭:《涼気、夜なるべし》
雲間に大白、一星光る。(※宵の明星) 《雲間の大白、爛たる光芒。》


〇173. 秋日山居
泛蟻満樽不用沽 《一搨陳編酒半壺》
山溪雲冷世情無
尋詩閑夢風吹醒
細雨窓頭聞鷓鴣

 秋日山居
蟻を泛べる(※美酒の形容)満樽、沽(買)ふを用ひず、 《一搨の陳編(※古書)、酒半壺、》
山溪、雲冷えて、世情無し。
詩を閑夢に尋ねれば、風吹きて醒む、
細雨窓頭、鷓鴣を聞く。


〇174. 秋日西疇老人宅集
相逢泉水畔 《相逢泉石畔》 鼇頭:《合作》
拂石坐林間 《拂蘚坐林間》
松豁宜看月
垣低易得山 《墻低不碍山》
有朋堪酌酒
無句可供閑 《無句豈妨閑》
一醉[利]名外
(把杯・邁々)開笑顔 《終年開笑顔》

 秋日、西疇老人の宅の集ひ。
相ひ逢ふ泉水の畔、 《相ひ逢ふ泉石の畔、》 鼇頭:《合作》
石を拂ひて林間に坐す。 《蘚を拂ひて林間に坐す。》
松は豁(ひろ)く、宜しく月を看るべく、
垣は低く、山を得易し。 《墻は低く、山を碍げず。》
朋有り、酒を酌むに堪へたり。
句無きも、閑を供にすべし。 《句無きも、豈に閑を妨げんや。》
一醉、利名の外、
(杯を把りて・邁々)笑顔を開かん。 《終年、笑顔を開かん。》


〇175.〇176. 往年嶌村大人自東都至留数日而帰今年又随 公駕自坂城帰東都途上一夜過厳齋兄之宅因得同窓酌酒賦此以贈、併録別後之詩
《往年嶌村大人自東都留数日而帰今年又扈 公駕自坂城帰東都便道見過厳齋兄宅一夜同窓酌酒賦此以贈》
鼇頭:題字一作、中秋雨夜再會嶌村大人。大人明日将上帰路、賦此以贈併録別後之詩。

 往年、嶌村大人、東都より至り数日留りて帰る。今年又た公駕に随ひて坂城より東都に帰る途上、一夜厳齋兄(※戸田睡翁)の宅を過る。因て同窓に酒を酌むを得、此を賦して以て贈り、併せて別後の詩を録す。
《往年、嶌村大人、東都より至り数日留りて帰る。今年た公駕に扈して坂城より東都に帰る。便道(※近道)して厳齋兄宅を過らる一夜、同窓に酒を酌むを得。此を賦して以て贈る。》
鼇頭:題字一に「中秋雨夜、嶌村大人に再會す。大人明日、将に帰路に上らんとす、此を賦して以て贈り、併せて別後の詩を録す。」と作す。

歓娯不似舊時多 《不似歓娯舊日多》
一夜閑談別意加 《閑談一夜迫驪歌》
杯酒勧君須罄醉
残燈微雨奈愁何

歓娯は似ず、舊時多きに。 《歓娯は似ず、舊日の多きに。》
一夜閑談、別意加ふ。 《閑談一夜、驪歌(※離別歌)迫る。》
杯酒、君に勧む、須らく醉を罄(つく)すべし。
残燈微雨、愁ひをいかんせん。


驪駒嘶断密雲深 《驪駒嘶断湿雲深》  鼇頭:《題別後又賦寄トスベシ》
別後回頭日欲沈 《別後回頭空醉吟》
落木秋声無限路 《落木秋声路千里》
山光不動雨陰々 《山光不見雨陰々》

驪駒、嘶き断つ、密雲の深きを、 《驪駒、嘶き断つ、湿雲の深きを、》  鼇頭:《題「別後また賦して寄す」トスベシ。》
別後、頭を回(めぐ)せば日沈まんと欲す。 《別後、頭を回して空しく醉吟。》
落木秋声、無限の路、 《落木秋声、路千里、》
山光動かず、雨陰々たり。 《山光を見ず、雨陰々たり。》


〇177. 中秋無月時慈母有微疾詩中及之。《中秋無月時阿母有微疾詩中及之。》
雲霑帷幄得晴遅 《湿雲[壓]屋暗如煤》
浅酌失情牀下陪 《浅酌慰情牀下陪》
病有間時先呈句 《病有間時先問句》 《呈失声》
笑開顔處(欲羞杯・坐傳杯) 《笑開顔處欲フ杯》
書燈無焔紗窓暗
叢竹含風細雨来 《叢竹含風冷雨来》
軟語夜深猶未寐 《情話怡声猶未寐》
膝前懐故對金壘 《膝前待月絶繊埃》

 中秋、月無し。時に慈母微疾有り、詩中これに及ぶ。《中秋、月無し。時に阿母微疾有り、詩中これに及ぶ。》
雲、帷幄を霑して晴を得ること遅し。 《湿雲、屋を壓して暗きこと煤の如し。》
浅酌、情を失す、牀下の陪。 《浅酌、情を慰む、牀下の陪。》
病ひ間時(※小康)有りて、先づ句を呈す。 《病ひ間時有りて、先づ句を問ふ。》 《「呈」失声。》
笑み、顔を開く處、(杯を羞(すす)めんと欲す。・坐して杯を傳ふ) 《笑み、顔を開く處、杯をフげんと欲す。》
書燈、焔無く、紗窓暗く、
叢竹、風を含みて、細雨来る。 《叢竹、風を含みて、冷雨来る。》
軟語、夜深くして猶ほ未だ寐ねず、 《情話、声を怡びて猶ほ未だ寐ねず、》
膝前、故を懐ひて、金壘に對す。 《膝前、月を待つ、繊埃絶ちぬ。》


〇178. 詠缺月
 兔烏相望全 《兔烏相望圓》
不望光微没 《不望光微闕》
安得両重輪
長無虧缺月

 缺ける月を詠む。
兔烏(※日月)、全きを相ひ望むも、 《兔烏、圓かなるを相ひ望むも、》
望まず、光微の没するを 《望まず光微の闕けるを。》
安(いずく)んぞ、両つながら輪を重ね、
長へに月の虧缺すること無きを得んや。


 右乞
正       木邨考九拝
《庚寅重九前一日観於缾菊花底 機妄批》

 右、正を乞ふ。     木邨考、九拝す。
《庚寅(文政13)重九前一日(※9月8日)、缾菊花底に観る。 機、妄批す。


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〇179. 贈香雪齋主人
好学之厚徳自成          《鼇頭:長慶之亜》
好物之敦物自生 《[愛]物之敦物自生》
君好梅花梅花在 《主人愛梅梅日栄》
梅花本是百花兄 《半點曽無嬌春態》
半點更無嬌春態 《梅花本是百花兄》
氷骨已有清雅情 《※全消去》
苦茶熟時香浮坐 《苦茶熟時香浮動》
窓月上處影自清 《窓月上處影斜横》
晨昏愛之豈無意 《晨昏愛此知何意》
此樹原在城中栄 《此樹聞道原在城》
是時享保春二月 《維昔享保春二月》
松園花底調馬夕
 公賜此樹君家祖 《我 公賜此君家祖》
家祖培築愛清格 《祖先培壅愛清格》
居處変遷樹亦移 《尓来遷居樹亦移》
星霜経久樹将躃 《星霜経久就痩瘠》
嗟推恩於所賜物 《主人敬心重賜物》
手澤存處安不惜 《況存手澤安不惜》
分其條枚今如故 《分其條枚今復故》
花香可愛實可摘
君不見養徳 全身養樹枝葉繁 《※全消去》
天理所生豈異源 《※全消去》
願言 枝不忘根 徳不忘報 《嗚呼 主人慎不忘本根》
長将栄名遺子孫 《長把芳名遺子孫》
 《君不見三字古人多冒諸典故若人名地名上》

 香雪齋主人(※不詳)に贈る。
学を好むことの厚くして、徳、自ら成り、      《鼇頭:長慶(※白氏文集)の亜(※亜流)》
物を好むことの敦くして、物、自ら生ず。 《物を愛することの敦くして、物、自ら生ず。》
君、梅花を好みて、梅花在り、 《主人、梅を愛して梅、日(ひび)に栄え、》
梅花は本と是れ百花の兄。 《半ば點じて、曽て春態を嬌るなし。》
半ば點じて、更に春態を喬(おご)るなく、 《梅花は本と是れ百花の兄。》
氷骨、已に清雅の情有り。 《※この行、全て消去》
苦茶熟す時、香、坐に浮び、 《苦茶熟す時、香、浮きて動き、》
窓月の上る處、影、自ら清し。 《窓月の上る處、影、斜めに横たふ。》
晨昏、之を愛す、豈に意なからん。 《晨昏、此を愛す、何の意か知らん。》
此の樹、原(も)と城中の栄に在り。 《此の樹、聞道(きくなら)く、原と城に在り。》
是れ時、享保の春二月、 《維れ昔、享保の春二月、》
松園の花底、調馬の夕べに、
公、此の樹を君家の祖に賜ふ。 《我が公、此を君家の祖に賜ふ。》
家祖、培築して清格を愛す。 《祖先、培壅して清格を愛す。》
居處変遷すれば樹も亦た移し、 《尓来、遷居すれば樹亦た移し、》
星霜、久しく経て樹、将に躃(いざ)らんとす。 《星霜、久しく経て痩瘠に就く。》(※古木の風格)
嗟(ああ)推恩、物を賜ふ所に於いて、 《(※香雪齋)主人の敬心、重ねて物を賜ふ、》
手澤の存する處、安んぞ惜まざる。 《況んや手澤の存するを、安んぞ惜まざる。》
其の條枚(※枝幹)を分ちて今、故の如し。 《其の條枚を分ちて今、故に復す。》
花香、愛すべく、實に摘むべし。
君見ずや、徳を全身に養へば、樹を養ひ、枝葉繁るを。 《※この行、全て消去》
天理の生ずる所、豈に源を異にせん。 《※この行、全て消去》
願言(ねが)ふ、枝は根を忘れず、徳は報ゐを忘れず、 《嗚呼、主人慎しみて本根を忘れず、》
長へに栄名を将(も)って子孫に遺さんことを。 《長へに芳名を把りて子孫に遺せり。》
 《「君不見」の三字、古人多く諸(これ)を典故に冒すは、人名地名の若きの上なり。》


〇180. 矢橋子直(※不詳)植桜花於赤坂山需詩賦此寄示 《矢橋子直植桜花於赤坂山索詩》
《僕嘗賦此花曰自然富貴出天姿誰向海棠吟此詩可惜髯仙生漢土不看膩緑紅粉枝今十五六年矣》
三春第一好瓊脂 《三春第一好芳姿》
誰種此花盈險巇
應見東君経緯力 《預想東風微雨後》 《个様字用之近体只覚其生硬》
雨餘暖徹欲薫時 《粉紅膩緑欲薫時》

 矢橋子直、桜花を赤坂山に植えて詩を需む。此を賦して寄示す。 《矢橋子直、桜花を赤坂山に植えて詩を索む。》
《僕、嘗て此の花を賦して曰く「自然の富貴、天姿に出づ。誰か海棠に向ひて、此の詩を吟ず。惜むべし、髯仙の漢土に生じて、膩緑紅粉の枝を看ざるを。」と。今(より)十五六年なり。》
三春の第一、好(よ)き瓊脂、 《三春の第一、好き芳姿、》
誰か、此の花を種えて險巇に盈たすは。
應に東君(※太陽)の経緯の力を見るべし。 《預て想ふ、東風微雨の後、》 《「経緯の力」个様の字を之の近体に用ゆるは只だ其れ生硬を覚ゆ。》
雨餘、暖徹りて薫らんと欲するの時。 《粉紅膩緑、薫らんと欲するの時。》


〇181.〇182. 登赤坂山二首
評詩品石蹈闌晴 《評詩品石蹈霜晴》 《鼇頭:闌恐爛而仄声》
窄々樵蹊不易行 《窄々樵蹊欹側行》
松影深邊留杖立
秋花香淡午風軽

 赤坂山に登る。二首。
詩を評し石を品(※定め)して闌晴を蹈む。 《評詩、品石、霜晴を蹈む。》 《鼇頭:「闌」は恐らく「爛」。而して仄声なり。》
窄々たる樵蹊、行くは易からず。 《窄々たる樵蹊、欹側(そばだ)ちて行く。》
松影、深き邊、杖を留めて立つ。
秋花、香淡くして、午風軽し。

行穿雲漢影 《行疑踏雲漢》
絶嶽弄秋晴 《絶頂弄秋晴》
粉壁孤城白 《城堞山前白》
野川一帯明 《野川烟外明》
目窮飛鳥外 《目窮飛鳥影》 《鼇頭:二聯句、佳而對偶頗粗。改數字》
詩就萬松声 《吟雜乱松声》
暫解塵中組
更占太古情 《悠然太古情》 《ウラナウハ平声シムルハ去声。

行くゆく穿つ、雲漢(※天の川)の影。 《行くゆく疑ふ、雲漢を踏むかと。》
絶嶽、秋晴を弄ぶ。 《絶頂、秋晴を弄ぶ。》
粉壁、孤城白く、 《城堞、山前白く、》
野川、一帯明るし。 《野川、烟外明るし。》
目は窮む、飛鳥の外、 《目は窮む、飛鳥の影、》 《鼇頭:二聯句、佳と雖も對偶頗る粗なり。故に數字を改む。》
詩は就く、萬松の声。 《吟は雜(まじ)る、松声乱るるに。》
暫く塵中の組(※冠紐の謂)を解きて、
更に太古の情を占めん。 《悠然たり、太古の情。》 《(※占)ウラナウハ平声、シム(※占)ルハ去声。》


〇183. 帰路作
疎燈明滅隔林頭   《鼇頭:似綾戸至長松途中之詩》
廐馬噛槽村戸幽 《倦馬食槽村戸幽》
寒月沈々影如水 《寒月冷々影如水》
一行鳫語帯霜流

 帰路の作。
疎燈明滅して、林頭に隔つ。   《鼇頭:(※大垣地名)綾戸より長松に至る途中の詩の似し。》
廐馬、槽(かいばおけ)を噛む、村戸幽たり。 《倦馬、槽を食む、村戸幽たり。》
寒月、沈々として、影、水の如く、 《寒月、冷々として、影、水の如く、》
一行の鳫語、霜を帯びて流る。


〇184. 次韻細香女史奉養中見寄。時《其》母疾在褥詩中及之。
《這个母字是大夫之母公耶抑細香之母耶看来似是細香之母故加其字不知[允]否後便示之》
寄情韶濩雅音中
獨誦無端伴艸蟲 《今誦蕭然伴艸蟲》
薬餌香薫深夜雨 《薬気細薫深夜雨》
艾烟吹散午窓風 《艾烟徐散午窓風》
想君取[敬]氷肌痩 《想君侍養氷肌痩》
愧我馴恩道味空 《愧我疎慵舊學空》
蓋書文章又何用 《佗日萱帷復常後》
共抛筆硯意相同 《共尋幽境酒杯同》  《鼇頭:用一作為》
 《結語雖佳而不得贈婦女子之体》

 細香女史(※江馬細香)の奉養中に寄せらるに次韻す。時に《其の》母、疾にして褥に在り、詩中之に及ぶ。
《這个の「母」の字、是れ大夫の母公か、抑も細香の母か。(※詩を)看来れば是れ細香の母の似し。故に「其」字を加ふ。允(まこと)か否かを知らず、後便に之を示せ。》
情を寄す、韶濩(※曲名)の雅音の中、
獨り誦せば端なくも艸蟲伴ふ。 《今、蕭然と誦すれば艸蟲伴ふ。》
薬餌、香薫る、深夜の雨、 《薬気、細やかに薫る、深夜の雨、》
艾烟、吹き散ず、午窓の風。 《艾烟、徐ろに散ず、午窓の風。》
想ふ、君、敬ひ取りて氷肌の痩せしを、 《想ふ、君、養ひ侍りて氷肌の痩せしを、》
愧づ、我れ恩に馴れて、道味の空しきを 《愧づ、我れ疎慵にして、舊學の空しきを。》
蓋し文章を書くは又た何の用ならん、 《他日、萱帷(※母堂)、常に復す後、》
共に筆硯を抛ちて意を相ひ同(とも)にせん。 《共に幽境を尋ねて酒杯を同にせん。》  《鼇頭:「用」一に「為」と作さん。》
 《結語、佳と雖も、婦女子に贈るを得ざるの体ならん。》


〇185. 送毅齋先生之東都
落木高城暮  《鼇頭:(※李白との)合作》
裁詩送遠征
哥殘難忍別 《哥殘何忍別》
絃絶欲趨程
関月孤鴻叫
秋風一馬行
置郵千里速
數寄故人情
 李白詩「指桐感人絃已絶」《不必注。》

 毅齋先生(※菱田毅齋)の東都に之くを送る。
落木、高くして城暮れ、  《鼇頭:(※李白との)合作》
詩を裁して遠征を送る。
哥殘りて、別れ忍び難けれど、 《哥殘る、何ぞ別れを忍びん、》
絃絶えて、程に趨かんと欲す。
月に関して孤鴻、叫び、
秋風に一馬、行く。
置郵(※早馬の飛脚)は、千里速し、
數(しばし)ば故人の情を寄せん。
 李白詩「指桐(※琴は)人を感ぜしめるも絃すでに絶ゆ」《不必の注なり。》(※「單父東樓秋夜送族弟沈之秦(単父の東楼に秋夜、同族の弟、沈の秦に行くを送る。):絲桐感人弦亦絶」)


〇186. 次韻毅齋先生留別詩
離筵剔燭細裁詩
一束暗愁慵擧巵 《一掬暗愁慵擧巵》
瓶菊感人香味淡 《他日欲忘々不得》
幽窓夜雨別君時

 毅齋先生(※菱田毅齋)の留別詩に次韻す。
離筵、燭を剔りて、細やかに詩を裁しす。
一束の暗愁、慵く巵を擧ぐ。 《一掬の暗愁、慵く巵を擧ぐ。》
瓶菊、人をして香味の淡きを感ぜしむ。 《他日、忘れんと欲するも忘れ得ざらん、》
幽窓夜雨、君と別るる時。


〇187. 寄蛙亭主人
酣暢相違久 《歓笑相違久》
駸々歳似流 《駸々歳月流》
懐人詩上藁 《懐人頻得句》
病酒意知秋 《経病最知秋》
霜葉労遥夢
寒川記舊遊
幽期在何日
鳫語過城頭

 蛙亭主人(※栢淵蛙亭)に寄す。
酣暢(※酒歓)、相ひ違ふこと久しく、 《歓笑、相ひ違ふこと久しく、》
駸々(※速い様)、歳は流るに似たり。 《駸々、歳月流る。》
人を懐ひて、詩、藁に上し、 《人を懐ひて、頻りに句を得、》
酒に病みて、意、秋と知りたり。 《病を経て最も秋と知りたり。》
霜葉、遥夢を労(ねぎら)ひ、
寒川、舊遊を記す。
幽期(※約束)、何れの日か在らん、
鳫語(※手紙)、城頭を過(よ)ぎれり。


〇188. 會願宗精舎竹亭分得韻哥
香火頼忘塵意多 《拍子烟前幽意多》
蓮杯旨酒伴伽佗 《況容杯酒伴伽佗》  《鼇頭:伽佗一作頭陀》
休言竹裡書窓窄
即是市中安楽窩 《即是城中安楽窩》

 願宗精舎(※願宗寺)の竹亭に會す、韻「哥」を分ち得る。
香火、頼(さいはひ)に忘る、塵意の多きを。 《烟前に拍子して幽意多し。》
蓮杯の旨酒、伽佗を伴ふ。 《況んや杯酒を容れて伽佗を伴ふをや。》  《鼇頭:「伽佗」一に「頭陀」と作らん。》
言ふを休めよ、竹裡の書窓を窄めると、
即ち是れ市中の安楽の窩。 《即ち是れ城中の安楽の窩。》


〇189.〇190. 早暁到養老途中 《早赴養老途中》(●62.)
背指孤城離市廛 《背指孤城霞欲マ》
香[禾元]露重暁光鮮
野鶏喔々人声静 《鶏声喔々人声静》
秋満郊村萬竃烟 《秋冷郊村數處烟》

 早暁、養老に到る途中。 《早く養老に赴く途中。》
背ろに孤城を指せば、市廛と離(さか)り、 《背ろに孤城を指せば、霞はマ(き:日の出)ならんと欲し、》
香[禾元(※不詳)]、露重くして、暁光、鮮らし。
野鶏、喔々(あくあく:鳴声)として人声、静かに、 《鶏声、喔々として人声、静かに、》
秋は郊村に満つ、萬竃の烟。 《秋冷の郊村、數處の烟。》


鷄鳴村尚暗
暁歩伴飛鴉 《吟歩赴飛鴉》
霜色三叉路 《零露三叉路》
炊烟數々家 《炊烟數處家》  《鼇頭:壓巻》
葉空林影薄
水涸岸根斜
前渡行人少
蘆花掩浅沙 (右過段海)

鶏鳴、村は尚ほ暗く、
暁歩、飛鴉を伴ふ。 《吟歩、飛鴉と赴く。》
霜色、三叉の路、 《露を零す、三叉の路、》
炊烟、數々の家。 《炊烟、數處の家。》  《鼇頭:壓巻》
葉は空しく、林影、薄く、
水は涸れ、岸根(垠:きし)は斜めなり。
前渡、行人少くして、
蘆花、浅沙を掩へり。 (右、段海(※だんみ:養老地名)を過ぐ。)


〇191. 旗亭臨水小欄干
風涼吟声朝酔寒 《好是呼杯煖暁寒》
更有南窓富詩景 《況又南窓富詩景》
遠山紅葉盡人看 (右段海口占)
  白詩任人採弄尽人看

旗亭、水に臨む、小欄干、
風涼しく吟声、朝酔ひ寒し。 《好し是れ杯を呼びて暁寒を煖む。》
更に南窓に詩景の富む有り、 《況や又た南窓に詩景を富む。》
遠山の紅葉、盡(ことごと)く人に看せん。 (右、段海の口占)
  白詩「人に任せて採弄させ、尽く人に看せん。」(※「題山石榴花」)


〇192. 到押越村待螺山蛙亭細香諸伴(●63.に改作)
一詩就處酒須求
暁色濃邊秋味幽 《一路秋山景色幽》
待友閑行溪水畔 《待友緩行溪水畔》
飄風紅葉帯霜流 《風飄紅葉満涓流》

 押越村(※起おこし:地名)に到り螺山、蛙亭(※栢淵蛙亭)、細香(※江馬細香)の諸伴を待つ。
一詩就く處、酒須らく求むべく、
暁色濃き邊り、秋味、幽たり。 《一路秋山、景色、幽たり。》
友を待ち閑(しづ)かに行く、溪水の畔(ほとり)、 《友を待ち緩(ゆる)う行く、溪水の畔、》
飄風、紅葉は霜を帯びて流る。 《風は紅葉を飄(ひるがへ)し、涓流に満つ。》


〇193. 過石畑村次細香女史韻
瘦篁日暖養牛家 《幽篁日暖養牛家》 《鼇頭:養一作飼》
路入深林断又斜 《路入深林横又斜》
九月牢晴如二月  《鼇頭:稍陳意》
楓紅未必弱春花 《楓紅未必譲春花》
   《欲用柴字則須全首傚誠齋方可》

 石畑村を過り細香女史(※江馬細香)の韻に次す。
瘦篁、日は暖し養牛の家、 《幽篁、日は暖し養牛の家、》 《鼇頭:「養」一に「飼」と作らん。》
路は深林に入りて断え又た斜めなり。 《路は深林に入りて横はり又た斜めなり。》
九月の牢晴、二月の如きも、  《鼇頭:稍や陳意なり。》
楓紅、未だ必ずしも春花に弱しとせず。 《楓紅、未だ必ずしも春花に譲らず。》
   《「柴」(※不詳)字を用ゐんと欲すれば、則ち須らく全首、(楊)誠齋の方に傚ふべし。》


〇194. 下山
醉脚媻跚下翠微
樵蹊松暗閉荊扉
清遊一日都如夢 《吟遊一日頗豪興》
只有溪色送晩帰 《更有溪色送晩帰》

 下山
醉脚、媻跚(≒蹣跚ふらふら)として、翠微に下る。
樵蹊、松暗く、荊扉を閉ざす。
清遊一日、都(すべ)て夢の如し。 《吟遊一日、頗る豪興、》
只だ溪色有りて晩帰を送る。 《更に溪色有りて晩帰を送る。》


〇195. 直江別蛙亭
橋頭将去且盤桓 《橋頭将別且盤桓》
瓢腹酒空談尚殘
浅水星明離恨冷 《浅水星明波閃々》
一堤微火夜漫々 《故人不見夜漫々》

 直江(※大垣地名)にて蛙亭(※栢淵蛙亭)と別る。
橋頭、将に去らんとして且(しばら)く盤桓(※たちもとほる)。 《橋頭、将に別れんとして且く盤桓》
瓢腹に酒空しくも、談は尚ほ殘す。
浅水に星明(あか)く、離恨冷たく、 《浅水に星明く、波、閃々として、》
一堤の微火、夜、漫々たり。 《故人、見ずや、夜、漫々たるを。》


〇196. 初冬偶作
情懐最悪在交踈
遊興何能到倒驢
一日開爐聊會客    《今日開爐欲會客》
恰逢濁酒發醅初 《甕裡濁酒發醅初》

 初冬偶作
情懐、最も悪となす、交りの踈に在るを。
遊興、何ぞ能く倒驢(※酔い潰れ)に到らん。
一日、爐を開いて客に會ふを聊(たのし)む。《今日開爐して客に會はんと欲す。》
恰も逢ふ。濁酒、醅(もろみ)を發する初め。 《甕裡の濁酒、醅を發する初め。》


〇197. 楓軒集次祐之韻
窈窕文窓塵不侵 《窈窕書窓塵不侵》
漏臺添水夜将深
耿々燈火苦吟裡
閑坐却労天外心

 楓軒(※戸田睡翁の堂号)の集、「祐」の韻に次す。
窈窕たる文窓、塵、侵さず、 《窈窕たる書窓、塵、侵さず、》
漏臺(※水時計)に水添へて夜、将に深まらんとす。
耿々たる燈火、苦吟の裡、
閑坐して却て労す、天外(※宇宙)の心。


〇198. 松井老人宅集
移坐南窓底
呼盃倚暖爐
風傳聞市散
日入見山孤
醉倒且休怒 《爛醉且休怒》
舊交真可娯
幽情人共得
何必問蓬壷

 松井老人宅の集ひ。
坐を移す、南窓の底(おく)、
盃を呼びて暖爐に倚る。
風の傳へに、市の散ずるを聞き、
日入りて、山の孤なるを見る。
醉ひ倒れば、且(しばら)く怒るを休めよ。 《爛醉、且く怒るを休めよ。》
舊交、真に娯しむべし。
幽情は人と共に得ん、
何ぞ必ずしも蓬壷(※蓬莱山)を問はんや。


〇199. 九月廿七日到横曽根村途中此日毅齋先生有同行之約不果結末及之
遠尋鶏黍約
歩々踏朝晴 《吟歩踏朝晴》
瘦日隨人影 《愛日隨人影》  《鼇頭:左氏冬日可愛》
寒鐘度水声
酒投茅店酌
詩向好山成
只惜違盟客
無因此興情

 九月廿七日、横曽根村に到る途中。此の日毅齋先生(※菱田毅齋)と同行の約有るも、果さず。結末之に及ぶ。
遠く尋ぬ、鶏黍(※もてなし)の約。
歩々、朝晴を踏む。 《吟歩、朝晴を踏む。》
瘦日、人の影に隨ひ、 《愛日(※冬日)、人の影に隨ひ、》  《鼇頭:左氏(※『左氏伝』)「冬日愛すべし」》
寒鐘、水声を度(わた)る。
酒は茅店に投じて酌み、
詩は好き山に向ひて成る。
只だ惜む、違盟の客、
此の興情に因ることなきを。


〇200. 《到》横曽根村訪螺山主人
深邃卜居朝日寒 《秋後村居静且閑》
長堤當戸水雲寛 《長堤當戸護風寒》
欵顔相見茶先熟 《破顔相見茶先熟》
一樹紅楓露未乾
  《鼇頭:螺山無恙否僕懶性天至久欠音問伏願善致意焉想是日或有包鱉膾鯉垂涎々》

 横曽根村《に到り》螺山主人を訪ふ。
深邃たる卜居、朝日寒し。 《秋後の村居、静且つ閑。》
長堤、戸に當り、水雲寛し。 《長堤、戸に當り、風寒を護る。》
欵顔、相ひ見る、茶先づ熟す、 《破顔、相ひ見る、茶先づ熟す、》
一樹の紅楓、露未だ乾かず。
  《鼇頭:螺山、恙なきや否や。僕、懶性天至(※天性)にして、久しく音問を欠く。伏して願ふ、善く意を致されんことを。想ふ是の日、或ひは鱉膾鯉を(※土産にすっぽんやコイを)包む有るか、垂涎垂涎。》


 右伏煩
鼎評       木邑誠九拝
《庚寅十一月初四夜観畢于松風淅瀝之底 機妄批》

 右伏して鼎評を煩はさん。      木邑誠、九拝す。
《庚寅十一月(文政13年)初四夜(4日の夜)、松風淅瀝たるの底に観畢る。 機、妄批す。》


(※以下貼紙)
問 詩中ニ君ノ字ヲ用ユル事ハ同輩上下通用ニ相ナリ可申ヤ又同輩以下ヱハ汝字アルイハ子ノ字ナドヲ可用歟又名下ニ「兄」ナドハドノ位ノ者江可用ヤ請賜示 職拝

詩有声病之忌。故君子汝三字、不妨通用随宜。但君字、用諸師友以上。而汝字用諸師友以下。似得其當如何。 機拝答

(※以下貼紙)
問ふ。詩中に「君」の字を用ゆる事は、同輩・上・下、通用に相なり申す可きや。又た同輩以下へは「汝」字あるいは「子」の字などを用ふ可か。又た名の下に「兄」などは、どの位の者へ用ふべきや、賜示を請ふ。 職(※寛齋の名)拝す。

《詩には声病の忌有り。故に「君・子・汝」の三字、通用妨げず、宜しきに随ふ。但だ「君」字、諸(これ)は師友以上に用ゐ、而して「汝」字は諸を師友以下に用ゆ。其の當れるを得る似(ごと)し。如何。 機、拝答す。》


Q【詩稿】  PDF(5.2mb) 天 保二年(1831)一月二十五日添削。(詩稿4丁。)

〇201. 歳晩書懐
儺皷随人撃 《儺皷従人撃》  《鼇頭:起手堕理窟是詩一病〇五律起手著対是少陵家風》
性慵事不先 《詩情笑我顛》
身同旋磨蟻
心似浮湖舩 《心似泛湖舩》
故態都如此
前塗更渺然
已看梅破蕾 《且看梅破蕾》
春信一枝伝
 《僕元日作一律其前聯云儒風不厭室懸磬学業唯慚鯰上竿作法頗与此上聯似》

 歳晩、懐ひを書す。
儺皷(※追儺の太鼓)、人に随ひて撃つも、 《儺皷、人の撃つに従ふも、》  《鼇頭:起手、理窟に堕つ。是れ詩の一つの病。〇五律の起手を対に著くは是れ少陵(※杜甫)の家風。》
性は慵にして、事を先んずるなし。 《詩情、我が顛を笑ふ。》
身は、旋磨する蟻と同じく、
心は似る、湖に舩を浮べるに。 《心は似る、湖に舩を泛べるに。》
故態(※旧態)として、都(すべ)て此の如し。
前塗は更に渺然たり。
已に看る、梅の蕾を破るを、 《且つ看る、梅の蕾を破るを、》
春信、一枝に伝はる。
 《僕、元日に一律を作る。其の前聯に云ふ。「儒風、室に磬を懸るを厭はず。学業、唯だ慚づ、鯰の竿に上るを。」作法、頗る此の上聯と似る。》


〇202. 新年作
陽和暖活酒思融
況又梅花不負[公]
誰道東風添一歳
今年春在去年中
  立春節在去冬末故云耳 《立春節在去臘結句故云》

 新年作。
陽和、暖、活して、酒思、融ける。
況や又た梅花の[公]に負かざるを。
誰か道ふ、東風、一歳を添ふると。
今年の春は、去年中に在り。
  立春節、去冬の末に在り、故に云ふのみ。 《立春節、去臘に在り、結句、故に云ふ。》


〇203. 晩冬春齢庵集遇元齢丈夫自阪城帰 《晩冬春齢庵集遇其弟元齢自阪城帰》
一嚢詩句巧如春 《一嚢詩句爛如春》
知是興情行處新
今日梅花猶未拆
待君更似備精神 《待君似欲備精神》

 晩冬、春齢(※二代目春齢:江馬活堂25才)の庵の集ひ。遇ま元齢(※その孫19才)丈夫の阪城より帰る。 《晩冬、春齢庵の集ひ、遇ま其の弟の元齢、阪城より帰る。》
一嚢の詩句、巧なること春の如し。 《一嚢の詩句、爛(あざや)かなること春の如し。》
知んぬ是れ、興情、行く處の新しきを。
今日、梅花、猶ほ未だ拆らざるも、
君を待ちて更に精神を借るに似たり。 《君を待ちて精神を借らんと欲するに似たり。》
※「其弟元齢」との加筆が訂正されていないので、初代春齢(江馬蘭齋)は存命(84才)であるものの、ここはすでに二代目春齢の江馬活堂(25才)であることがわかる。


〇204. 雪日柬至楽老人
飛雪将晴如畫図 《飛雪将晴亭午初》
幽窓吟意計授壺 《幽窓吟意々如何》
君来有助我清興 《君来若伴灞橋興》
酔歩不妨顛半途 《酔歩何須跨蹇驢》
 《去来さらば雪見ニころぶ處までより出たれども漸俗なり》

  雪日、至楽老人(※河合東皐)に柬す
飛雪、将に晴れんとして画図の如し。 《飛雪、将に晴れんとする亭午の初め。》
幽窓の吟意、壷を授けんことを計る。 《幽窓の吟意、意は如何。》
君の来りて我が清興を助くる有るも、 《君の来りて灞橋の興を伴ふ若(ごと)くも、》
酔歩して妨げず、半途にして顛ずるを。 《酔歩、何ぞ須ひん、蹇驢に跨るを。》 (※灞橋驢上の故事)
 《去来「(いざ)さらば雪見ニころぶ處まで」より出たれども漸(やや)俗なり。》


〇205.〇206. 法永寺看雪二首
竹梢雪重壓低垣
院砌未看遊屐痕 《来印頭番遊屐痕》
満面寒風欹帽坐
小窓収得玉乾坤

 法永寺、雪を看る。二首。
竹梢、雪重くして低垣を壓す。
院砌、未だ看ず、遊屐の痕。 《来りて頭番(※最初)に印す、遊屐の痕。》
満面の寒風、帽を欹てて坐す。
小窓に収め得たり玉乾坤。


茅檐断続雪斑々 《竹籬茅屋雪斑々》
一半斜陽在遠山
此景[宣《宜》]詩又[宣]畫 
興情都入晩晴間 《悩情全在晩晴間》
 《鼇頭:二首共佳而欠寺意可恨》《可想》

茅檐断続、雪斑々。 《竹籬茅屋、雪斑々たり。》
一半の斜陽、遠山に在り。
此の景、詩に宜しく又た画に宜し。
興情、都て晩晴の間に入る。 《悩情、全て晩晴の間に在り。》
 《鼇頭:二首とも佳にして寺意を欠くを恨むべし。》《想ふべし。》


〇207. 書窓梅分得韻微(●58.)
吟前横影映書幃 《吟邉横影映書幃》
春雪風寒烟霧飛 《寒月初升烟霧飛》
花落研池和墨写
写来字亦帯残馡 《写来詩句有餘馡》
 《鼇頭:全首不脱書窓二字意大佳。》

 書窓の梅。韻「微」を分ち得る。
吟前の横影、書幃に映じ、 《吟邉の横影、書幃に映じ、》
春雪、風寒くして、烟霧飛ぶ。 《寒月初めて升りて、烟霧飛ぶ。》
花は研池に落ち、墨に和して写す。
写し来り、字の亦た残馡(香)を帯べるを。 《写し来り、詩句の餘馡有るを。》
 《鼇頭:全首「書窓」二字の意を脱せず大いに佳なり。》


〇208. 又得韻支
斜陽影[頭・望]得詩遅 《梅窓不管得詩遅》
撲鼻清香睡亦宜
寒枕醒来初夜夢 《趙子梦醒猶訝夢》
痩枝挂月不多時 《痩枝挂月夜深時》
 《鼇頭:雖不切於書窓而詩則大佳。》

 又た韻「支」を得る。
斜陽、影[頭・望]、詩を得ること遅し。 《梅窓、管せず、詩を得ること遅し。》
鼻を撲つ清香、睡るに亦た宜し。
寒枕、醒め来り、初夜の夢、 《趙子※、梦醒む、猶ほ夢かと訝る、》 (※邯鄲は趙の首都)
痩枝、月に挂くるは多時ならず。 《痩枝、月に挂くる、夜深き時。》
 《鼇頭:書窓に於いて切ならざると雖も、詩は則ち大いに佳なり。》


〇209. 春日村行 《這个雌黄与放翁春前六日作同一作法請熟玩之》
幽戸誰家開向山 《夜雨初収暁日暄》  《鼇頭:起句与下三句不相接》
人声多處鳥声喧 《碧窓紗外鳥声喧》
急[堤]南市茅柴酒
吟過梅花雪後村 《吟過梅村又柳村》

 春日村行 《這个の雌黄と放翁の「春前六日」の作は同一作法にして、之を熟玩せんことを請ふ。》
幽戸、誰が家か、山に向ひて開向く。 《夜雨初めて収まり暁日暄たり。》  《鼇頭:起句と下三句と相ひ接さず。》
人声の多き處、鳥声喧し。 《碧窓の紗外、鳥声喧し。》
急堤の南市、茅柴の酒、
吟じて過る、梅花雪後の村。 《吟じて過る、梅村又た柳村。》


〇210. 題画
花底清流碧似油
綺羅分隊放春遊 《綺羅隊々趂春遊》
幾舩哥管波紋裡 《嘔唖哥管舟将陸》
只惜無人伴白鴎 《誰向前洲伴白鴎》  《鼇頭:一幅浪華桜祠図》

 題画
花底の清流、碧きこと油に似たり。
綺羅、隊を分ちて、春遊を放てり。 《綺羅隊々、春遊を趂へり。》
幾舩の哥管、波紋の裡、 《嘔唖せる哥管、舟、将に陸せんとす。》
只だ惜む、人の白鴎を伴ふなきを。 《誰か前洲に向ひて白鴎を伴はん。》  《鼇頭:一幅の浪華桜祠の図。》


〇211. 春日村行
籬疎難作界 《籬疎不成界》
山近雜漁樵
屋破犬能護
花開春尚昭 《花開春正韶》
歳荒人意賤 《歳荒人意陋》
日暖雉媒驕
双履軽風裡
[榕]詩過野橋
 《雉媒似非可驕之物不知古人有此熟用否後便見教》
 《鼇頭:第五句雖実際而属突出可惜》

 春日村行
籬は疎にして、界を作し難し。 《籬は疎にして、界を成さず。》
山近くして、漁樵を雑ふ。
屋は破れるも、犬、能く護り、
花開きて春、尚ほ昭らかなり。 《花開きて春、正に韶(うらら)かなり。》
歳荒(不作)にて、人意は賤(いや)しく、 《歳荒、人意は陋(いや)しく、》
日暖かければ、雉媒(※飼いキジ)驕たり。
双履、軽風の裡、
[榕]詩、野橋を過ぐ
 《雉媒は驕るべき物に非ざる似し。古人に此の熟用の有るや否やを知さず、後便にて教へられよ。》
 《鼇頭:第五句、実際と雖も突出に属し、惜むべし。》


〇212. 垂柳
眉翠籠烟裊舞腰
容佗風外紫騮驕 《声々風外紫騮驕》
晩来猶自学嬌態 《晩来猶自含嬌態》  鼇頭:自字作似如何。
不省王孫帰路遙 《繋住王孫酔板橋》
 《結句不如是則宜於春草而不切於柳。》

 垂柳
眉翠、烟を籠めて、裊(たおや)かに腰を舞はせ、
容(かたち)を風外に佗(みだ)せば、紫騮(※賢馬の謂)驕る。 《声々風外、紫騮驕る。》
晩来、猶ほ自ら嬌態を学びて、 《晩来、猶ほ自ら嬌態を含みて、》 鼇頭:「自」字を「似」と作すは如何。
省みず、王孫の帰路遙かなるを。 《王孫を繋住して、板橋に酔はす。》
 《結句は是れ、則ち春草には宜くして柳には切ならざる如(ごと)し。》
※温庭筠「楊柳枝」を踏まえる。

〇213. 元日u介堕所持茶碗触石全缺戯賦此示意 《元日u介堕所持茶碗触石齏粉戯賦此示意》
高山豈無裂
大海有時竭
物其長不齊
有物有残缺
残缺亦何愁
大成非所求
羨君成虧外
不与物[泝]游
 〇荘子云有成与虧[故]昭氏之鼓琴也無成与虧[故]昭氏之不鼓琴也
 《鼇頭:東坡公流亜而結三句微欠明且全首不見茶碗触石意何也》

 元日にu介、所持する茶碗を堕し、石に触れて全缺す。戯れに此を賦して意を示す。 《元日にu介、所持する茶碗を堕して齏粉せり。戯れに此を賦して意を示す。》
高山、豈に裂なからん。
大海も時に竭(つき)る有り。
物は其れ、長くは斉しからず。
物有れば残缺有り。
残缺、亦た何の愁ひぞ、
大成は求むる所に非ず。
君を羨む、成虧の外にあり、
物とともに[泝]游せざるを(※遡ってくよくよしない)。
 〇荘子に云ふ。「“成ると虧くる”と有る[故]は、昭氏の琴を鼓すれば也。“成ると虧くる”と無き[故]は昭氏の琴を鼓せざれば也。」
 《鼇頭:東坡公の流亜なり、而して結三句は微かに明を欠く。且つ全首に、茶碗の石に触るる意の何ぞかを見ざる也。》

 右伏煩
高評       木邨考九拝
《務求奇渋是詩大病如葩経采々芣苡薄言采之昔我往矣楊柳依々今吾帰矣雨雪霏々何曽有奇而其味在言外矣》
《天保二年正月賽菅日観畢于松陰書寮雨窓 機妄批。》

 右伏して高評を煩はす。       木邨考、九拝す。
《務めて奇渋を求むるは是れ詩の大病なり。葩経(※詩経)「采々芣苡、薄言采之(※国風:ふいを采るとる、しばらくここにこれを采る)」「昔我往矣、楊柳依々、今吾帰矣、雨雪霏々(※小雅•采薇:昔われ往く、楊柳依々たり、今われ帰る、雨雪霏々たり)」の如き、何ぞ曽て奇有らんや、而して其の味、言外に在り。》
《天保二年正月の賽菅日(※初天神:二十五日)。松陰書寮の雨窓に観畢る。 機、妄批す。》


R【詩稿】  PDF(1.5mb) 天保二年(1831)五月四日添削。(詩稿2丁。)

〇214. 暮春雨
茗冷香消睡覚遅
棣棠花上雨絲々
送春情意無多子 《送春情思唯慵懶》
舊句按排裁小詩 《聊把禿毫裁小詩》

 暮春雨
茗冷え、香消えて、睡り覚むること遅し。
棣棠の花上、雨絲々たり。
送春の情意、多子(※多事)無く、 《送春の情思、唯だ慵懶にして、》
旧句を按排して、小詩を裁す。 《聊か禿毫を把りて、小詩を裁す。》


〇215. 春日偶成
春寒連日酒須温 《春寒連日酒頻温》
細雨蕭々将黒昏 《細雨蕭々晝亦昏》
醉裡不知何所好 《醉裡偶然曲肱睡》
一宵梦在李花村 《案頭梦在李花村》

 春日偶成
春寒連日、酒須らく温むべし。 《春寒連日、酒頻りに温む。》
細雨蕭々、将に黒昏(※日没)にならんとす。 《細雨蕭々、晝亦た昏し。》
醉裡、知らず、何の所を好むを。 《醉裡、偶然、肱を曲げて睡れば、》
一宵、夢は李花村に在り。 《案頭、夢は李花村に在り。》


〇216. 詠牡丹
富貴従来軽世華 《富貴従来世共誇》
枝々帯露艶金葩
笑吾酒外伴幽獨 《笑吾吟句伴幽獨》
本是沈香亭北花

 牡丹を詠む。
富貴は従来、世華を軽んず。 《富貴は従来、世と共に誇る。》
枝々、露を帯ぶ、艶たる金葩。
吾が酒外に幽獨を伴ふを笑へ。 《吾が吟句、幽獨を伴ふを笑へ。》
本と是れ沈香亭北の花(※楊貴妃:李白「清平調」)。


〇217. 送母之京到垂井驛而別。《送阿母遊京到垂井驛而別。》(◎07.●61.)
山程春盡百花空
鳥語水声離恨鍾 《鳥語水声離恨濃》
驛外分襟猶未去 《驛外分襟猶佇立》
(依稀 片然)笠影隔行松 《依稀笠影隔行松》

 母の京に之くを送り垂井驛に到りて別る。《阿母の京に遊ぶを送り垂井驛に到りて別る。》
山程、春盡きて百花空し。
鳥語水声、離恨鍾まる。 《鳥語水声、離恨濃かなり。》
驛外に襟を分ちて、猶ほ未だ去らず。 《驛外に襟を分ちて猶ほ佇立す。》
(依稀 片然)たる笠影、行(ぎょう)松を隔つ。 《依稀たる笠影、行、松を隔つ。》


〇218. 閑居
已自釣竿迎鷺羣 《日把釣竿迎鷺羣》
利名遮断幾重雲
松醪一醉無人倶* 《松醪一醉無人共》 《*失声。》
隔菴村舂帯雨聞 《林外村舂隔雨聞》

 閑居
已に釣竿より鷺羣を迎へ、 《日(ひび)釣竿を把りて鷺羣を迎へ、》
利名遮断す、幾重の雲。
松醪(松花酒:薬酒)一醉、人の倶*にするなく、 《松醪一醉、人の共にするなく、》 《*失声。》
菴を隔てて村舂(※臼の音)、雨を帯びて聞く。 《林外の村舂、雨を隔てて聞く。》


 右乞
正      木邨考九拝
《辛卯端陽前一日之夜會計既了飲菱剣数杯半酣観此 機妄批》

 右、正を乞ふ。木邨考、九拝す。
《辛卯端陽前一日之夜(※天保2年5月4日)。(※家業の)會計、既に了り、菱剣数杯を飲み半ば酣たり。此を観る。 機、妄批す。

※次の詩稿まで、12年間の空白があるが、添削原稿のスタイルに変化は見られない。毎回あったリップサービスの後記が姿を消しているが、年を重ねた故とみるべく、むしろこの間も引き続き添削が行われ『寛齋詩稿』に初出する詩は、この間のものではないかと推察する。


S【詩稿】  PDF(1.6mb) 天 保十四年(1843)一月二十四日添削。(詩稿2丁。)

 《正月廿一日至》
         《[寿]便》

〇219. 瓶梅
瓶裡梅花未覚新
日移暖處良*開唇 《日移暖處較開唇》 《*平(声)》
幽窓一夜香将動
初識芳魂来近人

 瓶梅
瓶裡の梅花、未だ新たに覚めざるも、
日(ひび)暖處に移して、良(まこと)に唇を開く。 《日、暖處に移して較(やや)唇を開く。》 《*平(声)》
幽窓一夜、香、将に動き、
初めて芳魂を近く来たる人に識さんとす。


〇220. 保寅晩冬患腹痛病中偶有此作録寄厳兄(●78.◎13.)
閑臥三旬病未瘳 《臥枕三旬病未瘳》
詩心動處吏心休
罷交擬学老彭澤
報痩且同窮子由
凍雀声中縈暖被 《凍雀声中蒙暖被》
早梅花底聴寒流
幽窓無事眠将熟
恐使波瀾起腹愁
鼇頭:《憂國之憂込大夫之腹所以[有]斯腹痛也欤》

 報痩 東坡詩集有聞子由痩詩  《不必註》
 波瀾 孟郊詩有妾心古井水波瀾誓不起句

 保寅(※天保13年)晩冬、腹痛を患ふ。病中偶た此の作有り、録して厳兄(※戸田睡翁)に寄す。
閑臥三旬、病ひ未だ瘳えず。 《臥枕三旬、病ひ未だ瘳えず。》
詩心動く處、吏心は休(や)む。
交りを罷め、学び擬へん、老彭澤(※陶淵明)を。
痩を報じて且(しばら)く同じうせん、窮せる子由(※蘇轍)と。
凍雀の声中、暖被を縈(めぐ)らし、 《凍雀声中、暖被を蒙り、》
早梅、花底、寒流を聴く。
幽窓、事なく、眠り将に熟さんとすれば、
波瀾をして腹愁を起さしむことを恐る。
鼇頭:《憂國の憂の大夫の腹に込めるは、斯の腹痛有る所以なりか。》

 報痩 東坡詩集に「子由の痩せるを聞く」の詩有り。  《不必註。》
 波瀾 孟郊詩(※「烈女操」)に「妾が心は古井の水、波瀾、誓って起きず」の句有り。


〇221. 保子元旦試筆
阿嬢迎歳笑顔開
膝下児孫好献杯
身浴君恩春自遍
誰言*春色自東*来 《*此句似激似暴作「誰知春色自何来」等如何。》

 保子(※天保11年)元旦の試筆。
阿嬢、歳を迎へて笑顔開く。
膝下の児孫、献杯を好くす。
身は君恩を浴びて春、自ら遍し。
誰か言*はん、春色自ら東*より来たると。 《*此の句、激の似く暴の似き作。「誰か知らん春色、何づこより来たるを」等は如何。》
※前詩の「憂国」の理由を以て「東」は公儀を諷しての事と解した、松陰からの穏便な忠告か。


 右乞
  正       木邨考拝具
 《癸卯王正念四日妄評 機》

《木村大夫公詩稿》

 右、正を乞ふ。     木邨考、拝具。
 《癸卯王正念四日(※天保14年1月24日)、妄評す。 機。》

《木村大夫公詩稿》


㉑【詩稿】  PDF(3.0mb) 天保十四年(1843)四月望月日添削。(詩稿4丁。)

《清和月■[九]■     閲了》
《清和月(4月)■■■     閲し了る。》

〇222. 詠紙鳶
昇揚有待戻天時 《飛揚有待戻天時》
無限雲程依一絲
若被狂風吹轉去
忽零泥塗亦難支 《鼇頭:似有所感》

 紙鳶を詠む。
昇揚、天に戻る時を待つ有らん、 《飛揚、天に戻る時を待つ有らん、》
無限の雲程、一絲に依る。
若し狂風を被り、吹き轉じ去らば、
忽ち泥塗に零(お)ちて亦た支へること難し。 《鼇頭:感ずる所有る似(ごと)し。》


〇223. 食粥 《喫粥》 《機亦頗有腹心之疾伏願見教菉豆粥之法方》(●41.)
和将菉豆不裨餐
纔抹鹽花渋肺肝
気味従来淡如水
欲供君子訂交歓 《鼇頭:至言》

 粥を食す。 《粥を喫す。》 《機、亦た頗る腹心の疾有り、伏して菉豆粥の法方を教はるを願ふ。》
和(あ)えるに菉豆(※ぶんどう豆)を将ってするも餐を裨(たす)けず、
纔かに鹽花を抹すれば肺肝に渋し。
気味は従来、淡きこと水の如くして、
君子の訂交の歓に供さんと欲す。 《鼇頭:至言なり。》


〇224. 李斯
黔首夙知人犬安 《黔首徒知倉鼠安》
未能烈義處危難 《未能忠義處危難》
售阿養暴非臣事 《務持爵禄豈臣職》 《鼇頭:持爵禄三言李斯傳賛中字面》
富貴翻贏狡兎歎 《富貴唯贏狡兎歎》

 李斯
黔首(※庶民)は夙に知る、人犬(※伏せること)の安きを。 《黔首は徒(いたず)らに知る、倉鼠の安きを。》
未だ能く烈義ならずして危難に處(お)り、 《未だ能く忠義ならずして危難に處り、》
(※自らを)售り阿ねって暴を養ふは臣事に非ず。 《爵禄を持するを務むは豈に臣職ならんや。》 《鼇頭:「持爵禄」三言『李斯傳賛』中の字面なり。》
富貴、翻って贏(かちえ)たるは「狡兎の歎」なり※。 《富貴、唯だ贏たるは「狡兎の歎」なり。》(※「狡兎死して走狗烹らる」の故事)


〇225. 詠落梅
桃李為奴好艶姫
忽遭風雨[悩]芳姿 《忽遭風雨妬芳姿》
似剰玉児非類涙
氷肌委地白猶滋
  南齊東昏侯妃潘氏小字玉児有國色帝将留之以問王茂茂曰齊亡者此物留之恐貽外議帝乃出之軍士田安啓《帝》求婦玉児泣曰昔者見遇時主今豈下匹非類死而後已義不受辱乃自縊體白如玉

 落梅を詠む。
桃李を奴(しもべ)と為す好(よ)き艶姫。
忽ち風雨の芳姿を悩ますに遭ふ。 《忽ち芳姿を妬む風雨に遭ふ。》
似る、玉児非類の涙を剰(あま)すに。
氷肌、地に委ねて白、猶ほ滋し。
  南齊の東昏侯の妃、潘氏、小(わか)き字は玉児、「國色」有り。帝将に之を留めんとす。以て王茂に問ふに、茂曰く「齊を亡する者は此物なり、 之を留めば恐らく外議を貽さん」と。帝、乃ち之を出し、軍士の田安啓が婦に求む。玉児泣きて曰く「昔者には時の主に遇せらる。今、豈に非類(※下僕)と匹(つれそ)ふに下らんや。死して後ち已む、義は辱めを受けず」。乃ち自ら縊れ、體の白きこと玉の如し。


〇226. 讀石川丈山傳
先鞭特自竭忠魂 《先鞭犯令本忠魂》
[屐]脱朝榮不敢論 《屣脱朝榮不必論》
知公三十一文字 《僅々三十一言曲ヱスルモ可ナリ》
也勝佗人千萬言
  北山移文屣萬乗其如脱。

 石川丈山の傳を讀む。
先鞭、特(ひと)り自ら忠魂を竭(つ)くし、 《先鞭、令を犯すも、本と忠魂、》
朝榮を屣脱するも、敢へて論はず。 《朝榮を屣脱(※捨てる)するも必ずしも論はず。》
公を知らす三十一文字(※和歌の謂?:不詳) 《「僅々三十一言の曲」へするも可なり。》
また佗人の千萬言に勝る。
  『北山移文』「屣の萬乗(※帝座)も、其れ脱する如し」。


〇227. 春日偶作
訪紫尋紅遊楽時 《万紫千紅遊楽時》
晴烘香霧競春W
獨立黄昏聴行語 《獨立黄昏聴何事》
無人不道見花帰 《無人不道看花帰》

 春日偶作
紫を訪ね紅を尋ぬ、遊楽の時、 《万紫千紅、遊楽の時、》
晴烘、香霧、春Wを競ふ。
黄昏に獨り立ちて、行くゆく語を聴けば、 《黄昏に獨り立ちて聴くは何事ぞ。》
人の花を見て帰るを道(い)はざるなし。 《人の花を看て帰るを道はざるなし》


〇228. 病中春夜賀厳齋兄帰郷偶然有此作兄自去歳役東都余役摂阪結末故及(●80.◎14.)
別後幸扶癯与羸 《別後支吾保病羸》
生存相見喜須知 《生存相見喜堪知》
只恨燈前春夜短
東図西策話多時

 病中春夜、厳齋兄(※戸田睡翁)の帰郷を賀して偶然此作有り。兄、去歳より東都に役し、余は摂阪に役す。結末、故に及ぶ。
別後、幸ひに癯と羸とを扶く。 《別後、吾を支へて病羸を保つ。》
生き存らへて相ひ見る、喜び須らく知るべし。 《生き存らへて相ひ見る、喜び知るに堪へたり。》
只だ恨む、燈前、春夜の短きを。
東図、西策、話すこと多時。


〇229. 過野々宮偶作
祠頭秋老易酸辛
枝朶墻低落葉深 《風冷墻低落葉深》 《枝朶何義》 《根ナトニテハ》
玉琴一撥人何處 《鼇頭:未歴人道。》
猶有松風太古音   易一作氣。
 野々宮歌云琴之音耳峯之松風可与婦羅志 伊津連之尾与利調曽女毛武

 野々宮を過ぐ、偶作。
祠頭、秋老いて、酸辛し易く、
枝朶、墻低くして落葉深し。 《風冷、墻低くして落葉深し。》 《「枝朶」は何の義か。》 《「[墻]根」などにては[如何]。》
玉琴一撥、人は何處に、 《鼇頭:未だ人の歴(へ)ぬ道。》
猶ほ松風に太古の音有るがごとし。   「易」一に「氣」と作らん。
 野々宮(※京都西院野々宮神社)の歌に云ふ「琴之音耳峯之松風可与婦羅志 伊津連之尾与利調曽女毛武」。
(※琴の音に峰の松風通ふらし いづれのを(尾・緒)より調べそめけむ)


〇230. 浪華帰途飲大津石場店偶作 《浪華帰途飲大津石場旗亭偶作》
昨日浪華雲端碧
今日湖上面前山 《今日琶湖面前山》
山色依然終古在
人事変遷徒徃還
想曽湖上前仙哲  《鼇頭:想丈山叟似当在鴨川在石場則似当懐棠樹先生》
夙辞貂蝉消日月 《夙辞貂蝉日月閑》
我賦去留何日能 《我賦帰去何日能》
洗杯大湖評廢興
[湖]山閲人々幾許
醉向湖山問不譍
 湖上前仙哲之句一作六々山下客

 浪華の帰途、大津石場の店に飲みての偶作。 《浪華の帰途、大津石場の旗亭に飲みての偶作。》
昨日は浪華、雲端の碧、
今日は湖の上(ほとり)、面前の山。 《今日は琶湖、面前の山。》
山色は依然として終古(とこしへ)に在るも、
人事は変遷して往還、徒(うつ)れり。
想ふ、曽て湖上の前の仙哲、  《鼇頭:丈山叟の当に鴨川に在る似(ごと)きを想ひ、石場に在れば則ち当に棠樹先生(※中江藤樹)を懐ふ似し。》
夙に貂蝉(※美女)を辞して、日月を消せるを。 《夙に貂蝉を辞して、日月閑たるを。》
我が去留を賦すは、何れ日か能くせん。 《我が帰去を賦すは、何の日か能くせん。》
大湖に洗杯して(※世の中の)廢興を評す。
湖山は人を閲す、人は幾許かと。
醉ひて湖山に向ひて、問へども譍(こた)へず。
 「湖上前仙哲」の句、一に「六々山(※三十六峰)下の客」と作す。


〇231.〜〇234. 春日雜詠
脉々軽風蝶舞低
流鶯聲倦彩霞迷
閑園春富花如錦
只恐人来自作蹊

 春日雑詠
脉々たる軽風、蝶舞ふこと低し。
流鶯、聲倦みて彩霞に迷ふ。
閑園、春富みて花、錦の如し。
只恐る、人の来りて自ら蹊(こみち)を作すことを。


烟霞三月酒盈罌
須向鶯花了我生
盤餐侑醉有兼味 《堆盤侑醉有何物》
錦様春魚名是櫻  《鼇頭:応是櫻花鯛》

烟霞三月、酒、罌に盈つ。
須らく鶯花に向ひて我が生を了ふるべし。
盤餐、醉を侑めて味の兼ねる有り。 《堆盤、醉を侑む、何物か有らん。》
錦様の春魚、名は是れ櫻。  《鼇頭:応に是れ櫻花鯛(※桜鯛)なるべし。》


春風不敢与心差 《春風細々靄烟霞》
行楽尋詩弄物華
交無貴賤看花入 《不論貴賤看花入》
子美黄娘處々家  《鼇頭:所謂「景清モ花見ノ座ニハ七兵衛」(※芭蕉の句)》

春風、敢へて心差(たが)ふを与にし、 《春風、細々として靄、烟、霞。》
行楽、詩を尋ねて、物華を弄ぶ。
交りに貴賤なく、花を看て入る。 《貴賤を論ぜず、花を看て入る。》
子美(※杜子美:杜甫)、黄娘、處々の家。
  《鼇頭:所謂「景清モ花見ノ座ニハ七兵衛」(※芭 蕉の句)》


難奈風花飛作塵
日高丈五夢猶親 《日高丈五夢枕衾》
病来更謝高陽侶 《病来総謝高陽侶》
一榻茶烟欲送春

風花、飛んで塵と作るを奈(いか)んともし難し。
日、高く丈五にして、夢猶ほ親し。 《日、高く丈五にして、枕衾親し。》
病来、更に謝す、高陽の侶(※酒の謂)。 《病来、総て謝す、高陽の侶。》(※高陽酒徒)
一榻の茶烟、春を送らんと欲す。


 右乞
正       木邨考再拝

 右、正を乞ふ。       木邨考、再拝す。


《天保癸卯四月望閲之。
幕府発駕於 日光山之第三日也 後藤機妄批》

《天保癸卯(14年)四月望(15日)之を閲す。
幕府、日光山に於いて発駕の第三日なり。後藤機、妄批す。》(※徳川将軍最後の日光参詣)

 後藤松陰との間でやりとりされた詩稿の「通信添削指導」は以上である。この年、天保14年8月4日に寛齋は亡くなっている。
 病中の消息を伝える詩作はあるものの、後藤松陰のコメントに寛齋の健康を気遣う言葉がない。以後どのようなやりとりがあったか(なかったか)不明である。


【C】
『寛齋遺稿』(小原鉄心清書) 80篇  PDF(9.3mb)    弘化五年(1848)二月十四日⦅小野湖山添削⦆, 三月十三日《後藤松陰添削》 (14丁に裏表に表紙を付す。)

 木村寛齋につき入手した詩稿の最後は、次の遺稿である。順番にみてゆき、最後にこの一冊から窺われる事情について思うところを記してみたい。

●01.(初出) 讀陶靖節飲酒詩有感偶然和其韻
城中車馬地
心静忘世喧
臥愛睡味穏
醒知枕几偏
醉腸豈有物
空洞対南山
日出浮雲忙
日暮倦鳥還
悠々宇宙際
真意孵化喙

 陶靖節の「飲酒詩」を読みて感有り、偶然に其の韻に和す。
城中、車馬の地なるも、
心静かにして、世の喧なるを忘る。
臥して愛す、睡味の穏やかなるを。
醒めて知る、枕几の偏(かたよ)れるを。
酔腸、豈に物有らん。
空洞、南山に対す。
日出でて、浮雲忙しく、
日暮れて、倦鳥還る。
悠々たる、宇宙の際。
真意、言ふべからず。


●02.(初出) 早春向島偶作
弄袖軟風吹不多
半瓢春酒醉婆娑
艸芽猶欠闘生力
寸緑半茸纔受靴

 早春の向島、偶作。
袖を弄ぶ軟風、吹けども多ならず。
半瓢の春酒、酔いて婆娑(放恣)たり。
艸芽なほ欠く、闘生の力。
寸緑、半ば茸(しげ)りて、纔かに靴を受く。


●03.(初出) 初夏
林花飄落雨冥々
倒盡閑窓酒幾瓶
偶遇新晴出城去
一声杜宇萬山青

 初夏
林花飄落して雨冥々たり。
倒し尽す、閑窓の酒幾瓶。
偶ま新晴に遇ひ、城を出づ。
一声の杜宇(ホトトギス)、万山青し。


●04.(初出) 題瓢圖
鶴頭蟆腹是天鎔
長塔花前月下笻
能把沈憂化為楽
一瓢不換禄千鐘

 題瓢圖 瓢の図に題す。
鶴頭、蟆(ガマの)腹(※瓢の形容)、是れ天鎔(天地鎔造:自然)。
長塔の花前、月下の笻(つゑ)。
能く沈憂を把りて化して楽と為す。
一瓢(の酒)、換へず、千鐘(多く)の禄に。
鼇頭:⦅「天鎔」ノ字如何。「天造」ト改メ、踏ヲトシ(※韻の踏み落し)ニナスモ可ナラン。⦆


●05.(初出) 客中雨後
蒲団坐冷雨来初
車馬声休夜色虚 ⦅車馬声収夜色虚⦆
獨有客魂猶未穩
閑留餘燭作郷書 ⦅閑留殘燭作卿書⦆

 客中(※旅中)雨後。
蒲団、坐冷ゆ、雨来たる初め、
車馬の声やみて夜色虚し。 ⦅車馬の声収りて夜色虚し。⦆
独り客魂ありて、猶ほ未だ穏かならず、
 閑かに余燭を留めて、郷書(※故郷への便り)を作す。 ⦅閑かに残燭を留めて郷書を作す。⦆


●06.(初出) 題画
日落鐘沈
樹屏雲幄
人去鳥栖
古林老壑

 題画
日は落ち、鐘(鐘音)沈む。
樹の屏、雲の幄(とばり)。
人は去り、鳥は栖(す)む、
古林、老壑(※仙境)に。


●07.(初出) 偶作
眼下花開花落
眼前雲巻雲舒
開落巻舒何極
看取天地真如

 偶作
眼下、花開き花落つ。
眼前、雲巻き雲舒ぶ。
開落巻舒、いづこに極まる。
看取せん、天地の真如(真実)を。


●08.(初出) 春日偶作
入花胡蝶出花遲
逢着飄紅銜取来
更被春風吹轉去
到佗水上忽分離

 春日偶作
花に入る胡蝶、花より出づること遅(のろ)し。
飄紅(※花弁)逢着して、銜み取りて来たる。
更に春風を被り、吹き転じ去り、
水上に到り佗(みだ)れて、忽ち分離す。


●09.(初出) 丙申元日作
笑語辛盤底
東風縁醅春
随人意《改》暖
遂鳥聲回盆
艸姓呼福庭
花名号梅[歳]
歳初新楽事
即我小蓬莱

 丙申(※天保7年)元日作
笑語す、辛盤の底。 ※五辛盤:立春に生菜等をのせた盤
東風、醅春(美酒)に縁る。
人に随ひて意、暖かく改り、
鳥を遂ふて声、盆を回(めぐ)る。
艸姓、福を呼ぶ庭。
花名、梅と号す[歳]。
歳初め、新しき楽事、
即ち我が小蓬莱。(※蓬莱飾り)


●10.(初出) 同大高君及適齋鐵心諸子観櫻于鎌溪有感作
水齧石吐勢如争
溪上捫蘿度崢エ
到無路處更得路
於有路邉忽失路
世途荊棘亦如斯
一失一得有所悟
倦立巌頭句熟遲
山花高興[浮]雲齊
遥麾後伴呼杯酒
風掠人声達前谿

 大高君及び適齋、鐵心の諸子と同(とも)に桜を鎌溪(※霞間ヶ渓:かまがたに)に観る。感有りて作る。
水、石を齧んで吐く、勢ひは争ふ如し。
溪上、蘿を捫(さす)りて崢エを渡る。
路なき処に到りて、更に路を得、
路有る辺りに於て、忽ち路を失ふ。
世途の荊棘(世の困難)、また斯の如く、
一失一得、悟る所あらん。
倦みて巌頭に立てば、句の熟すこと遅く、
山花は興高くして、雲を浮ばすこと斉し。
遥かに後伴を麾(さしまね)きて杯酒を呼べば、
風は人声を掠め(※谺となって)、前谿に達す。


●11.春日田家即事(◎09.に改作)
驟暄雨近気如醺
斜日林邉生晩烟
撲面蜉蝣村巷暮
童謡背上稚児眠

 春日、田家の即事(※景色)。
驟(には)かに暄にして雨近く、気、醺ずるが如し、
斜日の林辺、晩烟を生ず。 《斜日の林辺、淡烟を生ず。》
面を撲つ蜉蝣、村巷、暮れ、
背上に童謡して稚児は眠れり。


●12.●13.(初出) 南宮山即事
陰々嵐気拂吟袍
山觜如刪石似刀 ⦅山似迸圍石似刀⦆
魑魅語聞人不到
檜杉疎處塔尖高

 南宮山の即事
陰々たる嵐気、吟袍を払ひ
山觜は刪るが如く、石は刀に似たり。 ⦅山は屏の圍むに似て、石は刀に似たり。⦆
魑魅の語るを聞きて、人、到らず、
檜杉の疎らなる処、塔、尖りて高し。


斬賊關原開太平
炊烟戸々午風清
擬探残壘談今昔
唯有鳴蟬代闘声 ⦅唯有鳴蟬代戦声⦆

賊を関原(関ケ原)に斬りて太平を開く。
炊烟戸々、午風清し。
残塁を擬(おしはか)り探して今昔を談ず。
ただ鳴蟬の闘声に代る有り。 ⦅ただ鳴蟬の戦声に代る有り。⦆


●14.(初出) 西疇老人宅賞雪
積雪皚々白射顔
遠如粉壁近如刪
一郷景色常経眼
今日来看未見山

 西疇老人宅にて雪を賞す。
積雪皚々たり、白、顔を射す。
遠くは粉壁の如く、近くは刪(※柵?)の如し。
一郷の景色は、常に眼を経たるも、
今日来って看れば未見の山。


●15.●16.(初出)●17.(◎10.に改作) 六月五日記事 《霖後記事》
風死雲驕未掃霖
蛙栖蛍室水皆侵
一枝析竹波心標
先[搯]爪痕検深

 六月五日の記事 《霖後の記事》
風死して雲驕り、未だ霖を掃はず、
蛙の栖、蛍の室、水みな侵す。
一枝、竹を析(さ)く、波心の標(しるし)に、
先づ爪痕を搯(と)りて、浅深を検す。


連霖鎖閘水來初
暴漲看々失井渠
指點游魚三五六
引將婢妾到階除

連霖、閘(水門)を鎖す、水の来る初め
暴漲して、看る看る、井渠を失す
游魚を指点すれば三五六、
婢妾を引将(ひき)いて、階除に到る。


堤防告急吏如争
竟夜城頭有櫓声
吟魔却是窺餘際 ⦅吟魔却是窺微隙⦆
引起江湖晩泊情

堤防急を告ぐ。吏、争ふ如し。
竟夜(夜すがら)城頭、櫓声有り。
吟魔、却って是れ余際を窺ふ。 ⦅吟魔却って是れ微隙を窺ふ。⦆
引き起す江湖(揚子江・洞庭湖)晩泊の情。


●18.(初出) 詠美人
雲雨巫山誰寄情
峨眉濃淡[與]時争
低鬟羞澁無言裡
一朶鴛[釵]落有声

 詠美人
雲雨の巫山、誰か情を寄す。
峨眉の濃淡、時に興じて争ふ。
低鬟羞渋(※恥じらふ様)、無言の裡、
一朶の鴛釵(かんざし)、落ちて声有り。

●19.(初出) 義経
西走東奔皆虎狼
形躯雖小遁無方
豬武如今墜荊棘
可憐窮喘舊牛郎

 義経
西走東奔するは皆な虎狼にして、
形躯、小なりと雖も遁ぐるに方なし。
豬武も如今は荊棘に墜つ。
憐むべし、窮まり喘ぐ旧(も)と牛郎(※牛若丸)


●20.〜●23. 聞野上驛有暴風雨。時余抱痾在褥。病間擬小楽府記其事。天保七年丙申六月十八日也 (◎01.〜04.)
 《野上驛有暴風雨。乃記其事擬小楽府。時■天保七年丙申六月十八日也。》 鼇頭:《四首並可収》
北山雲人立
倏[與]南雲合
怒雷如礟雨如縄
家中咫尺叫不答

 野上驛に暴風雨あるを聞く。時に余痾を抱きて褥に在り。病間、小楽府に擬へて其の事を記す。天保七年丙申六月十八日也。
 《野上驛に暴風雨あり。乃ち其の事を記して小楽府に擬す。時■天保七年丙申六月十八日也。》 鼇頭:《四首並べて収むべし》
北山、雲、人立たり。
倏(たちま)ち南雲と合す。
怒雷は礟の如く、雨は縄の如し。
家中、咫尺、叫べども答へず。


暴風闘疾霆
黒雲壓山根
何論黄龍力負舟
飈風巻屋天雨人

暴風は疾霆と闘ひ、
黒雲は山根を圧す。
何ぞ論ぜん、黄龍の力、舟を負ひ、
飈風、屋を巻き、天、人に雨するを。


戕風屋皆仆
餘勢折大樹
天色一時黒如漆
這中有物蜿雲去

戕風(暴風)、屋みな仆れ、
余勢、大樹を折る。
天色一時、黒きこと漆のごとく、
この中に物あり、雲を蜿(うね)らせて去る。


老松皆倒野
何暇救死者
松倒人死風方休
人身碎在龍鱗下

老松みな野に倒れ、
何ぞ死者を救ふ暇(いとま)あらん。
松倒れ人死して、風まさに休(や)む。
人身、砕けて龍鱗の下に在り。


●24.(初出) 帰路聞虫
酔歩不嫌帰路脩
涼風入夜露叢[幽]
倚笻子細聞虫語
種々声成一種秋

 帰路聞虫
酔歩嫌はず、帰路の脩(なが)きを。
涼風夜に入りて、露叢、幽なり。
笻に倚り子細に虫語を聞く。
種々の声が成す一種の秋。


●25.(初出) 題画
霜樹糢糊日未昇
前灘水涸岸将崩
渡舟[遙]在風烟裡 ⦅渡舟遙在殘烟裡⦆《渡舟遙在荒烟裡》
獨立打包沙上僧

 題画
霜樹、糢糊たり、日、未だ昇らず、
前灘、水涸れて、岸、将に崩れんとす。
渡舟、遥かに在り、風烟の裡、 ⦅渡舟、遥かに在り、殘烟の裡、⦆《渡舟、遥かに在り、荒烟の裡、》
独り立ちて打包(梱包)する沙上の僧。


●26.●27.(初出) 梅花
山傍水次數株梅
香入春風自去来
厭密耽踈亦堪笑
此花不為世人開

 梅花
山傍の水次(※水注)、数株の梅。
香、春風に入りて自ら去来す。
密を厭ひて踈に耽る、また笑ふにへたり。
此の花、世人の為ならず開く。


昨賞半開今已萎
歓娯畢竟不多時
春風夢断邯鄲枕
人[與]梅花幾盛衰

昨は半開を賞するも今、已に萎む。
歓娯、畢竟、多時ならず。
春風、夢断たる邯鄲の枕(※故事)。
人と梅花と幾盛衰あらん。


●28.(初出) 春夜分韻
春夢朦朧夜欲闌
風吹帰雁《叫》雲端
起消残醉吟長句
月在梨花影不寒

 春夜分韻
春夢朦朧として夜、闌(たけなは)ならんと欲し、
風吹きて帰雁、雲端に叫ぶ。
起きて消ゆ残醉、長句を吟ず。
月在りて梨花、影、寒からず。


●29.(初出) 秋日暁行
新涼人意健
早起出城行
葉露滴如雨
林蝉未發声

 秋日暁行
新涼、人意健かに、
早起して城を出でて行く。
葉露、滴は雨の如く、
林蝉、未だ声を発さず。


●30.(初出) 初秋分韻
落月光中臥琢詩
漸知涼気上鬚眉
書窓半夜雨風細 《書窓半夜西風細》
蟋蟀帯声投翠帷

 初秋分韻
落月光中、臥して詩を琢す。
漸く(次第に)涼気の鬚眉に上るを知る。
書窓半夜、雨風細かなり。 《書窓半夜、西風細かなり。》
蟋蟀、声を帯びて翠帷に投ず。


●31.寒夜(◎12.)
醉夢醒来夜若何
池窓残燭受風多 ⦅疎窓残燭受風多⦆
脚婆湯冷衾如水
水鳥相呼一陣過 ⦅驚鳥相呼一陣過⦆

 寒夜
酔夢、醒め来たる、夜をいかんせん。
池窓の残燭、風受けること多し。 ⦅疎窓の残燭、風受けること多し。⦆
脚婆(足元の湯たんぽ)湯冷へ、衾、水の如し。
水鳥相呼びて(※風と共に)一陣過ぐ。 ⦅驚鳥相呼びて一陣過ぐ。⦆


●32.(初出) 春日偶作
南軒烘背睡生魔
午後軽陰醸暖和
知是春神恩及物
梅邉鴃舌学鶯歌

 春日偶作
南軒、背を烘(あぶ)りて、睡きこと魔を生ず。
午後の軽陰、暖和を醸せり。
知んぬ、是れ春神の恩を物に及すこと。
梅辺の鴃舌※、鶯歌を学ぶ。(※モズは鳴きまね上手。)


●33.(初出) 田家
市散山村風颯々
楚言越語相呼答
驚騰笑過醉帰路
叠作林間牛糞塔

 田家
市、散じて山村、風、颯々たり。
楚言越語(各地の方言)、相ひ呼び答ふ。
驚騰して笑ひ過ぐ、酔帰の路、
林間に畳(かさ)ねなす牛糞の塔


●34.(初出) 題画
頭上山高雲自遮 ⦅屋上山高雲自遮⦆
路當巌脚折還斜
炊烟隔竹皆人處
一澗水分千百家

 題画
頭上、山高くして雲自ら遮らる。 ⦅屋上、山高くして雲自ら遮らる。⦆
路、巌脚に当りて、折れ還た斜めなり。
炊烟、竹を隔てて、皆な人處(を)り、
一澗、水は分かつ、千百の家。


●35.(初出) [夏]日偶作
汗眼生花書懶披 ⦅困眼生花書懶披⦆
槐陰濃處巻羅帷
好牽燕子三間屋 ⦅侭牽燕子三間屋⦆
纔養魚苗二尺地 ⦅纔養魚苗数尺地⦆
経雨青苔埋鳥篆
飄風病葉罥蛛絲
我園掌大還堪楽
午睡醒初茶熟時

 夏日偶作
汗眼、花を生じて(※疲れ目)、書、披くに懶し。 ⦅困眼、花を生じて、書、披くに懶し。⦆
槐陰、濃き処、羅帷を巻く。
好し、燕子を牽く、三間の屋。 ⦅まま、燕子を牽く、三間の屋⦆
纔かに魚苗を養ふ、二尺の地。 ⦅纔かに魚苗を養ふ、数尺の地。⦆
雨を経て青苔は鳥篆を埋め、(※篆書に形容す)
飄風、病葉は蛛絲を罥(※掛)く。
我が園、掌(てのひら)大なるも還た楽に堪へたり。
午睡の醒める初め、茶の熟(にゆ)る時。


●36.(初出) 城頭秋望分韻
秋晴天若洗
長郭起軽塵
駆馬農輸税
停車吏納薪
木踈城脚露
風冷塹波皴
楼閣斜陽麗
松暮鳥馴

 城の頭(ほとり)の秋望、韻を分く。
秋晴れて天、洗ふが若きも、
長郭に軽塵は起く。
馬を駆り、農は税を輸(はこ)び、
車を停めて、吏は薪を納む。
木は踈らにして、城脚露はれ、
風は冷えて、塹波皴みたり。
楼閣の斜陽、麗らかにして、
松高く暮鳥、馴(おとな)し。


●37.(初出) 公命月溪刻印章使(臣考)下字恭書此詩奉呈
一時承命筆将揮
只恐狂踈與古違
小篆書成侍従字
忽知毫未含光輝

 公、月溪に印章を刻するを命じ、臣考(※考:寛齋の名)をして字を下さしむ。此詩を恭書して奉呈す。
一時、命を承りて筆、将に揮はんとす。
只だ恐る、狂踈にして古(いにしへ)と違ふことを。
(※印章の)小篆の書成る、侍従の字
忽ち知る、(※わが)毫(ふで)の未だ光輝を含まざるを。


●38.(初出) 夜帰戯作 ⦅戯作⦆
娼家張燭捲鴛幃 ⦅紅楼張燭捲鴛幃⦆
別有世間忘是非 ⦅別有仙寰忘是非⦆
狂客遠尋前夜夢 ⦅客枕遠尋前夜夢⦆
竹輿軋々雁声飛

 夜帰戯作 ⦅戯作⦆
娼家、燭を張り鴛幃を捲く。 ⦅紅楼、燭を張り鴛幃を捲く。⦆
別に世間有りて是非を忘る。 ⦅別に仙寰有りて是非を忘る。⦆
狂客は遠く尋ぬ、前夜の夢。 ⦅客枕、遠く尋ぬ、前夜の夢。⦆
竹輿、軋々として雁声飛べり。


●39.(初出) 同五山南溟閑林蹄齋會寫山書画筵遂又到川長楼宴焉 《同五山南溟遊墨水帰途重座飲川長楼》
絃歌竟日酒如泉
前岸抛舩又上筵 ⦅復出楼舩上綺筵⦆
半醒半醉慵重酌 ⦅瞢騰我醉慵重酌⦆
立見斜陽映夕川

 五山、南溟、閑林、蹄齋とともに写山の書画の筵に会し、遂にまた川長楼の宴に到る。(※菊池五山・春木南溟・岡田閑林・蹄斎北馬・写山[谷文晁]) 《五山南溟とともに墨水に遊び帰途、重ねて川長楼に飲む。》
絃歌竟日(※終日)、酒、泉の如し。
前岸、舩を抛りてまた筵に上る。 ⦅復た楼舩を出でて綺筵に上る。⦆
半醒半醉、重ねて酌するに慵く、 ⦅瞢騰たる我が酔ひ、重ねて酌するに慵く、⦆
立ちて斜陽の夕川に映るを見る。


●40.(初出) 初夏偶作
送春難送懶
課讀未終切
材[與]不材際
智将無智中
夢閑身化蝶
茶熟腋生風
兀坐午窓底
槐陰鳩語通

 初夏偶作
送春、送り難くして懶し。
課読、未だ切り終らず。
材と不材との際、
智は将に無智ならんとする中。
夢、閑にして身は蝶に化し、
茶、熟えて腋に風を生ず。
兀坐す、午窓の底、
槐陰、鳩語通へり。


●41. 喫粥(〇223.)
和将菉豆不裨餐
纔抹鹽花渋肺肝
気味従来淡如水
欲供君子訂交歓

 粥を喫す。
和えるに緑豆を将てするも、餐を裨(たす)けず。
纔かに鹽花を抹すれば肺肝に渋し。
気味は従来、淡きこと水の如くして、
君子の訂交の歓に供さんと欲す。


●42. 放虫(〇006.を改作)
紗籠瑣汝亦非情 ⦅紗籠瑣汝亦何情⦆
親放前庭栖露荊 ⦅放向前庭栖露荊⦆
却愛暗燈踈雨夜
淒喑還到枕頭鳴

 放虫
紗籠に汝を瑣す、また非情なり。 ⦅紗籠に汝を瑣す、また何の情ぞ。⦆
親しく前庭に放ちて露荊に栖はす。 ⦅放ちて前庭に向かひ、露荊に栖はす。⦆
却って愛す、暗燈、踈雨の夜。
淒喑(≒鳴)、また枕頭に到りて鳴く。


●43. 盆梅 (〇014.を改作)
託根盆裡置爐頭
随分清香撲鼻幽
三椀芳醪一肱夢
夢魂亦是小羅浮

 盆梅
盆裡に根を託して、爐頭に置く。
随分(著しい)の清香、鼻を撲ちて幽たり。
三椀の芳醪、一肱の夢
夢魂また是れ小羅浮(仙境)


●44. 春夜客至喜賦(〇036.を改作)
有花有淡影
有月有清香
有花有月若無酒
其奈今[宵]花月光
踈檐況又君来語
急喚家童沽清醑
吟哦声高夜何其
牽将餘興就園圃
一飲休辞釂千杯
好蹈月花送君回

 春夜、客至りて喜び賦す。
花有り淡影有り、
月有り清香有り。
花有り月有り、若し酒なくんば、
其れ今宵の花月の光をいかんせん。
疎檐、況して又た君来りて語る。
急(せ)いて家童を喚びて、清醑(うまざけ)を沽(か)はしむ。
吟哦、声高くして、夜は何ぞ其れ、
餘興を牽将きて、園圃に就かん。
一飲、辞するを休めよ、千杯釂(のみほ)せ。
好し月花を踏みて、君を送りて回らん。


●45. 偶成(〇039.を改作)
吾性愛山又愛詩
詩中自有山水奇
山翠水緑一思之
宛然似[與]吟意期
幽庭花落春日遅
緑陰午静睡起時
不穿棕履不扶杖
偶然吐出幾厜㕒
真山是物従外至
詩中之山出於思
誰知我身在塵境
[浮]嵐散烟撲鬚眉 ⦅浮嵐暖烟撲鬚眉⦆

 偶成
吾が性、山を愛し、また詩を愛す。
詩中、自ら山水の奇有り。
山翠と水緑と、一に之を思ひ、
宛然、与(とも)に似る、吟意の期に。
幽庭、花落ちて春日遅く、
緑陰、午静かにして睡起する時。
棕履を穿かず、杖を扶(つ)かず、
偶然、吐出す、幾厜㕒。
真(まこと)の山は是の物、外より至り、
詩中の山は、思ひより出づ。
誰か知らん、我身の塵境に在るを。
浮嵐、烟を散じて鬚眉を撲つ。 ⦅浮嵐の暖烟、鬚眉を撲つ。⦆


●46. 歳晩(〇043.を改作)
敢将抗直在官途
言総踈狂行総迂
不是我君明且恕
底縁又送一年愚

 歳晩
敢て抗直(※剛直)を将て、官途に在り。
言は総て踈狂にして、行は総て迂。
是れ我が君の明かつ恕ならずや。
なにに縁りてか又、一年の愚を送らん。


●47. 一日嶋村大人見過村荘。大人時将東帰賦此以贈(〇050.を改作)
今日是何日
一樽村酒牽佳人
寒厨縦令供給乏
談話只忻交情親
松下洗盃水激手
檐端呼茶花撲首
相逢之觴即別觴
他日相思付杯酒
人事如此醉休辞
續此歓娯知何時

 一日嶋村大人、村荘を過らる。大人時に将に東帰せんとす。此を賦して以て贈る。
今日は是れ何の日ぞ。
一樽の村酒、佳人を牽く。
寒厨、たとい供給乏しくとも、
談話ただ忻(よろこ)ぶ、交情親しきを。
松下に盃を洗へば、水、手に激(たぎ)り、
檐端に茶を呼べば花、首を撲つ。
相ひ逢ふの觴は、即ち別觴、
他日、相ひ思はん、杯酒に付きしを。
人事、此の如し。醉はん、辞するを休めよ。
此に續く歓娯、何れの時か知らん。


●48. 夏日(〇52.を改作、◎11.)
急雨傾檐角鳴 
満庭黄潦欲成泓 ⦅満庭黄潦[与階平]⦆《満庭黄潦欲成泓(※イキ)》
奔雷忽攪閑眠去
一枕涼風竹樹声

 夏日
急雨、盆を傾けて檐角鳴る。
満庭の黄潦、泓(ふち)に成らんと欲す。 ⦅満庭の黄潦、階と与(とも)に平らなり。⦆《満庭の黄潦、泓(ふち)に成らんと欲す。※イキ:湖山の添削を松陰が取り消し復している》
奔雷、忽ち閑眠を攪(みだ)して去る。
一枕の涼風、竹樹の声。


●49. 田家(〇080.を改作)
茅檐斜照雨将収
蓑笠帰来泥路脩
頼有門前流水在
故尋浅處洗耕牛

 田家
茅檐の斜照(※夕陽)、雨、将に収らんとし、
蓑笠にて帰り来て、泥路は脩(なが)し。
頼(さひはひ)に門前に流水の在る有り
故に浅き處を尋ねて耕牛を洗へり。


●50. 山居(〇089)
板屋欹傾傍碧巒
柴門鎖在白雲端
閑中忙事還堪笑
手斫溪藤縛曲欄

 山居
板屋、欹傾(一方に傾斜)して、碧巒の傍(かた)にあり、
柴門、鎖して白雲の端に在り。
閑中の忙事、還た笑ふに堪へたり。
手づから溪藤を斫りて、曲欄を縛す。


●51. 春宮怨(〇096.)
痴夢醒来獨坐愁
寶鳬香尽夜窓幽
膝上雲和拂誰得
月落海棠花外樓

 春宮の怨
痴夢、醒め来り、獨坐して愁ふ。
寶鳬の香尽きて、夜窓、幽かなり。
膝上、雲和す、拂へど誰か得ん。
月は海棠に落つ、花外の楼。


●52. 柳陰呼渡図(〇105.)
雨餘待渡暫徘徊
鴉背夕陽山色開
烟著楊林濕不散
水穿沙岸阽将隤
賣魚声入灘声断
皷棹響和人語来
側見軽艖醉帰客
幾枝紅白戴花回

 柳陰、渡しを呼ぶの図
雨餘、渡しを待ちて、暫く徘徊す。
鴉背の夕陽、山色開く。
烟は楊林に著きて、濕りて散ぜず。
水、沙岸を穿ち、阽(※危険)にして将に隤(くづ)れんとす
賣魚の声入りて、灘声断ち、
皷棹の響き和して、人語来る。
側見す、軽艖の醉帰の客、
幾枝の紅白、花を戴きて回るを。


●53. 寶光院観古鏡。鏡背有細波紋、句中故及(〇134.)
久矣其人死
孤光出古墳
土気蝕氷質
苔暈乱波紋
昔照英雄面
今埋古寺雲
盛衰何足弔
逝者日芸々

 寶光院、古鏡を観る。鏡背に細かき波紋有り、句中故に及ぶ。
久しいかな、其の人の死。
孤光、古墳に出づ。
土気、氷質を蝕み、
苔暈、波紋を乱す。
昔照す、英雄の面、
今埋む、古寺の雲。
盛衰、何ぞ弔ふに足らん。
逝く者は日(ひび)に芸々(※うんうん 沢山)。


●54. 春日野行途中(〇137.)
一歩又一歩
一歩[興]不空
鳥迎吟笻語
花経昨雨紅
酒杯有醒醉
行楽無西東
春不敢負我
我亦与春同
三春多少[興]
總在歩々中

 春日、野行途中
一歩、また一歩
一歩、興、空からず。
鳥は迎ふ、吟笻の語、
花は経る、昨雨の紅
酒杯、醒醉有り、
行楽、西東無し。
春は敢へて我に負(そむ)かず、
我また春と同(ともに)す。
三春、多少の興、
總て歩々の中に在り。


●55. 夏夜偶作(〇147.を改作、◎05.)
子規声裡夜蕭々
倚壁紗燈影欲消
一局残棋人去尽
茅檐踈雨滴芭蕉

 夏夜偶作
子規声裡、夜蕭々たり。
壁に倚れば紗燈、影、消えんと欲す。
一局の残棋、人は去り尽し、
茅檐の踈雨、芭蕉に滴す。


●56. 東山春興次細香韻 ⦅東山春遊次細香韻⦆(◎06.)
霞気薫人日未斜
醉餘吟歩興情加
可憐雛妓為何事
抽取銀釵串落花

 東山の春興、細香(※江馬細香)の韻に次す ⦅東山の春遊、細香の韻に次す⦆
霞気は人を薫じて日、未だ斜めならず。
醉餘、吟歩すれば興情加はる。
可憐なる雛妓、何事をか為す。
銀釵を抽き取り、落花を串(つらぬ)く。


●57. 次留別韻送右近和尚之京(〇129.)
[窓]外花残雨氣凄
一茶牽袂別思迷
休言此去如雲水
飛鳥知帰日暮啼

 留別の韻に次して右近和尚の京に之(ゆ)くを送る。
窓外に花、殘りて、雨気凄し。
一茶、袂を牽いて別思に迷ふ。
言ふを休めよ、此れ去るは雲水の如しと。
飛鳥も帰るを知りて、日暮には啼かん。


●58. 書窓梅(〇207.)
吟邉横影映書幃
寒月初昇烟霧飛
花落硯池和墨寫
寫来詩句有餘馡

 書窓の梅
吟邉の横影、書幃に映じ、
寒月、初めて昇りて、烟霧飛ぶ。
花は研池に落ち、墨に和して写す。
写し来り、詩句の餘馡有るを。


●59.(新出) 新竹
露葉當[窓]午帯烟
嫩竿添得一年々 ⦅嫩梢添得一年々⦆
此君元有清涼質
隔断人間苦熱天

 新竹
露葉、窓に當りて、午、烟を帯ぶ
嫩竿、添へ得たり、一年々 ⦅嫩梢、添へ得たり、一年々⦆
此の君(竹は)もと清涼の質有りて
隔て断つ、人間の苦熱の天


●60.(新出) 寄懐道如禪師
頭陀無定處
一旦出城行
香火佛前冷
塵埃胸裡生
風雲千里夢 ⦅風烟千里夢⦆
水月故交情
何日對禪榻
茶烟尋舊盟

 道如禪師に寄懐す
頭陀、定處なく
一旦、城を出でて行く
香火、佛前に冷やかに
塵埃、胸裡に生ず
風雲、千里の夢 ⦅風烟千里の夢⦆
水月、故交の情
何れの日か禪榻に對し
茶烟、舊盟を尋ねん


●61. 送阿母遊京到垂井驛而別(〇217.を改作、◎07.に改作)
山程春盡百花空
鳥語水声離恨濃
驛外分襟猶佇立 ⦅驛外分襟猶拝辭⦆
依稀笠影隔行松

 阿母の京に遊ぶを送りて垂井驛に到り而して別る。
山程、春盡きて百花、空し。
鳥語水声、離恨濃かなり。
驛外に襟を分ちて猶ほ佇立す。 ⦅驛外、襟を分ちて猶ほ辭を拝す。⦆
依稀たる笠影、行(ぎょう)松を隔つ。


●62. 早赴養老途中(〇189.)
[鷄]鳴村尚暗
吟歩赴飛鴉
零露三叉路
炊[烟]数處家
葉空林影薄
水涸岸根斜
前渡行人少
蘆花掩浅沙

 早(つと)に養老に赴く途中
鷄鳴、村なほ暗く、
吟歩、飛鴉と赴く。
露を零す、三叉の路、
炊烟、数處の家。
葉は空しく、林影、薄く、
水は涸れ、岸根(垠:きし)斜めなり。
前渡、行人少くして、
蘆花、浅沙を掩へり。


●63.押越村待螺山蛙亭細香伴 ⦅押越村待螺山蛙亭細香諸友来⦆(〇192.を改作)
小詩初就酒須求
一路秋山景色幽
待友緩行溪水畔 ⦅小憩待人溪水畔⦆
風飄紅葉満涓流

 (多芸郡)押越村、螺山、蛙亭(※栢淵蛙亭)、細香(※江馬細香)を待ちて伴ふ。 ⦅押越村に待つ。螺山、蛙亭、細香の諸友、来たり。⦆
小詩、初めて就き、酒須らく求むべく、
一路秋山、景色、幽たり。
友を待ち緩(ゆる)う行く、溪水の畔(ほとり) ⦅小憩、人を待つ溪水の畔⦆
風は紅葉を飄(ひるがへ)して、涓流に満つ


●64.(初出) 秋夜甲子亭偶作
銀燭影残宵欲闌
絃歌声罷醉心寒
時有丫鬟拝新月
風吹細語過欄干

 秋夜、甲子亭の偶作
銀燭の影残りて、宵は闌(たけなは)ならんと欲す。
絃歌の声罷(や)みて、醉心は寒し。
時に丫鬟(あかん:侍女)、新月を拝し、
風、(彼女らの)細語を吹きて欄干を過(よぎ)る有り。


●65.(初出) 高雄山看楓
高雄之山高而雄
清瀧之川清而鮮
仰[観]天上細楓錦
俯瞰下界赤葉妍
塵事界懐非我意
単旅聊足慰愁思
白石清泉茶可煎
野核山肴可以醉
世途到處肝膽寒
帰去何日有此歓
今日俯仰非今日
人生総是俯仰間

 高雄山(※京都)の看楓
高雄の山、高くして雄たり。
清瀧の川、清くして鮮らし。
天上を仰ぎ観れば、細楓の錦、
下界を俯瞰すれば、赤葉の妍(美)。
塵事界の懐ひは、我意に非ず、
単(ひと)り旅、聊(いささ)か足る、愁思を慰むに。
白石清泉、茶は煎(に)るべく、
野核山肴、以て醉ふべし。
世途は到る處、肝膽寒からしむ。
帰去すれば何れの日にか此の歓有らん。
今日の俯仰、今日に非らざるとも、
人生、総て是れ俯仰の間ならん。


●66.(初出) 宿嵐山
低檐踈處見星傾 ⦅低檐踈處見残星⦆
四壁蕭條知幾更 ⦅四壁蕭條夜幾更⦆
石際水声當枕碎
山間松籟破眠清
残燈漸暗無人語 ⦅残燈漸暗絶人語⦆
落葉微音覚鹿行 ⦅落葉有聲知鹿行⦆
雲外有緑吾意了 《雲外喜吾浄縁在》
静思詩句到天明

 嵐山に宿す
低檐、踈らな處、星の傾くを見る。 ⦅低檐、踈らな處、残星を見る。⦆
四壁蕭條として、知んぬ幾更ならん。 ⦅四壁蕭條、夜、幾更ならん。⦆
石際の水声、枕に當りて碎かれ、
山間の松籟、眠りを破りて清し。
残燈、漸く(次第に)暗く、人語無く、 ⦅残燈漸く暗く、人語絶え、⦆
落葉微音、鹿の行くを覚ゆ。 ⦅落葉、聲有りて鹿の行くを知る。⦆
雲外、緑有らば吾が意は了す。 《雲外、吾を喜ばす浄縁在り。》
静かに詩句を思ひて、天明に到らん。


●67.(初出) 冬夜
爐留蛍火暖回遅
飛雪侵窓手欲亀
田畝禾空鼠帰屋
野川水涸獺窺池
早梅寒菊瓶雙膽
富貴高名酒一巵 ⦅富貴功名酒一巵⦆
獨閲陳編眠未著
水心凍徹漏声痴

 冬夜
爐は蛍火を留めども、暖、回ること遅く、
飛雪、窓を侵して手は亀(あかぎれ)ならんと欲す。
田畝に禾は空しく、鼠は屋に帰り、
野川に水は涸れて、獺は池を窺ふ。
早梅寒菊は、瓶は雙膽(二つの胆瓶:首長花瓶)に、
富貴高名も、酒の一巵に。 ⦅富貴功名も、酒の一巵に。⦆
獨り編を陳べ閲して、眠り未だ著かず。
水心は凍徹して、漏声(水時計)痴(おこ)たり。


●68. 春日晩帰(初出)
農家断続水西東
春月朧夕夜色空
但認人声人不見 ⦅唯有人声人不見⦆
燈光隠約柳烟中 ⦅依微燈影柳烟中⦆

 春日晩帰
農家は断続す、水の西東、
春月は朧ろの夕べに。夜色、空たり。
但だ人声認めて人を見ず、 ⦅唯だ人声有りて人を見ず、⦆
燈光は隠約(模糊)たり、柳烟の中。 ⦅依微(模糊)たる燈影、柳烟の中。⦆


●69. 鐵心居即事 《訪小原栗卿共歩其園中何有此作》(◎08.)
午風扇暖小園中
雨後月柔苔色同 ⦅雨後幽蹊苔色同⦆
山櫻時節知應近
未著花枝已帯紅

 鐵心居にて即事。 《小原栗卿を訪ひ共に其園中を歩む、何ぞ此の作有らん。》
午風、暖を扇ぐ、小園の中。
雨後の月柔かく、苔色と同じくす。 ⦅雨後の幽蹊、苔色と同じくす。⦆
山櫻の時節、應に近かるべきを知る。
未だ花枝を著けざるも已に紅を帯ぶ。


●70.(初出) 見賣土偶人者
伏水陶工巧寫神
街頭弛檐衒時新 《街頭弛檐鬻時新》
女郎侠客又良主 ⦅女郎侠客又名士⦆
呼紫喚紅人賣人

 土偶人なる者(土人形)を賣るを見る。
伏水(伏見)の陶工、巧みに神を寫す。
街頭、檐を弛(はづ)して、時新(流行)を衒(てら)ふ。 《街頭、檐を弛して、時新を鬻(ひさ)ぐ。》
女郎、侠客、又た良主 ⦅女郎、侠客、又た名士⦆
紫を呼び紅を喚び、人が人を賣る。


●71.●72.(初出) 早春偶作 二首
日暖迁鶯語 ⦅日暖黄鶯語⦆
泥融一路霜
枯笻憩還歩
歩々野梅香 ⦅歩到野梅荘⦆


 早春の偶作 二首
日暖くして鶯語迁(移)り、 ⦅日暖くして黄鶯は語り、⦆
泥に融(とけ)る、一路の霜。
枯笻、憩ひ、還た歩む。
歩々、野梅の香。 ⦅歩み到る、野梅の荘。⦆


檐外茶香散
墻頭梅影横
躊躇猶未入
倚杖聴椹声 《倚杖聴碪声》

檐外、茶香散じ、
墻頭、梅影横たふ。
躊躇して猶ほ未だ入らず、
杖を倚(よ)せて椹声(きぬたの音)を聴く。 《杖を倚せて碪声を聴く。》


●73.(初出) 四十賀題巻後 《四十誕辰題賀巻後》
東風四十入春天
多謝吟盟寄賀篇
称老最初何所喜
巻中収得幾千年 ⦅巻中収得幾神仙⦆

 四十賀、巻後に題す 《四十誕辰、巻後に賀を題す》
東風、四十、春天に入り、
多謝す、吟盟の賀篇に寄せるを。
(40才は)老いを称へる最初、何れの所をか喜ばん。
巻中に収め得る、幾千年 ⦅巻中に収め得る、幾神仙⦆


●74.(初出) 秋夜感懐
秋夜一何長
眠醒冷臥[壮]
虫鳴風寂々
燈暗意茫々
微感至深感
結腸成断腸 ⦅回腸成断腸⦆
獨将不平事 ⦅悠々不平事⦆
欹枕遅晨光 ⦅撫枕待晨光⦆

 秋夜感懐
秋夜、一に何ぞ長き。
眠り醒めれば、冷臥壮たり
虫鳴き、風は寂々、
燈暗く、意は茫々。
微感、深く感じ至り、
結腸、断腸と成る。 ⦅回腸、断腸と成る。⦆
獨り不平の事を将(も)って、 ⦅悠々たり不平の事、⦆
枕を欹てて晨光を遅(ま)つ。 ⦅枕を撫して晨光を待つ。⦆


●75.(初出) 冬日山居
萬嶽成濤澹夕暉
寒雲如席覆柴扉
一天雪意骨先識
急霰時兼黄葉飛

 冬日山居
萬嶽、濤と成りて夕暉を澹(たた)ふ。
寒雲は席(むしろ)の如く柴扉は覆へり。
一天の雪意、骨は先づ識る。
急霰、時を兼ねて、黄葉を飛ばす。


●76.(初出) 秋夜
低牀薄被学痴蝿
一縷  吟欲凝 《一縷《香烟ナドヲ脱スルカ》吟欲凝》
縦遇好朋身是客
雖餐鮮肉意如僧
寒風吹破々窓夢
倦枕照殘々夜燈
更有郷愁消不得
屏遮醉影轉凌兢

 秋夜
低牀の薄被、痴蝿を学び、
《一縷の香烟、吟、凝(こら)さんと欲す。》
縦(たと)へ好き朋に遇へども、身は是れ客にして、
餐に肉鮮(すくな)しと雖も、意は僧の如し。
寒風、吹き破る、破窓の夢、
倦枕、照らし殘す、殘夜の燈。
更に郷愁の消し得ざる有り。
醉影を屏遮して、轉(うた)た凌兢(寒凉)。


●77.(初出) 題猫図 《題画猫図》
久蒙重褥愛
寧復羨溪魚
寄語鳥圓子
勿令鼡噛書

 猫図に題す 《猫図に題画》
久しく重褥の愛を蒙むる、
寧(なん)ぞ復た溪魚を羨まんや。
語を寄す、鳥圓子、
鼡(ねづみ)をして書を噛ましむるなかれ。


●78. 吾患腹痛偶有此作録寄厳齋兄 ⦅病中有作録寄厳齋兄⦆ 《病中有作録贈小原栗卿》(〇220.◎13.)
臥枕三旬病未瘳 ⦅伏枕三旬病未瘳⦆
詩心動處吏心休
罷交擬学老彭澤 ⦅息交擬学老彭澤⦆ 《悠交擬学老彭澤》
報痩且同窮子由 ⦅清痩定同窮子由⦆
凍雀声中蒙暖被
早梅花底聴寒流
幽窓無事眠将熟
恐使波瀾起腹愁 ⦅好把生涯付夢遊⦆
 鼇頭:⦅東坡ノ詩題ニ「聞子由痩」トアレバ「聞」ノ字ヨロシカラン。又「清痩」ノ作ルモ對法ニ於テ妨ナシ。⦆

 吾れ腹痛を患ひ、偶ま此作有り、録して厳齋兄(※戸田睡翁)に寄す。 ⦅病中作有り録して厳齋兄に寄す。⦆ 《病中作有り録して小原栗卿に贈る。》
臥枕三旬、病ひ未だ瘳えず。 ⦅伏枕三旬、病ひ未だ瘳えず。⦆
詩心の動く處、吏心は休(や)む。
交りを罷めて学ばんと擬す、老彭澤(老いた陶淵明)、 ⦅交りを息めて学ばんと擬す、老彭澤、⦆ 《悠かなる交り、学ばんと擬す、老彭澤、》
痩に報ゆるにまさに同ぜんとす、窮子由(孤高の蘇轍)。 ⦅清痩、定めて同じうせん、窮子由。⦆
凍雀の声中、暖被を蒙り、
早梅の花底、寒流を聴く。
幽窓、無事にして、眠り将に熟さんとす。
恐る、波瀾をして腹愁を起さしめんことを。 ⦅好し生涯を把りて、夢遊に付さん。⦆
 鼇頭:⦅東坡の詩題に「聞子由痩」とあれば「聞」の字よろしからん。又「清痩」[に]作るも對法に於て妨げなし。⦆


●79.(初出) 病中寄至楽翁
伏枕懐人暗断魂
満城風雪幾朝昏
灞橋難共騎驢去 ⦅騎驢難趂灞橋[興]⦆
夢裡分明又見君 ⦅只在夢中明見君⦆ 
鼇頭:⦅結句、本ノママニテモヨロシ。⦆

 病中、至楽翁(※河合東皐)に寄す。
枕に伏して人を懐へば、暗に断魂たり。
満城の風雪、幾朝か昏からん。
灞橋、共にし難くして驢に騎りて去る。 ⦅驢に騎るも趂ひ難し、灞橋(詩作)の興。⦆
夢裡、分明(はっきり)にして、又た君と見(まみ)ゆ。 ⦅只だ夢中に在りて、明かに君と見ゆ。⦆ 
鼇頭:⦅結句、本のままにてもよろし。⦆


●80. 病中喜厳齋兄帰家偶有此作。兄自去歳役東都、余役大坂結末故及。(〇228.◎14.)
別後支吾保病羸
生存相見喜堪知
只恨燈前春夜短
東図西策話多時 ⦅東籌西策話多時⦆

 病中、厳齋兄(※戸田睡翁)の家に帰るを喜ぶ。偶ま此の作有り。兄、去歳より東都に役す、余、大坂に役す、結末故に及ぶ。
別後、支吾(ゆきちがひ)して、病羸を保ち、
生き存らへて相ひ見(まみ)ゆ、喜び知るに堪へたり。
只だ恨む、燈前、春夜の短きを、
東図・西策、話の多き時。 ⦅東籌・西策、話の多き時。⦆



原稿凡八百首、今所撰十取一矣。
 五言絶句 四首
 七言絶句 五十首
 五言律  七首
 七言律  六首
 五言古詩 二首
 四言   一首
 六言   一首
通計   八十首

 ⦅寛齋大夫遺詩一巻。清穏和雅、風調正愛。巻曽於玉池老人座始晤。大夫爾後無幾聞其物故。今讀此巻恍然如後見其人。唯諷数回自不堪哀感也。戊申花朝節前一日 湖山 巻 批。⦆
 《湖山先生朱選、可謂精矣。僕更以雌黄別裁之。所云人心如面、豈曰他人之面如吾面乎。銕心明大夫君裁之。三月十又三日 機 妄言。》

 ⦅寛齋大夫の遺詩一巻。清穏和雅、風調正に愛す。巻(※湖山の名)、曽て玉池老人(※梁川星巌)の座に於いて始めて晤(あ)ふ。大夫、爾後、幾くも無く其の物故を聞く。今、此の巻を讀めば恍然として後に其の人を見る如し。唯だ数回諷するに自ら哀感に堪へざる也。戊申(弘化5年)花朝節(旧暦2月15日)前一日 湖山 巻 批。⦆
 《湖山先生の朱選、精と謂ふべし。僕、更に雌黄を以て別に之を裁す。云所(所謂)、人心は面の如く(※それぞれに異なる)、豈に他人の面を吾が面の如しと曰はんや乎。銕心明大夫君、之を裁す。三月十又三日 機 妄言。》



 以上が、このたび入手された大垣藩臣木村寛齋が遺した詩稿の全てである。
 さて、この『寛齋遺稿』について若干の考察を試みてみたい。

 まず第一に外観である。収録された80篇の詩は、後輩の同僚であった小原鉄心によって選詩・清書されているが、そこには鉄心お馴染みの狂草──『地下十二友詩』の賛に見られるような奔放な草書──とは無縁の、謹飭な楷書の筆跡をみることができる。自分を家老へと「推轂(引き立て推)」してくれた先輩に対する真摯な態度が、形になって顕れていると言えよう。 同じ藩臣として木村寛齋の経世済民に心をくだいた果断な性格を偲んで、鉄心が捧げた悼詩を二篇掲げる。

 「同僚木村寛齋君を挽す」(『鉄心居小稿』(弘化四年刊)6丁)。

勤苦十年名已香 勤苦十年、名は已に香る。
麟兒襲禄是餘慶 [麒]麟児の禄を襲ふは是れ餘慶(※積善の結果)。
死生有命何須恨 死生命あり何ぞ恨みを須いん、
只為窮民涙數行 只だ窮民の為に涙すること、數行。



 「寛齋木村君忌辰涙餘賦長句一篇奠墓前(寛齋木村君の忌辰、涙餘、長句一篇を賦して墓前に奠(そな)ふ)(『鉄心遺稿』(明治六年刊)巻一6丁)」。

命哉命哉丗六年(君預知死是其病床之語) 命なるかな命なるかな三十六年(君、預め死を知る。是れ其の病床の語なり。)
噫天喪予長已矣 噫(ああ)天、予(われ)を喪(ほろぼ)せること長し(※『論語』)。やんぬるかな。
世聞百事皆可能 世に聞く。百事は皆な能くす可きも、
九原之人不可起 九原の人(死者)は起こすべからず。
寛也與君如王貢 寛(※鉄心)や、君と与(とも)にあるは王貢(※不詳)の如きも、
君逝同僚無與共 君逝きて同僚、ともに共とするなし。
聚首艸策終徒爾 首を聚めて策を草するも終に徒爾にして、
政柄一折誰斷訟 政柄、一たび折(さだ)むに、誰か訟へを斷ぜん。
日月匆々値忌辰 日月、匆々として忌辰に値(あ)ひ、
墓前和涙薦蘋蘩 墓前、涙を和して蘋蘩(ひんぱん:供物)を薦(すす)む。
白楊黄艸秋惨澹 白楊黄艸、秋、惨澹たり(※白楊は墓地の木)
一陣悲風来襲人 一陣の悲風、来りて人を襲ふ。



 次に収録詩篇の概要を一覧する。
 さきに紹介した自筆詩稿【B】@〜㉑に照らしてみると、重複する詩篇があり幾つか改稿も施されているが、新出の多いことが認められよう。
 自筆詩稿【B】は、文政末から天保初めに作られた@〜Rのあと、病歿前の天保末期に飛んでS㉑が遺されている。おそらくそのあいだの十年間(天保3年〜13年)にも詩篇は大量に存在し(原稿は全部で凡そ八百首あったという)、鉄心はその期間からも作品を選んでいるであろう。
 『寛齋遺稿』の目次●を以下にまとめてみた。(〇000.は自筆詩稿◎00.は『地下十二友詩』との重複番号を示す。)

●01.(初出) 讀陶靖節飲酒詩有感偶然和其韻
●02.(初出) 早春向島偶作
●03.(初出) 初夏
●04.(初出) 題瓢圖
●05.(初出) 客中雨後
●06.(初出) 題画
●07.(初出) 偶作
●08.(初出) 春日偶作
●09.(初出) 丙申(天保七年(1836))元日作
●10.(初出) 同大高君及適齋鐵心諸子観櫻于鎌溪有感作
●11.春日田家即事(◎09.に改作)
●12.●13.(初出) 南宮山即事
●14.(初出) 西疇老人宅賞雪
●15.●16.(初出)●17.(◎10.に改作) 六月五日記事 《霖後記事》
●18.(初出) 詠美人
●19.(初出) 義経
●20.〜●23. 聞野上驛有暴風雨。時余抱痾在褥。病間擬小楽府記其事。天保七年(1836)丙申六月十八日也 (◎01.〜04.)
●24.(初出) 帰路聞虫
●25.(初出) 題画
●26.●27.(初出) 梅花
●28.(初出) 春夜分韻
●29.(初出) 秋日暁行
●30.(初出) 初秋分韻
●31.寒夜(◎12.)
●32.(初出) 春日偶作
●33.(初出) 田家
●34.(初出) 題画
●35.(初出) [夏]日偶作
●36.(初出) 城頭秋望分韻
●37.(初出) 公命月溪刻印章使(臣考)下字恭書此詩奉呈
●38.(初出) 夜帰戯作
●39.(初出) 同五山南溟閑林蹄齋會寫山書画筵遂又到川長楼宴焉 
●40.(初出) 初夏偶作
●41. 喫粥(〇223.)
●42. 放虫(〇006.を改作)
●43. 盆梅 (〇014.を改作)
●44. 春夜客至喜賦(〇036.を改作)
●45. 偶成(〇039.を改作)
●46. 歳晩(〇043.を改作)
●47. 一日嶋村大人見過村荘。大人時将東帰賦此以贈(〇050.を改作)
●48. 夏日(〇52.を改作、◎11.)
●49. 田家(〇080.を改作)
●50. 山居(〇089)
●51. 春宮怨(〇096.)
●52. 柳陰呼渡図(〇105.)
●53. 寶光院観古鏡。鏡背有細波紋、句中故及(〇134.)
●54. 春日野行途中(〇137.)
●55. 夏夜偶作(〇147.を改作、◎05.)

●56. 東山春興次細香韻 ⦅東山春遊次細香韻⦆(◎06.)
●57. 次留別韻送右近和尚之京(〇129.)
●58. 書窓梅(〇207.)

●59.(新出) 新竹
●60.(新出) 寄懐道如禪師
●61. 送阿母遊京到垂井驛而別(〇217.を改作、◎07.に改作)
●62. 早赴養老途中(〇189.)
●63.押越村待螺山蛙亭細香伴  (〇192.を改作)

●64.(初出) 秋夜甲子亭偶作
●65.(初出) 高雄山看楓
●66.(初出) 宿嵐山
●67.(初出) 冬夜
●68. 春日晩帰(初出)
●69. 鐵心居即事 《訪小原栗卿共歩其園中何有此作》(◎08.)
●70.(初出) 見賣土偶人者
●71.●72.(初出) 早春偶作 二首
●73.(初出) 四十賀題巻後
●74.(初出) 秋夜感懐
●75.(初出) 冬日山居
●76.(初出) 秋夜
●77.(初出) 題猫図 《題画猫図》
●78. 吾患腹痛偶有此作録寄厳齋兄 ⦅病中有作録寄厳齋兄⦆ 《病中有作録贈小原栗卿》(〇220.◎13.)
●79.(初出) 病中寄至楽翁
●80. 病中喜厳齋兄帰家偶有此作。兄自去歳役東都、余役大坂結末故及。(〇228.◎14.)

 重複する詩篇が途中●41.〜●63.までほぼ年代順に配列されていることから、『寛齋遺稿』全体が編年体で編集されているものと推察したいところである。ところがそれまでの前半●01.〜●40.の40篇が、自筆詩稿への添削が始まったと思しき文政十年(1827)以前に作られた作品かというと、天保七年の作(●09.●20.〜●23.)が二カ所もバラバラに挟まっていることから、そうも言えなくなってくる。
 またその後●64.〜●77.の間の作品にも、自筆詩稿と重なるものが全く見当たらない。重複詩篇●78.が再び現れるが、その自筆詩稿Sにおいて後藤松陰は添削作業に関し何事も語ってはゐないことから、それ以前の十年間も(現物詩稿が確認されないだけで)添削指導は継続して行われていたとみてよいのではないだろうか。
 そこで考えられることとして、まず最初に鉄心は天保3年〜13年の間の作品(詩稿未確認)から●01.〜●40.の40篇の佳作を選びぬき年代順に並べ、その後、残った詩稿の束からも佳作を選んで再び順番に並べらていったのではないか(うち●64.〜●77.も未確認)という編集経緯が一例に考えられる。推測は他にも可能だろう。 ただし最後に病床の作品が置かれていることから、詩巻の最後をその人の最期と合せたであろうことは認めてよいと思われる。

 次にこの『寛齋遺稿』に施された添削に関して考察してみたい。
 寛齋が亡くなったのは天保14年(1843)である。折角端正に清書された写本詩集を、上から小野湖山と後藤松陰とが乱筆で添削しているのが弘化五年(1848)のことである。短いとは言えぬ5年間は何を意味するのであろうか。この最終的に変更を経た詩篇が『地下十二友詩』に収められていることから、遺稿冊子がその後、小原鉄心のもとに返されていることだけははっきりしている。

 まず不審なのは、冊子を作成した小原鉄心が、作者木村寛齋が長年郵筒指導を受けた師匠である後藤松陰(1797年-1864年)ではなく、松陰より十七も若い小野湖山(1814年 - 1910年)に最初に雌黄を乞うている点である。遺稿の成立経緯を知らぬ湖山は、かつて後藤松陰が改めた詩句に対しても遠慮なく手を入れている。そしてその後に廻覧された後藤松陰もまた、(過去に自分が直した所を覚えていたかどうか分からないが)さらに控えめに改めたあと(●48.は元に復したりしている)、湖山の講評に続いて実にあっさりした感想を書き添えている。木村寛齋本人に懇切丁寧な指導を行って来た後藤松陰の添削に接してきた私には、少々意外なことであった。

 小原鉄心が、郷里以外の詩人では小野湖山と最も交誼の厚かったことは、のちに『鉄心遺稿』の序文を湖山が書き、頭評も一番に多くものし、鉄心の詩篇にも度々湖山の名が現れていることによって知られる。交遊の開始は、詩篇「東役の路次、湖山老契を吉田駅に訪ふ。酒間、賦し贈る。時に癸亥上元後一日(文久3年1月16日)なり。」(『鉄心遺稿』巻六13丁)のなかで、鉄心が「廿歳の交情、冷暖無し。」と書いていることから、遡って天保14年ころ、正に木村寛齋の亡くなった当時の頃のことであったようだ。
 その際の様子も、『鉄心遺稿』序文のなかに小野湖山が記すに、「君(鉄心)酒を携へて過ぎらる。 一見して旧相識の如し」だったという。家柄を誇るに小野篁の後裔を以てし、実際のちに「横山」から「小野」へ改姓した湖山であるが、6歳年少の鉄心とは、一藩の中にあって自他ともに任ずる経世済民の志を抱き合う多血症の快男子同士、すぐに肝胆相照らす仲となった。

 さらに小野湖山は、木村寛齋とも、お玉が池にあった梁川星巌の玉池吟社において、一度きりであったが面晤の機会があった事を、この『寛齋遺稿』冊子末尾に記している。「幾ばくも無く其の物故を聞」いたとあるから、やはり同じ頃のことであろう。鉄心の伝える寛齋の人と為りからすれば、おそらく14才年の開きがあるこの両者もウマが合ったのではないか。でなければ鉄心は湖山に彼の遺稿添削など依頼しなかったであろうし、あるいは寛齋の方から詩稿につき批評依頼を托されたことをもって、鉄心・湖山の交際が始まったのだとすることも、想像の許される範囲に思われる。

 ただやはり、この冊子がいつの時点で作られたものであるのかは分からない。没後すぐに作成されたものなのか、その数年後に作成されたものなのか。そもそも刊行も視野に入れて作成されたのか。湖山から松陰へはすぐに廻覧されていることからすると、作成後にどこに留め置かれてあったかはわからないが、冊子作成後、湖山が清書の上から乱雑に朱筆を振るうまでにはしばらく時間があったもののようにも察せられる。

 むしろその次に不審なことは、玉池吟社で小野湖山と会ったのであれば、その際、当然湖山の師である梁川星巌にも会っていた筈であり、詩集に箔を付けるのであれば、どうして郷里の大詩人である星巌に批評を仰がなかったか、ということであろう。年歯の異ならぬ町儒である後藤松陰を師に選んだ木村寛齋であってみれば、当然そうした希望があって当然である。寛齋の依頼が星巌に届かなかった、或いは「後藤松陰がみているのなら私の出番はない」と星巌に断わられたのであろうか。その末に、一番弟子の湖山に白羽の矢が立ったのかもしれぬ。
 このように勘繰るのは、実は小原鉄心の『鉄心遺稿』にも、湖山の配慮により巻五冒頭に「序文の代り」として、梁川星巌の鉄心宛書翰(安政2年2月11日)が掲げられているものの、集中には星巌による頭評が存在しないからである。

 『大垣市史』のなかで伊藤信氏は、小原鉄心が、梁川星巌と初めて拝謁したのも、郷里でではなく、前年夏に家老(参政)職を拝し、この天保14年の春、主君に伴って上京した以降のことではなかったかと、天保14年夏に作られた「訪梁星巌玉池吟館(『鉄心居小稿』所載)」の詩を以て推察している。 すると梁川星巌・小野湖山と、小原鉄心・木村寛齋と、四者の初対面は、ほぼ(或いは全く)時を同じくして天保14年の春から夏、玉池吟社において星巌が江戸詩壇に君臨していた最後の頃の出来事であったかもしれないのである。
 もう少し当時の状況について考えてみたい。

 天保以後、弘化・嘉永・安政に時代が移るにつれ、詩壇の宗匠から尊王攘夷運動の過激派の頭目へと変貌を遂げていった梁川星巌だが、その生涯の姿勢には一貫して反骨の在野精神(アウトロー精神)が流れている。木村寛齋の詩稿に梁川星巌の評が得られなかった事情の裏には、湖山が『鉄心遺稿』で述べている、

「鉄心君の星巌翁における交誼もっとも厚し。而して遺稿中、絶えてその序跋評語等を存せず。」

 その「絶えてその序跋評語等を存せず」という事情を考慮しなくてはならない。すなわち星巌の、郷里大垣藩の要路の人々に対する不要な「遠慮」が存していたのではなかったか、と私は考えている。
 天保14年の時点で大垣藩は歴たる譜代藩であった。初対面の鉄心にせよ、当時拝命したばかりとはいえ家老であり、その先輩として面会した木村寛齋ならば尚のこと、構えて会ったはずである。立場・用向きに格差・温度差があり、この出会いは江戸詰め中の寛齋達が請うて、有名な星巌の詩塾を訪ねて行ったものであったろう(当時星巌は54歳。木村寛齋は星巌より10歳、小原鉄心は28歳年少)。

 顧みれば文政の頃、梁川星巌の盟友だった菅原(柴山)老山の許に津藩の名儒津坂東陽の息子である拙脩がころがりこんだことがあったが、拙脩が美濃地方を漫遊して編んだ漢詩アンソロジー『三野風雅』においても、大垣藩内の武士詩人たちに対する採集は行われていない(昌平黌祭酒の林述齋・佐藤一齋を出している岩村藩も同様)。豪邁不羇で詩人気質だったという津坂拙脩と同じ理由、幕府方の権門に対する「敬遠」の気味を、やはり当年のアウトサイダー詩人の巨擘であった梁川星巌にも強く感ずるのである。

 しかしながら弟子の小野湖山とはその場で打ち解けた模様の小原鉄心である。その後、湖山・鉄心の経世済民の志は、星巌の尊王攘夷思想の薫染を被ってゆくこととなる。天保が弘化に改元すると間もなく、星巌はあたかも終齢幼虫が蛹に変態するように江戸の玉池吟社をたたんで詩壇の宗匠生活を清算し、京都へと拠点を移して隠栖の容貌を示す。そして故郷の大垣藩の人物では唯一語るに足る人物として、小原鉄心だけに心中の機密を話すようになるのである。嘉永三年三月佐久間象山宛の書翰に

「大垣藩の執政に小原仁兵衛と申し、文武共に心懸け海防を専一に致居候。(中略) 此の小原は三十餘りにて篤志の人、是れまた藩中一人のみ。 別に人なきに候。老兄(面晤)の事は渇望いたし候。何卒拝謁致したく申し候。」
『大垣市史 中巻』269-270p

 とみられる通りである。伊藤信氏が言うように、梁川星巌にとって詩の弟子ではない小原鉄心は、岡本黄石と並んで尊王攘夷運動を、体制内部から「発奮努力を促」すことができる大切な要路のコネクションとして位置づけられ、容れられるようになったと解釈するより他はない。安政期に入ると『鉄心遺稿』の序文に掲げられた書翰にみるように、月性や吉田松陰、佐久間象山といった過激派同志の名を認める程になり、その仲は詩の先生どころの話では、もはやない。おそらく大獄の際には、禍いとならぬよう紙類は妻紅蘭によって殆どが処分されたことであろう。僅かに遺された書簡が、両者の交遊の程を知らす文献として鉄心の詩集に掲げられることとなったのである。

 本論文の初めにも記したが、木村寛齋が在野の儒者である後藤松陰に指導を仰いだのに対し、大垣藩の重臣寛齋に推挙された小原鉄心は、津藩の重臣であった齋藤拙堂に師事している。鉄心が後藤松陰を嫌っているわけでは決してないのは『鉄心遺稿』に松陰老人の温藉に満ちた頭評がみられる通りである。当時の鉄心には、むしろ齋藤拙堂に対して恐縮のあまり面晤を躊躇している様子が窺われる。
 しかし天保末年の当時、譜代藩の要として大垣藩の重職に就いた鉄心には、経世済民の念がとりわけ強く、自分を詩人として任じるつもりなどなかったであろう。放蕩の行迹が郷里に知れ渡っていた梁川星巌と深く心を相許すようになったのも、詩人としてではなく、京都に彼が雌伏して以後、日本の政局を語るべき重要人物を結ぶキーパーソンとなっていたからこそであると思われる。

 もっとも小原鉄心と梁川星巌と、詩壇世代を異にする二大巨星の間には媒介者、詩のサロン「白鴎詩社」「咬菜社」において推重された江馬細香という才媛詩人が居たことを忘れてはならない。木村寛齋のみならず、西濃地方の漢詩人の誰の詩篇の中に彼女の名が現れるだけで、その詩篇に花が添えられたように感じられるのは不思議である。今にしてそう感じられるのではなく、おそらく当時すでに伝説となりつつあった頼山陽との関係がオーラのように漂い存在していた筈で、江馬細香は美濃詩壇の中では勲章的な存在、一種女神的菩薩的な象徴を以て推重されていたように考えられる。

 今後の御教示を俟ちたいが、鉄心遺稿中に星巌の頭評がなく、また詩篇にせよ鉄心遺稿中に星巌の方から訪われた詩が一篇あるのみなのは、殆ど不審事に近いことであって、それを指摘した小野湖山から生前どのような感想がもらされていたのか、知りたいところである。


 最後に木村寛齋の詩の特徴について触れておかなくてはならない。
 門外漢のため漢詩の結構や歴史について詳しく論ずることができないが、詩稿を活字に起こしながら感じられたのは、幕末の尊王攘夷の空気にはまだ触れることのない、文化文政期に都会を席巻した聖霊派抒情詩の余香であり、幕末志士による激烈な漢詩が顧みられなくなった今日において、却ってそのささやかな抒情が新鮮に感じられることである。
 すなわち歓楽を歌った艶やかな抒情、身の周りの小さな自然を歌った抒情詩の数々であり、詠物詩にも手を伸ばしているが、後藤松陰はすでにその流行を否としており、寛齋によって遺稿に収められなかった作品も多い。
 添削者および鉄心が一番に評価したと思われるのは、寛齋の性情をそのまま詩に写したような、災害を歌った作品であろうが、ヒューマニズムの所産とはいえ、時代の窮迫感はまだ感じられないものである。添削稿において、強引な典故設定と共に、お上に言及する際の言葉遣いを後藤松陰からたしなめられているが、それは思想ではなく単なる不用意から、むしろ世古に長けた後藤松陰の配慮からであったと思われる。

 松陰が折々に示した官界への配慮であるが、その最たるものとしては、冒頭にも述べた、木村寛齋が最晩年に戸田厳齋(睡翁)に送った二篇の詩のうちの一篇を、松陰が、小原鉄心に送ったものとして宛先を変えてしまったことであろう。忖度と呼ぶべきこの改竄は、長年寛齋の詩稿の面倒を見てきた後藤松陰だからこそできたといってもいい。けだし木村寛齋との添削やりとりを始めたころ、

《寛齋大夫、余の帰省するを聞きて、甚だ一見せんと欲するも、余、方に制中(喪中)に在り、故を以て之を辞す。大夫、若し此の評を閲すれば、猶ほ余が面を見るがごとき也。機と雖も、亦た「四目両口」の異有るにはあらず(※曹操の言葉)、何ぞ必しも其の面を見んや。一噱(笑)。》D『小詩』詩稿(文政十一年(1828)八月二十六日添削)

 とあったのは、後藤松陰が、木村寛齋や戸田厳齋(睡翁)ら、故郷の権門人物と会うことを避けている遠慮方便のようにもみえることである。その後も両者が相まみえた形跡を現在遺された添削詩稿から徴することはできない。生涯一度も逢うことがなかったため、却って松陰は臆する要なく、『寛齋遺稿』を苦心して作成した鉄心に対し、労をねぎらう意味で配慮の改竄を施し得たともいえようか。
 鉄心は後年自ら編纂する『地下十二友詩』において、自分宛の絶筆としてこの改竄をそのまま載せようとしていたことが判った訳であるが、 頬笑ましい曝露とは言えまいか。まさに刊行されなかった版下の束を見つめ、地下にて笑いあっているのではないだろうか。(了)


【追記】 『美濃大垣十万石太平記』(1985清水春一・山田美春編著 大垣市文化財保護協会刊行)における記述(270-271p)を掲げます。

 木村清太夫義職

 義職(※寛齋の曾祖父)は、延享二年から氏英(6代藩主)の用番を勤め、五十石に役料三十俵が支給された。そして同四年、持筒頭を勤め、加増を重ね二百石になった。ついで、寛延三年、また百石が加増され都合三百石。宝暦三年から氏英の用人になり、同七年、詰頭。七代氏教の明和八年、子小姓頭に進み、安永五年、また五十石が加増された。義職もまた、当代の出世頭である。

 嫡子、源五郎 義陣(※寛齋の祖父)は、部屋住時代合力米五十俵が支給され、安永元年に氏教の側役を勤めたが翌年江戸において、没した。

 そのため、義職の家督は、清太夫 職方(※寛齋の父)が継いだ。職方は、はじめ、義藩また義列といった。寛政五年氏庸が部屋住の時代から、その用人を勤め三百石。同六年から詰頭に転じ、寛政八年、城代になり勤役中は四百石であった。同十三年に百石が加増され文化四年、知行組頭になり、同六年百石。文政二年、また百石が加増され、文政五年に城代を免ぜられる。

 その子、清太夫 考は、寛政十一年生まれ。はじめ源四郎。部屋住当時から奏者・火消役を勤め二人扶持。家督後、知行組頭になり、文政の末に城代を勤め五百石。八代氏庸に仕えた。また、九代氏正が襲封のとき、戸田治部左衛門直安・大高金次郎喬度とともに将軍に拝謁する。小原二兵衛忠寛(鉄心)を推挙支援したのは、この人である。のち、寛齋と号し、詩文をよくしたという。屋敷は城内(現市役所の辺り)。

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