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たかぎ ひさお【高木斐瑳雄】『蒼い嵐』1923 【全文イメージ】


蒼い嵐

詩集 青い嵐

高木斐瑳雄 第一詩集

大正11年7月15日 角笛社(大垣)発行

並製 19.2cm×13.5cm 63p \0.80


見返し 

題「青い嵐」

【私の愛する八歳の従姉妹から此の詩集へと描き送つて来しもの 題「青い嵐」 高木梨貴子畫】


p5

1.

六月のある日の街道 1  2  3

六月の街道は蒼空を望んだ舞踏場だ。

白光は立体の面を輝らすやうに 又忠実に影像を護つてゐるその街道
二三羽の雀は餌をあさり
その道の消える森の上に白い雲が現はれてゐた、
けれども その上をいま 烈しい風が

p6

逃亡民のあわただしさで過ぎ去りつつある、
おお 栄えある冠のまへに戦は始まりかけてゐる。

初め街道全体に羽を与へて飛ばせてゐた報道は凄じい嵐を巻き起こした、
続々と立ち去つてゆく逃亡民の乱舞で−−−
旺然と立ち上つた砂陣に跨つた先駆者が 森を越えたと思つた時
おおなんといふ悲惨事が起つて
また なんといふすばらしい殿堂が築き上げられたことだらう。

先駆者は烏麦の畑で砂陣を治めたのだらう
しかし 後軍の呼吸せききつた追進はどうだ
おお 凄まじい凄まじい雨の乱舞!
黒曜石の鋪道に円舞場は 展開される
数千組の男女は、手に手に剣をふつて
きらぴやかなステップの追迫に変つたあと
響きかへつたトランペットにつづいて
入りきたつた王者の頭上に捧げられる冠の映ゆる千万の姿よ。
雨脚は歓呼のとどろきとなって
めまぐるしい出現は この街道を陶酔させてしまふ。

p7

雨は 急に
しのびやかなりトムとなって
干潮時の  あの息づまるやうな沈痛さ
無言劇の最高潮(クライマックス)が
街道をとらへてしまふのだ、
しめやかな哀悼歌のやうに
愛撫の子守歌のやうに
その幻は谷を下り 或は 山を越え
遠雷となつて 虹は
華やかな過去の舞踏場から 私の心へ
橋をかけて
六月の雨と風は永遠に立ち去つてしまつた。


p8

2.

蹈み入つてはいけない  1     2

蹈み入つてはいけない!
ここは熟れて落ちた櫻の實で一杯だから・・・・・・
葉蔭は休息によかろう けれど
葉から すべりおりてくる毒矢をもつた野蠻人が
卿等のまどろみを 永遠に
魔法にかけやうから−−−

蹈み入つてはいけない!
その数多い赤黒い血球が 卿等を
ぬりつぶしてしまふから・・・・・・
卿等が 若し冒した罪の贖にくるのなら 卿等は路をとりちがえてゐる
ここは罪の阿修羅場だ
血腥い 屠牛場

p9

蹈み入れてはいけない!
ほつかり虞美人草の花が 卿等を誘ふたにしても
生毛のやうな毛並から 囁かれる 悪魔の不思議な話に 惑がされても
美装した惰眠は濃霧の谷に
おまへらを陥入れやうから−−−

蹈み入つてはいけない!
おんみらはみるだらう
乳白色の瞳をもつた少女が
厚つぽい赤い唇に涎を垂れて
桜の木のもとを流れてゐる溝に
血を啜つてゐるところの−−−

蹈み入れてはいけない!
あの木蔭に卿等はきくのだろう
哀しい運命を預覚した牛の 傷ましい声を
うすら笑みを浮べて待つてゐる黒猫を
いくども喉に舌やつて 唇を
ぬらしてゐる少女の
佇んでゐる木蔭に−−−


p10

3.

池  1    2    3

街道の空は 梧桐の緑葉の中の紫色の花のふさから
コバルト色の池を・・・・・・
みはるかす 麦生の原はすばらしい刷毛となつて
そこに 五月の手風琴が奏かれてゐる、

p11

おお 華かな散歩者よ(スポートシヤツに赤いネクタイを結んだ)
おまへは 躍つてゐた心を何処に忘れてきたか
夕暮は羊毛のやうな烏麦の畑で
軽い カーテンをしぼるやうに啜泣く・・・・・・。

おお 薔薇の緑門(アーチ)を後にした 華かな散歩者よ!
おまへの傍には
愛人がゐるとでも思ふのか
おまへは おまへの耳を信ずることは出来なからう
カナメ垣に沿ふて歩いてゐるおまへの足音から
私はラヰラツクの花を拾ひとることは出来ない。

おお 華かな散歩者のいたましい瞳よ!
私は ようくその姿をみることが出来る−−−
棕櫚の黄色な実は

p12

四月の通りすぎた夕立のあとのやうに
肥沃な土壌にはその姿そのまの影が はなやかに写し出されて・・・・・・
不思議な暗示をうけた ユーカリが
その黄色い沼から
すばらしく粉飾せられた夜会服のままで
空を 夕焼けの真中へきえてゆくのを−−−。

おお 満天の星らは
かずかぎりない細糸でもつて ヂキタリスの鈴をひかう
しめやかにトラピストに灯がともろうと
農夫は夕暮の中で 決して鍬を休めなかつた
桐の並木道で華かな散歩者は 己が美の中で哀愁と幻滅を発見した
宇宙がどんなに深い池であるかを知つて。


p13

4.

雨の中の森 1    2

雨が 春の雨が煙つて
新鮮な緑の緬羊の革衣に包まれた森よ
降りそそぐ雨脚は
不思議な老人が キーノートに指さす銀棒の照り映えをうつして・・・・・・
かくれたる人々の辿つた 魂への旅路を たちこめてでもゐるのか。

p14

沈黙した鐘を守る虔しい森よ
遠いわたしらの民族も ここで若者の心を甦らせ
ここで淋しい星にきいたのだらう
谷にきえた 鐘の音をた
森にきえた 青白い道を
さうして 羅針盤を失つた舟の行方とを

いつまでも滴り落ちる緑の水を
ごとめどない愛のオリーヴ色の唄を
わたしらの心からからすな!
わたしらの眼から
涯しない旅のあこがれに染った空を
なめらかな雨の紫色の煙を
うつりゆく銀棒の一微動をすら奪ふな。

雨が 春の雨が煙つてゐる中に
ふくらんだ森の 沈黙の姿に
わたしは不思議な老人の暗示をみつめてゐる
そのうつりゆく雨の白光の行方に。


p15

5.

ためいき 1    2

「私の愛人は 四月の風の中に
見えなくなつた」
と彼女はつぶやいた、
五月の夕立が 通りすぎる
林の中で−−−。

鈴蘭を 胸にあてて
帰りもしない旅人の無情を
かりそめの嬌めいた床に
星を唄ふた日を
呼びもどすことが出来るなら−−−。

p16

清水に足を浸して
水車の音に、
眠つてゐた人の襟にさした
薫りたかい菫の花が(彼の最も好んだ)
みいだされるなら−−−。

緑の原の
一本の杉の木にかかつた雲を
みつめてゐた彼の瞳を、
やさしい私の声によつて
呼びよせることが出来るなら−−−。

おお 五月の夕虹よ!
林から出てきた彼女の眼底にうつれば、
底ふかい沼から 囁くやうに、彼女は
又繰返して云つた。
「私の愛人は 四月の風の中に
見えなくなつた」


p17

6.

曠野 1    2

野は麦の青い薫りと
黄色い黄色い菜種でいつぱいだ、
みなぎつた力を腕に組んだ若者と
陽を全身に浴びて腕を乳房の下に合せた少女と
もつと大いなる人生のために
讃歌をもつてまた鼓舞の姿をもつて地を彩つてでもゐるかのやう。

降りそそぐ陽の微塵は
花粉をもつて粉飾してゐるのか
海の音も眠らされる妖魔が子守歌の中にかくれて

p18

ただようてでもゐるかのやう。

全ての者らが甘い楽園の花精に惑かされ帰る路すがら
忘れた星につまづき
己が翼を忘れ
己が翼を傷け
己が翼を捨てたのを悔ゆる時
おお 夕暮は 順礼の疲れた背から 一日の重荷をおろそう。

人々よ みるでせう
快楽は苦闘よりも重荷を負へる者であることを
大いなる星を 西方のかそかなる星とを、
夕暮の曠野に
なほも祈つてゐる若者と少女のゐるのを。


p19

7.

雲雀の声 1    2

繁縷(ハコベ)の中にころがり歩くのは雲雀の声
丘の上に もり上つて 林の方へ 動いてゐるのは その幻影か
白い 美しい雲の 照り映えよ!
巧みな歌女の描き出す巻雲のやうに拡がつてゆく−−−。

風よ 雲雀を包んでゐる薫はしい四月の風よ
律呂の旅先きにある華々しい荒磯よ
麦生の中の営みのうちに歌ふてゐる雲雀の声はめぐまれた成果を夢みて躍つてゐる
別れゆく日の曙色ののぞみよ!
春の開拓者の心は戦勝の祈りで慄へてゐる

p20

躍つて、はねてはゐるが
しかし祈りを忘れない勇者のふるひたつた感激の涙は
ざわめいた蒲公英の花弁
しづかな 序曲は
丘の丘、林の林、コバルト色の空に初められて・・・・・
柔い陽炎を胎んだ四月の風と共にくる。

遠い未来を楽しく描きながらくる川水のやうに
野一面から流れてくる無邪気な少女の心をもつた雲雀の声よ
新芽の匂りは陽炎となつて
風も陽もおどつてゐる
空と地とは音叉となつて
わたしの心もかけつてゐる。


p21

8.

都市の春は緑の旌旗である 1    2

都市の春は緑の旌旗である
街路樹はフランネルをきた四月の風に発芽し
擽りをもつて少女達を笑はせるやうな五月の風に成長し
影像を胎んだ六月の風に 輝く
おまへらは 都人士のはずんだ往来を眺めて
その騒音をもかい抱いてゐる。

おお開けられたる城門に到る 青葉の木蔭道よ!
龍舌蘭の白花の房から
磨かれた大理石の小柱をもつて支へられた草花と 青葉の小公園を円軸として
吐き出された数多の青色の線らよ。

p22

柿色の屋根は 地色の屋根から
ところどころみえ
白亜の洋館が目を射り
アテネの祭りの日のやうに広告塔は物見となり
木立が心をとらへて 水浅黄の街道に人も車も馬も群がつて泳いでゐる。

馬鹿らしく真面目顔をしたり
感激に溺れたお人好しらや
鋭角に訶(さいな)まれ惑かされて右往左往する神経衰弱者や
土産物を手に手にもつた楽しい家族やら
野師に心をすいとられた無心な剽軽者やら
おお 織り出された旗の数多の星々よ!
美はしい綾をもつた(きわだつた緑の点の連続によつて描き出された)美はしい旌旗よ!

春の都市翩翻とひるがへつてゐる緑の旗である。


p23

9.

きえない 火の子
火事場は何処だ、
動かない 火の子
火事場は何処だ、

きいたけど きいたけど
お眼めを ぱちくり
なにも云はない

つるつと すべつた
火の子が 一つ、
明り窓から
消えて行つた。

ぱちくり ぱちくり
お眼めを ぱちくり
なにも云はない


p24

10.

六月の雨の街道 1    2    3

おお なんといふ すばらしい
また それはなんといふ数多い王冠だらう、
街道に載せられる その華かな姿よ!
凄じい雨脚によつて
もたらされるところの−−−。

おお 大地の精霊よ
収穫のすんだ麦畑に隣した 稲の畑に注ぐ
霧雨の いま
ここの街道に注ぐ
おお 偉大な君臨の歓呼よ!

p25

暴君が蹂躙らうとしたつて
どうしてこの総を涜(けが)されやうぞ!
その時 かれらは暴君を脅かす悪夢の中の黄金の冠となつて
忽ち出現し、千万となり 忽ち消滅しやう。
捕へやうとしたつて
どうして卿等の腕のもとに
はがいじめにせられやうぞ!
円舞場の巧みな美しい踊子のやうに
人柱の間に忽ち隠れ 急ち現れやう。

恐しい野獣の企みをもってのぞむなら・・・・・・
おお その幻は きえるのだ、
不思議な霧は沈痛な無言の啜泣きをもつて
夕べを呼ぶのだ
ここに 白金の冠はかくされてしもふ。

p26

しかし やさしい人達によつて
歌ひつづけられるなら
街道の冠は
朝の新生の悦びとなつて
輝かしい祝福を
鳥に花に 蛙に讃めたたえ
そうして それらを包む
風に、空に、薄青い衣をきせよふ
人々の心に清麗な泉から洋紅の睡蓮の花を
とつて まきちらそうよ


11.

卿は私そのものだ 1    2

p27

卿は私そのものだ
わたしが生涯を通しての
わたし自身を写し出すのだから。

なめらかな雨が
一杯陽を浴びてゐる卿のかたに
卿の心に 流れてゐる
磨きをかけた大理石のおもてに注ぐ水沫のやうに。

勇ましく跳躍してゐる噴水塔よ!
けれども虔ましくやさしい水の音よ!
水泡に揺らぐ睡蓮の夢を
より美はしく描かせよ!

そこに織りなされる波紋の綾は
抛物線端にきえた燕の白い胸毛で
総の人々の心を持つて行つてしまふだらう。

p28

若葉で飾られた柿の木は
白い土蔵に浮んでゐる
清らかな片恋の心に浸つた少女のやうに
わたしの眼は みつめて
わたしの心は 祈りに落ちてしまふ。

卿は夕暮の野から
西方の一つ星から
聖堂の燭のもとに
美しい青玉の輝きをもつて
煉獄の中に私自身を唄はせる。

惑星が千万鏡にうつつて
大空をみたそうと
あの淋しい青い星を 卿は
決して忘れることはなからう
おお 卿こそ 私自身のものだ。


p29

12.

雨に濡れて歌へる野鳩 1    2    3

森から森へさまよひありく野鳩よ
漂白の旅は 卿を勇気づけやうけれど
決して 卿を 哀しませはしない
しめやかに 雨 水密桃に水銀を鍍金する頃
森には盛んに杉苔の燈台が築かれる・・・・・・
木の葉から木の葉へうつつてゆく滴の音に・・・・・・

おんみは森ふかく入つて
永遠に忘れられない唄を歌ひつづけやう
いづくの岸辺の燈台にか
愛人がともす灯を見んと−−−。

p30

ゆめみつづける卿のまへに
繁りつづいた木立の 静けさ!
孤独といふものは森の中に忘れられた木であろう
とられることのない枇杷の木の実であらう

大いなる自然の中で
瞑想と 祈祷との殿堂を作れる森よ!
野鳩は司会者となつて
杉苔は多くの祈祷者とならう、
雨は 灰色の壁を おろして
不思議なニ本の蝋燭が自然に描き出される
沸き起る歌は 卿の心をかきたてて 出発を祝ふのだ
卿を送るものはいとわびしい別離の歌
おお その時 卿のまへには新らしい森が
現はれ初めてゐる


p31

13.

孤線1    2

岱赭色の土塀に揺れ動く柿の若葉
半眠のくにを彷徨ひありく幻のやうに
その葉の 照り返し、
白銀のかげろふは ぼんやり
そが孤線を 弓張月のやうな細目から吐き出すやう。

私の眼は空に
私の心は 新らしい若葉に
そうして その蔭をまもる地に
それらを抱いてゐる陽に
その匂ばしい崩れかかつた孤線に。

p32

燕が かすめてすぎて
いま 白い椿が落ちた
晩春の悩みに
砂山の崩れゆく物音のやうに。

物なつかしいおもひは
物ごころを知り初めた少女のやうに
梧桐の空に
いま 春の孤線はくずれそうだ
夏の雲が
どこかを 壊しかけてゐるやうだ。


14.

p33

嵐を残してゆけるヂオゲネスへ 1    2    3

巨大な男が黒衣に包まれて
白い歯を 海全体にうつし・・・・・・
喘いだ波頭は
貧欲な情にかられた泡をもつて
大洋から 岩壁に乗り上げてくる夜だ
恐ろしい嵐の夜だ、
けれども、私の心は その中にあつて
決して乱されはしない。

おお 別れを惜しむ テップの幾條かを
頭にくくつたおんみ!

p34

おお 日本のデオゲネスよ!
おん身の姿にとつて
おん身の名指す星にとつては
真実ふさわしい海の一夜だ、
心から祈る私の魂の上にも、
そうして このなつかしい日本の上にも。

雨は 別れてゆくおん身と 私等と
愛する 国土との上に、
どんなにか その銅鑼の声を 美しく彩つたことだらう・・・・・・
紫色にけむつた港外へ 走つて行つた
パイロットの水脈が
どんなにか幻を多様に描いたことか。

嵐の吼ゆる中で私は

p35

あの別れた海の城壁の先端に 尚も海に濡れながら
私の心象の男がさまよふてゐるのをみる、
おお その男の瞳に
濡れそぼつたいくつもの旗がうつつてゐるではないか、
航路の先々にあるくにぐにの旗が
檣頭の船旗に従へられて
船尾には日章旗がなりはためいてゐる。

そうして すばらしく逞しい腕は
太平洋を いつくしむやうに 上甲板で
腕一杯に白布をふつてゐる
おお ふりつづけてゐるヂオゲネスよ
その影像がその男の瞳に  うつつてゐるではないか

アシジの聖者は イエスは
どんなにか嵐を希ひ願つただらう、

p36

くるしみよ、かなしみよ、なげきよ
吹きまくれ!  ふきまくつて
船出した日本のヂオゲネスをより強く鍛へろ。

おお 嵐よ!
おん身の船出の一夜にとつて
おお それは どんなにかふさわしいことか
私は 信ずる
嵐ののちに出づる 偉大な太陽の君臨を!
美しい星々の輝きを 磨ぎすまされた利鎌の月を。

 ※ ※ ※ ※ ※ ※

五月三十一日、日本の日本のデオゲネス佐藤惣之助氏は太平洋を
唄ふべく琉球への船出をした。その夜、氏のお前に捧げる。

−了−


p37

詩集 青い嵐

目次 1    2

表紙画

1 .六月のある日の街道

2 .蹈み入つてはいけない

3 .池

4 .雨の中の森

5 .ためいき

6 .曠野

7 .雲雀の声

8 .都市の春は緑の旌旗である

9 .星(童謡詩)

10.六月の雨の街道

p38

11.卿は私そのものだ

12.雨に濡れて歌へる野鳩

13.孤線

14.嵐を残してゆけるヂオゲネスへ

目次

記末


末記 1    2                 著者

『青い嵐』これがわたし自身なのです。
これに集めた詩篇はここ二ヶ月の作品なのです。
ほんとうに私のものとしては、その一斑点にすぎませんけれど、
どの一篇にも私は可成りな自信をもつてゐます。

p39

 私の一方の眼は 夜も睡らなかつたと傍の人は云ひました、
それは 私を感激させる言葉であつたのでせうが
  私は恐ろしくてたまらないのです。
その眼は鋭い内心の炎になつて私を訶(さいな)みます。
他方の健やかな眼は、
ぐんぐん青空へ、そうしてその中の紫色の雲をすりぬけて輝く
  宵星のために限りない礼讃んの霧の中へ導いてゆくのです。
 私は健康にめぐまれて、色々の美しい世界へ、
かぎりない哀愁のくにへ、
旅立たうとしてゐます。
 過去の日よりも、もつともつと強く、鋭く大きく響く竪琴をもつてゆくのです。
そのかどでにこの『青い嵐』の一巻をもつて大洋へ・・・・・
 愛する兄弟姉妹たち、よく終りまで読んでくださいました、再びまた逢ふ日まで。
 終りに私は博信社の主人浅野久男氏と吉安竹三郎氏との絶大なお力添へを
感謝せずにはゐられません。


奥付

奥付


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凡例

表記は仮名遣ひの不統一などすべて原本に従った。ルビは( )内に記した。
新漢字のあるもの、明らかな誤植はこれを改めた。詩篇には頁の代はりに番号を新たに付した。すべて原文画像に就いて参照されたい。(編者識)


コメント:

四季派の外縁を散歩する「名古屋の詩人達 その1」
Memorandum :高木斐瑳雄のこと

「青騎士」創刊号末尾に掲載された広告


たかぎ ひさお【高木斐瑳雄】(1899〜1953)

年譜


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