も どる
2004年3-4月 日録掲示板 過去ログ

漢詩を読み解く七つのハードル 投稿者:やす  投稿日: 4月28日(水)21時49分21秒

 ぐれむんさま、おしさしぶりです。
 文政九年の臘八とだけは読めます。払子とか木魚とかなんかそんなお寺の行事の詩でせうか。 「・・・棕払子 竟日只揺鬚 木魚開口笑・・・」 仰言るやうに五山の五の字にはどうやらすべてこの“リーゼント癖”があるみたいですね。
 さきの本の中で半解先生は漢詩を読み解くハードルとして、
1.くづし字が読めるか。
2.どこで区切れるか。
3.漢語の意味は。
4.典故の有無は。
5.作者についての知識。
6.作詩の背景。
7.中国古典語と日本語の差異についての認識。
と七つのハードルを挙げてますが、さしづめぼくなど、最初のハードルを足に引っ掛けたまま暴走、四番目を蹴っ飛ばしたところで木っ端微塵の体たらくです。 ゴールデンウィークはおそらくどこにも行かず、ひっくり返ったハードルにべそ掻きながら八つ当たりしてるんぢゃないかな。
編集済

【ぐれむんさまより】 本日のお昼便。 投稿者:やす  投稿日: 4月28日(水)21時48分37秒

“ご無沙汰しております。「ござん、ござん」と唱えながら歩いていたら、又出会いまし た。今度は小屏風です。そして少しリーゼントがゆる めです。”

『一海知義の漢詩道場』 投稿者:やす  投稿日: 4月27日(火)23時21分1秒

 岩波書店の新刊『一海知義の漢詩道場』到着。陸放翁の詩集を輪読する大学院のゼミのや りとりを、背ろから拝聴してるやうな雰囲気の本です。一般受けのしないジャンルのさらにマイナーな詩人を扱った本なのに、とてもうちとけたカンジで、まづ は岩波書店の本らしく、ない。むしろかのZ会の名著『漢文法基礎』を彷彿させるのは、“半解先生”の語り口がまた“二畳庵先生”とおなじく関西弁だからで せうか。

 ともあれ図書館に入れてみたい気がして注文したんだけど、やっぱし自分で買はんといかんわね(苦笑)。岩波も硬めの本はあまり刷ってない様子なので、こ れも『漢文法基礎』同様、絶版になったら安易に再刷なんかせず、2ちゃんねるの漢文掲示板で話題になってYahooオークションでとんでもない値段がつく やうな本になったら面白いと思ふんだけどね。
編集済

蝿頭苦肉 投稿者:やす  投稿日: 4月18日(日)23時30分5秒

しょう坊さま@○○○さん(笑)、解読の煩をまことにありがたうございます。
不審の文字も、だんだんに判ってくるものなんですね。
今週末は訳本を添へて『五山堂詩話』に挑戦、丸二日間かけて漸く巻一を読み了へたところです。
あんまり高く買った本ぢゃこんなことできないんですが・・・
原本に直接いろいろ書き込んで、不取敢こいつを和本の“手澤本”第一号にするつもりです。

難しいですね 投稿者:しょう坊  投稿日: 4月18日(日)12時37分8秒

 「酔古堂剣掃」跋文、下記のようによんでみましたが、いかがでしょう? 1行ずつに行 開けしました。

 後叙
 天下廣矣未嘗無才子焉而 才子者往ゝ懐不平之氣於 是乎放浪烟月流連麹蘗 珠以簾畫欄嬌歌慢舞以取 快以一時楽則楽矣然興尽 酒醒則意况索然無聊殊甚  向所以快適拝悶者逼是以 長其不平耳匡坐一室上下 千古明目快心以蕩滌胸中之抑 塞者其唯読書乎而其書成 於不平者其感人為尤深也予 頃得明陸湘客劔掃者 読之 蓋湘客亦一不平才子也當着 此書以拝其欝悶自序云甲子 秋落魄京邸乃出所年録刻曰 劔掃甲子即天啓四年魏(王+當) 横恣擧朝婦人之秋也則湘 客之 寫不平於此書可知也此書 輯古人名言碎語外部竒 警剪裁雅潔人繙帙不能 □年自賛所謂快読一過恍 覺百年幻泡世事棋(木+平)向 来傀儡一時倶化者信矣嗚 呼 湘客不平之人而為快適之書 又使後世不平人読之快意不此 何也子長曰古来著書大抵聖賢 君子発憤之所為蓋非不平人無 知不平之情自解ゝ人皆得其要 因 不足恠也余曰与池内士辰謀 梓以行世今也天下才子幸際 太平極治之運而読此快意之 書唯應覺其有瑞雲祥烟往 来紙上耳 嘉永六年癸丑春日頼醇撰 并書于眞 塾

更新しました。 投稿者:やす  投稿日: 4月16日(金)12時36分3秒

長谷川巳之吉も“第二、第三の田中冬二”を発掘しようと、実力以上に押出しを意識してな のか、新人にはかなり破格の装幀を提供してますよね。
編集済

では更新して下さい :-) 投稿者:ゴキタン隊臨時隊員99号  投稿日: 4月16日(金)12時26分20秒

ヤマタ゛ヨシオ【山田芳夫】『菊の歴史』1941/第一書房/p/cm上製函

ヤマタ゛ヨシオ【山田芳夫】『菊の歴史』1941/第一書房/115p/20x15.5cm上製函帯

ちなみにこれ帯文は長谷川巳之吉です。

(無題) 投稿者:やす  投稿日: 4月15日(木)23時15分33秒

モダボさま@モダニズム防衛隊JIN隊長

 さうですか・・・移転ではなく閉鎖なのですね。事情はわかりませんが、同じく“ac.jp なWebページ”の我輩にとってもなんだか残念なニュースです。
 ただ資料を集めるだけではなく、コレクションから得られる書誌上の成果を惜しげもなく公開してゐる貴HPの心意気には、当初より深い共鳴を覚えてをりま した。研究費等の何のバックボーンもなく、それら全てが自腹を切ってあつめられたものであると聞けば尚のことであります。
 雑誌目録の労作については、長い目で再開と伸展を見守ってくれさうな息の長いサーバーが早くみつかることを願ってをります(うちの“詩集index”も 最近全くupがないです)。或ひは“モダニズムの周辺の周辺”だけでも、ジオシティーズ等の無料領域を使用して存続せられるといいのですがね。Salon の皆さんも同じ気持でをられる筈ですよ。
編集済

ご連絡 投稿者:モダボ  投稿日: 4月15日(木)20時41分48秒

やす様

当方が利用していたドメインがあと半月ほどで消滅することに決まりました。
ということで、当方のWebページもまもなく消滅することになります。
お手数ですがリンクを外してくださいますようお願いいたします。
移転先はありません。文字どおりの消滅です。
いずれ気が向いたときにどこかで再開することもあるかもしれませんが、
今のところは予定は立っておりません。以上、よろしくおねがいします。

皆様

そういうわけで、当方の ac.jp なメールアドレスもあと半月ほどで
使えなくなります。お手数ですが、当面御用の方は暫定でこの投稿の
メールアドレスに送信お願いいたします。

『陸放翁詩鈔』 投稿者:やす  投稿日: 4月14日(水)22時08分39秒

 本日『陸放翁詩鈔』四冊到着。人魚の嘆き様ありがたうございました。奥付の刊年は天保 九年四月増刻(京都菱屋治 兵衛、江戸須原茂兵衛、大阪堺屋新兵衛)とあるけれど、上から名古屋永楽屋東四郎版『大日本國全圖』の宣伝が一面にべったりと貼ッつけてある。あらら?和 紙なんで、そーッと引っ張ると剥がすことができるぞ、これ。かういふものは取っちゃってもいいのか、このまま残しといた方がいいものか、どっちだら う???
 ともあれなんか臭ひます(笑)。で、どっかで嗅いだことのある臭ひだとずーっと考へてゐたらば思ひあたった。さうだ、下町風俗資料館の地下倉庫に保管し てあった古い着物の臭ひだ・・・。徹底的に曝書してやったら飛ぶかな。

 本日はまた『日本古書通信』四月号も到着。さうか、漢詩集の文中にところどころ小さくちぎった紙(紅唐紙)が貼り付けてあったのは、あれは“不審紙”と 呼ぶのですね(“随読随記”)。
今月は“続署名本の世界”連載のほか、例の“かわほり堂目録”にも興味津々。

 このところ疲れが溜まってるカンジ。帰ると御飯たべて風呂入ってバタングーです。おやすみなさい。
編集済

『酔古堂剣掃』跋 投稿者:やす  投稿日: 4月12日(月)12時15分7秒

『酔古堂剣掃』の跋文に挑戦してみました。読めない崩し 字、読めない漢文、修行不足で恥ずかしい。

改めまして 投稿者:碓井雄一  投稿日: 4月 8日(木)11時49分28秒

私は伊東静雄の研究に志している者でございますが、晩年の林富士馬先生に近しく御懇情を 賜りました。目下「林富士 馬年譜」の作成を進めておりますが、先生の多くの同人誌の中でも特に重要と思われる『まほろば』の、昭和17年11月号、18年1月号がどうしても見つか りません(他の号は、当時の同人の方の御協力を得て実見を果たしました)。
また、やはり戦中の林先生の同人誌『曼荼羅』は、全4冊かと思いますが、こちらは1冊も実見を果しておりません。
以上につき、御教示を賜りたく、宜しくお願い申し上げます。勿論、両誌とも購入させていただきますことも考えております。私宛メールにて、御連絡をお待ち 申し上げております。
やす様、御親切、有難うございます。

薄墨桜  投稿者:やす  投稿日: 4月 5日(月)22時02分11秒

 春日井LIVINの目録に出てた『一日集』や『鶴の葬式』など、すべて古書店に横流し され、とんでもない値段に なった模様。しかし売るつもりのないコレクションに自慢の値段を付して公開してゐるんだと思へば、肚も立たない。思へば負け惜しみの心も随分自在になるや うになりました。慾も何もこの世の春とともに薄墨色にかき流れてゆくのを悄然と見送る気持のする今日この頃でございます(てか。笑)。

日録 投稿者:やす  投稿日: 4月 5日(月)00時07分26秒

 本日は県立図書館へ。

 まずは『季刊銀花』137号に載った「人魚通信」の記事をチェック(やうやく見ることを得ましたヨ!)。

 次に漢詩レファレンス第二弾の調べもの(今度は院生から)。
南北朝時代の文人、耕雲明魏こと藤原(花山院)長親のものといふことで
 風流絶世非関酒
 悟脱過人却罵禅
といふ句の出典を調べてほしいといふものであったが、ここでもタイムオーバー。
『漢詩大観』では埒が明かないので『日本詩紀本文と総索引』を見に行ったのだが、手懸りなし。このところ職場が危機的状況にてレファレンスにもゆっくり応 へられず残念、といふか申し訳ないです。

 で、今日は折角なんで序でにいろいろ漢詩コーナーをチェック。『日本中世禅林文学論攷』(中川徳之助著,清文堂出版 , 1999)といふ本に“白鴎考”といふ一章を割いて“白鴎”の語源を詳述してあったので茲に御報告致します。なんでも“鴎”といふのは“閑・信・潔・隠” といった理念と関連がある由、傍証がものすごくて、これも一寸読む気は起こりませんでした。

 また例の『酔古堂剣掃』について。“チャンペラ”は職場に中国古典新書と漢文叢書の二冊ともがあったのだが、『酔古堂剣掃:人間至宝の生き方への箴言 集』(安岡正篤著, 安岡正篤先生生誕百年記念事業委員会 , 1997)といふ本を借りてきた。一万円で買った本は書棚に上して置いて、300円で拾った未知の本に何故だか夢中になるといふのはホント、悪い癖です ね。「嬾には臥すべし」もう寝よ。

同人誌『まほろば』 投稿者:やす  投稿日: 4月 4日(日)23時10分42秒

 こちらこそ御無沙汰致しております。同人誌『まほろば』を追っかけてをられる由、御遺 族のところにもなく、おそ らく基本的な文学館には既にあたられてそれでも見つからなかったものでせうから、あとはやはり篤志家からの情報を待つばかりですね(私なんぞに心当たりが あらう筈もありません)。とは云ふものの、所蔵の好事家が掲示をみて安易に情報を寄せて下さる確率は残念ながら少ないかもしれません。それは碓井様への直 接の連絡先がわからないこと(メールアドレスを付しておくことをお勧めします)、碓井様の素性・動機・熱意が、この書込みだけからは察しがたいことからさ う感じます。専門古書店の目録に出れば端本にも結構な値のつきさうな雑誌です。或ひは買ひ取る覚悟が要るかもしれませんがよろしいのでせうか。大変な書痴 連がときどきこの掲示板にも目を通すみたいですよ。

ご無沙汰致しております。 投稿者:碓井雄一  投稿日: 4月 2日(金)13時03分33秒

林富士馬先生の戦中の同人誌に『まほろば』がございます。庄野潤三の処女作や三島由紀夫 の戯曲・エッセイ、富士正 晴のエッセイ連載など、極めて上質の同人誌です。この調査を致しており、全15冊のうち13冊まで実見を果たしましたが、昭和17年11月号、昭和18年 1月号がどうしても入手できません。所蔵図書館等にお心当りがあれば、何卒の御教示を賜りたく、お願い申し上げます。

酔余瞳険相 投稿者:やす  投稿日: 4月 2日(金)12時10分9秒

 昨晩は大学の歓送迎会。まずは神保町で奇しき遭遇を忝くした漢文の先生に値引き口添へ の御礼を申上げる。で、代 替わりしたさる古書店について貞之介さまとおんなじ感想を仰言るんで思はず笑っちゃったです(美人は得ですね)。またさきの五山解読の際に御協力頂いた書 道の先生にも御挨拶、『酔古堂剣掃』なる書物についてお尋ねする。実は当日の古書展で、何もわからぬまま三百円で出てゐた端本を、ただ頼醇(鴨崖,三樹三 郎)が跋文を書いてゐるといふだけで買ったものだが、自宅に戻って検索をかけたら先生のページがヒットしたんで驚いたのである。嘉永6年版の後刷(二冊に 纏めたもの)の後半分であるが、古来の名文を纂めた和刻の教養書として、幕末当時は結構行はれたものであるらしい。序文は誰が書いてゐたのかな。とにかく 『五山堂詩話』と違って本場の漢文はチャンペラがないと歯が立たないや。猫に小判、やすに『酔古堂剣掃』。

仕事のことでは、ぼくも何だか とても 疲れてますよ。
「なにをおまへはやっとるんだ、わからんのかそんなことも!」
今月は燃え尽きる前に座礁するかもさせられるかも……(苦笑)。
編集済

「物語」から 投稿者:fuu  投稿日: 3月31日(水)02時26分28秒


  季節は、いくたびもくりかへす。
  そして、人の心は、おなじ道をいくたびもさまよふ。
                          

やすさま

人と人との出会いや別れが紡ぎだす
さまざまな色に彩られた時たちのなかで
はてしなく踊り続ける道化師のような わたしがいます

何だか とても 疲れました……

燃え尽きることには 何のためらいもないけれど
あとには 灰すら遺らないのではないだろうか と
来し方行く末をみつめるばかりです

  なにをおまへはして来たかと……


fuu様へ。 投稿者:やす  投稿日: 3月30日(火)23時51分2秒

 さてこまったことになりましたね。
 件の稀覯詩集、“決定版全集”編纂者の立場からすれば、秘して門外不出の資料であるならともかく、既に刊行されちゃった訳ですから、こりゃ見ない訳には ゆかないでせう。さうして例へ刊行者が納本義務を遂行して国会図書館に寄贈し、それを見ることを得たとしても、です。元原稿を見ないでテキストを鵜呑みに 採用することなども、やっぱりできる相談ではないのですからね。
 どうしてこんなに事情が行き違ってしまったのでせう。
「立原道造を愛する方が、善なるこころを持たないとは、決しておもいたくないのです。」
 私は“水戸部書簡”にまつはる一連の経緯を、ふとも想起致しました。
 先日の会でも生前の立原道造と会ったことのある方はたったお一人とか。後世のいろんな思惑の人々の間に入ってお世話をしてをられるfuu様には、余計な 摩擦によって燃え尽きてしまはれぬことを、私は願ふばかりです。申すべきことは旧蝋軽井沢にて申し上げました通りであります。
 私自身も先だって、立原道造の詩集をお返しした筈の元級友の御遺族について、今度はその級友自身の原稿が再び同じ古書店から売りに出されてゐるのを見て から、なんだか複雑な気持にさせられました。当人の遺志ならばともかく遺族の意向、或はもっと下って関係者の遺族の意思なんてものについては随分懐疑的に なってしまったのですね。今回の一件とは…関係ないですか…ごめんなさい。私には件の刊行者の気持も判ります。
 そんなにひどいことにはならない様に思ひますけど。無責任みたいですが、云ふまでもなく立原道造を愛する人は、善なるこころを持ってゐますよ。

今年の3月29日 投稿者:fuu  投稿日: 3月30日(火)00時37分42秒

やすさま

今年ほど哀しい道造忌を迎えたことはありませんでした。

道造さんが好き・・・
一人でも多くのひとに彼の魅力を伝えられたら・・・
そんな想いだけでひたすら走り続けてきた日々でした。

全集編集への協力も全てボランティアでやってきましたが、
未発表資料を持つ方からはご協力を断られ、途方にくれておりましたところ、
何の前触れもなく発表され・・・
そして、それは、我が手の届かぬところにあり・・・

私はこれまで、ひとは善なるものであり、
誠意を尽くせばこころは通じるものと、信じて生きてまいりました。

・・・・・・・・・

しかし、これからも、その生き方をかえるつもりはありません。
まして、立原道造を愛する方が、善なるこころを持たないとは、
決しておもいたくないのです。

今日がホントの立原忌 投稿者:やす  投稿日: 3月29日(月)22時22分21秒

fuuさま
先日は正直のところ乾杯だけは早くやってほしかったですねー。(笑)


扨、神田で買った『五山堂詩話』後刷端本ですが、昨夏\100で買った各巻縦寸不揃ひのものと較べると7mm〜1cm小さい。つまり欄外上部の余白部分が 違ふのである。
さきに推測した「これこそ初版ではないのか」といふ期待と共に、
「“番付騒動”の年に出る予定だった巻十初版の部数は、極端に少なかったんぢゃないのか」
といふ大胆な仮説が再び現実味を帯びてきた。
編集済

御礼 投稿者:fuu  投稿日: 3月29日(月)00時09分41秒

やすさま

昨日は、バタバタしておりまして、あまりお話も出来ずに残念でございました。
また、お土産(『測量船』や長良川の味覚・・・)をいただき、ありがとうございました。
取り急ぎ、御礼まで。

ただいま  投稿者:やす  投稿日: 3月28日(日)21時57分25秒

帰還いたしました。上京中にお世話になりました皆々様には厚く御礼を申し上げます。

【金曜日】
 東京駅から古書展へ直行。新しくなった東京古書会館に初めて入る。歩ってる人がおんなじでもフローリングと白熱光による演出でむさ苦しさは半減したかな (笑)。殊にも洗面所でお湯が出てきたのには感激です。岐阜の詩人、武藤和夫の戦後原稿を一冊に綴じたよくわからん“詩集四”といふのを購入 (\600)。“一・二・三”はどこ行った? 
 会場にてなんと恩地様と遭遇。一緒に田村書店および開店前の「かわほり堂」を訪問(N様コーヒー御馳走さまです)、ついで神保町における“漢詩集要注意 ポイント”をひとつひとつ恩地様の後について回ることに。今まで何百回と歩き回ってる界隈なのに、ついぞ和本なんぞに興味が無かったため何だか神保町が新 しく見えてくる。御教示有難うございました。さらに職場の大学の漢文の先生ともバッタリ。その後廻ったお店でまけて頂いたのは、けだし先生が事前に口添へ して下さってゐたやうな次第です(『清百家絶句』藤城・松陰撰3冊揃\8.000と、『五山堂詩話』後刷端本5冊\5.000)。
 夕刻には語気鍛隊長と合流(帰国の足にてお疲れのところ恐縮です)、Salonの同志数名と前夜祭を致しまして候。御馳走さまでした!

【土曜日】
 天気晴朗。朝から田中克己先生の墓参に八王子の上川霊園まで。墓前で胡坐をかいて曝書する男ありけり。墓参者みな訝しげにやり過ごす。午後、立原道造忌 に参加(於鴎外荘)。風さまに御挨拶。記念館の新しい展示を見、夕刻より『人魚の開業祝い&送別会』に合流。Salonの皆々様ほか、名にし負ふ“ダボT 様もといT冨様”にもお目に掛かる(流石にりょくちゃんも神妙だね 笑)。
 人魚の嘆き様よりは『吾が母の歌』(田中父言詩集)を頂く。ありがたうございました。

 われにまた大いなる変革ありて
 帰らぬ春の思ひ出に酔ふを許さず
 やがて来ん朝あけの激しき冷気を予感して
 深き悦びに立ちあがるなり       “告知”より

【日曜日】
 久しぶりに“魚河岸野郎”メカジキ氏と逢ふ。共に同僚時代を過ごした下町風俗資料館を訪問。10年前と変はらぬ佇まひと展示に感無量。
 当日不忍池では骨董市、桜も五分咲きとてものすごい人出なり。故に池之端→谷中→と逃れてなつかしの田端を訪問することに。駅前の変貌ぶりに驚く。“田 端文士村記念館”なるものも出来てる。で、パンフレットを見たらば何とわが下宿のあったところには嘗て中野重治が住んでゐたことが判明。そりゃ田中先生に 教へてあげたかったな。
 車で東京駅まで送ってもらふ。おせんべいありがたう!
編集済

書誌訂正 投稿者:やす  投稿日: 3月22日(月)23時41分33秒

 本日、『夜行雲』を刊行時にお求め頂いた方より、お手紙にて田中克己書誌の訂正を辱く した。翻訳書『北 方ツングースの社会構成』の刊行は昭和16年12月とのご指摘、HP記載箇所を早速訂正致しました。ありがたうございます。合せて 『田中克己詩集』をお持ちの方は、巻末“著書目録”の訂正をよろしくお願ひ申上げます。
編集済

井上多喜三郎 詩集『花束』 投稿者:やす  投稿日: 3月16日(火)20時44分50秒

 先達て元淡交社の山城孝之様より電話で図書館までレファレンスあり、井上多喜三郎の全 詩集を企画中のところ、初 期の稀覯詩集『花束』がどうしてもみつからず探してゐる由。検索で拙ホームページ詩集indexから訊ねて下さったのだが、私のところでupしてゐる書誌 も孫引きなのだからどうしようもない。もしお持ちの方で全詩集編輯者に書誌の詳細(そして書影も?)を提供してもいいといふ奇特な愛書家がをられました ら、滋賀県の安土町立図書館ま で是非お知らせ下さいませ、とのこと。

『古書通信』 Vol.69 No.3 投稿者:やす  投稿日: 3月12日(金)21時23分30秒

 今回の『古書通信』の「続署名本の世界」、お題は立原道造『暁と夕の詩』。麥書房版復 刻の解説から誤りだけを精緻な推論で切り分けてゆき、謎の“No.7献呈本”=“和7”の正体を浮かび上がらせる手際は毎度ながら独壇場である。

 目録では西崎晋の詩集『Chanson sans paroles』がいいかな。春日井LIVINの目録からも『一日集』が安いのでともに注文してみよう。二つとも当たっちゃふと、この年度末はなかなかの 出費となりさうですね。
編集済

「古琴以斷紋爲證」 投稿者:?やす  投稿日: 3月 9日(火)22時22分13秒

 漆に入ったひび割れが美しい、とは一体どんな風のことをいふんでせう。レスポールもあ と五 百年経つとそんなの入るんでせうか。(笑)

>図書館関連ですからご存知でしょうが、
 何にも知りません。花月文庫なんて初耳です(恥)。なんば花月だったら聞いたことありま す。一度お袋を連れてってあげたいです。
 さて漢詩集の目録ですが、詳細な書誌情報といふ点では、
「早稲田大学図書館所蔵 近世日本漢詩集目録」(一) (二) (三) (久 保尾俊郎氏編)
といふのをまためっけてきました。刊行年順といふのが興味深く、見てて楽しい。残念ながら(一)はまだpdfになってゐない模様です。

 それにしてもぐれむん様のハイカラ好き(某氏談)は代々の血筋だったのですねー。森鴎外みたい、といふか名前つけるときに“一杯一杯復一杯”してた、な んてことはないでせうね(笑)。

解明しました 投稿者:GRAPEFRUIT MOON  投稿日: 3月 9日(火)02時02分51秒

外字を入れると文字化けすることが判りました。画数には関係ないようで、わたくしのPC がそれに対応出来なくなったみたいですね。
○の所はシンニュウ偏に貌の「ばく」という字です。
「幽ばく」は「悠ばく」と同意で山水が泰然としている様。
編集済

琴者禁也禁淫邪 投稿者:GRAPEFRUIT MOON  投稿日: 3月 9日(火)01時42分34秒

もう一人と言えば、そりゃやっぱり張紅蘭でしょ。
きょう、新聞の新刊広告にやすさんの名が出てきたので、
どんな詩集を出されたのかなと思ったら、同姓同名の方でした。
お互い、和本の奥付はちゃんと見ましょうね。

夏四月古琴一張を購ひ得たり
軫下老龍の二字を刻し
印に笑傲烟霞の四字あり
所謂老龍琴是なり
紅蘭女史欣然歌を作って云ふ
と星巌が記述すれば、紅蘭は「遺稿」所収の有名な
   買 琴 歌
の中で古漆断紋細於髪と言う程、琴の美しいひび割れは価値があったようです。
詳しくは、宋の「洞天清禄集」参照。
よほど嬉しかったのでしょう。
翌嘉永五年には
買琴試弾一曲なる絶句あり。

起倚高楼梅雨晴
山川幽○意嘉平
浮雲柳絮淡無迹
水自東流琴古声

やすさんの推理通り、奥さんの遺品だったのです。
近所なんだから、一度どこに収容されているのか調べて現物を見てきてください。
殊(こと)に裏側ね。

ところでこの琴は「梁川星巖翁」によれば、やすさんも示した写真にあるように宇田豊四郎蔵、京都博物館托とありますが、現在は大垣市教育委員会が保存して いる由。

谷村文庫は画像もあって便利ですね。
図書館関連ですからご存知でしょうが、上田市立図書館の飯島花月旧蔵なる花月文庫も秀逸です。
http://www.echol.gr.jp/digilib/kagetsu/setsumei.html
全然関係ありませんけれど、わたくしの父は抱琴と号しました。(原ではなく李白からだと言っていた筈)母の名が蘭で、祖母は日本人ですがルイスといいまし た。
編集済

柴山老山 投稿者:やす  投稿日: 3月 8日(月)20時50分5秒

「白鴎詩社」にあって星巌、藤城、細香らの次に位置するのは誰かな。“Quiet Beatle”が神田柳溪なら、年長の柴山老山は“五人目のBeatles”か(笑)。詩集も無いのに門人はいっぱい。週末に関係するところをテキストに 起こしてみました。

http://libwww.gijodai.ac.jp/cogito/kanshi/minofuga/shibayamarouzan.html


追伸  投稿者:日本狐疑人  投稿日: 3月 5日(金)22時47分18秒

よくよく奥 付を 見ましたら「絶句律部(絶句と律詩)」が“出来”で、「古詩律體」が“近刻”となってます。これはきっと律詩部五冊のことぢゃありませんね。国事に奔走し て多忙を極めてゐた晩年の梁川星巌は、この本が出た翌々年に死んでしまひますから、その“近刻”もつひに未刊に終ったといふところではないでせうか。
  ともあれ100年以上も昔の本なのですから、私のやうな初心者は、確定できない初版本に拘るより、摺りの良い本・蠹蝕のない本を追っかけてゐた方が正解に 違ひありません。
  ありがたうございました。
編集済

文字化け名人 投稿者:GRAPEFRUIT MOON  投稿日: 3月 5日(金)22時04分2秒

 ご迷惑をおかけしました。谷村文庫のものとも違います。あれが安政三年版でしょうか。 見返しは同じですが、わたくしのものには題箋に数字がありません。どの巻も表題のみです。律詩部だけには付いていますが、説明が無いのです。後版でしょう ね。
しかし、律詩部近刊は変ですね。
「宋詩清絶」を複数架蔵しているので、恩地さんに一冊譲ろうと二人でどちらにしようか比べていたら、今回同様仔細な違いがあって、これは両方持っておかな いといけないという結論になったことがあります。 だから和本は奥深い。
今回は何故文字化けしないのかな。車偏に召の字が犯人かな。
とにかくPCを整理致します。これ以上長く書き込むと又、化けそうなので、
今日は疲れたしこれ位で失礼します。
名物にはなりたくないので。

固長臨池技(笑)。  投稿者:日本古義人  投稿日: 3月 5日(金)21時39分2秒

 『高青邱詩集』ですが、ぐれむん様のお持ちのものは表紙はこ んなカンジですか?で、扉(巻一見返)はこ んなんなのですね。でも刊記は「山田茂助蔵」で安政版の律詩編もついてるから天保の初版ぢゃないらしい、と。

 わたしとこのは表紙はこ んなふうで、扉(巻一見返)はまっ かっかで、刊記も初版かなーと思ったんですが、前に記したやうにバレバレの仕業が露見してまして後 刷のしかも明治刷な訳です。

 つまり本文は一緒でも表紙と扉、刊記の異なる二種類が、“茂助本”の後刷を含めると少なくとも三種類あるわけですね。

 京都大学附属図書館の谷 村文庫目録ですが、漢詩好きにはたまりません。

 しかしこの本の奥付、安 政三年なのに律詩編近刻といふのはどういふことなんでせう。頭がこんぐらがってきた。
編集済

菊池銀蝿 投稿者:GRAPEFRUIT MOON  投稿日: 3月 5日(金)21時03分35秒

 永らく留守していたり、変なサイトに拉致されている間、役に立てず申し訳ありませんで した。
 この度は五山の写真をUPして下さり有難う御座います。実物は綺麗とは言えませんが、写真よりは少し良です。秋まで待って、kikuさん絡みで投稿しよ うと思っていたのですが忘れてしまいそうなので、入手してすぐに報告しました。わたくしがメールで貼混なんて変換通り書いてしまったから、そのまま記され たのでしょう。正しくは貼交屏風、あるいは貼雑(乱歩はこっちですね)です。

 ところで、この間数千円で入手されたという「高青邱詩集」ですが、弊屋架蔵のものは巻一の見返しにのみ記述があります。曰く。

清 金檀星?氏輯注
日本規景寛氏校刻
高青邱詩集
   精義堂蔵板

律詩編には見返しはありません。
最終の巻八奥付は刊行案内のあと下記の通り。

    皇都寺町通六角南式部町
書林聖華房       山田茂助蔵

 余り刷りも良くないので、これも天保版ではないかもしれません。このころの初版、再版の価値の違いは現在とは意味が別ですね。初版はおおむね綺麗ですも のね。ところが後の版は版木を組み替えたりして内容が変わっていたりするので、和本は一冊だけでは判断出来ないんです。「高青邱詩集」だってずっと二巻本 を 茂助本と呼んでいたのですけれど、八巻本も 茂助本なのに昨夜気が付きました。

本日は記事のみにて、奇事は後日。

追伸  投稿者:やす  投稿日: 3月 5日(金)22時47分18秒

よくよく奥 付を 見ましたら「絶句律部(絶句と律詩)」が“出来”で、「古詩律體」が“近刻”となってます。これはきっと律詩部五冊のことぢゃありませんね。国事に奔走し て多忙を極めてゐた晩年の梁川星巌は、この本が出た翌々年に死んでしまひますから、その“近刻”もつひに未刊に終ったといふところではないでせうか。
編集済

(無題) 投稿者:日本狐疑人  投稿日: 3月 5日(金)22時19分18秒

谷村文庫のものも初 版ではないですから、謎は謎を呼ぶ展開ですね。ともあれ100年以上も昔の本なのですから、私のやうな初心者は、確定できない初版本に拘るより、 摺りの良い本・蠹蝕のない本を追っかけてゐた方が正解に違ひありません。
ありがたうございました。
編集済

文字化け名人 投稿者:GRAPEFRUIT MOON  投稿日: 3月 5日(金)22時04分2秒

 ご迷惑をおかけしました。谷村文庫のものとも違います。あれが安政三年版でしょうか。 見返しは同じですが、わたくしのものには題箋に数字がありません。どの巻も表題のみです。律詩部だけには付いていますが、説明が無いのです。後版でしょう ね。
しかし、律詩部近刊は変ですね。
「宋詩清絶」を複数架蔵しているので、恩地さんに一冊譲ろうと二人でどちらにしようか比べていたら、今回同様仔細な違いがあって、これは両方持っておかな いといけないという結論になったことがあります。 だから和本は奥深い。
今回は何故文字化けしないのかな。車偏に召の字が犯人かな。
とにかくPCを整理致します。これ以上長く書き込むと又、化けそうなので、
今日は疲れたしこれ位で失礼します。
名物にはなりたくないので。
編集済

固長臨池技(笑)。 投稿者:日本古義人  投稿日: 3月 5日(金)21時39分2秒

 『高青邱詩集』ですが、ぐれむん様のお持ちのものは表紙はこ んなカンジですか?で、扉(巻一見返)はこ んなんなのですね。でも刊記は「山田茂助蔵」で安政版の律詩編もついてるから天保の初版ぢゃないらしい、と。

 わたしとこのは表紙はこ んなふうで、扉(巻一見返)はまっ かっかで、刊記も初版かなーと思ったんですが、前に記したやうにバレバレの仕業が露見してる後 刷のしかも明治刷な訳です。

 つまり本文は一緒でも、表紙・扉・刊記の異なる二種類が、そして後刷の刊記“茂助本”バリエーションを含めると少なくとも三種類あるわけですね。

 しかしこの本の奥付、安 政三年なのに律詩編近刻といふのはどういふことなんでせう。頭がこんぐらがってきた。京都大学附属図書館の谷 村文庫目録からビシビシリンクさしてもらひましたが、ここの目録は漢詩好きにはたまりません。
編集済

菊池銀蝿 投稿者:GRAPEFRUIT MOON  投稿日: 3月 5日(金)21時03分35秒

 永らく留守していたり、変なサイトに拉致されている間、役に立てず申し訳ありませんで した。
 この度は五山の写真をUPして下さり有難う御座います。実物は綺麗とは言えませんが、写真よりは少し良です。秋まで待って、kikuさん絡みで投稿しよ うと思っていたのですが忘れてしまいそうなので、入手してすぐに報告しました。わたくしがメールで貼混なんて変換通り書いてしまったから、そのまま記され たのでしょう。正しくは貼交屏風、あるいは貼雑(乱歩はこっちですね)です。

 ところで、この間数千円で入手されたという「高青邱詩集」ですが、弊屋架蔵のものは巻一の見返しにのみ記述があります。曰く。

清 金檀星?氏輯注
日本規景寛氏校刻
高青邱詩集
   精義堂蔵板

律詩編には見返しはありません。
最終の巻八奥付は刊行案内のあと下記の通り。

    皇都寺町通六角南式部町
書林聖華房       山田茂助蔵

 余り刷りも良くないので、これも天保版ではないかもしれません。このころの初版、再版の価値の違いは現在とは意味が別ですね。初版はおおむね綺麗ですも のね。ところが後の版は版木を組み替えたりして内容が変わっていたりするので、和本は一冊だけでは判断出来ないんです。「高青邱詩集」だってずっと二巻本 を 茂助本と呼んでいたのですけれど、八巻本も 茂助本なのに昨夜気が付きました。

本日は記事のみにて、奇事は後日。

頂きもの写真up  投稿者:やす  投稿日: 3月 4日(木)21時35分36秒

 本日ぐれむん様からのメールの頂きものです。BBSにうまく貼り付けられなかった由、 こちらでupさせて頂きました。ありがたうございました。
 で、昨日入手された貼混屏風(はりまぜびょうぶ)のなかになんとまた菊 池五山が、ですって?(笑)。「節近く中秋、晴れ信じて堅く…」にわかに読み下せませんけれども、毎度お馴染み五山の“五”の字はリーゼントのお 兄ちゃんみたいな姿してますね。
編集済

風信子忌 投稿者:fuu   投稿日: 3月 3日(水)00時59分4秒

やすさま
風信子忌(立原道造を偲ぶ催し)へのご参加、ありがとうございます。
今年も盛りだくさんのメニューを揃えて、お待ちいたしております。
“ネット上の活動体=やす@cogito”さまがいらしたからこそ、こうして、“夢幻の墓守&巫女?=fuu@風”との交游が可能となりました。世界中に はりめぐらされたネットに漂う“「浮遊霊」おそるべし”と言えましょう。緑兎&usuke&kiku&etc...........。

皆々さま
今春3月27日に開催される風信子忌(於:上野多寶院&池之端鴎外荘)にご興味のある方は、fuu宛にメールをください。
ご案内をお送り申し上げます。

http://www.tachihara.jp/index.html


(無題) 投稿者:やす  投稿日: 3月 2日(火)23時05分9秒

fuuさま
 電子図書館と保田與重郎といふ取り合はせがすごいですねー。泉下で詩人は何と思し召してをられるでせうか。しかし考へてみれば現実の出版物こそ肉体。無 辺際の自由と不安のなかに放り出され、詩集を出すこともやめてしまったネット上の活動体の私こそ「浮遊霊」にも等しい存在とは云へないでせうか(笑)。図 書館が“本の墓場”なら、電子図書館は自体が“お化け”なのであります…。

 さて、今年の風信子忌も参加できることになりましたのでこの場で御報告申上げます。田中先生のお墓にも暫くお参りしてないので、当日は“心機一転・完全 厄明け”の報告も兼ねて「展墓のハシゴ」をしようかとも計画中です。

保田與重郎のことなど 投稿者:fuu  投稿日: 3月 1日(月)23時56分8秒

谷口敏夫氏は、私の本業である電子図書館構築にあたっての恩師の一人といえます。
氏は、長尾真氏(京都大学前総長・日本図書館協会会長)率いる電子図書館のパイオニア集団の一員ですが、実は、保田與重郎ファン?、命? と称する方でも あります。
既にご存知かもしれませんが、一度、氏のホームページを訪ねてみてください。


『テキスト情報学 異文やまとしうるはし』
http://www.koka.ac.jp/taniguti96M/taniguti96M.index#anchor1210666

「保田與重郎関連文献・書誌目次データベース 」
http://www.koka.ac.jp/taniguti97M2/default.htm

「一篇の詩に惹かれて」
http://www.koka.ac.jp/taniguti97X/HaraG/HaraG200003.htm
谷口氏友人であるこの作者「原 正」氏もまた、図書館人のエキスパートです。
“世の中、はらただしいことばかり”とのことから、このペンネームを思いつかれたそうです。

『昧爽』第四号 投稿者:やす  投稿日: 3月 1日(月)21時27分41秒

 本日、中村一仁・山本直人さま共同編輯同人誌『昧爽』第4号をお送り頂きました。厚く 御礼申し上げます。ありがたうございました。
 さきに中村様からの予告掲示にもありましたが、“総力特集◎浪曼派変転”と題して68pの冊子全篇に亘って、日本浪曼派を論ずる文章が並んでゐます。 「巻頭対談」(お二人ともかういふの、一度やってみたかったんでせうねー。ボクワカリル!)には気鋭の少壮学徒の尊影も(笑)。
 なかでは有名作家を論じたものに混じって“鈴木助次郎さん追悼”といふ中村氏の文章を興味深く拝読しました。2号の高橋書店店主追悼に続きあたたかい発 掘の文章。末尾の保田與重郎の手紙がまたいいですね。

「…貴兄まさに青春にとむ、沈黙への自信を持つことです、書くこと書かないこと、いづれも自身であります、小生貴君の文才を深く信じてゐます、つまらぬ雰 囲気を超越してください、超越は純粋に反しません(昭和32年鈴木氏宛書簡末尾)」

 雑誌「祖国」収録のものを中心にした小説集『駿河大納言』は、帙入の絢爛たる志功装釘本の由です。

 さて小生にも需められた「日本浪曼派とはなんであったか」のアンケート。
“お題”と拙回答は次の通り(大変生意気)です。

1.この数年の保田與重郎現象についてどうお考えですか。
 戦争責任の呪縛から解き放たれた発想のできる世代によって、おもに思想家保田與重郎が語られてゐると思ふ。しかし思想といふくくりで語れば語るほどむな しくなるやうな「最後の文人」としての俤を、新しい世代の研究者がどこまで非政治的な文脈で慕ひ得るかについてこそ、注目してゆきたい。

2.今日、日本浪曼派の文学・思想から学ぶべき点、もしくは批判すべき点があるとすれば、それはどんな点です か。
 詩精神を標榜したのに贔屓の引き倒しになってしまった浪曼派については、将来日本で復権を果たすだらう抒情詩が、自らの系譜を位置づける際に、最後の自 覚的な庇護者であった文学運動として、遠い灯台の明かりのやうにかぎりないなつかしさでそれを回想すること、日本浪曼派自体が憧憬の対象となってゆくこと が、今日における彼らの動機の完成であり存在理由であるもののやうに思はれる。

3.今後読み継がれるべき日本浪曼派、及びその周辺の著作を挙げてください。
 その意味で読み継がれるべき著作は、テキストであるといふより、むしろ彼らの時代を封印した原質としての形を伴った「本」なのだ、といふべきだらう。 『花がたみ』然り。『詩集西康省』然り。『戴冠詩人の御一人者』然り…etc。そこに今は失はれた日本の自然が凝ってゐる。

なんともはや(汗)。最後はね、やっぱり「本」で締めてみました。

『昧爽』連絡先 nahoto@wf7.so-net.ne.jp