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藤翁詩巻
木曽道中
霜風払袖出函関。梅雨跨鞍入信山。寄語蘇溪休照影。征塵催我髩斑々。
霜風袖を払ひて函関を出づ。
梅雨鞍に跨がり信山[信州の山]に入る。
寄語す、蘇溪[木曽谷]の照影に休めるに。
征塵、我が鬢に斑々[白髪]たるを催す。
信中五月木綿裘。積雨鳴溪冷似秋。日暮桟雲鎖来路。夢魂此夕到家不。
信中五月、木綿の裘。
積雨、溪を鳴らして冷きこと秋に似たり。
日暮桟雲、来路を鎖す。
夢魂、此の夕べ、家に到るやいなや。
高低駅路松潺湲。馬首千溪又万山。行過横関忽明眼。妙義峭抜在雲間。[木曽諸峯、平凡無他奇。東入横川関、妙義一峯奇峭、可喜、故云。
高低の駅路、松、潺湲たり。
馬首、千溪、また万山。
横関を行き過ぐれば、忽ち眼を明るうす。
妙義、峭抜にして雲間に在り。[木曽の諸峯、平凡にしてまた奇無し。東のかた横川の関に入りて、妙義の一峯の奇峭たる、喜ぶべし、故に云ふ。
晩秋書事
想見澄江施練光。江頭秋草亦芬芳。逝雨速促閑行約。擬在斯時共挙觴。
想見す、澄江に練光を施すを。
江頭秋草また芬芳たり。
雨逝きて速く促すは、閑行の約[遊山の約束]。
擬する在り[予定あり]、斯の時、共に觴を挙げんことを。
半秋病裏雨漫々。病起喜晴秋欲残。埜菊未凋楓葉染。蕭条風景尚堪看。
半秋の病裏、雨漫々。
病起して晴を喜ぶ、秋、残せんと欲す[殆ど無い]。
野菊未だ凋まず、楓葉、染まず。
蕭条たる風景、尚ほ看るに堪ふ。
天涯家信寄衣衫。羇旅径寒亦未嫌。却値楼窓暖晴日。翻書曝背倚前檐。
天涯の家信[家からの手紙]、
衣衫に寄す。
羇旅、径寒くして、また未だ嫌はず。
却て値(あ)ふ、楼窓暖晴の日。
翻書曝背、前檐に倚る。
芳賀村阿武志奈祠
回頭牛鼻五年遊。重向飛川倚上流。高社昔伝延喜式。灘雲祠欝共千秋。[乙未春全一遊牛鼻、牛鼻距芳賀十里而近。
回頭す、牛鼻、五年の遊。
重ねて飛川に向ひ、上流に倚る。
高社、昔に伝ふ延喜式。
灘雲祠欝、共に千秋。[乙未[天保6年春、全牛鼻に一遊、牛鼻、芳賀と距つこと十里にて近し。]
繁霜満隴麦芽生。対岸有群溪霧横。散歩敲門問爻象。得知林下小君平。[祠祝某、善卜筮、多来請者。
霜繁く隴に満ち、麦芽生ず。
対岸に群有り、溪霧横はる。
散歩して敲門し、爻象[八卦]を問ふ。
知り得たり、林下の小君平。[祠祝の某、善く卜筮す、来り請ふ者多し。]
贈矢島巴龍 [巴龍夙成治産、好茗、茗如老於其事者。] [巴龍夙(つと)に治産を成す、好茗、茗如老於其事者。]
椀甌変價若溪雲。野鶩家鶏尽自珍。着意桃花浄除室。時宜不失是茶人[惟家鶏貴野鶩、晋庾翼善胥見其家児輩貴羲之之書不貴、已書而言世凡茶人相銜交易器物有類此者、故云。]
椀甌、價を変ず、溪雲の若し。
野鶩家鶏、尽く自珍。
着意せよ、桃花、浄除の室。
時宜を失せざるは、是れ茶人。[ただ家鶏貴野鶩、晋の庾翼、善くあい見其家児輩貴[王]羲之の書を不貴、已書而言世凡茶人相銜交易器物有類此者、故に云ふ。]
過山上村
小聚箇々村是山。人諸鶏群林谷間。権輿前行顧輿丁。彳亍問路陟且攀。百峯之多偶有此。数人恍疑様遠鄙。行々阪尽忽眼明。誕山露鬐夕陽紫。
小聚箇々村是山。
人諸鶏群林谷間。
権輿前行顧輿丁。
彳亍問路陟且攀。
百峯之多偶有此。
数人、恍として疑ふ、様遠鄙。
行々、阪尽きれば、忽ち眼明るし。
誕山露鬐、夕陽紫。
泉卿買別荘於竹垂洲、修繕遣聚視之時、聚患頭風歯痛、適泉乏家園丁与聚所従銀鹿挙輿以促因力疾而徃焉、忽覚所坐走筆得二律、時十二月九日
泉卿、別荘を竹垂洲に買ふ、修繕遣、褧[藤城]聚之を視る時、褧、頭風歯痛を患ふ、適(たまた)ま泉乏家園丁と褧と従ふ所、銀鹿輿を挙げて以て促す。
因りて疾を力みて徃く、忽ち坐す所を覚め走筆、二律を得たり、時に十二月九日。
両僕籃輿解挙肩。西郊力疾趁寒烟。鍼治齲歯仍余痛。巾護頭風任叵痊。洲樹城雲催臘雪。鶏群人詰閙残年。一邱隔断喧車馬。心遠真知地自偏。
両僕の籃輿、挙肩を解く。
西郊、力めて疾し、寒烟を趁ふに。
齲歯を鍼治するも、仍ほ余痛。
巾は頭風を護るも、痊(癒え)叵(難)きに任す。
洲樹城雲、臘雪[12月の雪]を催す。
鶏群人詰めて残年を閙(さはが)す。
一邱、車馬の喧(かまびす)しきを隔ち断つ。
心遠ければ、真に知る、地自ら偏なり[陶淵明]と
牛鳴負郭好雲烟。杉菴芹渠数畝田。洛汭温公独楽爾。彭城蘇轍対凄然。貧韓如此伴昆弟。善慶得渉来祖先。桜墅梅荘郷国満。多他更買小平泉。
牛鳴く負郭[郊外]、雲烟好し。
杉菴、芹渠、数畝の田。
洛汭(らくぜい:京都)の[司馬]温公、独楽園。
彭城の蘇轍、対して凄然。
貧韓、此くの如く、昆弟を伴ふ。
善慶得渉来祖先。
桜墅梅荘郷国満。
多他更買小平泉。
十四日発清水口即同
満天霜桑冷光浮。映轎啓明光射洲。人返北山草堂住。雁知南国稲●謀。沙川平遠輿渠大。野樹蒼茫邑落稠。忽憶楽遊原上客。無能無味与時酬。[蘇子由留子瞻詩云、誤喜対牀尋旧約、不知漂泊在彭城、 平泉唐李徳裕別荘名崔曙歳末還太宝詩云、吾亦従此去返北山草堂、杪冬正三五日月遥相望杜牧之詩、清時有味是毎能云々、楽遊原上望昭陵、沙川平遠輿渠大。]
宿于岩龍大圓寺自四月二十八日至五月二日無日不雨無日不雨、筍飲酒信口成四絶句
翠樾園庭為夔披。青苔院落雨糸々。傾然僧飯添滋味。参得林中玉版師。
暑昏焼筍玉玲瓏。半塢龍孫[属斤]欲空。他日再遊求旦過。何辺禅榻臥清風。
老樹交陰翠掩空。半旬積雨圧窓龒。一篆芍薬余春識。看尽残芳狼藉紅。
白姫祠下雨濛々。開遍岩頭躑躅紅。猶似水西川時客。詩成半酔半醒中。
容青窩小酌
涘如蜀峡筇未停。勝似刻溪屐頻経。上堂一樽襟期愜。嵐点苔痕与眼者。花飛風景属清和。三春行楽慶未醒。明日帰家思陳迹。但見前灘響叫櫺。
木曽川界濃尾而流至鹿児島西忽中分為洲東西十里西南北十里弱、曰松原島曰河田島以下得村七地雜流尾。終致村民争国界不変者二十三年矣今茲 幕府地改吏某君来検事白召褧 及河内郷何事因同赴焉、道路湿沮風雨六至賦此似内郷、時天保十四年癸卯五月二十四日也。
蘇川中分燕尾流。淡烟喬木別一邱。弾丸之地雑濃尾。一水不復界二州。吟情画思愛平遠。棲宿何辺求晩飯。籜龍遮路無人[屬斤:チョク 切る・鍬で掘る]。 蘆雀群中風雨晩。至境蛮触薄争先。珍重虞苪成間田。解糸甘為詩人事。我是当年孟浩然。[唐詩人孟浩然常為人解糸救厄見于本伝]
千匹村中村儀兵者、家回林臨川北連翠微。望而知為好棲遅也。余毎舟行下藍川、必過其門外徒欽羨耳。近似 官命、有釈紛事、宿于此再矣。賦比紀実云。所謂 官命以、 山縣通渠廿七村与広見三村長、争其渠口之地。官使褧輩諭之止訟焉也。天保癸卯孟夏。
千疋村中村儀兵は、家は林を回らせ川に臨み、北は翠微[山緑]と連る。望んで好棲遅[良い住家]たるを知るなり。余、舟行して藍川を下る毎に、 必ず其の門外を過ぎり徒(いたず)らに欽羨するのみ。近く官命を似[示]さる。釈紛の事有りて、此に宿すこと再びす。此を賦し、紀実して云ふ。所謂(いはゆる)官命とは、 山県(やまがた)通渠の廿七村長と広見三村長と其の渠口の地を争ふを以て、官、褧輩をして、これを諭し、訟へを止ましむなり。天保癸卯孟夏(天保14年旧暦4月)
(中村竹陽著『漢詩閑話 他三篇』 126-129pに、掛軸より直接採録された文がある。)
藤城達金華。藤城[山]より金華に達す。
藍水三百曲。藍水[長良川]三百曲、
沿川好棲多。川に沿うて好棲[景色のよい住家]多けれども、
未有勝君屋。未だ君が屋に勝るもの有らず。
与君雖不知。君と知らずと雖も、
舟行久已熟。舟行久しく已に熟[知]せり。
詎図奇縁在。なんぞ図らん、奇縁在りて、
忽来頻信宿。忽ち来り頻りに信宿[連泊]するとは。
一事係釈紛。一事、釈紛[争議の解決]に係はり、
装訴人未服。褧の訴人、未だ服せず。
二十七村長。二十七村長、
個個談弁黷。個個、談弁して黷(けがす:汚)す。
対此却諄諄。此れに対して却って諄諄[ねんごろに]、
遅其悟忠告。其の忠告を悟るを遅[待]つ。
此事時一倦。此の事、時に一たび倦めば、
門逕去遊目。門径に去って目を遊ばしむ。
矗矗竹千竿。矗矗(ちくちく:まっすぐ)たる竹千竿、
迸出襍喬木。迸出(ほうしゅつ)して喬木に雑はる。
丹涯与屋連。丹涯、屋と連り、
老藤繞林麓。老藤、林麓に繞る。
森欝何古祠。森欝[ひっそり]、何の古祠ぞ。
神嶺棲飛鵠。神嶺、飛鵠[大きな鳥]棲むは、
此其平生看。此れ其の平生に看る。
遡所停矚。遡[さかのぼり]して停矚[とどまり矚目]する所
川頭雨漲高。川頭、雨漲りて高く、
暎門鴨頭緑。門を暎[映]じて鴨頭緑なり。
前村未絶津。前村、未だ津[渡船]を絶たず。
賖酒走老僕。酒を賖(おぎのる:つけで買ふ)らんとして老僕を走らす。
日入大月昇。日入り、大月昇り、
清輝射菌褥。清輝、菌褥[しとね]を射る。
及彼天水違。彼の天水[用水]と違ふに及びて、
忍向盃樽楽。忍んで盃樽に向って楽しむ。
優待均吏尊。優待、吏尊[高官]に均し。
顔厚恬秉燭。顔厚[あつかましく]、恬(てん:平然)として燭を秉り、
一酔詩乃成。一酔して詩乃ち成さん。
饒人咲蛇足。饒(ゆる)せ、人、蛇足と咲(わら)はんことを。
宿於千匹渡口中村氏家、早起書感、褧、自侍山陽翁於三本木及今十有七年矣、故云
千疋渡口[関市千疋]中村氏の家に宿り、早起して感を書す。褧、三本木に於て山陽翁に侍して自り今に及ぶ十有七年なり。故に云ふ。
(中村竹陽著『漢詩閑話 他三篇』 117-118pに、掛軸より直接採録された文がある。)
早起衡門嗽暁川。鴨涯往事夢依然。浮嵐暖翠長相似。回首平安十七年。
早起門を衡(ひら)いて暁川に嗽ぐ、
鴨涯往事、夢、依然たり。
浮嵐、暖翠、長(とこしへ)に相似る。
首(かうべ)を回(めぐら)せば平安十七年。
群城[郡上八幡]六言四首
溪城樹々蝉韵。山郭家々水流。講習観他研究。逢迎喜此清遊。
熹微硯北輝穿。炎赫擔峰日懸。撫古鵞群用筆。知今●夢醒眠。
暁起下楼漱泉。秋涼清肯装錦。風溪水碓閑響。僧磬池魚躍然。
院前風燈水榻。時宜林柱岩薗。再遊雖在期近。別飲終垂夜闡。
[蒋山池魚、毎朝梵聞浮游、相近如有会者詩中、及之。 癸卯[天保十四年]孟商[秋]下浣[下旬]]
無題絶句
新令如梭遞報堆。賀它羅相銜盃。早雲寺畔当時路。前度遊僧再欲来。
[伊勢氏初為政太簡易後頗繁文有一遊僧再度来観歎焉。唐李適之罷相詩云。避賢初罷相。樂聖且銜杯。賢を避けて初めて相を罷め、聖を楽んで且(しば)らく杯を銜(ふく)む ]
群城春尽移 寓於慈恩寺講後与諸君分韻得其字
旦過留為半旬期。楼敞飽視碧[厂垂厂義すいぎ:高い]。移吾筆 硯繙吾帙。講罷時又課新詩。遠公不止伊蒲供。且為陶陸許酒巵。百花開尽東風軟。雨足溪滴響園池。 水流雲在娯子美。茶烟禅榻驚救之。鐘鳴漏尽春堪惜。剪燭住間夜何其。[僧家呼投宿曰旦過]
老執政鈴木公家次韵見示詩書事
香盌花瓶浄掃塵。漫労拝起苦留人。護径覶縷(らんる:序で)煩傾聴。喫緊応求利救民。
柁田[富加町加治田]二首
東埜蘭江墓木繁。柁田無復旧盟存。m看鶏犬依然在。一道清泉貫里門。
武陵一境逞文章。正享以還伝得芳。遺憾它時問津日。欠迎四海頼 山陽。
[柁田諸先或学於[服部]南郭或学於崛川。爾後闔郷知文字尚矣。文化癸酉及山 陽見訪。全日余為通書於東埜為謀其枉道焉。東野以事已数故云。]
山上村書事
山径輿丁慣軋鴉。整旦斜岡巒全[夌]。壟洞壑属人家春。社前霄雨暁机上。番花誰公還蝋屐。陶叟即巾車榭下。君不知 蟻路傷蛮觸蝸解。紛思魯仲補綻耻。霊媧敢聖子房舌。徒磨[牕]楚牙学荒。某[慧]逝水信堪嗟。[此行為柁田川辺諸豪解紛止訟故云。]
梅庄[家塾梅花村舎]四首
東与西求千樹栽。十年成就雪高堆。糖糟坡裏林和靖。未厭偸閑時一来。
報言氷萼五分開。観比去年多幾堆。欣賞此豈閑不足。亦応瘞肯入莓苔。
暖風次第及花枝。晩萼早葩看得宜。不似前年頻皺去。春寒幾度去還来。
黒日妍晴梅乍披。与梅期客々何遅。奏章要向東皇上。与得春寒護晩枝。
甲辰[弘化元年]元日早詣 県官枉帰路於梅庄口占試筆寄懐群城諸同盟
砕穄礼衣侵暁霞。高墩傍訪静年華。磊磊落落日懸鏡。一枝両枝梅綻花。才拙唯添齢犬馬。身微何懼歳龍蛇。新詩聊復懐鷗侶。小硯援毫字若鴉。[古語云。歳在龍蛇貴人嗟。]
元旦夜発家 赴于名府葢以依例 国公新正賜 謁故也途上二首
馬年重五又東風。微動輿簾残夢中。聡耳時々泉響聞。襲裘畳々暖心通。世農在野雖村叟。朝賀登 城見 国公。遥想官溝氷始解。浴鳬泛鴨水融々。
千門万々瑞雲生。春立過旬韶景晴。海駅東風来 覇府。蘇山臘雪暎 金城。肩摩轂
撃康衢閑。楚尾呉頭遠樹横。前歳不登復何恨。謳歌万地楽 王正。
新正六日登 城書事
宗藩事々覇朝同。況又金鱗[魚真]是雄。東海東山横二道。武治文教斥三風。夏正年始献 公寿。殷器日新清我躬。衣白散人真濫吹。依投春駟暁嘶中。
乙己[弘化2年]元旦二首
八面玲瓏雪景乾。瞳々初日上三竿。出門便是欣然処。攬得群峰明眼看。
聞道 皇朝有改元。敢将坐嘯滞宣言。飛郵急々要無漏。我是吾 侯老七邨。
[丙申饑官命以褧治流(凶本●ニアリヤ可尋)。一某邑事爾後旁邑視之有同請者 官遂命褧為総督七邑事。弘化改元之報除夕乃達。故云。]
二日雪晴与 世猷及両[児]吉群同過梅花庄奇景驚喜遂遣従奴于家急勅送酒得五絶句
年華七八値王春。梅欝三千称主人。起向山窓見奇事。雪精神壓玉精神。
前冬甚暖尽花開。除夕元朝雪大来。天道出奇豈終極。熙々如是亦春台。
三事相併最異常。梅開雪霽正新陽。破顔此際可無酒。急走奚奴賖一觴。
緑萼平生恨拆遅。何図玉照到斯枝。改元新歳非常歳。更与殷勤暎寿巵。
団欒任酔玉山頽。過邁卯君婪尾盃。帰屐相扶尚回望。迷離眼底雪耶梅。