種邨恭節

種邨写本

『種邨親子筆』写本

2,3,1,9丁　20.5×14.5cm

「種邨親子筆　恭節／信夫」

「丙辰蕪稿」　安政三年（1856）？　この2丁のみ紙質厚し。

独り東風に向かひて太平を賀す
酴酥(屠蘇)一盞、詩盟を憶ふ
且つ扶く、酔ひ戸を推すを
十二峰頭、雪愈々清し

幽栖、清遠の地
案上、子雲風
卜さんと欲す一年の業
今朝筆を把る初め

家弟、中西良平の太廟(伊勢神宮)に謁して帰り到るを喜びて賦す

年春、太廟に謁す
看尽くす、勢南の山
雲は鎖す、朝熊の嶽
霞は開く、二見の湾
風は吹いて剣帽去り
雨洗ひて笠蓑還る
更に喜ぶ、汝の恙無きを
爨煙、笑顔に上る　　　　　　兄弟友愛の情笑顔の字妙なり

書を展ぶれば、柴戸に当たり
春味、思ひ紛々
画意、千重の雪
吟心、一編の雲
飛禽、樹を繞りて啼き
疎雨、簷を隔てて聞く
晩には引く遥かに山の霽を
また将に酒醮を呼ばんとす

春容、柳外に満つ
吟意、花辺に在り
日に対す、好風景
山翁、年を識らず

遥峯、暮靄を吐き
近水、残霞を斂む
酒を載す、板橋の北
詩を思うて家を問はず

琴を抱いて人すでに去り
筆を把りて月また迎へる
人去りて月光没し
依然たる松樹の声

酒に対すれば日、清寧たり
新詩また亭に満つ
山寒くして人いまだ到らず
吟じて与に、饑禽を聴かん

半閑道兄の余の早春の韻に次して贈ると為せるに重ねて次韻して贈る

一穟(穂)の春燈、影また平らかなり
手づから渓水を煎って同盟を話す
東風、昨夜、吟席を吹く
共に新詩を截ちて双つながら気清し

以下、紙質を違へて明治18年前後の漢詩人たちの作品を主としたアンソロジーを収める。種邨務の息子、種邨信夫による鈔録か。

鬟影釵光、人語譁し。高吟歩到る、夕陽斜めなり。探詩、去って酌む村々の酒。妓を携へ来って看る処々の花。
楊柳池塘浮草の色。柴門野店煙を領して萃る。平郊十里、春、海の如し。牛犢牟々路茂叉。
　　(藤井)竹外曰く、春郊景況描き得て妙。宛然目に在り。

群犢在る辺り一逕通る。看来る都て詩中に入れんと欲す。満畦の菜麦、青黄の雨。数畝の桃李、紅白の風。
吟坐無しと雖も故人と共とす。酒盃時に有り老僧と同にす。野烟靉靆、花霧に続く。春光を押領するは是れ牧童。
　　又云ふ、荊聯奇構たり、又云ふ、一二恐らくは未だ妥当ならず。更に一彫を加へて之を再考すれば功、則ち応に金玉啻ならざるべし。

「岐阜日日新聞の前の編集人、白木俊三、新聞紙条例に触れて監獄に入るに贈る」　渡辺朝霞(霞亭)文芸欄主任にあったのは明治14～19年

究達、人間(じんかん)自づから時あり。幽囚、漫りに情思を動かすことなかれ。至誠ただ合ふは邦家の報(むくゐ)。大義なんぞ須(もち)ゐん俗吏の知(知遇)。木枕の夢辺、灯影暗く。鉄窓、吟外、雨声悲し。看るを請ふ、皎々中天の月を。千古、一盈すればなほ一虧せん。

「春晩某日、藍川高田邸の小集、席上豊島海城詞宗に賦し似(しめ)す、大正(乞正)を兼ぬ」　石川柳城　『鷃笑新誌』に名見ゆ

青春只だ合す、酔花の前。花は闌に残しやすく春憐れむべし。流水、声生ず図画の外。驚鴻影堕つ酒杯の辺り。
白州刺史、価を潤増し。碧落侍郎、心ますます仙なり。吝まず、君をして収拾せられ去るを。楼頭の一幅、活雲烟。
　詞宗、書画を以て名有り、結ゆゑに及ぶ。

江亭酒を挹(く)んで前縁を訂す。豈に説かんや燕鴻(帰雁：杜牧詩)の路里千たるを。狂酔妨げず、李白を称するを。槎に乗る或ひは張騫に似る有らん。
壁間の詩句、長は短を兼ね。箋上の雲烟、断ちてまた連なる。別に多情の花の語を解するあり。紅燈影裡、当年を話す。

離魂、一縷、うたた纏綿。何事ぞ、花期変遷多し。昨に故人を送りて今送らる。堪へず、春院の秋千を賦するを。

「今茲春夏の交、わが神谷兄まさに東都に赴かんとす。留別筵に示さるる韵に次して贈り寄す」　鍵谷磯北

桜花雪の如く、柳綿を吹く。自らこの春光、容易に遷る。藍川(長良川)に告別する無限の恨み。百年の情緒また千々たり。

錦衣、我に慙づ、久衣の綿。文士すべからく漢馬の還るを期すべし。載史の綈袍、なほ綣々たり、君を送るに何ぞただに秋千(ブランコ？)を憶ふのみならずや。

「乙酉(明治18年)暮春、西疇・葆逸両君、余の水竹居を過ぎらる。談じて壁間の韵を用ゐて次して賦し呈す」　牧野交翠

池沼の魚苗、長秋の始め。故人得々として茅楼を過ぎらる。神仙訳これ閑中の楽。文字飲宣(？)方外の游。
墨雨、雲洶く連画の壁。筆華、香乱れて詩舟に沁む。詩舟は余が家の所蔵する硯石。超然たる高適(詩人)紅塵の外。石断つ人間、第一流。

一日離群すれば、思ひ三秋。旧雨(旧友)重ねて敲く水竹楼。深碧、園を環りて塵垢を洗ひ。墨痕、疥壁(落書き)して前游を記す。
新詩誰か琢かん無傷の璧。狂態なほ存して舟を撃たず。名利開く中、蚤く脚を抽く。才人最石、最も風流なり。

「次韻」　原田西疇　『鷃笑新誌』に名見ゆ　(識語)渡辺朝霞(霞亭)

天気軽寒にして麦秋に入る。渓南重ねて上る旧書楼。風中の柳絮、飄の舞ふに任す。雨外の山屏、臥游に供す。
梅月かつて鐫る、茗を煎る鼎。硯池新たに刳る詩舟を載す。君とともに相対して論交ふる処。秀竹千竿、水一流。

五月の渓間、煙いまだ消えず。皚々たる雪下、水蕭々たり。今われ解脱して紅塵去る。元これ飛仙、渡る処の橋

飛仙何処にか去る。両岸、奇岩峙つ。橋上停車して望む。客衣翠嵐に沾ふ。

橋下、泉声激し。飛花落碧の巌。土人犢を牽いて去る。晩翠忽ち嵐と成る。

丹崖高きこと千仭。板橋石巌に懸く。杦山、仙去りて後、水沫また青嵐。

「錦嚢余録の題詞の韵に次す、高橋倭南詞兄に寄す」　棚橋香郷

錦嚢(詩嚢)捜し得て詩篇を撰ぶ。初集功なりて万口に伝ふ。今雨真に成る多妙の句。故人また是れ新編に入る。
裁雲縷月は平生の業なるも。偎翠倚紅(女性との懇ろは)いまだ縁を了せず。羨殺す(うらやむ)、それ君の才藻富めるを。風流場裡、独り仙を行く。

数家の籬落、山隅に倚る。麦隴深き辺り香雪堆し。聞くならく此の間、磽确(こうかく：石の多い)の地。早々の梅子、租を補ひて来る。
(野村)藤陰曰く、即ちこれ山家の小経済(やりくり)なり。

水竹居主人、頃(このごろ)一大廃砥(砥石)の形、舟のごときものを得る。乃ち工に命じて研(すずり)に作す。外は凸にして中は凹、長さ八寸余り、濶さ貮寸、厚きこと之を称す。古雅愛すべし。名づけて「詩舟研」と曰ふ。それ人の処世なほ石舟の浮かぶがごとし。塵海の波瀾、一浮一沈、もとより数(命数)の免れぬ所なり。人けだし此において感あり、因って命ずるに詩舟を以てその意知るべきのみ。ああ名利に関せず、超然として風塵の外に、詩酒自ら遣る。主人のごときその宜しき者と謂ひ得べし。主人素より予と旧識。来たりて記を徴す、乃ち書して以て之を与ふ。
菊池三渓曰く、短簡にして古雅、妙説破せざるに在り。

「麋城(大垣城)客中、青江女史と蠼窟にて邂逅す、その題詩の韻に次す」　原田西疇

水苔雨を経て渓湾に満つ。啼鳥春を惜しむ新樹間。漁叟梳かず双の髩雪。落花風外舟を放ちて還る。

人世由来、劫夢なり。眼中すべて是れ天華(雪)。棋声竹陰の僧閣。帘（簾）影、杏村の酒家。

春雨晴れて新水漲る。梭を飛ばす飄、風華を瞥る。遠堤、翠影の江。前浦、三家両家。
朝霞云ふ、筆意綽々として窘(くるし)まず、既に造詣の妙なる処、佩服(感服)。

「飛州※勝山村岩屋観音窟下、鍵谷磯北に作る」　戸田葆逸　※勝山村は福井県で飛騨ではない。

巌下の清川、巌上の峰。崔嵬鬱勃、神龍躍る。境の奇なる、何ぞ妨げん勝地を称するに。身は仙源の第幾重に在り。

落花、古廟に堆し。荒草、残碑を没す。玉女今いづくにか在る。遠山なほ眉を画けるがごとし。

「上手向(かみとうげ)村を過ぎて馬場山田村に至る途上(岐阜県恵那郡)」　戸田葆逸

雨笠風蓑、人は田に在り。疎々一縷、野家の煙。羊腸たる坂路は今、夷険(でこぼこ)。車、巌間を過ぎるになほ眠りを貪る。

「乙酉(明治18年)初夏、倭南・朝霞・魯岳・濵野諸詞契と同に城南観山台に小集す(台は西覚寺に在り)。席上“濃緑生雲外”の句を分け韵と為す。余、生の字を得る。のち数日、毎字これを押さへ前後補って共に五律を得たり」　石川柳城

「西覚寺観山台の小集。“濃緑生雲外”の句を韻と為し、倭南・柳城・魯岳等諸詞兄と与に同じく賦す」　渡辺朝霞(霞亭)
「乙酉初夏観山台小集。“濃緑生雲外”の句を分け韵と為す。雲の字を得。」　高橋倭南

「乙酉首夏、諸兄と同に城南西覚寺に游ぶ。緑陰、榻を移し、石上、泉を汲み茗を煎じ、詩を論じ、以て半日の塵襟を清くする也。その日席上“濃緑生雲外”の句を分け韻と為し、各詩有り。のち数日、柳城・朝霞の両兄、毎字これを押さへ五律と為し似(しめ)さる。余郎、柳兄の韻に次して以て顰に倣ふ」　高橋倭南

(無題漢詩・和歌)　鍵谷磯北
石徑重層、空を撑(ささ)へるに似たり。行人の笑語、白雲の中。城荒れ武廃る、君怪しむをやめよ。嶺上の月痕、なほ弓のごとし。
聖・霊、互殺す、古城の東。蕃触交(こもご)も争ふ蝸角の中。識らんと欲す、昇平恩沢の遍きを。此の辺ただ野花の紅有り。
氷身、玉骨を兼ぬ。麗質美しきこと花のごとし。趙壁応に及び難かるべし。晶光、五章を照らす。
見渡せば遠山里の夏木立　風のまにまに煙たなびく
むらさきの色こき花の藤袴　昔しゆかしき薫りこそすれ
あら波の巌にくだけし濱千鳥ひきかくりける声きこゆなり
浮雲のかかる昔しにひきかへて君が世照す月も見るかな
攀ぢ尽す城山第一峰。霧消え、井廃れて神龍いかんせん。藩侯の遺跡今いづくにか在る。ただ有り将軍恩賜の松
君すめばいつも栄ゆる春なれど　あれにし宿の松ぞつれなき
うつりゆく世にもあハれは知られけり　遠山野辺の姫ゆりの花

「daily-sumusデイリー・スムース」林哲夫様よりお送り頂きました。 Comment欄の御教示をそのまま引き写せば員弁郡大泉新田の医師の由(『桑名市史　本編』266ページ)。なほ調査を継続したいと思ひます　(2012.10.22)。