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河合東皐:至楽翁 かわいとうこう:しらくおう(1759宝暦9年〜1843天保14年6月21日)



【C】自筆詩稿 第3集【東皐集三】●001.〜●039.  PDF(8mb)

東皐集三 天明二年春(※1782年 河合東皐24 歳)〜



東皐集巻三(天明壬寅)
                河正良子譲稿

●001.春初登高
和烟麗日映春風
極目登高殊鬱葱
杯裡霞従天際動
江M雪點艸頭融
俯聞啼鳥遷喬木
平視帰[鳫]連遠空
賦就此楼知幾尺
凌雲氣象醉逾雄

 春の初め、高きに登る。
烟に和す麗日、春風に映え、
目を極むる登高、殊に鬱葱たり。
杯裡、霞は従ふ、天際の動くに、
江M、雪は點ず、艸頭に融けたるに。
俯きて啼鳥の喬木に遷るを聞き、
平らかに帰[鴈]の遠空に連なるを視る。
(詩を)賦するに就いて此の楼、幾尺たるかを知らん、
凌雲の氣象、醉ふて逾(いよ)よ雄たり。


●002.逢人従象潟還
象潟東連渤澥流
奇蹤為説入曽遊
羽列縹渺三千里
鳥海参差八十洲
風詠思人迷佛寺
桃花隔岸送漁舟
自憐勝具無由假
斯夕勝情依爾幽

 象潟より還る人に逢ふ。
象潟、東のかた渤澥(渤海国)の流れに連り
奇蹤、説くならく、(※芭蕉の)曽遊に入るを。
羽列(※奥羽の列なり)は縹渺たらん、三千里、
鳥海に参差たらん、八十洲(※八十島:多くの島々)。
風詠、人(※芭蕉)を思ひて佛寺(干満珠寺)に迷ひ、
桃花、岸を隔てて漁舟を送る。
自ら憐む、勝具(健脚)の假(借)るる由なきを、
斯かる夕の勝情、爾(なんじ)の幽に依らん。
       (※22年後の文化元年の象潟地震で景勝は消滅する。)

●003.●004.●005.春江泛舟三首
城南通碧水
橋下放軽舟
灔々春波穏
遅々午日浮
纔過翠楊岸
更入緑蘋洲
孤棹何邉駐
烟花處々幽

青甸今朝雨
幾開堤上春
放歌皆酒客
拾翠是佳人
珠訝淵中晃
花渾水面新
此遊心不繋
至處鳥魚親

闊達江湖興
誰識世間情
酒有滄洲趣
舟疑天上乎
丹霞醉顔暖
芳艸[燄]烟軽
駘蕩将催睡
白鴎来有驚

 春江に舟を泛ぶ。三首。
城南、碧水通じ、
橋下、軽舟を放つ。
灔々として、春波は穏かに、
遅々として午日に浮べり。
纔かに過ぐ、翠楊の岸、
更に入る、緑蘋の洲。
孤棹、何れの邉(ほとり)にか駐めん、
烟花、處々、幽たり。

青甸(※郊外)、今朝の雨、
幾んど開く、堤上の春。
放歌するは皆な酒客、
翠を拾ふは是れ佳人。
珠かと訝かる、淵中に晃かなる、
花は、渾て水面に新らし。
此の遊、心を繋がず、
至る處、鳥魚と親しむ。

闊達たり、江湖の興、
誰か識らん、世間の情を。
酒有り、滄洲(※田舎)の趣き。
舟にしあれば天上かと疑ふ。
丹霞(夕焼け空)、醉顔、暖にして
芳艸、烟軽に焔ゆ。
駘蕩たり、将に睡り催さんとすれば、
白鴎の来りて驚かされる有り。


●006.源子清二酉亭集壁間挂物子真蹟分韻
壁間驚見起眞龍
高挂彩毫雲自従
今日此亭辨神物
轉令髦士仰文宗

 源子清(※不詳)の二酉亭の集り。「壁間の挂物は子の真蹟たり」の分韻。
壁間、驚き見る眞の龍の起きるかと、
高く挂げる彩毫、雲、自従(※自在?)たり。
今日、此の亭、神物を辨ず。
轉(うた)た髦士をして文宗(※不詳)を仰がしむ。


●007.春初聞東都田先生擧令愛奉寄(時大[孩]人尚[徤])
庭階艸樹報陽和
佳色幾堪催郢歌
但道春寒花氣薄
[已]看蘭葉嫩香多
門楣慶事須先兆
堂背歓声且若何
料識手分甘脆満
融々抱去日婆娑

 春の初めに東都の田先生(※不詳)の令愛(令嬢)を擧ぐるを聞き、奉り寄す(時に大[孩]人(※不詳)、尚ほ健かたり。)
庭階の艸樹、陽和を報ず。
佳色、幾んど郢歌(※俗曲)を催ほすに堪へたり。
但だ道(い)ふ、春寒、花氣は薄けれど、
[已]に看る、蘭葉、嫩香の多きを。
門楣の慶事は、須らく先兆たるべし。
堂背の歓声、且(しばら)く若何(いか)んせん。
料り識る、手分けして、甘脆(ご馳走)を満たし、
融々(※愉げに)抱き去ること、日(ひび)に婆娑たらんを。


●008.春郊晩帰分得三肴
[探]春醉帰客
携手歩西郊
村落烟看暮
青黄艸自交
鐘傳餘靄外
鳥定古林巣
相顧濃繊月
工懸芳樹梢

 春郊、晩に帰る。「(平水韻)三肴」を分け得る。
春を[探]ねる醉帰の客、
手を携へて西郊を歩む。
村落の烟は暮に看て、
青黄の艸は自ら交りぬ。
鐘は傳ふ、餘靄の外、
鳥は定む、古林の巣。
相ひ顧りみる、濃繊(こまや)かなる月の、
工みに芳樹の梢に懸れるを。


●009.鶯暁分韻
夢裡鶯呼殘暁[ス]
聞来枕畔尚幢々
上頭漸待朝暉至
影自聯翩映紙窓

 鶯暁。分韻。
夢裡、鶯は呼ばふ、殘りの暁[紅]に、
聞き来たる枕畔、尚ほ幢々(チラチラ)たり。
上頭(※枕辺)、漸く待つ、朝暉の至るを、
(鳥)影の自ら聯翩として、紙窓に映ず。


●010.酒家花分韵
青帘青眼幾人迎
芳樹芳樽相共清
今日帰程寧可問
千金不惜々花情

 酒家の花。分韵。
青帘(酒旗)青眼、幾人か迎ふ。
芳樹芳樽、相ひ共に清し。
今日の帰程、寧ぞ問ふべけんや。
千金は惜まず、惜しむは花情なり。


●011.又
當壚春色共粧成
相競勧杯多少情
紅女若花々若雪
紛々能解幾人醒

 又
當壚(※酌婦)と春色と共に粧を成し、
相ひ競ひて杯を勧む、多少の(ふんだんな)情。
紅女は花の若く、花は雪の若く、
紛々として能く解すは、幾人醒めたる。


●012.遥題大庾嶺
崢[エ]試逐九齢蹤
梅嶺遥探春色濃
縹渺初疑白雲満
繽紛漸送香風封   鼇頭:韶
幾移少婦芬芳意
却憶仙郎氷雪容
回望孤関月将白
好留花底夢中逢

 遥かに大庾嶺(※梅嶺)に題す。
崢[エ]、試みに逐ふ、九齢(張九齢)の蹤。
梅嶺、遥かに探ぬ、春色の濃きを。
縹渺として、初めて疑ふ、白雲満つるを
繽紛として漸く送る、香(韶?)風の封ぜらるを。   鼇頭:韶
幾たび移るや、少婦、芬芳の意、
却って憶ふ、仙郎、氷雪の容。
孤関を回望すれば、月将に白まんとす。
好し、花を留まりて夢中に逢はん。


●013.遥題巫山
天半崢エ勢若争
峰巒十二自分明
三声月落玄猿樹
千里泣流白帝城
巫峡巫山同古昔
為雲為雨変陰晴
當年神女今何在
無意重牽作賦生

 遥かに巫山に題す。
天半の崢エたる、勢ひ、争ふ若く、
峰巒十二、自ら分明たり。(※巫山十二峰)
三声、月落つ、玄猿の樹、 (※無名氏「巴東三峡巫峡長 猿鳴三声涙沾裳」)
千里、泣流す、白帝城。 (※李白「早発白帝城:千里江陵一日還 兩岸猿聲啼不住」)
巫峡、巫山、古昔は同じうし、
雲を為し雨を為し、陰晴を変ず。
當年の神女、今、何在(いづこ)、(※巫山雲雨の故事)
意無く重ねて牽いて賦し作りて生ず。


●014.夕陽聞鶯分韻
藪鶯以■、夕陽孤
■[向]烟霞殘處呼
澗道紅花看暝■
還追返照上丘隈

 夕陽、鶯を聞く。分韻。
藪鶯以■夕陽孤なり。
■[向]烟霞、殘處に呼ばふ。
澗道の紅花、看暝■
還た返照を追ひて丘隈に上る。


●015.佛滅日送僧分韵
回錫嗟師常住難
何勝佛滅日将殘
鳥声亦自兼生別
啼送飛花雙樹端

 佛滅の日、僧を送る。分韵。
錫を回らせて、師の常住難きを嗟く。
何ぞ佛滅に勝へて、日将に殘らんとするや。
鳥声また自ら生別を兼ね、
飛花を啼き送る、雙樹(※沙羅雙樹)の端


●016.雨中莽蒼亭集逢晩晴同賦得十四鹽
(亭裡乗晴・雨歇高亭)試捲簾
春光莽蒼轉堪添
雲披江上舟偏小
風度花叢錦尚沾
數曲隔楊誰弄笛
丈人荷蕢或腰鎌
三飱不用遥移歩
萬象回頭掌裡瞻 (時隣家吹笛)

 雨中、莽蒼亭(※不詳)の集、晩晴に逢ふ。同に賦し「十四鹽」を得。
(亭裡、晴に乗じ・雨歇む高亭)試しに簾を捲けば、
春光、莽蒼にして、轉た添ふるに堪ふ。
雲、江上に披けば、舟は偏へに小さく、
風、花叢に度(わた)れば、錦は沾を尚(かさ)ぬ。
數曲、楊を隔てて誰ぞ笛を弄ぶ。
「丈人(老人)蕢(簣もっこ)を荷ひ、或は鎌を腰にす。
 三飱(三食)を用ゐず、遥かに歩を移す」(※不詳)
萬象を回頭すれば、掌裡に瞻る。 (時に隣家、笛を吹く)


●017.對雨惜花分韻
因惜落花侵雨看
紛々相撲幾枝殘
明朝無奈新晴好
争得春光同昨歓

 對雨惜花分韻
落花を惜むに因りて、雨を侵して看る
紛々として相ひ撲つ、幾枝か殘す。
明朝、新晴の好きもいかんせん。
争でか春光の昨歓と同じうするを得んや。


●018.古関花分韻
古関何處[今]荒涼
花艸年々遍路[脩]
昔日為留征馬地
風前向客尚低昴

 古関の花。分韻。
古関は何處、[今]荒涼たり。
花艸年々、遍ねく路は脩(なが)し。
昔日は、征馬を留める地と為す。
風前、客に向ひて(※話すに)尚ほ低昴す。


●019.寺門落花
香臺重過落花餘
流水門前春半虚
(誰道・逐是)色空看可[了]
山僧欲拂尚躊躇

 寺門落花。
香臺、重ねて過ぐ、落花の餘、
流水門前、春半ばにして虚(むな)し。
(誰か道ふ、色空(※現世)看れば[了]すべしと。・「是色・是空」を逐ふて看て[了]すべきも、)
山僧、拂はんと欲して尚ほ躊躇す。


●020.春夜艸堂勧酒
偏喜君忘杖履労
春風乗月問東皐
清談元有佳肴在
休笑頻予勧濁醪

 春夜艸堂、酒を勧む。
偏へに喜ぶ、君が杖履(※外出・旅)の労を忘るるを、
春風、月に乗じて東皐を問はる。
清談、元より佳肴の在る有り、
笑ふを休めよ、頻りに予の濁醪を勧むるを。


●021.同賦花下琴興用前韵
花下清音試一操
満園佳色思陶々
芬芳似解琴中趣
為雪風前片々高

 同じく。花下の琴興、前韵を用ゐて賦す。
花下の清音、一操を試す。
満園の佳色、思ひ陶々たり。
芬芳は琴中の趣を解する似(ごと)し。
(※花弁)雪と為す風前、片々と高し。


●022.観蒙元敗走圖
風雲思昔感天人
防虜功勲筑石濱
遥見楼舩来壓海
忽驚波浪変揚塵
吼鯨飆起軍看[没]
奔馬濤收秋復新
豈啻雄圖永安日
于今外國恐威神

 蒙元の敗走図を観る。
風雲、昔を思ひ、天人に感ず。
防虜(防人)の功勲、筑石(筑紫)の濱。
遥に見る楼舩、海を壓して来たるを、
忽ち波浪の変じて塵を揚るに驚く。
鯨吼え飆起き、軍の[没]するを看、
奔馬、濤收まりて、秋復た新らし。
豈に啻に雄圖、安き日を永くするのみならんや、
今に(今もって)外國、威神を恐る。


●023.予童齓友高生入釋氏之徒自出家不相見也十餘年今茲會帰省乃翁一夕迎艸堂話舊。
錫飛雲裡故山平
帰省親闈弟與兄
堂上豈唯懐橘[切]
衣中堪捧繋珠明
論心夜月窓稍白
聞法春燈花幾生
桑下[好]君許三宿
逢迎重叙十年情

 予の童齓(幼少)の友、高生。釋氏の徒(仏門)に入るとて自ら出家し相ひ見ざるや十餘年。今茲、乃翁(父上)を帰省するに會ひ、一夕艸堂に迎へて舊を話す。
錫を飛ばす雲裡、故山は平らかにして、
帰りて親闈(両親)を省みる、弟と兄と。
堂上、豈に唯に橘[切]を懐にするのみならんや、(※陸績の故事「懐橘遺親」)
衣中、捧ぐるに堪ふ、繋珠の明。(※蜜柑ではなく数珠を懐にしている)
心を論ずる夜月、窓は稍や白く、
法を聞く春燈、花(※灯花)幾たびか生ず。
桑下(※桑門:仏門の下) [好]し君、三宿を許す。
逢ひ迎ひて重ねて叙さん、十年の情。


●024.自逢教公未幾予将南遊公亦西征不日云不勝忽卒臨別賦而贈
蜉蝣聚散一紛綸
飛錫懸[机]道各新
偶是南方得珠返
還知北斗望君頻
山頭石鏡心應照
海上鳬鴎遊欲親
只去勝因如不盡
西尋楽国問芳春

 教公(※菩提寺住職)に逢ひてより、未だ幾くもならざるに予、将に南遊せんとす。 公も亦た西征すること不日と云ふ。忽卒に勝へず、別れに臨みて 賦して贈る。
蜉蝣の聚散、一に紛綸(※多く入り乱れる)、
飛錫、懸[机]、道は各れ新たなり。
偶ま是れ南方なれば、珠を返すを得、(※不詳)
還た北斗を知れば、君を望むこと頻りならん。
山頭の石鏡、心を應に照すべく、
海上の鳬鴎、遊びて親しまんと欲す。
只だ勝因(善因)を去って、盡きざる如く、
西のかた楽国を尋ねて、芳春を問はん。


●025.題峴山
経過峴山多所思
風烟[懇]矣晋年時
上留遺愛賢臣廟
下有佯狂醉客池
依舊登臨猶若此
開筵應接復迎誰
垂々巖溜青苔冷
堕涙空傳一片碑

 峴山に題す。
峴山経過して思ふ所多し。
風烟は[懇]かな、晋年の時。 (※晋代の長官、羊祜が好んで登った)
上には遺愛の賢臣の廟を留め、(※羊祜の廟)
下には佯狂醉客の池有り。
舊に依りて登臨すれば猶ほ此の若し。
開筵應接、復た誰をか迎へん。
垂々、巖は青苔の冷たきを溜め、
涙堕ちて空しく傳ふ、一片の碑。(※羊祜の堕涙碑)


●026.四月八日上寺閣
花籠灌止雨痕鮮
[恵]日新生四月天
自是法筵依誕節
且攀高閣弄晴烟
薫風時繞栴檀馥
紺園殊添紫翠偏
奉去佛心何所似
青々浴出宝池蓮

 四月八日、寺閣に上る。
(※花祭りの)花籠、灌ぎ止む、雨痕鮮らし。
恵日、新たに生ず、四月の天。
是れより法筵は誕節に依り、
且つ高閣に攀りて晴烟を弄す。
薫風、時に栴檀を繞りて馥(かんば)しく、
紺園(※佛寺)、殊に紫翠を添へて偏る。
佛心を奉じ去るは何の所似ぞ、
青々と浴み出たる、宝池の蓮。


●027.螢火篇送友人
行看螢火乱風涼
熠燿争流宇水傍
自是明珠暗[探]得
憐君好事満詩嚢

 螢火の篇。友人※に送る。 ※『東皐集二』で宇治に隠棲した友人へ送ったものか。
行き看る螢火、乱風に涼し。
熠燿(ゆうよう:耀き)と争ひ流る、宇水(※宇治)の傍。
是の明珠を暗に探り得てより、
君を憐まん、好事、詩嚢に満つるを。


●028.〜●032.奉哭東陽先生五首
帝卿何處望君迷
空望白雲荒野西
薤露千人皆涕涙
温風四月凜悲悽
前期豈憶中林約
今日還陪廣柳躋
回首花丘全失色
血痕只有子規啼
 (先生嘗携門生良等遊赤水花丘之約而不果。花丘即営兆地也。)

 東陽先生※を哭し奉る。五首。※守屋東陽1782 天明2年4月14日歿51才。
帝卿(※仙人栖処)何處ぞ、君を望みて迷ひ、
空しく白雲を望む、荒野の西。
薤露(※無常譬喩)、千人、皆な涕涙、
温風の四月に、凜たる悲悽。
前に期す、豈に憶はんや、中林の約(約束)を、
今日、還た陪す、廣き柳躋(柩車)に。
回首せる花丘、全く色を失ひ、
血痕、只だ子規の啼く有り。
 (先生、嘗て門生の良(※東皐)等を携へて赤水・花丘に遊ぶの約(※あり)而して果さず。花丘は即ち兆(兆域:墓)を営む地なり。)


霊丘物色一茫々
濺涕徘徊幽澗傍
蘭艸縦知易先萎
疾風何科忽枯傷
紫雲空護真人気
赤水長沈明月光
望断九灘寒曲々
今来只自似愁腸
 (花丘一云紫雲山。赤水古有九灘名)

霊丘の物色、一に茫々、
涕を濺ぎて徘徊す、幽澗の傍(ほと)り。
蘭艸は縦(たと)ひ先に萎み易きと知るとも、
疾風、何ぞ科らん、忽ち枯傷せんとは。
紫雲、空しく護る、真人(仙人)の気、
赤水、長へに沈む、明月の光。
九灘を望断(望遠)すれば、寒きこと曲々。
今来、只だ自ら愁腸に似たり。
 (花丘、一に紫雲山(※大垣市求浄庵)と云ふ。赤水、古へ九灘の名有り。)


幸有通家前好存
刺名嘗許入龍門
常陪宴集花兼月
[併]廢風流客與樽
一夕精魂招不返
舊蹊桃李惨無言
自今小子将何述
泣抱盟書添血痕

幸ひに通家有りて、前好を存し、
名を刺し嘗て許す、龍門(※先生の門)に入るを。
常に宴集に陪して、花と月とを兼ね、
併せて風流を廢す、客と樽と。
一夕、精魂、招けども返らず、
舊蹊の桃李、惨として言なし。
自今、小子、将(は)た何をか述べん、
泣いて盟書を抱き、血痕を添へん。


知元此子在蓬莱
暫託詞林試異才
灼爍三花筆空駐
逍遥一夜夢終催
羅浮清影初望悟
鄭圃真人老不回
吹落天風如有意
冷然重復御君来

知んぬ、元と此の子、蓬莱に在りて、
暫く詞林に託して異才を試さるを。
灼爍三花(※不詳)、筆を空しく駐め
逍遥一夜、夢は終ひに催かる。
羅浮の清影※、初望にて悟るも、   ※梅の精の仙女。
鄭圃の真人※、老いて回らせず。   ※列子御風、飛行の故事。
吹き落す天風は、意有るが如し。
冷然と重復す、御君来たると。


高科嘗兼言偃同
今来齊魯孰争雄
已關東璧千秋色
忽殞西河一日風
風化堪観美章序
寵恩殊覚魏文宮
近看賢主傷師切
倍憶喪明夫子功
 (先生作序編美陽選未脱藁)

高科(※高弟)嘗て兼ぬ、言偃(※子游)と同じうするを、
今来、齊魯、孰れか雄を争はん。
已に東璧に關す、千秋の色、
忽ち西河に殞つ、一日の風。
風化するも、観るに堪へたり、美章の序※、
寵恩、殊に覚ゆ、魏文宮
近く賢主を看るに、師を傷むこと切にして、
倍(ますま)す明を喪ふを憶ふ、夫子の功。
 (先生、序を作して編める『美陽選※』未だ脱藁せず。)  ※大垣藩臣の漢詩アンソロジー。未刊。


●033.午日筵
榴花開處不蕭條
佳宴新晴午日遥
解道五絲能續命
一杯先覚百憂消

 午日の筵。
榴花、開く處、蕭條ならず、
佳宴の新晴、午日、遥かなり。
解道五絲、能く命を續ぎ、
一杯、先づ覚ゆ、百憂の消ゆるを。


●034.與田子信同将之東都賦此送之
遠遊千里附騰鴻
並指天涯海驛東
逸翮何妨従燕雀
雙飛元自有雌雄
尋芳杜若聊堪贈
和雪芙蓉安競工
稍是連行擬兄弟
恐難微質撃高風

 田子信(※不詳)と同に将に東都へ之かんとす。此を賦して之に送る。
遠遊千里、騰鴻(※藩主か)に附し、
並んで天涯を指す、海驛の東。
逸翮(飛揚)、何ぞ妨げん、燕雀(※小人物)に従ふも、
雙飛すれば、元とより自ら雌雄有らん。
芳しき杜若を尋ねれば、聊か贈るに堪へん、
雪の芙蓉(※富士山)に和すれば、安んぞ工を競はん。
稍や是れ連行して兄弟に擬すも、
微質(※自分?)の高風を撃ち難きを恐る。


●035.艸堂集分賦得芙蓉峰韻天字留別諸子
三峰削出曙光天
雪色高晴繞紫烟
[仰]止此時何以答
試披諸彦郢中篇

 艸堂集の分賦。芙蓉峰の韻、天字を得て諸子と留別す。
三峰(※富士山)削り出す、曙光の天、
雪色、高晴、紫烟を繞らす。
仰ぎ止む此の時、何を以て答へん。
試みに諸彦の郢中篇(※高雅な詩)を披かん。


●036.于越川
望中一千里
渺々白砂洲
未分天與水
安辨馬兼牛

 于越川(※不詳)
望中、一千里、
渺々、白砂の洲。
未だ天と水とを分たず、
安んぞ、馬の牛を兼ぬることを辨ぜん。


●037.●038.三河道中二首
三河行不盡
日去古松間
郡元開碧海
人但見青山
燕子花飛後
中郎橋更閑
自怪耽蹤跡
徒堪傷旅顔

 三河道中。二首。
三河、行けども盡きず。
日は去る、古松の間。
郡は元と碧海を開き、
人は但だ青山を見る。
燕子の花(かきつばた)、飛ぶ後、
中郎の橋(※不詳)、更に閑たり。
自ら怪しむ蹤跡に耽けるを、
徒らに堪ふは、旅に傷める顔。

古跡停鞭處
新豊賖酒看
行臨松葉水
堪憶竹皮冠
比屋人相楽
大風歌自殘
鳳来今日瑞
近起彩雲端

古跡、鞭を停む處、
新豊、酒を賖りて看る。
行きて臨む、松葉の水、(※不詳)
憶ふに堪ふ、竹皮の冠。(※不詳)
比屋(家並)に、人は相ひ楽しみ、
大風の歌、自ら殘れり。
鳳は来る、今日の瑞(瑞兆)、
近く起る、彩雲の端に。


●039.新江眺望(此日風波穏)
海門關上進蘭橈
帆影軽浮千里潮
雲裡芙蓉色難辨
舟中詩賦思猶遥
蒼蛇護岸新江走
白浪涵天遠海驕
枚發従来非敢擬
穏波偏喜去飄々

 新江の眺望。(此の日、風波穏かなり。)
海門の關上、蘭橈(※舟の櫂)を進む。
帆影、軽やかに浮く、千里の潮。
雲裡の芙蓉は、色、辨じ難く、
舟中の詩賦は、思ひ猶ほ遥かなり。
蒼蛇(※堰堤)、岸を護りて、新江を走り、
白浪、天を涵して、遠海、驕たり。
枚發、従来、敢へて擬せんには非ず、
穏波、偏へに喜ぶ、飄々と去るを。



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