も どる
2004年1-2月 日録掲示板 過去ログ

我愁從何來  投稿者:やす  投稿日: 2月29日(日)23時19分27秒

折角なんで『高青邱詩集』よりぼくでもわかるところを少々摘録。

 偶睡
竹間門掩似僧居
白豆花疎片雨餘
一榻茶煙成偶睡
覺來猶把讀殘書
(まずは北園克衛風。)


 尋胡隠君(胡隠君を尋ぬ)
渡水復渡水
看花還看花
春風江上路
不覺到君家
(さだまさし風、かな。笑)


 客夜聞女病
歳盡歸期尚杳然
不知汝病復誰憐
隔隣兒女燈前笑
客舎愁中正獨眠
(別の詩で「よきたびも悪しき帰郷にしかず」とも歌ふこのひとにとって、旅とは即ち流寓を意味するものに他ならなかったのかも。)


 夜中有感
少壮無歓似老時
身窮寧坐苦吟詩※
臥思三十年來事
一半間關在亂離※

※身は窮す、いづくんぞ苦吟の詩に坐せん
 身は窮するもやすんじて坐す、苦吟の詩に
※一半は間關、亂離に在り(半ばはあちこち転がるやうな乱世にあった・・・)


和刻本『高青邱詩集』  投稿者:やす  投稿日: 2月28日(土)22時10分1秒

さるやんごとなきひとまたさるやんごとなきひとつてにからうたのつづりものおくらせたま ひぬおんうれしくぞんぢまゐらせさうろう…Yahooオークションで入札してもらった『高青邱詩集』本日到着です(笑)。ありがたうございました。

(・∀・)さて到着したのは、
 清時代に再編輯された“金檀本”と呼ばれる版に対して、中島棕隠が絶句部三冊の校閲(訓読加点)を天保8年に、梁川星巌が律詩部五冊の校閲を安政3年に 施した全八冊の大本(縦25.7cm)の揃ひです。ただし扉(見返)は絶句部の第一冊にしか付いておらず、しかも後から出た律詩部全五冊の扉(皇都書林 [文政堂、文泉堂]浪華書林[嵩山堂]合梓)が借用され(つまり校閲者として星巌の名のみを付す)、第八冊末尾の刊記には発行日の日付が無い。尤も何か知 らん全然別の本の刊記の丁が見返の裏打用に貼り込まれてゐて、つまりそれで該書が安政3年の初版ではなく明治の後刷りであることが判明したわけであるが、 この辺は当時の出版事情をうつしていかにも鷹揚な感じである。実際の印刷年は、裏打紙に記された明治9年5月24日以降いづれか輓近の日時であらう。

U^ェ^U でもって、こんなもの買うてしもうてからに(笑)。
 “やんごとなきひと”からのオークション情報に触発され、たうとう当時の詩人達が座右の詩集にまで手を伸ばしはじめた“漢詩ダボ”?ぶりであります(本 人は一応否定)。今回は、李白でも杜甫でもなく高啓と陸游に注目したんだゾとか。目録掲載店の半値以下でこれらを入手したといふて喜んでをる次第です。本 当に読むんでせうか。訓点は付いてるし、全詩集が図書館にあるから詰まったら当たればいい、とか。しかしとにかく装釘が立派なんで置いとくだけでも学習意 欲の増進効果が期待できるんだ、って?え?(汗)。さしづめ当時も“鴎外全集”や“漱石全集”のやうに大切にされたんでせうね。その後の古書価暴落ぶりも また同じい運命のもと……。

(`へ´) 「残念ぢゃった。」 投稿者:やす  投稿日: 2月27日(金)22時15分25秒

 今週は和刻本の漢詩集を二組オークションで落札。といっても自分が参加したのではない のですが。到着が楽しみです。
 で、それからもいろいろYahooオークションを見てゐたのですが、篠 崎小竹の軸が なんと\1.000で出品されてゐるのを発見。“帰去来辞”の文句“農人告余以春及 將有事於西疇”は僕でも読める字だったんで、縦令贋物でも\1.000なら欲しいな、と入札してもらったのですが、終了30分前にライバルが登場し…… たった今、\2900でリタイアしたところです(情けないのう。笑)。

「参加資格も無いのに心騒ぐサイトは眼の毒ですよ。Bookmark消しときませうね。」U^ェ^U

違ひの分からない奴だ ●1点 投稿者:やす  投稿日: 2月26日(木)21時35分5秒

fuuさま
「ご主人は13絃も何も、違ひの分からない人間ですから。」U^ェ^U
でも孔子が旅に持ち歩いてゐたのは、陶潜が弾くまねするだけの為に持ってたのは七絃琴だったのでせうか。
なんか大きすぎる気がするんですけどね。


さて京都の高坂様よりは「奇魂」 第八号の 御寄贈にあづかりました。この場にても厚く御礼申し上げます。

春の海 投稿者:fuu  投稿日: 2月22日(日)23時47分33秒

そうですか・・・七絃でしたか・・・。
当時の中国では、琴とは七絃琴を意味していましたから、漢詩人としては、七絃琴を嗜んだのでしょうか。
風雅の道に入られた方々が、独絃琴=一絃琴を愛したのかもしれません。

ちなみに、「春の海」は13絃(箏)の曲ですよ。

残念。 投稿者:やす  投稿日: 2月22日(日)22時54分39秒

どでかい七弦です・・・。だから紅蘭が“春の海”なんか弾いてたのかな、と。

?(._.)m ♪ツン、ツクツクツクツン。ツン、ツクツクツクツン。ピ・ヤァ〜。(小松政夫&伊東四郎風)。
三三三三三 ̄|
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
「だから“春の海”は江戸時代とちがふんぢゃないですかね。」U^ェ^U
編集済

http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Lounge/9144/cogito/rouryukin.jpg


「老龍琴」 投稿者:fuu  投稿日: 2月22日(日)22時11分2秒

やすさま

『梁川星巌翁』なる大冊を読破したら、教えてください。

詩道中興の祖とされ、頼山陽と並ぶ19世紀初頭(江戸後期)を代表する詩人といわれた梁川星巌。
その遺愛の「老龍琴」とは、どんな形状なのでしょうか?
幅8cm、長さ110cm、厚さ1cmぐらいの桐の1枚板で、絃が1本ならば、まさしく一絃琴なのですが・・・。
梁川星巌が放浪の詩人であったことから、旅に持ち歩けるように作られた箱付の「三つ折り琴」かもしれません。

星巌(1782-1858)やその妻紅蘭(1804-1879)が生きた時代は、一絃琴の隆盛期でした。
星巌は、旅の途次に多くの文人墨客たちを訪ね、江戸では、一絃琴通史に登場する藤田東湖、佐久間象山らと交友を深めたとのことですから・・・興味はつきま せん。

“地元郷土史家の本” 投稿者:やす  投稿日: 2月22日(日)21時02分37秒

 くじらさんで『大垣藩の洋医 : 江馬元齢』(1977,青木一郎著,江馬文書研究会)を購入。中身はだけど全編に亘って漢詩のオハナシみたいだ(尤も彼の師であった神田柳溪も本業は医者 なのだしね)。昨日に続いて、関心の無い人には飽き飽きするやうな“地元郷土史家の本”だけど、漢詩の知識が経書の教養とともに身についてゐる前世代の人 々が、大衆書房のやうな奇特な本屋さんと共にまもなくこの日本から完全に姿を消すにあたって、かうした本たちは、戦後刊行されたおびただしい書籍の中で も、日本人が書いたといへる最後の種類の本になるだらうと僕は踏んでゐる。だけど同時に、読む日本人もゐなくなれば詰まるところこれらも和本の原書ともど も理解不能な“化石”になっちゃふわけだ。そしたら日本は本当に滅びるんだらうな。
編集済

新岐阜古書展 投稿者:やす  投稿日: 2月21日(土)20時41分46秒

 今年の新岐阜百貨店の古書展は初日にはゆけませんでした。本日三日目にて期待もなく会 場をお散歩。御当地美濃文 人たちの掛軸コーナーを拝見してから、『幕末の儒学者 : 美濃の文人たち』(横山寛吾著,1982)といふ本を定価で購入(高いや)。刊行元の大衆書房は、昨年潰れて地元のニュースになりましたが、復刻等出版事 業も手がけて地元文化振興に寄与した奇特な本屋さん。1930開業で戦前は詩集も出してた老舗なんですけどね。

 fuuさま、詩人の教養であった琴のこと…そんなものまで集めていらっしゃるとは(なんでも鑑定団に応募して情報を募ったら如何ですか?笑)。手許のま だ全然読んでない『梁川星巌翁』といふ大冊の巻頭に、「老龍琴」といふ詩人遺愛の琴が写ってます(“老龍”は終の棲家を頼山陽宅近傍中島棕隠旧寓処へ定め “老龍庵”と名づくに由来か)。でも案外、奥さんの遺品だったりして。
編集済

箏と琴 投稿者:fuu  投稿日: 2月20日(金)19時12分39秒

箏(こと:通常13絃で江戸時代に工夫され俗箏ともいわれます。)と琴(きん:1絃や7 絃があり古の楽器です。)と呼びます。
きんは、琴棋書画の琴を意味するもので、その楽曲は、自己修養の音楽とされていました。
江戸から明治にかけては、知識人の間で、琴学(きんがく)なるものも盛んだったそうです。
集めているのですが、めったに出ないものですから・・・情報を教えてください。



樂琴書以消憂 投稿者:やす  投稿日: 2月20日(金)07時57分34秒

 刺戟するやうな表題をもって御多忙中のfuuさまを呼び出すことになっちゃいました (笑)。
 一絃琴といふのは、今日一般に女性が奏でる“筝(こと)”ではなくって、昔の文人が“詩・酒・琴(こと)”といふときのそれですね。嘗ては知識人のたし なみとして男がせざるべからざるものだったらしいですけど、私も学生時代には下宿に弾けないエレキを置いて、お酒を飲むとよく弾くまねをしてました (笑)。伊東静雄が手紙かなにかの中で琴、琴といってるのが昔わからなかったですけど、あれは本人は実際に音色を聞いてさう思ってたのかな。妻孥母妹との 陋屋暮しに飽き飽きして、古書中に想見される生活感の全くない環境を憧れて云ってたんでせうけど、さてどんな音(曲)だったのでせう。私も聴いた事ありま せん。

徒然 投稿者:fuu@shoko小紅  投稿日: 2月20日(金)04時46分8秒

「菩薩蠻」          原詞:温庭いん[竹かんむりに均]

雨晴夜合玲瓏日
萬枝香■紅絲拂       [■鳥に衣]
■夢憶金堂         [■門がまえに月]
満庭萱草長

繍簾垂■■         [■网がしらに求/あみがしらに敕]
眉黛遠山緑
春水渡渓橋
凭欄魂欲銷


「庭一面に萱草たけていた」 訳詞:花崎采えん[王偏に炎]

雨晴れて夜合[ネム]の花かがやく日
こずえの香を紅絲[ベニイト]がなよなよ払う
間[シズ]かな夢に金堂をしのぶ 
庭一面に萱草[ワスレグサ]たけていた

繍[ヌイ]の簾[ミス]にふさ垂れて
眉黛[マユズミ]は遠山[トオヤマ]のみどりに描き
ゆく春の渓橋[タニハシ]わたり
てすりに凭れなげきにくれる

          [ ]は補記およびルビ


この詞は、『康煕帝御製「廣群芳譜」による花の文化詞』(花崎采えん著 1989年)から引用しました。
本書は、花崎先生86歳の御作で、宋詞の翻訳書として評価され、1990年度の日本翻訳文化賞を授与されました。
私は、花崎先生のお許しを得、一絃琴の愛知一紅師に曲を付けていただき、ときおり一つ緒の琴で引き謳いを愉しんでおります。

先生の序文に「漢詩は壮大な気象を詠い堂々とした叙事詩が多い。詞は優雅な叙情が主で細かい叙景とかすかな詞境がある。詩では達することの出来ない微妙な 愛情の表現があり、かすかな世界は詞に助けを借りなければならない。」とあります。
立原道造のソネットは、「詞」に近似した世界を持っているように思えてなりません。

寄萱  投稿者:やす  投稿日: 2月19日(木)20時36分44秒

寄萱

山国春風入草根
誰家庭院不生萱
遠懐未有忘憂日
黒髪垂垂独倚門

パロ ディです。)

 田中克己先生が「四季」に寄せた一文に「萱草に寄せて」(昭和13年2月)といふのがある。立原道造の詩集出版の記念に、萱草に関る文献を渉って書いた ものだが、本日ふともめくってゐた本に偶然「萱」の字をまんま使った漢詩をみつけた。五山僧雪村友梅の母を思ふ詩だが、一寸字句を変へて私も“四季派風” に抄出してみました。原作者よ、願はくば今日のみこの戯れを諒とせられよ。

 萱(わすれぐさ)に寄す

山国の春風 草根に入れば
誰が家の庭院にか 萱を生ぜざる
遠く懐ひて 未だ憂ひを忘るる日有らず
黒髪垂垂として 独り門に倚るならんかと
編集済

【御礼】そのほか 投稿者:やす  投稿日: 2月18日(水)20時16分25秒

 Xモダ隊隊長、解説をありがたうございました。ところでウチの隊員の若干名はどうやら “なんとか遠征隊”といふのにも入ってるみたいですね。今回はどうやら飛行機とレンタカー使っての荒仕事とみた。

【御礼】
 大津の矢野敏行大人より、日本現代詩人会(2004.1.31)収録の講演テープを送らる。杉山平一先生、昨秋軽い脳梗塞を患はれた由にて、一年ぶりに お声を聞けば痛ましさ胸につのる。

だからダメって言ってるのに… 投稿者:Mr. X  投稿日: 2月18日(水)11時07分31秒

2003/9/9〜12 の【廣江ミチ子】『標札』1935/歌と批評社 ですが、
もしかしたらこれはやはり歌集なのかもしれないと思い始めました。
というのは、序文に「歌集だ」っぽいことが書いてあったからです。
確かに本文各一行一行が歌だと思えばそう思えなくもないですし、
序文を書いている橋本甲矢雄という人は歌の人のようだし、発行所
もそれっぽいし、NDLの分類もそうだし。たぶんそれが正解です。

しかしながら、廣江ミチ子という人は戦前初期のVOUに参加して、
リリシズム系モダな詩を書いている人だと最近気づきました。
(ということに気づいて再びこの詩集?/歌集?を開いたわけです)
そういう意味でも、相変わらずぼくはこの本はモダな人のモダな
詩集だと思っています。作品自体も言われなければ歌とは気付か
ないものですし。

個人的には面白ければどちらでもいいのですが、Path Finder の
ポリシーもあると思いましたので一言付け加えさせて頂きました。


X地とは何ぞや。 投稿者:やす  投稿日: 2月17日(火)00時09分35秒

『佩文韻府』をみつけてきて睨めっこしてるが、
括地・掩地・抜地・播地・跪地・雅地…だめだ。わからん。←(まだやってる漢詩の解読)

http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Lounge/9144/cogito/gozan-003.JPG


X氏とは誰ぞや。 投稿者:やす  投稿日: 2月16日(月)23時50分30秒

といふことでモダニズム隊隊長、『日本古書通信』(2004年2月号)にては今月も前回 に続いて持ち上げられっぱなしですねーъ(^ー゜)。
編集済

(無題) 投稿者:やす@cogito  投稿日: 2月16日(月)23時34分56秒

【Salon De 書癡】より人魚の嘆き様 のレスを引用させて頂きました。
(無題)投稿者:人魚の嘆き  投稿日: 2月16日(月)20時15分9秒
  cogito様
  拙著をお読みいただきありがとうございました。「読ませるツボ(文学的泣かせ処)を押さへた」というのは最後の部分ですか?『村上ラヂオ』とかいう本 にそこが引用されているとコピーで送ってくれた方がいました。まだ「cogito的おセンチ」を知らない時代でしたね(笑)。


 最後のところは一番ですけど、そこだけではありません。
 実証的な論旨で感嘆させるだけではなく、ところどころ手綱を弛めてコブシを効かせた小話を入れる余地がないかどうか、いつも心掛けてをられる気が致しま した。頭の中は文学的エピソードの宝庫だからきっと訳無いんでせうが(笑)、
 本日到着の古書通信連載に就いてならば
「絶縁された猪場はどのような心情でこれを書いたのであろうか」といったところですね。
編集済

【今週の読書】 投稿者:やす  投稿日: 2月15日(日)00時00分39秒

中村一仁さま、「昧爽」次号楽しみですね!

今週の読書 その1
『江戸の詩壇ジャーナリズム:五山堂詩話の世界』揖斐高著 -- 角川書店 , 2001 (角川叢書)
 とにかく\3000は高い。古本屋さんでみつけたので今度はちゃんと買って再読です。(古本屋さんで買ふことがちゃんと買ふことなのかどうか、ねぇ  笑)。我が所有せる五山堂詩話の端本が「巻9+補遺1+補遺2」の“初版”三冊を合綴したものであるらしい事はさきにも述べたけれど、巻10が抜けてゐる のは何ゆゑか。けだし本書にも詳報されてある文化13年の“書画番付騒ぎ”が、巻10初版の刊行部数にも影響を与へてゐたとは云へないだらうか
 ……などと生意気にも思案してみる∠(*^Q^*)。
今週の読書 その2
『英語教師夏目漱石』川島幸希著 -- 新潮社 , 2000 (新潮選書)
 年度末になると退官・異動する教員から研究室に溜め込んでた本がドッチャリ図書館に返ってきます。この本も返ってきた中にみっけ♪(今月の岩波広報誌 『図書』でふれてましたけど亀井俊介センセからの返却本ぢゃありませんよ)。英語のところは飛ばして読んだので感想を述べる資格はないものの(笑)、整然 たる思考回路に則った運筆と、読ませるツボ(文学的泣かせ処)を押さへた著者の手際はこの本でも健在でありました。

「昧爽」第4号校了 投稿者:中村一仁  投稿 日: 2月13日(金)01時08分13秒

やす様へ


冠省

時下ご清祥のこととお慶び申し上げます。
私どもの文藝同人誌「昧爽」第4号がこのほど校了、印刷所に入稿致しました。
ラインナップは以下の通りです。

☆放談 日本浪曼派とその周辺
☆昭和の疾風怒濤時代―亀井勝一郎とゲエテ、藤村―
☆痛快な反逆精神―敗戦直後の林房雄を読む―
☆個性ということ―小林秀雄と橋川文三のあいだ―
☆ある浪漫派作家の死―鈴木助次郎さん追悼―
☆読者アンケート 日本浪曼派とは何であつたか
☆書評 川村二郎『イロニアの大和』
☆書評 辻井喬『風の生涯』

やす様の貴重なご回答も収録させていただきました。篤く御礼申し上げます。
来月はじめにはお手元にお届けすることができるものと存じます。刊行の折に
は改めて、この場で告知させてください。

末筆ながら、ますますのご健勝をお祈り申し上げます。匆々不一

平成16年2月13日 中村一仁

http://www.ready46.net/


高田子風追悼録『牽牛花』  投稿者:やす  投稿日: 2月12日(木)21時40分10秒

 以前、野沢一といふ風変りな詩人をこのホームページでとりあげた際、同じく風変りには 違ひない彼の親友の高田子 風といふ詩人についても紹介したのだったが、先日ゆくりなくもその御子息の方より懇切なメールを頂戴し、追悼録『牽牛花』(茨城県立真壁農学校刊, 1940.11.25,19cm,203p,非売)の全文コピーまでお送り頂いた。私は一瀬稔翁の著作から野沢一といふ天然詩人のことを、そして彼の詩集 『木葉童子詩経』からその友として高田子風を知ったに過ぎない。両者の詩篇を抄出してあらあら交歓を偲んだのだが、先君の名をパソコンに打ちこんで検索エ ンジンでヒットした御遺族にはさぞ驚かれたことと思ふ。ことほどさやうに茲もまた風変りなホームページであるのだから。
 高田子風(本名高田日出男)は、年譜略歴によれば大阪生れの東京育ち。帝大在学中に野沢一の妹と識り、これを娶って(つまり御子息は野沢一の甥でもあ る)福島・茨城と農学校に職を奉じた。併せて数度の入隊・除隊を繰り返すなか、昭和十五年に軍の演習中、自動車事故によって不慮の死を遂げたとある(37 歳)。教育者として輿望篤きは追悼録が証するところであるが、野沢一との書簡やりとりも保存せられてゐる由にて、ご子息はこれらをホームページで紹介する ことを検討中らしい。
 卒寿を過ぎて眼を悪くされた一瀬翁からは今年より年賀状御無礼の印刷葉書が送られてきてゐる。ホームページの開設を俟ってお知らせを差し上げたい。
編集済

http://libwww.gijodai.ac.jp/cogito/book/koppadouji.htm


新聞テレビは見ないがよろし。 投稿者:やす  投稿日: 2月11日(水)21時17分10秒

 “サブカルチャー育ち”といふのはマンガをサブカルチャーとすれば私達世代以降全員が 多かれ少なかれ当てはまりますね。
 今日も刑法改正について新聞に出てましたが、既に親が狂ってる少年犯罪や、出稼ぎ感覚の外国人犯罪を相手にするとなると、社会全体で罪人を更正させよう といふ現刑法の運用理念の破綻はもう誰もが認めるところであるのに、誌面にはまだおかしな連中(多分死刑廃止論者)のコメントなんぞを載っけてる。彼らを グウの音が出ぬまで黙らせるのに、あとどれだけの凄惨な事件が起き、死刑を免れるに違ひない犯人を見せられ、或は迷宮入りを指弾する無責任な報道を聞かせ られるのか、暗澹とせざるを得ません。
 こっちの掲示板も“荒れ”さうなので(笑)、耳の穢れる“清談”はこれきりにしませう。

戦後日本の常識 投稿者:高坂  投稿日: 2月11日(水)19時09分49秒

>さういへば私達1960年代生れ以降の人々から、戦後日本の常識に対する強い疑問符が 提出されるやうになってきましたね。

「戦後日本の常識」といふのは、戦後民主主義・一国平和主義・経済至上主義・会社共同体主義など色々ありますが、たしかに今は大きな転換期です。

>サブカルチャー育ちの保守観については、ジャーナリズム内部で護憲派世代がしきりに危ぶんでゐますが、

現実を知らないバーチャルなオタクナショナリズムですか。
護憲派世代はどうでもいいのですが、パワーポリティクスに立脚してゐるつもりの親米保守派も、反米的な自主独立派も、観念的といふ点でオタクつぽいのはた しかですね。

>同一新聞のなかでも見出しや論評が既に矛盾をはらんだまちまちなものになってきてゐるのは、どうしたわけでせう。薄情な世相に対する彼らの戸惑ひは、そ れがあらゆる旧来の権威や常識の破潰に常に面白おかしく加担してきた末の、自身が招来させた結果でもあるんですからね。あるべき常識を論ずるに再び旧の指 針を持ち上げることは、さすがにプライドに堪えないからジレンマに陥るんでせう。

今は矛盾の時代なのだと思ひます。たとへば、私は自衛隊の海外派兵は必要であれば行なへばよいといふ立場ですが、イラク派兵には疑問があります。しかし派 兵するのなら、新しい事態に対応した言葉を語り、それに相応しい体制を作るべきと思ふがやらない。
政府も政府に対する批判者も、「旧の指針」は持ち出せませんが、新しい言葉も持てないでゐる。しかし現実は確実に変つてゐる。政府も政府の擁護者も政府に 対する批判者も知能的に問題があるんぢやないかと思ふほどです(笑)。

清談の掲示板を政治の話で汚してしまひました。すみません。

『続中部日本の詩人たち』 投稿者:やす  投稿日: 2月11日(水)12時42分56秒

こちらも宣伝です。
さきに初編を出した久野治氏の『中部日本の詩人たち』の続編の刊行案内が参りました。作品紹介が多い本なので、初編の、著者と面識の無かった有名詩人を取 り上げた項はつまらなかった。今度は著者近辺のしかも思ひっきしマイナーどころの地方詩人を特集してゐる分(雑誌所載形はすでに読みましたが)興味深く、 刊行意義も初編より篤くなってゐるんぢゃないかと思ひます。

『続中部日本の詩人たち』(中日出版社, 申込受付中, 312p, 2625円)
収録詩人:伴野憲・中山伸・長尾和男・鈴木惣之助・中条雅二・坂野草史・和仁市太郎・吉田曉一郎

ちなみに初編は次の通り。
『中部日本の詩人 たち』(中日出版社, 2002.5, 322p, 2625円)
収録詩人:高木斐瑳雄・亀山巌・北園克衞・佐藤一英・日夏耿之介・丸山薫・殿岡辰雄・平光善久
編集済

(無題) 投稿者:やす  投稿日: 2月11日(水)12時40分31秒

高坂様おしさしぶりです。
「奇魂」創刊四周年・HP二周年おめでたうございます。
 特集は“常識”ですか。さういへば私達1960年代生れ以降の人々から、戦後日本の常識に対する強い疑問符が提出されるやうになってきましたね。サブカ ルチャー育ちの保守観については、ジャーナリズム内部で護憲派世代がしきりに危ぶんでゐますが、同一新聞のなかでも見出しや論評が既に矛盾をはらんだまち まちなものになってきてゐるのは、どうしたわけでせう。薄情な世相に対する彼らの戸惑ひは、それがあらゆる旧来の権威や常識の破潰に常に面白おかしく加担 してきた末の、自身が招来させた結果でもあるんですからね。あるべき常識を論ずるに再び旧の指針を持ち上げることは、さすがにプライドに堪えないからジレ ンマに陥るんでせう。“清談”はこれまで。

『奇魂』第八號告知 投稿者:高坂  投稿日: 2月11日(水)01時30分56秒

やす様。
弊誌第八號を近日刊行致します。
弊サイトに内容紹介を掲載致しましたので、告知させて下さい。
頒価700円+送料です。
興味をお持ちになつた方はご連絡下さい。宜しくお願ひ申し上げます。

http://www8.plala.or.jp/Kusimitama/report/report18.html#180


『測量船』 投稿者:やす  投稿日: 2月 9日(月)19時41分12秒

 『測量船』到着、背は!・・・やっぱり無傷とはいかなかったか・・・残念。背革の溝の 部分に沿って、うう・・・ポッカリ穴が空いてら。
 この第一書房の“今日の詩人叢書シリーズ”よほど粗悪な革を使ってるらしい。といふより、田中冬二の『海の見える石段』等の背革が着色してある巻は、塗 料で保護されてる分、心なしか保存の良い物が多いやうに見えるのだけど。気のせゐかなぁ。蔵書印が無くなった分、既蔵のよりは大分見栄えがよくなりました (泪)。

 さういへば『南窗集』の“南窗”って変な漢字の“窗(まど)”を使ってゐるけど、これも

 倚南窗以寄傲(南窗に倚って以って寄傲し)
 審容膝之易安(膝を容るるの安んじ易きを審びらかにす)

といふ“帰去来兮辞”中の一句から採ったみたいですね。
編集済

『霄漢帖』 投稿者:やす  投稿日: 2月 9日(月)00時35分44秒

 病院見舞の帰りに立ち寄った古本屋でアンソロジーの漢詩集をみつける。題して『霄漢 帖』となん。奥付をみると昭 和3年京城での刊行である。日ごろ古書目録で戦前朝鮮の近代詩詩集が大変貴重であることを嫌ほど思ひ知ってゐる私は、価の廉いこともあって内容も閲せずに 買ってしまった。揚々と帰宅して目録検索するにWebcatでも国会図書館でもヒットしない。さてこれは珍しいもの手に入れちゃったなぁ(にこにこ)。と ころが徐ろに序文に眼を凝らしてみるとだ…、なんだこりゃあ、時の政府高官の退任里帰りに寄せたおべんちゃらの詞華集ぢゃないのか。なるほど各々の詩に題 はない。日本人に混じって李さんも朴さんも金さんも趙さんも鄭さんも伊さんも、披くところみな前朝鮮総督府政務総監湯浅倉平男爵を追慕するの情。さうして 総督や軍司令官に次いで巻頭頁に載ってる朝鮮人とは云へば、朴泳孝といふ、近代朝鮮史になかで翻弄され後年母国では“国賊”扱ひされてしまったひとなので あった。それら詩情の真偽はともかく明治期以降の漢詩のなかには、この体制べったりの政治臭が、元来は革新であったところの幕末勤皇詩の精神をやけに変質 させたまま綿々と纏はりついてゐるものがあるから嫌な感じです。けだし『梁川星巌全集』にしても、だから元文相が序文を寄せ県知事が刊行の肝煎りをしてる んだし、前に読んだ『漢詩讀本』も(内容はよかったけど)著者は一方で歴代総理大臣に対して儒学の心得を垂れるやうな社会的にも大変偉いひとだったりする 訳だ。漢詩の歴史を顧みればある意味それが本道ではあるかもしれないけれど、不取敢自分の漢詩修養は偉くなるためのものでも偉くなった時のためでも況や偉 ぶった人のためのものではない、ちうことで、ともあれ“ダボ道”を警める、奥付だけが珍しいやうな詩集との邂逅でありました(笑)。

扶桑書房古書目録68 投稿者:やす  投稿日: 2月 7日(土)00時03分39秒

 本日到着の扶桑書房さんの目録。今回の目玉は何といっても三好達治の初版本でせうか。 『測量船』『南窗集』『 花集』『山果集』と全部買っても\75,000だなんて! 安いからといって背取りなんてしないでね。小生も一冊だけ。『測量船』の買ひなおしに成功しました。でも“函欠”を“函付”にするとかいふんぢゃなくて、 “背欠(!)”を“背付”にするってとこが我ながら、とってもいぢましいんだけど。

 ところで『南窗集』の月報ってなんでせう。復刻にはそんなもの付いてませんでしたよね。

好読書 不求甚解 投稿者:やす  投稿日: 2月 7日(土)00時01分34秒

西岡さま

>江戸漢詩輪読、いつかぜひ。……はい(汗)。

 でも私は漢詩そのものの面白さを極めたいといふより、どちらかといふと、漢詩人たちの“ひととなり”といふか、当時の読書人の“居住まひ”といふもの を、今は喪はれた平野の風景とワンセットで思慕したい、それだけなんですね。往昔の俤を偲ぶよすがもない浪花の景物漢詩にスポットライトをあててをられる 西岡さまですから、こんなことは云はずもがななんですけど。

(無題)  投稿者:西岡  投稿日: 2月 6日(金)10時42分50秒

>述志の詩をもって“自分一人を潔くしたつもりになる”
なるほど、それで陶淵明なんですね。
確かに中国詩には孤立の自分を支えてくれる力があるような。
『中国詩人選集』を読んでた頃のことを思い出しました。

江戸漢詩輪読、いつかぜひ。

雑誌『風流陣』総目次  投稿者:やす  投稿日: 2月 5日(木)22時27分24秒

 本日、西村将洋さまより雑誌『風流 陣』の総目次及び解題(「同志社国文学」No.59抜刷)をお送り頂きました。厚く御礼申し上げます。
 北園克衛が関係したモダニズム詩人の俳句雑誌として夙に有名ですが、発行した300部を“決して寄贈したり本屋では売らなかった”といふ事情もあって、 現在では稀覯雑誌の一つとなってゐます。尤も内容は純然たる伝統俳句なので、一緒に企画された百部限定の「風流陣俳句文学叢書」も、古書価にて察するとこ ろ、本領のモダニズム詩集よりは人気は薄めです……とはいふものの、このホームページにも書きましたが、編輯発行人の八十島稔といふ詩人の戦前の消息を長 年追っかけてきて、詩集はもとより(一冊のみ蔵)ここから出た句集『秋天』『柘榴』にも未だ縁が無いですね。おのれの全詩集を生前に纏めず、没後に誰から も編まれなかった事情は判りませんが、同じ人脈でいふと前の杉本駿彦とともに不幸な詩人であるやうに思はれることです。

 また本日は田村書店から早速『江戸詩人選集』が届きました(月報も全部!)。この選集にはなぜか柏木如亭が入ってないので、研文出版の『日本漢詩人選 集』から柏木如亭の巻だけくっつけて、わが草庵の“積ん読漢詩人叢書”の完成です。

西岡さま
“自分の良い様に解釈できる”とは、述志の詩をもって“自分一人を潔くしたつもりになる”といふ意味で云ったのですが、たしかに字義に於ても自在に訓読で きる余地の間に解釈がたゆたうてゐるところがありますね。よく“簡古”とか云ひますけど、そんなことはこのさきずっとずーっと勉強を続けてゆくうちにやう やく分かってくることなんだと、素直に思ひます。修養のせゐか最近はことにも謙虚ですよ(笑)。書庫にこもって本を移動させながら、心の中でぶつぶつ蟹の やうに気に入った詩句を復誦してゐます。漢詩の輪読…とおいはるか未来の話のやうです…。

恐縮です 投稿者:西岡  投稿日: 2月 5日(木)01時20分37秒

「日本の古本屋」は確かに便利で、僕は去年『詩華集日本漢詩』の絶句集の巻を手に入れま したですよ。そのうちネットで江戸漢詩輪読みたいなことはどうでしょう?

ただ、最近岩波文庫の『漱石詩注』で吉川幸次郎が江戸漢詩をばっさり斬ってる序文を読みまして、「やっぱりそうか」という気がしないでもないのです。中村 真一郎が一生懸命江戸漢詩から近代性を読み取ろうとしているのはわかるのですが、杜甫なんかを読んでしまうと、やっぱり本家と分家の格の違いを感じないわ けにはいかないような…。

もっとも杜甫を十分に理解しようとすると字義だけでなく、典故や音韻の理解も欠かせないし、やっぱり僕らには音韻・典故をあまり気にしないで、それこそ自 分に良い様に解釈できる江戸漢詩辺りが適当かなという気もします。それに江戸の漢詩人たちは楽しそうに詠んでますしね。絶句・律詩の形式がしっかりしてる から、日記みたいにパズルみたいに詩が作れたんで、口語自由詩のなんでもありの世界に放り込まれてしまった近代以降の詩人達は、やっぱりしんどいなあと思 いますね。寝床でポツポツ読むなら、やっぱり江戸漢詩だなあ。

わぁ、西岡さんだぁ!(^∀^)/ 投稿者:やす  投稿日: 2月 4日(水)21時53分39秒

 おしさしぶりです。漢詩づいてます。今年もよろしくお願ひ申し上げます。
でもって読解を試みて頂きましてありがたうございます。なるへそ意味がやっと通じました!
といふか“千峰玉”を霜柱と解したセンスに、山岳詩人の透明度をあらためて思ひ知った次第です。

 漢詩は読み始めたばかりなので今はまだ充分テキストだけで楽しめるんです。文庫や全集本で戦前の詩を読み始めた頃と同じですね。
昨日も陶淵明の詩集を読んでゐたら「舊穀既沒新穀未登」で始まる詩があって一瞬、ハッと心が明るくなりました。
だってそれ、麥書房の検印紙に印刷されててずっと気になってゐた文句でしたから。

 実生活が公私共に目の当てられない状況の中で、自分に良い様に解釈できる漢詩の世界だけが慰めになってしまって、情けない限りです。
しかも何故だか本との御縁だけは今もって順調なんですよ(苦笑)。
「日本の古本屋」検索では『江戸詩人選集』とは別に、汲古書院版『詩集日本漢詩』で一番欲しかった第八巻の端本も手に入れることができました。これ、ウチ の図書館にはもともと無いし、あんまり見なくなってきた全集ですよね。
誠心堂書店にあった「五山堂詩話」は知らないうちに売れてしまったやうです。サミシイ。(/д・`)

http://www.jfast1.net/%7Ew-hill/


千峰玉? 投稿者:西岡  投稿日: 2月 4日(水)12時30分23秒

おひさしぶりです。遅まきながらさ今年もよろしくお願いします。
しかし最近はずいぶん漢詩づいておられるんですね。しかも骨董まで。ヤフーオークションにも今、大窪詩佛の軸が出てますが、どうなんでしょう。ちなみにあ そこに出てくる鉄斎の物はみごとに外ればかり(当然ですよね)。でも、贋作にも巧拙色々あって結構楽しめます。
ところで五山の軸の解読。僕にはとても読めないのですが、おもしろいですね。一字を残して固まってるみたいなので、自分なりにこんなふうに解釈してみまし たが、どうでしょう。
 開門堪一笑 朝、門を開けて笑ってしまった
 ○地千峰玉 地面を○○して霜柱が千の峰みたい
 遮莫溪橋断 これじゃとても谷の橋が渡れないけれど
 隣家有酒熟 まあいいさ、お隣りに旨い酒が熟してる
千峰玉を霜柱とした所が味噌なんですが、ちょっと考えすぎかも。

又、引越し 投稿者:ゴキ  投稿日: 2月 4日(水)04時56分49秒

リンク直してね。

http://www5f.biglobe.ne.jp/~kikoubon/


やっぱり便利ですね。 投稿者:やす  投稿日: 2月 3日(火)20時49分4秒

 たった今、インターネット「日本の古本屋」で、岩波の『江戸詩人選集』(十冊揃)安く みつけたんで早速注文。
したところがぬぁんと田村書店だったりして。

「昨年は図書館用、今回は自分用なんですよ」(^◇^)ゞ 月報モヨロシク!

「岩礁」杉本駿彦追悼号  投稿者:やす  投稿日: 2月 2日(月)20時02分6秒

「岩礁」杉本駿彦追悼号が古書店から届いた。目録では他の雑誌より高かったんでひそかに 期待するところがあったのだが、届いてみればわずか二人の追悼文が 寄せられたきりの片々たる内容であった。うち一人はかの名古屋戦前詩研究の第一人者木下信三氏のもので、私は以前にコピーを御本人から頂いてゐたから、つ まりこれを買ふ必要などなかった訳だが、それよりなにより呆れてものが言へなかったのは、追悼文がすべて外部からの特別寄稿によるものであって、同人が 22人も雁首揃へてただの一人も仲間の訃に追悼文をよせることなく、手前の詩でしゃあしゃあと誌面を汚して恥じる素振りも無いマイペースぶりであった。編 輯方針以前のこととして、そんな連中しきゃ集まることのない同人誌の存在意義を疑はしく思ったのである。「四季」や「コギト」はもとより、三号続かなかっ たやうな戦前の数多の同人雑誌さへもその点は、雑誌をただの発表の場と心得て同人費を払ってゐる権利を行使するだけの現代詩詩人たちの集まりでは少なくと も無かった。寄稿者に嘗てのモダニズムの仲間の名が見えないのがまたさびしさを感じさせる。やりきれないことである。

【菊池五山の掛軸・読解】続報3 投稿者:やす  投稿日: 1月30日(金)21時26分44秒

 本日、大学の書道の先生に件の軸を一瞥して頂きました。

【[炎+刀]藤○人】 ※[炎+刀]藤は中国産の上質紙の謂。

開門堪一笑
○地千峰玉
遮莫溪橋断
隣家有酒熟

   五山【娯庵居士】

 やはり「○地」が不明。「地」で終る熟語を『佩文韻府』で調べてみなさいと御教示頂いたのですが、
台湾版四部備要の叢書中にある筈の巻が、貸出中らしくって図書館にない。“らしくって”といふのは、実は、
まだ中国書や漢籍類の書誌がデータ入力されてゐないのです(恥)。
 実際、送られてくる古書目録でも、漢籍のページなんかは何の本だかチンプンカンプンな私ですが、
苟しくも司書なんですから読んだことなくても、どんな本か位は読仮名とともに早く習熟したいものですね。

(無題) 投稿者:やす  投稿日: 1月29日(木)20時17分56秒

文庫中毒さま、こちらではホントにおしさしぶりです。
解読の労をとって頂きまして心より拝謝申上げます。

さて、平仄にも適って不取敢読めたこととします。

開門、一笑を恐る
援地、千峰の玉
さもあらばあれ溪橋断ずるも
鄙家に酒の熟する有り

ここからが判じ物なんです(笑)。
何の門を開くのかな。でもって“援地”が曲者ですね。“援”には梯子といふ意味があるらしいです。


【日録】
 本日到着の新村堂さん古書目録から、今回は杉本駿彦の追悼誌を注文(高橋廣江のは見送りました)。
毎度のことながら実見したい詩集はあるんですが、通販で溝に捨てる覚悟はぼくの場合四、五千円位までかな(お店近在の人が羨ましい)。
“このホームページ的”には、「四季」の復刻揃ひが\90.000(定価半額)なんてところが出物でせうか。
とにかく人間関係の心労からか、石神井だらうと新村堂だらうと只今はどんな目録の封筒見ても心が騒ぎません。異常です。

「封筒見ただけで涎を流す昔の方が異常だと思ふけどなぁ。」U^ェ^U(パブロフのごん太)

五山 投稿者:文庫中毒  投稿日: 1月28日(水)19時56分42秒

やす様
ご無沙汰しています。
先日来、菊池五山の掛軸の解読に腐心しておられる様子。おせっかい出してみたくなりました。
私自身は余り自信がないのですが、義父が元小学校校長で、退職後は、地元の市史編纂を手伝ったりして、古文書読解にだいぶ慣れておりますので、手伝っても らいました。

開門恐一笑
援地千峰玉
遮莫溪橋断
鄙家有酒熟

と読みましたが、意味が通じるでしょうか?

中谷孝雄の『陶淵明』 投稿者:やす  投稿日: 1月25日(日)23時05分42秒

 年末に買った廣瀬淡窓の評伝のなかで、彼が一番に敬愛する詩人といふことで陶淵明のこ とが気に懸かり、丁度これ また貰った本のなかに陶淵明のことを書いた本があり、日本浪曼派と漢詩と両方読んだことになると思って読み始めたはいいけれど、誤植に躓き、訓読も専門家 とはちがふので結局図書館の本を別に二冊披く仕儀となった。どんどん横道にそれてゆくぼくの読書の有様の典型です。いつになったら再び菅茶山や美濃の漢詩 人達の世界へたちもどれるのかしらん。

【菊池五山の掛軸・読解】続報2 投稿者:やす  投稿日: 1月24日(土)12時53分45秒

本日の進展具合です(進展してるのかな)。

【印不詳】
   開門[堪]一笑
    ○ ○ ●●

   [援]地千峰玉
     ●○○◎

   遮莫溪橋断
    ●○○●

   鄙[宗]有酒熟
     ○  ●◎
          五山【娯庵??】

   五言絶句平起式、仄韻。(○は平字。●は仄字。◎は韻字)

【菊池五山の掛軸・読解】続報1 投稿者:やす  投稿日: 1月20日(火)08時51分41秒

漢詩の一件、
第三ファントマ様よりは次の如く教示を得。

耳門■一[哭・笑]
■地千峯■
■莫渓宿断
都京有酒熟

さうか、最初は「耳」なんだ!実はずっと「昇」ぢゃないかと“あたり”をつけてゐたのです。
最後もスッキー様の「鄙」と、「都」では解釈も反対になりますね。

さて、その後もウンウン唸って二句目の最後は「王」でないかと・・・「熟」とは韻踏んでるのかな?(汗)。
各々拝借して滅茶苦茶に継ぎ合はせ、現時点での私の予想は

耳門■一笑(耳門、■して一笑す・一笑を■す・■の一笑)
■地千峰王(■地は千峰の王)
遮莫溪橋断(さもあらばあれ溪橋断ずるも)
■京有酒熟(■京には酒の熟するあり)

どっかの酒の旨い“小京都”についての詩でせうか(鄙京有酒熟)。
それともそんなとこにいかなくても京には酒の旨いのがすべてある(都京有酒熟)といふ詩でせうか。
未だ意味も判然としません。
編集済

(無題) 投稿者:やす  投稿日: 1月19日(月)22時25分52秒

 中村様こんばんは(掲示板では初めまして)。
「昧爽」のアンケート葉書にはビッチビチに書き込みまして恐縮です。(^_^;ゞ
さういへば『イロニアの大和』たのんだ筈なのだけどまだ届いてない。
ぼくも焼きが回ったのか、最近硬い内容の読み物がとんと読めなくなって・・・これも読みこなせるかな。
職場では常日頃「口響く薑噛む」が如き心境でをりますが、溜め込んだ坎毒は全て我が身に返ってくる始末です(苦笑)。

同人文藝誌「昧爽」を無料献呈 投稿者:中村一仁  投稿 日: 1月18日(日)05時29分27秒

はじめまして。文藝同人誌「昧爽」を編集してゐる中村一仁と申します。「昧爽」について は度々この掲示板でやすさんに紹介していただいてをります。篤く御礼申し上げます。

さて、私と共同編集人の山本直人は、2月下旬刊行予定の「昧爽」第4号で日本浪曼派の特集を行ひたいと現在準備を進めてゐますが、希望者にこの第4号を無 料で献呈したいと考へてります。第4号では、日本浪曼派についての山本と中村の対談、日本浪曼派についてのアンケート回答、林房雄論、亀井勝一郎論、保田 與重郎に師事した小説家・鈴木助次郎氏を追悼したエッセー、川村二郎氏の保田論『イロニアの大和』の書評などを収録する予定です。ご希望の方は下記まで送 付先をご連絡ください。これを機会に、雑誌の定期購読者になつていただければ幸甚です。どうぞよろしくお願ひ申し上げます。

rkazuhito@h4.dion.ne.jp


菊池五山の掛軸 投稿者:やす  投稿日: 1月14日(水)22時41分25秒

 か なりくたびれた表装の軸のことですが、皆さんにいろいろ協力して頂いて御意見を賜ってをります。ちょっとボケてゐるので、拡 大図1拡 大図2拡 大図3拡 大図4を用意させて頂きました。もちろん印鑑も読めません。

 ○○○一笑
 ○地千峰○←平仄からいくと「山」ではないらしい。
 ○○渓○断
 ○○有酒熟

とにかくもう、こんだけは動きませんね。

スッキー様からはさらに

 昇門福一笑
 渓地千峰
  美渓宿断
 鄙家有酒熟

と読んで下さったのですが、三句目をぼくは「遮莫溪橋断」と読んでみました。

語気鍛隊長殿、久しぶりにありがたうございました。
碓井さま、限定本に記番外本はつきものですが、著者の与り知らぬ特装本を勝手に拵へる版元もあったのですね。

早く寝ないと駄目だよ 投稿者:ゴキ  投稿日: 1月14日(水)01時39分3秒

カトウ タイゾウ【加藤泰三】『山へ帰る(画文集)』

カトウ タイゾウ【加藤泰三】『山より帰る(画文集)』1995/加藤泰三遺作刊行会/[244p]/19.8cm家蔵10部特製30部上製300部/\非売

化粧と衣裳 投稿者:碓井雄一  投稿日: 1月13日(火)12時35分45秒

『化粧と衣裳』が2冊ですか! 林先生は御自分の御仕事をあまり整理していらっしゃら ず、年譜の時に実は少し難渋 したのですが、僕がこの詩集の特装本(共函・総皮表紙・20部限定)を浪速書林から買ってご報告申し上げた折、「そんなのが出てたんですか、へ〜」とおっ しゃられたことがございます。

くじらさん、コーヒー御馳になりました。 投稿者:やす  投稿日: 1月11日(日)19時17分0秒

名古屋駅前JRタワーズの“大名古屋古本市”に行ってきました。
お客さん一杯。欲しい本もあったけど、目録通り全体に高めでした。

実物をみて気になったのは、
福岡の詩人、山田牙城『12月の歌』(1935年.アテネ書房)限定250部かな。でも一万円を超えると考へてしまひます。きりないもの。(あじさい堂書 店)。
また林富士馬の艶笑詩集『化粧と衣装』(1958年.萌木豆本No.2)限定150部の記番外本が、5,000円で二冊も出てました(伏見屋書店)。

それぢゃ何も買はずに帰ってきたのかといへば、読めもしないくせに か なりくたびれた表装の軸を7,000円で。
“漢詩ダボ”になるつもりはないンですが、この数日の私の行動を見透かした如くに置いてあるんだもん(笑)。
贋物かもしれないけど不取敢、昨年来吊るしッ放しだった村瀬藤城の軸と掛け替へて「くづし字辞典」と睨めっこです。「溪」とか「峯」とか・・・誰か読める ひとないですかね。
編集済

またまたお礼 投稿者:サーニン  投稿日: 1月 9日(金)22時44分52秒

やすさま

おかげさまでした!

敗戦までの浪曼派が重要なのはもちろんですが、
敗戦後から現在にいたるまで、どのように「浪曼派的なるもの」が
脈々と根付いて来たかを、いちど考えてみたいと思ってるんです。

ので、もちろん、
やすさんのお仕事からも学ばせてもらっております。
(そのくせ『夜行雲』で終わっててすみません……汗)

いまだに「掲示板」という媒体に書くのは慣れませんが、
「お礼」が書けるのはうれしいことです(笑)。


【古書日録2004/01/09】 投稿者:やす  投稿日: 1月 9日(金)21時03分22秒

サーニンさま、まことによかったであります。

【古書日録2004/01/09】
晩飯前にごん太と散歩。帰りにくじらさんへ立ち寄って、本日初日の“大名古屋古本市”の様子を聞く。往時の“近鉄古書展”を髣髴させる盛況振りであった由 にて、明日も出勤で行けさうもないのは残念無念。
でもって「新日本古典文学大系」を買って帰る。なんだ、『五山堂詩話』は巻一、巻二の原文影印もあはせて載ってるぢゃないか。一通りこれで変体漢字を確認 したら、あらためて手許の槧本に挑戦だね。

さらに朝日書林よりは本日便で、牧章造『詩集 磔』昭和30年、笠俊介『詩集 谷間の書』昭和26年の2冊ともが首尾よく到着。
例へばかういふ手合ひが、私の「変に興味の無いふりをして」意識してをった詩人の一例であります。

「だれも注目なんかしてないと思ふけど。」U^ェ^U
編集済

お礼(ばかり書いてますが……) 投稿者:サーニン  投稿日: 1月 9日(金)18時01分1秒

碓井雄一 さま

「林富士馬年譜稿」所収
『近代文学 資料と試論』誌、落手いたしました。

このお仕事をかたちにするまでの無私のご労力を思うと、
「気鋭」というのは「気息奄々」の略だったか――などと、
わが身を恥じ入るばかりです。

また、
この年譜がひとつの〈戦後文学史〉のようでもあって、
いろいろのことが見えてきました

とりいそぎお礼までですが、
今後ともご高配賜れば幸いに存じます。

ありがとうございました。


(無題) 投稿者:やす  投稿日: 1月 9日(金)07時03分45秒

“Salon De 書癡”で 「注意を惹く作風の詩人であっても、処女詩集が入手できないうちは変に興味の無いふりをしてをります。」なんて書きましたが、本当のところは読みたくても 一冊も入手できないでゐる、アンソロジーのみで知った詩人といふのがさらにその上位に来るのですね。先日葵の家さま邸宅へお邪魔した際には、そんな未見の 詩人の詩集を沢山見せて頂き、欲求の浄化をすることができました。その葵隊員の「蒐書日記」がいよいよ今月公開されると云ひます。必見ですb(^.^)。

『五山堂詩話』 投稿者:やす  投稿日: 1月 9日(金)00時04分52秒

 例の『五山堂詩話』の端本を昼時レストランでぺらぺら捲ってゐたら、白鴎詩社同人で 『三野風雅』の序文を書いて る菅原(柴山)老山のことが載ってゐるのにぶつかった(補遺一17〜19丁)。はぁん、菊池五山とは友達だったのか。詩を余技と心得る儒者的性格の老山に カマを掛けて旧作を誦せしめ、五山がそれを書き留める話が面白い。併せて細君の卜部金英、門人の川出春山(龍山)、細野竹軒といふひとの詩も載せられてゐ る。100円で買ったから好い加減に持ち歩いてゐるけど、このアンソロジーはこんなにして一人一人の詩人にまつはるエピソードがあって面白いし、やっぱり 侮れないや。手持ちは巻九および補遺巻一、巻二の合綴だけど、各巻の大きさがガタガタ(補遺巻一だけちと大きい)なのは初版だからだらうか。ともあれ最初 の巻一、二あたりに原本であたれるなら、現在岩波から出てる新日本古典文学大系の訳本と引比べりゃ、辞書で引き辛い変体漢字が労無くして判っちゃふんだけ どな。旧蝋神保町で実見した後版と思しきは、本編10巻補遺5巻が八分冊になった揃ひで45,000円と也(ためいき)。

 さて明日は当然出勤、明後日も土曜開館出勤で、名古屋駅前JRタワーズの“大名古屋古本市”にはもう何にも残ってなささうで涙です。
編集済

(無題) 投稿者:碓井雄一  投稿日: 1月 7日(水)10時49分2秒

有難うございます。サーニン様には今日付けで拙誌お送り申し上げます。
林先生もお喜びのことと思っております。

(無題) 投稿者:やす  投稿日: 1月 6日(火)21時27分33秒

碓井さま、サーニンさまとは連絡がとれましたでせうか。
浪曼派研究者の方は他にもいろいろみえますが、書込みにアドレスをくっつけてる方へは
どうぞご自由に連絡をとって情報交換して頂ければと存じます。みな気鋭少壮の同年代の方々です(もしかして自分が一番年寄り?)。

ありがとうございます。 投稿者:サーニン  投稿日: 1月 6日(火)01時52分9秒

やすさま
旧年中はお世話になりました。
おかげさまで気持ちよく越年させていただきました。
喪中のため欠礼させていただきましたが、
ボードはしっかり拝見しております。
遅蒔きながら、
本年もどうぞよろしくお願いいたします。

碓井雄一さま
とてもうれしいお申し出、ありがとうございます。
以前こちらに書き込ませていただいた通り、
愚生にその渾身のお仕事を頂戴する資格があるかどうか
怪しい限りなのですが、
ぜひとも拝見させていただければうれしく存じます。
(もちろん実費はお支払いさせてください)

上記あてにメールをいただけたら、
折り返しこちらからご連絡させていただきますが……。

あらためて管理人さま
この掲示板を使って、
わたしと碓井さま、林富士馬を結ばせていただいて
よろしいでしょうか。
ご高配賜れば幸いです。


突然で、失礼致します。 投稿者:碓井雄一  投稿日: 1月 6日(火)00時25分16秒

中嶋さん、謹んで新年の御挨拶を申し上げます。今後とも何卒宜しくお願い申し上げます。 年譜、訂正(「小松紳六」→「小松伸六」、「阿部公房」→「安部公房」等)と増補が20件あり、次号にて補訂致します。
「サーニン」様、もし宜しければ、大変に拙いものではございますが、「林富士馬年譜稿」お送り申し上げたく存じますが、何分にも当方パソコンを始めたばか りで連絡方法等、よく分からないのです(このメールが届くかさえ不安です)。どうすればよいか、御教示を賜りますればそのようにさせていただきます。

「日本古書通信」一月号 投稿者:やす  投稿日: 1月 5日(月)21時52分1秒

 本日到着の「日本古書通信」(894号)、人魚の嘆き様の連載を読んでたら、続いて雑 誌『L'esprit Nouveau』の“幻の7号”をめぐって日大の先生が、われらがモダ隊隊長のことを書いてゐるのに遭遇。隊長の面映さうな様子が目に浮かびますですね (笑)。
 さて明日は朝日書林のページから戦後詩集を二冊注文の予定。抽選になるかな。
編集済

よこく 投稿者:やす  投稿日: 1月 3日(土)00時38分59秒

 この休み中に、法外な古書価を付せられて封印されてゐる稀覯詩集を何冊か、テキスト化 またはイメージ化して、休み明けに「近代詩詩集index」のなかで公開しようと考へてをります。
 著作権が消滅してゐない詩人もあるかと思はれますが(著作権は没後50年で消滅)、継承者の連絡先が分かりません。現在国立国会図書館等以外では閲覧さ へままならぬ資料ですから、近代詩史研究に資するためにもとりあえずupして、あらためて皆様からの情報を待ちたいと存じます。宜しくご協力下さいませ。
 併せて書影だけの項も順次upしてゆきますのでお楽しみに。

年頭御挨拶 投稿者:やす  投稿日: 1月 1日(木)17時23分33秒

高坂さま他みなさま
あけましておめでたうございます。本年も宜しくお願ひを申し上げます。<(_ _)>

昨年末上京時の古書収穫をざざっと羅列披露致します。譲って頂いた「帆・ランプ・鴎(丸山薫)」を除いて、
「出発の朝(奈良進)」「青猫(萩原朔太郎)」「花と金鉱(柴山晴美)」「瑞枝(黄瀛)」「永遠なる郷土(金井融)」「プルシア抄(坂野草史)」のカ バー、「動物磁気(竹中郁署名入)」「陶淵明(中谷孝雄署名入)」「Of Dawn, Of Dusk 立原道造英訳詩集」「保田與重郎全集刊行案内」「秋に見る夢(大木篤夫)」「繭(正木聖夫署名入)」「ゆめがたみ(寺下辰夫)」「西窗の燭(ヒロアーサー 署名入)」「鳥のゐる磧(熊本正・森清秋)」「ミラボー橋(杉山平一署名入)」などなどは皆全ていただきものでございました。感謝感激雨霰、葵の家様、 りょくと様にはあらためて篤く御礼申し上げます。

「太乙詩抄」も昨日到着。こちらは状態はよくありませんでした。

謹賀新年 投稿者:高坂  投稿日: 1月 1日(木)12時43分10秒

謹んで新年のお慶びを申し上げます。
やすさん、今年もよろしくお願ひ致します。

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