(2007.12.03up / 2009.01.05update)
Back
たなか これん【田中これん】『廉子遺稿』1927
天地に一人の友とわれは思ひ人もおもふと思ひしものを
夕されはわく潮のごと胸の血の高まりし日はむかしとなりぬ
星ひとつきらめきそめぬ夕くれのうすら明りにもの思ふとき
虫の音やただ何となくおん胸によりて泣きたき月の夜半かな
わが涙さとりたまはぬ冷やけきみ心に似し秋雨の日や
はてしなきゴビの沙漠と恋うせしわが行末といづれさびしき
なつかしきはた耻かしき君と我よびし幼名呼ばんともせず
わが魂は魔に奪はれて一千里われをはなれぬかなしき夕
うつつにはそむきし人もおもひ寝の夢はなつかしをとめ心に
よせてはかへす浪のいそべの夕まぐれ永久にかへらぬ君をしぞ思ふ
その夜われ恋のうれしさかなしさを初めて知りぬ逢ひて別れて
百萬の金の小扇みだれちる夕日に立てるわが肩に手に (銀杏樹下にて)
くろ髪や涙にのびし二十とせを撫づる日となくくれてゆく春
逢へば燃え別るれば消えまたあへばまたもえいづるわが胸の火よ
さびし夜やねたさ恋しさうらめしさ一つになりてわれを襲ふよ
鐘の音は嵐の末の鐘の音は泣けよと告げぬうらぶれの身に
正月や妹とふたり初結ひの高まげ姿はぢらひてゐぬ
この涙このかなしみを歌はむにあまり幼きわがこころかな
梅の花雪とこぼるるおぼろ夜をまちがてに琴ひきてゐぬ
黒木売の大原女三人木かくれて夕もやせまる下賀茂の森
梅咲きぬうぐひす啼きぬああされどわが世の春はまたかへりこず
さびしさのわが世に似ると涙しぬ寒月さむき野の枯木立
捨てられてすてにし人をなつかしむ悔よ悶えよわが衰えよ
草ふみてけふもたどりぬかの森の松かげに咲くつゆ草の花
あてもなく樫のおち葉をふみて入る五月の森に啼くは何鳥
世に人に捨てられながら捨てながらなほわれをしも美しむかな
みちもせに野茨咲くらむ少女の日わが踏みなれしふるさとの道
口三味線手ぶりをかしき「あほ芳」の人形見ては笑ひ泣きする
彌生きぬ淡路の国にあほ芳が人形まはして歩くころかな.
人形や袋かたへにあほ芳は安く眠れり春の日うらうら
のどかさよ赤きはばきの巡礼の鈴鳴らしゆく菜の花のみち
花の香や八幡の馬場の春かぜにさくらちりしくふる里こひし
難波潟あけゆく空にほのぼのと白帆ども見ゆ妣の國見ゆ
青葉しげる森の木立のかげにして恋しき人は永久に眠れり
真砂ぢゆほのかに望む沖の島や笥飯野松原月夜よろしき
汐干狩いそに日くれてかへるさは月夜となりぬ菜の花のみち
つゆ草の夕野をゆけばいとせめておもかげにだにあはむとぞ思ふ
虎杖の花さく岸の草に寝てものおもふらむ人のこひしき
永き日や君がかたへにうつむきて草むしりゐぬ岡の松かげ
もの乞ふと群れくる鹿をこはしなどみ手にすがりぬ若草のみち
丈高き君に倶されて春の夜の人ごみの中をゆく誇らしさ
何となきあこがれごころけふもまたわれを誘ひぬ若草の野へ
そぞろゆく道頓堀の春の宵君に一足おくれけるかな
相乗をまゐりましよかと問はれけるわが耻づかしき思出の街
丸まげのうしろ姿のうつくしさかろき嫉みに見おくりてゆく
藤の花ほろほろとちる人こひしさの夕まぐれかな
金泥に椿の花のうつくしき三重吉集のうれしかりけり
春日影浴みてひねもすおん君と舟遊びせん山の湖
囚へしか囚へられしかうつつなの夢に生きたる二人の霊よ
むらさきのふりの袂のなつかしき若きこころに母となりにき
もゆる火を燃ゆるがままにもえしめず妻となる人母となる人
白麻に花なでしこの描かれし蚊帳にねむれるはしきわが児よ
あらがへぱ必ず勝つといふごとき妻に守らるる男愛ゆし
花あやめ汀に立ちしいもうとの若き姿もねたまれにけり
あるときはわれにかかはりなき如く唖のさまするにくき君かな
お土産の玩具やパンにふくらみし包みかかへていそぐ夕ぐれ
薬瓶にさしし菊の香ほのにほふ病院の夜をこほろぎの啼く
世の中の人に似ざるがほこらしくされどさびしきわが天地よ
世に一人すねてあらむか否むしろ死なむと思ふ冬の夜の雨
何事も神の運命と泣きもせぬ足萎えの子にけふも雨ふる
強きこといひてかへしし弟の頬の痩せおもひ涙し流る
足なえの妻をあはれとのたまへどこよひも酔ひて君はかへりぬ
熱やみてぬけしくろ髪籠にみちぬ涙にのびし千すぢ百すぢ
ママちやんがよくなつたらば鹿を見に奈良へゆかうとけふも子のいふ
足萎えて四月経にけりいまいく日かかるうき世に生をうる身か
ふと向ふ鏡にうつるわが面に死相ありなどおののかれける
ほろほろとうす紫の花のちる夕の月にわが身消なまし
はしきやし母なき家に母知らずはかなくゆきしわが児光日(てるひ)よ (入院中)
ちらむためひな芥子は咲く泣かむためわれは生れき只泣かむため
われ泣けばいとしと君も泣きたまふうれしき夜かなかなしけれども
母のごと慕ひし君はゆきましぬこの木枯の風のつめたさ(岡田氏の母刀自を悼みて)
あるときはわが手をきりてくれなゐの血汐のいろに心慰む
君がゆく舟の灯見つつ涙ぐむ霧ふる家の窓にもたれて(人々と題を設けて歌よみけるに霧を)
磯松原いそに立てども故さとの山さへわかず霧ふかき朝
眼をやれど霧立ちこめていとし子をあづけし里の山も見わかず
病みながら遠くわたますさびしさを思ふに暮れし雨の暗き日 (天下茶屋を去るとき二首)
子らは皆ここに生まれぬ君とわが家もはじめてここに作りし
いつはりの人の涙に泣くばかりこころ弱くもなれるこのごろ
遺児三人抱きて君の泣きたまふ日をのみおもふかなしき夜かな
大正四年十月七日身まかりてより、春風秋雨十二年、萩の花ちりこすもすの花さくころとなりて、
ことしもまた君が忌日ちかつきぬ。生ける日に君を慰むること多からざりしわれは、別れしのちも酬ゆることの少なきを愧づ。
おもへば世に薄幸の君なりしかも、きみがみなし児の多涙多恨の足跡を、われはかなしくも今も凝視する也、
しかれども幼くて遺れたる君がいとし児は、母を多くおぼえざるをいかにせむ、その他日のなげかひを思ひて、
君が
手帳より小遣帳のはしより拾ひし歌どもを、いとせめて君がおもかげを、髣髴せしめむよすがにとて、この集は編みつ。
歌として大方の世にのこさむとにあらず、三十年の生涯の片影として、君が遺児に只君を伝へむがためのみ。