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『連詩集 椿の宮』

一戸謙三 四行詩集

1959年 緑の笛豆本の会(弘前)

[52]p 12×11.5cm 特装25部、並装25部、計50部限定


 この数年、御遺族の熱意に絆されるまま紹介に勤しんできました津軽の詩人、一戸謙三ですが、その生涯で一番豪華に造られた限定本の詩集を入手することができました。

 版画、装丁ほか制作の全てを地元文芸家の蘭繁之(本名藤田重幸1920-2008)が担ひ、ディレッタントらしい趣向が満載された「緑の笛豆本」初期ラインナップの一冊、『連詩集 椿の宮』です。

 特装25部、並装25部、計50部限定の稀覯本。12cm上製52ページ函入りの、「豆本」とはいへないしっかりしたサイズであり、国会図書館にも所蔵はありません。なので、本サイトでは弘前市立郷土文学館の協力を仰ぎ、館蔵する本の画像を公開して参りました。

 今回入手したのはその特装本の、何と第一番本です。献呈先は、出身生年を同じくするロシア文学者の鳴海完造(1899-1974)。青年時代、共に同人誌『胎盤』を創刊し(大正9年)、その後モダニズムに傾倒した謙三とは途を異にして、昭和2年から9年もの間、ソ連に招かれて日本語教師を勤めました。戦後は長らく司書として、この詩集が刊行された当時も弘前大学図書館にあった謙三さんの旧友。その蔵書を以て「偉大なる書痴」とも呼ばれた人です。

 そして詩集に収められてゐる聯詩(連詩)といふのは、壮年期から謙三さんがはまって行った文語定型詩。方言詩から転じて作り始めた昭和13年から、約300章まで溜まったものを一旦128章に詩集としてまとめた上で、 更にその中から戦前のものだけを29章厳選して上梓したのだといひます。

 披いて先づ圧倒されるのが版画によって彫られた字面の美しさ。内容的には美しい漢字が並ぶものよりひらがなで書かれた作品により愛着を覚えました。もっと言へば、これは謙三さんには怒られるかもしれませんが、聯詩の押韻詩としての美しさは、この特装本の造本を象徴してゐる、表紙に象嵌された真珠の美しさではありはしまいかと。素直にさう思ってゐる次第です。

 すなはち、それが無くても充分に伝統的語調を護って美しくある詩篇は、見方によっては、むしろその押韻が鑑賞の際の目移り要素にもなりかねない「遊び」の要素なのであって、文学が畢竟「遊び」であるならば、その詩論をわれわれは納得も否定もする必要がない、といふことであります。

 刊行者の蘭繁之自らが、別刷りの「誤字訂正(版画で誤字するのも珍しいですが)」の最後に、

「特装パールはめ込表紙の右下に同封の本題名(※別添の題簽)が貼られるのだが、どうもパットしないので貼らないことにしました。しかし、貼りたいと思う方は貼ってください。」

 と書いてゐるのですが、至言です。パットしないのは真珠があるからなんですけどねー(笑)。

 特装本が贈られた人達と思しき25人が集まり、詩集の出版記念会が開かれてゐますが(写真参照)、どんな話題で賑ったことでしょう。椿の花が大きく描かれた並装本の表紙の方が良かったのではないか、などいふ失礼は刊行者の前で語られることはなかったかもしれませんが、二次会にも出席した謙三さんの日記に、この会の話柄について一切記述がないさうです。

 その後、編集済みの連詩128章は、詩集の名をそのまま『四行詩集 現身(うつしみ)』として、同じく蘭繁之氏の手により「緑の笛豆本の会」から刊行されます。内容はこちらの方に(やはりひらがなに開かれた貌のものですが)佳品が多いのではないでしょうか。読者に行きわたるやう250部刷られたのはよしとして、残念なのは、正に豆本らしく収録数(41章)も造本(9cm並製65ページ)も縮小されてしまったことです(別に50部函入り上製本が造られましたが)。

 殊にも何とかならなかったかと思ふのは、蘭氏と謙三さんの間にどんな経緯があってさうなったのか、肝心の挿画を、自身でも「名古屋豆本」を創めた亀山巌に依頼したことでした。戦後尾張に帰った聯詩の盟友佐藤一英の縁もあったか知れません。しかし豆本の命であるこの装釘、ことに外装には、私は津軽を代表する詩人が最後に世に問うた詩集として多大の不満を持ってをります。字数を切り詰め精魂が込められた韻文の内容に相応しい挿画は、往年のモダニズム(スチームパンク風の)趣味を失った老画伯、亀山巌に依頼するよりは、それこそ三顧してでも棟方志功に依頼する最後のチャンスであったと、私には思はれて仕方がないのです。

 


一戸謙三詩集『椿の宮』出版を喜ぶ会(郷土作家研究会・弘前詩会共催)於ニューヒロサキ 1959.12.10 18:00-20:30

【前列左より】
秋村静映
内海康也
山口寿
大平常元
風穴真悦
加賀谷健三


【中列左より】
佐々木繁
川村欽吾
鳴海完造
村田清三郎
竹森哲三郎
一戸謙三
花田実
高木恭造
加藤博
黒滝俊雄


【後列左より】
相馬正一
蘭繁之
宮川圭一郎
渋谷鉄蔵
藤田龍雄
北島一夫
泉田敏子
小山内時雄
木村繁


【付記】
 かつて入手した津輕方言詩集『ねぷた』(昭和11年)を手放してしまひ、たいへん後悔してゐた私ですが、再び謙三さんの稀覯本にめぐり逢へるとは思はず、非常に喜んでこれを草してをります。
 またつくづく自分の詩集コレクションが分不相応なものであると思ふこともしきり也。
 特定分野の情報源が濾されて提供されるインターネットの出現が無かったら不可能であったのは言ふまでもありませんが、小遣ひ銭で蒐めることが出来たそれらの詩集が、稀覯本といふだけでなく、献呈先や旧蔵者も、今回のやうに本来購入できる筈もない特別な一冊が多いことに、私の許にひととき集まって来てくれ た何かしらの因果を感じずには居られません。そこだけは素封家コレクターに伍して自慢できることかもしれません。


【一戸謙三 押韻定型詩】

『火の諺(聯詩集)』1940/私家版/[12]p/15×11cm孔版並製/非売【国会図書館未所蔵】 PDF公開

『連詩集 椿の宮』1959/緑の笛豆本の会(弘前) /[52]p/12×11.5cm上製25部【国会図書館未所蔵】PDF公開

『現身』1972/緑の笛豆本の会(弘前)/65p/9cm250部/\(別に帙夫婦函入50部) 【国会図書館未所蔵】 PDF公開

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