(2003.5.9up / 2009.09.01update)

『藤城遺稿』テキスト訓読書き下し版

藤城詩文鈔

                               小坂觀海岳
    村瀬褧士錦著                   堀田皓白石      同校
                               姪 甒君尊(村瀬雪峡)


 

初稿

 辛未(文化八年)の春、褧(けい:藤城本名)汗漫(気まま)の遊を作して浪華に抵(いた)る。山陽先生と荏戸溝(えどみぞ:日本橋)にて相ひ見(まみ)ゆ。 既にして京師にて絳帳に候(さぶら)ふ(講筵に列する)。又た几杖を濃山に奉じ、親炙之れを密にすること、殆ど夙因(前世の因縁)有り。 苟(も)し得る所有らば、郵筒、正を請ひ、辛未より癸酉(文化十年)に至る。浄録して二巻を得、更び一覧を煩す。則ち其社の、武景文兄弟(武元登々庵兄弟)、石元瑞(小石元瑞)の諸公をして之が批評を加へしむ。 琢磨して成就すれば、喜び望外に出づ。
 吾が家山の近きにして秀ずる者を藤城(山)と爲す。藤城の名は甚しくは著れず、特(ただ)宗祇連歌集中に之を載す。嘗(こころ)みに吾が齋を扁(扁額)するに用ひ、故に此稿を題して藤城詩文初稿と爲す。
 稿中の評語。姓名を標さぬ者は、皆山陽先生の云ふところに係る。文化甲戌(十一年)の春。村瀬褧識す。

【欄外】
信侯(牧百峰)云ふ。「山陽先生と」云々。「山陽先生また適(たまたま)来遊するに會ふ」と改作、いかが。
信侯云ふ。「吾が家山」云々。「吾が郷、四山翠を環らし、其の最も近く秀ずる者」と改作、いかが。

初稿

辛未之春。褧作汗漫遊。抵浪華。與山陽先生相見于荏戸溝。既而候絳帳於京師。又奉几杖於濃山。親炙之密。殆有夙因。苟有所得。郵筒請正。自辛未至癸酉。 浄録得二巻。更煩一覧。則使其社武景文兄弟。石元瑞諸公加之批評。琢磨成就。喜出望外。吾家山之近而秀者爲藤城。藤城不甚著。特宗祇連歌集中載之。嘗用扁吾齋。 故此稿題爲藤城詩文初稿。稿中評語。不標姓名者。皆係山陽先生云。文化甲戌之春。村瀬褧識。

【欄外】
信侯云。與山陽先生云々。改作會山陽先生亦適來遊。何以。
信侯云。吾家山云々。改作吾郷四山環翠。其最近而秀者。何以。


 

辛未の春、浪華日本橋僑寓にて事を書す

津南に笈を卸して五旬強。
柳巷に幽を占めて鴉、蔵(かくれ)るべし。
自づから素心有りて寝食を忘る。
寧(な)んぞ英気の文章を養ふこと無からん。
紙窗、破れを補ふ、新詩稿。
石鼎、香を吹く、旧薬の嚢(のう:ふくろ)。
游息(憩ひ)聊か成る、小留計。
家山の三逕(隠者栖処の謂)、未だ全くは荒れず。

【欄外】
信侯云。頷聯(3、4聯)は、工力ともに足る。
又云ふ。第五句は恐らく未だ湊合を免れず。
世張云ふ。「家山の三逕未だ荒れず」。是れ、學在り生計在り、皆、緊要の事なれば、羨むべし。學ばざるべからず。※
(※学業が可能なのは実家の生計がしっかりしてゐることで皆大切な事なれば、藤城は羨ましい、しっかり勉強しないと)
信侯云。世張の評、明了を欠く。豈に誤寫有らんか。(※「全くは」を写しておらず藤城の心を正確には言ってない)

辛未之春浪華日本橋僑寓書事

津南卸笈五旬強。 柳巷占幽鴉可蔵。 自有素心忘寝食。 寧無英氣養文章。 紙窗補破新詩稿。石鼎吹香舊藥嚢。游息聊成小留計。家山三逕未全荒。

【欄外】
信侯云。頷聯工力共足。
又云。第五句恐未免湊合。
世張云。家山三逕未荒。是在學。在生計。皆緊要之事。可羨。不可不學。
信侯云。世張評欠明了。豈有誤寫乎。


 

高岡の靜古老人を岡山村居にを訪ひ、老人の似(しめ)さるるに次韻す。

   僕、晦嵒禅師の紹介を得て、老人と相識る。遂に老人に依りて、浪華の諸先生及び山陽翁と歓洽(かんこう:打ち解ける)す。老人の詩に云ふ、
           幽筠、牖を遮り山陂に対す。田園に移病(致仕)するも春を未だ窺はず。
           酒罄(つ)きて應に罍(らい:酒樽)の耻(はじ)有るを知るべし。詩成れども笑ふを休めよ、字に奇無きを。
           燕泥、几を汚す雨来たる夕。蝶粉、巾に粘ばる夢覚むる時。
           半日の清談、心、水の若し。肱を曲げて屡ば問ふ再遊の期を。

北のかた華城を出でて翠陂を歩む。
試みに豹隠(隠者)を尋ねて一斑を窺ふ。
人は言ふ、渭水・呉山の勝と。
我は問ふ、醜文・痩壽の奇を。
蓮社の因縁は猶ほ往昔のごとし。        (蓮社=白連社:東晋時代の仏教結社)
龍門の登陟(昇進)は今時に在り。
此の心、又是れ紅塵の外。
再会、将に兼ねんとす、水石の期を。      (水石=盆石 )不詳(中嶋)

   老人の家に、醜文居・痩壽堂有り。老人云ふ。池田伊丹は一名、渭水呉山なりと。

【欄外】
信侯云。自註は「余、初めて晦巌禅師を介し、老人と相識るを得。遂に浪華の諸先輩に接し及び山陽先生に師事するは皆、老人、之が夤縁(因縁)と為すと云ふ」と改作するは何以。
信侯云。第七は錬り未だ至らず。

訪高岡靜古老人於岡山村居。次韻老人見似

僕得晦嵒禪師之紹介。與老人相識。遂依老人。與浪華諸先生及山陽翁歡洽。老人詩云。幽筠、遮牖對山陂。移病田園春未窺。酒罄應知罍有耻。 詩成休笑字無奇。燕泥汚几雨來夕。蝶粉粘巾夢覺時。半日清談心若水。曲肱屡問再遊期。

北出華城歩翠陂。 試尋豹隠一斑窺。 人言渭水呉山勝。 我問醜文痩壽奇。 蓮社因縁猶往昔。 龍門登陟在今時。 此心又是紅塵外。 再會將兼水石期。

   老人家。有醜文居痩壽堂。老人云。池田伊丹。一名渭水呉山。

【欄外】
信侯云。自註改作余初介晦巖禪師。得與老人相識。遂接浪華諸先輩。及師事山陽先生者。皆老人爲之夤縁云。何以。
信侯云。第七錬未至。


○梅花書屋の集ひに諸先生、余の僑寓の作に次韻して賜はる。再び疊却(同韻作詩)して(篠崎)三島先生に呈す。

三島詩に云ふ。
           七十五の翁にして猶ほ健強。生涯の薬餌は深く蔵(かく)して在り。
           交遊皆是れ忘年の契(年齢は関係無い交遊)。志の趣くところ、唯だ論ず、齊物の章(斉物論:荘子)を。
           醼を好み、遮渠(さもあらばあれ)酒債を余す。言を贈れば慙愧す、(君の)詩嚢に入るを。
           君の僑寓を愛して、新藻を[敷](し)かん。我が幽居も款(たた)きて、古荒を慕へよ。

墻角(しょうかく:垣の角)亭亭(聳えるさま)として幾仞強。
芸臺(うんだい:図書館の古名)自ら五車の蔵す有り(蔵書が多い)。
講余、時に作すは龍蛇の字(草書の謂)。
盟約、何ぞ徒(ただ)に月露の章のみならん。 不詳(中嶋)
賤子(菲才)衣を掲げて塵柄(払子の柄)に陪(したが)ふ。
疎才、学に耽るも、螢嚢(立派な詩嚢ではない)を愧づ。
嘗て聞く。混沌は群英の萃(あつま)るところ。
遺老、君の存して、社、未だ荒れざらん。

混沌社は浪華の緒彦の結ぶ所なり。

梅花書屋集。諸先生次韻余僑寓作見賜。再疊却呈三島先生。

三島詩云。七十五翁猶健強。生涯藥餌在深蔵。交遊皆是忘年契。志趣唯論齊物章。好醼遮渠餘酒債。贈言慙愧入詩嚢。愛君僑摛新藻。欵我幽居慕古荒。

墻角亭亭幾仞強。 芸臺自有五車蔵。 講餘時作龍蛇字。 盟約何徒月露章。 賤子摳衣陪塵柄。 疎才耽學愧螢嚢。 嘗聞混沌群英萃。 遺老存君社未荒。

混沌社。浪華緒彦所結。


○同上。(篠崎)小竹先生に呈す。

秋陽、皓皓たるも強きを須(もち)ゐず。
胸宇は磊然、昂(たか)くして且つ蔵(かく)る
才達、還た家学を守るを知る。
詩、高けれども自ら天章を織るを解く。
我来りて纔かに候(うかが)ふ、絳紗の帳(講筵)。
君去りて遙かに移す、古錦の嚢。
御李怱怱として、再びはし難きを恨み。
頭を掻いて南海、洪荒を嘆く。

先生時に将に路に赴かんとす。容の反面を得るのみ。故に云ふ。

【欄外】
信侯云ふ。起二句。小竹先生写照す。
致民云ふ。“御李”。恐らく“行李”の誤りなり。

○同上。呈小竹先生。

秋陽皓皓不須強。 胸宇磊然昂且蔵。 才達還知守家學。 詩高自解織天章。 我來纔候絳紗帳。 君去遙移古錦嚢。 御李怱怱恨難再。 掻頭南海嘆洪荒。

先生時將赴淡路。得容反面耳。故云。

【欄外】
信侯云。起二句。小竹先生寫照。
致民云。御李。恐行李之誤。


○同上。(頼)山陽先生に呈す。

先生の詩に云ふ。
           美濃此に来って十亭(停=泊)強。行色、君を観るに昂くして且つ蔵る。
           諸彦の詩篇、月旦を供す。 両都の山水、平章を費す。
           輿窗暁日、桑扈(鳥の名)を聞き。馬首薫風、米嚢に逢ふ。
           客裡光陰、疾きこと箭の如し。今春真個(まことに)花荒を作す。

文名、海内に十年強。
大隠は却って将に金馬を蔵せんとす。  (大隠:大悟した隠者)
史眼は姦を照す、明きこと燭に似たり。
篇を策し世を憂ひ、燦として章を成す。
寧ろ閑鶴となり(隠棲して)雲路を擅ままにするよりは。
肯へて良材を售りて薬嚢を供せよ。
冷笑す、祇だ応に高処より瞰るべし。
人間(じんかん)多少は(多くは)破天荒。

【欄外】
信侯云ふ。極力先師を画き出す。以って像賛に代ふるべき。
世張云ふ。眼力炬の如し。

○同上。呈山陽先生。

先生詩云。美濃來此十亭強。行色觀君昂且蔵。諸彦詩篇供月旦。兩都山水費平章。輿窗暁日聞桑扈。 馬首薫風逢米嚢。客裡光陰疾如箭。今春眞個作花荒。

文名海内十年強。 大隠却將金馬蔵。 史眼照姦明似燭。 策篇憂世燦成章。 寧爲閑鶴擅雲路。 肯售良材供藥嚢。 冷笑祇應高處瞰。 人間多少破天荒。

【欄外】
信侯云。極力畫出先師。可以代像賛矣。
世張云。眼力如炬。


○浪華即目。郷友某に寄す。

知らず花気の瓊楼を圧するを。
偏へに良師を卜して優を学ばんことを要む。
夢裡の濃山、三月の酒。
愁中の攝水、五更の舟。
橋声、市に散じて飛塵斂まり。
樹色、春帰りて軟翠浮ぶ。
奇書を貪購して宿好を償へども。      (宿好:愛書の癖)
腰纏、未だ必ずしも揚州には向はざらん。   (腰纏:路銀  揚州:杜牧の豪遊した街)

【欄外】
信侯云ふ。“要学優”の三字。微かに人目を礙ぐ。
元瑞云ふ。吾れ此詩を読むに。其の賢を知る。賀すべし。賀すべし。

○浪華即目。寄郷友某。

不知花氣壓瓊楼。偏卜良師要學優。夢裡濃山三月酒。愁中攝水五更舟。橋聲市散飛塵斂。樹色春帰軟翠浮。貪購奇書償宿好。腰纏未必向揚州。

【欄外】
信侯云。要學優三字。微礙人目。
元瑞云。吾讀此詩。知其賢。可賀。可賀。


○山陽先生の京寓、ほぼ定るを聞き。此を賦して懐ひを寄す。

果して聞く、金馬遂に棲遅(隠棲)するを。
雲鶴まさに須らく羽儀を養ふべし。
妙策、世に伝ふ、今の賈誼。
扁舟、人は羨む、旧の鴟夷。
半千里外、春萍の跡。
十二楼頭、夜月の時。
京攝の花荒、真に一夢。
西風、首を掻いて吾が思ひを悩ましむ。

“花荒”は先生唱和中の字なり。先生の答詩に云ふ。「浪華江上春日の晩。画楼夢覺めて君已に遠し。君濃國へ帰る吾は京城。目は濃山の翠巘の隔つに断たる。 十月、九月に封せる書を得たり。別來は容易にて又北風。明年花開く鴨水の曲。來話往遊、春燭を剪らん。

【欄外】
信侯云ふ。「金馬、詔を待つ」。仕途に在りて之を言ふ。猶ほ吏隠の類のごとし。都下を言ふにあらざる也。前詩の之を擬するの詞は。猶ほ可なり。是れ断詞を用ふ。恐らくは不允当なり。

○聞山陽先生京寓略定。賦此寄懐。

果聞金馬遂棲遅。雲鶴應須養羽儀。妙策世傳今賈誼。扁舟人羨舊鴟夷。半千里外春萍跡。十二楼頭夜月時。京攝花荒眞一夢。西風掻首悩吾思。

花荒。先生唱和中字。先生答詩云。浪華江上春日晩。画楼夢覺君已遠。君帰濃國吾京城。目断濃山隔翠巘。十月得書九月封。別來容易又北風。明年花開鴨水曲。來話往遊剪春燭。

【欄外】
信侯云。金馬待詔。在仕途言之。猶吏隠之類。非言都下也。前詩擬之之詞。猶可。是用断詞。恐不允當。
世張云。眼力如炬。


○秋日、人の別墅を過ぎる。

数弓の幽築、煙羅(つた)に鎖さる。
十丈の紅塵、我をいかんせん。
黄犬は僧に吠えて澗竹を穿ち。
霜禽は菓を啄みて庭柯をわたる。
一籬の白菊、秋光は澹く。
満塢の紅楓、夕照は多し。
知んぬ、爾の林泉、情未だ飽かざるを。
屏風六曲、嶒峨を画く。

【欄外】
(山陽評)。二聯宏麗。起結は並びに脆ならず。卓乎たる合作なり。
信侯云ふ。意ふに此作、公の盛年に在り。而して老成、此の如し。何ぞ怪まん、我輩をして其後を瞠若乎せしむるを。(瞠若、瞠乎:おどろきあきれる)
世張云。“多”字は殊に見苦し。

○秋日過人別墅。

数弓幽築鎖煙羅。十丈紅塵奈我何。黄犬吠僧穿澗竹。霜禽啄菓度庭柯。一籬白菊秋光澹。満塢紅楓夕照多。知爾林泉情未飽。屏風六曲画嶒峨。

【欄外】
二聯宏麗。起結並不脆。卓乎合作。
信侯云。意此作在公盛年。而老成如此。何怪我輩瞠若乎其後。
世張云。多字殊見苦。


雪中、醫國良仙翁を八神村に訪ふ。三首 醫國、蕎麪(そば)を妙製す。蓋し傳家の法有りと云ふ。

山屐、寒を衝いて玉屑、霏たり。
来り敲く、八十四翁の扉。
氤氳、丹竃(かまど)烟火を分ち。
来たる人に付与して雪衣を燎(あぶ)る。

【欄外】
元瑞云ふ。妙詩。妙景。
信侯云ふ。人を以って鷺の來儀に比す。迫真。

針経脈法、年年に試み。
醫國自ら醫して身、仙ならんと欲す。
一種傳家の妙なる蕎麪。
吾が腹笥に向ひて便便を補ふ。[腹笥便便](博覧強記)

【欄外】
世張云ふ。富を継ぐの意。

袂を前岡に振りて、去らんと欲すること難し。
紙窗竹屋、雪漫漫たり。
主翁燖(あたた)め得て新[竹芻]冽(きよ)し。[竹芻](しゅう:酒漉し、酒)
満酌、吾ために寒を破らんことを謀る。

雪中訪醫國良仙翁於八神村三首 醫國妙製蕎麪。蓋有傳家法云。

山屐衝寒玉屑霏。来敲八十四翁扉。氤氳丹竃分烟火。付與来人燎雪衣。

【欄外】
元瑞云。妙詩。妙景。信侯云。以人比鷺來儀。迫真。

針経脈法試年年。醫國自醫身欲仙。一種傳家妙蕎麪。向吾腹笥補便便。

【欄外】
世張云。継富之意。

振袂前岡欲去難。紙窗竹屋雪漫漫。主翁燖得新[竹芻]冽。満酌為吾謀破寒。


春寒

錦衾、料峭(肌寒い)にして餘寒に怯え。
春は倦みて眠りを催し、兀坐すること難し。
似ず、前冬の満身の雪。
探梅十里、渓干を歩む。

春寒

錦衾料峭怯餘寒。春倦催眠兀坐難。不似前冬満身雪。探梅十里歩渓干。

(2004.12.11 up)


○雨夜

屋宇、春雨に鳴り。盆池、蝋氷(昨年張った氷)を解く。
斎居、殊に俗ならず.兀坐、僧より穏やかなり。
焔無くして燈花落ち。薫り有りて香篆(香の烟)升(のぼ)る。
明朝又まさに霽るべし。心賞は烏藤(藤の杖)に在り 。

【欄外】
世張云ふ。妙聯。禅智和尚をして之を見せしめざるを惜む。

○雨夜

屋宇鳴春雨。盆池解蝋氷。斎居殊不俗.兀坐穏於僧。無焔燈花落。有薫香篆升。明朝又應霽。心賞在烏藤。

【欄外】
世張云。妙聯。惜不使禅智和尚見之。


○自嘲

書剣、成すところなく空しく幾春。緑蕪二頃、蘇秦を縻(つな)ぐ。羨む、他の江上の痴禅衲(僧)。一鉢、朝は呉、暮には越の身。

【欄外】
世張云ふ。藤城公は六尺(180cm)體軀なり。一半は世を憂へ。一半は隠(隠遁)を思ふ。

[二頃、蘇秦](蘇秦が「二頃=200畝の田があれば六国の宰相の地位など捨てたい」といった故事)

○自嘲

書剣無成空幾春。緑蕪二頃縻蘇秦。羨他江上痴禅衲。一鉢朝呉暮越身。

【欄外】
世張云。藤城公六尺體軀。一半憂世。一半思隠。


○春遊

小橋の野店、酒旗揚り。淡蕩たる晴光、日長を覚ゆ。上箬下箬(熊笹)、路遠近。一枝兩枝、春芬芳たり。到頭(つまるところ)、地として詩景に非ざるは無く。 是の処、花有りて是れ酔郷。独り吟心の人と共にする歿(な)きを恨む。勃鳩(大きな鳩)雨を喚びて斜陽を送る。
  吾が村を上内(こうづち上有知:地名)と為し。南村を下内(しもうち下有知)と為す。皆な酒を醸す。上箬下箬(中国美酒の産地)を以て比すると為す。故に云ふ。

【欄外】
世張云ふ。「到頭」の二字。未だ妥(おだや)かならず。
信侯云ふ。「何邊」に作るは何似(いかが)。
登登云ふ。是れ山陽得意の処なり。
信侯云ふ。通編、渾熟に欠けるに似たり。

○春遊

小橋野店酒旗揚。淡蕩晴光覺日長。上箬下箬路遠近。一枝兩枝春芬芳。到頭無地非詩景。是處有花是酔郷。獨恨吟心歿人共。勃鳩喚雨送斜陽。   吾村爲上内。南村爲下内。皆醸酒。以上箬下箬爲比。故云。

【欄外】
世張云。到頭二字。未妥。
信侯云。作何邊。何似。
登登云。是山陽得意之處。
信侯云。通編似缺渾熟。


○新燕

麹塵(柳の若葉「麹塵糸」)烟外、頡(けつ:飛び上がったり)還(ま)た頏(こう:舞い下りたり)。旧家に向かひて在亡を窺ふことなく。旋(めぐ)りて門扃(けい:かんぬき)を認めるも未だ輒ち入らず。 昵喃(鳴声)半日、前塘に滞(とどま)る。

【欄外】
生硬。
世張云ふ。所謂、口囁嚅(しょうじゅ:言ひかけて止める)。足趦趄(ししょ:もじもじして進まず)なる者。

○新燕

麹塵烟外頡還頏。莫向舊家窺在亡。旋認門扃未輒入。昵喃半日滞前塘。

【欄外】
生硬。
世張云。所謂口囁嚅。足趦趄者。


○柳

半湾の春色、緑陰陰たり。嬝娜(嫋娜)、輕盈(たおやか)、嫩金を蘸(ひた)す。烟、暖かく朝に籠む、鶯語滑らかに。雨、痴れて夕べに匿す、鵲栖の深きを。 謝家(謝霊運)の風絮、才思を伝へ。白伝(白楽天)の霓裳(霓裳羽衣歌)、素心に愜(かな)ふ。縦へ是れ、楚腰(美人の細い柳腰)の餓了を免れるとも。軟柔、早涼の侵すに耐へざらん。

裊裊依依(しなやか)として麹塵を染む。風僝、雨僽(僝僽せんしゅう:憔悴)、尖新に悩む。柔絲、恨み有り朱欄の午(昼)。碎粉、 情無く、緑水の春。張令(張良い)当年の可憐の態。韓郎(韓信)今日の失期の身。章臺(長安の花柳街)争奈(いかで)か仙縁の薄き。攀折また道路の人に従(よ)らん。 (韓翃かんこう「章臺柳」を踏まへる)

【欄外】
信侯云ふ。二首は公の長技に非ず。特(ただ)時様を学ぶのみ。
是れ亦た合作。恨むらくは七・八、太だ第六に粘す。
世張云。藤城公、此中の情は淺し。

○柳

半灣春色緑陰陰。嬝(嫋)娜輕盈蘸嫩金。烟暖朝籠鶯語滑。雨癡夕匿鵲栖深。謝家風絮傳才思。白傳霓裳愜素心。縦是楚腰免餓了。軟柔不耐早涼侵。

裊裊依依染麹塵。風僝雨僽悩尖新。柔絲有恨朱欄午。碎粉無情緑水春。張令當年可憐態。韓郎今日失期身。章臺爭奈仙縁薄。攀折從他道路人。

【欄外】
信侯云。二首。非公長技。特學時様耳。
是亦合作。恨七八太粘第六。
世張云。藤城公此中情淺。


○蠺繭

新糸満口、氤氳を吐く。浄きこと秋霜に似、軟きこと雲に似る。憶ふ、汝、昨は眠り、初めて起きて食べるを。葉声、雨の如く静中に聞く。

【欄外】
世張云ふ。結句真に其の境を経るにあらざれば、恐らくは其の真味を解せざる也。
信侯云ふ。後首に勝るは、何ぞ啻に数等のみならんや。当に○又○を施すべき也。

○蠺繭
新絲満口吐氤氳。浄似秋霜軟似雲。憶汝昨眠初起食。葉聲如雨静中聞。

【欄外】
世張云。結句眞非経其境。恐不解其眞味也。
信侯云。勝後首何啻数等。當施○又○也。


○蠅虎(ハエトリグモ)

虎臂、奮ひ移って蝦眼張る。硯屏筆架、又書牀。午眠の枕上、蠅子を駆る。成就す、先生の夢蝶の場。

【欄外】
細川頼之※の喜ぶ所。 ※「海南行」作者。「人生五十功無きを愧づ。花木春過ぎて夏已に中ばなり。滿室の蒼蠅掃へども去り難く。起って禪榻を尋ねてC風に臥せん。」
世張云。奇而して巧。然れども恐らく天籟には(絶妙には)非ざる也。

○蠅虎
虎臂奮移蝦眼張。硯屏筆架又書牀。午眠枕上驅蠅子。成就先生夢蝶場。

【欄外】
細川頼之所喜。
世張云。奇而巧。然恐非天籟也。


諸詩皆な巧思・才頴を見る。独り雕鐫・補湊の際、神韻流麗の致を欠くるを恨むのみ。読むべきにして吟ずべからず。則ち斯の病を療すには、唐に在りては高岑(高適・岑参)を読み、 宋に在りては陸(陸游)を読めば、瘥すに庶幾し。切に孟韓陳黄(孟浩然・韓退之・陳子昂・黄山谷)を読むこと勿れ。
僕、詠物詩を喜ばず。近時、中州は軽俊にして、此に非れば以って詩と為すこと莫し。夫れ李杜蘇陸(李白・杜甫・蘇東坡・陸游)の集中に此の体を求むれば、十に二三も無し。 之れ有るも則ち皆な寄托感慨の際に出づ。而して風人の旨を失せず、後世の児童猜謎を為す者の比には非ざる也。独り元人の白雁白燕を咏める、流麗にして玩すべきのみ。 山陽批す

【欄外】
世張云ふ。是れ山陽先生の躐等(順序をふまないで飛び越える)を戒むる語。
信侯云ふ。此評に読み至って、前の「柳」の咏を(私が)批せることの太だ妄には非ることを知る。「学」の語、偶ま中(あた)る。笑ふべし笑ふべし。

諸詩皆見巧思才頴。獨恨雕鐫補湊之際。缺神韻流麗之致。可讀不可吟。則療斯病。在唐讀高岑。在宋讀陸。庶幾瘥矣。切勿讀孟韓陳黄。僕不喜詠物詩。近時中州軽俊。 非此莫以爲詩。夫李杜蘇陸集中。求此體。十無二三。有之則皆出於寄托感慨之際。而不失風人之旨。非後世爲兒童猜謎者比也。獨元人咏白雁白燕。流麗可玩。 山陽批

【欄外】
世張云。是山陽先生戒躐等之語。
信侯云。讀至此評。知前批咏柳非太妄。學語偶中。可笑可笑。


高澤に遊ぶ(関市。山頂に日竜峰寺あり。)

幽討(遠く訪ねる)、去って閑に乗じ、復た高澤山に上る。出閭十里ならずして、己に塵寰(世俗界)を辞するを覚ゆ。平生牖中の翠、箇箇皆な顔を解く。巨阪、纔かに一折。 嶮危、躋(のぼ)り且つ攀づ。躋攀、已にして(しばらくして)絶巓。乾坤望んで緬然たり。信峯(信州の山)に越嶺(越前の山)を兼(あは)せて、攅簇(さんそう:集め群がる)して晴烟を籠む。 牧樵の唱(うた)交(こもごも)答ふ。棲鶻巣を尋ねて還る。行く行く路、墜つるが若く、回り転じて林間を穿つ。老杉、蔭の窮る処、一たび出づれば洞天(仙人の地)を開く。 巍巍として画塔聳え、飛楼は十数椽。幽谷、此の如き有り。業を剏(創)むるは神か仙か。説くは是れ偉人の迹。記載千年に垂(なんなん)とす。磴(石段)を下りて還た歩を顧みれば、 泉滴潺湲と鳴れり。廣長舌に非ずと雖も、歌と絃とに換ふるべし。斯の中に半日住む。深く省す、勝縁を知るを。時時、独往の客、翛然(しゅうぜん:とらはれない)として、 地の偏たるを欣ぶ。何ぞ必しも飲を値すに値ひせん。而後留連(遊び耽る)を為すに。

【欄外】
登登云ふ。「躋攀」の句。上文を畳んで而して一韻を複す。換解の句、之を用ふ。法を得たると為す。
信侯云。「路若墜」恐らくは語を成さず。
世張云。二句尤も色沢を覚ゆ。
世張云。坡公の遺臭。
世張云。昭明太子の遺韻。

遊高澤

幽討去乗閑。復上高澤山。出閭不十里。己覺辭塵寰。平生牖中翠。箇箇皆解顔。巨阪纔一折。嶮危躋且攀。躋攀已絶巓。乾坤望緬然。信峯兼越嶺。攅簇籠晴烟。 牧樵唱交答。棲鶻尋巣還。行行路若墜。囘轉林間穿。老杉蔭窮處。一出開洞天。巍巍畫塔聳。飛樓十数椽。幽谷有如此。剏業神耶仙。説是偉人迹。記載垂千年。下磴還顧歩。泉滴鳴潺湲。 雖非廣長舌。可換歌與絃。斯中半日住。深省知勝縁。時時獨往客。翛然欣地偏。何必値許飲。而後爲留連。

【欄外】
登登云。躋攀之句。畳上文而複一韻。換解之句用之。爲淂法。
信侯云。路若墜恐不成語。
世張云。二句尤覺色澤。
世張云。坡公遺臭。
世張云。昭明太子之遺韻。


○○池亭に蛙を聞く

漠漠たる陂塘、水、高浸す。(しず)かに吟鬚を撚りて小齋に坐す。一雨一晴、落花尽き、陰陰たる新樹、庭階を遮る。鶯声已に老い燕語少なく、清喨たる両部、池蛙を聞く(孔稚珪の故事)。 豪竹哀絲は、吾が耳に聒(かしま)し。竹枝桃葉(土地の歌)は淫哇(みだらな歌)を嫌ふ。閣閣(カエルの鳴き声)たる此の青艸の際を愛す。造物、渠を借りて声律諧(ととの)へり。

【欄外】
登登云ふ。聞蛙の詩。此の雄篇有り、正に是れ大手筆なり。
又云。起の四は、先づ蛙時光景を写して、起は法を有るを得。只だ其の「撚吟鬚」等字は古調に入り難し。
又云。老杜の口気。
又云。結は力有るを得。

○○池亭聞蛙
漠漠陂塘水浸香B阡Q吟鬚坐小齋。一雨一晴落花盡。陰陰新樹遮庭階。鶯聲已老燕語少。清喨兩部聞池蛙。豪竹哀絲聒吾耳。竹枝桃葉嫌淫哇。閣閣愛此青艸際。造物借
渠聲律諧。

【欄外】
登登云。聞蛙之詩。有此雄篇。正是大手筆。
又云。起四。先寫蛙時光景。起得有法。只其撚吟鬚等字。難入古調。
又云。老杜口氣。
又云。結得有力。


○山寺春晩

蓊勃たる烟生じて祇林(寺院)に籠む。雛僧閣に上り鯨音(釣鐘)を打つ。仍ち看る、欄外の紅梅樹。擱住せる(とどまる)夕陽、光未だ沈まず。

【欄外】
信侯云ふ。音打つべきに非ず。恐らく未だ生を免れず。

○山寺春晩

蓊勃烟生籠祇林。雛僧上閣打鯨音。仍看欄外紅梅樹。擱住夕陽光未沈。

【欄外】
信侯云。音非可打。恐未免生。


将に養老に遊ばんとして舟にて藍川を下る。紀事、三絶句を得たり。

○川に沿ひて三坂、陸行廻る。百折建瓴(けんれい:勢ひ急なり)舟路に来る。起伏する数峰、初めて断つ処。岐山(金華山)独立、翠堆を成す。
○(信長から家康まで)永禄の余威、慶長に及ぶ。遺蹤、山聳えて、水茫茫たり。軽鷗は管せず、英雄の尽きるを。拍拍として閑かに浮き、野航(田舎の舟)に近づく。
 西江夏潦、枝流有り。即便(すなは)ち相穿ちて転(うた)た舟を蕩(うご)かす。藍水(長良川)横通す、烏水港。泉山蚤(はや)くも已に前頭に在り。

【欄外】
信侯云。抱負想ふべし。
登登云。余の堰河下る作に云。「舟は奔流を下る屈曲の間。翠屏百折瞥然として還る。峰低前面、雲起るを看る。知んぬ是れ桜花開く処の山。」此篇と同景の趣なり。
元瑞云。山陽先生、曽て言難きの事は、言はざるに如かずを戒む。知る、士錦の此の言を奉承するを。今而して士錦の詩を読むに、言難き無き者のごとし。

將遊養老。舟下藍川。紀事得三絶句。

○沿川三坂陸行廻。百折建瓴舟路來。起伏數峰初斷處。岐山獨立翠成堆。
○永禄餘威及慶長。遺蹤山聳水茫茫。輕鷗不管英雄盡。拍拍閑浮近野航。
 西江夏潦有枝流。即便相穿轉蕩舟。藍水横通烏水港。泉山蚤已在前頭。

【欄外】
信侯云。抱負可想。
登登云。余下堰河作云。舟下奔流屈曲間。翠屏百折瞥然還。峰低前面看雲起。知是櫻花開處山。與此篇同景趣。
元瑞云。山陽先生曽戒難言之事。不如不言。知士錦奉承此言。今而讀士錦之詩。如無難言者。


養老

○飛流千仞、長川に掛かる。山有り壮観、謫仙を慰む。更に認む、緑陰、人の玉に漱(くちすす)ぐを。指して言ふ、養老改元の泉。
                                    瀑外に一泉有り。水極めて清冷。俗に言ふ養老泉は是なり。
 斯の泉を掬まんと欲して晩きこと幾年。屡ば人に遭ひて詰る、攀縁(俗なきっかけ)を欠くを。今より応に愚夫の目を免るべし。似ず、邴生(邴原)の鄭玄に負くるに。

【欄外】
信侯云ふ。壮観の観は去声(仄韻)なり。平(韻)に用ふる例有らんか。
筆力観るべし。

養老

○飛流千仞掛長川。山有壮観觀慰謫仙。更認緑陰人漱玉。指言養老改元泉。
                                    瀑外有一泉。水極清冷。俗言養老泉是。
 欲掬斯泉晩幾年。屡遭人詰欠攀縁。從今應免愚夫目。不似邴生負鄭玄。

【欄外】
信侯云。壮觀観之観去聲。平用有例乎。
筆力可觀


  晦盟禅師、東林十題に次韻し、眎(しめ)さるるを以て、因りて学ぶ。
    禅師曰く。是れ龍嵒眞禅師の原作の為と。褧、未だ其の原作を覩ざる。押韻或ひは雷同する有るも、亦た罪せらること勿れ。

地を掃ふ
沙庭を一掃し、浄めて埃を絶つ。但だ看る苕帚の痕を著けて来るを。鉄門は許さず遊人の屐。梅花を踏み砕きて碾は苔を破る。

○泉を汲む
半偈、伝家の無底罌。携持ちて汲まんと欲す、一潭の清きを。また月影を併せて、担ひて将に去らんとす。何処に帰休し、何処にか行かん。

【欄外】
世張云。禅機徹底す。

○教を閲す
露華、耿耿として疎簾を透かす。松院、夜深くして風転た恬(しづ)かなり。七十の老禅、双眼爛たり。半牀の明月、楞厳(りょうごんきょう:楞厳経)を読む。

【欄外】
元瑞云。一箇の羅漢を画き出す。
登登云。東坡。
世張云。「読」字。未だ打破せざる処有り。

枯を拾ふ
枯を拾ひ飯を裹(つつ)んで又た簦(かさ)を担ふ。遠きを忘れ深く穿つ、碧幾層。神木、横に僵れて生気殫(つ)き。猶ほ憐む、纏ひ縛られ青藤を帯ぶを。

爨を執る
劚(き)り得たる、龍孫(タケノコ)の石高ノ迸るを。厨下に宰烹(料理)して枯柴を焼く。曼珠陀利香花の具。鄰禅を招き取りて午齋に供す。

〇煎茶
松風満院、素涛長し。禅榻の茶烟、剗地に(さんち:やにはに)涼し。双鬢未だ糸ならずして吾が駕を税く(解く)。喫し来り喫し去る、紫茸香(上等のお茶)。
                                                                                          禪録に云ふ、「喫茶去(きっさこ)」と。

灌する図
瓜架・豆棚、聊かの繚垣(外垣)。満園、灌(そそ)ぎ得て露華寒し。菊苗併せ育てて、花須らく摘むべし。予め騒人(詩人)とともに晩飱を約す。

○洗衣
身痩せ影清くして碧渓に臨む。垢衣一領、手中に提ぐ。濁塵逝き尽くして遺跡無し。水は東より流れ日は西よりす。

○鍼を把る
鍼(はり)を把り燭を挑(かか)げて糸紛(もつれ)を理(おさ)む。百結(つぎはぎのボロ)猶ほ雑文を追ひ糞ふがごとし。破綻補ひ来って寒さ禦ぐべきも、寧ろ春服、湘雲を繍(ぬいと)らんと思ふ。

【欄外】語には来歴有り、毎に観るべし。

坐禅
塵煤、殿に堆く、夕冥冥たり。静黙・淵然として道眼青し。飛雪斕斑、砌石に点ず。却って疑ふ、猛虎階庭を護るかと。

【欄外】
信侯云ふ。聞く、公、少きより緇流(仏教)を喜ぶ。故に毎篇、禅を説く。勉めずして中(あた)るの妙有り。
転句。下の三仄は妨げず。

  晦盟禪師以次韻東林十題見眎。因學焉。
    禪師曰。是爲龍嵒眞禪師原作。褧未覩其原作。押韻或有雷同。亦勿見罪也。

掃地
一掃沙庭淨絶埃。但看苕帚著痕來。鐡門不許遊人屐。踏碎砕梅花碾破苔。

○汲泉半偈傳家無底罌。攜持欲汲一潭清。併佗月影擔將去。何處歸休何處行。

【欄外】
世張云。禪機徹底。

○閲教露華耿耿透疎簾。松院夜深風轉恬。七十老禪雙眼爛。半牀明月讀楞嚴。

【欄外】
元瑞云。畫出一箇羅漢。
登登云。東坡。
世張云。讀字。有未打破處。

拾枯
拾枯裹飯又擔簦。忘遠深穿碧幾層。神木横僵生氣殫。猶燐纏縛帶青藤。

執爨
劚得龍孫迸石香B宰烹厨下焼枯柴。曼珠陀利香花具。招取鄰禪供午齋。

〇煎茶
松風満院素濤長。禪榻茶烟剗地涼。雙鬢未絲吾駕税。喫來喫去紫茸香。禪録云。喫茶去。

灌図
瓜架豆棚聊繚垣。滿園灌得露華寒。菊苗併育花須摘。豫與騒人約晩飱。

○洗衣
身痩影清臨碧溪。垢衣一領手中提。濁塵逝盡無遺跡。水自東流日自西。

○把鍼
把鍼挑燭理絲糸紛。百結猶追糞雜雑文。破綻補來寒可禦。寧思春服繍湘雲。

【欄外】語有來歴。毎可觀。

坐禪 
塵煤堆殿夕冥冥。靜黙淵然道眼青。飛雪斕斑點砌石。却疑猛虎護階庭。

【欄外】
信侯云。聞公少喜緇流。故毎篇説禪。有不勉而中之妙。
轉句。下三仄不妨。


中秋

雁影、窗紙に描き、雲端、月浮くを知る。姫を呼びて還た酒を命ず、半夜、層楼に上る。

【欄外】
世張云ふ。五絶妙境。
信侯云ふ。前半は殊に妙。後半は猶ほ費力(苦労)を似(しめ)す。

中秋
雁影描窗紙。雲端知月浮。呼姫還命酒。半夜上層樓。
【欄外】
世張云。五絶妙境。
信侯云。前半殊妙。後半猶似費力。


秋日

初涼、病骨に沁む。村巷、遍く秋風。午睡仍ち例と成り、草堂の清昼、空なり。

秋日
初涼沁病骨。村巷遍秋風。午睡仍成例。草堂清晝空。


僻村

忽ち籬落に投(いた)りて行蹊を失ふ(道に迷ふ)。問著す、怱怱として未だ迷を破らざるを。小立して相ひ呼び、他の業を輟(や)めしめ、纔かに指点を労せしめて東西を弁ず。

【欄外】
元瑞云ふ。自ら実際を言ひ得たるを愛す。別人これを看れば、或ひは風韻に乏し。余常に此の病有り。

僻村
忽投籬落失行蹊。問著怱怱未破迷。小立相呼輟佗業。纔勞指點辨東西。

【欄外】
元瑞云。自愛言得實際。別人看之。或乏風韻。余常有此病。


冬夜

急霰、疏竹に鳴り、陰風、老杉に吼ゆ。孤燈、花(灯火の丁字花)数(しばし)ば結び、痴硯凍りて漸く緘(と)づ。刀絮、寒緊を知り、鱗肌、雪銜を判ず。眠りを駆りて魔、始めて伏し、 句を索めて律、愈よ厳たり。耳界、何ぞ幽閴たる。肩山、自ら険巉。浮世、三たび茗を沸かし。往事、一たび征帆す。身は已に寛褐に帰し、 命は将に短かき鑱(せん)に托せんとす※。只だ須らく淡泊に安じ、無意にして甘鹹(あまいからい)を問ふべし。

※杜甫「乾元中、寓居同谷県作歌、七首」:長鑱、長鑱、白木柄。我生托子、以為命(我が生、子に託して以て命と為す・・・長い鋤の刃にわが生を託して命綱と思ってゐる)。

【欄外】
信侯云ふ。險韻、反って險語を得たり。
又云ふ。「癡」字は微弱。
又云ふ。「世」字は失声。恐らく「生」字の娯り。
又云ふ。「身已」二句亦た佳し。評者(山陽先生)、圏(圏点)を欠くは何ぞや。

冬夜
急霰鳴疏竹。陰風吼老杉。孤燈花數結。癡硯凍漸緘。刀絮知寒緊。鱗肌判雪銜。驅眠魔始伏。索句律愈嚴厳。耳界何幽閴。肩山自険巉。浮世三沸茗。往事一征帆。身已歸寛褐。 命將托短鑱。只須安淡泊。無意問甘鹹。

【欄外】
信侯云。險韻反得險語。
又云。癡字微弱。
又云。世字失聲。恐生字娯。
又云。身已二句亦 佳。評者欠圏何也。


 近時才俊の士は、詩の是れ何物なるかを知らず。徒らに意に命じて之に奇を相ひ加ふるを以てす。風韻索然として、句は誦せども吟ずべからず。宋元名家の詩。其れ人口に伝ふる者は、 孰(たれ)か清脆詠ずべからざる者あらん。聱牙にして戟口(刺戟的)なるは、概(おほむ)ね佳詩に非ず。僕願足下曾此意。独り世人の力を用ゐざる処に力を用ふ。是れ自ら絶頂の聡明たり。 山陽批す。

 近時才俊之士。不知詩是何物。徒以命意之奇相加。風韻索然。句誦不可吟。宋元名家之詩。其傳人口者。孰不清脆可詠者。聱牙戟口。槩非佳詩。 僕願足下曾此意。獨用力於世人不用力處。是自絶頂聰明 山陽批


○冬初夜坐

寒窗、易を観るを罷め、兀坐して錦袍を襲(かさ)ぬ。雨声、月影に和し。庭樾、夜、蕭騒たり。

【欄外】
現前指点。便ち風趣を成す。
世張云ふ。禅智和尚当に閉口すべし。
信侯云ふ。僕最も其の勁抜に服す。

○冬初夜坐
寒窗觀易罷。兀坐襲錦袍。雨聲和月影。庭樾夜蕭騷。

【欄外】
現前指點。便成風趣。
世張云。禪智和尚當閉口。
信侯云。僕最服其勁 跋。


畫景

紅樹、青山、水一涯。魚荘、蟹舎、渓を逐ひて斜めなり。他年、築を卜して鴎鷺に従ひ、当に那辺に住むべし、第(別荘)幾家。

【欄外】
元瑞云ふ。余の詩に、「翠柳陰清、碧溪の曲。何れの時か蓑笠、魚を打ちに行かん」と。余、亦た士錦と夙契有る者なり。
登登云ふ。画に宜しくして住むに宜しからず。

畫景
紅樹青山水一涯。魚荘蟹舎逐溪渓斜。他年卜築從鷗鴎鷺。當住那邊第幾家。
【欄外】
元瑞云。余詩翠柳陰清碧溪曲。何時蓑笠打魚行。余亦與士錦有夙契者。
登登云。宜畫不宜住。


新たに屏障を造る。雪邱子、為に西湖を画く。筆を走らせて長句を題す。

平湖E茫たり、碧虚を浸す。画船綵舫(美しい船)何ぞ紛如たる。蘇小(蘇轍)は門前、客彷彿として、大蘇(蘇軾)は堤畔、垂柳疎らなり。驢背灞橋(作詩に適す処)、 何ぞ必しも雪ならん。酒帘(しゅれん:飲み屋の旗)東風、木末に在り。客来り鶴飛ぶ高士の家。梅花満地にして棲逸を見る。一棹、由なし杭州に向ふ。少文(菲才)百年、 唯だ臥遊するのみ。紙屏に汝を煩はし、湖景を画かしむ。(仏家)三天の寺寺、憑りて楼有り。筆、風涛に到りて、響きを聞くが如し。此の漫吟に対して、一尊(酒樽)倒す。 堂の昏く堂の明き、終に両つながら宜し。匹如(匹敵)たり、雨奇と晴好と。

【欄外】
古詩は冗長に堕し易し。七絶を作る意を以て之を作る。起承転合、一篇中に具せるは、斯れ之を得ると為す。
登登云ふ。四の解、四の韻。前後、段を分ちて章法、齊整たり。

新造屏障。雪邱子爲畫西湖。走筆題長句。
平湖E茫浸碧虛。畫船綵舫何紛如。蘇小門前客彷彿。大蘇堤畔垂柳疎。驢背灞橋何必雪。酒帘東風在木末。客来鶴飛高士家。梅花滿地見棲逸。一棹無由向杭州。 少文百年唯臥遊。紙屏煩汝畫湖景。三天寺寺憑有樓。筆到風濤如聞響。對此漫吟一尊倒。堂昏堂明終兩宜。匹如雨奇與晴好。
【欄外】
古詩易堕冗長。以作七絶意作之。起承轉合具於一篇中。斯爲得之矣。
登登云。四解四韻。前後分段章法齊整。


○江楼

客去りて江楼、夕照明るし。長流一帯、暮烟横ふ。孤帆、婀娜たり、波とともに白く、遠影、君を認む、今尚ほ行くを。

【欄外】
詩は色沢有り、音響有るを要す。是れ僕、多年、力を用ふる処。公は深く之を思へり。

○江樓
客去江樓夕照明。長流一帶暮烟横。孤帆婀娜與波白。遠影認君今尚行。
【欄外】
詩要有色澤有音響。是僕多年用力處。公深思之。


後出村に至る

野塘、双屐の雪。林樹、満巾の風。帘影、橋外に飜り、鐘音、洞中に出づ。渓流落ちて清浅、山巘痩せて玲瓏。南に至って梅、梢に白く、西晴れて楡、景は紅なり。 熟路、詩債多く、軽装、酒功を借る。凄たること、其れ寒緊を覚え、棘たり、年の窮まるを送る。業に志して書千巻、精神は竹一叢。預め鴎朋の約を就(な)し、春江、短篷を理(つくろ)ふ。

【欄外】
渓流の一聯は蘇(蘇軾)黄(黄山谷)。

至後出村

野塘雙屐雪。林樹滿巾風。帘影飜橋外。鐘音出洞中。溪流落清淺。山巘痩玲瓏。南至梅梢白。西晴楡景紅。熟路多詩債。輕装借酒功。凄其覺寒緊。棘矣送年窮。 志業書千巻。精神竹一叢。預就鷗朋約。春江理短篷。
【欄外】
溪流一聯。蘇黄。


○下渡、雪甚し 以下二首、(楊)誠齋に倣ふ

霏霏たる急雪、平蕪を抹し、忽地(こっち:たちまち)山林半ば無らんと欲す。晩渡、舟を待つ、沙磧の上。併び来る蓑笠(の旅人)、模糊に入る。

○下渡雪甚 以下二首倣誠齋

霏霏急雪抹平蕪。忽地山林半欲無。晩渡待舟沙磧上。併來蓑笠入模糊。


舟行

吟舸、夜穿ちて、寒荻に撑(さおさ)す。知らず宿鳥の睡り将に成らんとするを。我れ他を驚すし、他は我を驚す。一簇、栖を移す戛戛の声。

【欄外】
世張云ふ。(楊誠齋に)酷肖。
信侯云。真に似るは第三句に在り。前作を躐(ふ)む所以。

舟行

吟舸夜穿寒荻撑。不知宿鳥睡將成。我驚他了他驚我。一簇移栖戛戛聲。
【欄外】
世張云。酷肖。
信侯云。眞似在第三句。所以躐前作。


雪意 范石湖に傚ふ

木の葉、風に飄り枝に在らず。飛虫、繚乱たり、窗を撲(う)つ時。誰に憑りてか商確(はかり定める)せん、寒を凌ぐ計。唯だ青松緑竹を知る有るのみ。
【欄外】
世張云ふ。且(しば)らく石湖を問はず。只だ公の後凋(固い節操)を羨む也。

雪意 傚范石湖

木葉飄風不在枝。飛蟲繚亂撲窗時。憑誰商確凌寒計。唯有青松緑竹知。
【欄外】
世張云。且不問石湖。只可羨公之後凋也。


偶作 已下、放翁に傚ふ

糝糝たる雪片、顔を撲ちて寒し。吟屐、尋梅、興未だ闌(たけなは)ならず。帰臥して僮僕の語を側聞するに。先生明日、三竿に臥すらんと(朝8時頃まで朝寝するだらうね、と)。
【欄外】
元瑞云ふ。山陽先生、屡ば此語聞けり。
致民云ふ。「臥」字重出は、恐らくは写し誤りならん。

偶作 已下傚放翁

糝糝雪片撲顔寒。吟屐尋梅興未闌。歸臥側聞僮僕語。先生明日臥三竿。
【欄外】
元瑞云。山陽先生屡聞此語。
致民云。臥字重出。恐誤寫。


○○遊仙

醼(宴)に侍る、虚皇(道教の神)の玉殿高く、天風、吹き徹す紫雲の袍。忽ち驚く、仙吏、遽(には)かに来り報ぜるを。玄圃(仙人の栖)、人有りて碧桃(仙人果物)を偸むと。
【欄外】
新奇。新奇。

○○遊仙

侍醼虛皇玉殿高。天風吹徹紫雲袍。忽驚仙吏遽來報。玄圃有人偸碧桃。
【欄外】
新奇。新奇。


詩にして風韻の無きは、則ち街談巷語にして押韻したるのみ。是れ時の詩の弊なり。吾、士錦に亦た之を倣はすを欲せざる也。士錦の才調風情は、 (私は)古人に似ざるを患(うれ)へず。故意に摸刻すれば、虎を画きて狗に類す。予、古人の地下に顰(しか)めるを恐るる也。 山陽批す。

詩而無風韻。則街談巷語而押韻耳。是時詩之弊。吾不欲士錦亦倣之也。士錦才調風情。不患不似古人。故意摸刻。畫虎類狗。予恐古人顰於地下也。 山陽批


○出雲廟に中村文大過ぎらるを祝ひ、酒間賦して贈る。文大、善く古調子を唱す。蓋し其の国の伝ふる所と云ふ。

山村、蕭蕭たる細雨晴る。偶然、客有り一巵(さかづき)を傾く。客は八雲起つ処より至り、特(ただ)に国風の古詞を歌ふのみならず。客は談ず、八百万の神迹。 奕奕(大きく美しい)たる寝廟、霊奇多しと。長(とこし)へに明燈は一家の火を伝へ、日月と光煕を斉しくするに堪ゆ。堯都舜殿も皆な塵土にして。黝堊(ゆうあく:黒い柱と白い壁)此の処、 崇祠存す。歳は之れ十月、百神朝し、是の月、即ち神格(いた)る期と為す。世は則ち神無くして此に則ち有り。一州、特に他州と差(たが)へり。嗚呼、雲州(出雲)の雲霧の邈たる。 悵望す、吾が車、曷(なん)ぞ脂を得ん。

【欄外】
登登云ふ。此等の詩。近時の孅弱の詩家は会得すること能はず。
致民云ふ。「晴」字は恐らく「時」の誤りなり。
世張云ふ。聞く、六十州の十月を称するに神無月と曰ひ、但し雲州の之を称するに有神月と曰ふ、と云ふ。

結びは古詩体を得。
世張云ふ。結処、尤も妙なり。

○出雲廟祝中村文大見過。酒間賦贈。文大善唱古調子。蓋其國所傳云。山村蕭蕭細雨晴。偶然有客傾一巵。客自八雲起處至。不特國風歌古詞。客談八百萬神迹。 奕奕寢廟多靈奇。長明燈傳一家火。堪與日月齋光煕。堯都舜殿皆塵土。黝堊此處存崇祠。歳之十月朝百神。是月即爲神格期。世則神無此則有。一州特與它州差。嗚呼雲州雲霧邈。 悵望吾車曷得脂。
【欄外】
登登云。此等詩。近時孅弱詩家不能會得。
致民云。晴字。恐時誤。
世張云。聞六十州稱十月曰神無月。 但雲州稱之曰有神月云。

結得古詩體。
世張云。結處尤妙。


〇〇藤士厚(後藤双松:名は高明、字は子厚。下有知の医か)及び其の諸弟子、余を観音山(関市)に要(むか)へて置酒す。

山に憑り草を籍いて朋樽を倒す。但だ見る丁寧、鴬語の温なるを。指点して君が家塾の処を認む。斜暉、掩ひ映す、杏花の村。

〇〇藤士厚及其諸弟子。要余於觀音山置酒。憑山籍草倒朋樽。但見丁寧鶯語温。指點認君家塾處。斜暉掩暎杏花村。


高沢に遊ぶ。帰路再び良仙翁を訪ふ。

闌珊(散り乱れ)たる花事、幾番移り、一路、春、酣(たけなは)にして蝶、且(まさ)に知る。想ふ昨、旗亭の双屐の雪。梅香、袖に満つ、酔ひ帰りし時。

【欄外】
詩と謂ふべきのみ。

筧の滴、池に帰りて石苔を霑(うるほ)す。蜂声、閣に満ちて去り還た来る。山欄、午(ひる)寂(しづ)かにして、人の問ふ無し。一炷(いっしゅ)仏龕、香、未だ灰ならず。

【欄外】
元瑞云ふ。妙趣。
信侯云ふ。両首共に佳なり。第三の若きは恐らく雁行し得ず。

童顔、我に要(もと)む、地行仙(長寿神仙)。薬餌、方有り今輙ち伝へん。散歩逍遥して書課を減じ、時時山谷を盤旋し去れと。

【欄外】
信侯云ふ。「輙」字。妥なるや否や。

遊高澤。歸路再訪良仙翁。
闌珊花事幾番移。一路春酣蝶且知。想昨旗亭雙屐雪。梅香滿満袖醉歸時。
【欄外】
可謂詩也已矣。
筧滴歸池霑石苔。蜂聲滿閣去還來。山欄午寂無人問。一炷佛龕香未灰。
【欄外】
元瑞云。妙趣。
信侯云。兩首共佳。 若第三。恐不得雁行。
童顔要我地行仙。藥餌有方今輙傳。散歩逍遥減書課。時時山谷去盤旋。
【欄外】
信侯云。輙字。妥否。


〇〇武侯像(諸葛孔明)

辞せず一木、顛扶を任すを。荊・益(の二州)纔かに(やっとこさ)平らげ、又た瀘を渡る。徒らに允・攸(董允・郭攸之)の虧漏を供する有りて、更に飛・羽(張飛・関羽)の馳駆するを佐(たす)くる無し。 江山夙に決す、三分の計。営塁、空しく余す八陣図。精霊を写さんと欲して麟閣に到れば、風煙惨澹として桑楡(日暮れ)に在り。

【欄外】
登登云ふ。典雅。

「到」字。下、妥(やす)きを淂。

〇〇武侯像
不辭一木任顚扶。荊益纔平又渡瀘。徒有允攸供虧漏。更無飛羽佐馳驅。江山夙決三分計。營壘空餘八陣圖。欲冩精靈到麟閣。風煙惨澹在桑楡。
【欄外】
登登云。典雅。

到字。下淂妥。


挿秧(田植え)二首

〇此の挿秧の候に当りて、膏雨、邱原を霑す。田疇、灌して余り有り、溝澮、皆な渾渾たり。小憩、佳蔭を覓めれば、夏木、層層として蕃(しげ)る。滋豊、亦た望むべし。 僮奴、謳ひ且つ喧し。秧を分ち去りて以て挿す。古調の村俗存し。畦町、豈に苦を辞せんや。亦た自ら匏尊を携へ。老婢は家規に熟し、新婦は齎餉に勤む。期旋れば、皷腹の日。 粒粒、国恩を知らん。画手を倩(やと)ひて写させんと欲す、一幅の昇平(太平)の村。

【欄外】
元瑞云ふ。此の作を読むに、士錦の至誠、骨に入る。其の業の蚤成たるは、蓋し以(ゆゑ)有る也。
茶山云ふ。必しも陶(陶淵明)を摸せず。而して気味を失はず。
信侯云ふ。二首偶ま陶法を試す。伎倆自在なり。

〇吾が翁、頼(さいはひ)に健在にして、駕して言(ここ)に巾車を命ず。提携して陌上に往き、相顧みて菑畭(しよ:荒れ地の開墾)を談ず。功名は所以(ゆゑん)に匪ず。 愼みて彼の岨に躋(のぼ)ることなかれ。先人、敝盧在り。茲の邱墟を廃すべし。漠漠として水田濶(ひろが)り、数頃、桑樗連なる。蠶麦、已に場に登り。青秧、初めて把るに堪ふ。 南薫、隴畝に遍く、蓑笠、何ぞ紛如たる。此の稼穡の艱を見れば、秋の実りは余す所なからん。十口、奴婢と共にし、烟火、聊か安居す。贏儲は修築に事(つか)へて、以て琴と書とを庇はん。

挿秧二首

〇當此挿秧候。膏雨霑邱原。田疇灌有餘。溝澮皆渾渾。小憩覓佳蔭。夏木層層蕃。滋豊亦可望。僮奴謳且喧。分秧去以挿。古調村俗存。畦町豈辭苦。亦自攜匏尊。老婢熟家規。 新婦齎餉勤。旋期皷腹日。粒粒知國恩。欲倩畫手冩。一幅昇平村。
【欄外】
元瑞云。讀此作。士錦至誠入骨。其業之蚤成。蓋有以也。
茶山云。不必摸陶。而不失氣味。
信侯云。二首偶試陶 法。伎倆自在。

〇吾翁頼健在。駕言命巾車。提攜往陌上。相顧談菑畭。功名匪所以。愼勿躋彼岨。先人敝盧在。可廢茲邱墟。漠漠水田濶。數頃連桑樗。蠶麥已登場。青秧堪把初。 南薫遍隴畝。蓑笠何紛如。見此稼穡艱。秋實無所餘。十口共奴婢。烟火聊安居。贏儲事修築。以庇琴與書。


上京道中

〇閑行、未だ輙ち治装(ちそう:旅支度)を易(か)へず。兎脱して程に上り眉始めて揚ぐ。詰旦(早朝)、磨鍼(彦根郊外磨針峠)先づ一快。漫天(天一面に広がる)の鴨緑、湖光を瞰る。

【欄外】
登登云ふ。遊癖者の情態を描出せり。妙妙。
世張云ふ。一二は実歴の語。人をして笑はんと欲せしむ。
信侯云ふ。蘇家(蘇軾たち)の口吻なり。

愁聴す、遥かに雷して客笠忙し。暮雲墨の如く斜陽を捲く。看る看る竟に作す、他山の雨。占め得たり、征人(旅人)の衣上は涼し。

【欄外】
世張云ふ。却って是れ誠齋(楊誠齋)の体なり。
信侯云ふ。「衣上涼」甚だ佳し。

上京道中
〇閑行未輙易治装。兎脱上程眉始揚。詰旦磨鍼先一快。漫天鴨緑瞰湖光。
【欄外】
登登云。描出遊癖者情態。妙妙。
世張云。一二實歴之語。使人欲笑。
信侯云。蘇家口吻。
愁聽遙雷客笠忙。暮雲如墨捲斜陽。看看竟作他山雨。占得征人衣上涼。
【欄外】
世張云。却是誠齋體。
信侯云。衣上涼。甚佳。


巨椋泖(池)に遊びて荷(はす)を観る

〇江楼、暁を破りて夢怱怱。舟子、吾を呼びて片篷に撑(さほさ)す。[艸函][艸舀](かんたん:蓮花)湖に満ち水を見ず。軽篙、迹は没す錦雲の中。

【欄外】
色沢有り。「不」字は入声の読み。
世張云ふ。椋泖の真景なり。

〇芰荷、開いて遍し、水雲の郷。就かんと欲すれど花多くして、一棹忙し。紅紅白白兼(とも)に択ばず。折り来って貪載、満船香し。

【欄外】
登登云ふ。今茲の夏日、椋湖に遊ぶ。而して一の佳作無し。料らず、早や已に士錦に占断せられ去る。
又云。一段風味恨無采蓮美人。

〇荷塘、棹を回して暁烟消ゆ。浅白深紅、各自ら嬌(なまめか)し。将に万斛の清香を携へ去らんとす。風袂、帰り過ぐ(伏見の)第四橋。

遊巨椋泖觀荷

〇江樓破暁夢怱怱。舟子呼吾撑片篷。[艸函][艸舀]滿湖不見水。輕篙迹没錦雲中。

 

【欄外】
有色澤。不字入聲讀。
世張云。椋泖眞景。
〇芰荷開遍水雲郷。欲就多花一棹忙。不擇紅紅兼白白。折來貪載滿船香。
【欄外】
登登云。今茲夏日遊于椋湖。而無一佳作。不料早已被士錦占斷去。
又云。一段風味恨無采蓮美人。
〇荷塘囘棹暁烟消。浅白深紅各自嬌。攜將萬斛清香去。風袂歸過第四橋。


○山陽先生および諸子に陪して糺林(ただすのもり)に遊ぶ。時に詩を善くする女子阿蘭あり。檻に倚り笛を吹く。吾嘗て阿蘭を濃中に知る。

                                     阿蘭は越前の良家の女なり。

雨霽れて碧欄、風露濃やかに。翠鬟、笛を弄ぶ、意は重重。曲終れば憶ひ起す十年の事。首を回らせば濃山一百峰。

【欄外】
何物ぞ、冶郎(遊冶郎)。風流自ら喜ぶ。
元瑞云ふ。是れ癸酉八月初八。余、此日を以て士錦と相ひ識る。倏忽にして已に歳周れり。
登登云ふ。西土人の風旨。是れ子成の喜ぶ所。

○陪山陽先生及諸子。遊糺林。時有善詩女子阿蘭。倚檻吹笛。吾嘗知阿蘭於濃中。  阿蘭越前良家女。

雨霽碧欄風露濃。翠鬟弄笛意重重。曲終憶起十年事。囘首濃山一百峰。

【欄外】
(山陽評)。何物か冶郎。風流自ら喜ぶ。
元瑞云ふ。是れ癸酉(文化十年)の八月初八。余以って此の日、士錦(藤城)と相識る。倏忽として已に周歳(丸一年)かな。
登登云ふ。西土人の風旨。是れ子成(山陽)の喜ぶ所なり。

(2004.5.17 up)


京を発す口号

○処処の風帘(ふうれん:酒屋の旗)、斗(わず)か幾錢。山村水駅、人烟閙(さわが)し。輿窗、側聴す農桑(農作業)の語。南畝今秋また年(みのり)有らん。

昨夜鳧川、綵棚(桟敷)に酔ふ。他の紗籠を見れば蛩声(ショク:こおろぎ)盛んなり。金華山下黄昏の路。草底に人を迎へ取次(次々に)に鳴く。

【欄外】
信侯云ふ。二首共余情あり。「農桑」を「村丁」に改作せば佳に似たり。但だ未だ上の「村」字を換へるべき(字)を得ざる也。
登登云ふ。真景、真詩。
元瑞云ふ。前に郷を発せしとき是等優美の作なし。何に因りてか之を得るや知らず。
世張云ふ。敏手に接し得る。

發京口號

○處處風[穴+巾]斗幾錢。山村水驛閙人烟。輿窗側聽農桑語。南畝今秋又有年。

昨夜鳧川醉綵棚。見他紗籠盛蛩聲。金華山下黄昏路。草底迎人取次鳴。
【欄外】
信侯云。二首共有餘情。濃桑。改作村丁。似佳。但未得上村字可換者也。
登登云。眞景眞詩。
元瑞云。前發郷。無是等優美之作。不知因何得之。
世張云。接得敏手。


勾(田)臺嶺※1(宅)に過(たちよ)る。遂に(秦)滄浪先生(宅)にて宴を共にす。

村生、城(名古屋城下)に入るは予め期するにあらず。恰も勾君の信(州)より歸るに及び、高齋(立派な書斎)を経過して契闊(久闊)を敍せり。
磊磈(らいい:=胸中の磊塊らいかい)を澆(うす)くせん※2と欲して一巵(し:大盃)を呼べば、
啄剥(叩音)、門外に履声来り、滄浪先生、杖枝を拖(引)けり。
維れ時に季秋(秋の終)の十三夜。月華皎皎、清風吹く。
共に余興を携へ去(ゆ)くに攀追し、却って先生の名園池に到る。
坐、闌(たけなは)にして湘簾(竹製の簾)、娥影(嫦娥=月影)を漏らす。照徹す、八尺、風漪(さざなみ)を含む※3。
平生、忘年(の契り)、相知を辱くす。玉山(佳人)方(まさ)に深く盃を欹(そばだ)てんと為す。
勾君、時に信遊(信州の旅)の事を話すに、今夕の文字の嬉しみに似ず。
聞くならく、岐岨は層雲の陲(ほとり)。帰装(帰り支度)して破暁(夜明け)、[厂垂厂義](しぎ:山頂)へ登れり。
節は中元(陰暦7/15)に在るも、乍ち天冷え、霜降りて月の如く、肌に粟生ぜしと。

【欄外】
信侯云ふ。「生」の下、当に「宅」字を加ふべし。
又云ふ。第二句「勾」を刪り、「信」の下に「中」字を加ふ。何如。
古詞一韻、局を成す者は、段毎に起句を換へ、仍って本韻を押へる。是れ亦一格なり。李杜の集中、時に之れ有り。猶ほ段毎に韻を換ふるごとき者なり。此の間、大家名家、皆な夢に見ず。
登登云ふ。四の解は韻を換へず。一韻到底するは詩の常格。
又云ふ。解を換ふるの句の一韻に複する者は、山陽がこれを詳論す。実に然り。不詳(中嶋)

※1(まがたたいれい)勾田寛宏。尾張出身。中林竹洞門下の画家。著書に「嚢中錦心」名古屋: 松屋善兵衛, 文化11年。
※2「何物能澆塊磊乎」(元好問)を踏まへる。
※3「卷送八尺含風漪」(韓愈)をふまへる。

過勾臺嶺。遂共讌於滄浪先生

村生入城匪豫期。恰及勾君從信歸。經過高齋敍契闊。欲澆磊磈呼一巵。啄剥門外履聲來。滄浪先生拖杖枝。維時季秋十三夜。月華皎皎清風吹。共攜餘興去攀追。 却到先生名園池。坐闌湘簾漏娥影。照徹八尺含風漪。平生忘年辱相知。玉山方爲深盃欹。勾君時話信遊事。不似今夕文字嬉。聞道岐岨層雲陲。歸装破暁登[厂+垂][厂+義]。 節在中元乍天冷。降霜如月粟生肌。
【欄外】
信侯云。生下當加宅字。
又云。第二句刪勾。信下加中字。何如。
古詞一韻成局者。毎段換起句。仍押本韻。是亦一格。李杜集中時有之。猶毎段換韻者也。此間大家名家皆不夢見。
登登云。四解不換韻。一韻到底詩常格。
又云。換解之句複一韻者。山陽詳論之。實然。


○小牧驛

城門に別れを告ぐれば日は黄昏。名園に首を回せば、忽ち魂を断つ。「酔月飛觴」※は已に陳迹(昔の名残)。暮烟秋雨、孤村に泊す。

【欄外】
世張云ふ。衰颯(意気のおとろふ)。公、老いてますます壮者の作に似ず。
信侯云ふ。藤城家の得意の調べにして、「衰颯」、之を目にすれば恐らくは首肯せざらん。

※「飛羽觴而醉月」(李白)をふまへる。

○小牧驛

城門告別日黄昏。囘首名園忽斷魂。醉月飛觴已陳迹。暮烟秋雨泊孤村。
【欄外】
世張云。衰颯。不似公老益壮者之作。
信侯云。藤城家得意調。衰颯目之。恐不首肯。


山陽先生とともに郡上に赴く。途中、昔年先生を三島先生の家に見(まみ)えし時の事を憶ひ、四絶句成る。

一川の風色、且(しばら)く車を停む。紅樹青山、水涯に沿へり。粉本、君を煩はせし他日の画。孤煙颺(あが)る処、儂(われ:藤城)の家と記せり。
                                                      先生時に一墨、戯れに山水を画けり。
【欄外】
来歴有り。
登登云ふ。四絶共に妙。

○遠く上る、羣城(郡上)澗壑の間。松崖、楓逕、幾湾湾。棧欄数曲、人、倚るに堪へたり。斜照、眼明らかに白山を看る。

【欄外】
世張云ふ。是れ濃北の真景なり。

○浪速江頭にて初めて歓を罄(つく)す。図中に指点して家山を話す。而して今、手を携ふる藍川(長良川)の路。聯踏、纔かに行くは(画上の)数寸の間。

【欄外】
前二首は自ら実際。後二首は清人の佳処。
信侯云ふ。「纔行数寸間」の五字は、妥や否や。

汝家は何処ぞ、図を検べ看る。濃嶠(美濃の高峰)重重として、濃水は寒し。篠老(篠崎小竹)の音容、今に忘れず。此行、恨むらくは吟鞍に伴ふを欠く。
                        浪華一夕、三島翁の坐に待る。翁、一地図を出して検べり。指さして吾郷の在処を問ふ。時に山陽先生亦た与(あづか)る。

【欄外】
信侯云ふ。第四。起法、更に捷跋。
信侯云ふ。註末の「亦與焉」三字。「亦在席焉」と改めては何如。

與山陽先生同赴郡上。途中憶昔年見先生於三島先生家時之事。成四絶句。

一川風色且停車。紅樹青山沿水涯。粉本煩君佗日畫。孤煙颺處記儂家。先生時一墨戯畫山水。
【欄外】
有來歴。
登登云。四絶共妙。

○遠上羣城澗壑間。松崖楓逕幾灣灣。棧欄數曲人堪倚。斜照眼明看白山。
【欄外】
世張云。是濃北眞景。

○浪速江頭初罄歡。圖中指點話家山。而今攜手藍川路。聯踏纔行數寸間。
【欄外】
前二首自實際。後二首清人佳處。
信侯云。纔行數寸間五字。妥否。

汝家何處檢圖看。濃嶠重重濃水寒。篠老音容今不忘。此行恨欠伴吟鞍。浪華一夕待三島翁坐。翁出檢一地圖。指問吾郷在處。時山陽先生亦與焉。
【欄外】
信侯云。第四。起法更捷跋。
信侯云。註末亦與焉三字。改亦在席焉。何如。


伯牙弾琴図に題す。大宗師の信濃に還るを送る。

峨峨たる山、洋洋たる水。知音(鐘子期)は嘗て弄絃の裡に在り、而今、舐筆して誰か経営せん。画は将に子期、片紙に上さんとし。喫茶有味屡ば過従す。方外の交歓、此の如き有り。 萍逢(逢ひ会ふ)、好しと雖も、期は亦た促す。 金策、飛ばんと欲するもいかんともなし。岐岨(木曽)の初程、十三峰。「離鸞別鶴」(夫妻離散)、情、重重たり。吾が師、 此を去って回首すること勿れ。山水、別に其の音の濃かなる有らん。豈に徽外三両絃に止まらんや。到る処「帰風」と「響泉」を兼ねん。
                             帰風響泉は曲名。坡詩「試聴徽外三両絃」。

【欄外】
登登云ふ。此の編、首尾相ひ顧みて起結に力有り。此の筆力有らば、宜しく七言を賦すべし。
又云ふ。末段二句、韻を換ふれば、音節愈よ促す。恨むらくは入声韻に転ぜず。

題伯牙彈琴圖。送大宗師還信濃。
峨峨之山洋洋水。知音嘗在弄絃裡。而今舐筆誰經營。畫將子期上片紙。喫茶有味屢過從。方外交歡有如此。萍逢雖好期亦促。無奈金策欲飛矣。岐岨初程十三峰。離鸞別鶴情重重。 吾師此去勿囘首。山水別有其音濃。豈止徽外兩三絃。到處歸風兼響泉。歸風響泉曲名。坡詩。試聽徽外三兩絃。
【欄外】
登登云。此編首尾相顧。起結有力。有此筆力。宜賦七言。
又云。末段二句換韻。音節愈促。恨不轉入聲韻。


山陽先生を誘ひて善応寺に遊ぶ。和尚、端渓の硯、程君房の墨、黄庭の古帖をを出して眎(しめ)さる。竝びに皆な佳品なり。因りて瑞・程・黄のに分ちて韻と為す。 余は瑞字を得。先生明日舟行を将(も)って岐阜に赴く。

【欄外】
俛仰の間に既に陳迹と為す。
世張云ふ。此の詩、山陽翁に七言短有り。僕も亦た嘗て汙其礙矣。

禅房、膝を促して団欒に坐す。霜月、窗に当りて夜寒を覚ゆ。帰艇、君を憐む、晨を犯して去るを。風は灘響を伝へて簷瑞に到る。

【欄外】
信侯云。三篇、漸く佳境に入れり

誘山陽先生遊善應寺。和尚出端溪硯。程君房墨。黄庭古帖見眎。竝皆佳品。因分瑞程黄爲韻。余得瑞字。先生明日將舟行赴岐阜。
【欄外】
俛仰之間。既爲陳迹。
世張云。此詩山陽翁有七言短。僕亦嘗汙其礙矣。
禪房促膝坐團欒。霜月當窗覺夜寒。歸艇憐君犯晨去。風傳灘響到簷瑞
【欄外】
信侯云。三篇漸入佳境。


藍水に山陽先生と別る

津頭、別れを悵(うら)めば暁風寒し。柔櫓、声は残る、岸樹の間。篷窗、依約(ほのか)たり藤城(藤城山)の雪。送り到る、藍渓の第一湾。

【欄外】
当日の景、宛然として目に在り、最も悵悵たるを覚ゆ。
登登云ふ。王士正。

藍水別山陽先生

津頭悵別曉風寒。柔櫓聲殘岸樹間。篷窗依約藤城雪。送到藍溪第一灣。
【欄外】
當日之景。宛然在目。最覺悵悵。
登登云。王士正。


○○藍水即目

半川の流水、残暉冷やかにして、憶ふ昨、扁舟の此に帰るを送るを。晩渡(渡し場)無人、天、雪ならんと欲す。寒林枯木、乱鴉飛ぶ。

【欄外】
漢人の詩。「歩み出づ、城の東門。遥かに望む、江南の路。前日の風雪の中。故人此より去れる。(古詩「歩出城東門」)」足下の詩。暗合と謂ふべし。乃ち知る、情に古今無しと。
世張云ふ。景中に情有り。情中に景有り。

○○藍水即目

半川流水冷殘暉。憶昨扁舟此送歸。晩渡無人天欲雪。寒林枯木亂鴉飛。
【欄外】
漢人詩。歩出城東門。遙望江南路。前日風雪中。故人自此去。足下之詩。可謂暗合焉。乃知情無古今也。
世張云。景中有情。情中有景。


緑竹門に寄題す

「小院の茆堂(茅葺堂)、郭門(町はずれ)に近し。科頭(何もかぶらず)竟日(終日)山尊(酒樽)を擁す。夜来葉上、蕭蕭の雨。窗外新たに栽う、竹、数根。」此れ鄭板橋の集中の所載。 云ふ、其の師、陸種園先生、好んで此詩を写すも、誰の作為(た)るか知らず也と。余、其の清澹を喜びて常に之を誦す。会(たまた)ま中島秋舉、緑竹門を作りて詩を徴す。因りて其韻に依りて以て責を塞ぐ。

露葉煙梢、昼、門を掩ふ。嘯吟、客の琴樽を伴ふ無し。三春睡り過ぐ、蕭蕭の雨。又識る、龍孫(タケノコ)幾根を添へるを。

【欄外】
穏秀甚し。
韻脚妥貼(だちょう:妥当)。和作に類せず。
茶山云ふ。前半は藍青(原作より良い)。

寄題緑竹門

小院茆堂近郭門。科頭竟日擁山尊。夜來葉上蕭蕭雨。窗外新栽竹數根。此鄭板橋集中所載。云。其師陸種園先生好寫此詩。不知爲誰作也。余喜其清澹常誦之。曾中島秋舉作緑竹門徴詩。 因依其韻以塞責。露葉煙梢晝掩門。嘯吟無客伴琴樽。三春睡過蕭蕭雨。又識龍孫添幾根。
【欄外】
穏秀甚。
韻脚妥貼。不類和作。
茶山云。前半藍青。


等観師に値(あ)ふ

    癸酉(文化十年)の冬。南村(美並村)を過ぐ。等観師に見ゆ。師、我が郷に在りし時、雛僧の功成(名前)なる者有り、頗る夙慧にして、余と款びて詩を問へり。 因りて屢ば師と唱和す。既にして功成逝けり。師移住し、漠として音耗無し。今而して重ねて見ゆ。言、功成に及ぶ。覚えず悽然たり。長句留め而して別る。
順郎は已に北邙の岑(黄泉路)に在り。空しく什公(高僧の謂)に対すれば思ひ禁ぜず。一盞、仏燈、独り明滅。十年の人事、幾升沈(昇沈)。荒墟犬吠ゆ、星垂るる野。枯柳鴉啼く、 霜満つる林。竹院誰か言ふ、閑かなり半日と。余哀、我をして虫吟に擬せ教む(むせび泣く)。

【欄外】
前聯、元人に似る。後聯亦た穏称なり。
信侯云ふ。多少曲折。只二句、之の妙を尽くす。
又云。後聯敍景。各三層有り。体を通ずるに乃ち精彩を加ふるを覚ゆ。

値等觀師
    癸酉之冬。過南村。見等觀師。師在我郷時。有雛僧功成者。頗夙慧。款余問詩。因屢與師唱和。既而功成逝矣。師移住。漠無音耗。今而重見。言及功成。不覺悽然。留長句而別。 順郎已在北邙岑。空對什公思不禁。一盞佛燈獨明滅。十年人事幾升沈。荒墟犬吠星垂野。枯柳鴉啼霜滿林。竹院誰言閑半日。餘哀教我擬蟲吟。
【欄外】
前聯似元人。後聯亦穏稱。
信侯云。多少曲折。只二句盡之妙。
又云。後聯敍景。各有三層。覺通體乃加精采。


 山陽発京の日。一巻附して云ふ。是れ門人士錦の詩稿也。子、為に評語を加へ、余、受けて而して之を読む。其の詩、天分有り。学力有り。豪壮を能くして、繊穠を能くす。 之を要するに皆な情趣に本づき。実際を失はず。始めて士錦の材学富贍なることを知る。流輩に卓越して、琢磨、功を積み、其の成る所は、実に測るべからず也。山陽、士錦を玉成らしめんと欲し、 其の評、尤も心を尽くす。或は賛成し、或は勉励す。余、復た何をか言はん。然れども山陽の嘱する所。固辞すべからざれば、敢へて数語を録す。亦た唯だ山陽評する所の遺漏を補するのみ。 士錦為めに一笑、而して其の可なるを択べ。登登庵 武元 質

 時匠の作は、繊巧にして新麗。瞥視して喜ぶべくも、咀嚼すれど味なし。往往にして皆な是なり。今、此の吟巻を観るに。必ずしも時好に趨らず、気韻の予を起すに足る者有り。 誦すべし。誦すべし。
 山陽子の所謂「一家を卓成する者」。予、以て望む有り。唯だ篈菲の下体、未だ択ぶべき者無しと為さざる也(「採蕪採菲 無以下體」易経) 。予が行、急にして一二を指摘する能はず。 且つ山陽子は既に言ふ。予復た何をか意を加へん。武 君立(登々庵の弟)。

 余と士錦と相識る。一宵談笑の会に、未だ其の抱懐の如何を尽くすこと能はず。今、此の巻を読むに、句句清秀、皆な余の曩時に言はんと欲して能はざる者なり。此の夜、西風、 涼を送る。明月、簷に臨みて、詩思方(まさ)に動く。此巻を読むに及びて、水を火に灌ぐ如し。瞥然として消え尽くす。士錦は濃山百峰の中に居りて、人を千里の外に劫殺(おびやかす)す。 士錦は好き人に非ず。悪(にく)むべし。悪むべし。小石 龍(元瑞)

 家兄、年少時より詩才醇美。蓋し天分也。故に其の流麗学ぶべし。其の円活は学ぶべからず。其の風調は学ぶべし。而して其の気韻は学ぶべからざる也。近体、尤も自由を得、古体、 之に次ぐ。文は則ち又其の次也。余曾て戯れに家兄に謂ひて曰く、「藤城は才余り有るも、識は足らず。泰一(太乙)之に反す。」 今、此巻を閲すに、学識夙に達し、時輩を超越せり。 談、何ぞ容易ならん。余輩、此の中の一両首を得んと欲して、亦た得べからざる也。歎息の余り、一語を題して之に返す。 村瀬 藜(太乙)

【欄外】
信侯云ふ。余、諸跋を閲して、最後の泰一に及ぶ。泰一未だ嘗て人を許すべからず。而して其の推服、是の如し。亦た以って市の定価有るを証すべし也。

 山陽發京之日。附一巻云。是門人士錦詩稿也。子爲加評語。余受而讀之。其詩有天分。有學力。能豪壮。能纖穠。要之皆本於情趣。不失實際。始知士錦材學富贍。卓越流輩。 琢磨積功。其所成實不可測也。山陽欲玉成士錦。其評尤盡心。或賛成焉。或勉励焉。余復何言。然山陽之所矚。不可固辭。敢録數語。亦唯補山陽所評之遺漏耳。士錦爲一笑。而擇其可。 登登庵武元質

 時匠之作。纖巧新麗。瞥視可喜。咀嚼無味。往往皆是。今觀此吟巻。不必趨時好。有氣韻足起予者。可誦。可誦。
山陽子所謂卓成一家者。予有以望焉。唯篈菲下體。未爲無可擇者也。予行急。不能一二指摘。且山陽子既言。予復何加意。武君立

 余與士錦相識。一宵談笑之會。未能盡其抱懷如何。今讀此巻。句句清秀皆余曩時欲言不能者。此夜西風送涼。明月臨簷。詩思方動。及讀此巻。如水灌火。瞥然消盡。
士錦居於濃山百峰之中。劫殺人於千里之外。士錦非好人。可惡。可惡。小石龍

 家兄自年少時。詩才醇美。蓋天分也。故其流麗可學。其圓活不可學。其風調可學。而其氣韻不可學也。近體尤得自由。古體次之。文則又其次也。余曾戲謂家兄曰。 藤城才有餘。識不足。泰一反之。今閲此巻。學識夙達。超越於時輩。談何容易。余輩欲得此中一兩首。亦不可得也。歎息之餘。題一語而返之 村瀬藜
【欄外】
信侯云。余閲諸跋。最後及泰一。泰一未嘗許可人。而其推服如是。亦可以證市有定價也。


訓読は西部文雄著「藤城遺稿補注」(1999年私家版)に殆ど従った。 中嶋識

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