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石井梧岡【弘化4年7月27日(1847)−明治37年5月29(1904)】

 名を彭、字を鏗期、希腎、通称は栄三、梧岡は号である。父は石井隆庵といひ、西洋医学黎明期の医制改革にも関った尾張藩医の家柄(『名古屋市史 人物編』記述)。

アンソロジー『銅椀龍唫:どうわんりゅうぎん明治元年十月序』に森春濤の門人として、永井禾原(荷風の父)ら尾張の詩人たちと共に名を連ねる

 ここに紹介する写本2冊は、弘化4年(1847)の生年からすればそれぞれ、18才、33才時のときに清書されたもの思はれる。当初は号を梅圃、 居処も述古齋と自称してゐたやうである。詩中の永坂裒卿宅といふのは、同門の2年年長だった永坂石埭。のちにお玉が池の星巌旧宅を発見してそこに住まった。


述古齋吟稿

『述古齋吟稿』写本

12丁 24.5×17.5cm


述古齋詩稾 起癸亥十月 盡甲子二月

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述古齋吟稿 通計五十八首

    尾張 石井彭鏗期

冬夜永坂裒卿宅小集 自癸亥(文久3年)十月 至甲子(文久4年)二月

寒街柝声断 戸外月如霜 古鼎茶先沸 深林酒亦香 才疎焚筆硯 話激罵文章 瓶裏梅花活 幽芬迸暗床
寒街、柝声断ゆ。戸外、月、霜の如し。古鼎、茶、先づ沸く。深林、酒また香ばし。才、踈く筆硯を焚(や)き、話、激して文章を罵る。瓶裏、梅花活けて 幽芬、暗床に迸れり。

 小春出遊

鷄犬声相雑 緩行村又村 敗籬花已盡 荒墅葉猶存 鍾動林間寺 烟溪上門 斜陽光欲没 吟詠到黄昏
鷄犬、声、相ひ雑じる。緩行、村また村。敗籬、花すでに盡き、荒墅、葉なほ存す。鍾動く林間の寺、烟横たふ、溪上の門。斜陽、光没せんと欲し、吟詠黄昏に到る。

 霜夜望月

暗香吹掠倚欄人 数朶斜梅影新 半夜樓頭吟眺久 護霜雲淡月如春
暗香、吹き掠める欄に倚る人。数朶横斜す梅影新し。半夜楼頭、吟じ眺めて久し。霜を護りて雲淡く月は春の如し。

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簾且可鈎欄可凭 殘荷痩盡夜霜凝 憐他梅杪如梳月 來照江樓第一層
簾はしばらく鈎すべく欄は凭れるべし。残りの荷(ハス)は痩せ尽くして夜霜凝れり。憐む、また梅の杪の月を梳るごときを。来りて江楼の第一層を照す。

 沙村暮歸

柳葉無風蕭颯飛 隔林燈火一星微 寒沙水涸多人跡 漁弟漁兄陸続歸
柳葉、風なくして蕭颯と飛ぶ。林を隔てて燈火、一星微かなり。寒沙、水涸れ人跡多し。漁弟漁兄、陸続と帰る。

 冬晴散策

款冬花叢小柴荊 寒鳥啾啾遶屋鳴 一帶陰雲籠夕日 半村是雨半村晴
款冬花(ふきのとう)の叢、小柴荊。寒鳥啾啾として屋を繞って鳴く。一帯の陰雲、夕日を籠め、半村是れ雨、半村晴る。

 燈前飲酒芝夢樓課題

一炷水沈香已銷 竹窓燈冷雨蕭蕭 倦抛残巻無聊頼 伴麹先生到半宵

一炷の水沈香すでに銷え、竹窓、燈冷えて雨蕭蕭たり。倦抛残巻無聊頼 伴麹先生到半宵

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 初冬夜坐

霜後園容減 林疎漏月光 窓前数竿竹 个字上書床
霜後、園容減じ、林疎にして月光を漏らす。窓前数竿の竹、个字、書に上す床。

 夜坐聴雨

獨對青燈奈此情 幽齋支枕到三更 錦城歌吹不曾識 愛聴茅檐夜雨聲
独り青燈に対して此の情をいかんせん。幽齋、枕を支へて三更に到る。錦城歌吹くも曽て識らず。愛し聴く茅檐、夜雨の声。

 湖村霜曉用星巌先生韻 草堂課題)
 「湖村霜曉」※星巌先生の韻を用ゆ 草堂課題  (『星巌丙集』巻6 所載※)

模糊曉煙白 啼鳥已呼晴 風冷餘雲影 木零如雨聲 帆暎寒潭人 従古岸行前 路霜痕没朝 暉透水明過
模糊たり煙白く暁けたり。啼鳥すでに晴を呼ばふ。風冷しく雲影を余す。木に零す雨の如き声、帆は暎ず寒潭の人。古へより岸を行く前、路霜の痕は朝に没し、暉透水明を過(よ)ぐ。

※杲杲日初生 繁霜果得晴 殘雲餘濕影 折葦有乾聲 衝岸娵隅躍 爬沙郭索行 鯽魚來不遠 紅葉半灣明
 杲杲(こうこう)として日初めて生ず。繁霜、果して晴を得たり。残雲、湿影を余し、折葦、乾声有り。岸を衝いて娵隅(雑魚)躍り、沙を爬いて郭索(蟹)行く。鯽魚(フナ)来るも遠からず、紅葉、半湾に明らかなり。

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 溪居冬夜

夢醒破窓残月窺 衣稜如鐡粟生肌 村醪味薄也堪醉 正是寒溪冰合時
夢醒め破窓れて残月窺ふ。衣の稜は鉄の如く粟、肌に生ず。村醪味薄けれどまた酔うに堪へたり。正に是れ寒溪の冰合するの時

 冬日郊行與兼康子道同賦
 冬日郊行、兼康子と道同して賦す

枯蘆折葦繞荒岡 墜葉飄風冷夕陽 一帯暮煙遮不斷 双々白鷺度寒塘
枯蘆折葦、荒岡を繞る。墜葉飄風、夕陽を冷やす。一帯の暮煙、遮れども断たず、双々白鷺、寒塘を渡る。

刈盡黄雲霜日暄 野人籬落菊猶存 吟鞋行踏夕陽影 又向溪南紅葉村
刈尽くす黄雲、霜日暄かなり。野人の籬落、菊なほ存す。吟鞋行き踏む夕陽の影。また溪南紅葉の村に向ふ。

 霜曉買梅 済美館課題

晨霜滿瓦襲人寒 起買梅花倚竹欄 一綫峭風香迸鼻 殘蟾影裏挿瓶看
晨霜瓦に満ち、人を襲ふて寒し。起きて梅花を買ひ竹欄に倚る。一綫の峭風、香は鼻に迸り、残蟾影裏挿瓶看

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 寒村夜歸

落葉埋荒逕 寒雲凍不流 誰居呼我去 老鶻嘯巖頭
落葉、荒逕を埋む。寒雲凍りて流れず。誰か居りて我を呼びて去る。老鶻、巌頭に嘯く。

 冬夜雑詠用寒字

小閣酒醒更巳闌 窓疎影月痕寒 床頭題罷梅花句 也剔殘燈仔細看
小閣酒醒めて更すでに闌(たけなは)なり。窓に横はる疎影、月痕寒し。床頭題罷梅花句 也剔残燈仔細看

月華低在竹欄干 爐火紅銷夜欲闌 黠鼠窺人驚復去 殘燈影裏漏聲寒
月華低く在り竹欄干。爐火の紅銷えて夜闌ならんと欲す。黠鼠(かっそ)人を窺ひ驚きて復た去る。残燈影裏(朗読の)漏声寒し。

折竹壓檐雪未乾 對他氷月懶凭欄 家僮偸放湘簾下 護得瓶梅一夜寒
折竹檐を圧して雪未だ乾かず。他の氷月に対して懶く欄に凭る。家僮偸み放つ湘簾の下。護り得たり瓶梅一夜の寒。

酒醒燈殘夜欲闌 遠鐘林外洩聲寒 幽懷一掬銷難得 霜月依微落樹端
酒醒め燈残りて夜闌ならんと欲し、遠鐘、林外に声洩れて寒し。 幽懐一掬、銷えて得難く、霜月依微たり落樹の端。

 草舎偶詠追次星巌先生韻
 「草舎偶詠」星巌先生の韻※に追次す  (『星巌丙集』巻1 所載※)

寄跡蓬蒿地 他泉石隣 半世因詩痩 終年爲酒貧 林疎時送雨 梅早暗吹春 雖然堪寂寞 聊足避風塵
跡に寄す、蓬蒿の地。他の泉石とともに隣す。半世、詩に因りて痩せ、終年、酒が為に貧す。林疎にして時に雨を送り、梅早くして暗に春を吹く。然りと雖も寂寞に堪へ、聊か風塵を避くるに足らん。

※三間茅棟古 耕釣自成隣 有似鹿門隠 兼之原憲貧 客稀長閉戸 花落不知春 咄咄莫輕出 滿城車馬塵
  三間茅棟古りて 耕釣自ら隣を成す 鹿門の隠るるに似る有り 之に兼ぬるに原憲の貧 客稀にして長しく戸を閉ぢ 花落ちて春を知らず 咄咄として軽々しく出るなかれ 満城車馬の塵

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 冬夜宿山寺

雪壓松扉夜不扃 月寒唯聴鹿呼庭 一鐘聲斷禪堂靜 柏子煙浮山字屏
雪は松扉を圧して夜扃(とざ)さず、月寒くして唯だ聴く鹿庭に呼ぶを。一鐘声断へて禅堂静かなり、柏子煙浮ぶ山字の屏。

 冬夜與子道訪裒卿宅
冬夜、子道とともに裒卿宅を訪ぬ

銀ス影裏費敲推 方是竹爐湯沸時 領略清新好詩料 梅花院落月來窺
銀ス影裏、敲を費して推し。まさに是れ竹爐、湯の沸く時。領略(理解)す、清新たる好詩料。梅花院落(中庭)、月来りて窺ふ。

 冬曉

宿鴉啼散梵王臺 風送疎鐘曉色催 殘月欲沈猶相照 紙窓澹冩一枝梅
宿鴉、啼き散る梵王台。風は疎鐘を送りて暁色催す。残月沈まんと欲してなほ相ひ照す。紙窓澹く写す一枝の梅。

 画樓倚雪芝夢樓課題
 「画楼倚雪」芝夢楼の課題

忍凍凭欄望一廻 精光射眼白皚々 粧梅泛柳未堪賞 瓊盡千林萬壑來
凍を忍んで欄に凭り一廻り望む、精光眼を射る白皚々。 粧梅・泛柳、未だ賞するに堪へず、瓊盡千林万壑来る。

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 冬夜偶成

閑瀹清茶爐火紅 寒風不巻小簾槞 夜深檐外生痕月 淡在楳花疎影中
閑かに清茶を瀹(に)る爐火の紅。寒風は巻かず小簾槞(格子窓)。夜深くして檐外に痕月生ず。淡く楳花在る疎影の中。

 茶窓夜集 済美館席上

與世参差寡所交 茶窓對客問推敲 半宵無話及塵事 月自梅梢到竹梢
世と参差にして交はる所寡く、茶窓客に対し推敲を問ふ。半宵話なく塵事に及ぶ、月は梅梢より竹梢に到れり。

寒夜草堂小集

肅兀圍爐坐 掩窓風雪前 詩宜題古壁 茗則瀹寒泉 清夜聊堪話 一樽猶可憐 吾家無長物 唯剩舊青氈
肅兀として爐を圍をみて坐し、窓を掩ふ風雪の前。詩は宜しく古壁に題すべく、茗は則ち寒泉に瀹すべし。清夜聊か話するに堪へ、一樽猶ほ憐むべし。吾家に長物なく、 唯だ剩す旧青氈

 梅花下小飲

已看芳信到庭梅 半榼家醅邀客開 一片黄昏枝上月 和他疎影入杯來
已に看る、芳信の庭梅に到るを。半榼(盃)の家醅(酒)、客を邀へて開く。一片の黄昏、枝上の月。他の疎影に和して杯に入りて來る。

 冬夜訪子道宅席上同賦

林下尋盟約 相逢興杳然 酒酣呵凍筆 吟苦擘氷箋 寒砌梅吹雪 虚檐月帯烟 四隣鷄未唱 談笑夜如年
林下盟約を尋ぬ相逢ふて興は杳然たり。酒、酣(たけなは)にして凍筆を呵(か:息で温める)し、吟苦して氷箋を擘(さ)く。寒砌に梅は雪を吹き、虚檐に月は烟を帯ぶ。四隣、鷄は未だ唱かず。談笑して夜は年の如し。

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 題画

峯回還路轉 溪語雑松聲 空林誰所在 孤鶴護柴荊
峯、回って還た路は転じ、溪語、松声を雑(まじ)ふ。空林、誰か所在せる、孤鶴、柴荊を護らん。

 寒夜客見訪

風吼空林霰撲窓 圍爐劇飲酒盈缸 豪來談及英雄事 槊阿瞒臨大江
風は空林を吼え霰窓を撲ち、爐を囲んで劇飲、酒缸に盈つ。豪の来りて談、英雄事に及ぶ、「槊を横へて阿大江に臨む」と※ (曹操(阿瞒)「槊(ほこ)をたへて詩を賦す、まことに一世の雄なり「赤壁賦」)

 歳末立春曉起即事

曉日曈曨霽色開 先遭村叟報春來 數聲叫賣寒街上 一檐東風是早梅
暁日曈曨たり霽色開く。先づ村叟に遭ひて春来るを報ず。数声叫び売る寒街上、一檐の東風、是れ早梅。

 元旦口占 甲子

園梅枝上雪方殘 出谷春聲鶯尚寒 多謝隣叟好情意 一盆新贈駕正蘭
園梅枝上に雪、方(々)に残り、谷を出づる春声、鶯尚ほ寒し。多謝す隣叟の好情意。一盆新たに贈らる駕正蘭。

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 早春郊外矚目

東風微峭水之M 寒勒堤梅未點唇 忽地碧穹雲影盡 數峯殘雪白於銀
東風して微峭(やや寒い)水の浜、寒の勒して(つれてきて)堤梅、未だ唇を点けず。忽地(たちまち)碧穹、雲影の尽くれば、数峯の残雪、銀より白し。

 早春雑詠

屋頭曦馭放新晴 催起尋梅問柳情 幾處門松翠烟暖 楊花已是送春聲
屋頭曦馭(太陽の運行)新晴を放つ。起きて催す、梅を尋ね柳情を問ふを。幾処の門松、翠烟暖し。楊花すでに是れ春声を送れり。

荒園春殘雪猶堆 睡起芸窓掩又開 瓶裏寒梅花尚活 一枝添得水仙來
荒園春残り、雪なほ堆し。睡起す芸窓(うんそう:学問=本)、掩ひ又た開く。瓶裏の寒梅、花なほ活にして、一枝添へ得たり水仙来る。

吟苦真同含囀鶯 殘寒何處試閑行 一籃摘得菜七種 勅婢先調人日羹
吟苦、真に同じうす、囀を含める鶯と。残寒いづこへか閑行を試みん。一籃摘み得たり菜七種。婢に勅して先づ調せしむ、人日(七草節句)の羹を。

 梅鶴高士圖 緕O軒課題

逍遥調鶴又吟梅 一幅之間不著埃 須把暗香疎影句 倩他健筆冩將來
逍遥す、調鶴また吟梅を。一幅之間、埃を著けず。須らく暗香疎影の句を把るべく、他の健筆を倩ひて将来を写す。

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 賣花聲

嬌吹新歌入夢思 画簾春旭睡醒時 呼紅喚紫聲々麗 一擔香風過水湄
嬌やかに吹く新歌、夢思に入る。画簾の春旭、睡り醒る時。紅を呼び紫を喚ぶ声々麗しく、一擔の香風、水の湄(ほとり)を過ぐ。

 贈玉山女史

日侍慈親誦女箴 丹青餘事復清吟 展來一幅剡藤上 梅想姿容竹想襟
日(ひび)慈親の女箴を誦すに侍りて、丹青(絵画)は余事にしてまた清吟す。展べ来る一幅、剡藤(紙)の上。梅は姿容を想はせ竹は襟(節操)を想はす。

 春橋夜月和友人某韵

滿江花月倩誰描 也説千金賞此宵 絲竹更闌聲不斷 春人多處此紅橋
満江の花月、誰を倩いて描かせん。また説く千金もて此宵を賞すと。糸竹(音曲)は更(こう)闌にして声の断たず、春人多処は此の紅橋。

 游春絶句 緕O軒課題

蝶牽鶯誘入烟霞 野径歸來日已斜 一陣吹香風乍度 先知此際有梅花
蝶は牽き鶯は誘ふ烟霞に入れ(旅に出ろ)と。野径帰り来て日すでに斜めなり。一陣の香を吹いて風たちまち度(渡)り、先づ知る此際、梅花の有るを。

春遍江郷暖漸加 花紅竹翠媚烟霞 數聲笑語人何處 画舫多維賣酒家
春は江郷に遍く暖、やうやく加はる 花紅に竹翠にして烟霞に媚ぶ。数声の笑語、人はいづこに。画舫は多く維(つな)ぐ売酒の家。

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 春曉

殘睡依々未啓扃 餘寒峭々水晶屏 今朝好有看花約 恰被曉鶯呼夢醒
残睡依々たり未だ扃(かんぬき)を啓かず。余寒峭々として水晶の屏。今朝好く看花の約有り、恰かも暁鶯に呼ばれて夢から醒む。

模糊樹影上簾幃 春鳥何來塌翅飛 知道昨宵新雨過 梅姿柳態濕依微
模糊たる樹影、簾幃に上る。春鳥なぜに来りて翅を塌して(しょんぼり)飛べる。知道(了解)す、昨宵新雨過ぐと。梅姿柳態、湿りて依微たり。

 和友人某江樓別後寄懐

木蘭舟去水空流 夢思無端惹別愁 憐此柳梢眉様月 黄昏偏照美人樓
木蘭舟去り水空しく流る。夢思端なくも別愁を惹く。憐む此の柳梢の眉様の月を。黄昏偏く照す美人楼。

 春詞

無復筝琶勧玉杯 落花香撲小樓臺 生憎枝上黄鶯子 喚醒春人綺夢來
復た筝琶の玉杯を勧むるなく、落花、香は撲つ小楼台。生憎し、枝上の黄鶯子、喚び醒す春人の綺夢の来たるを。

 春晝

薫篭香盡午猶寒 飛燕聲中夢欲殘 花氣撲簾春晝静 半庭紅両濕干欄
薫篭、香り尽き午なほ寒くして、飛燕声中、夢残らんと欲す。花気簾を撲つ春昼静かにして、半庭の紅、両つながら干欄を湿らす。

 春日赴八事山途中作

午煙淡抹佛龕頭 日麗風微松籟収 幾箇春帆小於鷺 青山缺處是蓬洲
午煙の淡抹は仏龕の頭に、日麗らかに風微かに松籟収まる。幾箇の春帆、鷺より小さく、青山缺する処これ蓬洲。

殘梅踈竹擁禪關 詩酒還消半日閑 一路行香人不斷 磬聲依約夕陽山
残梅踈竹、禅関を擁す。詩酒は還た消す半日の閑。一路の行香(焼香)、人断たず。磬声依約(かすか)たり夕陽山

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 郊外散歩過某氏廃園

滿目荒涼換物華 欲尋往事夕陽斜 一株唯剩紅梅在 曾是何人手植花
満目荒涼たり物華に換ふる。尋ねんと欲す往事夕陽斜めたり。一株唯だ剩す紅梅在り。曾て是れ何人の手植の花

 春日過牧野

茶房酒肆向流 桾履相呼作隊行 摘取一籃春幾種 蒲公英又紫雲英
茶房酒肆流れに向ひて横はる。桾履相ひ呼びて隊行を作す。摘取る一籃、春幾種。蒲公英(たんぽぽ)また紫雲英(げんげ)。

 送曇龍上人之加賀

江樓握手夕陽間 無限離愁雙涙潸 蘸甲深杯君且飲 明朝隔斷幾溪山
江楼、握手する夕陽の間。無限の離愁、双涙潸(然)たり。蘸甲(さんこう:なみなみ)深杯、君しばらく飲め。明朝隔ち断つ幾溪山。

青山斷續遠鐘微 愁倚欄干對夕暉 春酒易醒留不駐 落花風裏送君歸
青山断続して遠鐘微かなり。愁ひて欄干に倚りて夕暉に対す。春酒醒めやすく留めるも駐(とど)まらず。落花風裏、君を送りて帰る

 花朝

朝暾影透小樓臺 開盡梨花落盡梅 昨夜簾前春雨足 滿江新水緑於苔
朝暾影透く小楼台、梨花は開き尽くして梅落ち尽す。昨夜の簾前、春の雨足。満江の新水、苔より緑なり

 春夜詞倣友人某艶體

杏花落盡雨蕭々 半臂軽寒酒易銷 知是誰樓双姉妹 黄昏合奏紫雲簫
杏花落ち尽くして雨蕭々。半臂の軽寒、酒銷えやすし。知んぬ是れ誰が楼、双姉妹。黄昏合奏す、紫雲の簫。

梨雲一簇夜凄迷 翡翠簾前月欲低 香霧霏々遮不斷 玉簫聲濾画樓西
梨雲の一簇、夜凄迷たり。翡翠簾前、月低からんと欲す。香霧霏々として遮れども断たず。玉簫声濾す、画楼の西。

甲子二月念二日 余将赴京之前日也 欲収之行李怱忙鈔録
甲子二月念二日(元治元年二月二十二日:文久4年は2/20に改元) 余、将に京に赴かんとするの前日なり。之を行李に収めんと欲して怱忙として鈔録す。

              晩生 梅圃 石井彭


行餘堂詩鈔

『行餘堂詩鈔』写本

(ぎょうよどうししょう)

12丁 24.3×16.3cm

行餘堂近稿

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行餘堂詩鈔 己卯十月至 (明治12年)

      梧岡石井彭鏗期氏未定

 送一東石如之京次其留別韻與省所同賦
 一東・石如の京に之(ゆ)くを送り、其の留別の韻に次して與に省する所を同じく賦す

壁月瓊花感昔游 祗應詩酒遣閑愁 追尋絲竹東山夢 重問舊都紅葉秋
壁月瓊花、昔游に感ず。祗だ応ず詩酒の閑愁を遣るを。追尋す糸竹、東山夢、重ねて旧都の紅葉の秋を問はん。

 與省所少年二兄同泛舟于南濱分韵賦矚目
 與に省する所の少年二兄と同(とも)に舟を南濱に泛べ、矚目するを分韵して賦す

過雨無痕水欲波 浦雲纔散露青螺 美人杳在秋江上 一曲湘霊奈汝何
雨過ぎて痕なく水波せんと欲し、浦雲纔かに(やうやく)散ず露青螺(山)。美人は杳か秋江に在り。一曲の湘霊、汝をいかんせん。

青山紅葉蘸微波 也借扁舟載酒過 柔艪揺々秋似夢 一篷殘雨暮寒多
青山紅葉、微波をひたす。また扁舟を借りて酒を載せて過ぐ。柔艪揺々として秋夢に似たり。一篷の残雨、暮寒多し。

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 金邠画 今宵酒醒圖 湖海吟社課題
 金邠※画「今宵酒醒圖」 湖海吟社の課題 (※尾張藩が招聘した清の詩人金嘉穂)

雖歌唱罷欲深宵 水閣秋寒月色饒 指點與君分手處 一株柳又昜蕭々
歌唱罷むと雖ども深宵ならんと欲す。水閣秋寒月色饒(多)し。指点す君と分手せし処、一株の柳また易(易水:荊軻訣別の地)蕭々たり。

江樓燈暗夜寒生 萍迹無端隔舊盟 最是依々月殘處 臨風憶煞柳耆卿
江楼燈暗くして夜寒生ず、萍迹端なく旧盟を隔つ。最も是れ依々たり、月残る処、臨風煞を憶ふ、柳耆卿(北宋詩人)。

馬蹄霜冷水之干 酒氣欲消別更難 殘月曉風秋一路 垂楊柳痩不勝寒
馬蹄霜冷ゆる水之干 酒気消えんと欲して別れ更に難し。残月暁風秋一路、垂楊柳痩せ寒に勝へず。

萍因絮果両無端 酒醒燈昏別也難 題到曉風殘月句 画中人更不勝寒
萍因・絮果、両つながら端なく、酒醒めて燈昏く別れまた難し。題は到る暁風残月の句、画中の人、更に寒に勝へざらん。

 夜酌話舊 湖海吟社席上掲題

碎墨零緦冩舊題 酒邉燈冷夜凄迷 小天台月小湖雨 話到當年鴻爪泥
碎墨零緦もて旧題を写す。酒辺燈冷えて夜凄迷たり。小天台の月、小湖の雨。話は到る当年の鴻爪の泥(時代変転)

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青衫重對舊烏絲 記得年時傷別離 最是淺斟低酌好 雪蕭々底話相思
青衫(下っぱ役人)重ねて対す旧烏絲(烏糸欄:紙)。記し得たる年時、別離に傷めるを。最も是れ浅斟低酌好く、雪蕭々として底(なん)ぞ相思を話さん。

 清客王琴仙至同湖海吟社諸友開宴於[傳物]館 酒間次 永阪石埭湖亭與琴仙話別詩韵贈王琹仙 十二月十七日
  清客の王琴仙、湖海吟社の諸友とともに至り[傳物]館にて開宴す。酒間、永阪石埭の「湖亭と琴仙の話別詩」の韵に次して王琹仙に贈る 十二月十七日

侵篤眉月照歌筵 記否同觀湖上蓮 追憶共游猶似昨 飜鷺小別已経年 座中唫侶無今雨 臘裏寒梅帯晩煙 邂逅相逢非偶爾 淹留須到有[櫻]天
侵篤眉月、歌筵を照らす。記すや否や、同に湖上の蓮を観しを。追憶す、共游なほ昨に似たるを。鷺飜って小別すでに年経り、座中唫侶無くして今雨、臘裏(12月)寒梅晩煙を帯ぶ。 邂逅相逢ふは偶爾に非ざる。淹留して須らく[桜]天(神社)有るに到るべし

 酒間戲次琴僊韻
 酒間戯れに琴僊の韻に次す

楚腰真箇好風姿 一注秋波舞罷時 多情杜牧前身是 莫怪揚州夢醒遅
楚腰(柳腰)は真箇(まことに)好風姿、一に秋波を注ぎて舞ひ罷むる時。多情の杜牧は前身是なり。怪むなかれ揚州の夢醒むるの遅きを(「遣懐」杜牧)。

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 次韻重贈王琴仙

朅來我亦憶同游 曾向京城匝 月留 画舫潮生鴎渡雨 瓊簫月弄柳橋秋 相思重冩新詞譜 殘夢猶迷舊酒樓 今日親朋無幾許 恐君早賦大刀頭
去来す、我また同游を憶ふを。曽て京城に向ふて匝月(ひと月)留まる。画舫に潮生じ鴎は雨を渡り、瓊簫、月に弄せし柳橋の秋。相思重ねて写す新詞の譜、残夢なほ迷ふ旧酒楼。 今日親朋幾許もなし、恐る君の早く大刀頭(帰還の謂)を賦せるを。

 雑感次琴仙韵

百結愁腸乱似絲 病躯偏遇歳殘時 論來得失無聊頼 閲歴榮枯多所思 落木蕭條寒鳥叫 夕陽惨澹凍雲痴 眼前光景已如此 且爲懐人補舊詩
百結愁腸、乱れること糸に似たり。病躯偏へに遇はん歳残す時。論し来って得失無聊頼、栄枯を閲歴して所思多し。落木蕭條として寒鳥叫び、夕陽惨澹として凍雲痴(停)す。 眼前の光景すでに此の如し、且らく為さん人を懐ふて旧詩を補せるを。

春淺園林花未薫 小缾插竹絶塵氛 夜來爲愛猗々影 且把書燈照此君
春浅く園林、花いまだ薫らず。小缾、竹を插して塵氛を絶つ。夜来愛を為す猗々たる影、且らく書燈を把って此の君を照らす。

也悲花神通信遅 書窓半夜 雪晴時 奇寒徹骨清無底 珎重缾中緑玉枝
また悲しむ、花神の通信の遅きを。書窓半夜雪晴るる時。奇寒は骨に徹して清きこと底なく、珎重す缾中の緑玉枝。

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 梅花水僊同缾

素娥青女豈無縁 未及百花爭R天 誰識西湖山下客 嫁來洛浦水中僊 黄冠影落空床外 玉葉香浮小閣前 忽地風傳遥處篷 相思和夢到唫邉
素娥青女、豈に縁なからんや。未だ百花のR天に争ふに及はず。誰か識らん西湖山下の客、嫁し来って洛浦水中の僊。黄冠影落とす空床の外、玉葉香浮ぶ小閣の前。 忽地(たちまち)風は伝ふ遥処の篷、相思は夢に和して唫辺に到れり。

 酒間贈立原氏次其見似己卯歳晩作之韻
 酒間、立原氏に其の己にしめさるる卯歳晩作の韻に次せるを贈る

倚門情切幾時還 老樹白雲隔古關 他日知君省母去 錦衣重到舊家山
倚門(人を待つ)の情切なり、幾時か還らん。老樹白雲古関を隔つ。他日、知んぬ君が母を省して去るに、錦衣を重ね旧家山に到るを。


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