鈴木翁二
我が青春のラムネ庵
バイブル3部作(青林堂)ほか
安部慎一・鈴木翁二・古川益三、所謂「ご存知トリオ」のひとり、
盟友古川氏の経営する「まんだらけ」で大昔に入手。
現在は一冊が各一万円以上する(熱狂的な愛読者がやっぱりゐるんだねー)。
大正時代の星の本、山本一清著「星座の親しみ」。
この装幀、おそらくは翁二氏愛惜の一冊かな? とは私の勝手な想像。
雑誌「ガロ」は70年代が活躍の舞台。
上は単行本未収録「けいこちゃんの好きなビールについての一考察」
定義1: ラムネ庵 ≒Σイナガキタルホ&宮澤賢治&貸本版水木しげる&ゲルマニウムラジオ&アラジン石油ストーブ&名鉄木造急行電車&&&・・・
いろんな個性的な漫画家が「ガロ」から輩出されたけれども、創刊以来雑 誌を精神的にも経済的にも牽引してきた白土三平の「カムイ伝」連載が70年代初頭に終了したことは、あたかも自ら飛ぶことを強いられ手を離されたグライ ダーの、一とき楽々と宙に浮かぶが如き状況を雑誌全体の上に作り出したのではないかと考へてみる。自分は同時代に身を置いてきたわけではないのだが、その やうに一種のやりたい放題の青春が、倫理ではなく感性によってユートピアのやうに表現された一時期があったことを、地方ではことさら集めづらかった72年 から75年にかけての「ガロ」のバックナンバーの収集を通して知る様になったのである。けだし顧みれば私の通ってゐた北国の田舎大学の周辺にも、80年代 の初頭にはまだ彼らの描く貧乏青春マンガに出てくるやうな貧乏くさい下宿がゴロゴロあって、鈴木翁ニのマンガに登場する極めて心情的な哀悦生活を重ね合は せることもそんなに不自然ではなかったのであった。
私は彼の云ふところの所謂「透明度」にあこがれてゐた。大学の近くには低い丘陵とその上に建つ天文台があって、もうすぐ陰鬱な冬が始まる直前の北 陸に訪れた秋晴れの一日、異常に明るい傷心を携へ、私は我が身の姿を画中の翁ニ氏に重ねては、あの貧乏じみた綿ジャケットを羽織っては歩んだものだった。 青空を疎林を通して仰ぐ心にはいつも翁ニ氏描くところの「うだつの上がらぬ青年」の姿があった。
原石の輝きを彼は充分自分の中に自覚してゐたらう。己を恃んでつまらない磨き方をするのを一切拒否する生き方をその後も貫いてきたかのやうにもみ える。その後どんどん雑になって行った描線、それは果たして彼の「前衛」の自負であったのかそれとも読者への「甘え」だっ たのか、その絵のもつ雰囲気のオリジナリィティは一寸比類無く、彼よりも有名な先輩であるつげ義春氏に至っては、世のマンガ批評家はあまり言及しないけれ ども、鈴木翁ニの作風に刺激されつづけて「ねじ式」以後の後年の作品を結晶せしめたのだといってもいい、と私個人は見てゐる。そして反対に翁二氏自身がつ げ氏のやうには、その才能の完全開花を目指 した表現営為に邁進した形跡を窺はせないのは、確かに天賦の才能への「甘え」の意識が彼のどこかにあったからではなかったか。しかし事情のややこしいの は、その「甘え」なくして彼がかもし出す「喪失感」の魅力があれほどまでに痛ましい透明な輝きを帯びたかどうかと云はれれば、また肯ふよりほかないやうな ところなのである。 (旧稿)
【追伸】
久しぶりに新刊書店に立ち寄って久しぶりにマンガの棚を眺めてゐたら、鈴木翁二さんの「こくう物語」を発見。学生時代、ガロ連載時にリアルタイムで読んで
ゐた作品に、思ひがけなく出会ったのだった。オリジナリティ、表現そのものについての眼差し、描線そのものに思想があるといふことを、このひとの作品ほど
読むごとに考へさせられるものはない。画調、構成ともども“平吉クン”のやうにハラハラさせるやうなところがあって、読者はどんどん作者のペースで引き摺
られる。なんだか合点のゆかないもやもやしたものと、透明感をしたたかにくらって、さてそれが人生の喪失感と気づいたときには、弱さや甘えを抱へ込んだ自
分といふものについて、作者とともに観ずるよりほかはないのだ。(2002/8/30)
【鈴木翁二単行本リスト】
鈴木翁二作品集(76/4、青林堂、限定500)
東京グッドバイ(77/3、北冬書房、限定900)
オートバイ少女(78/3、青林堂、限定900「鈴木翁二作品集U」)
麦畑野原(78/12、而立書房)
マッチ一本の話(79/6、青林堂、限定400「鈴木翁二作品集T」)1976「鈴木翁二作品集」と同内
容。
工作者の散歩道(80/8、青林堂、限定900「鈴木翁二作品集V」)
少年手帖(82/10、楡山書房/望遠鏡社) 特装本/少年手帖(82/10、楡山書房/望
遠鏡社、限定69)
銀のハーモニカ(84/4、青林堂)
透明通信(85/4、青林堂)
少年手帖補遺/マッチのまち(87/ 、東考社)
なんとなくポストさん(87/6、東考社)
まばたきブック(92/5、銀音夢書房)
ボタン(92/8、リブロポート)
よるのにわ(92/9、アスカ)
東京グッドバイ(98/8、北冬書房) 特装本/東京グッドバイ(98/8、北冬書房、限定50)
少年が夜になるころ(98/10、
ふゅーじょんぷろだくと)
マッチ一本の話(98/12、北冬書房)
海のタッチ(99/12、ワイズ出版)
A遠(2000/4、まんだらけ、限定1000)
オートバイ少女(2000/4、筑摩書房)
海的煌煌(ウミノキラキラ)(2001、青林工藝舎)
こくう物語(2002、青林工藝舎)
少年あります。鈴木童話店
(2002/5、流星舎)
昭和51年4月15日 青林堂刊