「日記」第九巻 (「夜光雲」改題)

21cm×16cm 横掛大学ノートに縦書き(127ページ)

昭和8年2月5日〜昭和9年1月20日


日記(巻九) 昭和八年二月五日

  わがゆきに 

     田中克己 

 二月五日 ゆきと帝劇へ「制服の處女」を見に。

   捨ても果つべきこの身にあれど様ゆゑ生きて恥さらす。

   ★

梢 梢に霧が降り
二月の夜空は羊雲が通ふ
わたしの雪[ママ]はわたしに牽かれ
小石の原を躓きながら随いてくる
ああ この古風な處女の
なよびかな眉びきを見たまへ         ※

   ★

わたしはもう誰にも心を動かさない
わたしに頼つて一人の処女がゐるから
その子は頼りないわたしをも
その子自身の全天と崇め
わたしの眼の中に何かの啓示を悟らうとする
わたしの前額(ひたひ)に意志の軌跡をよみとらうとする
わたしは此の子ゆゑに生きてゐるのに
この子はわたしゆゑに生きてゐると云ふのだ
わたしはもうどんな女にも心を動かさない
わたしのゆふぐれ そしてわたしの暁明(あさあけ)

 二月六日

愛の花弁は果して買ひ得るものであらうか
愛を育てるものが かのミダス王の好餌であらうとも         ※
その花弁を彼はちぎつてまきすてる
彼はひどい咳をする喉頭の見える位
愛の花弁を 彼は不要だといふ

   ★

アモオルは失礼な男には案外親切なものだ
しばしばその扉をたヽいて押賣りをする
いらないつてば 帰つちやへ
アモオルはしばし泪ぐむ それから恐ろしい決意をする
アモオルは食物に毒をまぜる
仇は血を咯く 頬にアネモネが咲く
鏡に顔を映して見ると眞蒼だ
そこでアモオルに嘆願する
アモオルは白い衣の看護婦に変装し
一寸 彼を癒してやるやうな気配を見せ
それから又彼を盛り殺す
その間に男が覚悟をして了つたのをも知らずに
彼はアモオルを蹴立てたと信じてゐるのだ

   ★ ma neige

わたしの雪よ 蒼褪める勿れ
わたしはおまへに鉄剤をもつて行つてやる
わたしの雪よ 慄へる勿れ
わたしはおまへに貂[てん]の外套をもつて行つてやる
わたしの雪よ すすり泣く勿れ
わたしはおまへに戯詩(パロディ)をもつて行つてやる
わたしの雪よ 疑ふ勿れ
わたしはおまへに羊の心臓をもつて行つてやる
わたしの雪よ おまへには何でも
わたしの才能の許す限りもつて行つてやる
たヾ 夢と幻がそれを可能にしてゐるのだ
めざめるなかれ わたしのゆきよ

 二月七日 

船出した水夫は海底に紅い珊瑚のあるを見る
わたしは雲の多い海港をゆき
破片になつた珊瑚たちを海の匂ひにまじへて吸つてゐる
雲は波近く降りて来てガタガタと帆網を鳴らす
鴎と波の親近さ 憂鬱の翼を搏ち

   ★ 

八つ手の掌にわたしの幼年を見る
霙のふる夜はいまもある
風呂の湯の捨てられた匂ひ
みみずの鳴きごゑを求めてゐた

   ★ 

朝日に照らされた少女たちの胴体(トルソ)
遊動圓木をわたる叫びごゑ
焦だつ思ひで見てゐたわたしは足袋を汚して

   ★ 妙正寺池の方へ散歩《ゆき》

恥だの無花果の葉つぱだの
萎れるままに委せよう
ミロのヴヰナスを逆しまにして
振つて見ると塵が出た
愛の塵垢の匂ひを嗅いで
石灰のやうな顔色をして ──わたし──

   ★ 

わたしはもう少年でない
口笛を吹く年齢でもない
だのに口笛を吹いて
月の澤を歩いてゐる
失つた詩を索めて
あまりの未練さに

 二月九日 猫柳も咲いた

   ★

わたしの春の駿馬には白い犬と の犬
尾をふつて月の出を待ち
わたしの処女の愛撫を求める

 二月十日

ひとびとはオルガンを悲しく奏し
肉親の柩を僕は見る
花環は萎れてその匂ひを立てる
すすり泣きの中に虚構を僕は見つける
安心してゐた 悪童の自負に

 二月十一日 テアトル・コメデイ

  ヘラスのひとびと

プラトン?菫を愛した一章
アリストテレス?先生より長い名をもつてゐる

   ★ Madmmoiselle X

わたしも人形を探してゐたのに
あなたは先にお貰ひになつた
あの黒い着物のマダム
それを運命と申しませう
わたしはあなたの熟してない
生命の樹によぢのぼりたいのです
たとへ棘でひつかヽれようと

   ★

ゆふがたの僕の熱は抛物線を描いて上昇する
チユーブでこさへた胴体に
何の金属で着物をこさへませう
絶望の論理をほろにがくかみしめてゐた

 二月十二日 風の吹く雪のちらつく中をYと歩いて

   ★

二月 降る粉雪はわたしの額につもる
わたしのゆきもそのやうに冷い
わたしに接吻するは粉雪
わたしの唇は凍りついてしまつた

風はわたしの髪を吹いて
わたしの頭には黒馬が暴れ狂ふ
あなたの酷さにわたしは拉しがれて
わたしは額を打ちもぬきたい

わたしの足は愴踉(よろ)めく
あなたは腕をかしてくれない
わたしは愛を求めるのに
あなたは出し惜しみする

わたしはわたし達の不和がかなしい
接吻もなしに 言葉もなしに
わたしたちは四辻に別れる
あなたは後も見ないでゆく

わたしに泪が浮かんで来る
北風が眼がしらにくちづけする
枯葉がわたしに慰めをさヽやく
もうあなたは影も見えない

   ★レダ

醜い鳥(羽は白く 嘴は紅く 眼も紅く 趾も紅いのに)
わたしの肌を抑へつける尖りづめ
わたしの肩を啣(くは)へるくちばし
わたしは肌が寒気だつ
鳥の翼は空気をあふり──
邃い森中にこの様な所業のあつたことを
沼は藏めてひとり波だつ
蘆の葉よ わたしは羞かしい

   ★

黄色いランプが草間に灯いてゐる
明るさはほのかだけれど
わたしの爪を照らしてゐる
十二あるわたしの足の爪
ランプは羞ぢらつて消え失せる

   ★

いままで讀んでゐた本の字が
突然わたしに他人となる
未知の符號をわたしは瞶め
はらはらと泪を注いでゐた

   ★

本たちのかあいさ
置かれた場所にそのまヽ並んで
友達の数も増へない(尤も友だちなんて大したものではない)

   ★

Schlafe meine Kleine      ※  眠れ、わがいとし子
Schlafe meine Reine         眠れ、わが純潔
Schlafe meine Eine          眠れ、わがかけがえのないものよ
Schlafe ganzes Nachts        一晩中ねむるがいい。
Wohl in dem Bett          幸せはベッドの中に、
Wohl in dem Traum          幸せは夢の中に、
Schlafe wohl gesund         眠れ、幸せに、健やかに。

 二月十三日 高橋匡四郎

   ★

絶望の倫理 空腹の論理 仲良く押しあつてる

   ★

空彈に倒れる人馬

 二月十四日 Y、小川俊郎 風邪をひく           ※
 二月十五日
 二月十六日

女たちは單調に合唱(コーラス)うたひながら
磴(いしだん)をのぼり降りしてゐる
海の見える女体柱(カリアテイド)の神殿
遠く白いは海鳥かシレエネか
爵牀(アカンサス)のしげみに風がわたる

 ひとりは大変かなしい
 大変かなしいひとりである
 何者にも代へがたいひとりである
 ひとりは代へがたい何者かである

思ひ起こすはむかしの歌
 石段は四百段目の海の色
 いしだたみのぼりつ降りつ人遠き

 二月十七日 《Y》、松本一彦

[※ 小説プロット]
1松田行一帰郷のこと
2松田行一妹二階にて嘆き云ふこと
3叔父嘆くこと
4結婚式のこと
5父方の伯父、叔父と事あること
6松田行一帰京のこと

 Tホールで行一は十一すぎまで踊つてゐて、下宿に帰つたのは十
二時かつきりだつた。寒々した部屋の勉強机の上に親展の手紙が一
通のつてゐた。叔父からの手紙で、予ねから決つてゐた妹の結婚の
日どりが一週間の中に迫つたから急いで帰京するように、との旨が
簡単に書かれてあつた。何の感動もなしに讀み終ると、行一は帰り
の電車の中で思ひ出してはたのしんでゐたダンサーのA子の体温を
も一度味はうとした。不思議にもうそれは浮んで来なかつた。い
まヽでこの手で握つてゐたあの指や掌がもう、何里とはなれた所で
何かしてゐる。そんな他愛もないことを感じてゐると、さうだ、明
日にも帰郷しなければならないのだと、せかせかした気持ちが急に
し出した。行一はもう汽車にのつてゐる自分や、妹に會つてものを
云つてゐる自分の事を考へ出してゐた。結婚式を控へた妹は一寸て
れ臭い存在であつた。妹自身より自分の方がもつと気恥かしい思ひ
をせずにはゐられぬだらうなどと考へてゐた。
 O驛につくと夕方だつた。
行一の、休暇毎に帰り、又、現在妹や弟たちの住つてゐる金井の
叔父の家はさう遠くなかつた。O市目抜きの大通りに昔のまヽの大
きな屋根を重たげに覆つて、広い間口に提灯などの吊してある全市
でも、もう一寸めづらしい造りの家だつた。汽車の旅の疲れも手傳
つて、行一は一寸閾をまたぐとき感傷的になつた。
 小僧のひとりが眼敏くみとめて「おかへりやす」と云ふと、トラ
ンクを引つたくる様にもつて土間を先に立つた。             ※ 未完。 

 二月十八日 Mr岩本修蔵。 本賣る。\4.15

風はわたしを目指してゐる
四辺には誰もゐない
まつ黒な杉の森に一つ灯り
風に包まれたわたしの脚
のどを吹きとほる風の枝
わたしで向きをかへる風の川

   ★ 

嫉妬の牙の中で彼女は眠つてゐる
月より白い牙の林
倫落の花弁が一ひらづつ彼女に咲く
はてしないその数に彼女は清浄である
わたし──ひそかな竊み視の男は
眼を眩まされてうづくまつてしまつた

   ★ 

オルガン
その古風な楽器の中で
わたしの頭痛がはじまる
なにか懐想に似たものが
天井をかけまはる
髪の毛をもつて吊り上げる
見えぬ手のたしかさ
古風な手に静脈の浮き出てゐることを確信する

 二月十九日 日曜 北園克衞、岩本修蔵

サロメ風のむかしが懐かしい
菫をつんでゐたむかし
水龍骨[※不詳]を生やしたむかし

 二月二十日 Y。 服部と支那語の勉強。

よふけ 疲れて帰つて来ると
鶏たちが取引されてゐた
叫びごゑをあげるのをひとは撲ちのめしてゐた
ひる 鶏たちはぶらさがつてゐた
紅んべいをして

   ★ 

 二月二十二日 支那語試験あり。

Laue luft kommt blau geflossen 
Fr hling Fr hling poll es sein! Eichendorff 
なよ風 蒼く吹き来れり                [※ アイヘンドルフ]
春なれ まこと春ならめ

 昨日の夜はまだ冷い風が吹いてゐたのに、けさ起きて見ると風は
もう南風に変つてゐた。井戸に近い水仙の芽立ちが青く、風には生
ぬるい肌ざはりがあつた。わたしは例のやうに屠殺場の傍を通つて
学校へゆく。豚たちを屠ることを人々はけふもやめなかつた。豚た
ちの悲鳴は、子供のだヾをこねる「イヤーン」といふこゑによく似
てゐた。その後で濡れ手拭で板を打つやうな音がする。乾鰛(ほしか)
によくにた臭ひが鼻について来た。

阿部次郎さんの滞欧雜記をよむ。

プリムラ ヴエリス[※ 桜草](レナウ)

   1

可愛(いと)しき花よ
かくも早くも
帰りや来る
禮をたまへよ
プリムラ ヴエリス

牧野の花の
どれよりかそかに
なれはねむれり        ※
いとしき花よ
プリムラ ヴエリス

なれのみききぬ
めざむる春の
なよきささやき         ※
先づ誘ひしを
プリムラ ヴエリス

わが心にも
とく咲きゐたり
愛(めぐみ)の花の
どれより美(た)へに
プリムラ ヴエリス

   2

いとしき花よ
プリムラ ヴエリス
美(あえ)かの花よ なれをば呼ばむ
信仰(まこと)の花と
空の最初(はじめ)の
黙示(しるし)を信じ
急ぎ迎へて
胸襟(むね)をひらきぬ

春は来りぬ
霜はたくらき
霧その春を
またおほふとも

花よあこがれの
聖(たふと)き春の
つひに来らむを
なれは信じつヽ

むねをひらきぬ
されどひそみゐし
霜は来りて
心臓(むね)を傷(やぶ)りぬ

しぼまばしぼめ
花の信仰(まこと)の
魂こそは
とはに消えやらじ

 二月二十三日 

関々雎鳩 在河之洲 窈窕淑女 君子好逑
みさご鳥 河の洲にゐてつまどへり うるはしをとめ 貴人(うまびと)にあふ

參差[艸+行]菜 左右流之 窈窕淑女 寤寐求之 求之不得 寤寐思吸 慫哉悠哉 輾轉反側
さだめなき ぬなははかより かくよりぬ うるはしをとめ
ひもすがら よすがらもとめ なびかねば 思ひてやまず
あしびきの ながきよすがら いぬることなし (周南 関雎[※ 詩経])

葛之覃兮 施于中谷 維葉萋々 黄鳥于飛 集于灌木 其鳴[口+皆]々 
くづの葉は 谷に蔓延ひ しげりたり うぐひすは しげみによりて そのこゑ調(あ)へり (周南 葛覃)

采々巻耳 不盈頃筐 嗟我懷人 [穴+眞]彼周行         ※
つめどもつめどもはこべらの このこかごにもみたざるは
きみをおもひてつめばこそ みちべにかごをおきすてヽ

陟彼崔嵬 我馬爬[こざとへん+貴] 我姑酌彼金罍 維以不永懷
をかにのぼれば うまつかる しばしこがねのつきくみて おもひわすれむ

陟彼高岡 我馬玄黄 我姑酌彼 維以不永傷
をかにのぼれば うま病みぬ しばし[凹+八]角[じかく]の杯くみて いたみわすれむ

陟彼砠矣 我馬 矣 我僕[やまいだれ+甫]矣 云何吁矣           ※
をかにのぼれば うまやみぬ しもべもやみぬ あはれ あはれ (周南 巻耳)  ※

桃之夭夭 灼灼其華 之子于帰 宜其宝家
桃の稚木は そのはなさかり この娘とつがば その家のさかえ (周南 桃夭)

遵彼汝墳 伐其條枝 未見君子 [叔+心]如調飢
河のつヽみに木の枝を伐れど きみにあはねば くるしきばかり

 二月二十七日 シルドクレエテ

朝方かなしいばかり 鳴る汽笛に目覚め
耳をすましてゐれば薄く消えてゆく そのひヾきに
船出の朝かとも錯覚してゐた

   ★ 

後頭部のづきづきするのをこらへ
霙のふる渠ばたに
寒くてさむくて河豚仲間を待つてゐる

 二月二十八日、三月一日 Yに会ふ。

  冬と春のあはひ

寒菊やまつげの長きひとに似て
おぼろ夜をまちゐき梅も咲きゐたり
下駄よごす霙止みたりお濠ばた
ふきの薹霜なき里に咲くとかや
水仙の芽立ちの青も淡くして        ※
石佛のまへは一むら黄水仙
川の藍濃くして草を埋む雪         ※
雪の雲右に左にみちありぬ
海くれぬ白梅咲かす館(いへ)のをち 
鶏の吊られし店に啼く子あり

   この日頃梅にながるる野川かな  春泥    ※

川久保悌郎 服部正己 

  虹  サン・ジユヌヴイエエヴ 

やぶ柑子の冬が去り
ふきのとうの春が来た

   ★
もう野に出ても寒くない
ヨハンナの頬を凍らす風もない

   ★ 

不和の時は過ぎて
僕の顔は紅みもささう

   ★ 

赤児の大きくなる時
僕の狂気するとき

三月四日

春は野に花を撒きちらしにやつて来た。藪かげの太郎の犬の墓を
花で飾り、そのバスケツトから一つかみの花を辺りの土にまきすて
てまた行つてしまふ。太郎はゆめに春の跫あとを見る。うすらうす
らと霞たちが手をつないでかくしてゐるのだつた。

×

あなたのフアンムのイレエヌを私に下さい。みちばたに不思議な
乞食がゐてわたしに云ふ。昨日もけふも。明日はわたしにさうした
名をもつた妻の存在を信じさせるかも知れない! わたしは彼に赤
い銭を一握り投げてやらう。

×

紙ナプキンにおちる花びら。洋刃[ナイフ]の刃にはラグビーの烟[ママ]が映り、   ※
蝶がこの食堂車を徘徊し出した。

×

わたしは石ころをひろひ上げる。血に染みた石ころにわたしはあ
のユダヤの戒(おきて)を思ひ出す。友の妻、そのまつ毛の美しさを語らぬひ
とがあつたらうか。わたしは越えてはならぬ柵はよけて来た。だの
にわたしはなほこの石が生ぬるく畏ろしい。わたしは旅に出なければならぬ。

×

山吹の花を咲かせ、櫻をちらし、やがて此の東の都にわたしは帰
つて来る。拳銃がわたしを殺さねば。毒薬がわたしを殺さねば。

×

わたしの影をもう巻き出さう。鶏が啼いてゐる。夜更けの地震。
わたしの足おとが戸外でしてゐる。時が来たにちがひない。阿修羅の髪を玻璃にうつしてゐるわたし。

×

軍鶏(しやも)があさはやく人の家をのぞきこんで啼いてゐる。

遠くで矮鶏(ちゃぼ)の應戰の合図がきこえた。

×

次郎の手紙をまるめて捨てる。花子のてがみを文箱に蔵ひこむ。
次郎は手紙をよくよこす。花子は宛字のある手紙をたまにしかよこ
さない。花子の封筒には京人形がはれぼつたい目をしてゐる。次郎
をわたしは豕(ゐのこ)と呼ぶことにした。

三月九日 試験おほかたすみたり。

     コギト第十一号、肥下の「しのぶ」に泪ぐまし。

三月十二日 Yに会はぬこと一週に近ければ、ゆふべは丸、友眞とゐねし。

わたしはわたしの影のやうに
ひとりの處女を愛してゐる

花の咲く野原を花をふみしだいて
その子のやつて来るのを夢みた

ゆめはゆめでしかあり得ない
わたしはけふも雪のみちをゆく

わたしの足もとにふみしだかれるのは
雪の花 氷の花 あはれ冷く

そしてわたしのbien-aimee[最愛の人]のかげも
まぶしい太陽の下で消えてゆく

わたしはわたしの膝を抱く
もう天しか瞰るものはない──

ゆきぐもをてらす都会の光炎が
楡の木のうしろにあかるく──
わたしは息吐く 雪みちの遠さに
丘ぞひに白い雪の積みかさなりが
雪女のしなやかさでわたしを牽く
わたしは凍えるかも知れぬ
遺書(かきおき)ももたぬこん夜の中に

はてしない論争のうちに
火鉢の炭はもえつき
はてしない言葉の蔭に
鋭い刃の鈍るここちがする

わたしの抱くのはたヾひとりのをとめ
わたしのもつてゐるものはたヾひとりのひと
(それはわたしが影をもつてゐるより確かで)
そしてわたしが影をとらへ得ぬやうに
わたしの腕の中でそのひとは他のゆめを見てゐる
わたし以外のわたしの夢を──
すき間のかぜがふきとほる 冷酷に
一陣の風の波で──

三月十七日 帰郷

まつげの波うちぎは
ぬれた渚
潮つぽい風の吹くひるすぎ
貝殻がうちよせられる

しらじらと夜の明け方 眼をひらいて見れば見知らぬ山川がはて
しらず移り重つてゐる まだおぼえきらぬ景色もあつたとおどろいてゐた

老年期のなごやかさ
丘陵 牛
敗頽した古城
花の咲く傾斜

三月十九日

ゆふ日の中を父がゆく

ゆふ日の中に城がある

ゆふ日の中に鳥が啼いてゐる 

三月二十一日

思念(パンセ)の中に森が見える
森の中に湖が見える
湖にお城が見える
お城の中で僕の思念が眠る
白い着物を着てゐる

   ★

「HILFE IN DER NOT」 [※「困難の扶け」メーリケ 原詩八行抄出。]

 曠野をゆくのは誰だらう。雪に足跡をつけて、ああそれは私だ。
春に私の足跡から花を咲き出さすために。ああ汚辱の花かも知れぬを、お気の毒な。

三月二十二日 西川英夫

 愛の菊の花をもつて来たおまへは白い着物を着てゐた。病室の窗
から私はおまへを見てゐた。おまへの足どりには健康な処女のそれ
がある。私は妬んで顔をひつこめる。蘇鐵のかげにおまへは這入る。
おまへは躓く。そこは私の柩車の揺れたところだ。私の寢衣(ピジャマ)
の汚点(しみ)をおまへはアルコオルだと思つてゐる。クロロフオルムだ。
一体菊の花弁はいく枚ある。おまへは不可能の可能に脅える。また私は
発熱する。赤と青の線を調和さすために。扉にゐるおまへにわたし
は敷布(シーツ)の匂ひをかいでゐる

   ★

 天の穴からガラス戸へとどく棒。わたしの悪戯を止めささうと。
あすこらでは閑な階級が住んでゐるにちがひない。
卑劣なおべつかで私は自分を羞ぢらはねばならぬ。

   ★

 おひまの節は自動車で、あ、お靴は汚れたまヽで、私の室には一
輪差しもないのですから。そこで煙草一本頂きませう。

三月二十三日

 布きれのちらばつてゐる巷。脚の間をすりぬける小僧。レモン水
を賣つてゐるやうな屋薹店。僕たちは眼の下に隈をこさへてゐた。
春風と芝居の幟と、本の表紙の金文字に水蒸気がしめつぽくそヽいでゐた。  ※

   ★

 ブロマイドから挨拶する友達ら。醜悪な横断面に顔を背けて立つ
てゐる。肩の上に金モオルをのせて。彼等の愧死と私たちの飢死と。
春の花のふる空を嗅いでゐた女たち。

三月二十六日

 水溜りを越えて子供が歩いてゆく。春の野茨の原を。
陽炎をつかまへた。僕たちは貝殻をとつてゐる。横眼で見た子供た
ちは瞼の裏で赤い火炎になつてゐる。軽便鉄道の煙が這つて来た。

   ★

 ズスヘンは鳥を飼つてゐた。嘴の紅いのを二匹、 のまつ白なの
を。ズスヘンは硝子瓶に入れてゐる。春の光の中で條を引いて動い
てゐる。嘴に花が散つて来る。ズスヘンの花は青い。宇宙をみつめ
さヽれると生意気を云つた。

 音楽の漣。雪解けの澤を動いて来る。いろんな匂り。例へば椿油
バナナの皮、ゴムの焼ける匂ひ。泪ためてゐた。息ぐるしいので。
街道を葬列がゆく。屍臭がすると思つてゐた。眼ぶたをぴくぴくさせて。  ※

 家鴨たちの御面相を親しく思つてゐる。僕の十年飼つた犬を盗ま
れた。毛皮への反感。雲垢だらけの友だち。すべてを容赦せぬ怒り
に近い嫉妬。舞台裏では月を動かしてゐる。

 山焼のけむりたちゐき生花の瑞香花(ぢんちよう)しほれ、くだちつる日々。別
れはて、忘れはてたる友どちも、かげろふの間に面かげ見ゆる。

 眠つてゐる私のまはりに誰かが白墨で圓を劃(か)いた。構はずに動く
と漆喰の壁につきあたつた。引きかへすと泥溝があつた。鵝鳥が啼
いてるやうな。眠つてゐるわたしに温(ぬる)い手を感じた。 

三月三十日

蒼蝿(うるさ)きこと夛ければ東上望ましき
瑞香花(ぢんちょうげ)咲くや此の家(や)に蚊も生(あ)れぬ
放蕩(のらくら)の身に苦くて喫す烏龍茶
よもすがら沸りゐる湯にゆめ見ゐぬ

 仙蔵院主より来信あり。もつと深刻な顔をするまで云々の語ありき。
われはあまりに暢かすぎたる面わをもてるらしき。
三月十八日には中島と伊東静雄氏を訪れたり。原野栄二氏も来会しゐられぬ。
 出たらめな言葉をつヾる。例へば始めの一語が出たらめであり、
その次に来る語の如きは紙に表はれてはじめて驚くべき底のものである。

春雨やわが傘はあり他(よそ)の家
茅葺の一屋(いちおく)ともすおぼろかな
春愁(はるうれひ)云ふべきもあらぬ相(かたち)して 
梧桐の遅き芽立ちももどかしき
芍薬(しやくやく)は花芽をわかぬ赤にほひ
   岡部曹子いかにいかに

 Yの歌

たヾ一人我がたよる君つよくませな世の波風の如何に荒くも
あしたゆふべ我がいのるごと神いまさば君守りませさきく正しく
  こは縲泄[るいせつ]のくるしめなり。 

津の國の難波の春は夢なれや早や二十年の月花を眺めし筆の彩も
描き盡くされぬ数々に(歌(か)へすがへす餘波の大津絵)

四月一日 松浦悦郎を訪ふ

 眼は鶏蛋[チータン(卵)]の様に巨きくみひらかれ
 こゑにはいやな不協和音がまじつてゐた
 肉親の愁しみの中に彼は眠り
 眠りの中にも蝕むバチルスを養つてゐる
 哀歌を好まぬわたしは眼をそらしてゐた
 わかれ そのかりの別れが永遠を告げるかとおそれた
 天國への遅刻 何のそれが恥辱であらう

四月二日 上野芝 田村家

はるさめやさくらのつぼみかたりゐき
青芝や雲雀のとりの巣は荒れて

松の間ににびいろの海光りゐる百舌鳥耳原よあめはれをゐし[ママ]
ひんがしの葛木山をうす墨にこぬか雨雲ぼかしゐるかも
古の墓原くづし石棺をほり出せしとふ松は残れり
赤土の原よはるかにながむれば峰々かすむはるとはなりけり
何となくこころいらちてゐたりけりしとしと雨は松をぬらしぬ
きみませばきみとくらせばこの原の春のあしたも何かうれひむ
この原にきみと小き家たてむかヽるゆめ見るときぞかなしき

四月三日 今中博物学会卒業生会

四月四日 全田家 むかつくこともあり   ※

目上の人は詮方なしとは思へど

十年進尺寸
我們的時候児         ※
是不得信一個図讖説      ※

列寧指出。全世界上分成両個營塁、一辺是代表二万五千万人的統
治階級、一辺是代表十二万五千万人的被統治階級。統治階級与被統
治階級之間是絶無国界、或民族的限的。

四月七日 大東猛吉

梅、椿、しづかに咲ける山かげに君が館はありにけるかも
ゆうづきのほのかに人らすみわたるさまを思ひぬ梅ちるひるを
  わがゆきに
ひたすらにゆふべとなればきみおもふわかきこころはすぎにけるかも
家々に白き辛夷(こぶし)の花咲けりわがひたごころうつろひにけり
春の雨あたりをぬらしそぼふるにしばしくらしぬ物思ひもせず
芍薬の芽立ちくれなゐ愛しみゐき太陽光もなごみ来し日は
生こま山春浅ければ頂きの風さむきとこのぼりゆきけり
風寒き枯草原の起き伏しのかなたにひとは歩みゆきにし
赤松の木肌さむざむななめ日のてらす時来ぬひととほみかも
なげかへば雨雲くらき山原の小松の原に風わたる見ゆ
    一切空。寂滅爲樂。

四月十日 森中先生

一切の思惟をとヾめよ。時の流れをとヾめむに。

   ★あまた鳩のあゆむこのしづかな屋根瓦(ポオル・ヴアレリイ)

わたしの記憶もあそこにある
晝顔の花が閉じ開きしてゐるところで
僕(わたし)の肉親も眠つてゐるのだ
失つた時々をみんな焦[せ]かせか拾ひまはりたい位だ
脳髄をかむ入海の波
かぼそい脚で頭を蹴る鴎たち

   ★

あすこ 青銅の寺院の屋根に
たえまなく刺激をもたらす樹が育ち
小学生徒たちが歌うたつてゐる
一本道を手をつないでゆく(犬の尾が切断されてゐた)
満潮のあとの泥のつぶやき
秘密 秘密 そして僕の悪業は忘れられた

四月十一日 田辺

四月十二日 誠太郎叔父

四月十三日 夜 池田徹と上京

四月十四日 夜に入つて杉並区馬橋四丁目五四二 根本氏方に入る。
   新しい畳 東と南に開いた窓 本棚を置く壁あり。    ※
薄井は「死なせる」[※コギト掲載小説]で俺を「須藤」に昇華させた。
    感性の論理=破漸=半環

  ヨハンナ

汽車は轟々と入つて来た(と聞いて)
ヨハンナは手欄[てすり]にもたれてゐた
体の細さ 顔いろのわるさ
悪友の前にヨハンナを羞ぢた

凡ての虚栄をとり去ると
ヨハンナは俺には勿体なすぎる
俺の半球では彼女は異常に美しい
口髭のうすい處女だ

   ★

罪は贖はれねばならぬ
罪には罪 花には花
咲きつヾく罪の花 地の廣さ

 中島のコギト十二号の詩「神」
      硝子の向ふで誰かひとり食事してゐる
      ときどき皿やナイフの音をさせて
 僕のほうが旨いけど、これはぬかれる。

四月十七日 長谷川巳之吉氏、辻野久憲氏、岩本修蔵氏。

おぼろ夜の櫻に灯すころとなり
みなづきの若葉ゆかしきちまたかな
軽気球ひつそりと墜ち花くれぬ
鳰[にほ]啼くやこのひとゆふを命かな
松の間に衛士(えじ)の欠(あく)びと鳥のこゑ
菜の花はいづれ巷は夜の匂り
雲ゆきき白堊の雲にとどまりぬ
このゆふべをとめの衣(きぬ)に花ちりし
鳴る鐘をさがすあたりや店じまひ
水草に陽炎きゆる春寒の

四月十九日 保田の手紙。GAPP。唯心的と唯物的。

甘さと甘さ、質のちがつたそれとそれ。
北園克衞氏、岩本修蔵氏。

l´enfance [※幼年]
夕陽を背景にした巨大な肖像画
凛々しい眉のあたりに閃く銀刀
祖先の血を滴らしてころがつてゐた

   ★

國定教科書のサクラ
青いオレンジエードの中に埃
蛙のゐる壁掛

四月二十一日 Y。 古本を賣ると十三円に賣れた。   ※

魚達の氾濫で街は腥 [なまぐさ]い
苺が運ばれてゐる 急行列車で
海濱の避暑地に仔犬が生らされた
葉櫻の季節にも人は見えない

   ★

坂を馳けのぼると水が見えた
ペパーミントを盛つた杯と
僕たち口髭の薄いやからは果物
成人たちは女をからかふのに忙しい
葉櫻から毛虫が膝におちる
しやうことなく押し潰して──
欠伸してゐた 潔癖らしく

四月二十三日 岡田家、佐藤竹介君。

櫻の木に花が埃のやうに簇がつてゐる
水兵たちが楽器を喞へて上陸する
街の透明が倏忽[しゅっこつ]としてこはれる

四月二十四日 Yと「巴里祭」を看に[ママ]

※ Le 14 Juillet として、フランス語で革命記念日のことについて二十四行の抄出あり。出典不詳。

メルヘンの中で恋をする
ジヤンとジヤンヌのたのしさ
街の上の方まで灯がともり
鬼火がふわふわ漂ふてゐる

春の雷は舗石をぬらしてゆく
それから一組の俄か造りのこひびとたちを
彼等の靴の下は道が乾いたまヽなのに

赤川草夫氏
われはゆき子に邪慳なりき

四月二十六日 丸三郎 松田明 橋本勇 松本善海

鴿[はと]の来てふむわたしの記念碑
しづしづと脳髄に蛆虫が食ひ入り
わたしの頭痛は永遠に置き忘れられる
蔘麻(いらくさ)が生えてゐる わたしの掌に根をおろして

美しい空よ 凝視よ
わたしの瞳は天象を宿す
わたしの耳はエーテルを感じる
私の魚は盲目になる

ひそやかにひとびとが相談してゐた
太陽の動きがのろい午すぎを
わたしの追放は逃れられぬものと思はれた
古井の端で蔓草で編んでゐた
忘却の紙屑籠を

とびこえる
とびこえる
頑固な白頭を      ※
とびこえる
とびこえる

バラ咲く五月
園匂ふ若葉
ヨツトが梢に浮かぶ
ひるすぎの奏楽
テラスで子供が鬼ごつこ
バラの枝が垂れる
花をつけてバルコニイから
わたしのひるね
噴泉がとまるかと思はれた

梁呉均

 山中雜詩

  山際来煙を見る。竹中落日を窺ふ。鳥は簷上に向ひて飛び、
  雲は窗裏より出づ。

同 何遜

慈姥磯

  暮煙は遥岸に起り、斜日安流を照らす。一たび心を同じくして夕
  を賞せば 暫く郷憂を解き去りぬ。野岸 沙と合し、連山遠霧浮 
  かぶ。客悲自ら已まず。江上帰舟を望む。 

折楊柳歌辞 

  馬に上りて鞭を捉らず、反りて楊柳の枝を折り、[喋-口+足]坐して長笛を 
  吹き、行客の児を愁殺す。
  遥かに孟津河を看るに、楊柳鬱として婆娑たり。我は是れ虜家の
  児にして漢児の歌を解せず。

陳 陰 

 渡青草湖 

  洞庭春溜満ち、平湖錦帆張り、[さんずい+元]水は桃花の色。湘流は杜若の香
  り、穴は茅山を去ること近く、江は巫峽に連つて長し。帯天迴碧
  を澄まし、映日浮光を動かす。行舟遠樹に逗まり、渡鳥危檣に息
  ふ。滔々として測るべからず。一葦[言+巨]能航。

二十七日 多摩川へ遠足。池内教授、台北の吉村君。

おそ春の八重櫻咲く梢(うれ)見ればおほによどめり土埃ぞら
蛙のこゑをちかた小田にすだくめり若葉にしづむ埃たちたり
ならくぬぎうすむらさきに芽をふきぬをちべの水はかなしう光り
麥みのる四月をはりのかなしけれ魚ら血流し釣られてゐれば
魚らのをろかなる眼をみてをりぬ磧にあそぶ女(こ)らとひととき
むかふ岸に水かたよりて流れたり断崖の上は草青みゐぬ
若芽だつ樹々のむらがり壯(さか)りにてかの片丘はもり上り見ゆ
木々の芽にひとしほくらき御堂ぬち金色佛(こんじきぶつ)を師に示(み)せまつる
み佛ら閻浮檀金[えんぶだごん]に化現(けげん)まし佛顔(かほ)うき世めき形どられます
さきおととひ邪慳にもてなしかなしきせしをとめを思ふとこに遊びし
わがつひの世をともにせむをとめなり多摩の水示(さ)しちかひてし子ろ

五月四日 東洋史讀話会 白鳥、市村先生

先生は老来益々壮健でゐられる
コンスタンチノーブル わたしもあすこには
さう 一九○三年か四年にゐました
わたしたちの父のまだ母と結婚してゐない頃
わたしたちはシネマの旅愁を思ひ浮かべてゐる

華やかに白いテーブルクロスが拡げられてゐる
コオトレツトの汁で先生は髭を汚される
飛燕草やマアガレツトの蔭で先生の顔がしばらく見えない
先生は老人の咳をなさる 白い手帛がいたいたしい

東洋史 夜に和田先生。石田幹之助氏、岩井久慧氏。
池内岩先生の講演。   ※

五月一日 メーデー見に。橋本君、岸君ら。

五月二日 春山氏より原稿依頼。

五月三日 丸遊びに来る。

五月五日 辻野久憲氏。田園交響楽(ジイド)

  詩に

わたしとおまへの間にはとげとげした不和がある   ※
おまへはわたしの手をはなれると
牡蠣のやうな眼でわたしを瞶めはじめる
わたしには怪訝の情しか残らない

わたしが把へ得たと信じてゐたものが
曉の光と共に逃げてゐる
空しい敷布の皺でわたしは悟る
わたしの夜の間の自惚れの数々を
髪の毛が落ち散つてゐる
不協和音(デイソナンツ)の群をなして

暮春の碑 ゆく春やわれもむかしは美少年

五月七日 杉本一彦、小川俊郎、三浦治。

     夕方松浦死すとの電報に接し帰阪す。

雪はおまへの熱つぽい額を冷やさうと降り
ぼくらは小学生のやうに腕をかヽへて歩いた
おまへの咳は方々にひヾくので
僕は四辺の静かさに気兼ねしてゐた
それで咳を止めておまへは行つてしまつた
僕をかなしますのに残してをいて

五月の歌はたのしい 雄々しい
たとへば芽吹く楠や 紅いすかんぽの花のやうに
そこをおまへはさまよひ到頭逝つた
咳[しわぶき]ながらむせびながら
茫漠たる天の階段をのぼりのぼつて

あけぼのの光のなかにめざめゐぬもの思ふべう[ママ]あ[吾]は残されし
ひとすぢにあゆまむとしめし野の道をその足跡も消しつヽゆきぬ
華やかにひとびとはなれを哭くならばあれらをのこしゆくもうべなふ

五月八日 葬式

斎藤さんや、水泳部、原田、西野、吉長、坂ボン、ペコ、田、西川
中島、川崎、白井、松下、生島、安田栄次郎、杉野、

  弔辞よみかき

五月九日 戸田氏、父。夜、上京。

月光の下に海への道がある
人の子ひとりゐない
桑の葉がぬれてゐる

五月十四日

ゆふぐれに子供たちの出てあそぶ僕の窓がある
子供たちは愛情といふ一つのことに敏感すぎて
僕の邪慳をとつくに見ぬいてゐる
僕の窓帷(カアテン)を降ろせ 僕の手帛をふることを止めよ

   ★

外で香水の匂ひがしてゐる
外にスリツパがぬぎすててある
外に出る 何も匂はない
スリツパも消え失せてゐる
僕は敬虔になる 内なる神よ
外の悪魔よ

五月十六日

夜の二人での歌(エドアルド・メリケ)。松浦悦郎の思ひ出に。

女 いともなよかに 夜の風は牧をかすめ
さやかに音たて若葉の森をはしりぬけぬる [※未完]

五月十七日

菜園には虹が立ち
晝の雨はアポロの額に消えて行つた

海の見える前庭の晝食(ひるげ)
尾をふる犬らと子供と
潮くさい風とを皿にのせ
母の懐ひに胸つまらせてゐた

庭は豊かな匂りもつ花々に埋れ
雪の積んでゐた庭はもうない
子供たちはかけまはる
花をふみちらし驚かせ──
大人になつた僕を欣んで見てゐる

☆☆☆

アジアの地図を指で料理つてゐる教授
多倫諾尓[ドロンノール]ここは食へるところ
戈壁[ゴビ]ここは砂利だらけ
新疆 虫が巣食つてゐる
青海 膓(はらわた)が腥[なまぐさ]い
剖分[ふわけ]は出来上がつた ナイフだ フオークだ 大きな皿だ

眼がさめると明るい晝が来てゐた

 汽車のとまつた駅の外では何か紅い花をぬらす雨がふり、音なくものみ
なを光らせてゐた。僕は 子に眼をおとす。ゆふべの頁のつづき。ゆふ
ぎり、霧のおりてゐるプラツトフオオム、それらが疾過して行つた。雨
は大降りになりはじめたらしい。やがて海が見えてきた。

五月十九日

そのものと関係なささうにひとたちが流れてゐる
わたしはそのものを知らない
ただひとつのものであるらしいことが わたしを震はせる
身うちがぞくぞくする

婚禮の鐘が鳴らされ
けふはじめて邸中に燈りのついたことのうれしさに
犬たちは庭園を走りまはる
子供たちは寝床へ追ひやられ
食器の音に耳をかたむける
大きな菓子を切る洋刀を羨むあまり
敷布を暑くしてゐる
素馨(ヤスミン)と接骨木(フリイデル)の花ざかりの夜なか   ※

五月二十一日 米田巍君

まつかに眼を腫らしてゐたみんなよ
生きてゐるぼくの友だちよ
死んで了つたぼくの友だちを泣くために
ここ 葬場に鳥のやうに虔(しづ)かにゐるのだね

五月二十日

 今中会

美の家 小原 小川 松本 倭
僕ひとりが憎まれてゐる
永遠のままつ児
矯傲の性をかくせどもあらはれぬ

五月二十七日

ガラス戸を越して木が見える
子供たちの攀ぢてゐる木で
一面にまつ白な花が咲いてゐる
ぼくは熱を病んでゐるので
ゆふがたの空の冷さが快い
子供たちの歌がぼくの木をもゆすつてゐる

   ★

ぼくらを呼んでゐるこゑ
會堂の尖塔にゐる鳥たちのかしら
垣ねを破つて竹の子が出てゐる
まだ御用はありませぬか

   ★

ヒドラはふるへてゐる
汚い水溜りもつつじの花を映すのに美しい
鯉や鮒やみな自分の場を占めて
一萬年前の哲学の書をひもどいてゐる

   ★ A Fuyuji Tanaka

黎子に見せてやりたいのはわたしの田舎の館
若葉に埋れた山ふところ
ラムプをともすゆふがたに鳩の啼く谿間

麥の間の街道の埃もしづもり
青い木々や草々の匂ひにつつまれて
わたしの弟や妹たちが帰つて来る
向ふ脛に生傷をいつぱいこさへて
小いのから順々に蚊の多い床につく
僕はそこで黎子への手紙をかく
田舎はさびしいと

   ★

知らないひとに足をふまれた
その多様な愛撫の仕方で
都會はわたしを狂はせる
鉄や鋼でくすぐつたりするのだ

   ★

植木屋がこさへて行つた庭潦[にわたずみ]を
取巻いて紫の菖蒲が咲いた
紅い鯉と黒い鰻とに
星が墜ちて来る 幸せなど
植木屋に負ふ所が甚だ多い

五月二十八日

わたしの隣には絶望が棲んでゐる
わたしは庭に孤独の花を咲かしてゐる
わたしは高ぶつてゐる
わたしはハリネズミのやうに刺す
しかしそれが何であらう
わたしの針は今みな折れて了つたのだから
わたしは絶望の顔を見る
シヨツパイ泪が湧いて出る
わたしはもうわたしを見ない

五月三十一日

村と村との間を縫つて河は流れる
蝶々が水草にとまる
蛙は棲まない
僕は橋で河と交渉を保つ

瀧川問題、東大にも。 長野の結婚。[※長野敏一]

 昇降機

天鳶絨[ビロード]の階段は置き忘れられ
ひとは鋼鉄製の檻を愛用する
造山作用はかくて成立するのだ

胸に蝋燭を灯すぼく
ミネルヴアの祝祭のために
智慧の洞穴から梟を飛び出させ
手品はもうおしまひですか

シロツコはどこから吹く
あちらこちらに飛ばされる蝶よ
室々の玻璃窓毎に花鉢をおき
室内では紙屑さへ動かない

十二時が来る
杜鵑[ほととぎす]が啼く
森はひとねむり
太陽と重なるので

麥は熟る 黄金色の髪の毛と
夕陽にもえる家がある
もつときつい火炎の森たちよ
子供たちが帰つて来る いろんな彩の着物着て
そこで五月の祭りが終つたのだ

常緑木にまじる芽出し楓の紅へ
自動車の吹き上げる土埃の中に
虫たちが死んでゐる

六月一日

 喫茶店

輕気球を浮かした空からは
石竹の花束が降り
海からは塩の瓶が来た
和蘭陀風の画縁では
絶間ない溢れを防ぎ止めてゐる
さて木の葉のオレンヂエードを
人々はパイプから吸ひとつてゐる
煙草には地峽の悒鬱がこもつてゐたのだ

六月二日

坂のつき当りには薔薇の垂れ下がる蔓に一杯のバラの花
茂みでフイロメエレがないてゐる
空は驚くほど近い 饗宴がそこでもたれてゐる

六月三日

 悲劇(喫茶店改作)

かぢりかけの幾片かのソオセエヂ
塩の瓶に並んで石竹の壷
くすんだ銅板画の中で人が釣してゐる
凡てはテエブルクロスの線より上にある [※ 銅板画のスケッチあり。]

六月四日、五日 母妹。

妹から小遣ひを貰つた!!
六月七日 Yと。
六月八日 北園氏を訪ふ。留守。
色褪せた髪の毛もつ人のねた
寝台車はいま動く
ひとびとは集つてゐる その人の生死を知りたさに
腥い潮風が吹いて来る
日はかつと凡ての上に熱い    ※

六月十日 薔薇の鉢植を買ふ。けふは土曜、火曜日までに萎れないやうに。

六月十一日 はせを[芭蕉]の夏

※ 寛文、延宝、天和年間として、芭蕉の俳句四句抄出。
※ 貞享、元禄年間年間として、芭蕉の俳句四句抄出。

六月十一日

  自轉車競争(イヴアン・ゴル) ※ 訳詩。

32人の世界選手!
青、白、赤の虹が
正午を照らす
廻れ!
子午線(ミリデイアン)の黒い軌道(レエル)を廻れ!
廻れ ヨーロツパとアジアとよ![ママ]
あなたのためにみんなはまはる あなたのためにぼくらは祈る
時計の文字盤(カドラン)
工場の調帶(クウロア)
緑の日傘
富籤(ロテリイ)の大きな輪
まはれ まはれ 奴等のために!

最後の一周(ラウンド)
銅羅(ゴング)!
太陽は一輪車の上にさしかかつた
競技場はふるへるゴム輪のやうに
ベルギー アメリカ! 太陽!
まはれ ベネツト杯のために
一生懸命で

六月十五日

赤い煉瓦の建物の肩で
空は雲をちぎりちぎりしてゐる
紫陽花などの花がしめつぽい
外國人の少女が降りて来る
その坂の傾斜は大したことはない

×

不幸の豫感を感じない
海には親しい山には畏れる
ヴエランダから見る海は歯を剥き出してゐる
僕の松林を洗つてゐる
歯が歯ブラシにあたるやうに

   ★

マノン様お風邪を召しますよ
いいからほうつておきつてば
薔薇の花は馨りロツシニヨル[※鶏]は啼く
あの人はまだ見えない
緞帳で月がのぼる 蟾蜍[ひきがえる]を啼かす役も忙しい

   ★稲垣太郎氏を見送る。藤原義江も中山正善も。

ちようど よござんした
直ぐそこに見えましたね
汽車の動いた後でお婆さんたちが云つてゐる
僕のお尻の辺りで(何にも見えはしなかつたらう位 背が低い)
送られる人 息子はおん年将に五十一才の海軍将官

   ★

ユウゲントを捨てちまへ
その雜事を凡て嫌悪する
後に何が残るのだ
カント式の消化不良と
ノヴアーリス式の小児的性慾とか。

六月十六日

  時計(イヴアン・ゴル) ※ 訳詩。

時間は凡て塔からころげおちる
水晶の翼は街路でくだけ
絶望した天使 永遠の自殺

凡てのモンブランから時間は飛下りる
人間のために作られた氷のやうな永遠を
僕らは點眼器でのむのだが
  毎日毎日

毎日毎日奴等は僕らをくり返し殺す
走らう 走らう!
何処へ?
  毎日毎日

乗合自動車(オオトビュス)はケンタウルスのやうにセエヌを過ぎり   ※
ブリユツセに急行はきちんと七時十二分には出発する
明日の朝 ギヨロツテイーヌはオウロラの首を断り
取引所は正午に開くことだらう
地球は廻る 神様の自動車の五番目の輪なのだ
天使はむだに自殺する
暴行は不滅に残るのに

  アカシア

夏は爆発する
アカシアの砲彈だ
誰に投げられた?

僕を滅ぼす無数の心
億萬長者の友だち
どの葉もみんな囚はれた希望
どの鳥もみんな忘れられた苦しみのかずかず
ああ 歌へ

風はゆるやかに世界をゆする

  アルプスの小い三部曲

  1、谷

草原で
勿忘草をつむために
足をぬらすのです

李の木が
その涙の菫の花で
センテイメンタルにします

金髪の娘
牝牛たちがゐます
静かさ 永劫の愚かさです

  2、峰

僕は紅い心臓が礫に対して撲りかかるのを感じる
僕はギンギン屋のやうにそれを開き
みんなに一つづつやるのです

僕の魂の 空は
曇です       ※ 未完。

六月十七日   《文學6》
          《火の鳥》山川弥千枝遺稿集

Mademoisells dioine!         ※ 神聖
Mademoisells blue-blanc-rouge!    ※ 青-白-赤[トリコロール]
Mademoisells pleureuse! 
Mademoisells qui rit souvent!    ※ しばしば避ける 
J’aime vons! ※・I love you 
Vons tes ma bienaim e ternelle!  ※ 永久の恋人 

限りなく愛するそなたさま
水晶の翼を羽搏いて
天橋を辿りのぼられる方よ
虹のやうにそなたさまの足跡は輝き
汗は硝子の管のやうに光るし
吐息は六月の風のやうに匂ばしい
海が見えるでせう 泪をためたお母さまとも

十八日

見せてよ 見せてよ
蔦の葉たちは太陽を見ようと
押しあひへしあひしてゐる そこで
葱くさい噫気(げっぷ)をつきながら
閥から太陽が出て參る

   ★

私は戰さの先頭に立つ旗手なのでせうね
それとも家にあつて守る門衛なのでせうか
どちらもお嬢さんから遠くかけへだたるので

  シンガプールにゐるやうに(イヴアン・ゴル) ※・訳詩。

感受性が足りぬので
感性的でゐませうよ
それでは恋人でなければいけませぬか?
山や谷を愛するには

とりでの上へ
蒲公英[たんぽぽ]つみにゆきませう
歌うたふやうな天國は
まづないのです

なさけやこころが足りぬので
毎日恋をせねばならぬ
恋や苦痛といふものは
新嘉波[シンガポール]でも買はれるのです

別れに泣く方には
僕は葉書を出しませう
感受性が足りぬので
感性的でゐませうよ

  目覚まし時計

夜 噴水は錆ついた
煙突は葉巻のやうに燃えて跡かたもなくなつた
大聖堂(おてら)で 宝石の寝床で
天使たちは星の南京虫にかぢられる
子午線のもつれをときたくても
どこに糸口があるのだらう
地球の獨樂は誰が廻はした?
空の漆喰は粉砕した
田舎へゆく道は螺旋状で
空間のどこへ向いてゐるかさへわからない
牡鷄はもうお助けを呼んでゐる           ※
女郎屋を出しなに化粧した太陽は
大草原(プレエリイ)を千鳥足で歩いてゐる
無邪気な川は歌つてゐる
人間だけはまだいびきをかいてゐる
目覚ましの精が活動力を鈍らせたので

六月二十日 アルクイユのクラブのパアテイ     ※

  a A Kondo  (※ 近藤東に)
  A Mlle A.e. (※ 江間章子に)

扇はあなたの掌で馨つてゐた
素馨とそれは申します
あたいはお腹を通[こわ]してるんだ
靴下に石ころが入つてゐる
軍艦かも知れない

   ★

アツサンスウル[※靴]を用ひない
紳士たちは
把手(ハンドル)を廻す手は銅の匂ひがするので
手帛が墜ちてゐる
ふみにじられたそれは獸のやうに醜い

   ★

あたいは世間が淋しいのでお酒をのむ
一昨日から両世界評論が休刊したので
ストロンボリの再噴火も昨日まで知らなかつた
あたいはみんなに見棄てられた
バルコンの下で月光に地中海がちぢれてゐる
バグダツド・カイロ急行が月の下から出てきた

六月二十一日 辻野久憲氏

六月二十二日

   水の腐つた池

それは黄楊の株に囲まれ
藻の花のあひまに睡蓮が浮かんでゐる
たとへニムフがゐるとしても大変泥臭い
向ふ岸にお神の鳥居さへ見えてゐる

六月二十三日 本位田来る。

六月二十五日 Y 

  a tontes les meres et mers (※凡ての海と母に)

海はピアノの低音部の鍵盤
誰かが倦まず叩く
海は貝殻の鑛床
死骸になつてひとびとが運び出される
海は母への愛慕の象徴
そこで凡ての女は髪を濡らす
海への道でひとは哭く
かずかずの思ひ出がみな思ひ出されるので
海には山が迫り海のいろを染める
大変青い さうして心配気だ
ネプチユウンを巻く海蛇を見るのだ
                         Ich wurde Vater!

  A Shuzo Iwamoto (※・岩本修蔵に)

この世紀は皮肉なので
あなたは芭蕉をも知らない
梅雨と啼く嬰児とを
蝸牛たちが運び入れる
陋巷に花が光つて咲く頃を

   ★★

彼女は塩つぽい、塩の泉をもつてゐるので
彼女は脂粉をきらふ
天瓜粉[てんかふ]をぬるのはあせもを防ぐため      ※
それも味へば塩つぽい

  六月二十七日 クラス会 神楽坂 紅谷、 橋本、山口君。

  六月二十八日 川久保君

煩瑣な学問は捨てねばならぬ
いつか何の本よりも櫻桃の方が美しいと思ひ始めた

×

病院から子供をしよつた奥さんが出て来る
外は雨降りで高下駄の歯を鳴らして

×

アドニス アドニス 潅木林でこだまする 鏡は山間で澄んでゐる    ※
時々そこを横切る人影がある 海 それも懐かしい それらが一つ
となる時 帷のやうに怨恨は引かれてゆく さうして果てしない夜
が来る

六月二十九日

 碧潭に釣りを垂れるわたしに
 渦巻き流れる過去よ

七月一日 本位田昇来らず。

七月三日 本位田、丸。 船橋。

七月四日 國府台。

  朝刊 ※・訳詩 

巴里の風見鶏は鳴りひびく
おお 花崗岩の大艦は
そこで月が星の蝿めらを見張つてゐた・・・
蜘蛛の巣の繋索を断つた
自由
ゴシツクの塔はバラ色の風にゆれてゐる
その鐘たちは空の陶器(セトモノ)を破つてゐる
天使たちは眼をこすつてる

慄えてゐる修道院
廊下の部屋たちはこわがつてゐる
カフエ・オオ・レエの熱い匂りを──
キリストはズボンの釦をかける
可哀想に 起こされた一番電車は
窮屈にコルセツトでしめられた少女たちと
舞踏会の一番後の婦人たちとを待つてゐる

大きな熊がセエヌ川をかちわたる
だけど燕はもう
空のフライパンで躍ねてゐる
カフエピアルは眼ばたきする
大白鴉の停車場前で
階段のまはりを周つてゐる
「マタン」と「ユマニテ」新聞が

重い頭は地下鉄(メトロ)でゆれてゐる
避難所(アジュル)にでもゐるやうにそこで身体を瞶[みつ]める
その瞬間に
とてもちぢれた頭が
(第一頁の寫眞)
刑務所の背ろで転がる

哀れな虜よ!
だけど僕らの小さな麺麭はバタがついた

七月五日
七月六日

まひるユンカア機は墜ちるところを
娼婦たちに見られた
海風の吹く砂原に
ユンカア機は玩具のやうに壊れてゐた
しどけない女たちが集まつて来て見る
血みどろの飛行士を
(彼はもう肉塊をつつんだボロと云つていい)

   ★

白鳥たちは生れてゐる
あちらの沼で こちらの池で
花が咲く 地は暑い
ゆふぐれ かなかなの啼く時まで
太陽は死ににゆかない

   ★

七月九日 夏

梧桐の木蔭に喞筒は錆びついた 青く塗られてゐる
街道を遠く金色の棺車がゆれてゆく
埃が噴水のやうだ

   ★

懸崖の中途に紫の花簇
筧がある つららが滴つてゐる
雲は覗いてゐる 苔生(む)す岩のあたりから

   ★

崖錐が発達してゐる
粘板岩に植物は生えない
この地帯の生物として兎
雪溪に足跡をつけてゐたので
途は極まる如くして盡きない

   ★

宿の畳に のある松の種子が散つてゐる
(けふ越えて来た峠では蜩が鳴いてゐた)
紫陽花の蔭で燈籠に灯が入つた

七月十一日

  旅への誘ひ (l´ invitation aux voyages)

蓮池は涸き切つて 泥に人の足跡がついてゐる
鵞鳥が漁つてゐる 陸の眞珠貝などを
蛇が埃まみれになつて街道を横切つて行つた

   ★

七月十二日

汽車が止まると駅の外は落葉松林
鳶が舞つてゐる 蟋蟀が鳴いてゐる
旅情を下ろして汽車はまた動き出す

   ★

谿に白いのは あれは百合
田舎ゆゑあのやうなボンネをかぶるひとはない
風の中に蝉が啼く
とても勤勉な樂手である

   ★

夜は蚊の群になつて一しきりぼくを悩ますと
入れ代つて曉がくる
雀の合唱團の午前四時
蝉ももう鳴いてゐる 鷄が目をさます
ぼくの眠りはやうやく深い

   ★

熱帯植物も暑さに首垂れる
そのやうなひるすぎ
雀が泉水に来てゐる 乾いた泥に
その小つちやな足跡をつけに

七月十五日

七月十七日 Y、関口、丸、友眞、池田

七月十八日

  雷

ケンタウルスたちがいがみ合つてゐる
蹄から火花がとび散る
吐く息は熱くるしい
やがて和解をもたらす眞青な雨が降つて来る

  國境

海から吹く風は腥い
帝王の玉冠と風にふかれる旗たちをなびかす
馬車などは白墨の線で止まらされる
巨大な差伸べられた腕である

  象眼

窮屈に宝石たちは押しこめられてゐる
大理石の匣の外側に
さてその中ではサロメたちが眠つてゐる   ※
白い敷布や花環などを
血の宝石で象眼して

  ノヴアーリス 夜の讃歌 2

朝は常に還つて来る筈のものであらうか。現世の勢力(ちから)は永久に終
らぬであらうか。邪[よこし]まの営みは夜の天上への飛来を無くして了つた。
愛の神秘の犠牲(にえ)は永久に燃えぬであらうか。光明は適確にその臨終
を迎えた、しかも夜の支配は果なく無間[ママ]である。──眠りの継續は
永遠である。聖なる眠りよ、夜の秡ひ清めしものを、この現世の日
日の行事の中に全けく幸せとならしめよ。

七月二十三日

黒い晝顔の咲き凋むところで
あの歌が僕を震へあがらせる

もう二度と見ない
夕曉空の下のあの影を

蜩たちの啼き止めたあとを
そんな歌ごゑがぼくを取巻くのだ

七月二十七日

  灰色の陸

たそがれてゆく夕曉空の雲は
さびしい陸を脅かしてゐる
かなしい笛をもつた男のやうに
秋は世界を通つてゆく
おまへはその近づくのを知り得ない
そのメロデイーもききとれない
だけど 蒼く色あせる野の中に
おまへはかれらを感知する (シユテフアン・ツワイク)

桔梗の咲く高原から白樺の葉書をよこす友だち
蒼ざめた弟と歩く路には露が深い
フオルム・フオルム 聳える山にも襞が透きとほつて見える

  春の樹木 (ツワイク)

方々の樹木はどうして蒼い
空をその梢で塞いでゐることだらう
このざわざわなる緑の雲たち
その間にまじるこの火花 この白いのは
暗がりからもう萌え出た鮮しい
花かしら それとも星なのだらうか

空に唇をいまつけてゐるものこそ
あのさびしい冬の日の
蒼ざめてゐたものとほんたうに同じものなのだ
それをぼくらは幾度もあこがれて眺めたものだ
その幹が春の近づきを
示してはゐないかと

慰[や]る方もなく枯れて空つぽの桟敷を
彼等はいつも立つてゐた そしていま胸を
呼吸(いき)づきながらおせじいふ風の中でゆりうごかしてゐるものが
秋の日に 涙のやうに蒼ざめた
黄色の葉を落としてゐたものと
ほんたうに同じもの 一つのものなのだ

  夕暮の哀愁 (ツワイク)

夕暮の哀愁よ なりひびくもののねよ
くらやみのたましひよ 青春の親友よ

夕暮の哀愁よ 慰めいふ悲痛よ──
わが孤独のやさしい遊び友達よ

夕暮の哀愁よ ざわめく涼風よ──
夕暮の哀愁よ ああ おまへをわたしは感じる!

甘いものを含んだ暗い唇が
いまひそやかにわたしの唇に降つて来た

やはらかな腕が やさしくわたしの顔を
撫で わたしを全く

もうおまへの哀愁の情に身を委ねようと
まちかまへる快さに震へさす

七月二十八日

ぼくの上を草や木が覆ふ時
幾枚かの紙屑が残る
それを友だちは知性のないぼろぼろのつぎ合せといひ
見知らぬ人たちはいつそ白紙のほうがましだつたと怒るだらう
みんな金冠をつけ勲章を佩びて

七月二十九日 帰郷 薄井 肥下

七月三十一日 船越 伊東 中島諸氏

八月一日

いま他人らしくわたしを瞶めるこの街が
わたしを生んだふるさとなのだ
その証拠を邪慳な仕方でそれは見せる
たとへば大きらひな幼い時の喧嘩友だちや
きざな同じ語をつかふ男の姿で
それからまたうるさい肉親のすがたや心づかひで以て

   ★

  チユーリヒ湖畔のアルプスの光 (ツワイク)

この窓の框[かまち]の中に黄金の風と光に
俄かにしのびよつた姿を誰が呼んだのだらう?
しづかにそれはわたしを呼ぶ そしてもうわたしは名を覚えた
それは秋だ そして別れを告げようとするのだ

晝の中空にあつた峰々は
いまま[間]近く己々の光のなかに輝いてゐる
ああ ここでいつも同じく感じさされる明澄の中に
もう過去と廃墟の一部とがあることを

そしてまたも一度ひそやかにいつもの如く
夕ぐれの路を谷間へと下りてゆけばよからうと
そこでは秋に夜々が早過ぎるから

そしてまた西方の火が窓から迸り出る
家々の外が暗くなる前に
夏の日を胸の中に見ればよからうと

   ★

    あさか山蔭さへ見ゆる山の井の浅き心をわが思はなくに(古歌)
たそがれてくれなゐばらのにほふ園をとめは去りぬほのにかげ見ゆ
をとめ子の衣のにほひとくれなゐのばらにほふそのさりゆきがてぬ
ゆきずりにきみがはだへのにほひしをふとも思ひぬゆふべにあれば

   ★

八月二日 雨

  冬(ツワイク)

神様に 大空高くさすらふ風の上に
枝々は凍へる腕で祈る
おゆるしを おゆるしを
ああ ごらん もう春の準備(よそほひ)が出来てるんだよ
いま 白い悲哀の中に再び雪はふりしきるが
それでも はや血の中には花が咲く
ああ そなたの永劫の熱情の
春の息吹を賜へ
そして鋭いふる雪を避けさせよ
われらの花から。 それは花を痛ませる・・・

八月三日 船越章氏

よすがら溪の音を聞く
わたしは脈膊をおそれるゆゑに

百合の花冠を徽章にした古王朝を
血みどろの戰車が牽いて行つた

すべて過去(こしかた)の雄叫びである
いま鳩はわたしの手に握られてある

   ★

青い砂地に僕たちは山をきづく
巍然とそびえたそれは何より嚴しい
僕たちはユウゲント[若さ]をもう持たない
心臓は凝つた汚血の塊である

八月七日 神戸出発。 本位田、父。   ※ 台湾旅行出発

岩壁の花々
へばりついてゐる

   ★

鴎がはばたくのは夜を招くため
藁束が浮いてゐるのにとまる
燈台

   ★ 

縹[はなだ]色の海──暮れ残る
海岸の砂地が白い
すべて花
虹を発射する落陽は雲の下に

   ★

永くひく船の笛
波を切る音は勇ましい
甲板のあひびき 風に髪が
燈台 油のやうに流れる潮

   ★

海風や明石の浦に日は翳り
夏草の折れて流るる海の澳(オキ)
海の藻に別れのこころのこしけり
雲ゆききと見る間にうつる島の群
鴎どりとびうをと海めづらしき
白魚を棲ますこと海いくばくぞ
潮路やかよへるものに似しことよ
夕日かげ海に五彩をながしけり
燈台におちかヽる日のかげを見よ
雲立つや陸路汗ばむ百合の花
夏の日は潮路にくれて星いでぬ
左舷紅燈に星とびかヽる曲り舵
潮の香を浴衣にのこしねむるとす
どんよりと曇るや海の魚の眼も
三十里来たりしほどは何も見ず    ※
命なりきみがかひなは沖の底

八月八日 門司

家たちの這ひあがつてゐる山
こちらは何と雲の夛い山

   ★

海丹 鳳梨 [オンライ] 朱欒[ザボン]
街で拾つたのは西洋婦人のボンネ

   ★

雲と波とに追つかけられてランチで上陸する
江間章子が花をむしつてゐる
近藤東の水平線は大変明るい

   ★

次第に街の辻の高度の上る港町
七夕の翌日で色彩の夛い竹の枝が
色どる横町で子供が坐つて用を足してゐる
アフオリズムを見つけに歩く
大変退屈である

   ★

これはみづ みづなのよ
鴎はそんなことを云はない
あの人の眼を見ろ
睫毛だけで他人をにらめつける

(フリマ フレー グーフル グーレー ムイヤージユ ナツセル)
濃霧 傭船 瀬戸 港口 投錨 小舟

(リヴアージユ ローシエ タンペート テイエモニエ テイランドオ ヤツク)
海岸 岩礁 嵐 舵手 吃水 快走船

(フアール ナツプ クウラン アラルム シヨセー フアレーズ)
燈台 水脈 流水 警報 堤 絶壁

(マルスワン パノー ラドマレー ヴオアリエ フイヨール エカイユ)
海豚 艙口 海嘯 帆船 峽湾 貝殻

うしほ路やひねもす海の草流る

船は貧乏ぶるひをつヾけてゐる
闇の中で飛魚の幾匹を驚かせてゐることか
船尾の甲板には犬を四匹に首振る馬を二匹飼つてゐる
さうしてその船尾はうるさい動揺がもつとはげしいのだ
やつと見える燈がゆれてゐる
すべて水平線なんて語はあり得ない

ひと島はひと島送りゆふくれや
ゆふくれのわだ中に船とゆきあはず
ゆふけむり平き島がありにけり
日は雲に岩礁とほき水けぶり

右、壹岐、對島。 左、平戸、五島。
わだ中の道ひとすぢをゆくところ

八月九日は、晝日海路縹茫たり
夜甲板に出れば星斗闌干たり
些かsea sick気味で頭痛がする
三半規官
子供の夜啼きうるさし

八月十日 アシンコード(彭佳嶼)

  基隆(キールン)島 燈台守のハナシ 

 基隆港

断崖と[舟+山]板(サンパン※はしけ)のむやみに夛い港
戎克[ジャンク※はしけ]もゐる 砲台が顔を出してゐる草山
八尺門といふ海峽のこちらは社寮島
赤い旗ひるがへる海水浴場

キールンから台北までは
岸壁?基隆?八堵?五堵?汐止?南港?松山?台北
羊歯類の大きな葉の見える草山
水牛と水牛使ひの少年
鵞鳥と家鴨と白鷺と台湾ガラス
(白鷺は実に夛い)
ホテイ葵の紫の花に木槿 双思樹
ガジユマルの気根
廟の屋根はそり反つてゐる(あまり熱いので)
本島人の家の入口には聨[れん]がかかつてゐる
總体に色彩が夛い(丹・碧)
墓が見えた 田圃の中の草生に開口して    ※

大屯山 七星山 観音山
双思樹の並木の蔭で油賣つてゐる人たち

×北門町一三 榕樹館
夜 台北の散歩

八月十一日 台湾神社 紫色の晝顔 
         [※ 市内の看板言葉の抜き書き、及びおみくじの文句あり。]

  動物園
鸚鵡「カステラ! カステラ!」

伽陵[歩+鳥]呵[かりょうびんが]、鶴亜目秧鶏科、雨傘蛇、台湾コブラ
                山崎克雄君と
  水源地

佛桑花の花は紅い
淡水河の瞰える丘に蝉の声をきく
新沾街にゆく輕便鉄道
かつと暑い陽かげ 渇くのど
双思樹の枝を折つた
  植物園
ドイツ少女が馬にのつてゐる
とても下手だ
すばらしく綺麗 髪の毛がふさふさゆれてゐる
瑠璃茉莉 紅茉莉 檳榔樹 大王椰子
風船かづら 椶櫚のたぐひ とても暑い植物ばかり

明菓 木瓜(モックワ※パパイヤ)
   夜 尾崎秀眞翁
貝の文化 殷墟発掘の貝貨 秦の銅貨
東夷島夷(書経禹貢[しょきょううこう]) 台湾六千年史を書くと
       ※ 象形文字のスケッチあり。

八月十二日

大稲堤
豚の油 汚臭 喧燥 龍の落し子が乾されてある 蛙 亀(スッポン)も
蛇の黒焼は口をあけてゐる二三十本の棒
鹿の腎 鶏の骨
海仁草
人形の首をつくる人
刺繍をする子供
錠前をこさへる職人
鞋 台湾服

賣小翁
  向吉凶何事?
  南方旅行! 田中克己二十三才
  往東南方吉貴人有平安得財八月二十外去吉

城隍廟
  謝将軍痩長 城隍翁
  范将軍肥短 城隍娘々
留心火車往来

Mlle謝氏琴、M陳、王、黄、翁、康、射、鄭、張、
陳氏玉鳳 康氏純錦 支那墨 支那筆
          芥子園画傳(六五銭といふ)
          頸飾 支那扇 台湾酒 公鶏 米酒

  花 (シユテフアン・ツワイク)

春の一番初の日の
少女たちはとてもすばらしい
まだ彼女たちはそれを云ふすべを知らぬけれど
花をかざしにその髪に
冠のやうにさしてゐることを覚[ママ]つてゐるから

かそかな風のヴアイオリンの音に
彼女たちは春の祈りへとさまよひ
あこがれの心が彼女たちの胸に湧き
それが彼女たちの蒼い夢のすがたを
夛くのあかりで吹きとばして了ふ

そして凡てのものへの鈍[ママ]くさな渇望が
彼女たちの身体に一つの官能を与へる

養魚池のにぶき光もくれにけり
たそがれは蚊食ふやもりも啼ける宿

夜公園で音楽を聞く

法院へ行つてる人
 台湾の花には匂ひがない
 老人は内地へ帰ると死ぬ
 永くゐると色艶がなくなる
葬式 婚礼 法律の話    ※
八月十三日 台南まで

 茉莉の生墻、木瓜(パパイヤ)の木、バナナの林、甘蔗の畑、北部は早苗、   ※
南部は収穫、夾竹桃の駅、鳳梨(オンライ)、パナマ にするタコの木、濁水溪、
大甲溪など露出した石原、断りたつた河岸、木生羊歯、
 安平 玉簪花をもつた老嫗たち、龍眼肉たべる児どもと一しよのバス。
 廃港を彩る緑珊瑚。養魚池(ギョオン)で魚が跳ねてゐる。塩田のにぶい光、
一掻きごとに光る塩の結晶。やもりが啼く、蚊を喰べに出る、垣根
にもはつてゐる。鷹を飼つてゐる主人、木麻黄の防風林、この家の
庭にも。千日草が多い。億載金城の方、電柱。含羞草の原。破れた
垣、菊面石の垣、水上警察の柱は仁と白のだんだら染。夕日が反射
する。城郭の養魚池にせまつてゐるところ、砲台。墓山。小石かと
見えるのが墓、そこにもゆふひ。七鯤 は連つてゐる。汽船の燈、
廃英國領事館、つばな、拔門がゼーランデイア城から。ユトレヒト
砦(製塩会社を見学)蘋菠(ピンポン)の果、パパイヤ、愛玉子(オーギョーチ)。 ※

十四日  別れを泣く隣の子

西[帝+龍]殿
 西望鹿耳南鯤身威靈赫濯
 龍躍禹門廻大海呵護紺宮
広済殿では虎嘯き、龍吟じてゐる。
文朱殿 日龍殿と反りかへつた甍のお廟の夛い街

 菩提樹(ゼーランデア)の白い葉裏。史料館の女の子いふ、城壁に気根の這つてゐ
るのを台湾松と(榕樹)。パパイヤの花、檳榔しるで歯を染めてゐ
る老婆(台湾では車夫が)、紫のひるがほが運河に。
 こヽを出るとお葬式。花車(二○台位)子供が曳く。
    奠物(女の子供がもつ五つばかり)
    位牌(祖母のらしい)
    喪主(麻衣で、顔をかくす)
    附添ひ、腕をとる。
    男の親属(白衣)
    女(車にのり覆面)
 泣く女もゐるらしい。

文昌星・女の子曰く。孔子様より前に文学をつくられた人。顔が
みにくヽて用ひられなかつたと。

関帝廟(武廟文衡聖帝)

 二輪加芝居、老役一(青衣)、二枚目(書生風銀色の服)、女(娘)  ※
       乳母(女形)唇を黒く塗る、男数名、群集数人。     ※
       さつきの老役[ふけやく]を描くゑかきが来てゐる。
媽祖廟(天后廟) 元の寧靖王の邸と。
お礼をもらふ。おみくじを引く。
孔子廟 開山神社 漢文台湾日々新聞  [※各々スケッチ有り]

八月十五日

 台南→二水→水裡坑→水社→魚池→埔里→魚池→水社

山間ににぶき光をはなちたる湖の上を舟はゆきかふ
木瓜を庭に植ゑたる宿ゆ見れば水社大山に雲とどまれる
ゆふだちの(あとの)にごりのふかしも(よ)この川に水牛曳き童もいまはゐざりけり

八月十六日

 水社→水裡坑→二水→台北

巒大山の紫に向つてゐる水牛
童に追はれて草深い石段を降りてゆく水牛
自動車に轢かれる鷄、まつ黒な山羊が草の崖にゐる

 水裡坑の蛮人

おまへ 自動車を畏れて橋桁につかまつた夷よ(二人)子供一男一
おまへ 斃れた紅の衣をつけた垢だらけの夷よ(三人)女一男二
おまへ 氷屋の前で矮[ちいさ]い背を見せてゐた夷よ(一人)男一  ※

八月十七日 台湾のお盆  ※

台の上に人形、その前に沢山のお具へもの。
(豚の肉、鷄、種んな食物、菓子)

台湾の毒蛇 雨傘節(アマガサヘビ)
      飯題倩(タイワンコブラ)
      亀殻花(タイワンハブ)
      赤尾 (アヲヘビ)
      百歩蛇(ヒヤツポダ)
これらに皆擬[まが]ひがある。

釈迦頭=蕃茘枝

台湾の町には印(はんこ)屋、女の鞋子(くつ)屋、呉服屋が非常に多い。
次に生薬屋、刺繍する家、佛壇屋。

  双思樹歌

みんなみの島びさすらふわが上(い)をもきみわすれずにゐませとの木ぞ

 城隍廟のおみくじ(十三番)

八月十八日 福建毎颱有名(福建通志巻六十一)

八月十九日

海上のやまとの方に風ふきてすヾしき夕ももゆるこころを
あまのはら星の座(くらゐ)もさまかはるみなみのくにはひとぞこひしき
檳榔の高きこずゑにかぜわたるゆふべゆふべを何ごとせうかも

八月二十日 尾崎翁 das Rendezvous im Pflausengarten [※ 植物園のランデブー]

八月二十一日 大和丸で基隆出帆。

八月二十二日 洋上。

解定邦君 新竹州竹南郡後龍三三九
陳中川君 台北州海山郡三峽庄公館後一二八ノ二
李世家君 台北州海山郡八張字八張九

  長衫(てんさん)
(まんごー ソロヤー ふともも ヒヨンコー おほふともも レンブ バラー ナツプ)
檬果([木+羨]仔) 蒲桃(香果) 蓮霧(輦霧)蕃石榴(拔仔・椰抜)

八月二十四日 帰阪。 西川、池田。

八月二十六日

  Notes of the Topography  [※ 台湾地誌の訳]

 この大いなる島は、土人自身よりは北港(パカン)またはパカンドと呼ばれ、支那人よりは大流求(タイリウキウ)(即ち大琉球。これに対し小琉球も あり。)と呼ばれ、葡人、若しくは西人(カスチリアン)よりは、その快く且つ魅力的な景状のためにイルハ・フオルモサと呼ばれ、和蘭人よりはフオルモサ島と呼ばる。(キヤンベル)
 住人たちは單一なる言語でなくして数種の言語を話せり。而して彼等は王公支配者、酋長を持たず。彼等は相互に平和には暮らさず各部落は他の部落と絶えず戦闘状態にあり。
 この國は夛数の美しき河流によつて横切られ、魚に富み、鹿豕、野生の山羊、兎に充ち、雉、鷓鴣(シャコ)、鳩、その他の鳥類に富めり。
 この島はまた、大いなる種類の獸を有し、例へば牛、馬の如きものにして、前者は数岐に分れたる甚だ厚き角を持ちたり。これらの獸の肉は甚だ嗜きものと思はるる。 而して彼等は山岳地方に於て群れをなして見出され、土人によつてオラワングと呼ばる。また虎あり、テイネイと呼ばるヽ他の肉食獸あり。こは熊と同じ姿態なれどやヽ巨きく、 その皮より高価なり。
 この國は耕墾される地、甚少きも非常に肥沃なり。樹木は概して自然生にして、その数種は果実を産し、土人によつて甚しく好まるるものなれど欧人は触るることを肯んぜず。 生姜、肉桂も見出さる。尚この国には黄金銀鉱もありと伝へられ、支那人がその地を訪れ、原鉱の一部を日本に試みに送れりと傳へらる。 予自身はこれら鉱坑を実見したることもなく、嘗て之に狂溺せし蘭人の如き興味ももたず。

 蘭人貿易の歴史

 台湾の最近史を参照するに、葡人、西人(ポルトガル・スペイン)のこの島に来着したるは蘭人に遥かに先立ち、しかも名称を与へゐるなり。 然れどもその何時に初めて彼等の来りしか、または何を彼等は成したりしかは明らかならず。
 蘭人に先立ちて英人の来りしを主張する者あり。即ち、彼等は最大の島に城塞を築きしが、何等定かなる理由なくして彼等は不幸にも放逐されたりと。 されど彼等はこの事の起こりし年月日を指示せざる限り、吾人は之を訛談なりと思惟す。    ※
 蘭人の来着に関しては、より確定的に且つ正確に語るを得。彼等が初めて支那に帆行し来りし時、その眞目的は彼の国と貿易し、日本へ持ち来すべき商品を得、 かくして葡人を圧迫せんとしたるものなり。然るに支那人は、國法を以て、外国人の入國を禁止せるを以て夛大の遅滞と困難を経験させ、これらの理由、 又他の事件の爲に彼等は初め彭湖の島に投錨したり。(漁夫群島の一にして、北緯二三度三○分の地に横り、正しく北回帰線の下に位置し、 ラモア島より二十二哩の東、台湾より十二哩離れたり)
 かくして此地に到着した最初の和蘭人として知られたるは、提督Wybraud van Warwykなり。彼はパタニより一六○四年の六月二十七日、支那に向け出帆し、 颶風のため澳門に到ることを妨げられ、八月七日、彭湖の西側の良港湾に投錨したるものなり。 かくして八月二十九日には快走艇スフエラ・ムンデイも同じ颶風の大危険に曝されたる後、彼に加はれり。  ※
 彼はこヽに永く、彼の本土に到るを許さヾる支那人の報告を待ちゐたり。十二月十五日に到り、彼と彼の船員とは少しも貿易することなくして彭湖を去りしが、こは一には、 かくすべきことを通辞(彼等の上陸を防ぐるため五十隻の戎克をもちて登場したる支那官吏)に勧告されしにより、一には、約束されゐし確かなる返答を受取らざりしによる。  ※
 その後(一六○七年に至り)、提督コルネリス・マテリーフが支那に向け出帆し、貿易確定の希望の下にラマオ島に投錨した。然し支那人は先づ蘭人に、 彭湖へ行けばそこで戎克を遣して貿易をなさうといふことしか賛成せず、重大な契約はしたが実行しなかつた。支那人の欲するところを知つた蘭人は、 何とも欺かれることを肯んじなかつたゆゑ、この企を継續することを決心した。
 そこで艦長コルネリス・ライエルスゾオンが派遣され、又も彭湖へ向つたが、これはその地の支那人と話を纏め得るかを見る爲であつた。しかし漁夫ばかりの住民は蘭人を怖れ逃亡し、 近づくことが不可能であつた。しかし遂に成功した。商人頭のヨハネ・フアン・メルデルドが平和の白旗を船尾に掲げたヨツトで遣され、我々蘭人と商議することに説伏したからである。 そして彼等が蘭人の平和以外に何等求めてゐないことを知ると、彼等はフアン・メンデルド氏に、湾内に入つて彼等の爲に説くことを勧めたので、メルデルド氏はさうした。 
 この会合の結果として三隻のヨツトが用意され、フアン・メルデルド氏は之を以て[さんずい+章]州?[ママ]河に航行した。 しかしこヽでも又住民たちは我々の近づくのを見て逃亡して了つた。しかし遂にフアン・メルデルド氏は支那官吏に説くを得、彼は單に貿易のために、 且つマニラの西人と支那人が貿易せざらんことを勧むるために来つたと弁じた。ここに於て支那官吏は上官に、上官よりは又皇帝に奏した上、確答を齎さんことを約束した。 しかし彼は先づ最初にフアン・メルドルド氏がこの河より出発し、かくして凡ての紛擾を避けることを要求した。而して自身は直ちに[尸+夏]門[アモイ]よりは七十哩へだたれる市、 福州へ訓令を受けにゆくことを誓つた。
 この官吏は帰還すると四艘の戎克を以て使者を彭湖に遣し、その使者中には一人の甚だ慧智且弁舌巧みな人物(沈有容[オングソフイ]?)と名乗る有り、彼は我々の会議に對し、 貿易許可はもし我々が彭湖の澳より立ち去る時許されるであらう(彭湖は国王の所有なる故に)、而して国王は我々が退去せぬ中は貿易を肯んじない、 国王は自己の國に来り許可なくして港を作るやうな人間たちと協調することを是認し賜ふことは出来ぬ、と宣言した。彼は又附け加へて云ふには、 我々が台湾島にゆきそこで港を作らうとするならば、国王は何等の抗議をし賜はぬであらうと云つた。しかし我々側はこれを企てる自由をもたなかつた。 バタヴイアに於てその地位を見すてヽはならぬとの指令を得ていたので。
 かくの如く効果なき支那への探検の数年を費やした後、會社は一六二二年に至り再び艦長ライエルスゾオンを支那へ派遣し、澳門を征服するか、若しくは漁夫諸島にゆき、 ここで支那との貿易の可能なか否かを見させることに決した。
 彼は前者の方を企てたが成功しなかつた。そして彼は亦、火薬樽の爆発のために重傷を負つた。この時二隻の英國船がジヤツクル・フエブル氏を便乗させたフエイスフル号と共に六月二十七日、 日本に向つて出発した。而してベア号とサザン・クロス号がラモアに支那沿岸を一層精細に視察するために出発した後には、 八月の終りまでマラツカから澳門に来る船を監視するために残つてゐたホープ号と聖ニコラス号とパリカツテ号を除く他の船が六月二十九日、彭湖に向つて出帆し、 七月十日に至つて机のやうに見える最も高い島の一の背後に錠泊した。この島々の間には武装した二十隻の戎克が監視してゐた。そして漁夫もゐたがこれらは逃れ去つた。  ※
 そこで彼等は抜錨して美しい湾内に入り、水深八九尋の所に至つて再び投錨した。視野にある陸は平たく石が多く、樹木が生へてゐず丈の高い草より外何も無かつた。 数少い小い泉の外には眞水も見出されず、その泉も乾燥期には幾分か褐色になつた。凡ての淡水は本土から来た。  ※
 しかし一隊はどこかこの近所に定住せよとの嚴しい命令を受けてゐたので、彼等はタイワンといふ小島の近く、台湾の南端に一つの港を定めたのだが、 そこには数人の支那人が貿易のために移住してゐた。ここへ彼等はヨツトで糧食を運んだが、ここはピスカドーアからは約十二三哩はなれてゐた。しかし多大の不便を要したのは、 この港は水深十一尺にすぎず、しかも非常に屈曲してゐたので、大きな船は入ることが出来なかつた。その上このタイワン島は小さな島。云ひかへれば乾いた砂洲にすぎず、 僅に長さ一哩で台湾本土からは何半哩も離れてゐる。 
 七月十九日にはグロニンゲン号とベア号とが支那沿岸へ渡るために抜錨した。二十一日には本土を視、 州河の反對の側を過つた。この河は北東の側に、 その一つが柱によく似た二つの丘を持つてゐるので認め易いのだ。河のも一つの側の陸は非常に低く、南西の陽に塔に類したものがある以外は砂丘ばかりであつた。 ※・未完。 

×

私は知つてゐる

この半球を充す濃い液体が凡て一様に苦く鹹[しおから]いものであることを。
わたしの船を追つて来る鱶や鮫のたぐひが凡て赤子の脳髄を好んで食んできた残害の徒であることを。
また、日ねもす流れる黄金いろのねなしかづらと見えるであらう海の草が、けふは生命盡きて船の進路
を阻むことも出来ず、紺色の泡の下に踏みしだかれてゐることを。さうしていま檣の上で鴎の金切声でも
つて「人が陷ちた(ア・ノンム・ア・ラ・メール)!」と叫ぶこゑごゑが同じい海の蠱[まやか]しにすぎぬことを。

私は見る

ヒドラたちの緑色の群れをなして流れるのを。海底火山の噴き出した軽石の穴に小さい海老たちの棲み
入るのを。海豚や鯨の吹く潮の中で真珠や蛋白石や瑪瑙のあまたが消えてゆくのを。また遠く黄金色
の陸のやうに見える雲の向ふにかくれてゐる黄金色の陸のことを。   ※

九月六日

捕虫網で 腐肉で 誘蛾燈で 糖蜜で
わたしは虫たちを捕らへて殺す
翅をのばして死んでゐる数々の彼等を
わたしは銀いろのピンセツトでつまみ上げる
玻璃の箱に入れる 青酸加里はもういらない
わたしは齒痛を感じる

×

緑にゆふぐれは沈む小砲台
開いた砲門には鳥が巣くひ
防風林からは風の彈丸が来る

×

賢人の様に白い唾吐く荒海と
珊瑚とる蒼い内海とがくつヽいてゐる
三色旗が
椰子の梢に掲げられた

九月二十日 Y

昨日はYと新宿で邂逅し、父方のA町[阿佐ケ谷]を歩きまはる。
こぬか雨いらかをぬらしふるひるを長衫つけてゆくはたが子ぞ
みんなみのパパイヤしげる園生ゆきものおもへりし子をなわすれそ
わだのはらひとたびわたりたびゆきしわれがすさびもふとおもひ出ぬ

海はけふも流れてゐるだらう
(海の流れることをあの旅で知つたのだが)
飛魚たち 海月たちの無数を育てては死なせ
海はけふもうねつて流れてゐるだらう
その濃いインキの色の水を
船と船人を脅かすため白い歯の形にこさへ上げ
奈落の様に深い口腔をあけて
皮肉なわらひで脆弱な詩人たちを嘲るやうに
笑ひながら流れてゐるだらう
もう一度遊びたい その流れる海の上で

   ★

芭蕉の林をくぐりぬけ
鳳梨の畑の畆をながれ
にごりにごつてゐた[さんずい+川(いじ)]よ
椰子の木のかげに建つてゐた
朱や碧の瓦もつ家々よ
水牛を追つてゐた童よ
いま北國は霧のたつ秋がきて
ひ弱いわれはもう痰喘を病んでゐる
友よ 明るい太陽の下に好信を賜へ
夜ふけが酒杯の中に塵となつて浮んでゐる

   ★ Uber meiner Liebe

おれはおまへの誠実を愛する
おれはおまへのぼんやりを愛する
おれはおまへのだらしなさを愛する
おまへの誠実を時々疑つてゐる
おまへのぼんやりを時々わらつて見る
おまへのだらしなさを時々憤つて見る
おれはおまへを愛してゐる

  九月二十一日 肥下のフラウ

われは修羅となり
わが白き歯を噛み折りたり
われは渾身の力を傾け
わが立つ土を押し動かしぬ
われ巨いなる壁の前にたちて
わが躯を打ちつけしに
わが肉破れ わが骨砕けしかば
われわが膝を抱きて泣きたり

   ★

秋は冷き雨となりて
わが肺の臓を凍らし
わが靴底を貫きて

わが足を蹙[ちぢ]ませぬ
われわが身の羸弱[るいじゃく]を知れば
わが少女を抱き死なむことをはからむとはする

九月二十六日 晝 橋本君と植物園 夜 丸三郎

 老衰した火山が、その壮年期に堆積した膨大な容積の溶岩を波の間に見てゆくこの旅は、たしかに壮嚴なものであつた。
 羚羊の駆けるのをいくたびも見たが、それはアンテイロオプと呼ばれるべきものではなく、むしろ陸の飛魚とでも名づければいい。
 木生羊歯の叢生した斜面を、僕は眩暈しながら、ゆくゆく太陽に絶大な信頼をもつてゐたので、時々それが霧に覆はれると死をさへも感じて恐れたのだ。 それから見た幾百の分子式の噴煙の團々を。
 神々の哄笑を聞きに来た僕に、それは悪魔たちを思はしめた。僕は木生羊歯の幹もて作つた杖を捨て、四んばひになつて退却した。波の穂を一つ一つ数へながら。  ※

   ★

彼を葬るにひとびとは玻璃もて棺を製つた。  ※
さて埋める時気づいたことには
土をかぶせるなら玻璃でも何でも同じことだつた。
人々は又斜面を屍を擔つて降つた
翌日人びとは埋めた 鉛の棺に容れたひとを
絲杉を周囲に植え 湖を環らし
顔を覆つて退いた
さうして彼はいまここに眠つてゐる 絲杉と湖に囲まれて

   ★

木の果を見ては喫ふをおもふ性を
われは友に語り 空の碧さを恐れぬ
少女の恋かたる友は高原の秋を知らず
われ薄と曼珠沙華とに万斛の涙そヽぐ
季節の情迫つて耐ふべからず

   ★

季節の菊の花を手折る
瑠璃の茉莉を忘れず
ずずだまの實はささ鳴りぬ
額田女王の眉と月出で
出羽の守になるわたし 都を発つ日
灯(アーク)ともし頃 街燈の弧光かなしみ
みなみなに語れば肯んじたり
陸に死ぬことを嬉しむ
紫の陰影濃きグラスあげて

 ヴアレリイのことば

(1)一篇の詩(ポエエム)は「知性(アンテレット)」の祝祭である筈だ。それはそれ以外のものではあり得ない。
(2)思念(パンセ)は詩句中にあつて、果実中の栄養價のやうに隠されてゐなければならない。
(3)リリズムは感嘆詞の進展である。 ※
(4)頁の上を素早く、がつがつと勝手に走り廻る眼、その眼に堪へ、且つその眼を必要とするもの。
(5)イマアジユの乱用と過剰とは、心の眼に調子(トーン)と不似合いな混雜を来す。ちらちらしすぎると反つて何も見えなくなる。
(6)作者への忠告??二つの言葉の中、つまらない方を選ぶこと。
(7)或る一つの作品は、或る内的展開を、それを公表する行為、又はそれを完成したと判断する行為によつて切断した截断面に外ならない。
(8)大いに人気に投ずるものには統計的特徴が備はる。その質は中庸。
(9)芸術家として新しさを探求することは、消滅することを探求することであるか、さもなくば、新しさといふ名目の下に、全く別個なものを探求して軽蔑を買ふことか、 その孰れかである。 
(10)或る作品に就いて成される模倣は、その作品から模倣され得るものを剥ぎとる。
(11)或る芸術上の作品は(又は一般に精神上の作品は)、その存在がすでに存する他の作品を規定し、思ひ出させ、或るひは否定するか否かによつて重要である。  ※
(12)夢(レエヴ)も夢想(レエヴイ)も、必ずしも詩ではないのである。それらは詩的ではあり得る。けれども運任せに形成された表象は、偶然にのみ調和ある表象であるにすぎないのだ。
(13)詩的状態とは全く不規則で、不安定で、無意志的で果敢ないものであり、吾々は図らずもそれを捉へ、またそれを失ふのである。

九月二十七日 Yより手紙。 金木犀匂ひ初む。

九月二十九日

  The Topography of Formosa   [※・台湾地誌]

 1

賢人のやうに唾吐く荒海と
珊瑚とる内湾とが一線で劃されてゐる
木生羊歯の巨大な葉つぱの間に
蒼い地層の傾いてゐるのが見られた (Kielung)

 2

雲が?板をおつかけてゐる
基隆[キールン]びとはむらがつて来る
起重機で馬をおろす
檳榔子の梢に旗が掲げられた
船はもう呼吸さへしない
 3
北方に流れる堅固な火山彙に
地塊の意志をよみとる
曲りくねつた河の澱みで
水浴みする獸たちが現れ出す

 4

双思樹植ゑた道の隈
お廟の屋根そりかへる天際
手袋の要らぬ國にトランクを預け
わたしは一本の杖となつて 頭から照らす太陽に遠ざかつて行つた

十月三日 アンドレ・ジイド

  l´ ecole de femme [※・女の学校]

わたしは個々の生活をおくりたい
わたしは引とめられてゐる
形をなさないさまざまの咒文に
わたしはふるへてゐる 漠然とした傳説のために

十月三日 ジイド・プロメテ

愛する鷲のためにぼくは卓を設けた
だけど鴬を愛することは一層強かつた
皿に粟を入れ 鉢に水を盛り──   ※
チチルであるぼくをとりまくのは沼の悪水ばかりゆゑ
その水を得るにぼくはどんなに苦労したか!
鴬は飛び去れ 自分の好きな歌をうたつて
鷲よ来い 乾からびた肝がこヽにある
ぼくは老年を知りたくない

   ★

くちをあけては見るが
わたしはこゑにならない叫びばかりだ
わたしを取巻くものが余りはげしくしめつけるので
わたしは吐く 褐色のどぶどろを
審判者がそれらを見て訝しむ
いつの間にわが目の前でそれを飲んでゐたかと
彼は「内(インネン)」なる観念を全く理解しない奴だ

   ★

可憐なものに彼をえらばう
彼の唇や額を長い間愛して来たが
彼は凋ん了つた
わたしは手を閉ぢ ひらきする
匂るのは過去ばかりではないのだが

十月六日 アルクイユのクラブ 城尚衞の気味わるさ

十月七日 田辺耕一郎とか云ふひと

   ★わるい夜

階段を降り乍ら星とともに墜ちる
海のあげる飛沫を浴びる
木々の枝に引つかヽれる
毀れた馬車にころげこむ
車輪に巣くつてゐる鼡どもを驚かす
一散に駆け出す小妖精の車
枯葉を藉[し]いて踞まる
灣の満潮が足まで來る
月が覆ひかくしてゐた星が挨拶する
時計塔で時計が目をこする
オウロラが呼ばれる
汽笛と霧とが一緒に來た

   ★

嘴をひらけ 雛鳥たち
おまへたちは起ち上がる 卵殻を見すてて
曙の淡紅い光の中では
何もかもが鮮かだ
羽をつくろへ 歌へ
わが命令の下に何もかもが美しい

   ★

葡萄畑の段々に籠を忘れて来た
帽子に枯葉がついてゐる
電車は揺れてむしやうに眠い
汚い足袋裏を見せて家鴨たちが寝てゐる
松葉がこぼれ落ちる
荷物棚から紐が垂れてゐる
もうすぐ出発の驛だ
永い空虚な時間をもう感じ出してゐる

 十月八日

菊の花を用意した
ヴエエニユスの祝祭のために
風邪の藥が袋の中で鳴る
乾ききつた履物が道を横切る
落葉の艦隊
花瓶に埃が浮く水を溢へる
槲の樹に昆布を乾す
海峽を通過すると船はもう見られない
曇り日に閉ぢる花は
雨天には傘をさすように気をつけねばならぬ
熱いのみ物で膝をぬらす
尿瓶がかためて捨ててある
展覧会で鷹がとんでゐた
プールに蛙の子が生れた
化学教室は蒼い
蛇が両大陸をつないでゐるが
血は体のどこからも出ない

馬にねて残夢月遠し茶の煙 ばせを

※・梁元帝 「夜々曲」「石塘瀬聽猿」「直学省愁臥」五言詩抄出。

十月九日 「文學」終刊の夕

春山行夫氏 岡本正一氏 西脇順三郎氏 堀口大学氏 近藤東氏
阿部知二氏 北村常夫氏 飯島正氏 中村喜久男氏 左河ちか氏
江間章子氏 百田宗治氏 阪本越郎氏 高岩肇氏 丸岡明氏
和木清三郎氏 酒井正平氏 岩下明男氏 合田攷氏 加藤一氏
麻生正氏 那須辰造氏 田村泰次郎氏 富士原精一氏 淀野隆三氏
岩崎良三氏 三浦逸雄氏 辻野久憲氏 etc,etc・・・

十月十日 松下武雄に呈す三句

葵葉に霜つむ朝も近からめ
やちまたを落葉ながるるさむさかな
すずろなるこころ黄葉に向ひをり

青銅の馬が跳ねる
街を流れる溶岩流
血の噴水で毛が染まる
自動車は蛆虫のやうにのろい
一隊の騎兵の服装は薄汚いが
轉つた帽子(シャッポ)をひらふ手が
舗石の上をさまよふ

十月十一日 東洋詩

雲宵(オホゾラ)といふ港があつて
蕉樹に黄果が熟するとも季節は定め難い
旗を掲げて大型の戎克[ジャンク]が入つて来ると
颱風が雲を巻く
椰子の木が揺れると猿が堕ちて来る
港の外では波がまつ白だ
雪を見ぬ國ゆゑ たとへには塩をもつて来る
塩は天日で作られる それをつけた木瓜は旨い

十月十四日 丸の宅

その電車の乗客はみな眠つてゐる
開いてある窓からは寒いといふやうな風が
果物の饐ゑる香りを運んで来る
停車場では乗客の代りに燈が待つてゐる
私は腹立たしい なぜ彼等は眠り
私丈が醒めてゐなければならぬのか
私はうれしい 彼等の中に裳裾を開いて
風になぶらせてゐる種類の阿婆摺れに際会したので
車掌が窓を閉めて廻るまで

  あひるとかまきり 

かまきり:貴女は白い。雪より。
あひる:白いことなんか自慢にならないわ。
かまきり:わたしの見つけ出すどんな賛辞にも、その手では反對出来さうですね。
あひる:あなたおせじをおつしやつたの。
かまきり:いヽえ、どういへばほんとが嘘に聞こえないだらうかと汗をかいてゐるのです。
あひる:まあ、お上手だこと。
かまきり:・・・・・名人の発見[みつ]けだした名句をエピゴーネンたちが金言にしちやふ。
あひる:何のこと、それ?
かまきり:わたしは独りごとを云ふくせがありましてね。
あひる:蔭でわる口をおつしやるなんてひどいわ。
かまきり:まともに面とむかつていふよりですか。
あひる:よくつてよ。いくらでも仰しやつて頂だい。
かまきり:さういふ風に首をくねらせてそつぽをむいた風情をわたしは好きなんだが。
あひる:どうせそうでせうよ。皮肉おつしやるもんぢやないわ。
かまきり:わたしもさうしたふうに何でも自分とむすびつける考へ
方をしたいものだ。
あひる:女つてみなさうしたものよ。
かまきり:貴女はまだいヽ方なんでせう。
あひる:えヽさう、あなたがさうでないと同じ程度に。
かまきり:わたし?
あひる:ひとの云ふことが気になる位なら、自分の云ふことにもせいぜい気をおつけになつた方がいいわ。
かまきり:わたしほど反省のすぎる人間はありませんよ。
あひる:内気でね。
かまきり:大きに
あひる:憶病で
かまきり:さういふ風にも云へます。
あひる:まあ、押しの強い!
かまきり:さう、強い様で弱く、弱気のやうで強気な。
あひる:謙遜してるやうで自家広告し、控へ目のやうでづうづうしい。 
かまきり:ああいへばかういふといふ男。
あひる:ねえ、もう仲良くしませうよ。
かまきり:かけ合ひはもうおしまひですか、御退屈さま。

十月十五日 松本善海の肺病

僕は体の皮が裏がへしになるらしい
体重は十一貫を割つたかも知れぬ   ※ 41キロ
もしも豚が一番美しい獸であるなら
僕は笑ふであらう
紅葉のある谿川で
体を洗ふ獸より美しいものは
それを写すカメラでは断じてない
葱とさつまいもと
黄楊[つげ]の櫛にヘアピン
彼女は手入れが足らない実に不精な女だ
僕は彼女がおしやれになるまで家を建てない
白骨になつた指に霜の降りるまで
山茶花の蕾も白い

帰來故園樹木青 不似故人無旧情
枯骨悄然撫痩脛 爾今何樂保余生

十月十八日

食ひ飽きてわたしの眠る前の
一瞬にわたしは肥えてゐる自分を覚える
鼡が来てかぢる靴下の先に
銀の錘りをつけて海に沈む
山窩の群に入つて杉の果をとり貯めると
朝鮮といふ赤裸の山から成る半島が見えて来る

十月二十日 近藤東氏 春山行夫氏

  旅行

ポストが佇つてゐる街角を曲り    ※
高い山の見える通りを爪先上りに登る
ミオソテイス[わすれなぐさ]を摘み
牛乳しぼりの女にくれてやると
お礼にキダチハツカの一束を貰ふ
郵便脚夫のやうに家々に
それを配つて歩くと道がつき当る
引かへす路は海が見え
軍艦でお祭りをしてゐる
煙が吹き流されて面白い
それで環投げした子供の頃を思出す
しめつぽい泪が湧いて来る
石段を下りる 駆けることは出来ない
朽ちた手すりをこはす
犬が待つてゐるので怖ろしくつて
立ち止まると莞爾として
少女が首根つこを抑へる
僕は云ふまヽに逆立ちをする
雲がきれいに七色に見え
軍艦はマストを空につきさす
黄色い菫が降つてゐる
夕刊賣りが立ち止まる
リボンをほどく少女に手伝ふ
ずぼん吊りがゆるむので無しやうに気味わるい
青銅貨を鑄る工場の前で別れしな
金色のチヨコレエトを三つもらつた
ものもらふことの多い日だ

 アルフアベツト

アメンドオの實が鈴なりで
いろんな玩具が欲しくなる
うれしいのはお休みの旗がひらめくこと
えん習の兵隊が僕んちに入つて来る
音樂は單調で眠くなる
神様がタクトを振ると
金文字の本の背皮がそろつた
釘に 子がかからない
煙が登つてゐる空まで遠い
小猫が木の上で居眠つてゐる   ※
山茶花といふ花を教はつた
シメエルの吐く火
炭より黒いのは黒檀
蝉セミと呼んだがいまは犬といふ
ソバ畑を白いと云つて来た
谷川
血に似た夕焼
常に新しい先生の靴を穿き
手で歩いてゐる乞食に会ふ
扉を押すと開いたが暗い
波の背中で痒い
西まで海が拡がつてゐて
沼はこの国ではきらはれる
眠くなると帷を引く
残して来たお菓子を思ふ
ハナの咲く野原をゆく人は
晝も夜もわからない
船よりも陸のほうが軟い
蛇はまだ園を廻つてゐる
堀割にミヂンコがわいた
満州へ弟を旅立たす
短いヨツトを操縦する
村に時計が無い
目に痛い風習のオ灸をすゑる
文字は動いてゐる汽車である
矢車草に蜂が来てゐる
柚のタネは苦い芯があつたね
夜まで三十二分のこつてゐるが
ラム酒飲む鼻の赤いおぢいさんは死ぬ
龍を見た支那人もゐない
瑠璃草つみに家人たちは出かけた
連理の木で首つる人を見に
呂律も廻らぬお酒のみたちが来る
穽をかけたら牛がこはした

  無

ピアノとマンドリンを彈いた少女は
自殺者が隣家であると直ぐ引越し
代りに子供のよく泣く夫婦が来た
夜ぴしぴし撲る音がする
屠殺者は僕も好まない
すでに三十二人目の棺が出る
鬱蒼たる大木の蔭ゆゑ
祟りがあるのだとひとびとは云ふが
僕は僕の魔呪をまだ自信してゐる

十月二十四日

晝の花火や
雨のやうに落ちる木の實は
都を廻つてあるのだが
秋はこヽでは僅かにビルデイングの肩で
瀕死の息を吐くばかり
タバコの展覧会では水煙草
繪画展では秋草

十月二十四日

晝の花火や 
雨のやうに落ちる木の實は 
都を廻つてあるのだが 
秋はこヽでは僅かにビルデイングの肩で
瀕死の息を吐くばかり
凡て一様につまらない
奈々子と惠楚子の化粧するひるすぎ
空がかげつて来る

 

十月二十九日 

ひとりでゆくと泪が出る
みちづれは無い
大変センチでゐる女の子

   ★

全く參つて了つた
誰も俺の心配などして呉れぬ
俺自身も餘りしたくない

   ★

やましいくちづけで慰め云ふ
夕陽の時の風のうごきは
いま野菊の花の凋れる時に
黄金色の雲とともに去つて了つた

數々の追憶のにぶい翅音が
わたしの夢にまで忍びこみ
夜 炎は火山のやうに心悸を起す

嘆きの中にわたしは感じる
川辺の楊柳のやうに首垂れる
敬虔な心にもたらされるいろいろな
賜物の一つさへわたしに無いと
故郷を流れる大河の仄白い光に
影をうつしてゐた形象を
いまはみな忘却し切つた

ゆふぎりは寺院の甍をこめ
ここの高い梢につきさされ
わたしの胸にまで悲鳴をもたらし
すでに牢乎として抜き難い

わたしの樹木の中で夜鳥[ぬえ]
わたしの枯草のしげみには蛇たち
それらが皆死にかけてゐる 

因縁の深さを齎す手紙を
昨日の夜受取つたが 茉莉咲く
島からは音づれもなく この年は暮れ
期待すべき明日は昨日に等しい

あまたのフアントオマが去来する
精靈 橋に佇み
あなたさまに叫びかける日々を見る

十月三十一日 伽藍
太陽と埃の代りに沼や澤から霧が立ち
夜はあまたの月の光で照らされて尚さびしい
首垂れる絲杉の蔭ごとに 死んでゆく生物の蠢きが見える
靈は消えうせる前の微かな輝きに
病人たちの頬にアネモネの花を咲かす

遠い薔薇や菫のときを罪犯すことなしには想ひ得ぬ
藻の漂ふ湖岸に鹿の死骸がうち上げられ    ※
山々は紅葉の装ひの中で 棺をうつ鎚の音を静かに聽く
そんな夜々を犬たちはうそうそ徘徊し
屍衣や鉛のメダルをくはへて戻つて来る

背徳者の一群は襤褸[らんる]を血に汚して橋を渡り
婚禮の鐘が二人の死者の弔鐘に打ち負かされ
土星は魚座で後もどりする
參列し忘れた友人の葬列を追ふために

   ★

川は流れる 過去を忘れるために
山は巍然として全てを否定する
虚無の夜が支配するもの
終りなき消滅の一循環を見よ

十一月三日

花や少女や美しいことばかりが書きたいが
醜い心理のあらを探し出すのもむつかしい
わたしなど一人前の顔はしてゐても
この眼はうつろだし この心は人の幸せをそねみ
人の不幸せを祈る気持で一杯だ
花や少女や美しいことばかり書きたいのだが

   ★

岩のある地方に頭蓋骨の懸けられてゐる画
落つて来さうな額面から鴉が舞ひ上り舞ひ下りる
躓くと生命にかヽはる谷を見下して
栄光を荷つたひとが来る
禮拝する禽獸のなかにわたしがゐる
果物のたぐひを手に捧げもち 紅い頬をして
わたしは咳き入る 相貌に成就の十字が現れる

   ★

太陽を一面に受けた白つぽい断崖がある
鴎の波がその裾を彩る
菊の花が開く花畑
眠つてゐる人は道をゆくゆく花を折る
覚めてゐる女がそれを髪に挿す
鴎たちは一斉に飛立つ
しばらく太陽だけが断崖に残る

   ★

牛乳配達の降りて来る坂道
礫が光つて見える
コスモスの咲く垣根に
僕の犬が佇ると追ふ声がする
煙の上る山から鳥たちが飛んで来た

   ★

一つの生命だけが美しい
牛乳の罎のやうに輝いて
半ば開いた唇から
凡ての啓示がやつて来る
乳白色の霧がまひるの街をおほひかくす
犬たちが吼えてゐる
扉の開く音がする中で

十一月十二日

マドモアゼル・エンマの可哀想な西洋梨にふれ
青いろの洋服きたひとととび上つておどろく   ──ゆめ──

   ★

鷄小舎と山羊の小屋の手入れに
この日曜をすごす
蜜蜂は眠る
山茶花の晝を
チエス指すふたりは
陽のあたる窓べりで
何時の間にか引込んだ
枯草焼くと
こほろぎの翅が可哀想に焼けた
パイプのやうな煙突から
煙が忙[ママ]くて日がくれる
靴を磨くのを忘れてた

   ★

雲の間からヘリコオンが見えた
ガニユメイデスの斜面には
帽子と煙管が落ちてある
生意気な小僧は
夕暮の忙しい時にも帰つて来ない
雷霆の音がひとしきり
納屋の隅までいなづまが射し込む
鶏が卵を生んでゐた
青い驟雨が李の木にふつて来た

十一月十三日 のせ来る。 十一月十四日 神宮。

十一月十六日以来腹痛下痢頻々たり。

十一月十六日 近藤東 春山行夫 百田宗治氏。

十一月十七日 佐藤竹介 留守。

十一月十八日 終日臥床。ヒゲ。

十一月十九日 コギト会

十一月二十日 ユ[※ゆきこ Yと同義]、佐藤竹介

枯葉の立てる音は
紅葉の色といりまじつて
ここの秋を美しくしてゐたが
華やかな着物きた人たちは
織るやうに林をゆきめぐり
廣大な枯芝の上に
ふるやうに歌がひびく

   ★

鯉といふ腹びれの紅い魚が一匹
巨大な円盤の中を泳いでゐる
水の冷やかな午後に
寫眞とる女の子らの影映して
雲めぐる空が立つてゐる
紅葉せぬ木のないこの國は
ギリシア風な庭園の噴泉を
押しとどめてしまつた
よどんだ水に子供らの残した毬が浮く
紙屑のやうに汚い

   ★

バラの木が欲しい
印度風の小徑
二列の高い玄武岩の岩壁
蛇形の水が湧く
パンの樹 パンダヌス ブウラオ
島の中央の方へのぼる
益々蛮地らしい

   ★ 

草花や木の葉や花の輝かしい混乱
蔽ひかくされた一種の高原
嶮岨な山壁が口を拡く
私の手は血みどろである
ロオタスの花を切るやうに
バラの木の重さのオセアニア
樅の木の囲む城廓で
われらは歌を語つたが
夜ふけ 月 梅の花に落ち
夫人の額にかげりが来ると
性急の私は一番に座を立つた
彼は憎悪してわたしをみつめる
まだ論破したらぬアモオルの神が
その濃い眉根にぴくついてゐた

十一月二十一日

岡の上に灯がつくと
月は金星に一歩づヽ近づき
櫻の木の葉のかげで
汽車が止まる
新聞紙包みをもつて
白服の男が降りて来る
谷間の家々にも もう灯がついた
櫻で囲まれた広場は暗い
アセチリンのまはりに人がゐぬ

十一月二十二日

  多島海 (ARCHIPELAGUS)

わたしを何がおどろかせたのだらう
その夛岐の入江をわたしはふみまよひ
海月と海藻の間に神々を見出す

夕月の様に輝いた額もつ少女たち
山茶花に似た唇の貝殻たちは
眞紅の總になつてゐる舌を吐く

病気になつたわたしの友だちに
太陽の光の遍くてらすやうに
祈る瞬間だけわたしはものがなしい

たのしいいろんな想ひ出が この夕あかりに
凡てかへつて来る 古代の説話のやうだ

毛むくぢやらな巨人の胸か または
古代の血にまみれた楯に似た島が
わたしの前面に立ちふさがり
背後から太陽に照らされてゐる

わたしの立てる波がまだ彼の足にまで及ばない
彼は様々の樹木をもつてゐて
それから露き出しの肩と顱頂とをもつ

わたしを取巻いて帆船がゆく
わたしをとりまいてたそがれがある
凡てのものが動いてゐるが その忙しさは
帰還といふことばかりのためだ

わたしは出発するのだ
多岐の入江を身をくねらせながら
わたしは脂粉で粧はねばならぬほど蒼ざめてゐる

十一月二十四日

険岨な山路を駆けるには
この自動車は古ぼけてゐる
その中で 櫻の杖もつた暴力團が吐気をもよほす
バナナの植つた傾斜を見下ろす地点では
蛇のやうに蜒[うね]つた大河は
もう銀色の一流れとしか見えない
水牛がこの高地にもゐて
雲かかる山を睨んでゐる
その尾の向く方で谿の声
パパイア 檳榔樹 バナナの花
木生羊歯の根元にミヤマホトトギス
水が見える
黒い木立を通して 耳環の様にキラキラ光る
そこから道は下る一方で
到頭一つの村に着く
トランクさげた学生は他國を見つけ
さびしく暴力團に別れの挨拶し
ホテルのある高地まで上つてゆく
湖では魚捕る歌がある

   △

ホテルでは「いらつしやいませ」
つきあたりの欄間に蝶類の額
すべる廊下をこはがつてゐるのは
先に着いた肥大症の老婦人と
黒眼鏡をかけたその夫の教授たち
湖は山々の足を洗ふ盥
タバコをふかすと犬が現れる
お茶はなかなか来ない
パパイアの實がゆれてゐるがまだ青い
廊下で女中たちが押しあひしてゐる
「このお客様はなんて小いんだらう」
ホテルの晝食に三十二匹の魚たちが
無念に殺される
海抜は二千呎

   △

島の中心には雲がかかつて見えない
三角の山が方々に並んでゐる
ゆうぐれになれば虹が橋かける
電力工事の堰が白い
湖をゆくボオトは蛮社を見にゆくのだが
向ふでは内地人を内心いやがつてゐる
屠るお祭りを
毎夜さされるのはいやなものだ
歌に安来節がまじつたりする
こんな手段で一の民族が亡ぼされる

   △

ある日僕等は歌をうたつたが
空腹のためにそれはこゑにならなかつた
おまはりが来てしよつぴいて行つたが
それは一番の親友だつた
鬚の生えた人間が大嫌ひの男だから
今頃は如何してるかと思つたが
彼は元気で帰つて来た
翌日からだんだん痩せ
一年たつと巫女を呼んだ
巫女は白眼のにくらしいやつだが
祈祷がはじまると友は腕を組み
体をゆさぶつて無意識になり
タバコの箱やパイプを食べようとした
僕等は彼の反抗にまで
それを妨げたが無駄であつた
僕等は葬儀社に棺の註文をし
低いこゑで歌をうたひながら帰つた
声は風にちぎれちぎれに浮んだ

   △

鋒杉の立つあたり
みづうみは朝日の反射で鉛に光る
みちは下りてゆく ひたひた波打つ渚まで
崖がある 牛がゐる

火山岩のやうに灰色な岩
病的な蘭科植物の花が
赤い色の海に沈んでゐる
花粉は波の上に浮き
昆蟲はそれを追つて飛ぶ
眠つてゐた鴎がとび立ち
ぼくたちから催眠劑をとり去る

  ×

珊瑚礁のやうな防波堤に囲まれた街
下町のはづれに砲台がある
杭に倚り波止場のはづれに蹲るもの
水に向つて飛込む群集
の野へのあこがれが彼等を駆る

十一月二十七日 ユ、また約束を破つた!

大きく傾いた高原の横を通つて
山脉の方に近づく鉄道は
小石がレエルに横はつてゐるので停車した
それは穿山甲にすぎなかつた
恙蟲[つつがむし]の潜む露ある薄の藪を
ひとびとは恐れながら車中に指さす
すでに濁水河は清水溪と変じ
雲を頂いた高山たちも
裾の藍だけで十分に巨い巨人ぶりを示す
おお 芭蕉畑に立つ汚れた子供よ
わがキヤラメルの空箱をとらまへろ
それは彈丸の如く
客車の背後に疾過し去つた
機関車は最後の喘ぎをマンゴーの樹に吐きかけた

十二月二日 ユを見舞ふ。夜、佐藤、中務、野村諸氏来る。

眼のくぼみ二重瞼の少女である
あれが僕の妻
僕は夫でまだ青い
晝、肥下、服部。 夜の大論戦、近隣を脅かす。

十二月九日

わたしは縞になつたシヤツを着てゐた
横腹のところを魚がくすぐつて行つた
わたしの前に小石があり
わたしが蹴ると轉がつた
頭痛をさせる重い雲
鈍い音楽が砂の間に起こる
わたしは縞のシヤツを引裂いた
すでにわたしの髪は流れてゐた

   ★

雜草の生えてゐる屋根の向ふに
帽子のやうな尖塔があり
雀たちが朝の鐘をならす
入り乱れて子供たちが集つて来る
踏切がある
彼等は足ぶみしながら列車に手をあげる
轟音が歡聲にこたへて去る
鈍くまた 鐘が鳴る
ふところ手をしてひとが来た
雜草の生えてゐる屋根のところまで

   ★

枯いろの衣つけ小鳥たちは草にひそむ
舌を鳴らす蛇はゐない
小石にさす日影
鐵條が錆びてゐる
跨線橋から人々が覗く
犬が轢かれてゐる
ひき肉のやうだ
空には富士
鐵路はまつ直にその方まで延びる

   ★

カタバルト、カテイスム
そこらあたりに神がある

   ★

白鳥のやうに浮く雲は
尻尾の方で山脈を掃く
太陽が眼をさますと
もう四辺は磨かれてゐる
辻で人形遣ひが立ち
影はまだ長い
風見鶏がひヾく 遠慮なしに
おかみさんが箒に叱言を云ふ
煖爐で灰がくづれた

   ★

市場で野菜がみづみづしい
舗石が濡れてゐる
自轉車がから舞ひし
牛の肋がおろされて
鉤が鳴る
どこかで時計が鳴る
他に音はしない
彼女は鏡に故障を云ふ
ネクタイ結ぶ僕は手さぐりで
山茶花が障子に映つてゐる
ゆふべの詩はけさ醜い
食卓の上の食べ殻のやうに

   ★

いつも紳士はドメステイツクで
淑女はロマンテイツクでありたいものだ
そこで神様が殺される

十二月十二日

遠い海から波が来て
眠いおひるごろに山茶花が植ゑられる
庭の芝は枯れ 日蔭では土がくづれ
父達の留守をして
もの皆変改すと書を讀むのに
こゑをだしてよみ 悲しく思ふ

十二月十三日

櫟の木の下に楽器が棄ててある
谷一つ向ふで音楽が聞こえる
谷間を葬列がゆく
雅びやかな宴がそこここに開かれ出す

   ★

にほひあらせいとうの咲く春は何時来るか
小魚の遊ぶ春は
凍豆腐を食むに悲愁の気が立つ

十二月十八日 酒井正 合田孜 江間章子 伊藤整 百田氏。

飛んで行く和蘭人の歌

 あなたや、あのマドモアゼルEがゐる。かたくわたしの俗人根性をいましめになつた。わたしの根性をエラスムス大人[うし]に告げろと。 わたしの根性を海の中にたヽきこめと。わたしは海なぞ歌ひたくはない。なよなよと風になびくコルセはめた腰や、青い光を放つ花についてなど何も云ひたくない。 わたしは歌ひたい。サアベルや、くさつ[ママ]や、すべてわたしの頭をぶつものを、殊にその打つ状態に於て。するとあなたはそれを弱り切つた心の状態と云ふだらうが、 さう云はねばならん。さうであることをわたしは欲してゐるのだから。欲してないのだから。わたしはわたしのこころが判らないのではないと思つてゐる時がある。 朝、ハミガキをつかひ、手ぬぐひで顔をふく。わたしは生徒で無いから腰に提げてゐない。手ぬぐひではない、手である切られた手をぐるぐる廻して尚も助命を請ふのか、 わたしは歌ひたい。歌つてゐるのはHAINANの島の東で沈んだオランダの船について、五百五十二語で。船が沈むのだがそれが何になるのだろ。 おまへ、蝿よ、虻よ、すべて飛ぶものよ、論理もまたとぶ。とぶと悲しいおまへの眼が怒つて見つめるけれど、あなたは怒らない。すべてヾ怒るひとは三人ではないか。 父母について憎しみを歌ひたい。憎しみを歌へばよい。鉛筆をけづり、紙に白つぽいヽ手が動き出す、そら書けた。よめ、よめばおまへの卑怯な心はもう何か附け加へる。 小学校の時「卑怯」を讀めぬ先生がゐた。かんかんを着た男がゐた。犬がゐた。凡てうそうそしたものを無くしちやへばいい気持ちだろ。僕はイヒヒと笑へばいい。 すると怪物たちがゲラゲラわらひながら消えちまふのだ、気持ちがいいな。だけどイヒヒとわらへないのではないか。蒲団をかぶつてから歯をむき出して見るが声にならない。 眼が赤いから何を見てゐるのだらう、この眼は。突き出た眼、とがり眼は何もみてゐない。彼等はボール投げを見る。犬を見る。犬の子を見るのに何も見ないので、 悲しくなつちまふので悲しいと心理学で はつたが、 へたひとも眞偽は不明だと云つてイヒヒとわらつた。あのやうに笑つて見たい、 といふので笑つたらどんなに気持ちがいいだらうとみんなに云つてやりたい。ああ、云つてやりたいので耐らないけれど、何故だかこの蘭科植物は病的で、 おまへたちを惹きつけるのだと母親たちが云ひながら呼びに来る。けれど大変赤いな。死ぬ前のときのやうだつたが、僕は死んだことなどありはしないぢやないの、何を云つてゐるのだろ。 僕は死について神について何を云つて来たのだろ。イグノラビスムスといふイグノラントといふイグノラビスムはえらいのかしら。カルモチンのめば死ねるのかしら。 死ねなかつたのではないか。午前十二時から飲みはじめてゐたが、あの子は偉い。死ねなかつたのかしら、死ねと云ふ人があればいいな。皆冗談でしか云はないぢやないのだろか。 云ふのに税金がかかるのかしら。税金のことも書かねばならぬのだが書いてゐると夜が明ける。税金の長さについて尺があるのだが、尺といふものも見たことはないと云ふ。 批判を受けてゐるのであるのであるのであるので無意識が耳を動かす状態を見せにきた博士はゐないことを書く。するとゐないことがわかるだろ。馬で跳ねて行くだろ。行かぬかしら。 跳ねるかしら。何故君は答へないのだ。君は答へるのだが聞こえないのだと云ふのだろか。それがまた聞えないのだろか。さて聞きたくないことばかり云つてゐるのだと云ふのか。 云はないのか。云ふのだ。云はぬのだ。云はされてるのだ。云はされたいのか。云はされるといふのか。云ひたいのか。敬語について、俗語について、夛くのことばがあるのだ。 言語学について五時間ばかし話たい。ネグロのことばについて、オストインデイエンのオランダ人のつかふ鋤について、槍について、古臭い昔話を知つてゐるのだ。この男は青銅だつた。

十二月三十一日 「流域」

そこでは山岳地帯のやうに音樂がよく聞えて
青銅(からかね)いろの炭が賣られてゐる
馬たちが繋がれると道は通れない
砂利の上へ熊笹から蜘蛛が来て遊ぶ
日暮までそこは日があたり食物にことかかぬといふ

「 」[ママ]

葡萄酒のいろに空は染められ
汚点をなして鳥がとびかふ
遠近や高低を無視して家々が重なり合ふ
單檣船たちはもう錨泊してゐる

一九三四年

一月三日 肥下にYのこと打ち明けた。

レインボオで女たちは僕をまだおぼえてゐた。
冬の季節には友だちが親しい
カリグラムの中で菓子が凍える
撲られる男は可哀想だが
クリスマスが過ぎれば楽しみはない

   ★

鳶、鷹などの嘴が
私の背中を痒くする
私は眠いので休息し
夢に彼女たちに復仇する
アポロの使の ある女たち
悪口より外に取柄のない天使

一月九日 「冬の日[※コギト小説]」脱稿

一月十二日

晝過ぎになると刈株の並んだ水田では
氷がひヾわれはじめる
雲雀たちが枯れいろの衣つけてその上を歩む
彼等が田圃を渡り終つて
背後をふりかへるともう氷が足跡を埋めつくしてゐる

  ×

ズスヘンは壜に鳥を飼つてゐた
お天気の日にはそれは紡車のやうに
ぶんぶん唸りごゑを立てた
窓の外では樹木の枝が橈みはじめる
ズスヘンは鳥を干乾しにした

一月二十日

さざ波のまヽ氷ついた湖を渡つた
僕たちは苛性曹達での投機について話した
「それは泥棒さ」
僕たちは詩句では出来るだけ潔癖であらうと欲した
目的驛の吹雪が報ぜられてゐる

[※ 交友人名録(文学者以外の番地略)]

天野高明 東京市杉並区東田町
友眞久衞 大阪市天王寺区寺田町 / 本郷区向岡弥生町 弥生館
藤田久一 目黒区下目黒 三省学舎
鎌田正美 本郷区森川町 蓋平館別荘
高垣金三郎 西宮市寺前町 / 杉並区高円寺 山中信造方
山田鷹夫 大阪市東成区東桃谷町 / 本郷区森川町 若村方
山本治雄 葛飾区下小松町 / 大阪府三島郡新田村下
丸三郎 世田谷区上北沢町 / 千葉県印旛郡公津村大袋
室 清 小石川区丸山町 学生修道院 / 京都府天田郡西中筋村石原
中野清見 淀橋区上落合 / 青森県八戸市中野町 中野医院
井上[木參] 本郷区本郷 津田方 / 大阪府豊能郡箕面村桜井
原田運治 兵庫県三原郡倭文村長田
紅松一雄 杉並区大宮前
後藤孝夫 大阪市東区瓦町
相野忠雄 杉並区天沼 三田方 / 和歌山市関戸高松町
竹内好 芝区白金今里町89(高輪3764)
杉浦正一郎 日本橋区橘町4-6(浪花7080) / 神戸市下山平通
服部正己 徳島市富田浦町
長野敏一 大阪市北区中之島宗是町
薄井敏夫 芝区芝公園 古谷方
保田與重郎 奈良県桜井町
坪井明 奈良市法蓮町池ノ内
肥下恒夫 中野区池袋南
小野壽人 神戸市宮本通
菊池眞一 本郷区曙町 / chez M.Planson, 13, rue Albert-Sorel Paris France
島稔 仙台市大窪谷内 江戸方 / 和歌山市北新博労町
鈴木俊 大森区池上徳持町
旗田巍 中野区沼袋南
鈴木朝英 小石川区大門町
吉田金一 本郷区駒込曙町 大谷一声方
岩佐精一郎 淀橋区柏井
岡部長章 目黒区目黒三田
川久保悌郎 中野区千光前町
高橋匡四郎 ※無記述
羽田明 京都市上京区大宮田尻町52(西陣3700)
丹波鴻一郎 淀橋区百人町
原口武雄  ※無記述
松本善海 松山市大街道
山田静夫 杉並区天沼 八女学寮 / 福岡県八女郡羽犬塚町
山崎清一 ※無記述
式守富司 小石川区竹早町
橋本勇 滝野川区中里町 / 長野県諏訪蓼科温泉 美遊喜館
× 
春山行夫 中野区高根町
岩本修蔵 中野区池袋北
阪本越郎 麻布区飯倉
北園克衞 大森区馬込町東2-1098 / 三重県宇治山田市外朝熊村 橋本平八方
三好信子 大阪府住吉区相生通
赤川草夫 中野区沼袋南2-15 日生印刷●機
伊東静雄 大阪市西成区松原通2-15
アルクイユのクラブ 渋谷区栄通1-36
辻野久憲 杉並区馬橋2-217
安藤鶴夫 本所区吾妻橋
× 
佐々木 三九一 品川区大井金子町
 × 
侫 岡蔵 大阪市西区京町堀上通
× 
道野市松 兵庫県尼崎市東御園町 トモエ薬局内
× 
松本一彦 淀橋区柏木 橋本方
× 
能勢正元 福岡市崇福寺新町 九大寮
× 
森本 孝 住吉区天王寺
安川正弥 阪急沿線曽根
森中篤美 広島県佐伯郡大竹町油見
西垣清一郎 京都市右京区鳴滝音戸山町
× 
岡田安之助 渋谷区松濤
増田忠 兵庫県武庫郡魚崎町横屋川井 内山方
松浦(悦郎)元一[※・兄] 北区天神橋筋
× 
関口八太郎 東京府下立川町本町 / 仙台市
× 
國行義道 京都市左京区下鴨中川原町 (上1843 政経書院)
門野正雄 大阪府北河内郡守口町 京阪商業内
× 
本位田昇 京都市左京区浄土寺南田町 古原方 / 北区曽根崎上
× 
畠山六栄門 麹町区丸ノ内 丸ビル三階 桜ビール内
× 
村山 高 天王寺区堂ヶ芝1
金崎忠彦 佐賀県小城町
小竹 稔 和歌山県御坊町
小林正三 大阪府泉北郡浜寺町諏訪ノ森
三島 中 本郷区菊坂町 富士見軒
× 
澤井孝子郎 大阪府北河内郡友呂岐村郡
× 
小森治廣 大阪市東区竜造寺町
× 
池田 徹 芝区三田小山町5 塩谷方
× 
中橋吉長 北区天神筋町
川畑勝蔵 京都市左京区浄土寺馬場町 山田方
杉野 祐二郎 京都市左京区吉田本町 ●田方
坂口 嘉三郎 京都市左京区浄土寺石橋町 尾崎方
× 
池内 宏 麹町区紀尾井町9
和田 清 世田谷区代田652-1
加藤 繁 杉並区和田堀町和泉396
× 
内田英成  ※無記述
大島義当 松山市持田久保筋
松本健次郎 大阪市南区日本橋
和田勇 和歌山市湊通町北
岡本博信 大阪市南区日本橋筋
竹島新三  ※無記述
村田孝三郎 大阪府泉北郡高石町南
豊田久男 大阪市此花区上福島北3丁目
生島栄治 大阪市住吉区天下茶屋
細川宗平 大阪府豊能郡豊中町桜塚
藤枝 晃 京都市左京区北白川西町64 田中亀次郎方
岡田安之助 渋谷区松濤
西川英夫 中河内郡布施町東足代
山村酉之助  ※無記述
山本信雄 住吉区北畠西2-77
千川義雄 住吉区天下茶屋
久保光男 西成区東四条
佐藤竹介 淀橋区戸塚町 名越方
鹿熊 鉄 此花区江成町 城光堂化学研究所
川村欽吾 牛込区喜久井町34 伊藤方
酒井正平 芝区三田四国町2-4
大前登与三 神戸市須磨区小寺町
本田茂光 台湾台中州大屯郡霧峰小学校
加藤 一 静岡県富士郡富士町平垣
古谷綱武 中野区昭和通1-4
檀 一雄 中野区昭和通1-4
三浦 治 世田谷区北沢 愛情●館

第九巻終り


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