「夜光雲」第二巻

第二巻

昭和5年1月1日 〜 昭和5年6月12日

20cm×16cm 横掛大学ノートに縦書き(103ページ)


新春吟行 (五、一、一)
  父と共に南和の九帝陵に至る。天気晴朗、暖かにして新年にふさはしき日なりけり
 神武天皇畝傍山東北陵
神武の帝のみさヽぎ木を繁み百千鳥どもこもらひ鳴けり
何の鳥かこもらひなけり畏みに畏こみまつり吾は禮拝す
 綏靖天皇桃花鳥田岡上陵
桑畑の傍への道をゆきしかば雀おどろきとび立ちにけり
雀どもおどろき立てど桑の枝を移(ゆつ)れるのみに畑は離れず
畝傍山山を低みて頂に社立てるが明らかに見ゆ
 安寧天皇畝傍山西南御陰井上陵
ほこすぎの立ちは静けし道の辺の安寧陵をおろがみまつる
 懿徳[いとく]天皇畝傍山南繊沙溪上陵
 橿原神宮
 身狭桃花鳥上陵宣化天皇
みさヽぎにまうでし帰るさ藪中に尿(しと)せむとすればやぶ柑子の實
めん竹の秀先のゆれのかそけきみち荷物を負ひて乙女来るも
高木なす淡紅(とき)山茶花は屋根の上にその淡紅花を落してゐるも
淡紅色の山茶花屋根におちたまり屋根の傾斜を滑らずにゐる
淡紅色の山茶花美しと見呆(ほ)るればその下つべに南天の朱実(あけみ)
南天の朱実さはさは塀の外(と)に垂れ出で道にかぶさりゐるも
葛木の深(ふか)山襞に炭焼の煙うもりてのぼらざる見ゆ
裸木となれる櫟の林ごし天の香久山見えわたりけり
久方の天の香久山落葉せる林の彼方に見えて低しも
 孝元天皇剱池島上陵
陵の繁樹の隙ゆ堀の水かぐろに光り波立てる見ゆ
剱のみ池の水にかいつぶり一つゐると見れば又一つ見ゆ
かいつぶり池に浮きゐて水潜り遊べるなれどその場動かぬ
日は今しかげりとなりぬ岨道をさむざむしとぞ思ひ初めけり
やヽやヽに雲は過ぎたれ遠方[おちかた]の家の白壁光り出でぬる
みはかせの剱の池の水へだて光れる生物さむしとぞ思ふ
さみしらと云はヾ過ぐべし白々と倉梯山に雪つもる見ゆ
雪おける山の空には元日の日子あたヽかく照りゐたりけり
 天武、持統天皇檜隈大内陵
ひようひようと凧のあがれる空の色和みきはまりたふときものか
ひようひようと凧は揚がれり大空の澄みのとほりにその色しるし
細き路まがりくねりて檜隈[ひのくま]の大内陵に登り至れり
日かげりて風出で来るさうさうと陵樹とよみて烏とぶなり
陵の枯高松に烏ゐて一度飛立ちまた止まりけり
陵にのぼる坂道のぼりゐて烏飛べるを同じ高さに見き
此處の野は雲の蔭なれ遠山の葛木山は襞々光る
 文武天皇桧前安古岡陵
みかんなれる丘を越ゆれば文武陵繁木はろばろ見えそめにけり
我が行手さへぎる山の南の南淵山は二上をなす
野の道を来りて長し遠方に日の丸揚げし村の見ゆるも
消防の出初なりけり学校の庭に高々水噴騰(あがる)るなり
              白々水噴き騰る
 欽明天皇檜隈坂合陵
越の岡眞弓の丘び我がゆけばうねび青山見えがくれすも
 岡宮天皇の陵にまゐらず
舎人等が泣(なみだ)なきつヽ作りけむ皇子のみ墓にまゐらず帰る
南の佐太の丘辺の陵を心こほしく思ひつヽ帰る
楢の木は葉枯れつくせど木を離(か)れず梢さやさや音立つるなり

斑雪 (五、一、三 於花園運動場)
きその夜降りにけらしも生駒山なぞへはだらに雪降れる見ゆ
大空と地を劃(かぎ)れる雪の線一筋にしてしみじみ白し
斑雪未だも消えず山の尾根につもり日を経て根雪となるか
雪雲は低く下りて生駒山尾根すれずれに南に走る
雲の動き眼に見えて疾し末端は今南に山を離るヽ

その日 その日
小夜更けて尿に起き出での木の梢に高く星光る見つ (一月五日、保田来る)
小夜更けて庭木の梢吹き通る嵐に衝(あた)り吼(たけ)るを聞けり
夜更けて歸り道べに風寒ししみじみ思ふ命なりけり (一月五日、始業)
しみじみと命かなしみよるふかくかぜさむきみちたどるなりけり
雪明りあかかりければ夕畑の畝のつらなり果までさだか (一月十一日雪降る)
雪つもりうれしかればか男の児暮れし道べに雪釣りゐるも
溶雪の水気(みずけ)昇りて此の宵の月は朧に曇りたりけり (一月十三日)
畑葱の秀立ち鋭(と)けれやしろがねの雪の大野に青條(すぢ)をなす (一月十五日)

冬日かげ (五、一、二二)
鷄のこゑのかそけき朝にして白水仙花開きたりけり
吾弟(わおと)らと焚火もしつヽ水仙の一つ花咲ける寒しと見たり
朝日子のなヽめに射せる水仙の一つ花の色はさむざむしもよ
野の上をつぐみむれとびわたるとき高圧線をよぎりたりける
高圧線の電柱のつらなりはるけくて野のはたてにも絶えずありけり
冬野には藁鳰[わらにお]ありて夛ければ遠くのものはかげりにありけり ※

友眞のL、L[※ LOST LOVE]をかなしむ (五、一、二二)
友よ野の高みに行きて角笛(くだ)を吹くべし
併らば群れ咲ける野いばらは
處女子のほヽゑみを汝に送らむ
子どもらよ、晝顔咲きぬ、瓜むかん──ばせを(※芭蕉)

青葱 (五、一、一五)
大雪が降つて野も道も一面に眞白だ
下駄の歯に挾まる雪に苦しみながら
僕は道を來る そしてドキツとして立止る
一面の白さの中に これはまた何といふ
生々とした青さだらう 葱畑だ
僕はその青さに生命とその燃焼する熱を感じ
わけもなく嬉しくて立つてゐたのである

雪明り (五、一、一三)
雪の積もつた夜遅く僕は家への道を辿る
その道の明るさよ 雪明り
こんなに遅く遠くの村──それは僕の村──が
はつきりと見え
それから長い長い畑の畝が
その終りまで見えるのだ

青い焔 (五、一、一六)
南の空にはオリオン星座が來てゐる
參星の連りは東西の方向を示し
屋根の棟と平行である
(そんなことはどうでもいヽ)
見ろ オリオンの星雲を
青く青く燃え上りもえあがるそれの焔を
焔の色は冷たい青だけれども
石炭ガスの完全燃焼状態も青い焔だつたね
僕は彼に天上の不平者を想ひ
星占に依つて兵革[※ 戦争]を知つた古の支那人の心を
如実に感ずるのである

カノープス (五、一、一六)
南の地平線下の見えない星
南極老人星カノープス
僕の心を惹きつけることこれに若くはない
何故(バルーム)? 見えないからだ
同じ理由で僕は毎夜棕櫚樹下に
未だ見ぬ麗人の貌を想ひ画くのである

寂 (五、二、二)
寂しさや南天の實は虫つかず
さびしさや丹波山残す雲の色
さびしさや北山時雨庭に満てり (西垣君をおもひて)
白々と道が光れば飛ぶすずめ
青木の實今日は根本に三つ落ち (庭にゐて)
うれしけれ雲がとぶとき地にもかげ
くらやみに流は見えね水の音 (五、二、八)
またもまた死なむ心につかれける

夢の白椿 (五、二、八)
   一日、夢に御母を見る。別れ奉りてより十幾年。面影ははろかにとほくなりにけり。
   夢さめてのちあまりの悲しさに作れる歌五首。

一、かあさんと呼べど
  返らず
  後影霧にかくれて
  行きたまふなり

二、御母の影を
  求めてゆきしみちに
  白く咲けるは
  何の花ぞも

三、道の隈に
  花咲けりしが
  かなしけば
  頭うなだれさだかには見ず

四、しろつばき
  葉隠りにして
  咲きたるは
  はヽのみおもに似たりとぞ思ふ

五、御母の御声
  聞かざる幾年ぞ
  庭に咲けるは
  白玉椿

野火のあとの灰の下には (二、四)
青草の
早萌え出でて青かりにけり

早春の下萌草は
枯草に 野火盛るとき
な燃えそと思ふ

百舌鳥を病床に聞く (一、二五)
いたづきの床にいねたるわが耳にもずはきこゆれ姿見えずかも
百舌鳥のこゑ高くなりぬるわが庭の椋の木末に今か来ぬらむ
やヽにして飛び去りにけむもずのこゑはろかにきこえやがてやみつも

百舌鳥聲到床中
其姿不見高或低
高而懷停於庭樹
低者悲去我近辺

新谷君を訪ねて不在なりしかば待てるとき (五、二、一二)
久しぶりに歌をかたらむ久しぶりに御画ながめむとわれはきたらし
もみぢばのすぎしかたらむときたれども君遊行してかへりまさぬに
待つことしばしになりぬまたの日に心のこして今はまからむ
 君の室に永島君の遺影を見る
むかしむかし君とかたりしことの葉はすべて忘れぬ君は忘れず
人間の心かなしく信濃の山の雪に入り命たえけむ涙ながるも
 そののち新谷君かへり来り歓談す

月夜の酔漢(よひどれ) (小林正三に)
 二、一○夜、北村にて野球部送別会をなす
月はてるてる街の上 青い光の石だヽみ
をどろ踊ろと出て来たが 足はもつれるからだはほてる
月は三角 街は坂 青い大気の海の中
泳ぐわたしにつきあたる 女(ひと)のまなざし眞珠の光

雪と山と (五、二、一一)
今津の英雄叔父を訪ぬ。盲膓炎なり。
青ぞらに頂の雪かヾよへば西方浄土尊しと思ふ
はろばろと山のいたヾき遠くして雪は光れり日は雲を洩り
いりつ日は山にかくれて山の襞くろき中より煙たちのぼる
ゆふさりの山襞くろし頂につもれる雪はまだくれざるに
みちのゆくてにたヾにむbへる武庫山ゆ風は来りぬ此の夕ぐれを
病める叔父を助けて風呂に入れしことちのしたしさをいたく感ぜしむ

増田正元 (五、二、一七)
菊池君に聞く。彼は去る寮の送別会で泣き、一座を感動せしめたと。(菊池は僕に似てるといふ)
増田君。
君は知つてゐるだらう。
純情は年と共に去りゆき、egoの波は年毎に人に食ひ入ると人の云ふのを。
今僕はこの定理の験証者(ママ)として再びこの語を君に思起さしめる。
誠に君の有する純情は美しく愛すべく、
例へば 樹の根に咲く水仙の花の如しである。
けれども僕はこの純情の花が水仙の花の如く、
時至れば凋むであらうことを期するを欲せない。
故に僕は断然君に告げる。
君の純情をして永久のものたらしめよ。
君が周囲の雜草にふるヽなかれ。
雜草を刈る役は僕が引き受けよう。(否、誰か適任者はゐないか?)

菊池眞一君に別を告ぐ (五、二、一七)
もろもろのこと嘆きつヽ冬の夜にのみしコヽアの香は高かりき
君とともにコヽアのみつヽかたりけるまどゐのよるは幾夜なりけむ
陽光さす道に立つ我(あ)をとりたりし君の寫眞は顯像(あら)はれざりき
君とともに歩みし道にコスモスの花咲けりしを未だ忘れず
君といふ友もてることなまけものヽ吾のなまけを少し輕からしむ
寛(おほ)らかにわれがたわけをゆるしける人の一人に別れむとする

心斎橋筋を歩きて (五、二、一九) 小林、豊田と。
自己嫌悪はげしき時にまちあるきわが身しばしばふりかへり見つ
あかあかと陽の沈むときわれがみを心ふかくもいとひたりけり (大丸にて)
ゆふさりのけむりおほへる街のをち陽はしづまむと下るなりけり (同)
映画(シネマ)の恋も羨(とも)しくなれりかくばかりわれが心は人をこふるか (明治屋)
しみじみとおのれをにくみあるくときさびしきところ心斎橋筋は
山にゆきて感ずるさびしさをゆふぐれの人のぞめきの中にゐてする
かき舟ゆけむりは出でてほのじろく川面になびき夜とならんとす (戒橋)
此のとほりゆきかよひつヽ年をへてサラリーマンとわれはなるらしき
かくのみにかなしかりしかゆふぐれを街にゆきかふ電車のふえは

SLOGAN OF FEMINISM
FEMINISTハBUS又ハ電車ニ於テ女性ニ席ヲユヅルベシ。
(FEMINISTノ顔面筋ハ絶エザル緊張ニ硬直シテヰル)
FEMINISTハ女ノ顔又ハ体又ハ四肢ヲ見ルベカラズ。
(FEMINIST曰ク、「何ダツテ世ノ中ハコンナニ女ガ夛イノダラウ?」)

陽炎(一)
 しみじみと春らしくなつた。方々で梅が咲いたといふ。反対にスキーの話をするものもある。
 でも野原の土筆、蕗の薹、やはり僕の一番好きな早春の気候になつたのだ。もうすぐ試験がす
 めば生駒山か六甲へでもゆかう。 (五、二、二三)
かぎろひの野中にいねてのヽ果ゆ飛行機くるを見まもつてゐる (一九)
飛行機はわがまつかうをよこぎりてつばさ閃めかすその瞬間を

あたヽかき光よろこびのに出でてかれふ[枯れ生]のなかにつくし見出でつ (二三)
このぬくさかりそめのものと思ひしが土筆を見れば春去りにけり
方々に梅はさきけむとほくもりあたヽかき野に出でて思へる
はこべらは花をたもちぬいづくにかひばりひそみてなく日となりぬ

庭石の苔とは赤しおちつばき
うつぶせに椿の花はおちにけり

WEISSE HOELLE[※白い地獄] (五、二、二一)
 弁天座デ此ノ映画ヲ見タ。從来ノ山獄映画ノ中デ一番好イモノダサウデアル。
 成程雪崩、峯ト雪、雲、夜ノ月、学生ガ雪崩ニ埋メラレル所、博士ノ死ンデ
 ヰル所ナドズヰ分ヨイ。ソノ割ニSTORYハハツキリセヌト思ツタ。
 ソレデ歌モソノ方面ノハ出来ナイ。出来テモワルイ。
南風みねにきたれば峰の雪ゆるび[緩び]くづれて雪崩となるも
ゆきなだれとヾろとなりてピツ、パリの斜面を下り人を殺すも
pitz・pal の峯に照る月おしかくし雲は流れぬ峯はくもるも
たまきはる若き命のたへがたく来りし子等は雪崩に死にき
ゆきなだれ迫るを仰ぐたまゆらはいのちしみじみかなしみにけむ
救助隊のかざす炬火(かがり)のもゆる炎(ほ)をふもとの里に人々ながむ
峯の火はつらなりうごきはろばろし昨日も今日も人は帰らず
しろがねのつらヽよそへる雪の洞に人はねむれり洞一ぱいの聖光(ひかり)※
雪ぬちにとはにねむりてかへらざるひとのむくろはとめずともよし

EIN HIMMELISCHES DRAMA[※天の話](五、三、三)
 此頃の星空を眺めると、ほんとうに心を動かされて痛いやうな気がする。
 天界一の明星、天狼、參星、それに西空には昴が。そこでこんなひまな想を練つてみた。
   「この詩はうまいです(F)」[※湯原冬美(保田與重郎)による書き込み]

將軍參は刃を女の胸に擬(ママ)てた。
彼の眼は赤く 刃は蒼い焔を発する利刃である。
俺はお前を殺すとその眼は語る。
女は苦しく身を顫はせ、
やがて滂沱たる涙が頬を打つた。
夫よ。私を殺しなさるとか。
えヽ、死にませう。けれど・・・・。
女は夫の背後に二児を認めたのだ。
忽ち女の心に母がよみがへる。それを通じての生への欣求。
女は激しく体(み)をゆすり、否と答へた。
二児(ふたり)がこちらへかけて來る。女は手をのべた。
でも夫は無情である。否、忠義のためにである。
刃は迫る。女は逃げた。涙の眼と蒼白な顔は、母と妻の葛藤を語る。
さうして二人の後からは泣きながらいたいけな子供が追掛ける。
こけつまろびつ。
──かうして皆、舞台を去った。──朦月夜となりにけるだ。

參  ORION座
女昴 SUBARU(PLEJADEN)
双児 GEMINI座

陽炎(二) (五、三、七)
到るところ椿の枝に一杯に花咲く春となりにけるかも
わが方にむかひてさけるべにつばきしべの黄色はあざやけきかも
べに椿一番はじめ咲きたるは早やおちにけり青苔の上に
べにつばき苔のつきたる庭石におちてしみじみ赤かりにけり
寒き間たまご生まざりしめんどりらまた生み出しぬ春となれヽば
蕗の薹も雜草の芽ももえにけり土をながめて一時をくらす
臘梅(ろうばい)は散りにけりとふ迎春梅は今をさかりと咲きにたらずや
南天の実は黒ずみぬ樫の木も葉落としそめぬみ はつきて
わが庭の朱実つけたる木の名前しらざるまヽに實は落ちそめぬ

閑日庭を掃く (五、三、一二)
庭の樹のこずゑをわたるかぜのおとたえてはきこゆ唱をおもふも
木斛[もっこく]とかしのおちばをはきあつむ常磐木なれば葉のいろぞ濃き
煙突の掃除をせむと屋根にのぼりいらかの彼方にいこま山見つ
かそかにいのち生けらむ倉屋根の棟につくなる青苔のごと
枝さきの夏みかんの實屋根にゐてわれはもぐなりやねよりは下
此のむらはにれの高木の夛くある今日をはじめて屋根にのぼれり
下よりはやはらかに見ゆるかや屋根もかやの莖なれば足を傷けつ

落ちる將星(二幕二場) (五、三、一二)[※この一行のみ]

The Time of Love of Love (5、3、18)
Otome-ra no yasashiki Kotoba hori(欲り)shitsutsu
Kyohmo chimata ni ide-ni-keru-kamo!
Tawaketaru Uta o tsukuru mo Otomego no
Kokoro horisuru Aware to omoe!
Akarabiku Otome ohkedo yase-otoko
Ware ni koisuru Hito wa ara-zu-mo!
Naniwa otome Kazu wa Iku-tari,Hitori dani
Ware wo omou ga naki-zo sabishiki!
Machi o yuki,Yama-kawa wo nagame
Sora wo miru-toki
Koishiki monoka Otome-go hitori!
Hana o miru mo Otome o omoi,Uta o kikumo
Otome o omou Tawake-o(男) ware wa!
Yohyakuni Koi-uta tsukuru Yase-otoko
Mukashi no Ware wa warai-tari-shika!

春 (五、三、二二)
春の風だよ、みなみ風
どこかでなにかヾ匂つてる
あヽ沈丁だ、沈丁花

春の月だよ、おぼろ月
どこかで何かヾ鳴つてゐる
あヽ波の音、春の海

春の空だよ、うすぐもり
どこかでなにかヾうたつてる
あヽひばりだよ、畑の空

春の山だよ、みどりやま
どこかで何かヾもえてゐる
あヽ山焼だ、 草だ

友Tに (五、参、二十二)
此の年月を夢みて來た
たつた一つの望である
一杯(ひとつき)のコヽアのかくばかり
苦かつたことが今私を悲しませてゐる

夢とあこがれのそれは
甘いほのかな匂りのあるのみもの
そしてその気(アトモスフエア)の中では
私はいつまでも不快を感じなかつた

今私の胸を充すは
ひたすらな後悔である
私は遠き昔、バベルの塔を築かんとした人々
又すべてを黄金となさんとの夢を
実行にうつしたマイダス王を
限りなく卑しめる
私達人間が自分の悪を
他(ひと)の中に見出すときに常になす如く
   × × ×
あヽ私は又更に夢を探さなければならない

大洋星(オセアニア※冥王星)発見さる (五、三、一六)
 即その頌歌
庭松の細葉のはがひ一つ星 鋭(と)く光れるは空清みかも

春を歩く (五、三、二五)
 妹の卒業式の日、心屈して長瀬川を遡る。
あまぎらふ光あふれて春ばたにあねもねのはなさきにけるかも
小川のむかうの畑のあねもねはあざやけきかも歩みをとヾめみつめたりけり
しねらりあ(シネラリア)のくれなゐのはなのもつ光ひかりつよければたえがたしと思ふ
中学の古き建物の中庭にこぶしは咲きぬ花は白きかも
はるあさみ葉いまだ出でざるこぶしの木裸の枝に花みちさけり
川ばたのたんぽヽの花凝視(みつめ)ゐる人をしみじみながめて行けり
枳殻(からたち)の垣根のよこをとほるとき萌えなむとするその芽を見たり
春鳥のこゑをこほしみ川ぞひを二時(ふたとき)きたれなほも行かむとす
橋の上よ流れを見るも水をきよみ底砂も見ゆ魚はゐざりけり
橋の上よ流をみつむるわれのうしろ自轉車の人とまる気配すも
流れのうはびの波にさす陽光(ひかり)川底にうつり常にうごきゐる
葛木も二上山もかすみたれ川はながれて西にゆくなり
川上の二上山をかなしと思ふわが足もとを川は流るヽも
  × ×
墓垣の茱萸の木の実は熟れたれど人とらずして地におつらめか
墓垣のぐみの朱実を手にとりしが食ひはえ食はず他人(ひとも)さなりけむ

落ちる將星(二幕二場)
人物
汪林塘 將軍   四十四、五才
李行七 部下の兵 二十七、八才
その妻      二十才
幕僚一、二、三
兵卒一、二、三 其他大勢
  時
支那近古乱世
  處
中部支那、平野中の陣営

第一幕
秋、陣営の外で李とその妻とが坐して話してゐる。敵営のR火がほのかに見える。
妻、そんないろいろの眼にあつてきましたの。でも今かうしてあなたとお話してゐると
  皆とほい昔のことの様に思はれますわ。けれどやはり思出すとつらかつたことですのね。
  もう私には二度とそんなめにはあふ元気がありませんわ。ねえ、いつまでもかうして、
  あなたのおそばにゐられる工夫はないでせうか。
李、わたしもお前とは別れたくない。殊に今の話の様に苦しいめをしてきたとあつてはよけい帰されない。
  併し私は一兵卒だ。將軍でさへ女を召しつれてゐられないのだから。お前と一しよにゐることは、
  徒に物笑と同僚の反感の種となるばかりだ。困つたなあ。
妻、將軍様にお願ひしたら何うでせうか。大変お情深い方ださうですのね。実は私、
  先刻お目にかヽりましたの。いろいろ私の事を副官の方におきヽなさつてた様子ですわ。
李、うむ。(考へこむ)
 兵一、二、三出で来る。
兵一、李君、將軍の急なお呼びだ。
李、何、將軍が。(妻の方へうなづいて)お前のことかもしれないなあ [※この文章ここで終わり。]

歸郷 (五、四、七)
 増田と松竹座で見るUFA映画[※ドイツ、ウーファ社]
流土風吹來蕭々
寢虜屋聞朋虜歌
聲如哭愀々迫耳
將泣聲不発 涙雖溢不流
郷遥妻子影將薄
情愈厚豈可耐乎[あにたえるべけんや]

ふるさとはこひしきところはしけやし妻子(めこ)のゐるところ
よひよひの夢にみえきて豈たへめやも
ともどちのうたはかなしもなつかしのふるさとさりていく年經ぬる
故郷はかへらざらめやもしらくものたなびけるかたはるかなれども
× × ×
我家はなにとなけれどうつしみの心しづまりい[居]の安きところ ※
久々にかへれる家のわが室にかはづを聞くも春闌[た]けなむか

仲春 (五、四、八)
 合宿で球を追つてゐるまにいつしか春は盛となり、梅も桃も散り、桜の季節になつた。
 木の芽が立つ。菜の花が咲く。なにかしらないが淡い愁が心にひそんではなれない。
木の芽の匂ひ風にまじりて來るよるは虎杖[いたどり]もてる人と乗りあはす (電車中所見)
つヽじさへ咲きにけらしな乗合の人のみやげのかざしに見るも
水ぬるむ小田に集り鳴く蛙畔(くろ)にはよらず声はとほしも
田のまん中につどひてなけるかはづ子ら姿は見えね水ゆらぐところ
ほのぼのとうれひわくときかはづ子のすだく声さへかなしと思ふ
いぶ
かはづ子らおのが妻よび鳴くこゑもさびしとおもふ心悒鬱せみ
青春のうれひはこれか春の空何か流るを仰いで止まず
西風(にし)ふけば臭ひはげしき溝川の岸のきんぽうげ花繁(し)みもてり
諸木ども芽をふきたればわが庭はくらくさびしくなりにけるかも
蛙らが冬眠ゆさめてぬけ出でし穴夛き野によめなつむ人
わかき日もつひにはすぎむ櫻咲くみちをあるけばその匂ひすも
幼なごひ思ひもいづるそらまめの花はさかりとなりにけらずや (Fさんに)

緑の風景(DIE GRUENE LANDSCHAFT)一九三○、四、一四
古庭の隅々まで草木が芽をふき
庭はくらい幽かな光のすみかとなつた
ライネ バツセル※
私の持つ純水(ライネバッセル[※Reine Wasser(独)])の杯も
何時の間にか濃い緑色に変つて了つた
それはその上にかぐはしい匂をたてる
僕はそれを飲んだのだつた
  苦い味だつた
その液体が胃を通り膓を通つて行く進行状態がはつきりわかつた
膓を通るには随分長くかヽつたが
その苦みは少しも吸収せられなかつたらしい
何故かなら僕を構成する有機体は
その液体の排泄と共に
また元のだらけたものに止つてゐることがわかつたから
それにしても此の緑の風景は秋までつヾくんだつたなあ

花々に奉る頌歌 (一九三○、四、一四)
 花を愛すること、れみ、どう、ぐうるもん[※Remy de Gourmont 仏詩人]と何れぞや。
 詩は・・・・それそれ勿言、勿言。
   「此もおもしろい (F)」[※湯原冬美(保田與重郎)による書き込み]
矢車草は英吉利の娘さん。つんとすましてスカートに風があたるぢやござんせんか。
山吹の花は黄泉の國の王女。くらい顔をしてお父さんの邪慳が気に掛かる。[※大國主神のこと]
はこべ。 小つちやな娘さん。お米を買ひにまゐります。アラア、困つた、銀貨(おかね)をおとした。泣いてる、泣いてる。
たんぽヽ。私のことぢやないでせう。私は金貨。
萱(すげ)。俗なことは云はない、奥山の仙人だ。
辛夷。  白靴を木の枝に引つかけた。女学校の生徒さんが体操の時間に。
菜の花。 田舎育ちだけれど情の厚いことでは負けないよ。
椿。   お嬢さん、ホーゼ[Hose パンツ]がおちました。
青木。  べらんめえ、そんなお嬢さんがあるもんか。大方女工かなんぞだらう。
紫雲英[げんげ]。あらまあひどい、口の悪い職工奴。
菫。   お嬢さんて私のことよ。摘草してるのだもの。
つヽじ。 あヽ、よつたよつた。(まあ毛むくじやらな足だこと!)
     何いつてやがんでい。先祖代々だ。
チユーリツプ。又乱暴な人が来たわ。あつちへ逃げませう。
ヒヤシンス。面白いわ。見てませうよ。
木通[あけび]。眠くなつたらこのとほり。
しやが。 まあ、往來中でねて。
櫻草。  私らあんな恥しいこと出來ませんわ。

月夜と兵隊 (四、一○)
おぼろ月夜 もだし歩める一隊の兵に出会ひぬ 地の蔭を見るも
 UNTI MILITARISMは遂に我全身を包む。

仲春行道 (四、一三)
 石切下車。右せんか左せんか迷ふことしばし。菜の花と冷血なる高い岩の自烈馬[ジレンマ]。
 高處(たかど)より瞰下する大野、遠方の菜の花畑に日はかげりたり ※
はろばろと遠[とお]菜の花に日はとヾく光こひしみ野を行かむとす
何となく人を容れざるいつ[厳]くしさ山にはありと山に行かずも

東高野街道
北風はまともに來り日は雲に入る道ばたのゆうかりの木の肌の冷さ

野崎村慈眼寺
花つヽじ蕾ふくらむ石段のかたへの芝に虻うなる音
観世音菩薩は厨子にかくれますそのかみ[当時]人に会ふよしもがな ※
 傳ニ曰ク 江口君ハ中興祖ト
 又、聞くならく野崎のてらはその昔し
 江口の君と名のみ残れり(御詠歌)
童心はすでに吾を去りおびんずるのはげ朱の色をかなしと思ふ
          [※びんずる 患部をなでて御利益がある僧侶の像。]
 お染久松の墓あり。つまらない。但し眺望絶佳。
             [※「お染風邪」を防ぐため、江戸時代に「久松御免」と杓子に書いて寺に奉納した。]
うら山は人ごゑとほく日だまりの若草の上を黄蝶とびかふ
 樓門の外は崖なり。河内野の大観言語に絶す。
鬱金櫻蒼く咲きたり若き日のうれひ心に見の安からむや

秦始皇五世の孫弓月王の子孫
 (秦川勝の子孫秦氏、西島氏と改む。蓋し西土を意味せるか)※
 遠つ祖たちのゐませしところ豊野村秦に到る。此の辺り会ふ所の老幼悉く顔美し。
故郷は茂みの隙に家々の白壁光りしづけきところ
ふるさとは西に池あり東の丘のだんだんに家立つところ
ふるさとは木々のあひまを道かよひ子供ら木かげにものいふところ
ふるさとは北に丘絶え寢屋川の水やせ河原すみれ咲くところ
ふるさとは桑の木畑に女の子ゐたる見えたれものいはぬところ
ふるさとは村のまん中に寺ありて屋根の傾斜に苔生ふところ
                    寢屋川球場に野球を見る。

高津の伎藝天女 (四、一二)
南無伎藝天三味の手上げさせたまへとか藝妓(げいこ)の奉(あ)げし提燈のある
わが歌も巧くしてもらふため拝みたけれど妓藝天女に顔負けしたり
献燈に藝子の名見ゆるお社の庭の桜は今かちりつヽ

仲春吹笛 (四、一八)
日をひもすがら片岡に一人すわりて笛を吹く
笛の音は野こえ谷こえ里にいたれどこたふる人もなし
  さびしさに丘を下れば夕月出でぬ
その夜ひそかに窓を開けかの岡を眺むれば
國境の高峯につヾく若草の斜面を
わが笛の音のかよひ行く見ゆ
  行きゆきていづちにとまるらむ、そは
あはれ、そは日をへてまたもわが胸にかへらむものか

自嘲 (五、四、二三)
おほろかに春陽さすとも蕗の葉の下びはこべにそヽぐともへや
青葉青葉それにさす陽はかなしかも夏近づけば反射強からむ ※
何ごとも云はんとしてやおのが身をかへりみるくせつきにけるかも
 愚は酔生夢死 生きて誰か損益せん
 死すとも愛惜するものなし
 春日我をいつくしむとも 徒に春の逝くを嘆き悲み
 嶺丘緑まじはるとも 命の終らむ日を思ひて不楽[たのしから]ず
われとわがおろかをおもひ春草になげきしひとをいつかわすれむ (細川宗平に)

人生悲無知己 (五、四、二四)
おくさんの指環に目をつけてゐたとて
僕の盗心を誰が知らうよ
お嬢さんのひとみをぬすみヽたとて
僕のこひ心を誰が知らうぞ

橋のてすりにもたれてゐたとて
僕が死なうとしてゐるなんて誰も考へはしまい
  × ×
三階の教室の窓縁にすわつて
体を半分外に出してゐると
もう一尺体をすべらしたら死ねるのだなと思つた

生と死とは只此の一尺だけなのだ
何かの機会に何うかした心の動きで
僕は死ねるのだと思ふといよいよ寂しい

人間の命なんて安つぽいものだなと思ふ
  × ×
あはれこよひ
しとしと しとしとと
雨降るとも
窓に倚りて嘆くもの
われのほかにあらめや、われのほかに・・・・
  × ×
死なむとして今更に何をか恐れ
何をか気遣ふ
こよひ雨降りて衣をぬらすとも
明日も着るべきものならむや
──はた、こヽにものかくことも──

杜鵑(さつきの)花の咲く頃のこと (五、四、二七)
こころふかく死なむと思ひ夏山のさつきの花になみだながすも
われとわをころすすべよりたやすきはなしとしりぬれ死にあへぬかも
死なむすべ夛くあることを知りたればいよヽさびしくなりにけるかも

銀閣寺に詣づ
棕櫚の木の間を鳥とびかふさつき[五月]こ[来]ば花も咲かなむ蕾なついばみ (蕪村の襖)
ほのぐらき御厨子のおくど木像の眼光れりするどきろかも (義政木像)
こぬか雨池にふりそヽぎ中島のさつきの花はぬれひかるかも
銀閣のはしごのうらの狛犬に心よせけむ人をかなしむ
青苔の匂ひかなしきこの庭のどうだんの花ちりそめにけり
満天星[どうだん]の花はこぼれて木の下の土につもれどいまだ白しも
羊歯の葉のゆらげるなべにほそ瀧を木の葉ながれておちにけるかも
とほつ人心こめたるこの林泉(しま)はみれどあ[飽]かなくまたも来て見む
青葉の山よ風はきたりてあめしぶくとほ杉の秀はうすれたりけり
夕さればころころ蛙ひそみゐてなきやまぬところ君があたりは (國行兄に謝す)
泉林の玉藻のかげにゐる鯉のうろこの光り藻にはかくれず

六甲山─摩耶山 (五、五、四)
 口語歌試作
一、体の調子(コンデイシヨン)今日はわるし
  山道の曲り角毎に
  木苺の花 (六甲口より登る)

二、山吹の花
  日向の斜面に一杯だ
  遠くから見ても山吹の花

三、煙草を吸へば
  舌がひりつく
  ぐみの実の赤くうれたのを口に入れてみる

四、蚋がゐて
  僕につきまとつてはなれない
  掌で叩きつぶせばもう血を吸つてた

五、あまつさへ人のこひしき山にして
  話し相手なし
  花を虐[しいた]ぐ

六、苔りんだう、萱原に咲いてる
  空色に
  いよいよ人をこひしくおもふ

七、不良外人が
  日本の娘と話してる
  やはり外人はシヤンだなと思ふ

八、あはて者の日本人は
  山道で支那人バクチに
  引つかヽつてる (摩耶山道)

九、支那人に金をとられて
  山道を下りて行つた奴の
  青い顔の色

十、金のことでは
  日本人だつてやはり汚い
  まるで相好が変はつて了ふ

十一、この道の曲り角まで
  ぼく一人、こらへきれないで
  ひとりごとを云ふ

十二、山、山、山
  重なりあつて限りがない
  もやの奥辺(へん)は丹波の國だな

十三、山に来てしみじみ人間が
  こひしいと思ふ
  向ふの山に人のゐるこゑ

十四、向ふの山の頂に気がひかれる
  誰かゐて こちらに向いて
  呼ぶ様にも思ふ

十五、山波の遠くのものほど
  うすく見える
  子供の頃の思ひ出の様に

十六、どんよりと曇つた空には
  動くものなし
  しみみに重き大気の圧力

十七、混血児(あいのこ)がキヤツチボールしてる
  生垣の中の
  うすぐらい敷石の上で (神戸上野辺)

十八、あいのこの日本語(ことば)は
  正しいのだけれど──
  やはりぼくにはハローといつてほしいな

此の頃の心荒びぞはげしかり教官にさへ禮(いや)はかはさず
棕櫚の花咲く此の頃を雨夛み盛すぎたり実とならざらむ

やうやくに強き陽ざしよ芍薬の蕾に蟻はむれてゐにける
芍薬の蕾につどふ蟻のむれ莖の本べを登れるもある
日並(かかな)べて芍薬の花も開きたり蟻の一群はゐずなりにけり
青あらし吹きつのる午後あかしあの匂流れて教室に入る
草いきれ高き晝なり野に出でて中空の月をまろびつヽ見る
飛球(フライ)とらむと見上ぐるたまゆら澄み切れる空に晝の月ゆらぐを見たり

うつしみのあきらめ心つきたればかなしき人とわかれたりけり
をとめ子を一目みしまヽこひするはますらをのこのわざにあらざるか
はかなきこひとわれをわらひそひとよさはこヽろいぶせくなげきあかしき
獸の臭どこからか來てむし暑きこの晝は教室に蛙をきけり

和高商と試合。九対二で敗る (五、五、一一)
 青空の下に憂鬱を抱けば過ぎた日のあらゆるいやな思出がねぐらへ帰る鳥の如く
 胸に帰つて來る。そのはヾたきに耐へ難く胸が痛む。
おもおもと曇る沖よりくる波の千重しくしくにこひしきわぎみ[吾君]
五月の山は若葉陽にうれあつくるし下木つヽじは紅きにすぎたり
飛べよ烏からす田にゐてものを食むたれしうなじはさびしかりけり
  ×
玉葱畑の畦道のすかんぽの花盛りなり南蛮更紗にさも似たりける
玉葱の葱坊主さへ出でにけり車窓の外の葱畑の青
  ×
 THOMAS MANNのTONIO KLEGEL(トニオ クレーケ゜ル)とはわがことにはあらずや(増田正元及其他の人に)
二つの魂相あはむとしてつひにはたさず自らなる性質(さだて)の差ゆえ
(病めりける内田英成に五、一○)
青葉夛き庭に向へる部屋に寝し君は口数少なかりけり
枇杷の実の未だ青きをわは見たり床にいねたる君も見なくに
  ×
君が中にわれを生かさむと欲すれどしかならむとき君をいとはむ (再び増田君に)
  ×
五月野に麥は熟れむか野を遠く伏虎城の樹々見えにけるかも
はるばると他(よそ)の地に來り友どちとあひ入れぬ心をわれは抱けり
どこにゐてもしかたなきものよ球場に我(エゴ)を見出して嘆きかなしむ
  ×
城山の樟[くす]の大樹の下道を友と歩めり樟の匂ひす
(佐々木三九一氏)
此の友の心さへわれをはなるがにこころおちつかずひたにもだまもる(ママ)
  ×
TONIO KLEGELよ
君を想へば
我が胸は波暗きバルト海の潮騒に共鳴し
君と君が友の間のみぞをしみじみかなしいと思ふ
それは本質的な深い深い裂罅であり その上に
橋を架けるはあきらめの一途しかない
友に夛くを期待することは失望の基である
何となればそれは一つの人間としての友の心の動きを無視する故に
我々の期待は常に自分の向つてゐる方向にのみある故に
とにかくTONIO KLEGELよ 君を想へば
我胸にはバルト海の浪うつ音と白い飛沫のとぶのが感じられる
いつも (五、五、一四)

信太山へ演習 (五、五、一六)
まひる中竹の林にちるおちばひそやかにして地にふるるおと
篁[たかむら]にさせるひかりははだらなり竹の葉ちるも光りひらめき
あまつ日は地にふりそそぎわれら疲る赤松の樹下に蝉のなくこゑ
演習も終りてわれらかへる道蜜柑の花の匂ひ来れる
小虫ども夛く吸ひたればいしもちさう白花開けり食虫葉(は)には未だ虫を保(も)つ

ゆうぐれ (五、五、二○)
ゆうぐれの理髪床(かみゆひどこ)の鏡の中に通り魔のごと人すぎゆけり
うなだれて鏡の中をゆきし人今は青靄にかくれはてたり
  手足の爪を剪りつヽたのしくなれり。
  爪きるべき指の今少し夛からむことを希ひけるはおろかなるわざかも。

 昭和五年五月二十四日
頌へられてあれ。この日、
天に栄光あり。地上には惠あり。
 坂井正夫君
  明治四十四年四月一日誕生
  昭和五年五月二十三日午前五時三十七分永眠
二度と見られまいと思つた君の顔を、
 見せて貰つた。これほど有難いことはなかつた。
君は花に包まれて静かに眠つてゐた。
 ほんの眠りにすぎない様な静かな安らかな顔をして。
秀でた眉は昔のまヽ、閉ぢた眼も寮で同じ室で寢てゐた時のそれ、
 そんなに静かに──。
君はお母さん寢ると云つて眼を閉ぢられたさうだつたな。
  深い信仰が君をして安らかに寢しめたと語つた人もある。
それを思ひ君の顔を見た瞬間、
  別離の悲しみと信をもたぬ異端の寂しさが僕を襲つた。
顔をおほひ声を耐えようとしたが鳴咽は止めかねた。
  教会の門を出るともう一度、ほんとにもう一度君を見たくて耐らなくなつた。
静かに栄光に包まれた君、天國へ登つた君を。
  お父さんをはじめ皆信じてゐられるのにしかも尚すヽり泣きが
堂に充ちてゐたね。白いスヰートピー、カラー、薔薇、フランス菊
  聖花に包まれた君の霊柩は車に移つた。
昔、香が強くて頭が痛くなるからいやだと云つた。
  花達に包まれても君はもう苦痛を訴へはしない。
君は生前より一層敬虔に一層寛大になつたのだ。
  墓地で埋葬の時には僕は君の柩の上に、
白いスヰートピーを投げた。砂をふりかけるのはよした。
  花は萎れてゐたけれど、正しく君の柩の上に留つた。
お母さんに挨拶された時、君の墓の上には、
  隣の墓のと同じ樹──シーダーの類だ──を、
植えて欲しいと云はうと思つたが止した。
  神經質な君には一層重い圧迫感をもたらすだらうから。
君は云つた
「我は誇らん、只十字架を」と。誇るものなき異端の僕は
  さういふ友を持つてゐたことを或時には誇らして貰はう。
さよなら。静かに、おやすみ。
  寮ではいつも僕の方が先にねたが──
  × × ×
 坂井君の死に依つて、僕の生活にも何等かの革命が来ようとしてゐることを感じてゐる時、
丸から、部にも大革命があつたと聞いた。
 僕一人その感激のシーンから外れたことはさびしくて仕様がないが、うれしいことではある。
併しやはりさびしい。愛と平和とが永久に彼等の上にあらんことを! 坂井君の「Peacebe into you!」
平安尓にあれを思出した。僕も祈らう。苦しいにつけ、嬉しいにつけ。

さびしさは皆[みんな]の人の泣けるときわがみひとりの泣きえざること
さびしさはわがおもふだけ友だちのわれのことをば気にとめぬこと
  神の子にはうれひもねたみもなきものを
さびしさはおのが正しさを説けるときふとかへりみてしからざるとき
 (これやこの昨日のさびしさ、今日よりはすヽまむ)

大阪城懐古 (五、五、二九)
日の光かがやく午後に巨城(おおしろ)の石壁の蔦は萎れんとする
石垣のスロープはしみじみ美しもよ石間に黄色なまんねんぐさの群落
石垣の傾斜ゆるまり濠となるところ石にとりつき亀ゐたりけり
秀頼公の最期(いまわ)ちかづきぬこの城は石壁固くのがる途なし
おのが身を守るとりでは今にして逃げみちふさぐすべとなりける
お天守の焼くるほのほに逃げまどふ女の群も少くなりき
お天守の窓よほのほの見ゆるとき秀頼母子は生害します
青濠に浮ぶかいつぶりつれ鳴けり濠ふかければこゑのはるけさ
鳰鳥[におどり]は玉藻をかづき[潜]しましのち水面にうかびこゑ鳴きいづる
なヽめ陽のすみ櫓[やぐら]に赤くさせるころお城の門を兵ら出で来る

何でもなきこと (五、五、二七)
あさぐもり雨降(あも)らんとするけはひあり黒衣聖女(しょうにょ)にあひ奉る (プールの聖女)
遊行すと黒衣聖女ら打ちつどひいでたつ朝の空はくもれり
  ×
いつしかに矢車草の花咲きぬあらまし[荒まし]心おちつかなむか
六月にならんとしたり野の果の埴生丘陵に麥は実れり
公園にゆふべ来ればすヾかけの青き葉かげの実はみえずなる

初夏の風景 (五、六、八)
 その一
眞晝、ひそやかに、空の雲。
南に、流れれば、風、死す。
日の、光は、しみじみと、暑く、
あかしあの木の、葉は萎れる。
誰か、遠く、ハアモニカを、吹いてる。
 その二
魚は、腹を、見せて、池に、浮き上り、
石油の、臭は、風に、乗つて来る。
遠くの、路を、行く、洋傘は、
くるくると、廻つて、麥畑に、入る。
あヽ、この時、音もなく、雲は、
山の、嶺から、立ち昇る。
 その三
木蓮の、梢に、花が、咲くころは、
蛇は、日毎に、皮を、脱ぐ。
まもなく、それは、木蓮の、木に、
登つて、行くであらう。
 その四
梅雨前の、山脈の、緑は、妙に、
圧力を、僕に、加える。そこから、
百合の花が、毎日、街に、運ばれる。
 その五
眞昼、草原に、寢て、
胸を、抑へれば、心臓の、動悸は、
遠くの、見えない、海の、潮音に、一致する。
 その六
柿の花が、柿の木の、下に、散つてゐた。
見上げた、梢には、緑より、外の、何もない。
柿の花は、人に、知られずに、咲いてゐたのだ。
 その七
実に、ならずに、落ちる、柘榴の、花の、
かなしさは、誰が知る。紅玉の、実は、
まもなく、人から、愛せられやう、が。
 その八
毎夜、夢の、中で、蝉の、声を、聞く。
あヽ、夏だな、と、思へば、蝉は、飛んで了ふ。
昔、ポプラの、幹で、鳴いて、ゐた、蝉。
 その九 蛍火 (五、六、九)
蛍火の息づき見ればいきのみのいのちもてるをさぶしとおもふ
草の葉のかげに息づくほたる火のほのこひ心かくしはたさぬ
蛍火には平安朝時代の趣味がある。蛍兵部卿宮といふ人を懐かしくおもふ。
 その十
流星雨の、ふるといふ、此の頃の、
夜空は、いつも、曇つてたが、
今晩は、久し振りに、晴れて、流星を、一つ見た。
何だか、ホツとした気がする。
 その十一
ものかげに青く光るは蛍の火蛇(くちなは)の火は赤かりといふ(思ひ出)
わが友の永山修は蛍火と蛇の目玉に手をさへしとふ
このごろはくちなはも火をともさざらむわが友もわも二十歳とはなれる
 その十二
眞直な、海の、涯の、水平線を、
白帆が、むれて、ギザギザにしてる。(四階眺望)五、六、一二

 ×××EPILOG×××  僕の夜光雲第二巻にも余白がなくなつた。第三巻にうつらうと思ふ。現実逃避の藝術はと近頃人から云々されることが夛い。 一番近い現実とは自分を凝視することかと思つてゐた僕の考へに撞着するこの考へ、どちらが正しいかぼくは知らない。 とにかくしかし、これまでの夜光雲はとても人間社会等の大きな目標へデジケートされたものではない。それは僕自身を知つてくれる、或は知つてくれることが出来ようところの人への贈物にすぎない。 今後の夜光雲も多分それにすぎないことヽ思ふ。 これがむいみであるとならばそれでもいヽ。永久的生命のあるなし、又、藝術であるか否かも問題でない。ぼくとしては心のすさびであり、同時にもつとまじめなことなのである。
             嶺丘耿太郎

 贈るべき人
親類・大江、田中、田辺、鴫野、羽衣、今津、金田、森本清、肥下、
小学先生・西角、片山、
友達・阿部成男、村田幸三 、船富光、三露久一 、
中学先生・佐藤、隅田、森中、三宮、
友達・坂井、西原、殿井、生島、倭、西川、竹島、西垣、新谷、森本、蒔田、安川、
高等学校学友・本位田、丸、本宮、友眞、増田、能勢、渡辺、細川、保田、杉浦、
文三乙全部、臼井三 、豊田、菊池、佐々木三九一、益子輝夫、國行、清 、村山、門野、川勝、
      小竹、金崎、吉延、天野、前田 太郎、馬場有村、江口三五、内田、三浦、三島、

(第2巻終り)

旧制大阪高等学校
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