(2007.05.01up)
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たなか かつみ【田中克己】『寒冷地帯』1951
詩集『寒冷地帯』
田中克己 詩集(著者非公認)
昭和26年3月18日 近江詩人会(滋賀県:井上多喜三郎方)刊
33p 11.0cm × 7.7cm 並製孔版 \30
50部 装釘・孔版鉄筆:山崎實治
詩人の彦根転出に合はせ、餞別として刊行された詩集。
既発表作品からの選定が著者の与らないものであったため、
著者非公認の詩集となってゐる。内容は一部を除き『悲歌』に再収録された。
(全頁画像を提供頂きました藤野一雄氏に厚く御礼申し上げます。)
みしらぬいとこ (単行本未収録)
叔父の葬式のとき
叔母たちがひそひそ話してゐた
「巡査の後家さんに生ましたといふ
あの女の子はどうしたかしら」
その日以来僕はさがしてゐる
血のつながつたまだ会はない
名まへもしらぬいとこのありかを
お父さんの死んだあと
母さんが署長さんと仲好くなつて
生まれたといふ女の方はありませんか
二者兼一 (単行本未収録)
北陸行の汽車なのに今夜はストーブも通つてゐない
オーバーの襟を立てたが寒くてたまらない
その中にとある駅に着くと駅前に明るい宿がある
ふとした出来心で途中下車をした
「夕飯は食べてきた、風呂だけでよし」
かういふと女中が湯殿へ案内した
ふつくらあたたまつて丹禅を着て
部屋に帰ると床が敷いてあり炬燵も入つてゐる
「これでかかあと子供さへゐたら
家とひとつもかはりはない」
この独り言を女中が聞いたと見える
やがて「今晩ワ」と入つて来やがつたのは
かかあと同い年ぐらゐのくせに
精神年齢十一二歳
正真正銘のパンパンだつた!
詩人の家 (単行本未収録)
東に伊吹と伊香の山々──雪でまつ白だ
西は荒神山までの麦畑に気違ひ天気の陽炎が立つてゐる
主人は詩人で奥さんは人形造り
そこで詩の話を一時間半
──ちよつと税金の話がまじつたがこれはいたし方なし
やがてとり出された一枚の写真
この国のこの時間に見る詩人朔太郎は
戦争のまへ新宿の喫茶店で
若かつたわたしに詩を説き恋愛を説いたときと
全く同じ服装をし同じ表情でわたしをみつめてゐる
朔太郎の写真を掲げる家を
このまちで発見したことがうれしいといつて
主人と奥さんとにわたしは別れを告げた。