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やまかわ きょうこ【山川京子】『歌集 白鳥』 1951


歌集 白鳥

山川京子 歌集

昭和26年8月11日 をだまき社 (をだまき叢書第二篇)


204p 18.5cm 上製カバー ¥250







【抄出】

長良川水上に沿ひゆく汽車の玩具めきたるかなしみも知る

岨の道なづむわが足破(や)れもせよ破れても惑ふ道ならじかし

 雨もふれ道も遠かれ君ゆゑに山をおそれぬ子とはなりにし

畦豆の花紫に咲きにけり君死にたまふ日と思ひきや(8月11日)

大き枝落したるとき仰ぎ見て空みつ光にくるめかむとす

夏の雲白き幾片見さけつつ人のこほしも山の上にして

まなかひにつらなむ山のみどりみどり淡きはよろし濃さもまたよし

薪負ひし絆のもんぺの人形は思ふ人ある顔もせざれど

いかならむ涙を吸ひて青苔はかくうすじめり石に生ひけむ

わが前に君拔けざりしふるさとの訛かなしく耳に入り来も

投げらるる石も瓦も抱きつつ君が御許へ歩みゆかなむ

あたたかき涙あふれぬ吹きたまる落葉をふみてひとりゆくとき

世のつねのおもひのりこえ胸をうつひとこと洩らすひとにてありしも

わびしとも思はでいつかうたたねて醒めしこころのうらがなしさは

うたたねてほてりし頼に冷きは君が手ならで涙なりけり

などてわれ好みてつよき子とならむ凭りてなげかむみ胸ありせば

雪の中に見るひとなべてうつくしき心やさしく道をゆづりぬ

この中にわがひといますとなげきつつ逢はでかへりし日はいくたびか

あひ難きひとをたのみて耐へし日の かなしきことも告げそびれにき

逢はせざりし掟ほろびぬしかれども国も敗れぬ人はかへらぬ

わたくしのなげきはすでにいはねども敗れたる国いつか興らむ

白雪の山の頂見つめつつはかなきものか人の生命は

わが知らぬ君が最後のひととせを見し南(みんなみ)の島は羨(とも)しき

ふるさとは美濃と飛騨との国ざかひ地図に見てさへ清き神くに

一つ星君と歩みし岐阜の街焼野となりてむしろ清(すが)しき

山川のたぎちの音に眠り入るかなしき夜夜を恋ひて来にけり

わがおごり人な咎めそふりやまぬ花を浴(あ)みつつ君を恋ふるも

岩ばしる長良の川の水上に棲みし魚かもその水思ほゆ

ふるさとの川瀬の魚とかしこみてまづは捧げぬ背がうつしゑに

わかきひとのこころにすでになじまざるわれかおごれる人かをさなき

去(い)にし日に君とわかれし丹波山吾に泣けとて今日雨霧ふ あまぎらふ

触るる手にほのほのぬくき墓石を人の肌(はだへ)の如(ごと)もおそれぬ

南(みんなみ)の見しらぬ島のわが背子が墓標のかげに鳴く虫ありや

わが背子がいまはの土に草しげりなくらむ虫のこゑも思ほゆ

ましろなる鳥ともなりて渡らまし君はてし国はろかなりとも

檜葉(ひば)もえていさぎよき火をよろこびつつはかなきをみなと吾もいはれむ

わが思ふはなべてはろけきものならし仰ぐみ空も君ものぞみも

父と子が言葉すくなに相むかひ干魚あぶる秋の宵かも

秋の陽をしみらに吸ひてざくろの実ほしいままなる熟れざまをする

ためらはず口を開きて紅き実を秋陽にさらすざくろは無心に

はろかなる幼きころの思ひ出をかき立つるがに石油匂へり

母が生れし山家の風呂にともす灯の心細げに見えし思ほゆ

小さなるランブ灯してなほもかくつたなき文字に何を記さむ

人恋ひてをみなひとりが住むといふ部屋にはときに金(きん)も降るめり

五月(さつき)風みどりの如くさはやかに語りしひとを忘れかねつも

あたらしき君が手紙の言葉とも若葉のかぜはこころに聞かむ

何をわがのぞみといはむ敗れたるここちしておくおのが手枕



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