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やまかわ ひろし【山川弘至】『歌集 山川の音』2005
歌集 山川の音
山川弘至 遺稿歌集
平成17年1月21日 桃の会刊
182p 17.2cm×10.7cm 並装 非売
ふるさと
【抄出】のぼりきて山はひそかになりにけり足下の山みなしづかなり
ふけゆけば四方のしじまにこもりゆく蛙の声のしたしかりけり
葛の花散りてしづけきこの山の明るき道をわが歩み居り
奥美濃の盆
【抄出】国境 越えて来にけり しづかなる 美濃の山家の 初秋の雲
初秋の山の高きに 人居りて 炭焼く昼は さびしかりけり
山住みの心やすさよ 秋晴れて 花咲く野辺に ひとりゐにけり
をどり はてて 和平(にぎはひ)かへる女男のおと 心ひそけく 我は 聞きをり
盆すぎて 山わたりゆく 風の音 家にこもれば心やすけき
飛騨の旅その他
【抄出】旅ごころ ものわびしもよ 砂山の 砂のくづれを 踏みちらしつつ
姿よき山の少女(をとめ)は ひそひそと 夕べ 小馬にものいひにけり
白川の真昼の道はしづかなり 一つつづけるひづめのあとかな
旅
真清水
【抄出】日にきらふこの高山の雪渓の冷たき水よ岩間の花よ
にはかなるあたりの冷えや真清水の岩間近きに湧き出づらしも
雲ひとひら天つ光をさへぎりてにはかに暗し水の面は
百日紅
通学哀吟
【抄出】朝毎に会ふ 清き少女(をとめ)の眼になれて 我はさびしく 今日も通えり
昼の月はしづかに照りて ややまぶし 山の青空のふかきさびしさ
若くして
【抄出】若くして 名をなせし人の書を買ひ来て 読めばさびしくなりにけるかも
闇
【抄出】山深き四方のしじまに 赤々と 杣のたき火を さびしみにけり
山人は たき火かきあげて もの言ひぬ 山のたつきの かそけき ことを
山々はしじまに立ちて ひそかなり ひとりもの言ふ 声の大きさ
翁語り
【抄出】言ひ切りて 炉火を見守る 老いの眼の 赤き眸は さびしかりけり
風やみて 山はしじまに 返りたり 翁語りに われはよひたり
峠路をもだして越ゆる ひそけさよ 水歩む音を ひた聞き上りつ
夕たけて 我がのる馬はたどたどし 野麦の山ははるけかりけり
乗鞍岳
白骨温泉
【抄出】かんこ鳥さやかに鳴きて山晴れし信濃の国の夏をさびしむ
奥美濃の旅
【抄出】谷川のたぎちの音のまぢかきにおどろきにけり山の深きを
山の宿り
夏哀調
【抄出】山川のたぎちの音のさびしさよ夜深き床にひとりききをり
夕たけて冷えしづまれる山河の流に落つる白き花ひとつ
山原の初春
【抄出】この山の枯木の中に 小鳥居て 夕べ つばらに 鳴ける さびしさ
年明けて 雪いまだ来ず この山の 暮れしづみつつ 火にあたる声
昼ふかき 松の林ゆ 寒々と すき明りつつ 雪の山見ゆ
赤松原
春の日
神田神保町
【抄出】あくがれて さがす歌集もつひになし しくしくに 足は いたみ来にけり
奥日光
夏山
【抄出】まなかひにそばだつ峰は御嶽の千古の峰と聞くもかしこし
かそけく
【抄出】うちわたす山畑のながれ赤々と夏の入日に照りかがやけり
夏の旅
【抄出】つぎつぎと のぼり来る子に 声かけて 我はゆきつつさびしかりけり
もの言ひて さびしかりけり 山深き 草のいきれは 胸にしみつつ
夏のわかれ
蜩
【抄出】蜩の声聞く時は はろばろに ふるき友など 思ひ出にけり
星月夜
【抄出】ひそかにあかりを消して背戸山の松風の音をききつつ眠る
奥山の四方のしじまをひぐらしの声はしみ入る真青き空に
かかる友あり
穂高
【抄出】国の境にのぼりきはまる峠路 見知らぬ国の空を仰げり
馬引きて
夏となりゆく頃
飛騨の初秋
【抄出】そばの花咲きしづもりて明るさにかがよふ山の昼は深しも
上高地へ向ふ
ひそかにおもふひとあれば
山の空
【抄出】ひまはりの人目をさけて夢を追ふ少女(をとめ)の如く咲く夕べかな
峡の道 峙の道
【抄出】谷川の流れのおとははろばろにへや内にわれは眼をつぶりたり
夏深みゆけば心やすくなりにけり友の便りも来ずなりにけり
のぼり来て心さびしく額(ぬか)のあせぬぐひて道の花ささげたり
友
春深し
残雪
【抄出】油坂 春日かすみてさびしかり 幼くて越えし吾しなつかし
みなぎらふ光の中を ひとすじに通へる道を 母と越えにき
青空のさ中に光る雪の山 名を知りたくて 指さしにけり
雪白き峰をうつせる人の眸(まみ) ま青く見えて さびしかりけり
加賀なる 白山なりと いふ言の 幼き我の胸にしみにき
ゆきゆきて
夏日追想
【抄出】かの山の長路の葉かげゆきなづみ吾がうたひけんかの幼なうたはも
むかし吾がうたひし夢にかはらざるかの山かげをみむとおもへり
うらうらとこぶしの花のさきいでしとほふるさとの青空おもほゆ
浜寺の夕べあかるき墓の面 古人の名は したしかりけり
春ふかみ 見知らぬ国に住む人を心にもちて 日頃すごせり
修学旅行
【抄出】ひるしづか早稲田の森の学園に大学帽のほこらかにゆく
中学の友
【抄出】白々と五百の校友のはく息の乾きし土にしむ朝(あした)かな
しつ黒の木の実啄む鳥のありて天に叫べど秋は答へず
赤岩の冬の河原の小石一つ取りて投げたり水にとどかず
拾遺
【抄出】春浅く 積みて消えゆく あわ雪の 夜半を起きつつ 君を思へり
あとがき