(2005/11/7 up)
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やまかわ ひろし【山川弘至】『詩集 こだま』2005


こだま

詩集 こだま

山川弘至 遺稿詩集

平成17年3月10日 桃の会刊

281p  17.2cm×10.7cm 並装 非売

山川弘至

日本の春
常夜の長鳴鶏
天の御橋
二月の小夜曲
雪ノオ山

春はもう

春の有羞
三月の夜
やまと

季せつの風
春の峠(↓抄出)
雪消
光のうちで
青い空
別離
夜の雨に
春たけて
なべてあかるく
さびしい春
ゆく春よ
昨日の春
春の挽歌
雲中供養仏
五月の空
青葉のみどり
初夏
草かげになげけば
白がねの光
吉野詠
野火
夜霧
山暮るるころ
夕かげ
田中大秀翁の墓
古歌新詠
月の光の輝けば
たより
ことば
青い光
うつそ身の
三輪の里
夏のかぜ
私が死んだら
まなつの風
うみにちかふ
あるひとりの童女に
せみの声
せみしぐれ
秋となれば(↓抄出)
秋のまち
旅をおもへば
白い花びら

初雪
行く秋
銀座
冬来る
とほぐに(↓抄出)
風の音
炉辺
祈り
遠征
生徒へ
ソロモンの
天つ風
そのあしたにうたへる
原始の朝にうたへる
北方の神話より
予科の歌

あとがき

p2

奥付


あとがき中、“詩人が近しくしてゐた文学者”の列記には蓮田善明を追加の由。


【抄出】

 「春の峠」

ほろほろと 幌馬車かりて
春ふかき 峠の路を
母そはの 膝に抱かれ
いくたびか 通ひしことぞ

美濃路より 飛騨に越えゆく
山深き 荒山路の
はだら雪 消えゆく頃を
母そはの 里へいゆくと
幼くて 吾は越えにき

うらうらと 遠山脈(とほやまなみ)の
山の秀(ほ)に 霞める残雪(はだれ)
昼ふかく 真陽にきらひて
日にけに 溶けゆく頃を
いとけなき 思ひをのせて
ほろほろと 馬車は駈けりぬ

ほのぼのと 空は霞みて
しづかにも 昼たけゆけば
路くろに のこれる雪も
あたたかく 土に流れて
幌馬車の 轍は深く
凍て土の 中に沈みぬ

八十まがり 峠をのぼり
うねうねと うねれる路ぞ
くまもおちず ゆられつつゆく
赤埴(あかはに)の 泥こね路の
はてもなく つづける見れば
ゆゑ知らず さびしかりけり

ひたすらに あかるき空か
四方(よも)の山 ひびきかへさず
昼ふかく しづけき路に
ほろほろと 車輪の音のみ
ほのかにも こもりとよみて
そこはかと あはれなりしを
今もなほ 吾は忘れず

峠路の きはまる所
はろかにも 馬車の窓より
青空に 澄みて光れる
遠山の 雪の白きが
ゆくりなく 眸(まみ)にうつりて
そこはかと かなしかりしを
身に沁みて 忘れざりけり

白樺の 木梢(こぬれ)の雪も
日に溶けて 幹を流れぬ
ゆきゆきて つきせぬ道ぞ
ぬかるみを ゆられゆられて
春の日の 長き旅路は
しみじみと すべなかりけり

長き日も いつか暮れつつ
たたなはる 荒山脈の
むかふせる はろけききはみ
乗鞍の 残雪の色も
赤々と そまれる頃を

母そはの 生れし所
高山の町 見え来れば
ゆゑ知らず 幼き吾は
ほのぼのと 涙ながしぬ

久しくも 年たちゆきて
かの頃は またとかへらず
国とほく さかり来りて
かの山は 長く見ざれど

幼くて 春の峠に
吾が聞きし 幌馬車の音は
吾が見し 遠山脈(やま)の残雪は
しづかにも 耳をすませば
ほのかにも 眼とづれば
今もなほ まざまざとして
吾が前に 顕(た)ち来ることの
すべも すべなさ


【抄出】

 「秋となれば」

夏のあついそらのもと
はげしくもえつづけてゐた私のおもひは
しづかな秋ともなれば
やがてふかくしづんで行つた
空は日に日に青くふかまり
白い雲がちぎれ飛んで
やがてしのびよるとほい哀愁が
故郷の秋の果実のかをりなど
いとなつかしくおもひおこさせ
夕べとなれば
しづかにうるむ月さへや
都の空にかかればものなつかしく
わたしはひとりはてしないさすらひごころ
ともしい袂(たもと)をはらひ
ひとり夜の町に出かけてゆく

春はすぎ夏はたち
秋はおともなくしのびよれば
私のもえつづけたおもひも
しづかにふかくしづんで行つた
窓辺になく虫の音に
私はふつととほいおまへをおもひ出し
秋の夜の空
はてしなく光る星のひかりに
お互の生涯の運命のことなど考へてゐる


【抄出】

 「とほぐに」

いもうとよ
おとうとよ
こよひ
ふるさとの山々には
おともなく 白い雪が ふりうづみ
おまへら なにを語つてゐるのやら

わが遠き日よ
そこに ひとすぢのみちは
今も ほそぼそとして
かの峰にかよへど
おもひ出でし そのいとけなき日の
かの さりがたき われのねがひよ
はた ほのぼのと 目に顕(た)ち来れど
こよひ ふるさとの山々に
音もなく 白雪は積むならん
そがごとく 音もなく
わが 遠き日のおもひでよ
遠々と おともなく かの白雪よ
いと しづかに 埋めよかし
いと しづかに 積めよかし
  はるかなる かの山かげの 遠き日の 時の彼方に
ほのぼのと かの
うれひは あれど
ほのぼのと かの
みちは かよへど
  そは とほき かのおもひなる
  そは とほき かのうれひなる

いもうとよ
おとうとよ
こよひ
ふるさとの山々には
おともなく 白い雪が ふりうづみ
おまへら なにを語つてゐるのやら


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