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やくしじ まもる 【薬師寺衛】 1913-1945


藥師寺衞:やくしじまもる 本名:倉田敬之助。


父:倉田丹三、母:イト(糸子・伊都子と称す。のち梅原姓)の間に大正2年、京都市にて生る。
昭和15年京都府立医大卒業後、軍医としてフィリピンに出征。昭和19年にはレイテ島にあり、翌20年2月11日、頭部貫通銃創にて戦死。
『四季』『コギト』に掲載された詩文以外、原稿類は委託先の林富士馬宅にて焼失。母の許に遺された昭和13年当時の初期稿本『受胎告知』 が、田中克己により昭和28年に筆写されて伝はる(『果樹園』に5編のみ抄出)。


『四季』『コギト』等に掲載された既出作品と合せて、その原文画像を公開する。



既発表作品 (14Mb)



 荊棘(いばら)の門

かつては
この門をくぐるものは
絹のやうにきれいな
皮膚をもつてゐた。

いつの日か
全身血まみれの人間が
エンゼル達にまもられて
ぐったりと、それでも
ずつと奥へ入つて行つた。

その頃からだ。
来るもの来るもの
みんな傷だらけなのは。

狭い門に匍(は)ふ茨は、
それらの血を吸うて
したたるやうな花をさかせた。
          (倉田敬之助名義。『新鋭詩集』 アキラ書房 昭和10年2月5日発行 128-129p:国会図書館所蔵)



 風の日

そとにはひどい風がふく

じぶんは それで ふと よみさしの
古代美術の本から眼をあげてゐた
まいにちをさびしく きままに すごしてゐるな
こころひくものだけを ひごろ まもりだててきたが
それに これといふ註文もなく
けれどゆたかならぬ
しんから こころをつくすあてのない 氣がする
それを まぎらはすすべも まつたく
しらぬではない ただ
なにかに きのどくなやうな とがめから
ふるへるやうな すきとるやうな おろかな 不幸のなかに

そとにはひどい風がふく

そして そんな
じぶんが それに こころつくさうとするものを
しらないで もつてゐて
じぶんが まもりそだててきたやうなものを ひそかに いまこそ
もとめてゐるやうな そんなひとが
やはりひとり どこか あまりとほくもないところに
しづかに ゐるのではないか
きのふもけふも ゆきちがつたのではないか
これからすぐ どこかへ さがしにでかけたいやうな
それも ふしぎな気がする けれども
ああ けれども けふは いちにち

そとには ひどい風がふく。
          (『四季』第40号 昭和13年10月号 50-52p)



 施與ノ圖
   ――讚一逼上人畫傳

じぶんはみた
あきれるばかり おほきな
風呂桶のやうな めしびつの まはりを
非人らが かこひ つどふのを
めしびつの めしは ほかりと
おからのやうに しろく もりあがり

あたま でこぼこなる僧ら
いちわん いちわん もりたてて
さしだすところ
非人ら あるひは
はらだたし 恩にきるは くやしけれど
はらは へりたり といふやうな
またあるは ありがたや
やがて もらへるに まつほどは やれと
うしろ手をささへ しりもちをつくやうな ふりをし
さて あごをしやくり
けろりかんと あをぞらをみる よい天氣かな
またかなたに はなれてたつ
しさいありげなるひと ひとりあり
すでに めしにありついたものは
しゃにむに くらひ はては
ぼろぼろと こめつぶこぼし ほうけ
ここなるは たがひに
もえるやうな眼で なかまどち
分量を くらべあつてゐる など
かくて かれら ひしひしと
ひしめきあひ あふれるばかり まこと
その いたましさ いきぐるしさは ひとびとよ
むかしも いまも かはらぬではないか
それにしても
この 危險なる繪の作者 とほき世の
名のしれぬ ゑかきは
まなこ らんらんと かがやかせ
なみだをたたへ ひとりごちたであらうか
われこそは いき わが雙(さう)の眼に
かのおどろくべき世のさまを つぶさにみた と また
われこそは ゑがきつくさん
ありとあるすがたを わが總身(み)のかなしみと
いかり うらみ うつたへ なかんづく
いきどほろしきばかりなる わが
この世への
かぎりなき狂愛のおもひもて
          (『四季』第41号 昭和13年11月号 40-43p)



 わが歌

人間のかなしい性(さが)は
ともすれば
残酷なる自然を愛する
鬨の聲があがらうと
秋の山はうつくしい
ただに無限に成長する植物や
物理化學の法則にしたがふ
雨滴や土壌にまぢつて
自然の一員たる人間が
なんと さまざまのことをおもふものか
けふもまた
水はうたふ
落下や激突の
雑多な源因の結果として
けれども おれの歌はさうではない
おれの歌はさうではない。
          (『コギト』第81号 昭和14年2月号 わが歌 44-45p)



 ノア
   ――時に世神(よかみ)のまへに亂れて暴虐世に満盈(み)ちたりき (創世記 第六章 十一)

神よ われは狂せんとす
われはすでに地軸のひびきをきかず
風のことばを解せず
ここにわれは六百歳にあらずして
おん身のイエズスのごとくに若し
かへつて御業(みわざ)の啓示を
人らの眼(まなこ)のうちにみいだす
かれらの歡喜はまことに われに

こころふれしものらの
およづれの わらひのごとく
おん身が聖なる大洪水の あきらさまなる
ことぶれのごとくにかなし
神よ われは信ぜんとす
人らわれを石もて追ひたれば
泣き叫びつつも ひとり
みどりなる丘の邊(へ)にたちて
御旨(みむね)のままに
いたくすぐなる木もて
大いなる方舟(はこぶね)をつくる
されば まづ
おのが愛(かな)しき人をまねかんに
その人 やさしき鳥けもの
草花のたぐひをひきいれ かくて

ひたすらに御業をまたん
神よ われは祈らんとす
おん身が怒れる大洪水をして
ことごとく全からしめたまへ
われはおん身のイエズスのごとくに若けれど
肉體を惜しむべきにあらず
ふたたび きよからぬを
この地にのこさざらんために
わが眼(まなこ) 非力にけがれてあらば
ぬきてとりたまへ
わが足にして 傲りに濁り
みこころにかなはすば
たちどころに きりてすてたまへ
神よ われは訴へんとす
おん身が悲しき大洪水をしてまことに
終極(いやはて)のものたらしめたまへ
ふたたび われらが祖先になしたまひしごとき
不手際をかさねたまはざれ
されば わが肉體より
ありとあるけがれと力なき傲りとを
とり毀(こぼ)ちつくしたまへ
おのが愛しき また鳥けもの
草花のたぐひをも然(しか)なしたまへ かくてのち
神よ ひともきよく あえかなる
ひとすぢの生命(いのち)をのこし そをのみのこして
みこころのままに 始(はじめ)して終(をはり)なる
御業をならせたまへ 悔いもなく
いとたかき全能(みちから)を畢(を)へさせたまへ。
          (『四季』第48号 昭和14年8月号 26-29p)



 詩人に献どる言葉
    ――田中克己氏「大陸遠望」を讀んで

 この道を泣きつつ我の行きしこと我がわすれなばたれか知るらむ といふ、まことに理路整然とした、気品ある哀歌を「詩集西省」に讀んで以來、私はずつとあなたの愛読者でした。あれからまだ二年たつかたたぬかに、はや立派な第二詩集をお出しなされましたことは、じつに殷んな、喜ばしいことと存じます。私は心からお祝ひをのべたいと思ひます。お祝ひすることによつて、私も喜びにひたりたいとねがつてゐます。
 暗闇に一つ一つ灯がつくやうに、やうやく我國にも、すぐれた詩集があらはれ、我國文化の恒産がふえてゆくのを見ることは、私にとつてこの上ない祭典です。おもへば、そこにどれだけの必然的條件があるにせよ、我國の詩人の社會的不遇は、たえず私をかなしませてゐます。我國では詩が最初から、修業の手段としてよりほか存在をゆるされなかつたことを思ひ、それに專心した多くの美しい精神を思ふとき、一冊の詩集が出るたびに、一般には讀まれることも少く、いたづらに苛烈な批判にあうて再びかへりみられないやうな現状は私に、ほとんど涙をさそふばかりです。
 私は詩の堕落をねがつてゐます。詩が一般には意味もなく愛誦され、一部具眼の士によつて峻嚴に識別される時の來るのを工夫しつつ待ちのぞんでゐます。その時にはじめて我國の新詩は、安定した國民的韻律をみいだすのであらうと思つてさへをります。一般の無意識な抱擁のあたたかさはなく、苛烈な批判のみ詩人をまち受けるとき、私はまづ、一度はみんなの氣持になつて、ただもうお祝ひしたくなるのであります。地球でさへも、そのまはりには、眞空に達するまでに空氣の層をもつてゐる。まして人間が、なぐさめられないでいいものか。

 私はこんども、あなたの詩集を、一氣に讀みきつてしまひました。あなたのお作は私に、それほど面白く、それほど明瞭でありました。樹が液汁をすひあげるやうに、私は息もつかずに最後の頁にまで眼をやりました。
 祖國の可能性を知るのに詩ほど手近なものはないと思ひ、一軒一軒古本屋をあさつて、愚劣な詩集に怒つてゐた時、「詩集西康省」は私に一つの楽しい據點をあたへてくれました。こんどの「大陸遠望」とあはせて讀むとき、あなたが、譯詩における鷗外、敏のした仕事を、創作詩において、我々にして下さつたことを感じ、つくづく有難く思ひます。
 あなたの二つの詩集こそ、ひろく現代詩の土壌をなすものと存じます。「詩集西康省」に「歌唱」や「履」があり、「大陸遠望」に「Ein Märchen」や「少女」や「少年」や、ないしは「ツングース」や「老」などの佳篇のあることは、譯詩における「ミニヨンの歌」や「山のあなた」にも匹敵して、私はここに日本最初のロマンツェやバラアデの作者をみる氣持ちがして、後代の青少年があなたの詩を、いかに愛誦するかも想はれて、楽しい限りであります。早晩彼らは、ハイネやメリケを必要としなくなるでせう。それを思ふと、ぼんやりするほどうれしいのです。

 けれどもあなたの事變への關心のもたれ方には、私は不服でした。終始私は反對だつた。あなたのお氣持はわかるのに、あなたが「夏草」でばんざいを唱へてゐられたとき、あれは日本の雜音にすぎなかつたと、私は言はねばならないのです。
 散文で承認されてゐるものを詩にうたれたことを、私はとがめたかつた。詩によつてでなければ表現しえない緊張した事柄が、眼に餘るほどあつた當時に、あなたはどうして、あのやうな人工的な擬態で、つくり聲の唄をうたはれたか。
 みごとな出來の「皇紀二千六百年の朝」も、後世の歴史家に生きた史的暗示を供えるでせうか。いな私は一年も耐へなかつたことを思つてゐるのです。あなたの事變への關心や大陸熱には、奇妙な不自然さがあります。これはあなたの理智と羞恥とから來るものでせうか。

 「詩集大陸遠望」は、「偶得」といふシニツクな詩にはじまつてゐます。それは純然たるシニシズムで、もはや西康省序歌のやうな哀感をもつて人にせまらない。そしてこのシニシズムは、詩集の大部の位置をしめ、しかも私に言はせれば、これは致命的なことなのです。
 ほかにも、ちよつと拾つても、「舊大学生の詩」、「やどり木」、「花木に寄せて」、「天馬海を渡る」(ふしぎなことには競馬の馬が一頭もゐない)などが眼につきます。「城址にて」の「しかし皮肉な小皺・・・・」はまだやはらか味があつて人を害ひません。「期待者」ではそれが残酷にまでいつてゐて私にあなたの肉體を感じさせましたので興味がありました。「小さい市で」でもそれが肉體的な怒りにまで蒸昇してゐましたので私に働きかけてきました。これらは肉體の犠牲によつて救はれてゐると思ひます。
 それの見られないシニシズムは、私には少しの興味もなかつた。シニシズムは、ひつきやう、便利な自己解決の一法です。それを作品として他人にまで示すことには、私を感じることができません。たとへどんなに氣品があらうとも、私たちは、作品にあらはれた自己犠牲をこそ探し求めてゐます。作者とそつくり入れかへになつた作品にだけ、私たち現代青年の興味は、はげしくかかつてゐます。どんなに手ぎはのいい頭脳明晰な自己解決も、すでに縁どほいものに感じられます。
 シニシズムは芥川龍之介時代の、一般知識青年には、感に堪へたものであつたかもしれません。けれども今日では、時代はもうそんな所にはないと思ひます。もはや私たちは、自嘲や自殺に感心したり、同情したりいたしません。私たちの時代とは、自殺が意味なくなつた時代として、前代から識別することが出來るとさへ思ひます。
 シニシズムは、自殺横行時代の智的玩具にすぎない。十分に良心的で、品もよく、羞耻にみちた木下杢太郎も自嘲によつて自らを葬つたと、私には言へると思ひます。あなたのシニシズムが、もつぱらあなたの理智と羞耻の良心的な變形であることは、私といへども、もとよりこれを感じることができます。それなればこそ私は、何でもお解りになるあなたに、微笑されながらも、私の氣持ちを、肉體的にでもお移し申さうと思ふのです。
 多かれ少かれ、私たちは他人との接觸のうちに住んでゐる。私たちの全身はつねに、他人に曝されてゐる。純乎たる自己解決などといふものは、いつの時代にもその場所をもち得なかつた。シニニズムや自殺の不可能を證するために、私たちは、それぞれが自己の科學を確立せねばならなかつた。私たちは、やつとたどりたどり此所まで來た。時代は辛うじて我國でも、本格的になつてきたと思ひます。

 はじめ、この感想をかかせていただくお約束をしましたとき、私はずゐぶんうれしいなかにも、非常な困難をおぼえました。私がおとがめするやうなことは、あなたが知つてゐられるといふことが、あまりにはつきりしてゐたからです。私は稽古をつけてもら少年劔士よろしく、みなさんのまへで、あなたに向つてお面、お胴と聲はりあげて立ちあひ、あなたは微笑してそれを受けとめられ、私は息をはずませ、最後にお褒めの言葉をいただいて、一禮して退場するといふことになるより他ないと思ひました。
 それでいいのかもしれない。しかしやはりなほそれには未練があります。それなら私はたしかにお斷りしたはずです。たとい私にできることがそれだけであらうと、あなたはそれ以上のなにか、私から奪ひさつて下さい。あなたと私とのちがひ、秀才と鈍才とのちがひといふ點からなりとも。なにものかを引きだして下さることができはしますまいか。

 ここまで來て、私はほつとしました。ほんたうは、心から讃歎し、およろこびしたいことが山ほどあるのに、私はずゐぶん惡口しました。自滅しないためには、私にはあれだけのことが必要であつたことを思ふにつけて、誰にともない恨みに、心もくらくなります。
 「西康省」における「虎」は、「大陸遠望」では「孝感の戰」でせうが、私はかういふ史實を歌はれたあなたのお作を、特殊な愛情をもつて尊敬いたします。日本語の勁簡なうつくしい機能を目前にみせて下さつたことは、感謝にたへません。ここにはまた學識と青春との入りまぢつた獨特の魅力が感じられます。
 大作「西康省」のかはりには、こんどは「詩人の生涯」がありましたが、ここに私はあなたの、デイヒタアとしての、我國にまれにみる天賦を感じることができます。かういふ作品が、どれだけ我國の詩の可能性をひろげてくれたかは、まことに測りしれないと思ひます。
 先にひいた「Ein Märchen」のおもしろさ、うつくしさ、あなたのロマンツェ作家としての重要さなどは、又いく度も論ぜられると思ひます。私はただ好きな作品として、ならべただけです。それにしても「ツングース」のかなしさ、「老」における能面のやうな完璧さ。「海獣」のなかに、私はあなたの肉體のひろがりをみました。
 總じてこんどの集では、諷刺にもふくらみができ、幾分の安緒がみられて、私の心もやすらぎました。「わが誕生日」、「海濱ホテル」などがそれにあたります。このふくらみが、「彼等が口をあけて歌ふとき その口腔はうす紅い」といふあの痩身のうつくしさから來たことを思つて、私はいよいよ尊くおもふものです。
 最後の「墓地」では、あなたの詩にして、はじめてみられる斷言していい、きびしく、かたい、理智と羞耻と決心とにみちた悲哀のリリシズムがあふれてゐて、私には、もっとも貴く感じられました。これは「公園で」にみる「わたしは霜が置くまでと頑なな決心をして」などの心がまへとおなじに、 一たびこれに魅せられると離れられないほどな清冽なかをりをもつて、永く人々の心を動かすことと存じます。

 以上亂脈をきはめました失言の數々、どうか御寛容下さいませ。ますますお作のかずが殖えますやうに。
          (『四季』第53号 昭和16年1月号 53-56p)



 逝ける幼兒のための挽歌

若くて世なれぬ者が、まだあたたかみあるおまへの肉體から、わづかでもの生の反應をみつけようと、むなしいながらに順序正しい試察ををへぬまに、 はやもうおまへは此處にゐない・・・

ふるやうな星をたよりにおまへは、みんなを置いて、惡戯兒(いたづらつこ)のやうに氣ままに、せつかちに旅程をいそぐ。もう星たちとおしやべりをしたり、きらめく瞳でまたたいたりするので、こんやは戸外(そと)が、ひどくあかるいやうである・・・・

こころの看護婦が、おまへの瞼をとざし、兩手を胸のうへに組み、白い夜着(よぎ)をふかく掛け、かなしみをのべて静かにたち去るときから、おまへの小さな母の、はげしく美しい歔欷(すすりなき)ははじまり、肩がなみうつが、そこからはとほく、すべて繪のやうにみえる・・・・

そのやうなおほくの、僞らぬものから、天使たちはめいめい、さまざまな音をとりあげ、みごとな和聲(はるもにい)をつくるので、看護婦や醫者がぐつたり、眠つてゐるあひだずつと、おまへの母はそれにあはせて、おまへへの唄をうたひながらひとり、倦まずに夜あけをまつ・・・・

──ああま晝ひらいた花花がまだ咲きつぎ、星がながれたり、風がそよいだり、おまへの置かれてある部屋の家具などもかすかに交感したりするので、 こんやのやうに美しく花やいだ、みごとな夜ふけは、たんと見られない
          (『四季』第58号 昭和16年6月号 54-55p)



 いぬのふぐりといふ草を・・・

いぬのふぐりといふ草を御ぞんじでせうか
けふもかれらは道のべに
あなたのおぼし召により花さいてをります
その小さなあゐ色の花を天にむけ
風にそよぎ顫へながら 春のはじめから
ひと目の餘(よ) 勞せず 紡がず
咲きついでをります ああ
これらは世のいかなる破壊者の
いのちをはる日にも地にみち
蝶や子蟲のたぐひはそこを訪れませう
けれどもわたくしの念願は冬にも
夏にも煩されぬ大らかなたましひを
日日(ひび)にもち かれらにも あなたにも
羨まれる身分となることです
──世のいかなる破壊者よりも力づよく。
          (『コギト』第108号 昭和16年7月号 いぬのふぐりといふ草を 38p)



 ますらをの歌

 由來藝術は、男性と女性とを併せもち、植ゑつけ、孕み、育てるたちの人々によつてなされる人類祈禱であると思ふのに、コギトの詩人と批評家のうちには、多分に男らしさのかつた人々がゐて、わが小高根二郎氏もその一方の代表であるやうです。詩人はその女らしさから、些少の經驗もえ捨てずに、それを整理し、回顧し再生する運命にあるのに、この作者は自在に捨て去つてゐる。
 この詩集の珍らしさは、むしろかかつて其處にあるのではないかと思はれます。その意味でますらをの歌であり、剛であるが時に脆いのであります。 志や植ゑつけた精魂の大部分がつかはれ、孕みや育てにやや粗であるためか、あたら天來の妙句が一字の文法上の誤用によつて死んでゐることが無いではありません。いかにも男の仕事で、顔つきは麒麟兒なのに指が一本足りなくて、案外平氣でゐる所に、作者の人間的魅力があふれてゐる。それは作品に刻印され、通巻すこぶる活氣と誘惑とにみちた成果ををさめてゐます。これは確に、コギトが誇つていい仕事であると存じます。簡単ながらお祝ひまをしあげます。最後に私が作品鑑賞にあたり、志をおさへて、むしろ日本語法に拘泥したことを、コギトの評家がふかく尤めるず、少しく御参考下さったら望外の倖であります。
小高根さん、おめでたう。
          (『コギト』第110号 昭和16年9月号    ますらをの歌 50-51p)



 わが疾風と怒濤
──大晦日の夜に

おれはふとこの春の卒業のさまを想ひおこした
祝賀席上での學長の訓示はいかにも
なごやかで希望にみち 場所にかなひ
解剖のS博士のごとき
あの美しい童顔に眼(まなこ)かがやかせて
よかったよかったといひながら
いちいちみんなのまへに來てくださった
夜の謝恩会ではおれも
先生方のまへでなにかわからぬ
お禮の挨拶をさせられたりした
その次の夜が おお
我らの最後のクラス會であつたのだ
あの日はみながみな酔つばらつた
友も上氣してしづかに醉ひ
ふたりで何年ぶりかで手をとり
よかったよかったを繰りかへした
友は一番で卒業したのだ
これはまさしく劇的效果だ!
そのことをおれは言つてやつた
これこそかつておれが泣きながら
日記の端にふかく希んだことだ
ほんたうに何もかもがよくいつて
うれしくて涙があふれた
友はなんども感謝してくれた
それにあの日はめづらしく
おれの作品への感想などかいて來て
そつと手してくれた
かへりみち 雨がふり
おれは友に外套をかぶせ
濡れた夜ふけの街をうつとりと
ひとりのやうになつて歩いた
七年間お互ひが
はらはらしながらそれでも一糸亂さず來たのは
やはりお互ひ立派だったと思え
あのやうに本氣でよろこびあひ
忿(いか)りあった友はなかつた
途中喫茶店で一ぷくしたが
またそのことばかり喋りつづけた
お互ひに一流にならうといふことを
それぞれがこの學校の豫科ををへ
本科に進んだときに覺悟せねばならなかつた
おれは一たび止めようと決心した醫學に
死にもの狂ひでぶつかり
友はまい日(にち)を泣き
音樂への希望を裏切られながら
海軍短期軍醫試験にパスし
我らの學校を一番で卒業した さうだ
ほんたうに危(あやふ)いところであつたのだ
けれどももう何もかもがよくなつた
あんなにうれしいことはなかった
やつぱりお互ひが成長しあつたのだ
ああこのことをおれはいまこそ
誰にむけて感謝すべきであるだらう。
          (『四季』第62号 昭和17年2月号 54-58p)



 Cogito quod sum (又は詩人の思想)
   ――この小文を日本で最もあきらかな詩人思想家 萩原朔太郎先生に捧ぐ

 我々はあのデカルトが Cogito ergo sum (我ふ、故に我在り)といふのをきくとき、一人の哲學者、さらに直接には、考へる人が、つひにみづからを、考へる人ではなくて単に一個の人間として知覚するに至つてゐたことを思ひ、人が窮極においてみづからを認めるそのあり方に、人類の宿命をみる感じがして、ふかい驚きをおぼえるのである。

 考へる人が考へる立場にあるかぎり、このやうな言葉はあきらかに成立しないであらう。かれはかつて反對に、我考ふ、故に我在えずとしたであらう。かれにあつては考へるといふことは炳乎とした事實であつて疑ふ餘地がなかったであらう。かれはおのれみづからをも考へたのである。考へるといふことを成就するにあたって衝壁となるべきみづからの肉體をも、かれは透明化したのである。

 みづからと他人とを區別することはかれにとって不可能であつた。みづからのうちに特徴となるべき何らの特殊性をもかれは許さなかつたのである。 そのやうなことはあきらかにかれの考へを不完全にするものであつたらうから。さうして考へるといふことにかんするかぎり、かれは疑ふことをしらなかったから。

 かくしてかれは當然の結果として、みづからの存在を疑ふとまではゆかないまでも、はなはだあやふんだのである。しかもこのやうに生きいきと考へるのはみづからにほかならぬと感じたとき、かれは憶斷した。このやうな作用(はたらき)において、みづからは在るにちがいない、あらねばならぬと。さうしていふ、我考ふ、故に我在りと。けれどもこの言葉はもはや、いかに小聲でささやかれても我々の耳にはつよすぎる。これは考へる人としての言葉ではなくて人間の叫びである。

 デカルトははたして考へたであらうか。かれの考へは完全であつたらうか。完全に考へるといふことは、はたして成立するであらうか。 エドガ・ポオは、かれのユウレカにおいて、エトナ山頂から四邊を眺める人を描寫する。その人は、この風景の統一性(oneness)を、踵ですばやく旋回することによつて解しえたでもあらうといふのである。

 けれども、それもまた可能であらうか。その人は、いかにすばやく旋回しても、身をかがめても、みづからが占める空間をどうしやうもなかったではないか。風景のなかに楔のやうに割つていつた肉塊は、まさしくその人の眼をさへぎつたではないか。かれみづからの五臓六腑は、風景を押しわけてゐたではないか。

 エトナの山頂にたつたひとは、みづからの肉體により不完全にされた風景を感じたはずである。かれこそみづからの五臓六腑を透明化しえなかった悲しみに涙をながしたにちがいない。風景はかれの肉體にふりそそいだけれども、かれは風景をもぎとったのである。かれが在るかぎり、かれは風景を完全に見ることができず、したがつて完全に考へることができない、これが詩人である。
 さらに直接には、感じる人である。かれは我在ることを寸時も疑はない。これこそかれにとつては炳乎たる事實である。

 かれはまさしくいふであらう、我考へえず、何とならば我在りと。しかもこのやうに生きいきしたみづからの作用(はたらき)こそ、このまままつたき考へではなからうか。これこそ詩人の思想ではないかと、かれもまたここで憶斷せざるをえないのである。
 しかもそれはやはり、あくまで憶斷である。ここではまた感じる人が、そのみづからの立場からする言葉をおさめ、一個の人間として叫ぶのである。

 ここにまたしても我々は人類の宿命をみる。けれども、これこそが詩人のもちえる思想の唯一のあり方である。これこそはデカルトによつて代表される考へる人の思想に對抗しえる、唯一の、感じる人の思想のすがたにほかならないのである。 Cogito quod sum (我考ふ、何とならば我あり。)
          (『四季』第64号 昭和17年4月号 17-19p)



 たうとき別れ

たったいまかとおもへる
花やいだ
美しい
まつたうするために

こんやひと晩をぢつと
列車のなかで
決心してゐる
あのやうにさかんな

あの
むさんな
できごとを
おまへは

はげしく揺れる
目ざめてぬようと
ああ
見送り

驛頭のざわめきや
たうといみだれ
さまざまにかかはりある
さんぜんと聚り

花びらのやうに
稀有のできごと
かがやくなさけ
あきらかな

けれどもとりわけていま
あることの
なつかしいひとの
旗のなみ
ひとびとが
やがて

散りばうたにちがいない
とりどりな
いきいきした
別れの花やぎ・・・・

ここにひとり
いみじさは
すべてがふしぎに
唄ごゑや

夢のやうにゆるやかに
とほりすぎゆき
とびたつ鳩かと
せきあえぬほほふみ

さてははかない
鐵路をゆすぶる
ただひとふしの
夜をこめて
おも荷とならす
くるしい想ひも

かさなりながら
身はあたかも
胸ふくらんで
とほい望みやつめたい決心

うれひさへもがとけあつて
くるまの響さながらに
無窮旋律をかなでながら
しづかに旅程をいそいでゐる。
          (『四季』第68号 昭和17年10月号 42-44p)



 みなみの春の港に

まだあけやらぬみなみの
おぼろげに
船のあはひを
黒ぶねひとつ

やがておぼめく太笛
あたりしだいにあかるく
光りよわる燈臺の
朝のかがやき

春の港に
島かとうかぶ
魚のやうな
しづかにぬうてゆく

さては狂ほしい鷗どりに
あけはなれれば
最后のまたたきや
波のいろすでにいたく

風もはやあたたかくて
うごきだすとき
むれなす船かと
とほりゆく

すばやく昇天し
まなことぢれば
わがつとめさへ
さながらに

わが船の
島々こそ
わが眼をよぎり
なかんづくここでは陽は

上甲板に身をよこたへて
なにとぞ
とけゆくに似て
あすをもしらぬ夏の船路?
          (『四季』第69号 昭和17年11月号 54-55p)



 つよくいくさ

つよくさいた
そらはあく
あついひざし
たちどまり
──おれのせいか


むらさきのはな
ちひさなくさ
ありもゆかぬ
おれはするどく
おまへをみた
おまへのせいか

みぢかいくき
めにもとまらぬ
みつけたのは
つまうとしたが
──おまへのせいか

のみちゆき
ああひごろ
なににわびよう
なんとしあはせ
おまへのせいか

そのうつくしさ
おれひとり
はつとやめた
おれのせいか

なみだながれた
むだないくつき
けれどけふこそ
おれのせいか
たれがしらう。
          (『四季』第75号 昭和18年6月号 32-33p)



 かぐろきはな

かよふものなき
せんすべしらぬ

こころはげしく
まづはうれし

あかきはなばな
われをむかへぬ

ひとすぢみち
いかりもて

あゆみしが
みちのべの

むれさきて
とみるたまゆら

そがなかに
かぐろきが

あはれあはれ
ほたとおち

あなくるし
あひにけるかな

むねふたぎ
ゆふさりの

おもひいづれば
おとろへし

ややおとろへて
ありとみしを

まなかひに
まろびてしにぬ

むざんのものに
まがごとと

かへりしが
こころなごみに

ほのになつかし
かぐろきはなや。
          (『四季』第77号 昭和18年8月号 28-29p)



 しやうが姫
    ――タガログ俗謡──


ちよつぴりこしやうが
  うゑまうしたが
めをだしやつくね
  みのればまんご
かぎなげかけれや
  なむさんばばや
ゆすればおちて
  みめよいをとめ
いやぢやよいやぢや
  そなたにやほれぬ
むこがねたんまり
  おとりぢやものを
よごとにひとり
  なのかめにふたり
まつりにいなし
  かうたんさいにかへす。
          (『コギト』第136号 昭和18年11月号 しやうが姫 ダガログ俗謠 6p)



『受胎告知』

薬師寺衞 詩集草稿 (4.3Mb)

昭和14年3月16日 (昭和13年4月9日綴り直す)

伝存稿は田中克己により昭和28年に筆写されたノート
21×19cm 84p
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【受胎告知】

せなに(※不詳) la conception (※構想:ラテン語)

 受胎告知
    薬師寺衞
 (昭和廿八年六月廿八日より写す 田中)
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 [扉に] ―― (詩集第一)
 [裏] amicis (※友:ラテン語)
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  【I】

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  [ウラ白]

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 雅歌抄

≪ソロモンよ
ようもいうたな すべてはむなし
さうしておいて
おれをこの世に はふりだしたな≫

T
ながき竿もてかがやきつつ
童子は無心に川面うちつつ
しぶきあがれば ゆゑしらず
なみだあふるる

いはけなき童子すら
樂の音になかずや
かれらさへそのこころ
つねひごろ淫らなれば

にんげんしんじつかなしきは なみだのあつさ
このかたくなの男ぞ
向脛うつたれば
さんらんとこそなきにけれ

ひじりはなきたまはざるべし
つねにもこころすぐなれば
なみだとくながれさりゐて
あとをもとどめざるべし

 U

そよかぜよ くだもののかをりよ
かをらば かをれ
なれにほだされ
わがこころ いまひとたびただよはん

かぎりもしらぬいとなみよ 噴水よ
とどこほりなき姿よ
なんぢは われをなげかしむ
しんじつあまりにまつたければ

霏々として
みたまとびちりとびちりやまず
わが悔いの
そこひもしらずはてなきごとく

かすかなる悔いよ
なんぢはわれをはぐくむ
やまひのごときあまさもて
なんぢはわれをもてなす

 V

すべてのふたつなるものに
さかひあり
林檎とわが手に
つめたき手ざはりあり

はなれおつるは
林檎のさがなれや
くるほしくにぎるべきにあらず
必定わがてのひらにとけ入らず

林檎のめでたさは
われのそとにあり
かすかににほひ
ただよい入る

 W

わがひとり身の
身おもなる言(こと)のしらべは
おん身をなやませまゐらすべし
そはわが罪ならず

ゆすらばおちよ
十方世界
きみがこころと
陽のひかり

きみがかたちよき頭蓋には
われのしりえぬ夢のあり
そは夜ごとにおん身をもてなし
しづかに たちさるならん

ともよ
夜空に星はしたたる
ひかりしたたる
すべなきものか

したたるものはとらへざるべからず
星のひかりが
人間のこころ[が]
この雙(もろ)の手に

 X

ながれゆく木の葉よ
ふかれとぶ塵芥(ちりあくた)よ
なんぢらにいのちなく
かぜとみづとにいのちあり

われはさからはんとにはあらず
世と時とにながされざらんとおもふなり
かぎりなき感恩のおもひもて
わが地點に標(しめ)うたんことをおもふなり

ともよ
わが地點をむなしといふや
あかあかとうちたてるわが標をしも
なにものもなしといふや

世にむなしきものなし
童子は川面をうつ
いのちなり
童子は川面をうつ

   ×   ×   ×

われはなにものをも解せず
この不可解のまつただなかにありて
なにものをも解せず

はる虻はげんげのはなに
いつしんに
とまりてあり
ひかりしたたり いのちしたたり。

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  【II】

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  [ウラ白]

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 ぷろてぃうす

ぷろてぃうす
なれはしろきゐもり
とつ國の海辺の洞に
すむと人のいふ
眼なく
からだは白き

ああ なんぢ
濁世を行かんことを欲せず
ために足はよわし
物みんことを願はず
よくめしひたり
光りを欲せざれば
姿は白し
思ふことなくして
脳漿をすて去れり

われかつて詩人なりしとき
なれのごとき
淨きものを愛したり
いま
人の住む國に
きたなくも
ときに
雄々しくも生きんことをねがへど
水のごと
こころ澄めるときは
波の音
かそかにきこえ
洞穴(ドウケつ)は
光りは入(い)らず
ぷろてぃうす
なれ一匹
しづかに
わがこころに
よみがへりゐるを想ふことあり

ぷろてぃうす
なれひとり
わがこころに
ふかく
うまいすと懐ふことあり   (※うまい:熟睡)



 雨中鶏圖

にはかあめに
めんのとり ひなどり
とやにかくれぬ
をんどりよ
なんぢ いちは
たちつくして
あめをきくか
とたん屋根をならし
かべをぬらし
いまは
しみみふりつづく
はてなきあめを
おほいなる
ましろき
をんどりよ
なんぢは
ひろ庭にたち
くびうちふり
おどろきつつも
きかんとするか
なんぢの耳は
あらはなれど
なんぢの脳は
あまりにちひさし
ひとあし ひとあし
たかだかと
あげつつ
あゆみつつきけど
この
はてなきあめを
なんぢは
さとらざるなり
かつてきき
いまききつつ
またきくならん このあめを
なんぢは
永劫さとらざるべし
かくて
ややひろき
かんさんたる庭を
よこぎりて
ましろなる
をんどりは
かなたにゆけど
あめはるは
しみみにふり
とたんをならし
をんどりの
ちひさき跡を
かきけしたり。



 烏賊

烏賊は
ひねもす
さんさんたる光
搖れうごくうな底に
おのが
ひそかなる影をまもる
ひとりなれば
すがたしろく
たえて
かの
海藻にだに
觸れしめず
まこと
はるかなる
けしがたき憂ひを
いとなみては
むなしく
みだらなる
魚のまなこに
つめたき
星をそそぐ
かくて
いよいよ
うるはしく
身は
すきとほり
こころきびしく
おのが
ましろき肢(あし)を
くらひて
饑にそなへたり



 蝦

蝦よ
おどろくことはない
おまへのながいひげで
前後左右にひつくりかへつてゐる魚のはらを
つついてみるがいい
なるほど
この魚屋の店先で
生きてゐるのは
おまへばかりだ
だが
かまふことはない
かういふことは
よくある圖だ
おまへはとにかく
みんなのはらをつつき
みんな死んでゐることをたしかめ
おまへだけが生きてゐることを
そのまま感じて
すこしのま
はひづりまはれ



 ふぇにつくす

おれがおまへとそつくりだといふことに
考へいたつたのは
なんといふ残酷だ
おれは
おれみづからを
やきころす
それから
これがおまへの流儀だが
まさにおれの灰のなかから
たちあがる。
もうもうたるけむりのなかで
おれは
おれが生きかへるのを
みせつけられるのだ
どうしても死にうせないといふことを
はつきりと
さとらされたときの
おれの氣持ちが
おまへにはわかるか
いつかは
ものみなが死にたえて
おれとおまへとが
のこるだらう
そのときこそは
おれは
おれみづからをやきころすのをやめ
豹のごとく
おまへにととびかかり
おまへの
のどくびをかみやぶる
おまへも
おまへのするどい爪で
おれの心臓を
つかみだし
かくて
もろともに
死にたえるだらう
おれはこの機の到來をねらつてゐる
それは
よほど遠い未來であらうか。

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  【III】

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  [ウラ白]

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 金魚

ああ
金魚はかなしい
みぞぶたのうへで
しんでゐた
しんでも
きれいでゐたかつた
金魚のうろこは
しんでも
はづかしかつた
あんまりきれいだつたから
金魚は
よわかつた



 秋

とちの木は
白きゆめをこひたれば
とちの葉は
秋ふかく
かげのごと
しろみたり

はぜの
あかき葉は
かなしくも
秋のうれひを
いつしんに
そめぬきたり

はぜは
こころをいため
ちからつきて
おちかさなり
日をへつつ
土となりしか。

とちはまだ
たかきにゐて
ゆめみつつ
ゆれつつあれば
わが手もて
もぎとりぬ



 芽月のたより

いま
草や木をごらんなさい
どれもこれも
小さき芽をだしてゐるでせう
あれがみんな
葉になつたり
花になつたりするのです
ところで
わたしのなかにも
ことしもまた
芽がふいてきた
やがて
葉がでたり
花がさいたりすることでせう
ああ
それがくるしくて
いつそ
芽を
わかい芽を
たたきつぶしたくなるのです
かなしいことですね
わたしは
貴金属のやうに
かがやかに
ひとつ
ことしも
芽月をむかへました



 はるのグライダア

こどもがあげたのに
あんなに
つばさかがやかせて
やさしく
ふうわりと
なかなかおりてこないので
うらやましくなつた
しまひに
なさけなくなつた



 紅茶

小鳥は
もうゐなくなつてゐた
ひよわいものは
冬をこさなかつたのであらうか
れこおどをかけるひとよ
あれが
とまり木からおちたときに
ボつケリイニの曲は
このやうにうつくしかつたか。   (※Luigi Boccherini:作曲家)

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  【IV】

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 受胎告知

わたくしはうごかずにをりませう わたくし
のからだは熟れてをりますゆゑに わたくし
のあたまは熱してをりますゆゑに いまわた
くしは もろもろの惡をおかすに なんのけ
ねんもございませぬ わたくしのなかに な
にがやどつたのでございませう あなたさま
は それがなにとはおほせられずに ついと
いつてしまはれた わたくしは不安にかられ
てをります みづのなかにあわができるやう
に わたくしのなかになにかがうまれたこと
を あなたさまはお告げくだされただけ あ
あ わたくしは吐氣をもよほすやうでございま
す わたくしのからだは あたりのあたたか
みとおなじになり そととなかと ちからが
つりあひ わたくしはむせかへるやうないき
ぐるしさにあつて あぶらのなかのあぶらの
やうに けぢめもありませぬ わたくしはさ
まよふこともできませう そらにうくことも
できませう いや こころをいためずに ひ
とをあやめることさへも わたくしのなかに
うまれたものが なんであるやら きついあ
なたさまは お告げくださいませなんだ わ
たくしはそれがなんであるやらしりませぬ
なんであらうとかまひませぬ だれとのひそ
か子やら わたくしはかんがへませぬ それ
はもう わたくしのせいではございませぬ
けれども わたくしのちぶさは ひごとにち
ちをたれるでございませう わたくしのなか
で ものみなが ふたつになるのでございま
せう この不安のなかに うはごとをいひつ
つも ほこりがに ましろい床によこたはつ
て わたくしはうごかずにをりますゆゑに わた
くしのあたまは熱してをりますゆゑに。



 蝶

くりいむいろの陽がななめにさすきよらかな
石だたみの階段に なにはなくとも うすこ
ばるとのしじみ蝶がしんでゐる おまへはか
ういふ構圖のなかに みづからを嵌めこんだ
のであらうか それにしても わたしのきか
たの すこしおそかつたことが おまへをか
なしませたかもしれない おまへのはねは
はやすこし裂け それよりも わたし自身
あまりにながいさすらひからのかへりみちで
 おまへを弔ふよりも まづ憩はねばならな
かつた。



 人形

おまへがひとつのほほゑみよりもつてゐたい
のは なぜか おまへはそれによつておまへ
をささへ もちこたへてゐる おまへのうつ
くしさは 萬人に愛されるだらう ところで
ひとは なんと おのれの愛するものを 傷
つけたがることか おまへがおまへの表情を
かへないのは 賢明といはれねばならない
いや それがおまへにあたへられた 唯一の
防禦であるかもしれない おまへが ひとつ
のほほゑみから 他のほほゑみにうつるなら
ば その隙に なにがとびかかつてくるか
しれたものではない それこそおまへは 粉
微塵にはづかしめられるかもしれないのだ
おまへには なにの武器もないことを しら
ねばならない おまへはただ 氷のやうに
みじろがずにゐなければならない あるかな
きかの隙をも みせてはならない それでは
じめて ひとは おまへからすこしくとほざ
かり われにかへつて おまへのやうに お
かしがたいものをみとめ しづかに ややさ
びしく おまへの美を讃歎しつつ ながめる
であらう。



 林

ポオルとまれ。あめあがりの土をかいでみろ。
ぼくがけふなら、おまへのしつぽのふり心
地がわかるだらうか。この土のかをりは、お
まへにとおなじに、ぼくにもこころよいのだ。
そして、さつきからひかりのやうにふりそ
そぐ、小鳥のこゑに、ぼくの耳の筋肉は、か
すかに機能をとりもどし、それで、この林を
でるまでに、ぼくはすつかり小鳥のよろこび
を会得するかもしれない。それに、ぼくは、
さけびごゑをあげたりするほかに、ものをい
ふ必要をかんじなくなつた。ポオル眼をつ
ぶつてみろ。さあいつたつて、おまへは、し
らないでゐる。小鳥にも、のぞめないだらう。
おそらく植物がさうすることだ。眼をとぢ
て、耳をおほうて、さうだ、觸覚だけになる
のだ。さうして、土のうへに、はらばうたら、
いまなら、あるひは、植物のおもひがしれ
るかもしれない。いや、さらに、觸覚もなく
したら。ポオル、あらゆる感覚がなくなつて
も、いきてゐるといへるだらうか。さう、た
しかにさうだ。ゆめのうちのやうな。それは
どういふものなのだ。ああ、ぼんやりしてく
る。これがわかると、壌のかをりも、石の、
いろいろなすがたも、あまつぶのひかりも、
なにもかもわかつてしまふのだが。ポオルお
いで。もうすこし、おくへはいらう。ひよつ
とすると、けさのうちに、わかるかもしれな
いのだから。このつぎにくるときには、おそ
らく、林のなかは、かはききつてゐるだらう。
さうなれば、また、なにもかもわからなく
なつてしまふのだ。まつたく、ぼくらの理性
にかんすることさへも。



 習作

あたたかさうな、あまいやうな、皮をはいだ、
うつろの、まつかな、手足のない胴體が、
血をたれて、仕事服をつけた小使にはこばれ、
たたきのうへに、ひどくおかれた。それは
ごとりと、さかなのやうな音を――畢竟さ
かなの音は、うつろのせいではないか。夜の
灯のしたに、ぼくらはいつしよにゐた。海鳴
りをききながら、ふしぎな、うすぐらい土間
にゐた。そこでは大勢の氣のあらい男や女が、
こまかい氷片を、せはしげにシヨベルです
くひ、さくさくと、あたりころがつてゐる
鮪のはらに、手ぎはよくつめこんでゐた。ど
うしてぼくらは、あんなに熱心にながめてゐ
たのだ。たたきをあるく、かれらの足音が、
なぜあのやうに、はつきりとひびいたのだ。
ぼくらは、なにものをもすひこむやうに、す
べての音にききいつたではないか。あのあく
る日に、ぼくは、たたねばならなかつたのだ。
ひどい雨風の日に。波止場では、延着した
泛船の大笛がなり、見送つてくれるひとはあ
つた。艀がまはりだすと、やや沖あひの闇の
なかに、親船がくつきりと、夜よりもくろく、
うきでてゐた。なにもかもしまひになつた
とき、見送るひとは、ずぶぬれになつて、傘
をかたむけてはしつてかへる姿が――ああ、
ほとんどこころよいばかりの、あたらしい
死體のにほひが、おもひをさへぎつて、ほの
かに、みちただよひ――



 “お茶時”
  ――児島虎次郎作品(倉敷市大原美術館蔵)

お茶時には、蔓薔薇のああちのしたにつどは
ねばならぬ。このひとびとがそれをしつてゐ
る。お茶時はしづかにすごされねばならぬ。
小さな椅子はあかくあらねばならぬ。生活に
いささかのはなやかさをそへるために。書物
をよんでゐるひとは、絃樂器の音(ね)にききいら
ねばならぬ。かなでられる樂器の音は、書物
よむふたりのひとに、ただよひいらねばなら
ぬ。ふりむけば、はるかに、教会の塔がみえ
ねばならぬ。生涯を通じての、のこされたお
茶時の時間は、それとなく、はかられてゐね
ばならぬ。このひとびとがそれをしつてゐる。
お茶時はしづかにすごさねばならぬ。蔓
薔薇こそいちめんに、あかむらさきのはなを、
みどり葉のすきまに、てんてんとちりばめ
ねばならぬ。



 速度 
      ――過失死について

鐵橋のはるかしたには、みどりいろのみづが、
まんまんとうごき、岩角にあたつては、し
ぶきとなるのであるが、そのまつしろな泡は、
しづかに、宙にういて、一時ふととまるやう
にみえ、そのままきえてしまう。あまりに溪
がふかいので、眼のしたの景色は、ゆるゆると
移り、峯にはえているとねりこの梢が、あし
もとでこまかにゆれる。じぶんを混乱させる
のは、汽車と鉄橋とが発するせはしげな音で
あるが、これがうそであると感じるのは、も
う次の瞬間である。風景の移りかはりのゆる
やかさが、必然に列車の進行をおそく感じさ
せ、あまりにふかい溪は、じぶんに納得され
ないでしまふ。あまりにとほい月が、その距
離を十分に感じられず、雲よりもゆるくうご
くと思はれるやうに。じぶんはやすやすと、
片方の足を降り口からうかせるのである。じ
ぶんの乗つてゐる列車は、ゆるやかにあとし
ざりする眼のしたの風景とは反対方向に、お
なじ速度で、あゆむやうにはしつてゐる。さ
うして、とねりこの梢はみる眼に心地よいの
である。じぶんはその梢のうへに鳥ならばし
ずかにおりるのをしつてゐる。梢はわづかに
たわむ。われわれもまたさういふ身軽さを、
つねにこころにいだいてゐる。いまこそ汽
車ははふやうにゆるやかであり、溪は手に
とるばかりあざやかに、梢は眼のさきにゆれ
る。じぶんの年來の緊張は、まさにこれを成
就するための準備であつたか。片方の足はす
でにういてゐる。なんの不安もなく、いささ
かの誤算もない。いまはこころみねばならぬ。
梢はわづかにたわむであらう。じぶんはは
るか眼のしたのしぶきのやうに、しづかにや
はらかく、梢にまひおり、とねりこのひと枝を
もぎとつて、ふたたびかるがるとまひもどり、
眞夏の、汽車の旅をつづけねばならぬ。



 かもめ

かもめよ どんなにひどい女でも くちのな
かまで臙脂(べに)はぬらず ふくらはぎまでは 染
めぬものだ 人殺しをせがむやうな いやら
しいこゑのあとで みだらなくちを しつかと
つぐんでゐるおまへ ゆきのやうなからだを
 たそがれの ひかりのなかに かすかにた
だよはせて 巖のうへに ひとり すくんで
ゐるな おれはいままで じつとおさへてき
たが けふといふけふは おまへの隙をみす
まして 飛鳥のやうにとびかかり おまへの
いたましいくちばしをへし折り まつしろな
頸(くび)をひつつかんで 巖角にたたきつけた
たきつけ ふみにじらねばならない おまへ
のあたたかいからだからは すこしの血がな
がれ まつかなくちのなかからは 女水死人
のたましひらがながれ 燐のやうにとびちり 瞬間
 すべては完了して あたりは 法悦の闇黒
につつまれるにちがひない それにしても
ふと 不覺にもおれは それまでに ちらと
 おまへの顔をみないだらうか そのときお
まへは 瀕死の眼を はつきりとみひらくの
か その眼のふちの うつくしい あかいく
まどり こんなところにまで やさしいおも
ひをこらしてゐるおまへには まだまだ し
んからかなはない おれは 悔恨と絶望とに
 化石のやうにひえきつて けふもまた む
なしくかへるとしよう おまへは うゑてゐ
るなら たそがれのええてるをふるはせて 
もう一度 あのこゑで 海をなやますがいい
 おれは まけたのだから じつときいてゐ
てやろう さうして ちからをたくはへて 
つぎの機会を ねらふとしよう。



 惡魔
      ――みしらぬカトリツクの 尼さまにささげてよいならば

 あなたさまのうつくしいフランスの言葉が
わたくしをみにくくさせました わたくしは
みるみるうちに 小さな悪魔になつてしまひ
 あなたさまの灰色の頭布に とびかからう
といたしました あわのやうな後悔が から
だぢゆうをとりかこみ それでも わたくし
は息もたえだえに あはれな猟人(かりうど)のやうに
あなたさまをつけねらひました どうしてこ
んなことになつたやら これがどのくらゐか
なしいことやら わたくしは わかりさう
にもありませぬ 世のなかにあつて わたく
しは人間でございました いいえ それが あなた
さまをみました瞬間 狡猾な安堵のゑみをも
らし いやつと 悪魔にかはりはててしまひ
ました くるしい天使の役からにげて 身軽
な悪魔となり けがれのないあなたさまのお
かほを あさましい よい氣持で のぞき
こみました 天使は犯人のやうなものでござ
います それは一度の過失をゆるされませぬ
 それにくらべて 悪魔は刑事のやうに 一
度の成功でことたりるのでございます さあ
おあるきください わたくしは あなたさま
のけだかいおすがたから 一點のしみをみつ
けるために 蝙蝠のやうに あなたさまのま
はりを かけめぐりませう そのいやしいす
がたで あなたさまの御憐愍をかひますやう
に ああ わたくしは 安堵に こゑふとつ
て ゆめみるやうに あなたさまの きよら
かなまはりを こころもなく かけめぐりま
せう

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

  【V】

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

  [ウラ白]

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 樂園喪失
      ――アダムの記録

 わたくしの父うへであらせられた、もしくは
母うへであらせられた、たうといおかた、い
まわたくしは、ここにはじめて、悔恨ととも
に歓喜をもつて、樂園をおはれつつ、あなた
さまに、はじめてわたくしからはなれて空氣
のなかをただよひ、わたくしにもきこえるや
うになつた、こゑで、すなはち、はじめて容
體となつたわたくしのこゑで、おわかれをま
をします。ああこのこゑは、ついこのころま
では、わたくしのくちびるからでると、わた
くしのからだがともにふるへ、それゆゑに、
わたくしには、きこえなかつたものでござい
ます。いまこそわたくしは、わたくしが樂園
にあつたときには、木のはしともおもはなか
つたあなたさまを、さまざまにおもひめぐら
します。わたくしは、植物が養分をすひとる
やうに、林檎をいただいただけのことでござ
います。あれだけを、たべてはならぬと、あ
なたさまは、おほせられましたが、これがど
んなことやら、わたくしには、わかりません
でした。わたくしはただ、順序をおうて、た
べたまででございます。へびがもつてまゐつ
たものを、なにともなく、いただきました。
へびが誘惑したとおつしやいますか。いいえ、
へびはただ、さらさらとうごくいきもので
ございました。誘惑にまけたとおつしやいま
すか。いいえ、それではあなたさまは、あま
りにわたくしを、おしりになりませんでした。
あの当時、誘惑といふものがなんであるや
ら、どうしてわたくしにわかりませう。あな
たさまがしつておいでなのは、ただつまりわ
たくしのことでございます。にんげんのふり
をして、しかも植物のやうに恍惚と無意識
のなかにあつたわたくしに、あなたさまは手
をやかれました。意欲にみちておいでのあな
たさまの、おすがたになぞらへてつくられた
わたくしが、植物とおなじに無意識であつた
ことが、あなたさまを当惑させまをしました。
わたくしは堕落をいたしましたか。ままよ。
けつきよく、あなたさまには、ごつがふが
よかつたかもしれませぬ。こんにちただいま、
はじめて、わたくしは、樂園のすがたをお
もひうかべます。無意識なままにわたくしの
こころにおりこまれた、あのふしぎな園の逐
一をおもひます。あそこにあつて、あなたさ
まは、全能の力をしめしておいでになつた。
ああそのことを、あのときには、ぞんじませ
んでした。あのときに、ひごとにしんでいつ
た、ちひさな動物のすがたが、はじめてさび
しいものにみえだしました。どうしてわたく
しは、あれらのいのちを、かなしまなかつた
のでございませう。あれらはどうなりますこ
とか。それにわたくしのイヴが、いまはわた
くしをよろこばせ、かなしませます。あの、
めしべのやうであつたイヴが。太陽はあたた
めてくれ、それがわたくしをよわめ、風はす
ずしく、それがわたくしを怠惰にするやうで
ございます。ものみなが、ふたつのすがたを
もつて、わたくしをとりかこみます。いいえ、
これは、あの当時もさうでありました。た
だ、すこしも氣づかなかつたのでございます。
わたくしは、樂園にあつても、さむさにふ
るへました。けれども、さむさをば、しりま
せんでした。夢中にふるへてをりました。た
だいまのわたくしにも、無意識なものがひそ
んでをり、それがわたくしを、ゆゑしらぬ悔
恨でさいなみ、樂園をあこがれさせます。一
方では、いちじるしい意識が、はつきりした
歓喜をもつて、わたくしをはげまします。た
だいまでは、わたくしは、意識をもつて、樂
園を、手どりにしたうございます。わたくし
の精神は、そのために、さみしい飛躍をつづ
けませう。いのちのあるかぎり、イカルスの
やうにあまがけり、地におちませう。いまで
は、飛翔のうちに、轉落が豫期されませう。
それでけつこうでございます。わたくしは、
あのいやらしい天使のまねは、いたしますま
い。あれは、とんだきり、おりてこられない、
あはれなけだものでございます。たうとい
おかた、あれだけは、ぞんぶんに軽蔑させて
くださいませ。わたくしは、轉落を賭けて飛
翔いたしませう。鉛の靴をはいて、かろやか
にをどりませう。あなたさまは、わたくしを
おみすてになりませうか。それでは、いそぎ、
おわかれをいたします。意識のあるかぎり、
しばらくも、樂園のことをおもひますまい。
ただ、わたくしのあづかりしらぬ、わたく
しのなかの無意識が、たえず、それにあこが
れませう。それに、わたくしとても、やがて
のことに、しにたえて、まつたき無意識のな
かに、ふたたび、とこしへに、あなたさまの、
御恩寵にあづかることでございませう。そ
れまでは、意識のかぎり、はつきりとおわか
れをいたします。わたくしの、たうといおか
た。では、しばらくのま、たかだか、いのち
あるあひだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

  【VI】

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 祈り

すべてのものは さりゆくではございません
か わたくしだけをのこして ふたたびかへ
らぬのでございますか そんなにも となり
あつてゐるものが みんな はなれてしまふ
ではございませんか もはや わたくしのか
らだは ないものをも あたためぬのでござ
いますか ああ なんといふくらさ それに
しても あなたもまた。



 こほろぎの二月(ニグワツ)

まだ
こほろぎが でてまゐります
神よ
あれは
いきてゐることも しぬことも
ぞんじませぬ
もう
なかまはをりませぬ
それに ああして
なにやら
せはしげに さがしてをります
おお
あれは
なにごとも ぞんじませぬ



 祈り

神よ
あなたの
おぼしめしで
ぼくら
じぶんにひとしいものを理解し
ひとしくないものを愛することが
できるのですか
ところで
理性をうしなつたひとびと
とぢこめられ
みはりをされて
ほこりがに にぎやかに
愛をうしなつたひとびと
ぼうしかむり
外套をきて
アスフアルトのうへ
囚人のやうに
うをのやうに
ひごと
巷にみちあふれてをります



 [題ナシ](※ママ)
    ――けふはあなたがみえないけれど

太陽が
そんなにあをざめさせるのですか
地球がかげをするので
あなたは虧けるのですか
雲が風におはれ
それではあなたが
もののけのやうに
よつぴてかけめぐるのですか

いましがたぼくは
おもひのままに星座のなかをわけていり
からだぢゆう星くづをいつぱいつけてゐるのです
それゆゑ
あなたのことばもわからうゆゑ
いまこそ
秘密をおあかしください。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

  【VII】

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

  [ウラ白]

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  [題ナシ]

ともよ、なみだが、おたがひのいかりを、ど
れだけきよめてくれることか。ぼくらの愛が、
どれほど、あやふやをにくませ、おたがひ
に純潔であることを、もとめしめることか。
そのことが、どこまで、ぼくらをたかめあふ
ことか。無力な、大学生のやうな、半笑ひを、
どのくらゐぼくらは軽蔑してゐることか。
おたがひに、こころをつくして、いかりあは
う。ちからのかぎり、なみだをながして、あ
るかなきかの缺點にも、最大の不満をかんじ、
ぼくらを、せめておたがひにたいして、あ
くまでまつたきものに、しとげあはう。



 めがね

ともはめがねをかへ、ほかのひとのやうにな
つてゐた。うきうきして、上品にほほゑみ、
いつもよりは、すこしとほくにゐた。ていね
いにおじぎをして、やつてくる。しらないひ
と。どこかすげないやうすがみえ、わたしは
きまりわるく、みぢめになり、わからなくな
り、こころひそかに、さよならをいふ。


 ねがひ
ともよ。どうかうごかないでください。ぼく
はいま、きみがわかつたやうだ。だから、そ
のままぢつとしてゐてください。きみのから
だのうちに、ぼくにわからないところがある
などといふことは、かなしいことです。うご
けば、またあたらしいひとになる。どうかそ
のまま、こほりのやうになつてください。あ
たらしいきみは、あをいりんごのやうに、て
ざはりつめたく、しらぬひとです。そのとき
は、ぼくはまたはじめから、やりなほさね
ばならない。ともよ、どうかきものをきかへ
ないでください。きみのきもののしまがらを、
いまはおぼえてしまつたから。あしおとが
かはらぬやうに、げたのうらにはごむをうた
ないで。わけても、めがねをかへないで。そ
れはぼくをとまどひさせ、きまりわるく、み
ぢめにさせるから。ともよ、どこへもゆかな
いで、しづかにしてください。きみがうごく
と、きみのくびは、とれてしまふかもしれな
い。きみのあしは、ぽろツとはづれるかもし
れないのだ。きみが、じつとしてゐるあひだ
に、きみのたましひを、ぼくのからだが、そ
つくりすひとつたから、きみは、うごかない
ほうが、いいだらう。

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  【VIII】

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  [ウラ白]

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 〈ビリチスにそなへし唄〉から

 1
ビリチスよ
おんみの名に供へものせん
空いまだしろけれど
わがさわがしきこころは
すでに春を感じたれば
いまやきしめるはねに油をそそぎ
にほへる油をそそぎて
翼ととのへたり

 2
ビリチスよ
おんみのナシヂカは
あまりに
くるしみをしらねば
おんみをかなしませたり
ビリチスよ
おんみのはじめて
ナシヂカとあひしとき
かのをとめは
唄ひてありしか
わが
友としりしとき
そのあかき心(シン)の臓は
ふみつぶされてありと
友のつげれば
あまりにいたましく
しろきなみだを
そそぎたり

 3
ビリチス
みよや
われはをどる
ひとの世の
かなしみの
うすらひのうへを
かなた
こなた
かがやきつつ
身も
かろやかに
ビリチス
これは
おんみのをどりか
うすらひを
すかしてみれば
うすらひのした
みづながる
されどわれらは
ともかく
をどる
ビリチス
われら
かるくして
うすらひのうへを
かなた
こなた

 4
ビリチス
おんみは
をとこならねど
おんみのこころの
はかなさ
おんみのよろこびと
かなしみとは
ひとつこころにあり
おんみは
うたびとであれば
おんみ
ナシヂカと
かたるときも
おんみのうちに
ちぎれ雲のごときものありて
とこしなへに
とびて
ひようひようたり

 5
ビリチスよ
おんみのかなしみは
おんみが
みづからのほかに
よろこびをみいでしにはじまる
おんみは
おんみのはだへをこそ
せちに
いとしむべかりしなり
みづからが
たるみてしぼむまでに
もつぱらおんみを
めづべかりしなり
おんみが
うたびとにてあるかぎり
みづからよりも
めでたきものは
あらじと
おもひたまふべかりしなり。

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  【IX】

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 狂女外出

狂女よ
あなたが外出するときは
なんといふはなやかさだ
そとには樂隊がとほる
もちろん
あなたをいはふために
あなたは
自動車にのつてでかける
お供を四人もつれて
通りには
あなたのお氣にいりの
大[斈学]生が
群れをなしてあるく
そこであなたは
おごそかにうたふ
「カンカンボンボ…」
おお かなし
あなたの声は
どうしてそんなに
しわがれてゐるのだ
うれしさのあまり
のどがかはくのか
自動車がうごく
あなたは急に
かへりたくなる
「おりるおりる」
どつこい
四人の看手が
おまへをおさへつける
狂女よ
樂隊がきこえないか
氣にいりの大[斈学]生の
四角い帽子が
ちらつくか



 夜

理髪師よ
汝にこころあらば
その客の
ふとく白きくびに
かみそりもて
あかきすじをひくべし

ひつそりと
この眞夜中
ただひとりの客に
銀色、へびのごとき
かみそりをあてつつ
理髪師よ
あかき血を禮讃せよ

豚のごとくこえふとりたる客の
いかにみにくきかを思ふべし
かみそりに
かれの
きいろき脂にけがされたら
そをあたらしきかみそりもてぬぐひ
かくも
ふてぶてしくねむれる客を
かの
けがされたるかみそりの
ふるへるごとき
はづかしめのおもひもて
ひたむきに
汝は
ほふるべし



 夜の郊外電車

あいつはいつもこれだ
ものにつかれたやうに

じぶんのおとにおびえるのであらうか
林立する電柱がおそひかかるので
みぬふりをして
しにものぐるひにかけぬける
それに
ひるまのおほきな石ころが
レエルのうへにねてゐるかもしれぬ
あいつはそれを
ライトでてらすのだが
もうおそい
石がくだけるのか
じぶんがはねとぶかだ
あいつはもともと
不安なたちで
レエルがなければ
さまよふのだが
いまは
まつしぐらに
情熱をすりへらす

それに
しよつちゆう
ありあまる悔恨に身をふるはせ
さけびごゑをあげながら
たすけをよびながら
どうしやうもないのだ
まつくらやみは
つぎからつぎとつづくので
あいつは
しぶんの運命におどろきながら
火花をだして
うつとりとはしる。



 ゴムの樹の芽
   ――かたつむりがうたつた

ええ めらめらで むちむちで さうして
べろべろなんで わたしは よつぴて あの
おほきな葉のうへで みてゐましたんで あ
れは よるのしごとで みるものぢやありま
せん あのいやらしい ふとながい芽が ぐ
るぐるよぢれながら にゆうにゆうのびるん
で まつたくあいつは へいきなもんで 身
をくねらせて 氣がくるふやうなにほひをさ
せて へびのやうに ひかりながら 夢中に
なるんで あのすべすべした ふてくされな
肌が あをくなつて あかくなつて すると
いつせいに 葉がぶるぶるふるへ あいつは
めだつて ふとつてしまひます それに 月
夜だらうと やみ夜だらうと みさかひのな
いやうで いつもああなんで さうして い
ちまいいちまい 葉がふえるんで だからあ
の葉なんぞ いやらしいもんで あいつはそ
れが得意で まああの葉にふれてごらんなさ
い じつにぶくぶくして ぐにやぐにやして
 ああ あいつはまつたく 胴體に ぎいぎ
いとすぢをつけられ そこから どろどろの
液のでるのが たのしみなんで それはもち
ろん あなたさんが あいつを温室でおそだ
てなさるのは かつてなんですが どうぞ
おとりころされなさらぬやうに ねがひたい
もんで よるなんどは とくにしつかりと
氣をつけて おやすみなさいまし。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

  【X】

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  [ウラ白]

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 搖籃歌

このまひるなかに
おれをねさせようとするか
くわうくわうたる日のひかりを
まつくらやみといふのか
おきあがらうとするおれをおさへつけて
かすかにかすかに
もううたをうたつてゐるな
おまへのこゑをききながら
まつたくおれは
不覺にも
こんこんとねむらうとする
絶望に
こころみちたりて



 ガラス

じぶんは友と
ガラスをへだててゐたので
さけんでみたが
きこえなかつた
ガラスのうへに
字をかいたが
友には
さかさにみえ
もどかしいので
身ぶりをしたら
こつけいにみえた



 よきうた
   ――レムブラントのために

あばよ みなさん
きみのこころは
われのこころにあらず
けふよりわれは
わがかげをだきてかへらん
われをしるものは
われよりほかになし
われは
われをしるものをあいす
ゆゑに
みづからをあいす
あばよ あばよ みなさん



 あいさつ

もうおわかれですか
それでは
さやうなら
だが
おわかれのことばも
無用でせう
ぼくらがしりあつたときに
こんにちはといつたわけではなし
めいめいが
あはないさきに
おたがひを
じぶんのなかにもつてゐて
であひがしらに
かんじてしまつたのです
おわかれのときも
だから
めいめいが
わかれないさきに
おたがひを
じぶんのなかにうしなつて
はなれた瞬間
わすれてしまふのです
だから
さようならはよしませう
いままでだつて
なんどもわかれたのです
そして
なんどもであつたのです
けふはおわかれです
また
いつかあへませう
さようならは
あつてゐるさいちゆうに
じようだんにいひませう
こんにちはは
わかれてから
おたがひに
なみだをもつて
べつべつに
きこえぬやうに
いひあひませう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

  【XI】

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

  [ウラ白]

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 動物園

ひとが動物園へゆくのは、学問をしにゆくの
ではない。分類学の知識をえるためではない。
もつとわかりやすい形の、ビスケツトにな
りさうな動物を、わすれないためである。そ
れから、そこへいつてみるのでなければ、も
うけつしておもひださないやうな、いくつか
のにほひを、かぎにゆくのである。ひとは、
おのおののこころに、かんたんな、象や駱駝
や縞馬や水牛やアシカや火喰ひ鳥や駝鳥やの
形を、もつてゐる。さうして、みんな、それ
ぞれにたいする感じももつてゐるのだ。だが
それは、はふつておくと、ぼんやりしてくる。
だからひとは、一年に一ぺんは、動物園に
ゆかねばならない。さうして、それらの感じや
形やを、あたらしくさせねばならない。ひ
とはそれらを、よそごととはおもへないだら
う。みんなすこしづつ、責任があるのだ。あ
なたは驢馬がなくのを、わすれてはゐないか。
あの聲はあなたのなかにもある。かも鹿
をみずにいては、うつくしい眼を記録するこ
とができなくなるではないか。アシカの、ち
や色のビロオドのやうなからだをみて、おも
ひあたることはないか。ただ、自轉車にのる
猿だけは、みないでおきたまへ。あれは人間
よりも妙なものだ。かはいさうに。



 自轉車にのる猿

自轉車にのる猿よ、おまへはもう、よさなく
てはいけない。かた手に、いさましい旗をふ
つてゐるが、おまへはじぶんでなにをしてゐ
るか、しらないのだ。駱駝は、そつぽをむい
てゐるばかりではないか。あれでいいのだ。水牛は、
たうとうねてしまつた。それがほんたうだ。
もうおやめ。相手になつてゐるのは人間ば
かりだ。しかもわらつてゐる。おまへがいく
ら利口に自轉車をのりこなしても、得をする
のは園丁と園長とこの町(まち)なのだ。もうこんな
檻にいれられたからは、きまつてくれるもの
を、不平さうにたべてやるよりほかはないの
だ。さうだ、おまへはバナナの皮を、器用に
むくではないか。あれは、たのしいことだ。



 ゆめ

みんなきてくれ。ライオンがしぬところだ。
ちみどろになつて、象とたたかつてゐたが、
もういきがきれてしまつた。ライオンは檻を
やぶつてやつてきたのだ。さうして象のあし
にくひつき、みみをひつさき、しつぽをかみ
きり、はじめからしまひまで、せめたてた。
象はおらおらとからだをゆすつて、ライオン
をふみころさうとした。ライオンはすばやく
たちまはり、かつてかつて、かちじにをする
のだ。ライオンはせめなければ、ふみころさ
れるのだ。あはれなライオン。おまへは、と
んだことをしたとはおもはないか。



 さけ

おさけをのまうと、ともがいふので、ついて
ゆきました。戸をあけると、いきづまるやう
な、さけのにほひ。うすぐらいへやに、ざわ
ざわと、おもひおもひの、いへではしないか
つかうで、さかづきのやりとり。みんなきら
きらしたかほで、なかに四にんおしのひとが
をり、てまねきをした。かほをゆがめて、み
せのねえさんに、おさけをのませてゐました。
おそろしいうにがたべられます。ともよ、
やがてわたしのめも、あのやうにかがやくだ
らうか。



 資格
ほんたうの仕事ができるためには、ひとは、
おのおののなかに、をとことをんなと、おと
なとこどもとを、均等にしつてゐねばならぬ。
といふのは、仕事をしようとおもへば、ま
づこどものやうに夢をみなければならないだ
らう。そして、おとなのやうに、はつきりと
つかまねばならぬ。それに、をんなのやうに、
いろんなものをうけいれ、それを、をとこ
のやうに、表現せねばならないから。だから
じぶんは、きみがだれであらうと、かまはな
い。もしきみが、こどもなら、きみは、おと
なびたかほをしてゐることだらう。をんなな
ら、をとこらしさがあらうといふものだ。た
だもうじぶんは、仕事のできるきみを、愛す
る。



 おとぎばなし
   ――とほく加藤介春先生に
いきものは、みんな、じぶんのなかに、動物
と植物とをもつてゐる。動物といふのは、知
性のことで、植物といふのは、愛のことだ。
このおはなしは、おもしろいのだ。慌惚の瞬
間に、大脳のはたらきがとまり、あなたは植
物になつてゐる。あなたはそのとき、あなた
のよいひととあなたとのあひだにある、ちよ
つとした不協和、二つの音叉の、わづかな、
振動数の差を、つきとめるちからをなくする。
そのときだ、愛や、植物性や、種族やが、
あたりいちめんに、ただよふのは。愛は背
骨のなかにある。ワイエンガアが自殺したの
は、あれはあの人が公式を、大脳のなかにた
てたからだ。そこでは、愛のゐどころがない
のだ。動物のうちでも、人間が、いちばんの
ぼくの知性を、動物性を、意識を、もつてゐ
る。だが、背骨のなかへ、無意識な、愛を、
すこし、それでもたしかに、もつてゐる。そ
れで、かうなるのだ。植物のうちでもいちば
ん高等な、きくや、さくらやは、おそらくい
ちばんおほくの愛と、ほんのすこしの知性と
をもつてゐる。で、これは、ないしよだが、
ほとんど一年中、あれらは恍惚としてゐるの
だ。そして、ときに、ほんの一瞬間、われに
かへつて、じぶんをみつめて、ひとりになる
のだ。このことは、フエヒナアや、加藤介春
先生やが、よくしつておいでになる。はなせ
ば、まだまだあるのだが、さやうなら、また
このつぎに。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

  【XII】

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

  [ウラ白]

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 花

こんにち、ひとびとは、花をうつくしいと、
かんじなくなつた。じぶんは、こだませぬやう
大ごゑをやめて、かれらのひとりひとりに、
ゆゑに花はうつくしいと、あかしをせねばな
らないだらうか。こんにち、ひとびとは、あ
かしによつて、花をみるであらうか。


 馬
じぶんは手綱をにぎつてゐる。それだけは、
あなたにもみえるだらう。だがそれだけだ。
あなたには、じぶんの馬が、をどりあがりも
しないで、眼くるめく、まつしろい道を、し
づかにしづかに、のぼりつめるやうにおもは
れるだらう。じぶんはとまらうとしないで、
かすかに唄をうたひ、まひるのやうにあきら
かな、崖つぷちにせまつてゆく。あなたには、
もう、じぶんの手綱もみえないだらう。さ
うして、馬は、その天性の従順ささによつて、
まつすぐにのぼりつめると、おもはれるだら
う。さやうなら。さやうなら。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

  【XIII】

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  [ウラ白]

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 夜店の世界

ここの夜店では
まだ
アセチレンガスがつけられ
ひとらのあたまを
うなそこの
さかなのやうに
よはせる
をとめらは
あやしげな
こまものにこころひかれ
まんじゆうやは
ぜいたくににほひ
こどもら
おとぎばなしのやうに
うちやうてんになる
さて
それらの
夜店のおやぢらは
バナナやもこめて
みな
いんちきな悪堂であるが
こんやは
ふしぎにおとなしく
おぼしめしにかなひ
みごとに
やくわりをはたしてゐる。



 お菓子

あんまり
お菓子がおいしいので
へんな氣がした
きれいなひとのやうで
しらなければ
それまでだが
いまとなつては
ふしぎでならない
あたりがにはかに
ゆたかになつたやうで
めをつむつて
ひといきにたべてしまひたい
また
のこしてもおきたい
しづかに
しづかにたべたい
ひとつだけ
ときどき
手にとつてみたい。



 えんぴつをけづる日

けふ
じぶんには
もはや
ともはなく
するどく
えんぴつをけづり
なににする
なにといふ
あてはなく
ひたすらに
えんぴつをけづれば
そとは
あめあがり
すずめ
けはしく
なきしたたり。



 蛇

みんな さだめを
おはされてゐるのだから
きがつくと
さびしくなるのだ
それで
へびのやうに つめたく
かたくなに
絶望するのだが
いきてゆかねばならない
あれは
身をさくやうなおもひで
木にからむのだから
いたはつておやり。



 はるのへび

ひるねに
しろくなり
すきとほるやうになり
ひそかに
とこをぬけ
まぶしいみちをゆくのを
ひとびとよ
どうぞ
みないでほしい
あたらしいからだは
まだ
やはらかに
ぬれてゐて
いたつて
きづつきやすいから。



 しじみにささげる

しじみ しじみ
いきながら
みそしるにされる
しじみ
かなしいやうな かほもせぬので
その
かほもないので
みんなが へいきでゐられる
しじみ。



 花

やさしいひとよ
どうぞ
はながさくまでは
ゆかずにゐてください
さうして それが
はなであること
あひかはらず
うつくしいこと
あなたにも
さうみえることを
やはらかく
しかし
くりかへしくりかへし
おをしへください
わたしは
もう はるは
こないのかとおもつたのです

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

  【XIV】

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

  [ウラ白]

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 あらべすく

あいする にほんごよ
おまへが ぼくに
すげなくすると
ぼくだつて
あてつけに
ノオトの うへに
やはらかい えんぴつで
かぎりなく
うつくしい あらべすくを かくよ。



 字に読ませる詩

わたしは かんしやした
おまへが かかせてくれる
やさしいひとを おまへに
おまへは
ならされた へうのやうに やはらかく
わたしにしたがふ
けれども
すきとほるやうに うゑてゐるのだ
おまへは
いつか わたしをおそふだらう
ああ また
しづかに ねらつてゐるな
わたしは ささげるのだ
おまへが かかせてくれた
やさしいひとを
へびや くだものやなんかを おまへに
だがもう
それらは
おまへを まんぞくさせなくなつた
おまへは
わたしを ほしいのだ
おまへは いまや
わたしを あいしはじめた
そのためだ
わたしに おまへが
うつくしくみえてきたのは。

  受胎告知稿本 一九三九.三.一六
         一九三八.四.九 綴なほす


田中克己日記より関係記事の抜粋≫

【昭和18年】
4月8日
昭南より転送の倉田敬之助(薬師寺守)の信あり。

9月12日(日)
家居。午後、木村宙平君来る。大尉になりしと。夕食して帰る。薬師寺君より〒。

10月21日
〒薬師寺君より。

【昭和19年】
3月15日
欠勤。民族かきつづけ中間、肥下を訪ぬ。コギト文芸世紀合併ことわりやれるだけつづける由。帰来、水田、大垣、薬師寺の原稿送り、民族かく。

3月18日
〒薬師寺へ。

4月4日
比島の薬師寺君より〒。

9月22日
〒大垣国司、薬師寺衛「李太白」着きしと。

10月1日(日)
〒薬師寺より二通。

10月19日
米軍レイテ湾に攻撃開始。薬師寺のゐる処なり。

【昭和24年】
2月2日
北白川東蔦町の薬師寺衛の家さがしにゆく。母上あり、聞けば二十年二月十日より十五日までの間にレイテ島で戦死と。写真見れば美男子なり。 わが会ひしは一度、丑年生れと。われより二つ下か。母上やや狂気らし。家は進駐軍に接収されをり。

【昭和25年】
12月27日
薬師寺衛の母より遺稿出版したしと。返事。

【昭和26年】
1月5日
薬師寺の母君に会ひに中座せしも詩集いまのところ出さずと。2月11日の七回忌前後に知友の会せよといふ。

2月6日
薬師寺母君(10日参上と)へハガキ書く。

4月22日(日)
19:00梅原夫人より薬師寺衛の本(※蔵書)、犀星『鶴』、中也『ありし日の歌』、『ランボオ詩集』、耿之介『転身の頌』、大学『ヴェルレエヌ詩鈔』賜る。

11月1日
薬師寺衛母堂より本4冊とネクタイ贈らる。

【昭和28年】
5月4日
梅原家。母上[薬師寺衛母堂梅原糸子氏]「小火出して物送らざりし。薬師寺君の原稿も行方不明」と。

6月28日(日)
ノート買ひ、薬師寺の『受胎告知』写しはじむ。

7月18日
京都。薬師寺の母上訪ひて詩集返す。

【昭和29年】
4月8日
木下夕爾より薬師寺を知ると[〒]

【昭和30年】
10月19日
梅原糸子氏より薬師寺君(※薬師寺衛)の十周忌とて虎屋の菓子。

【昭和31年】
5月18日
(※『果樹園』編集につき)福地君来しと計算し、薬師寺の詩いれて不足を補ふこととす。

5月20日(日)
9:00福地君来り、編集しなほせば薬師寺衛の詩2篇しかのらぬこととなり、またしばらくして郵便。森房子の歌来り、薬師寺割愛。

7月15日(日)
小高根君来り、薬師寺衛の詩と写真つかひて不足補ふこととす。

8月3日
林富士馬君、薬師寺(※薬師寺衛の遺稿)のNote焼きしをあかし来る。

8月11日
taxiつかまへ梅原邸(100)。薬師寺衛君の母上に会ふ。来年は13回忌と。(※詩抄の載つた『果樹園』)3部おき、ちらしずしよばりて出、


【昭和32年】
2月6日
梅原伊都子氏より茶、「薬師寺衛の13回忌」と。

2月13日
梅原伊都子氏に薬師寺衛13回忌の供養の礼かく。

【昭和34年】
11月7日
夜、出て林dr.(※林富士馬)。注射打つてもらひ、(※戦時中)薬師寺衛とわが家訪れしときく。酒たうべ大塚をへて帰り来る。

【昭和53年】
6月23日
よべ、薬師寺衛の詩を作り朗読せしあと眠る(23:00)。

6月29日 
 薬師寺衛
本名は倉田啓之助
お母さんにつれ子として入り
京大薬学部を出て軍医となり
京都師団の守るレイテ島に米軍上陸のまへ
全滅の最後の将校になつて立派になしとげた
わたしは母上にお目にかかつて彼の写真と同じく
本当の京美人で半ば狂乱だつたが
彼の詩集は東京の林富士馬に預け
戦災で失はれたとのことだつたが
noteが残つてゐて わたしはこれを写し
わたしの発行した『果樹園』にのせた
めぐみなかりし彼は今は天国にゐる
あと数時間でわたしは彼に会ふ
「主よ 厚きおめぐみにてわたしたちに再会をあたへたまへ」
この祈りを主イエス・キリストによつて捧げたてまつる アーメン


7月6日
 薬師寺衛
米軍のPhilippina来襲ときき
すぐ君を思つた
旧姓梅原、本姓倉田啓之助
お母さんのつれ子として梅原博士なきあとを
よくお育ちになり府立医科を出て応召
わたしの送つた『李太白』をよみ了へたあと
軍医としてなすすべしらず逝かれました
白皙長身の美男子でしたが
papaya,mangostineを食べたでせうか
お母さんは残されてちょつと変になりましたが
わたしの忘れていつた傘は長男にとりにゆかせました
あなたの詩の大部分は林富士馬宅の戦災でやけ
一部はわたしが写しました
主よ この罪咎をおゆるしになり
ともに天国に呼びよせたまへ
主イエス・キリストの名のもとに願ひ奉る アーメン

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