2003.10.30up  2013.07.27update
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つかだ ゆうじ【塚田祐次】『山桑』1929


山桑

詩集 『山桑』

塚田祐次 第一詩集

昭和4年11月3日 大峰書房刊

79p 19.2×13.0cm 上製 ¥0.90

限定部数不明


詩集 『山桑』 目次

小序……佐藤惣之助
序詩……宮崎孝政

  夕餉

夕餉
夕暮れの小詩
村道を帰る
五月の朝
妹とゐる夜
妹(一)
妹(二)
姉の心
歇む妹を思ふ

  春の小川

お掃除がへり
ある朝
昔の小詩二ツ
春の小川
田舎の春
まどゐ
めがね

  花

母を戀ふる
桃熟るる

ある秋の追憶
夕方

  はだか木

ある家
秋近く

秋庭小詩
湯の宿にて
窓ぎはの人
明るい午後
ぶらんこ
はだか木
冬木立

跋文……杉江重英
詩集の後に……著者

装幀……宮崎丈二


扉

小序……佐藤惣之助

小序

序詩……宮崎孝政

序詩


  

夕餉

「夕餉」

わたしたちの夕餉は静かだ。

まづしい食卓をかこんで
兄も妹もわたしも
何も語り合はずに黙つてたべるのだ。

いつか夕やみの迫ってゐる部屋には
ほんのりと電燈がともり
三人のもの食む音がひそやかにするばかり──

時々そつと顔を見合せては
また口を つぐんでしまふ
お互ひに 何かを心に思ひながら
だまつて夕餉をしたためるのだ。

  春の小川

「お掃除がへり」

ばくり
ばくり
後ろでゴム靴の音がするので
ふいとふり向くと
みんなお掃除帰りの教え児たちだ。

ふり向いたわたしの顔をみて
「あはははは先生」と
待つてゐたやうに
なにがをかしいのか皆んなして笑ふ……
雛形のやうなちつちあいからだに
それ相応の小さなマントを着て
赤や青の襟巻をきりきり巻きつけ
ダブダブの大きなゴム靴をはいてゐる。

「さあ、一しよに帰らう……」と歩き出すと
ころがるやうに
私の両側に寄りそつてくる
両腕に二、三人づつ
外套のうしろにも、つかまるやら
私のからだは色紙細工の風車のやうになつてしまふ。

なにか話し合ひ
なにか言ひかけては
みんなコスモスのやうに
一せいに顔を上げて、かわいい声で笑ふのだ。

しづかな村の一本道に
花のやうな匂ひをふりこぼしながら
わらひさざめいてゆくわたしの風車。

なに思ふこともない
わたしはすつかり子供の友達になつて
話し笑ひして帰つてゆくのだ。

  花

「母を戀ふる」

幼い頃は
ちよつとした病気になつても
好きなお寿司や卵をたべると
ふしぎに早く癒つてしまつた。

運わるく二、三日熱がひかず
折角のお寿司が食べられない時でも
母さへ枕もとにゐてくれれば
だんだん苦しみが薄れるやうな気がした
背をさすりながら
「ぢきに、なほるからね……」と
言つてくれる母の言葉が
お医者さんのくすりより何より
ぐつと薬になつた
大きな慰めになつた。

今、斯うして、かりそめの風邪の床に就いてゐると
幼い頃のことが、しきりに偲ばれる
お寿司も卵も、もう食べたいとは思はぬが
ただひとつあの頃と変りないのは
母がゐてくれたならと思ふ気持だ。

いく日か床にふして
ひとり静かにものをおもふやうになると
自分のこころに
ありありと蘇つてくるものは
あのなつかしい
母のかほだ
母のこゑだ。

桃熟るる

いつしか
裏庭のももの木に
小さい実がたくさんになつた。

風がわたると
ざわざわと揺るぎ合ふ青葉のかげで
ももの実も子供のやうに額を集めて
ひそひそと何かをささやき合ふ。

ききとれない位小さな声だが
なにかしら遠い記憶のなかに蘇つてくる
愛らしい囁語だ。

それ故 わたしはももの木の下に立つと
ふしぎに離れがたい気持になつて
そつとその囁きに耳澄ますのだ
そよそよと涼風(すずかぜ)の吹くたびに
ももの実は
私の幼年の日を
静かに静かにものがたつてくれる。


跋文……杉江重英

跋文

詩集の後に……著者

詩集の後に


奥付
奥付

つかだ ゆうじ【塚田祐次】  『詩之家』Vol.6(2) 1930.2.3 48-49p『山桑』批評
2013.07.27update (「moonymoonman」加藤仁様提供)

二つの詩集 塚田祐次『山桑』栗間久 48〜49
『山桑』を読む 49

『山桑』批評 『山桑』栗間久


つかだ ゆうじ【塚田祐次】  栗間久宛はがき

はがき

はがき

【小石川 昭和4年7月10日消印】

松江市外中原宮ノ丁 宇山タメ方 栗間久様
東京小石川三軒町五 塚田祐次

今日久しぶりで下谷谷中の家を訪ねましたら、貴兄のお手紙が参っておってびっくりしました。
先月雑誌お送りいたした時、新居のこと御知らせした心算でしたが、あるひは私の感違ひだったでせうか。そんなわけでお返事がおくれ申し譯御座いません。
玉稿ありがたう御座いました。私もいま一つの新換期に立ってゐますが、つくづく詩の牙城の難いことに今更のやうに感じてゐます。真実な詩道を歩みたい念願です。 「詩の家」のはあまりに焦点のない駄作でした。恥ぢてゐます。然し見よ、決していい加減な気持で書いたものでないことを信じて下さい。
大いに勉めたい考です。よろしく御鞭撻下さいませ。ではいづれまた。

はがき

【澁谷 昭和4年9月8日消印】

島根県松江市松枝師範学校内 栗間久様
東京市外渋谷町金五九 結大館方 塚田祐次

御手紙拝見。御父上様御逝去の由、如何ばかり御悲愁深きことと御察し申上げます。
私は父母を相前後して亡ふて以来、四年になりますが、いまだに心の傷痕が拭ひきれずにゐます。
この十一月の命日までに私の詩集「秋くさに吹く風」(四六版八十頁)を編むことにいたしました。
■■三人集の予定を変更して、一切村東艸々の手を煩はします。惣師も喜んで序を下さるし、
宮崎孝政、杉江二氏の跋、宮崎丈二氏の装幀と、みな親しい人々に友愛的な気持でかいて頂きます。
いづれ出来の節は御送りします。時節柄御自愛を・・・先は・・・

はがき

【長野 昭和4年12月13日消印】

島根県松江市松枝師範学校内 栗間久兄
長野市寿町にて 塚田祐次

御尊著ありがたう御座いました。
かねてから是非拝見いたしたいと思ふてゐた本だけに大さううれしく拝読いたしました。
あつく御礼申上げます。
尚先日は拙著について御芳書ありがたく拝誦いたしました。幼い詩篇のみでおはずかしい次第です。
今年はすっかり怠けてしまひましたが、来年こそ勉強したいものです。
今日は長野も大へん温かな日です。近いうちにまた帰京いたします。御自愛を祈りおります。
先は一筆御礼かたがた  艸々不一 (師走十三日午后三時認)

はがき

【澁谷 昭和5年2月1日消印】

島根県松江市師範学校内 栗間久様
東京市外渋谷町金五九 結大館方 塚田祐次

拝呈
いつも御無沙汰様にてすみません。
御かはりなく御いででせうか。
本日“詩の家”二月号拝読。拙著について過分の御讃辞を忝うし、かへってはづかしい
ほどです。しかし私のやうなものの作まで常に親しい眼をもって視ていて下さる御厚志
には言ひ知れぬ感謝をおぼえます。
あつく御礼申上げます。詩之家一月号は、先日川崎へ行って頂いてきて初めて拝見したのですが、
玉詩「雪夜に呟く」は未だに深く心に残っております。ではいづれまた・・・・・・


つかだ ゆうじ【塚田祐次】主宰詩誌

この牧歌的詩人が斯様な雑誌を編集主宰してゐたなんて知りませんでした。“3号雑誌”どころか3年経った段階で高村光太郎、佐藤惣之助以下これだけの寄稿 者を集めることができるなんて。驚きです。

花甕

『花甕』 第三年一月號 昭和4年1月1日 花甕詩社発行 定価15銭 菊判 26頁 編輯兼発行人:塚田祐次

執筆者:高村光太郎、佐藤惣之助、宮崎丈二、塩川秀次郎、堀内保、萩原奈加、西川林之助、吉澤定夫、近藤武、青木邦男、和田元震、 柴田清見、渡邊昇平、塚田祐次、高橋玄一郎、村本艸々、青木茂若、古川賢一郎、藤田晋一

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花甕

『花甕』 第三年五月號 昭和4年5月1日 花甕詩社発行 定価10銭 菊判 10頁 編輯:渡邊昇平 発行人:塚田祐次

執筆者:村本艸々、矢沢章、萩原奈加、渡邊昇平、北澤唯男、高坂由雄

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(画像提供「稀覯本の世界」サイト)


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