2003/12/15 up Back

おおた よしお【太田可夫】『太田可夫詩集』1967【国会図書館未所蔵】


太田可夫詩集

太田可夫詩集

太田可夫遺稿詩集

昭和42年11月2日印刷発行 私家版(編集者 石川善次郎)

106p, 14.9×21.0cm 並製 非売


目 次

1.    詩の門
2.    重いものがのしかかってくる
3.    梅の枝の杖をついて
4.    真理を求め
5.    空間をちじめる
6.    こわしている
7.    青春
8.    死んだ人の前には
9.    ひょうたん池
10.    鰯舟
11.    ひもの
12.    しらない
13.    いつほんとうの
14.    私は生れた
15.    秋
16.    なくことはやめよ
17.    ばか
18.    もっとひろびろと
19.    旅
20.    くぬぎ
21.    ソクラテスをして
22.    ぼくはもうぼろ舟だ
23.    どこへゆきたいのか
24.    浪
25.    ことばは
26.    花の岬
27.    いつでも静かに
28.    おろかなことだった
29.    世界の言葉
30.    ことばは
31.    いき
32.    それはやってくる
33.    北風
34.    人間はばかさ
35.    生きることはうごくことだ
36.    あついつゆあけの日に
37.    志野の茶わんで茶をのんでいる
38.    ほんとうにほしいもの
39.    青田がはてるころに
40.    realityはむこうがわのもの
41.    なつくさの花
42.    人間
43.    自然
44.    木の芽から乳が
45.    こどもに目に見えぬ迫害が
46.    Ideaがさきにあるもの
47.    ぼくは垢でまっくろです
48.    生も死も
49.    しなののくにの峠のとうもろこし
50.    モラルは人間のよわさの告白ですから
51.    小さい本
52.    菜の花
53.    白い花
54.    海の墓
55.    影をうつす水
56.    蚊の死
57.    暖かい家を持っている
      年譜
      跋


作品抄出:

26.    花の岬

潮の香が窓からふきこんでくる
バスは
梅の林をおしわけ
椿の花をゆさぶり
岬の峠をぬけてゆく
とんびがゆるやかに舞っている。

のっているものは
すぐそれと分かる学校の先生たちや
男の言葉であたりかまわず
わめきちらし
胃袋の底を見せるまで大口をあけて
笑いこける村の女たち。

日にやけたほほに
たくましい生のかんきが輝いている。

魚の臭がなつかしく
旅人の疲れた心をなぐさめる。

突然、
潮騒がとどろきわたってくる。

海だ、青い海だ。
もちものをすべてほうりだして
母のふところにとびこんでゆく
こどもの速さで
バスは下り坂を、
海をめがけておどりこんでゆく。
かんせいがあがる。

はっと思っていると、
白波のつき上っている岩礁の真上で
どうだといわんばかりに
急にバスは方向をかえ
マーガレットやきんせんかの香りを
一杯にすいこんで一息つき、
それでもほこりを風のようにおこして
またゆったりと
走りつづける。
小村をかすめる。
花畑がながれる。
そして、
行く手に岬の白い灯台がみえる。
波の音が眠っている魂をよびさます。
                             1957.2.15房州にて


37.    志野の茶わんで茶をのんでいる

白くきりたったがけ下の山路を
やせうまが陶土をつんだ、おもい
車をひいている。
山つつじがさいている。

山村の小川の水車が
ねむたげに、しかし、たえまなく
長石をつきくだいている。
ほととぎすがときどきなく。

老人が室(むろ)の中で一心に
ろくろをひいている。
柿若ばをもる日かげが
生きている生土のちゃわんにあたる。
すずめがあそんでいる。

松ばが矢のようにとぶ
むさしのの冬の空が
茶わんの中からうかんでくる。
松のけむりがのぼる。
志野の茶わんで茶をのんでいる。
                             1953.1.27


41.    なつくさの花

男があれ地をあるいてゆく
なつくさの花がさいている。
風がふく。
パイプの中のタバコが
あかるくもえる。

男があれ地をあるいてゆく
なつくさの花がさいている。
風がふく。
しんだひとのおもかげが
しろくゆらぐ。
                             1952.7.3


52.    菜の花

母は未だ若い頃ときどき
私を野につれて行つて
菜の花の畑の
げんげ咲く畦の上に
私を残して働くのでした。

げんげの花を摘むのに倦むと
なの花の浪の間に
私は蝶を追ひました
走つてゆく両側の
花に切られた大空には
ひばりが高く鳴いてゐました。

母はときどき帰つて来ては
私を慰めるために何であつたか
いまはもう覚えてはゐないけれども
話をしてくれました
それは若い母の悲しみの告白であつたやうです。

母が働きはじめると又
私は花を摘み
やがて友恋しくなつて
わけもなく大声をあげて
黄色い香りのただよふ中を
跳ねながら帰つて行つたものです。
                             1941.7.12


奥付

奥付


おおた よしお【太田可夫】(1904〜1967)

愛知県瀬戸市生れ(7月31日)。東京商科大学卒。同大(一橋大学)教授として社会哲学の教鞭を執る。
1954年、宿痾となった筋無力症を発症、おもに闘病生活の中で詩作は続けられた。1967年7月4日急逝。

生前の著書に
『イギリス社會哲學の成立』(弘文堂 , 1948 , 9, 2, 441, 17p.)
『力について : ジョン・ロックの人間悟性論第二巻第二十一章の一つの研究』(如水書房, 1953 , 227p.)


Back