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いちのへ けんぞう【一戸謙三】 (1900〜1979) 【大正時代の詩業】


【大正8〜10年】

『哀しき魚はゆめみる』
 (大正10年刊行、孔版詩集) PDF 6mb

哀しき魚に水を與へたる、弟恭三にささぐ

●「抒情」

T
しんなりとした掌につつまれて、
まっしろい魚のやうなゆび、
じつに、うつくしい貝るゐの爪、それら、
つつましく膝のうへにあるあなたの手には
世にもまれなるふしぎ、すべてが、
ばらいろにながれ透きとほる。

U
ああ、夜になると生えてくるべにたけよ、
かなしいべにたけ、あなたの唇よ。
なんといふきれいなやはらかさなことか。
たとへ、はげしい毒針のしみ出てゐても、
夜になると生えてくるべにたけよ、
なやましい唇のべにたけのふくらみよ。

V
ものみな、みるくいろにとけこんでゆくころ、
柔い夏のたそがれの匂ひにいざなはれて、
あなたの肩のまろみを感じる手は、
あやしい髪の林にさ迷ふとしたときです。
熱にもつれふくれあがつた私のことばは、
あなたのささやく別れの冷たさに凍り、
瞳はかなしくとけはじめ、ながれだし、
歩み帰るあなたのふつくりした着物のいろが、
遠い景色のなかにとけてしまつたのちも、そののちも
香ぐはしいあなたの足音にくちづけしてゐた、こと!

W
いつだつたらう、わたしがそのひとの手を思ってから、
毎日、まいにち、流れでる甘い香りに迷はされ、
街をはてなくあてどなく一日さがしあぐみ
さてやけこげたやうな腕の枯れ枝が、
遠いかなたの夕やけのそらにうつるころは
地面にくみでるさみしいものの影をながめ、
街の片はづれでまたわたしが啜り泣きはじめるときです。


●いはきがは

いはきがはのながれのほとり
さはやかなる砂の上にうづくまりつ
人にわかれ、その人の手を忘れるより、
八月の空にうつり麓のやうにさやぐ柳をながめ
ただにながめてくるほしんりし
わがなぐさめかねし心を
わがなみだにみちたる心のそこを
はれやかに笑みかいなでてくれし子らよ。
なれら、かのほがらけき歌を
今はた いづこにうたふや。     1920.2.3(大正9年)


●ふるさと

きりにしんめりとぬれ、こんばんも、
町なみき灯影に透くあたりをさまよへば、
かなたに青くふるさとはうかみ見えるぞ。
みどりちょう、さがらちょう、いちばんちょう、
くちづさめば涙ながるる。
ふるさとをはなれてそれからは、ふふ、
かくもわれ、はかなくなれるか。     1920.2.3(大正9年)


●夕ぐれ

たよりなくうすれてゆく陽の光のなかに
並木はほっそりと枯れ枝をさしかはし、
夕ぐれのさみしさにをののけり。
坂のぼりゆく私の影のみぢめさに
たちどまりうち仰げば、
やはらかにかなたの空へとけゆく鐘の音。
ああ じっぽんの指合せて私は祈るぞ、
わが身に幸あらしめ給へ、サンタ マリヤさま。


●憂はしい原つぱで

なにかにの草は
いつのまにか肺病にかかり青ざめ
ところどころに集り ぼんやりと涙ぐむ。
うれはしい原つぱを とほくまで歩いて来て
ここにうづくまる私のさびしい裸か身は、
流るる ぷらちなの血液で透明になり
腐つたひとつの心臓がもう動かなくなると、
太陽がにじんで粉つぽいふらんねるの空へ
しんしんと尖つてゆくいつぽんの枯れ木をかすめ
雲につつまれ白く流れてゆく肺臓のかたち。
そのとき、地面のそこ遠いところから、
とぎれ とぎれ なきはじめる蟾蜍(ひきがえる)。
ああ、そのこゑこそ、わたしのこゑ、
わたしのこゑなのですよ。


●めらんこりあ

T
冬の凍ってしまった渚いちめんで、
臨終のひとの胸のやうにかすかにふくらみながら
沖の方からよせくるよせくる波のむれは、
しろくつめたくまろびつづける こんばん
そこらあたりに現れる犬が一疋、血だらけで、
夜がふけるまで吠えて吠えて吠えてると
やがて 病みつかれて青ざめた月が
深い海のそこからだんだんとうかみあがる。

U
黒まんとを着て ふくめんした
やせぎすな男がひとり、
秋も末 せきりょうたる夜のちまたで、
すっぱりと処女の裸体にさした、その、
キラキラしい短剣の光のつめたさ。
青々とした血の滴りを口にうけて
男の眼のなかには青白い燐がもえてる。     1919.10(大正8年)


●ひとり

歩いてゆく木立はふかくなり
路からは路がわかれてなほ歩み入る。
あちらこちらにともる瓦斯燈から、
くさりはてた光がふるへ流れ
ものうい街の眼からのがれて、
灰色のべんちに坐りながら私は、
いんうつな石像にと今なってゆく。     1919.10(大正8年)


●沈むこころ

果しらぬ氷原をひとり、
歩きつづけてゆく私のうしろすがたのさみしさ。
今は、たよりない冬のくれがたです。
陰気な林の奥から烏のながなき、
そして凍りきった地平からひびいてくる波のをと。
このごろ、
心臓に萌えそめてきた青白い芽は、
月光に濡れわたりそだてられ、
死人の手のやうな花をひらいてゆく。


●蒼き流れのほとり

さみしや、われ人を恋ひぬれ、
今日もこんこんたる蒼き流れのほとりにありて
遠くはるかに思ひつかれ、
すべなくも、また帰らんとするに、
向山(むかやま)の峯のあたりにむら立つ木の梢らは、
しら雲ながるる空をさししめしながら、
しんねんと音もなく燃えのぼるぞや、
燃えのぼるぞや     1920.4.12(大正9年)


●はる

土のなかのよろこばしき命あふれ
萌えいづる草青らめるを、
やはらかにつみとり掌にのせ、
ほのぼのと はるのうれひを感ず     1920.4.12(大正9年)


●風景

公園の木立のなかに見すてられ
何時もしづかに夢みる池の端に、
まつしろい椅子がならんでゐる。
緑のかげの濃いあたりにならんでゐる。
そのすつきりとした一列の倒影のふるへるのは、
ごらんなさい、噴水のきれいなだんすのためなのです。
ああ、噴きのぼる水のしぶきに濡れ、向ふ岸に、
麦わら帽子をかむつてひとり屈みながら、
銀のすてつきを抱いてうつむいてる人よ。
水面にうつりいでわななく自分の影のあたりを、
なめらかに泳ぎまはる青い魚のむれを見て、
それらが水底に消えさるありさまを見て、
(たぶん淋しいんでせう、たつたひとりでは)
片頬にせつなさうな微笑をうかべて立ちあがり、
打ちふるすてつきのうす白い輝きをのこし、
池のほとり、草の間の白い路から、あつちのほう、
公園のほのぐらい木立の奥に消えると、
やがて椅子の一列はさらにほのかなるまどろみに沈む。     1920・3
     『パストラル第三詩集 芽ぐむ土』大正9年5月


●珈琲をのみて

ただ一人日比谷の林に消えのこる雪をふみつつ思ふ故郷     大正8年7月(1919)
草色の肩掛けかけて池の辺に鶴を見入りしひとを忘れず
夕雨にぬれし木の葉は瓦斯の灯に青くゆれつつ滴落しぬ
公園の柵のをはりの瓦斯の灯を木の葉がくれに見つつゆくかな
雨の降る河岸にしまらく赤煉瓦つみたる舟のすぐるを見たり
しみじみと三味線ならす向つ家の瓦屋根には月の光れる
松並ぶ坂をのぼれば原にして伽藍は立てり青空のもと     大正8年9月(1919)
遠街の甍の間ゆあらはれし汽車はただちに笛ならしけり
街角を夜更けてとほる電車の音さみだれいよよ降りまさるなり
噴水は五月の空にけぶれどもさびしきものはわが心かな
草原は雨にけむれりその涯の赤煙突ゆ煙ほの立つ
大連にゆく友と来て夜の日比谷噴水(ふきゐ)さびしくのぼるをみたり
雨はれて夕映え美しきもろこしの葉陰にさびし尾をふれる馬     大正8年10月(1919)
嘶ける馬のうしろに豆畑遠くひろごり夕焼け赤し
うす雲の空になびけるさびしさよ岩木の峰は月夜に聳ゆ
さ庭べの夏の夕ぐれ白萩の花ほの白う雨にゆるるも
月のした輪をなしめぐる踊り子の足袋一様に白く動けり
秋の夜の寝ざめさびしも雨滴れの音にまぐれる路次の虫の音     大正8年12月(1919)
ほのぐろき波をわけつつわが舟は夜の隅田川を漕ぎのぼるかな
橋下をすぐる小舟に人居りて櫓を押せる見ゆ月のひかりに
うす苦き珈琲をのみつしみじみと大理石(なめいし)の卓に手をふれにけり     大正9年1月(1920)
三田台ゆわが見はるかす品川の海の空なる晝の月かな
鏡屋の鏡々にうつりたる真青き冬のひるの空かな


●あるとき

うら若き日のわが哀傷は銀笛のしらべにも似たりや。はかなくも人を恋ひわたるなれど、言の葉にあらはすも得ず。されば、ひとり、鬱々としてあやつ る六本の指のさきよりもれくる、それら、銀笛のしらべを月あきらかなる夜、かの人の窓べに、ほのかにもさ迷はしめん。かくてわが心足る。ああ、わ が心足る。     一九二〇・六

『哀しき魚はゆめみる』 をはり


【拾遺】

●小曲二篇

今日もああ
誰、待ちわぶる、
庭の桐の葉
はつ夏の風にふるへて。


別れ

月の光はしろがね、
さしうつむき手をかわし、
あかしやのさむしい林に、
人の世のかなしき別れ。
道のはて、すでに遠し、
野にほそぼそと白き道、
林に吹き起る風の音、
うるめる眼に星が──あ、流れ星。
     『パストラル第一詩集 田園の秋』大正8年9月(1919)


●眼

わが心にうつれる君の眼は沼の如し…・
汀に生えならぶ葦の睫よ!
清らかなる姿を水面にうつし整然と並びつつ
愛欲の風にふかれるその葉ずれの音は
ゆるゆるわれをゆする眠りのしらべなり。
ああ、しかれども
今、狂ほしい欲念にわれはふみにじられて思ふ。
水面はるかなる圓き瞳の島に、
鬱々と茂る褐色の森の奥なる、
陶酔の泉の底ふかく、深く
いつさいの自分を忘却に封じて眠る時こそ!と。
     『パストラル第四詩集 光の芽』大正9年10月(1920)


●藁火を焚く

   此の地方で人が死ぬと墓に埋めてから七日にその前で藁火を焚きます

夜である。
幼児の墓には五六人の人がゐる。
それらの人は頭をたれてひつそりと祈つてゐる。
それらの人の顔は実にくらく悲しみがしみこんでゐるやうだ。
それらの人の影は地面に凍りついてゐるらしい。
私は墓の前に藁火を焚きはじめる。
さつき迄のくら暗みが明るく暖められ
私の心には小さな喜びがよみがへつた。
藁火はさかんに燃える。
私の隣にはその父と母とがゐる。
二人の心には黒くその子の記憶が彫りつけられてる。
今又重くるしくざつくりと掘りかへされた。
ああ、苦しく喘いだ時、あの時の眼の色がうかんでくる
じつと火を見つめてゐると
みんなの心は水のようにすきとほり
寂しい幻が心のなかをよこぎってゆく。
……私らはみんな手を握り合はしたくなつた。
この時、墓の中からは死んだ幼児がよみ返つてくる。
笑ひ乍ら私らの前に歩いてくる。
その父と母らはなつかしげに手をさしのべ迎へ
三人は抱き合ひ限りない喜びにすすり泣き乍ら
輝かしい光に包まれ永遠の空へ昇つてゆく。
おお、三人の魂よ永くながく結びついて居れよ。
私は又さらに藁火を焚きそへるから······。     1920.10.10
     初出『胎盤』大正9年12月創刊号(1920)

●ふうちやん

とぎれる此の娘のこゑは
僕に一つのものをさぐらせる
それはとても届けぬ
高い梢の葉つぱのやうにヒラヒラしてゐる
何故に電線が このやうに
ふたりを結びつけるものを
もたらしたのであるか
此の娘──ふうちゃん
うかびあがることも出来ない泥沼から
針と糸のやうに
僕の心を貫くものを与へた
受話器のなかに
今 僕は此の娘を抱く そしてくちづける
しかしそれは切れる
何ものかが切ってしまふのだ
それで おしまひになるのだ
何もかも
     (年月不明。初出は「不断亭雑記」第270回(『弘前新聞』)

【大正10年】

●抒情 断章

あなたの髪の森は
とても出られないラビリンスだよ
もう出るのはやめて
はげしい四邊の樹々の香りのなかに
何時までもさめない眠りを
これから、私は眠らうと思ふ。
 *
いちめん草原を
はてなくあてどなく歩いてると
ぽつかりと黄色い月が出た
たつたひとりでさびしくなり
ふいと見ますと、おや!
あなたの眉のなかに私は立つてゐた。
 *
桐の葉かげから
金の糸のやう
かすんで見える三日月
(穏かなこころで私は見てゐる)
どこからともなく、ころ
おや蛙? ころ、ころ
もう夏なんですよ、ころころころ
ころころころ
(穏かなこころで私は見てゐる)
桐の葉かげから
岩木山の方へ
落ちて行つた三日月。
     初出『青森日報』大正10年(1921)


●別離

君が髪の林に忍び入り、
灼くる額を愛欲の池に浸さうとしたが、
水は乾き醜い土の姿 露に現れて……

わが胸に熱くせつなく映つた
聖らかな燈火、唇にともされる燈火も、
幽かな光を蒔き散らす今、
葦の睫もわが為には
清純なそよぎの音も枯れはてたのか、ああ!

かくて君をよろめき出でるわが影は、
憂鬱の島はるかに木魂させて歌ふ孤獨の路を
冷たい君が瞳の光に照らされ
月光けぶる丘へと辿りゆく。
     初出『青森日報』大正9年6月(1920) (推定)『パストラル第五詩集 雲間を洩るる光』大正10年5月再掲(1921)


●炎天

真つすぐに長く白い路が走る。
火花をふき出して立ちならんでる
電信柱。
全身を爛らせて私は歩いてる。
おお、とろけた蒼空は太陽のなかに流れこむぞ。
     初出『青森日報』大正10年(1921)


●夜

立ちあがつてる聖公會堂は
沈黙を埋めた巨大なる鐵製の墓である。
細黒い塔の肩に圓い銀盤……月!     1921.9
     初出『青森日報』大正10年(1921)


●翹望

太陽は雪の中に溺れ死んだのか…・
黒く冷い暗に閉ざされた地上を
巨大なる翼ひろげ叱咤する疾風!

わが魂は凍れる不毛の地面にひれ伏し
ああ、永く氷河の夢見つづけた。

わが前にそそり立つ扉は厳しいが、
彼方に夥しく噴出する光の泉の音、
それ聞けば夢融け、わが魂は常につねに羽ばたくよ…・・
     パストラル詩社第五詩集『雲間を洩るる光』大正10年5月(1921)


●夜行列車にて

たえずゆれる洋燈は、
肺結核病の孤児の顔である。
ゐもりの腹のやうにやけたストオヴから散亂する熱のため、
麻酔薬の匂が空気にみちみちて、
乗客はみな快い陶酔の世界へと魂を遊行させた。
私と向ひあつてゐる婦人は、
髪を電火もて彩り、眼に震源をそなへ、指をラオコオンの蛇のごとからみあはせて
複雑なる意味を発火させようとしてゐる。
私は鋭い触覚を窓硝子のかなたにのべた。
奔馬のごとく疾走してゆく林の影像の間に。
おお、雪の原野が無限に沈黙してゐる。
巨大なる大理石宮殿を粉砕して誰が此處にしきつめたのか……。
氷の花の満艦飾の探検船にのり、
悠々と天空を航海してゆく月の女王!
彼女は千万本の氷の鞭を冷酷に輝かして下界を打ちつづける、
ために、
水晶のごとく凍結した空気のなかへながれこんでゆく煙は、
おびただしい火花の七宝入でかつ鍍銀されてゐる。
ああ、一日の労働に汚濁されつくされた私の心霊も、
美々しい透明体と化してこの花やかな情緒の世界に快く生きるのだ。     1921.12.18
     初出『胎盤』大正11年1月


●踊り子

荒海へといつせいに出航する前船の雑沓が、
貧弱な楽屋を旋風の圏内に昇らせる。
彼女は蛆虫のごとく身をちぢめて、
白粉と紅と黛によりその顔を奇怪なる塑像にとつくりあげた。
硬化された舞台の豫想による微笑は
彼女の口邊に毒蜘蛛の影をあらはした。
星の花をもて彩られた衣装を着て姿見の前に立ちあがると、
彼女は悪魔が手すさびにつくりあげた華麗なる泥人形である。
ああしかし折々は、
窓の外の見なれぬ風景には郷愁があかるく燃えあがり、
手鏡のなかには暖い母の乳房をみいだすこともあらうが……。
彼女を浸しつくしてるものは、
蝕ばまれた薔薇の会話と泥細工の表情だけなのだ。
そして彼女の四肢は華かな電燈のしたに胴体をもちあげ
彼女の舌は熟練なる帆走をつづける。
かうして彼女は果てなく潮流におしながされてゆく漂流船となつたのである。
やがて鍍金せられた心臓が血を奔らせると、
指頭に燐光をひらめかせ、
五体を花火のごとく空中に爆発させて、
彼女は舞台の上に人造天国をつくりだすのである。     1921.12.18
     初出『胎盤』大正11年1月

【大正11年】


●吹雪

吹雪は天地に氷の花の紋をちらし、
壮大な洋琴の白鍵盤を亂打しながら疾走して来る。
屍体の腹のごとき雪原に温い血管となる路を、
蜘蛛の絲のごとく降りかかる吹雪の手を拂ひのけて私は突進する、
胸の楽器を烈しく掻きならし、
四肢を花々しく電飾させながら。
吹雪はなほも白歯をむき出して呪符を散布する。
私は屍棺のなかに埋められてゆくのを感じながら夢見た、
碧玉を鏤めた大空に、
夥しい微笑を降らせる太陽の下で、
彼女の両腕が私のために向日葵のごとく開かれてゆくのを……。          1922.1
     初出『胎盤』大正11年4月


●散歩にて

広壮な家の絶壁の間を
渓流のごとく流れてゆく道路に浮んで、
街にさ迷ひ出る私は一枚の落葉である。
娼婦の朝の額のごとく蒼ざめてる夕空には、
新月が横雲に黄金の釘のごとく突きささり、
百合の花粉のやうな光を撒いてゐた。     1922.1
     初出『胎盤』大正11年4月


●微笑

時として、
牡丹の花のひらくごとく
彼女の頬に突如として微笑があらはれる。
そしてそのなかに束の間私は見た、
むかし羅馬人が群れ戯れたと云ふかの大浴場を!     1922.2
     初出『胎盤』大正11年4月


●空

奇怪なる数字や記号の模様を織る仕事は、
私の心臓を蜘蛛の巣だらけにした。
硝子窓に黝んだ視線を投げると、
岩丈な肩をすり合せてゐる建物の間から、
小さな青い花のやうに、空……。
寂しい故郷の市街を其處に建築して、
私は陸上の魚のごとく喘ぐ     1922.2
     初出『胎盤』大正11年4月


●夜の電車

電車は地獄の底から浮みあがる。
そして、蒼白い炎を散布しながら、
沈黙の闇黒板上に白い一線をえがいて、
深夜の街上をいつさんに走つて来る。
その叫喚は私の身に毒矢のごとく突きささつた。
鋭い巨眼をひらいて運轉手は、
立ちすくむ私を嘲り、
海賊船長のごとく電車を操縦して行つた。
電車内には黒ずんだ人間が満載されてあつたが、
そのなかにも私は白百合の微笑を投げつける少女を見た。
素裸かで身ぶるひする街路樹のかげで、
遠い 『生』の散歩に疲れた私は、
無限のなかに消え失せてゆく電車を、
鮮やかな繪として私の心底に花咲かせて喜ぶ。     1922.2
     初出『胎盤』大正11年4月


●時

沈殿した空気の底を、
『時』が青とかげのやうに這つてゆくのをふと私は感じる。
しつかり押さへつけてみた。
しかし彼はゆるやかに指の間をながれて行く……。     1922.3
     初出『胎盤』大正11年4月


●炎

彼女は、水晶の花瓶にさされたダリヤの花束である。
熱くるしく私の胸をしめつけ、霊性をむざんにも踏みにぢつてゆく影は何か?影は火焔の輪を頭上に戴き、白晝、突如として何處からともなく私の室に 現れてくる。
彼女の髪は夏の森林のごとく薫る。
嵐が、私の肉体をまきこんで遠い地平の涯に鞠のごとく投げつけた。
砂漠の太陽が二人の接した唇から發光する。
天球の頂点で紅寶石(ルビィ)が砕け散つたのか、おお、何といふ異象であるか。しかと生命を抱きしめて跪いた二人の上に、血みどろな白鳥の羽根が 柔かに落ちてくる。
二人の上に、白薔薇の花片が痛ましく降りかかり、ふりかかる。
きりきりとしめあげる冷い銀線の手のために、青空へ、涙に濡れた彼女の瞳が溶けてゆく……空しくふるへてそれをとらへようとする私の指!
黄金の爪の痕が彼女の胸に鮮かにしるされた、やがて、それが一生、彼女の神の唇となる。
私は、深海に沈んだ古い鐘である。     1922.5.21
     初出『胎盤』第3年最終号(通巻11号)大正11年7月


●塔

私の塔は林檎の香がする。
私の塔は夕闇の蛋白石のごとく輝く。
私の塔には白百合の花辨の階段がある。
そして私の塔の窓からは何時も青空を眺められる。
しかし私の塔の周囲には炎の草が茂り、
そして熱病患者の息に包まれ、
餓えた虎の眼光に照らされてる。
ああ私の塔は毒死した女の吐血の滴りのなかに顫へてるのだ。     1922.5.28
     初出『胎盤』第3年最終号(通巻11号)大正11年7月

●唄

太陽が輝いている草生に、
私ら二人だけであつても、あなたは何故涙ぐむのです?

黄金の香爐の紫煙が朝の戒壇に消えてゆくから。
真晝の庭で牡丹の花が崩れるから。

火の波が打つ私の胸に、
顔を埋めても、あなたは何故、泣くのです?

川邊の青い葦が夕風にざわめいてるから。
落ち散つた桐の花に月が射してるから。     1922.5.28
     初出『胎盤』第3年最終号(通巻11号)大正11年7月


●高梁酒   須田壮介氏に

硝子の安洋杯(コップ)でも、ええ、まことに綺麗じやい
それ、高梁酒が私の心の臓に香ればな、ははははは!

唇から舌へと……
さて追々と太陽が砕けてゆく、
なんとまあ燦爛と輝く指の間のこの洋杯であらう

硝子の安洋杯でも……ええ、今晩は!
わたしの救ひ主よ
世界は愛をもて救はる
わたしは高梁酒もて救はるか、ねえ君!

ねえ君、握手しよう基督さん、
ひとつ喚(わめ)いてみようじやないか
ははははは!
君はまあなんと優しい手だね!
君は……基督さん

あ、忘れたり!
わが神聖なる戀人の唇のために、はるかに祈り、
さて一杯と、ははははは!
     『青森日報』大正11年9月30日(1922)

琅玕生とは謙三のペンネームの一つ。
須田壮介は斎藤吉彦の学生時代のペンネーム。この詩は謙三のスクラップブックに貼付されている新聞掲載作品。


●(無題)

明るい青空に刻まれてゐる銅像よ。
空気を点綴する百舌の囀よ……

ダリヤの花壇から、ふと白い犬が躍りでた。

青銅の大砲は陽の光を浴びて麗かに眠り
芝生の上にはその沈黙の影が落ちてゐる。

長椅子に寄る私の心は
やがてほのかに暖められてゆく……
     (年月不明。初出は「草々雑記」第34回(『陸奥新報』昭和24年)


●二階から

深い夜の霧に家並みは沈んでゐる。
ぼんやりと光る街灯は
眠ってる大地を見守つてゐる。

夜空は灰色の絹のやうに垂れ、街をひつそりと埋めてゐる。
二階の縁側に坐つてゐると、
空しいあこがれが、私の全体を包んでゆく。

遠くで午前一時が鳴つた。
かすかに消えるその音よ、
ああ、さよなら……

突然けたたましく犬が吠える。
ああ、吠える、吠える犬よ
青銅の大砲は陽の光を浴びて麗かに眠り
その声は、ひとり目ざめてゐる私の身に、どんなにかしみ入ることぞ……
     (年月不明。初出は『詩人一戸謙三の軌跡 第6集』平成30年





【大正12年〜】

『追憶帖』 (1947年刊行詩集) PDF 4mb

 追憶帖 (T−W)

●T 公孫樹の梢に     『歴年』では「白い月」

公孫樹(いちょう)の梢に白い月が浮く午後である。
裏背戸の黍(きび)の葉蔭で盗んだキス。
紅らむ頬よ。襟足のほつれ毛よ。
野苺が影うつす小川には水すましが群れて跳んでゐた。

彼女は椹(さわら)垣に凭れ(もたれ)「おたつしやで!」と。
ああ私の馬車は動く。行手にひろがる青田よ。
涙ぐむ眼にあてた前垂(まへだれ)には桔梗の花がゆれてゐた。
     「追憶の頁」『日本詩人』大正12年3月号(1923)


●U 小川は呟き     『歴年』では「崖の上で」

小川は呟き、つぶやき銀色に流れ、
熊笹の上を紋白蝶がもつれて翔んでゐる。

崖の上の枯れ芝に坐るわたしの軽い疲れ。
梨の皮を剥く君の水々しい手よ。

未だ耕されぬ田に侏儒(こびと)の森、そのなかの赤き鳥居。
白雲は雪斑(まだ)らの山脈を徐ろ(おもむろ)に翳らせてゆく……

ああ髪の香。紫の眼よ。
朗らかなこの時、君よその優しい唇を与へてよ!
    初出 「追憶の頁」『日本詩人』大正12年3月号(1923)


●V 紫の靄が     『歴年』では「紫の靄」

紫のが人の群をおだやかに包み、
柳の葉がくれに街燈は琥珀のやうに輝いてゐる。

ゆたかな黒髪。桃のやうな頬。
あなたはつつましく歩いてゆく。
わたしらの想は微風にもつれ、そして流れさる。

ふと熱い手がふれる。水に映る陽炎よ。
蜜の沈黙……
星星が金色の酒を滴らせてゐる。
ああ、わたしの胸に湧いて来るこのやさしさ、なつかしさは。
    初出 「追憶の頁 C」『パストラル第八詩集』大正12年2月(1923)


●W ポプラの梢に     『歴年』では「黄金の鐘」

ポプラの梢に黄色い葉が閃めき踊る。
甘々しい光が青空に流れ、
教会の塔に黄金の鐘が輝いてゐる。

あなたは花束のやうにわたしに凭れてゐた。
すみれ色の睫毛。優しい呼吸。
あなたの唇の上に蜀葵が燃え、
藤色の長い袖が朝の浜辺のやうに霞む…・

朗らかに鳴りわたる鐘

と俄かに目を開けて微笑したあなたよ。
櫛が青畳に落ちその飾がきらめいてゐた。
    初出 「追憶の頁 E」『パストラル第八詩集』大正12年2月(1923)


●絵本

 日に日に雪が消えてゆき、黒土が優しくあらはれ、垣根には青草の唄がからみつき、陽は柔かに心に溶けこむ。そのころ、隣に越して来たお貞さん が、窓をあけて夕べごとに唄ふのを、聞くともなく、聞きおぼえたわたしを、「遊びにいらつしやい」と、桜の咲く日には呼びかけさせた。

 ああ、あのころは未だあざやかであつたわたしの唇を見つめてほゑみ、うしろから両腕投げかけて、ふたりで眺めた朝顔には露がほがらかに輝いてゐ た。ああ、あのときの頬ずりのなつかしさよ。

 葡萄棚の下に仰ぎながら、ゆたかな腕さしのべてお貞さんが一房もぎとれば、後れ毛を夕日が金色に照らしてゐた。落葉の匂ひの中に味つたその葡萄 よ。そして何故あのときに、お貞さんは黙つて帰つて行つたのであらう。

 炬燵の上に指をならべ、「ほらあたしのより細いわ」と、お貞さんの顔は桃のやうにうるはしかつた。窓には牡丹雪の降りしきるささやきがして夜が 更けてゆけば、絵本の上に眠りほけたわたしが、握られる手にふと気がつけば、さすがにお貞さんの指はふるへてゐた。
     大正11年9月(1922)


●大圓寺の宵宮(よみや)

ああ、大圓寺の宵宮。辻の通りは人でいつぱい
葦簾張りの店々にはさまれて。
堤の上では桜花火が噴き出て、
何処やらから尺八と三味線のジヨンカラ節……

丸髷の母を見上げ、わたしは
童話(メルヘン)の王子のやうに歩いて行つた。
珊瑚珠の灯籠のゆれる下は
人の群におされて進んだ、母の手を便りに。

拝殿は薔薇の花のやうに明るかつた。
鰐口の音、鈴の音、そして拍手の音!

高い杉の梢、五重塔の先に
星座が淡く夢のやうにかかつてゐた。

あのころ、わたしは幼かつた。
花火と太刀を持つて心はいつぱいであつた。
何故に、時が流れるのだ、そして
何もかも流してゆくのであらう、何もかも。     大正15年7月(1926)
     初出は『星座図(創刊号)』昭和3年4月(1928)


●絵日傘の娘

白梅と桃の花と
梅の木と栗の樹があるその家の
裏背戸の菜畑に 紋白蝶が
絵日傘と娘をかすめて飛んでゐた…

(格子窓から琴の音!…)
龍の髯にかこまれた敷石に
出て来る娘の絵日傘よ、
仄かに白いその顔よ。

艶やかな髪を若い陽に照らし
冠木の門を出て来る娘よ、
花やかな友禅よ、さうして絵日傘よ!
(ああ、あの娘、跛であつたあの娘…)

繊い指でお茶を立て
七寶の花瓶に、白百合の花を活け
鵞堂の筆は優しい跡ではあるけれど
笑はぬ娘、それは磁器のやうにさびしい娘。

花柏(さわら)の垣根と侘しい琴の音…
文鳥の鳥籠を
眺めてある日 娘はふいと笑つたその時に
(二階の窓から見てゐたわたし)

絵日傘をくるくるまはして
門の前を過ぎゆく娘。
玄関の戸に音立てて、出てゆけば
枝垂柳のその下で小川の水を見つめてゐたが…

活動写真の辯士の妻と、
なつたと言はれたあの娘!
子を産み、棄てられ、肺病になつたさうだと、
それから、便りが知らされぬさうだと…

そのころわたしは飛白の着物で、
そのころわたしは中学五年であつたのだ。
落葉松と葡萄の木がある
隣の家で、そのころわたしはハアモニカをば吹いてゐた。

隣の栗の樹、柿の木、菜畑を
水彩画にと描いてみたり、
ツルゲエネフと「虞美人草」とを
二階の室で読んでゐたわたし。

ロセチの絵をば壁に張り
白秋の「桐の花」書棚にかざり
さうしてわたしは夢をみた、
隣の不幸な娘の恋人はわたしであるのだらうと。

白梅や桃の花が咲いてゐた庭よ。
木賊が生えてる築山と
石燈籠と池の滝をば見下ろして、
ああわたしは若かつた。わたしは娘と話をしたかつた…

銀行重役の娘(跛の娘…)
活動辯士に棄てられたあの娘、
しかしわたしの心に優しく映り
廿年も忘れぬ娘!

菜畑よ、紋白蝶よ、栗の樹よ。
絵日傘をさした娘よ、琴の音よ。
手の上に消えてしまつた昨日の雪よ。
ああヴィヨンの唄よ。若い日の忘れられぬ押し花よ!…     昭和11年8月(1936)改作?


●花柏垣の家

花柏の垣根にかこまれた此の家よ、
丈高い落葉松と梅の木と
葡萄の棚と野菜畑と
これは廿年前にわたしが住んでゐた家だ!・・

裏の花柏の垣を透かせば
井戸屋で米を磨ぐ娘(ああ桃割れのその娘…)
そのため夜は、わたしに明笛(みんてき)を吹かせたのだが…

黒く湿つた土に黄金の針が
落葉松から降りちる頃に
生れてはじめてわたしは短歌を作つたのだが…

碧巌録と謡曲と
紫檀の机と盆栽と
一幅の軸に天地を封じ
夜半 父は雁を聴いて茶を呑んではゐたが...

門の前の道を曲れば
若いアカシヤの林に入る(ああ爽やかなあの陽光(ひかり)…)
柔らかい雲が春に生れた時、
中学帽を壁に忘れたわたしは
「桐の花」を手にして小川の渦を眺めたのだが…

紫陽花をわたしの机に飾り
優しい香を三畳の間にただよはした従妹。
団扇と簾と風鈴と
庭の盆栽棚に螢が飛んでゐたのだが…

落葉松の梢にかかる天の河!
白鳥座は落ちて馭者座が昇り、
スバル座の淡くもつれた想ひは
たちまち時雨に消されてしまひ、
葡萄の枯葉を何時しか霙がたたく…

白い布に顔をかくして寝てゐる父よ!
祖母は線香と水を供へ、
従妹は豆ランプを点じ、藤色の前垂で涙を拭いた。

凝然と、わたしは、しかし
亜鉛(トタン)屋根を走る雨の音、
霰の音を何時までもいつまでもと噛みしめる…

花柏の垣根にかこまれた小さな家よ!
(そこには今では見知らぬ夫婦と中学生が、
廿年経つてまたも住んでゐる…)
あらゆる望みをそだて
あらゆる望みを忽然と消し去つた此の家よ…

ああ庭の白梅の花に春の月
まこと月並な夜ではあるが、
黄金の霧の幻を、誰にかまたも現じてゐよう…

しかしながら、銀色の渦を巻いてゐた小川は泥溝(どぶ)となり
あの頃のアカシヤの林は
老いて枯れて切られてしまつて跡もない!

ああ桃割れの娘は小料理屋の女房、
なつかしい従妹はゴルフ場番人の妻となつて遠くに去つた。
ああ、むかしのスバルよ、カペラよ!
わたしはふたたび星座の中に生きたいものではあるけれど…


●小さな村

白楊が影おとしてゐる白くながい道、
桐の葉蔭にならぶ芽ぶきの家々、それは
おだやかな小さな村、わたしが思ひ出すその村は。

海のやうな青田のなかに銀の渦まく小川が流れてゐる村。
少年の日の夏休みをそこに過した村、
その村の、さわら垣や落葉松にかこまれた従妹の家よ。

林檎は音立てて、朝、草むらのなかに落ちる。
遠くで鶏が鳴く、それから桜の梢で蝉が鳴き出す

欄干に凭れてわたしは明笛(みんてき)を吹いた。
豆畑の風にゆれる黍の房毛よ。
軒から飛び去る金色の足長蜂よ。

団扇にかくれて従妹は昼寝をしてゐた。
その水色の浴衣からこぼれた肌、乳房よ。

草むらを分ける釣竿、その上にとまるおはぐろとんぼよ。
いつまでも動かぬ浮子をわたしは一心に見つめてゐた。

空は青かつた、林檎の実は赤かつた、そしてわたしは十五であつた。

高い半鐘梯子が立つてゐた村の入口の
うまごやしで飾られてた土橋よ、あの村、
あの平和な小さな村は、わたしの心に今遠く、小さく…・     大正15年6月(1926)


●アカシヤの小路

それは貯水池へと通ふ小路…
アカシヤの葉が若い光にそよいでゐた小路。
榎の蔭から菜種畑が
小さな鳥居と朱い祠が見えてゐた小路…

(空色の洋傘、霞のやうなシヨオル、
 少し泥がついてる白足袋よ。
矢絣の袷のひとが憶ひ出されるそれは小路…)

若い日のスケツチ・ブツクには
水門と芒と水に映つた電柱と、
ああ、貯水池の芝生よ
友よ。

水柳の葉にきらめく露が
何といふ美しい月夜であつた、と言つた
友よ。

彼女はハンケチを敷いて、
水に跳ねる魚を聞いてゐたよ
と言つた、友よ、

友よ。

貯水池へと通ふ小路、
しかしあの頃のアカシヤの葉は散つて落ちて泥にまみれて
小さな赤い鳥居も
もう早 なくなつてしまひ、
小路は分れて安料理屋がある新開地へと向ふ…
杉の林のなかで汽笛の嘆きがたちのぼる…
赤いシグナルが下がる。
煙が白く線路に迷つてゐるのを
土橋をわたりながら眺めた、
あの小路!…

友よ、君のあのひとは何処にゐる?
若しやあの
新開地の軒燈のあるやうな家でも建てて、
鏡台と三味線と女を置いて
そんな暮しを
若しやあの…

若い日のスケツチ・ブツク、
芒のある貯水池と洋傘のひととを
わたしのところに残した
友よ。(君は今どこにいる?…)

貯水池へゆく小路。アカシヤの小路。
わたしは今もうそこを歩かない。
──泳ぎにゆくよ、と
水門から飛びこむのさ、とわたしの子は言つた。

水柳と露とくちづけと
そんな月夜があつた、と友よ
忘れはすまい!
弘高の帽子よ、飛白の単衣、小倉の袴よ。

ああ若い日よ、水門にもたれ矢絣のひとと
君と居るのを、淋しくつらく
芒の間であの頃何時もわたしが見てゐたと、
友よ、君はおそらく知るまいが…

アカシヤの小路よ、菜種畑よ、
若い太陽よ、
芒の穂がゆれてゐた秋の空よ、
空色の洋傘よ、唇の色よ、
ああ、ふたたび咲かない濡れた花よ!…     昭和11年8月(1936)改作?


●屋根裏の室で

薄暗い屋根裏の室に
硝子窓を雨滴が流れてゐる。

鼠色の壁は押しつける
机にうつ伏してゐる私の身体を
唐紙を開けて誰か近づいて来る

(涙に濡れた妻の顔がゆれる蝋燭の灯に照らされて…)
軒裏で鳩が啼いてゐる…

しかしいつしか私は眺めてゐる
壁の煤にまみれた春信の絵を
そして時が過ぎてゆく、古ぼけた柱時計に数へられて     大正15年2月(1926)
     初出 一戸謙三「昭和元年の日記」(『弘前新聞』1961年に120回連載)より
同題作が詩集『歴年』に収められているが内容は全く別作品。


●空しい家

暗く長い梯子段、埃にまみれた雨戸
色あせた畳、そして今は消えかかる唐紙の山水…

見よ、壊れた欄干を、または白壁のはかない楽書きを。
廃れた家をめぐり歩けば、ああ、身は寂びしい!

庭の石段は、龍の髭と落葉に埋もれ、
公孫樹のあらはな梢に、重く垂れさがる空…

石灯籠をうつす池よ。その面は皺ばみ、
と、たちまち面は濡らしてゆく、石橋をそして敷石路を…
     『北方詩』創刊号、大正15年4月(1926)


●戀と云ふものは  ──イヴァン・ゴルに倣つて──

貝がらの殻のやうに閉ぢていたおれを、
シヤボン泡をもつていつぱいにしてくれたとは
それほど感謝されないことである。

おまへの身体は牧場であらうと、
昨日も想ふて見た。そして明日も忘れはすまい。
おれは指先きでガラス窓を朝から拭いてゐるのだ。

窓にはアカシヤが死んでゐて、
おれは時計のなかで十姉妹のやうに啼く。

何故おまへの瞳に火事があつたのか。
何故おまへは八月をひらかせたのか。
何故おまへの足は大地を燠となしたのか。

暦は一枚一枚と落葉となつてゆく。
そしておまへは鳩のやうに飛びさつて、
再びおれの腕には返らない。

おれはたうたう分銅のやうに井戸に落ちてゆく。

ああ おれは鹿の毛のやうな寝台をつくろう。
何時かはおまへも凋れた風船のやうにそこに落下してくるだらう
そしておれはおまへの足の裏をくすぐるだらう。

その時おれは薔薇をいつぱいに花ひらかせる。
おれはおまへのために腕椅子となる。
おれは本となるランプとなる珈琲となる。     『星座図』第五号、昭和3年10月(1928)


詩抄刊行の序

 雪の社小山路夫君の好意により、三十年間に書いたわたしの全作品の中から選んで、詩抄十二冊を刊行することになつたのは、まことに喜ばしいこと と感謝してゐる。詩抄として出すそれらの作品のすべてについて自信を持つてるわけではないが、しかし、それらを通じてわたしと言ふ詩人のこれまで の閲歴をしづかに読んで下さる人たちがこの世のどこかにあるとは思つてゐる。
 詩歌の路に歩み入つてからわたしは、迷ひ、誤り、落胆したことは幾度あつたか知れない。詩人としての素質についても疑を抱いてばかりゐたが、つ ひに三十年と言ふ長い年月を断続しながらも詩歌を棄て去ることは出来なかつたのである。それはわたしにとつて慰安であり祈祷であつた。愛し信じる 神を持たず、宗教が無かつた過去の生活は詩作によつてのみ絶対の永遠の世界に活き得たのであつた。
 若冠の頃から貧苦の下積みになり繊弱な神経に悩まされてばかり来たわたしは、人生行路の涯に立つて今かうして自分の作品を回顧すれば、やはりわ たしも詩人であつたと、はじめて言へる。しかし、もちろん詩人として優秀な位置に立つてゐると言ふのではないが、これだけの作品をとにかく書いた と言ふそのことによつて、さうだ、と考へるのである。
 詩抄第一冊は「追憶帖」とした。その以前に第十二冊の「抒情小曲」時代があり、この詩に選出してなかつた作品が、かなりあるけれども、それらは 模索・模倣の一時代であつてすべて世に出すほどのものはない。「追憶帖」の時にいつてはじめてわたしは自分の個性を探りあてたと思つた。それは美 しい抒情を描いたものに過ぎないけれど、十年立ち二十年立つた今読み返してみても、それほどに色褪せたとは思へない。
 詩壇にあつては、すでにかうした時代は過ぎ去つたことはわたしと雖知つてはゐる。そして、今さらわたしはこれらの作品によつて詩壇に現れような どとは、さらさら考へてゐない。それは、わたしだけの幽かな追憶(スヴニイル)であるが、現在のやうな世相にあつて、このやうな作品も、その青春 の美しい夢であるだけに、また存在理由があるだらう、と信じる。
 わたしのこれまでの作品は、その型式に於いて幾度も変遷してゐるけれども、全作品を通じてその精神は不変であることを詩を選みながら今さらのや うに考へさせられた。それは、つねに抒情であり、夢の追求であつた。刊行されたならば、その抒情はすなはち絶対の永遠の世界への空しいあこがれで あることが明らかにされるであらう。しかしそれはそれは単に空しいあこがれに過ぎなかつた。おそらく今後に於いて、若しも環境が幸したならば、わ たしはその世界への抒情を更に確めたい。と思ふ。それはやがて、神と愛と死の問題の解明を詩歌として創作してこの世を終りたいと希つてゐるのであ る。──だが、それは仲々困難であり、果してそれまでわたしは生きつくせるかどうかも不安である。
 それゆえ今度の詩十二冊だけでも何とかして刊行したいと念じてゐる、と言ふ。(昭和二二・七・二四夜・門文庫で)
     『雪』第七号1947年8月(雪の社)に掲載。


【大正12年〜拾遺】

●追憶の頁

土手に咲き盛る野薔薇の上を飛ぶ黄金の虻よ。
青空の下のはるかなる稲田よ。
白い塵を蹴り立てて一隊の生徒が歩いて来る
帽章の輝き。紅玉の頬頬。ああその胸の清らかな泉!

丈高き白楊の梢に囁く微風よ。
その新緑の葉が身をゆすりて密かにする微笑よ。

芝草に寝て眼を閉ぢる私は、
荒野の果、山山を越えてゆくあの白雲か。
     『日本詩人』大正12年3月号(1923)


●追憶の頁 D

白い月が胡桃の葉の間に輝いてゐた……、
朧げに 白萩が咲いてゐる庭の隅で、
私の腕のなかのあなたは小鳥のやうに戦いてゐた……、

いつしか私らの眼に清らかな涙が涌いてゐた……、
微風が黒い葉の上をわななきながらわたつてゆく。
 しづやかに白萩が散る。
ああ、はじめて觸れ合ふ唇のそのわななきよ!
    初出 「追憶の頁 D」『パストラル第八詩集』大正12年2月(1923)


●四季

青空には真珠色の雲が羊のやうに群つてゐる。
微風ははにかみながら私の頬に接吻する。

春だ。春だ……

私の指先には桜桃のやうな艶がある。
私の胸には黄金色の蜂がうなつてゐる。

春だ。春だ……

私は素足でうまごやしの野に行かう。
私は王者の寛いだ心で世界を眺めよう。

 *

縞瑪瑙の大空……・

麻の葉の帯の影を流れに漂はせ、
娘は繊い手もて琺瑯の足を洗ふてゐる。

朽ちてたの蔓草はくろずみ、
桐の葉の間に星が銀砂のやうに散つてゐる。

白鳥は黒く垂れさがる柿の葉蔭から泳ぎ去つた。
青磁の花瓶に入れるために、私は白百合の花を折り取つて帰らう。

 *

夕陽は黄金の泉に溺れて死んだ。そして、
紺青の空には悲しみが今ひろがつてゆく。

私は土手の枯れ薄のなかに坐り、
水柳が影うつす沼の青ざめた面を眺めてゐる。

ああ、ものさびしき、さびしき水門の昔よ。
それは何を思ひ出せと私に囁くのであるか。

中空には真珠の月が輝きでて、そして、
平和な村の屋根からは青い煙が立ちのぼる。

 *

庭に雪が降る、降るよ。
紅薔薇の蕾や紫陽花の葉の上に……

牡丹の模様のある坐布團を敷き、私は
珊瑚のかけらのやうな炭をつみあげてゐる。

雪はたちまちに消える、消えるよ。
濃い紫色にしめつた地面の上に……

爐の向ふには銀色の長い針をきらめかし、
緋の毛糸もて妹は編物をしてゐる。

庭に雪が降る、降るよ。
さわら垣の枯れ蔦や落葉松の金の葉の上に……
    初出 『パストラル第九号』大正12年3月(1923)


●髪の雪

プラットホームの洋燈のゆれる焔に、
あなたの姿は小島のやうに寂しくてらされる。
その髪には雪が白く散りかかつて…

鋭く呼笛(よびこ)が鳴る!
列車は動く。
きらきらと私の胸に刻みつく うるんだ瞳よ。
──「さようなら。ああ、さようならあ……」

雪の笹縁(べり)の窓から
長く私は身を乗り出してゐた。
次第に縮小してゆく灯の花の停車場、
碧玉の信号燈、
熟した頬にふれる雪……
     (大正12年(1923)5月25日作。初出は「不断亭雑記」第451回(『弘前新聞』)


●譜

 ※

銀の纖い足をひらめかして踊る雨、
その音が私の胸に甘くあまく泌み入る……

椿の花を散らした夜具の上に、
緑の絹布で蔽はれた電燈の光が流れてゐる。
黒天鵝絨の襟に顎を埋めて私はなほ目ざめてゐる。

桐林のなかの茅葺の家に、
遠い戀人よ、お前はもう眠ってゐるか。
白い敷布にはお前の髪が解けかかつてゐるであらう

私の胸にあまく沁み入る雨、
それは銀の纖い足をひらめかして闇に踊る……

 ※

陽がうすれてゆく倉の白壁に、
青柳の葉の影が微風のために縺れる。
──妹よ。もはや帰ろう。うまごやしの花輪も出来あがつた。

夕焼空に黄金のちぎれ雲が浮び、
小川の流れには橙黄色の電燈が映つてゐる。
──妹よ。手を引こう。ひとりの母は私らを待つてゐるであらう。

淡青い靄が杉林や五重塔を包み、
鴉の群れは点々と飛び来つて徐ろにその上をめぐる。
──妹よ。微笑むお前の髪には、おお、その花輪がよく似合ふ。
    初出『パストラル第十詩集』大正12年4月(1923)


●絹糸のやうな雨

銀白色の空には白楊(やまならし)の梢がゆれ
黒板塀の上に桃の花がけぶり
絹糸のやうな雨が降つてゐる。

枕元の水薬の瓶に
硝子窓がきらきら映つて
紫の矢絣の袴を着たあなたは
病床の敷布の上にしづかに起きあがる。
乱れた黒髪の燦めく髪飾りよ
黒と朱の市松模様の伊達巻きよ。

うぶ毛のある美しい頬で
あなたは仄かに微笑しながら
銀のナイフを取り上げて林檎の皮をむくとき
瑞々しい腕が緋の袖口からあらはれ
青畳の上には袂(たもと)が落ちこぼれて匂ふ。

午後三時が打つ!…
優しい想ひがしばらくわたしたちを沈黙させる。
     (大正13年(1924)2月27日弘前にて。初出「不断亭雑記」第423回(『弘前新聞』1965.12.14)


●弘前公園にて(仮題)

芝草に寝てわたしは青空を眺めてゐる。
投げ出されたあなたのハンケチよ、
群れ咲く紫のすみれよ。

藤色の洋傘に
横顔を半ばかくして、あなたは坐つてゐる。
沈黙が二人の間に重く横たわる。

ああ、鳴しきる郭公!
水鳥が浮ぶ濠の面に。
     初出「不断亭雑記」第424回(『弘前新聞』1965.12)


●山吹の押し花

山吹の押し花も、愛しい人よ、色褪せてしまつた。
もはやそれをも歎くまい!明日は、
落葉松の林をくぐりぬけ
断崖の枯れ芝に立つて、涙もなく、
夕焼空の真赤な雲々に呼びかけてみよう……
    初出 『日本詩人』大正15年6月号(1926)


●曇つた鏡

曇つた鏡にうつるぼけた壁、
仄明るい天窓、亜鉛屋根を走る時雨の音……

塵の白い机の上に目を閉じるとき、
軋りながら柱時計が打つた、頭の上で。

何物もわたしを遠ざかれよ、今は。
蟋蟀が鳴いてゐる、押入れのなかで……

壁のとなりに幽かな話しごゑ、
徐ろに梯子段を誰かが下りて行つた。
     『北方詩風』第4号、大正15年8月号(1926)


●夜、重い鎧戸を

夜、重い鎧戸を押しひらけば、
林のかなたに窓が明るい。
ゆるやかに十時が鳴り、
河瀬の音は高まる。
ああ、わたしは死ぬばかりに淋しい!

あのひとの古い手紙の束を、
昨日わたしは水松(いちゐ)の下に埋めてしまつた。
この心を誰が知らう。
そして月日は、これから
わたしの上に塵のやうに積みあがるばかり……
     自撰詩集『歴年』(昭和23年)より。初出不明


●「小さな墓」

湿つた石段を、雪駄で
あのひとの墓を想うて来ると、
枯れ芒の穂のなかに、白々しい太陽が沈む。

本堂の屋根にも、苔むす敷石にも
銀杏の落葉がおびただしく散りたまつてゐる。
ああ、笹薮にかこまれた小さな墓よ……

暮れかかる行手、松林のはづれに
荒々しい浪が岩々に泡立ち、
その上に低く翔んでゐる灰色の鴎。
     自撰詩集『歴年』(昭和23年)より。初出不明



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