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『藤城遺稿』テキスト訓読書き下し版

藤城詩文鈔

                               小坂觀海岳
    村瀬褧士錦著                   堀田皓白石      同校
                               姪 甒君尊(村瀬雪峡)


己卯汗漫稿

四月十六日、暁に発す

暁峰、我を送るに眼は皆な青し(⇔白眼視)。雨、軽塵を浥ほして野草馨し。東角、宛ら紅瞼(こうけん:女性)の媚ぶるが如し。猶ほ知る別酒(別宴の酒)の未だ全くは醒めざるを。

四月十六日曉発

曉峰送我眼皆青。雨浥輕塵野草馨。東角宛如紅瞼媚。猶知別酒未全醒。


養老山の瀑布泉 二首

山、奔泉を擁して碧万層。満高フ晴雪、墊(てん:ふわふわの)衣の稜。居然として観作(みな)す、玉龍の戦ひ。三十六峰、鳴りて崩れんと欲す。

○○人間(じんかん)到る処、変遷同じ。「不破」は唯に関の月空のみならず。珍重たり元皇の一條水。潺湲として長く白雲中に挂る。

【欄外】典雅荘重。

養老山瀑布泉二首
山擁奔泉碧萬層。滿告ー雪墊衣稜。居然觀作玉龍戰。三十六峰鳴欲崩。
○○人間到処変遷同。不破不唯關月空。珍重 元皇一條水。潺湲長挂白雲中。
【欄外】典雅荘重。


養老の白玉扇に題す   柏※純甫。琉璃扇を作る。飛泉を受けて濺沫となり、燦として乱珠の如し。 ※原文「拍」。柏の誤記。栢淵嘉一(蛙亭)多芸郡高田の人。白鴎社の盟友。

齊紈(齊紈魯縞:白絹。泉の謂)誰に向ひて噴泉揮ふ。乱点水痕、粘りまた飛ぶ。看作(みな)す秋江の荷葉の雨。碧琉璃上の白珠璣。

題養老白玉扇   柏※純甫。作琉璃扇。受飛泉濺沫。燦如乱珠。
齊紈誰向噴泉揮。亂點水痕粘又飛。看作秋江荷葉雨。碧琉璃上白珠璣。


○高田(多芸郡高田)の諸子、曾て登庵(武元登々庵)翁及び勾台嶺(勾田台嶺)を千歳楼※にて宴す。台嶺は其の図を製し、翁は詩有りて題を為(な)す。 余嘗て翁の交りを辱(かたぢけな)うす。之を読みて感有り。因て其の後に題す。

君を想ふて仙宴に擬し、群飲、傍らに飛泉あり。此の事、真に千歳※なるも、曽て詩画の伝ふる有り。天上忽ち香案の吏(天子の御付き者)を欠き、喚ばれ帰る、 人間(じんかん)の謫下せられし仙。脩短(寿夭)は天の定むこと、嗟くべからず。其れ翰墨の未だ了縁せざるをいかんせん。此に来りて誰か忍びて陳迹を問はんや。客楼の短夜、 眠りを成さず。独り遺篇を把りて泣き且つ読む。一盞の青燈、百憂燃ゆる。巻を掩ふて欄に倚れば夜将に半ばならんとす。遊魂を招かんと欲して何辺にか向はん。多度の峰、三十六。 斜月蒼茫として杜鵠叫ぶ。

【欄外】 合作。

○高田諸子。曾宴登庵翁及勾臺嶺於千歳楼。臺嶺製其図。翁有詩爲題。余嘗辱翁之交。讀之有感。因題其後。
想君擬仙宴。群飲傍飛泉。此事眞千歳。曾有詩画傳。天上忽欠香案吏。喚歸人間謫下仙。脩短天定不可嗟。其奈翰墨未了縁。來此誰忍問陳迹。客楼短夜不成眠。獨把遺篇泣且読。 一盞青燈百憂燃。掩巻倚欄夜将半。欲招遊魂向何邊。多度之峰三十六。斜月蒼茫叫杜鵠。
【欄外】 合作。


○○磨鍼嶺(中山道磨針峠)写懐

始めて吟懐の天と与に寛きを覚ゆ。杯を把れば鍼嶺、再た顔を開く。雲鬟(うんかん:髷)無数、湖水を囲む。総て是れ他年の夢裡の山。

○○磨鍼嶺冩懷
始覚吟懷天與寛。把杯鍼嶺再開顔。雲鬟無数圍湖水。總是他年夢裡山。


湯島に在りて舟を買ひ海に泛べる

汀を廻りて櫂を停め盃巵を洗ふ。覚えず江波夕暉に襯(近)づくを。倒射して粼粼(りんりん:波光輝くさま)篷背赤し。斜めに涼傘を張りて炎威を拒(ふせ)ぐ。

在湯島買舟泛海
廻汀停櫂洗盃巵。不覚江波襯夕暉。倒射粼粼篷背赤。斜張涼傘拒炎威。


訓読は西部文雄著「藤城遺稿補注」(1999年私家版)に殆ど従った。 中嶋識


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