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河合東皐:至楽翁
かわいとうこう:しらくおう(1759宝暦9年〜1843天保14年6月21日)
【D】自筆詩稿 第4集【東皐集】□001.〜□169. PDF(39mb)
東皐集 寛政六年(1794年 河合東皐36歳)〜
□001.放生池(養壽院即興)
亀魚宝池水
功徳自應真
非但息心侶
能親拍手人
皷鰭花底浪
曝背圻傍春
看取好生化
恩波及細鱗
放生池。(養壽院の即興。)
亀魚の宝池水、
功徳、自ら真(まこと)に應ふ。
但だ(※一方的に)心を息める侶のみに非ず、
拍手する人に能く親しむ。
鰭を皷す花底の浪、
背を曝す圻傍(※岸辺)の春
看取せよ、好く生の化せるを、
恩波、細鱗に及べり。
□002.遊梅墅之約屢雨不果
欲問郊梅興
還驚春服成
幾時花已謝
此日雨空晴
天奪瓊瑶色
人閑詩酒情
芳魂煙月夕
猶自夢中清
梅墅に遊ぶの約、屢ば雨にて果さず。
郊梅の興を問はんと欲すれば、
還た驚く、春服の成れる※も、 ※論語故事「暮春には春服既に成る。」
幾時か、花すでに謝せるを(終り)。
此の日、雨空しく晴るも、
天は奪ふ、瓊瑶の色。
人、閑たり、詩酒の情。
芳魂、煙月の夕に、
猶ほ自ら夢中に清かるごとし。
□003.山橋歩月同子信
山橋踏月度清風
千仞青溪望不窮
莫是蟾宮路相接
飄然身似駕飛虹
山橋、子信(※小出子信:不詳)と月(※月影)を歩む。
山橋、月を踏みて清風を度る。
千仞の青溪、望めども窮めず。
是れ蟾宮に相ひ接する路には莫くとも、
飄然として、身は飛虹に駕するに似たり。
□004.又賦春夕閑詠戯効東[坡]疉字躰
野村深樹静
春陰樹静春
陰暮景沈吟
来月色吟来
月色野村深
又た春夕の閑詠を賦す。戯れに東坡の字を畳(かさ)ねる躰に効(なら)ふ。
野村、深樹、静かなり。
春陰、樹、静なる春。
陰暮の景、沈吟す。
月来りて色めき吟じ来る。
月色、野村、深し。
□005.送近藤五帰大垣
翩々行色映春暉
千里海山探勝帰
霞若繍兮花若錦
知君裁作故郷衣
一雁先群下海沂
春風幾度後同帰
天涯舊侶如相問
為報翰毛未任飛
近藤五(※不詳)の大垣に帰るを送る。
翩々たる行色(※旅立ち)、春暉に映ず。
千里海山、探勝して帰る。
霞は繍の若く、花は錦の若くも、
知んぬ、君が裁ちたる作は故郷の衣なるを。
一雁、群に先んじて海沂に下り、
春風、幾度か、同に帰るに後(おく)る。
天涯の舊侶、如(も)し相ひ問はば、
為に報ず、翰毛(手紙)の未だ飛ぶを任せずと。(※手紙出すよりも早く帰還。)
□006.答人問近来新著如何
暗淡春陰墨水干
遠游三歳賦終難
閑中偶有蛙鳴曲
何足供君皷吹歓
近来の新著は如何と人の問ふに答ふ。
暗淡たる春陰、墨水(隅田川・硯墨)干(かわ)き、
遠游せる三歳、賦するも終ひに難し。
閑中、偶ま蛙鳴の曲有り、
何ぞ足らん、君が皷吹する歓びに供せんに。
□007.聴瀑(領春楼分韻)
懸泉萬丈下層巒
巗壑傳声十里寒
定似排雲倒河漢
兼思觸石碎琅玕
風高虎嘯知安起
地険龍門到固難
一夜山亭投宿處
還疑海泊枕波瀾
瀑を聴く。(領春楼の分韻。)
泉を懸くる萬丈、層巒に下り、
[巖]壑、声を傳ふ、十里寒たり。
定めて似ん、雲を排(つら)ねて河漢を倒すに。
兼ねて思ふ、石に觸れば琅玕(※水沫)の碎くるを。
風高き虎嘯、安んぞ起きるを知らん。
地険しき龍門、到らんも固より難し。
一夜の山亭、投宿する處、
還た疑ふ、海泊して枕に波瀾するかと。
□008.和友人春日溪橋作
溪邊僧送處
橋上客趨来
回顧春山夕
兼花三笑開
友人の春日溪橋の作に和す。
溪邊、僧、送る處、
橋上、客、趨き来る。
回顧す、春山の夕べ、
兼ぬるに花、三笑して開く。※虎渓三笑の故事を踏む。
□009.渡口阻風隔江望花(明月楼宿題)
江東試欲問芳菲
野渡波高来往非
㟁繋虚舟空蕩漾
樹含斜日逈霏微
長堤風白知花散
十里潮青羨鳥飛
時唱箜篌酒楼女
相留一醉望春帰
渡口、風に阻まれ、江を隔てて花を望む。(明月楼の宿題。)
江東、試みに芳菲を問はんと欲するも、
野渡、波高くして来往すること非なり。
[岸]は虚舟を繋いで、空しく蕩漾(※揺動)し、
樹は斜日を含みて、逈かに(※花吹雪)霏微たり。
長堤、風白く、花散るを知り、
十里、潮青く、鳥飛ぶを羨む。
時に唱ふは、箜篌(くご)、酒楼の女、
相ひ留めて一醉、春を望んで帰らん。
□010.春夜宴某荘(同前即興)
不厭芳園夕
風流詞酒家
清明兼夜月
勝會競春葩
連榻弟兄到
鳴琴鴻雁賖
幽情如可遂
長此着烏紗
春夜、某荘に宴す。(同前即興)
芳園の夕を厭はず、
風流、詞酒の家。
清明、夜月を兼ね、
勝會、春葩を競ふ。
榻を連ねて弟兄到り、
鳴琴、鴻雁、賖(はる)かなり。
幽情、如(も)し遂ぐべくんば、
長しへに此の烏帽子を着けん。
□011.又
幾歳避喧嘩
幽人此作家
盈々清夜月
艶々暮春花
池暖蛙鳴起
荘深人語賖
玉杯歓(欲・未)極
星漢影将斜
又た。
幾歳か喧嘩を避く、
幽人の此の作家。
盈々たる清夜の月、
艶々たる暮春の花。
池暖かくして蛙鳴、起り、
荘深くして人語、賖(はる)かなり。
玉杯の歓(極めんと欲す、・未だ極らず、)
星漢、影まさに斜めならんとす。
□012.與森元方
昨侯上邸畢事趨赴高堂會
到則已吟哦盛起
先生先探得頷下物
其他琳琅木難爛々雜集
僕也在後徒貪杯飧耳
瓦礫尚不得矣
苦吟久之辭而下階
日已逼虞淵狼狽帰舎
然猶路上行為推敲心不在歩
不唐突貴客車者幸也
前日所見命酒費已雖具到亦以狼狽
之故不及託子厚而去
嗚呼一杖頭阿堵 豈趙之璧哉
何完之為一粲斯與詩債併致
左右伏請
一者轉子厚他日子厚能化酒乎
一者賜覧之後(見・假)公之一琢
而後得為珷玞乎
幸也豈望其化玉哉
暮春念五 正良頓首
森元方(※名は直、号は河陽)に與ふ。
昨侯、邸に上り事畢へて高堂の會に趨赴く。
到らば則ち已に吟哦、盛んに起き、
先生、先づ探り得る、頷下の物。(※珠の如き詩編)
其の他、琳琅たる木難(※碧玉)、爛々として雜はり集まる。
僕また後に在るも、徒らに杯飧を貪るのみ。
瓦礫も、尚ほ得ざるかな。
苦吟、之を久しうして、辭して階を下る。
日は已に虞淵(※日没)に逼り、狼狽して舎に帰る。
然して猶ほ路上の行、推敲を為して心、歩に在らず。
貴客の車に唐突ならざるは幸ひ也。
前日、命ぜられる所の酒費、已に具して到ると雖も、
亦た狼狽せるを以て、之が故に子厚(※不詳、森元方のことか)に託するに及ばず而して去る。
嗚呼、一杖頭の阿堵(※酒代百文の銭)、豈に趙之璧(※宝物)かな。
何ぞ、之を一粲(※笑ひ種)と為し、
斯(※お金)と詩債と與に併せ致して完うせん。
左右に伏して請ふ、
一者(お金)は、子厚に轉がり、他日、子厚能く酒に化さんか。
一者(詩債)は、賜覧の後、公の一琢を假り、而して後、珷玞(※美石)と為すを得るか。
幸ひ也、豈に其れ玉に化すを望まんや。
暮春念五(3月25日) 正良(東皐)頓首。
□013.題扇面画應子信需
前峰應有家
未肯世人語
獨望雲松深
橋邊信馬去
扇面の画に題す。子信(※不詳。前出)の需めに應ず。
前峰、應に家有るべくも、
未だ世人語るを肯ぜず。
獨り望む、雲松の深きを
橋邊、信馬(※駅逓馬?)去れり。
□014.記仁和寺僧為戯之事
仁和寺の衆徒、宴飲爲戯、一僧倒蒙小鼎、
頭僅可容而堅、忍且墊鼻没面、
而起舞數回、衆皆撫掌大笑。
既而欲脱久之不得矣。
逡巡苦甚、四座為之興盡宴罷。
尚且不能脱、頸腫膚破、血色淋漓、
気息内閉、言不外達、或将撃破而解之、
鎚声徹脳髄、痛不可勝矣。
殆不知所為、以衣覆三足角立者、
扶起之醫許、視者無不怪矣。
醫亦驚曰、醫之為方、亦多端焉。
然自書契来、未聞有如此者而治之耳。
敢辞、已不可奈、則復如初而去、
老母親舊、圍於枕側、徒泣涕而已。
時有一人云、請将極力抜之乎。
抜之縦使鼻耳不得全焉、孰與其坐待死。
皆曰諾。
於是、挿稲茎於鼎之周匝。
欲使鉄膚與皮肉不甚相摩。
而後奮贔屓力抜之、則鼻穿耳缺、漸得脱。
然也而猶久之病云。
仁和寺の僧、戯を為すの事を記す。
仁和寺の衆徒、宴飲して戯を爲すに、一僧、小鼎を倒まに蒙る。
頭、僅かに容るべくも而して堅く、忍びて且く鼻墊(おちい)りて面没す。
而して起きて舞ふこと數回、衆、皆な掌を撫して大笑す。
既にして(やがて)脱せんと欲して之を久しうするも得ず。
逡巡するも苦、甚しく、四座これが為に興盡きて宴罷む。
尚ほ且つ脱する能はず、頸腫れ膚破れて、血色淋漓、
気息内閉して、言は外に達せず。
或は将に撃破して之を解かんとするに、
鎚声、脳髄に徹して、痛み勝(た)ふべからず。
殆んど為す所を知らず、衣を以て三足角の立てる者を覆ひ、
扶け起して醫の許へ之くも、視る者、怪まざるは無し。
醫また驚いて曰く、醫の為す方、また多端。
然れども書契(書きつけ)より来るに、未だ此の如き者の有りて之を治すを聞かざるのみ。
敢へて辞す、いかんともするべからずと。
則ち復た初めの如くにして去る。
老母親舊、枕側を圍みて徒らに泣涕するのみ。
時に一人有りて云ふ、請ふ、将に力を極めて之を抜かん、と。
之を抜きて縦(たと)い鼻耳をして全きを得ざらしめんも、
其の坐して死を待つといずれぞ。
皆曰く、諾と。
是に於いて、稲茎を鼎の周りに匝(めぐ)らせて挿し、
鉄膚と皮肉と甚だ相ひ摩さざらしめんと欲す。
而して後、贔屓の力を奮ひて之を抜けば、則ち鼻穿たれ耳缺け、漸く脱するを得たり。
然れどもまた猶ほ久しく之れ病めりと云ふ。
□015.〜□020.初夏訪領春楼主人偶會主人昆季携法帆上人及嶋童子泛舟遡江因従及之又各下舩堤上相伴到梅児塚而去時予獨渡墨水為別途中興寄賦而示諸君
江頭邂逅興奇哉
勝會非曽卜日来
酒榼移時随泛宅
袈裟伴處似浮杯
午天潮満青眸朗
隣舫歌連皓歯開
臨淵不用窺龍睡
早已雙珠出虯胎
(右領春主人)
鼇頭:[後聯當改夏天風動鳥紗到日午潮迎青眼開]
枕席知遊不住天
参差物象坐来遷
岸花春譲揮毫去
堤柳絲供繋纜懸
暫掲緦紗移白足
不妨金策掛青錢
休叩空門題鳳字
竹欄迎客裊茶煙
(右法帆師)
不向郊田弄水雲
市隣争識四時分
蚕今将化添園夢
蛙已安亡孔壁文
行送群芳驚代謝
兼嘗百卉説功勲
従君試問延年處
春在烟霞夏水濆
(右唐橋)
舩窓彩服受風斜
抱帙提壷就淺沙
亀曝鴎眠日低處
山羞野酌水之涯
羨君才思年倶妙
愧我鬢毛春去華
塚裡孤童猶聴否
紅顔能唱落梅花
(右嶋童)
鼇頭:[起句彩衣青艸]
四月江林収雨清
薫風乗去覚身軽
蓮臺蓮府僧與吏
城北城南弟與兄
相視烟霞皆一癖
誰知鴎鷺入同盟
飄然早是滄洲趣
鼓舷何須獨濯纓
野寺烟霞春不留
萋々草色繞芳洲
行人濺涙墳前柳
旅客関心波上鴎
佳句誰傳千載感
濁醪聊解百年憂
斜陽幽景情何限
再會期休別渡頭
(右二首自興)
初夏、領春楼主人(※不詳)を訪ふ。偶ま主人の昆季(兄弟)に會ひ、法帆上人及び嶋童子を携へて、
舟を泛べ江を遡る。因り従ひて之に及ぶ。又た 各々下舩して、堤上、相ひ伴ひて梅児塚(※木母寺梅若塚)に到る。而して去る時、予ひとり墨水を渡り別に途中の興を為す。賦を寄せて諸君に示す。
江頭の邂逅、興、奇しき哉。
勝會、曽て日を卜して来るには非ず。
酒榼(酒樽)移す時、随泛宅
袈裟の伴ふ處、似浮杯
午天に潮満ちて、青眸朗らかに、
隣は舫ひ、歌は連りに皓歯開く。
淵に臨みて、龍の睡るを窺ふを用ひず。
早や已に雙珠は虯胎を出でり。
(右、領春主人)
鼇頭:[後聯、當に「夏は天風動きて鳥紗到り、日は午潮迎へて青眼開く」と改むべし。]
枕席の知遊、天に住まず、
参差(不揃ひ)物象、坐ろに遷り来る。
岸花の春譲りて揮毫して去り、
堤柳の絲供して纜を繋がんと懸る。
暫らく緦紗(※布)を掲げて、移白足
金策を妨げず、掛青錢
空しく門を叩くをやめよ、鳳字を題するを、
竹欄、客を迎ふ、裊たる茶煙。
(右、法帆師)
郊田に向かはず、水雲を弄す。
市隣、争(いか)でか識らん、四時(※春夏秋冬)の分かてるを。
蚕は今、将に化して園夢に添はんとし、
蛙は已に孔壁の文の亡ぜるに安んぜん。
行くゆく群芳を送りて、代謝(※交代)に驚き、
兼ぬるに嘗て百卉、功勲を説けり。
君に従りて試問す、延年(※歌舞)の處は、
春は烟霞に在りて、夏には水濆くかと。
(右、唐橋)
舩窓の彩服、風を受けて斜めなり。
帙を抱きて壷を提げ、淺沙に就く。
亀、曝(かわ)き、鴎眠る、日の低き處、
山羞(※肴)野酌、水の涯。
君の才思と年と倶に妙なるを羨み、
我が鬢毛の春去りて華(※白髪)なるを愧づ。
塚裡の孤童よ、猶ほ聴くや否や、
紅顔、能く唱へる「落梅花」。
(右、嶋の童)
鼇頭:[起句「彩衣青艸」]
四月の江林、雨収まりて清し。
薫風、乗り去って身軽きを覚ゆ。
蓮臺蓮府、僧と吏と、
城北城南、弟と兄と。
烟霞(※自然景色)を相ひ視るに、皆な一癖、
誰か知らん鴎鷺(※詩盟)、同盟に入らんとは。
飄然たり、早や是れ滄洲(※仙境)の趣き、
舷を鼓せ。何ぞ須ひん、獨り纓を濯ふを。(※澄ました世過ぎ)
野寺の烟霞、春留まらず、
萋々草色、芳洲を繞る。
行人は涙を濺ぐ、墳前の柳、
旅客は心を関す、波上の鴎に。
佳句、誰か傳へん、千載の感、
濁醪、聊か解す、百年の憂。
斜陽の幽景、情、何ぞ限れる、
再會の期は休(や)みて、渡頭に別かる。
(右二首、自興)
□021.集飲牆東居得灰
棲隠下簾地
偏遮車馬埃
閑情春後宴
詩思雨中杯
四壁書厨有
数竿窓竹開
相看堪嘯咏
何剪北山莱
牆東居(※隠居邸)に集飲して「灰」を得。
棲隠、簾を下す地、
偏へに遮る、車馬の埃を。
閑情、春後の宴、
詩は雨中の杯※を思へり。
四壁、書厨(本棚)有り、
数竿、窓竹開く。
相看て嘯咏に堪ふ、
何ぞ剪らん、北山の莱を。(※謝朓「觀朝雨」去翦北山萊。あらためて隠遁の為に切る必要はないの謂。)
□022.夏夜宴別
離筵秉燭暫同歓
雲外子規啼更闌
扇面題詩名月影
氷心酬尓玉壷寒
短宵鐘漏看将盡
長路炎蒸誰不難
祗道開山従水木
数休征馬且加餐
(結句一作「祇遅関山行盡日 新涼早共報平安」)
夏夜の宴別。
筵を離れて燭を秉りて暫く同に歓すれば、
雲外の子規、更闌に啼けり。
扇面の題詩、名月の影、
氷心、尓に酬ゆ、玉壷寒し。(※「一片の氷心玉壷に在り」王昌齡)
短宵の鐘漏(※時の鐘)、看れば将に盡きんとし、
長路の炎蒸、誰か難からざらん。
祗(ただ)道(い)ふ、開山は水木に従ふと、
数ば征馬を休ませ、且つ加餐せよ。
(結句一作「祗だ遅(ま)つ関山、盡日(※終日)行き 新涼早や共に平安を報ぜん」)
□023. □024.某帰田後賦寄分元字二首
離筵憶昨醉都門
此日誰家同緑樽
耕暇釣[漁]供伏臘
讌間歓舞足児孫
已忘帝力尭民楽
寧問侠遊燕市喧
慚愧當年和歌客
于今飄泊滞中原
憐尓高情(閑居)一杜門
十年高枕故田園
千金嘗却平原壽
斗酒誰酬元亮樽
南畝三春纔餉去
北窓長夏幾書繙
静虚縦省人間事
休厭舊交時且論
某の帰田後、賦し寄すに「元」字を分く。二首。
筵を離れて憶ふ、昨、都門に醉へるを。
此の日、誰が家か緑樽を同(とも)にせん。
耕暇の釣漁、伏臘(※年祭)を供にし、
讌間の歓舞、児孫足る。
已に帝力を忘る、尭民の楽、(※鼓腹撃壌)
寧(いづくん)ぞ問はん、侠遊、燕市喧しと。
慚愧す、當年の和歌の客、
今より飄泊して中原に滞らん。
尓(汝)を憐む、高情(閑居)、一に門を杜(とざ)すを、
十年の高枕は、田園の故にて、
千金も嘗て却(しりぞ)ける、平原の壽を、
斗酒、誰か酬ゐん、元亮(※陶淵明)の樽。
南畝の三春、纔かに餉(おく)り去り、
北窓の長夏、幾書を繙きし。
静虚して縦ままに省かん、人間の事、
厭ふを休めよ、舊交、時に且(しばら)く論ずるを。
□025.記兼公之言
賀茂競馬日、観客蟻附場外、車不得前、下而近垨、亦不可得
有一法師、外傍樗樹、踞枝抱幹、
且觀且睡、殆将垂堕而輙開目、如此者数、危不可言。
衆皆笑曰、太緩生、奈何木上而得安眠。
予聊語傍人曰、吾儕之生幾何、朝露春氷耳、然徒爾観物消日、
與彼沐猴而衲者、其智相去亦幾何。
聞者慨焉曰、誠爾。
於是初張臂屏立於前者、俄側身[聚]足、顧予令前、頗為懇態。
夫斯言也、佛氏家常茶飯、人誰不知者、
然衆皆若始聞而慨焉何也。
蓋其發之、適(近取譬)當事而有所感而已。
其言之不可以止亦如此、吉田兼好者云。
兼公(※吉田兼好)の言を記す。
賀茂競馬の日、観客、場外に蟻附し、車の前するを得ず、
下りて[埒]に近づかんも亦た得べからず。
一法師、外傍の樗樹に有りて、枝に踞り幹を抱き、
且つ観ては且つ睡り、殆んど将に垂堕せんとするに輙ち目を開く。
此の如きもの数(しばしば)、危きこと言ふべからず。
衆、皆な笑ひて曰く、太だ緩き生、奈何ぞ木上にて安眠を得んと。
予、聊か傍人に語りて曰く、
吾儕の生も、朝露春氷の幾何(いくばく※僅か)のみ。
然るに徒爾(※無益)に物観して日を消す。
彼の沐猴にして衲者と、其の智の相ひ去れること亦た幾何ならん、と。
聞く者、慨焉として曰く、誠に爾り、と。
是に於いて初めて臂を張りて前に屏立せる者、俄かに身を側だて足を聚め、
予を顧みて前に令(せ)しめ、頗る懇態を為す。
夫れ斯の言や、佛氏の家常茶飯(※日常茶飯事)にして、人、誰か知らざらん者や。
然れども衆皆な始めて聞くが若くして慨焉たるは何ぞや。
蓋し、其れ之を發するは、適(たまた)ま(事に當りて・近く譬へを取りて)感ずる所有るのみ。
其の言の以て止むべからざれば、亦た此の如しと、吉田兼好なる者、云へり。
□026.落花得香字
惜春花界暮
留客對殘粧
有意人無掃
多情蝶共狂
空看回雪色
地點落霞光
況託無塵境
諸天添異香
落花。「香」字を得。
春を惜しむ花界の暮、
客を留めて殘粧に對せしむ。
意有りて人の掃く無く、
多情、蝶と共に狂ふ。
空しく看る、回雪(※落花)の色、
地に點ず、落霞の光。
況んや(※落花を)託するに塵境なく、
諸天、異香を添へんとは。
□027.記 神祖與本多正信評加藤清正之事
初 神君在洛二条邸也、一夕燕間謂左右曰、
方今視天下士莫及肥之加藤清正矣。
時本多正信侍坐、瞑為不聞者漸瞪目曰、
今 公之所稱揚為誰。
對曰、加藤清正矣。
正信曰、是太閤殿下之初稱虎之助者邪。
曰、然汝以為奈何。
正信曰、老臣耄矣。
復悪知天下之士但惟一時豪傑、
自甲越猛将以至三遠麾下之士勇剛智略 公之所親知誠亦多矣。
而今弗與矣。獨以清正為國士無双者、不亦甚盛矣。
臣未嘗聞 公之稱人如斯至矣者。
神祖曰、汝勿怪焉、吾誰毀誰誉復自有所誡矣。
爾嘻。若彼智勇義烈則自摂以西、雖挙而委之何慮之有。惜夫一失也。
曰、失如何。
神君曰、吾[熟]察彼之為人殆有過強而所不戒焉。
是以國家之重未易委任。彼若少慎重而逞其所、能天下誰較者。
正信嘆曰、大丈夫、如是者亦足矣。而以臣覩之不戒之為患其亦大矣乎。
彼頂王英武也、百戦百勝所嚮無敵、出不数年而覇業成矣。
成則亡亦随其後近。
則甲之勝頼戦如雷霆勢如烈火、又一失策於長篠則泯焉。靡有餘燼。
是其得莫非過強而不戒之所致乎。赫々者易滅隆々者易危。
嗚呼、復克終實難矣哉。
時洛下賈人有侍、而聞之退而告清正。
々々自反以為 公實知我矣。自是之後挙動不為甚矣。無為而終云。
後正純問其父曰、
曩年 神祖以藤肥州為天下第一童子。
竊謂 本朝多士於斯為盛若選冠雄者、豈出清正之下哉。大人亦従不違者何也。
正信正色曰、非汝輩能所知矣。
彼當其時大坂未顛 諸侯未和、雖奉盟于我姑候形勢首鼠両端者滔々皆是也。
於此時清正若誘海西諸豪首、而向東則天下事未可知。
豈止為三成輩之所為者哉。
夫如斯之故、重稱渠智勇又諷之以軽踈敗事、則渠喜而自信復従生狐疑之心焉。
是蓋 神君防未前之一術也。
彼杲然在術中不自知粛然没世、遂不能為変動而後天下得全焉。
固 聖君所慮微哉深矣。非汝輩能所知矣。
抑不及知斯言而有斯術者、復焉足與語天下之事哉。
因以深戒其子云。
神祖(徳川家康)、本多正信とともに加藤清正を評するの事を記す。
初めて神君、洛の二条邸(二条城)に在るや、
一夕、燕(宴)間、左右に謂ひて曰く、
方今、天下の士を視るに肥(肥後)の加藤清正に及ぶものはなし、と。
時に本多正信、侍坐し、瞑して聞かざると為せる者、漸く目を瞪(瞠)って曰く、
今、公の稱揚する所、誰かと為す、と。
對して曰く、加藤清正、と。
正信の曰く、是れ太閤殿下の初めて虎之助と稱する者は邪なり、と。
曰く、然らば汝、奈何に以為(おも)へらく、と。
正信の曰く、老臣(※拙者)は耄にして復た悪(いづく)んぞ天下の士の但だ惟れ一時のみの豪傑を知らん。
甲越の猛将(信玄・謙信)より以て、三遠(三河・遠江)の麾下の士に至るまでの勇剛智略んらば、公も親しく知る所、誠にまた多きかな。
而して今、與(とも)にあらず。
獨り清正を以て國士無双の者と為すは、亦た甚だ盛んならずや。
臣、未だ嘗て公の、人を斯の如く稱するに至る者を聞かず、と。
神祖曰く、汝、怪むなかれ。吾、誰をか毀(そし)り誰をか誉めん、
復た自ら誡める所あり。
爾(しか)り嘻(ああ)。
若し彼の智勇義烈ならば、則ち摂より以西、挙げて之を委ねると雖も、何の慮りか之れ有らん。惜しむらくは夫れ一失有るなり、と。
曰く、失とは如何、と。
神君曰く、吾れ彼の為人を熟察するに、殆んど強に過ぎて戒めざる所有り。
是れ、國家の重きを以て未だ委任すること易からず。
彼れ若し少しく慎重にし、而して其の能くする所を逞しうすれば、天下、誰れか較ぶる者あらん、と。
正信、嘆いて曰く、大丈夫、是の如き者ならば亦た足らん。
而して臣を以て之を覩るに、之を戒めざるを患と為す、其れまた大なるかな、と。
彼の頂王英武(※織田信長?)や、百戦百勝、嚮かふところ敵なく、数年を出ずして覇業成る。
成さば則ち亡ぶも亦た其の後に随ひて近ければ、
則ち甲(※甲州)の(※武田)勝頼、戦(いくさ)は雷霆の如く、勢ひは烈火の如けれど、
又た一たび長篠に於いて失策すれば則ち泯ぶ。餘燼の有ること靡(な)し。
是れ、其の過強に非る莫きを得るも、而して之を戒めざるの致す所か。
赫々たる者は滅し易く、隆々たる者は危ぶみ易し。
嗚呼、復た克く終ることの實に難き哉、と。
時に洛下、賈人有りて侍り、而して之を聞きて退きて清正に告ぐ。
清正、自反(※反省)して以て、公の實に我を知るかな、と為す。
是の後より挙動、甚しくは為さず、為すこと無く而して終ると云ふ。
後に正純、其の父(本多正信)に問ふて曰く、
曩年、神祖、藤肥州(加藤清正)を以て天下第一の童子と為す。
竊かに謂(おも)ふに本朝の多士、斯の盛んと為すに於いて、若し冠雄の者を選ばば、豈に清正の下に出でん哉。
大人また従ひて違はざるは、何ぞや、と。
正信、色を正して曰く、汝輩の能く知る所に非ざるなり。
彼の其の時に當りては、大坂(※大阪城)は未だ顛ぜす、諸侯(※秀吉遺臣)未だ和せず、
我に盟を奉ずると雖も、姑く形勢を候ふ首鼠両端の者、滔々として皆な是なり。
此の時に於いて清正、若し海西の諸豪首を誘ひ、而して東に向はば、則ち天下の事、未だ知るべからず。
豈に三成輩の為す所の者を止め為さんや。
夫れ斯の如きの故、重ねて渠の智勇を稱す。
又た之を諷するに軽踈を以てして事に敗るれば、則ち渠れ喜ばん。
而して自ら信じて、復た狐疑の心を生ずるに従はん。
是れ蓋し神君の未前を防ぐの一術なり。
彼(※清正)は杲然として術中に在るを自ら知らず、
粛然と世に没して遂に変動を為す能ず。而してのち天下、全きを得る。
固(もとよ)り聖君の微を慮る所かな、深いかな。汝が輩の能く知る所に非ざる。
抑(そもそ)も斯の言を知りて而して斯の術有るに及ばざる者は、復た焉んぞ與(とも)に天下の事を語るに足らん哉、と。
因て以て、深く其の子を戒むると云ふ。
□028.江楼避暑
群公避暑大江頭
坐擁清風百尺楼
山出芙蓉遥駐雪
水涼芦荻已含秋
披襟且對観漁地
過檻何妨載妓舟
詩賦探珠潭府上
更生明月晩潮浮
江楼の避暑。
群公避暑す、大江の頭(ほとり)、
坐して清風を擁す、百尺の楼。
山、芙蓉を出して遥かに雪を駐め、
水、芦荻に涼しうして已に秋を含めり。
襟を披いて且(しばら)く對す、観漁の地に、
檻を過ぐるに何ぞ妨げん、妓を載せる舟を。
詩賦、珠を探す、潭府の上、
更に明月生じて、晩潮に浮べり。
□029.同前送田公文帰江州分得元韵
他席同遊皆欲論
江楼六月此携樽
披襟且對三橋浪
分袂倶傷千里魂
路度濃山迷艸樹
門臨淡海占家園
與君疆界元相接
高臥何時得晤言
同前。田公文(※不詳)の江州に帰るを送る。分けて「元」韵を得。
他席同遊、皆な論ぜんと欲し、
江楼の六月、此に樽を携ふ。
披襟、且く對す、(※上野)三橋の浪、
分袂、倶に傷む、千里の魂。
路は濃山に度りて艸樹に迷ひ、
門は淡海に臨んで家園に占む。
君と與(とも)に疆界は(※美濃と近江は)、元と相ひ接す。
高臥、何れの時か晤言を得ん。
□030.送田子信帰郷
晨光促駕發江城
雄志直凌炎瘴行
雷雨山巓驅暑過
鯨濤海畔報秋鳴
還家彩服児孫長
渉往清蔭蘭菊生
従是琴樽幽興熟
脩然絶盡世中情
田子信(※不詳。前出)の帰郷を送る。
晨光、駕を促して江城を發す、
雄志、直(ただ)に凌ぐ炎瘴の行。
雷雨の山巓、暑過を驅け、
鯨濤の海畔、秋鳴を報ず。
家に還れば彩服、児孫長じ、
往を渉れば清蔭、蘭菊生ぜん。
従(よ)し是れ、琴樽の幽興は熟すとも、
脩然(※整然)として絶盡せよ、世中の情は。
□031.久旱喜雨得華字
[停]午赤輪雲僅遮
雷公駆雨轉千車
未須離畢前宵占
看罷望霓他日嗟
樹沐新涼秋意動
蝉忘舊渇暮声嘩
炎塵洗盡園林色
露葉光明引月華
久旱、雨を喜ぶ。「華」字を得。
亭午の赤輪、雲僅かに遮ぎり、
雷公、雨を駆って千車を轉がす。
未だ須ゐず、離畢(※雨兆)、前宵の占ひを、
看れば罷む、望霓、他日の嗟きは。
樹は新涼に沐して、秋意動き、
蝉は舊渇を忘れて、暮声嘩(かまびす)し。
炎塵、洗ひ盡さる、園林の色、
露葉の光明、月華を引けり。
□032.林誠安別買屋城東材街見招且命以咏松聊賦此代萰
傳言別館卜新成
折簡乗涼引友生
街上良材構堂易
樽中美酒待人盈
西東分樹仙家杏
冬夏兼開文苑英
聞説蒼松倶作詠
裁詩誰得棟梁名
林誠安(※不詳)、別に屋を城東材
街(※林町?)に買ふ。招かれて且つ咏松を以て命ぜらる。聊か此を賦して[柬(※手紙)]に代ふ。
言に傳ふ、別館、卜して新たに成るを、
折簡、涼に乗じて友生を引く。
街上の良材、堂を構ふること易くして、
樽中の美酒、待人盈ちたり。
西東、樹を分つ、仙家の杏、
冬夏、兼ねて開く、文苑の英。
聞く説(なら)く、蒼松と倶に詠を為せと、
詩を裁すれば誰か得んや、棟梁の名。
□033.名月主人集賦楼成値中秋得蒸韻
楼成中秋夕
明月復堪憑
盛宴重攀檻
良宵不待燈
弄晴人似玉
勧醉酒如澠
更覚臨新築
清輝増一層
名月主人(※不詳)集賦楼成、中秋に値(あ)ふ。「蒸」韻を得。
楼成る、中秋の夕、
明月、復た憑(たの)むに堪ふ。
盛宴、重ねて檻(てすり)を攀ぢ、
良宵、燈を待たず。
晴れを弄す、人、玉の似(ごと)く、
醉を勧む、酒、澠(※河)の如し。※『春秋左氏伝』:「有酒如澠,有肉如陵」
更に覚ゆ、新築に臨みて、
清輝の一層増すのを。
□034.中秋初過原田童子席上次其中秋韻
青葱h樹満年臺
留客秋光満酒杯
天上非唯三五色
掌中明月照人来
中秋、初めて原田童子(※不詳)を過ぐ。席上、其の中秋の韻に次す。
青葱たるh樹(※美しき樹木)、満年の臺、
客を留む秋光、酒杯に満つ。
天上、唯だ三五の色(※十五夜の月)のみに非ず、
掌中(※盃)の明月、人を照して来る。
□035.送谷文晁従白川侯之其国(谷田安之臣也)
壮遊東指白河城
何更秋風恨旅情
行見山川封内勝
定應詩賦[畫]中成
簪裾色自梁園映
醴酒歓披楚席迎
倶是漢家宗室重
知君到處借恩栄
谷文晁の白川侯に従
ひて其の国に之くを送る(谷は田安(※松平定信)の臣なり)。
壮遊、東のかたを白河城を指せば、
何ぞ更に秋風、旅情を恨まん。
行くゆく山川、封内の勝を見れば、
定めて應に詩賦、畫中に成るべし。
簪裾(※貴人)の色、自ら梁園(※宮庭)映え、
醴酒、歓び披きて、楚席(※他郷の宴?)に迎へん。
倶に是れ、漢家の宗室の重(※重臣?)
知んぬ、君の到る處、恩栄を借りるを。
□036.答長子徹(乙卯春)(※1795寛政7年) (※37歳)
新歳報祥、和風已扇、足下綏履戩穀、
謹賀、
客冬拝手書、亹々千餘言、讀之宛然若把臂一堂而親聞高話、
乃審足下仍舊遊息於藝苑之状、大慰遐想、
其如佳詩、則與家翁、三復奉誦、
其無論不為大歴以降之物、
乃又為陋父子、深加垂念、感謝何盡。
聞足下奠雁之好、去春已修矣。
今也相助益[承]二尊之歓、奉養無所不至、
而後孫子縄々、福兆方啓、不可以不賀。
又聞足下舊痾為劇、殆将不勝、
今且對喩、追想其困苦、使人寒栗病[痿]。
嗚呼足下當其時、疾痛如何哉。
唯吉人天祐、薬餌久之、飜華亦萎[𦬼]、不堪至喜。
予聞、高明之家鬼伺之。
足下而何為致此祟也。
蓋足下博洽之富、得而無飽遂欲極宇宙天人之際邪。
則鬼之為妬、職之由也乎。
願足下少節之、又[承]奉 令、為大夫士説経楽宮。
足下之労、復雖可念哉。
為國不踊躍、方今 縣官、盛崇儒術、則朝士大夫群有司、靡然為風。
是以諸侯亦各於其国、修泮宮、寵儒臣、使士大夫國人有所矜式也。
況我 公當周召鄭武之任、
奉揚仁風於天下、則我大垣焉得不為風化之首哉。
冀足下與賞[郷?卿?]、其勉之哉。
凡此数事、尊翁東之日、已得[審]聞。
雖無足下之問、固弟之分、不可無書。
既而尊翁有西帰之 命、乃欲託尺牘而以奉別。
至則已發、無由面別。
爾来被奪事紛、無状到于今、■罪無所逃矣。足下幸賜海涵。
頃田先生見過。乃出足下書詩、先生撃節讀之、其至言鐘鼓饗爰居、喟然曰、
子徹之慍、亦不宜乎。遂称足下而不休、劇談数刻而見去。
此日頗有禰處士娯賓之趣也。亦足下之賜哉。
弟也東下後、無可以聞者、唯客舎非城中。
野色蕭散、目不視紅塵、耳不聞喧嘩、時々不覚微官在身。
往々與野雉水鴎為伍。可不謂吏隠哉。
且也吏事雖賤陋、其以列執法之末。
邸中之人、忌弟如鴞。
故非其礼問不得止、則絶而不相往来。
乃雖彼亦至憫弟之索莫無接遇者、弟乃以是為避塵之障。
於此、讀書消閑、時或與同好、詩酒相會、
亦足遺一時悶、而俗士豈知之哉。
獨足下以為弟也得所期而其志益堅者、其謂此乎。
[鼇頭:知我哉子徹足下]
僕近来好読詩、時々就肥藩之昔陽子而問焉。
昔陽博聞強識、撮漢以降諸儒之解、
及古辞之可證者、合而説之取捨之間。
又加所見、研究頗精矣。
余従而抄写之傳箋之上、去秋已来得閑、則従事於此、業今将卒。
以故吟哦久廢矣。
乃如所賜、復速不能奉和、請俟他日。
老親今年七十有五、眠食雖仍舊老冉々日加焉。
自以為鐘鳴漏盡、夜行不止者、依乞骸骨、
客歳書上、仰望 明主垂憫察。
許帰郷里、則僕従而去、復修舊園、令楽老父之餘年。
且與足下諸友、時叙旧濶(久闊)、斗酒相酬、即愉快如何。
足下為弟挙斝待之乎。
臘後不作報、亦因有是上疏之事、幸不罪遅緩。
顧佳期或當不遠、故今不綣縷、老親報次h韵者、併致左右不備。
□037.副
讀副牘則及前所進之[米]家之集此集也。
金玉邪珷玞邪。
不佞未敢問聊供諸君一時之玩耳。
何謝之有而足下以為如有所諷諭者、
不佞何能為雖然大國之結好、
以是有少益于膠漆之堅邪。
不佞之幸何以加之。
冀修令徳莫有渝心今也弊邑越在東海、
雖凡風馬牛不相及修、不[腆]之貢尋将有請天意。
雖不可謀請必暮春以為期。
歳晩又奉國字札、足下為森木氏云々者、
不佞一[々]領之、之子固有故不佞不可不相憐。
然況足下命之豈敢不聴従幸傳、此意回報不別具。
長子徹(※不詳)に答ふ。(乙卯 春)(※1795寛政7年)
新歳、祥を報ず。和風すでに扇ん(盛ん)にして、
足下、綏(やす)んじて戩穀(※せんこく:福祿)を履む。
謹しんで賀(ことほ)がん。
客冬、手書を拝す。
亹々(※びび:たゆまぬ)千餘言、之を讀むに宛然として、一堂に臂を把り親しく高話を聞くが若し。
乃ち足下の舊遊に仍りて、藝苑に息(やす)むの状を審かにす。
大いに遐想を慰め、其の佳詩の如きは、則ち家翁と與に三復奉誦す。
其れ「大歴」以降の物(※不詳)と為さざるは論ずる無く、
乃ち又た(※われら)陋父子、為に深く垂念を加ふ。感謝、何ぞ盡きんや。
聞く、足下、奠雁の好(よし)み(※結納)、去春すでに修むと。
今また相ひ助け、二尊(※ご両親)の歓びを益すます承り、奉養、至らざる所なく、
而してのち、孫・子縄々として福兆まさに啓き、以て賀さざるべからず、と。
又た聞く、足下の旧痾、劇しく為りて、殆ど将に勝へざらんとすると。
今しばらく喩(やはら)ぐに對するも、
其の困苦を追想するに、人をして寒栗(※身震)病み痿えせしむ。
嗚呼、足下、其の時に當りては疾痛、如何ばかりならんかな。
唯だ「吉人には天祐あらん」(※善人に天助あり)と、
薬餌、之を久しうすれば、(※病ひが)飜華しまた萎[薾](※萎靡)す。至喜に堪へず。
予(かね)て聞く、「高明の家、鬼は(※妬みて)之を伺ふ」と。
足下、而して何すれぞ此の祟を致すならんや。
蓋し足下、博洽の富、得て而して飽くこと無く、遂に宇宙天人の際を極めんと欲すれば、
則ち鬼の妬みと為る、(※あなたの)職の由ならんか。
願くは足下、少しく之を節し、
又た令を奉じて、大夫士の為に楽宮を説経するを承らん。
足下の労は、復た念ふべきかなと雖も、國の為に踊躍せず、
方今、縣官は盛んに儒術を崇むれば、
則ち朝(あした)に士大夫、有司に群がりて、靡然として風を為す。
是を以て諸侯、また各、其の国に於いて泮宮(※学校)を修め、儒臣を寵し、
士大夫・國人をして矜式(きょうしょく:手本)する所を有らしむる也。
況や我が公は、「周召鄭武」の任(※不詳)に當る。
仁風を天下に揚げ奉れば、
則ち我が大垣、焉(いずくん)ぞ風化の首と為らざるを得ん哉。
冀くは、足下、郷を賞するとともに其れ之を勉めん哉。
凡そ此の数事、尊翁の東するの日、已に[審]かに聞くを得。
足下の問ふ無きと雖も、固り弟の分ならば、書、無かるべからず。
既にして(やがて)尊翁、西帰の命有りて、
乃ち尺牘を託して以て別れを奉らんと欲す。
則ち已に發するに至りては面するに由るなくして別れ、
爾来、事奪はれて紛れ、無状(※無礼)に今に到る。
罪は逃るる所なけれども、足下、幸ひに海涵(※海容:ゆるし)を賜ふ。
頃ろ、田先生(※不詳)、過ぎられ、乃ち足下の書せる詩を出す。
先生、節を撃ちて之を讀み、其れ言、「鐘鼓して爰居(※移居)に饗す」に至りて、喟然として曰く、
子徹の慍(いきどほ)り、亦た宜しからずや。
遂に足下を称(たた)へて休(や)まず、劇しく数刻を談じて去らる。
此日、頗る禰處士(※不詳)の賓の趣を娯しむ有る也。
亦た足下の賜(たまもの)かな。
弟また東下の後、以て聞くべき者無し。
唯だ客舎は城中に非ず、野色蕭散として、
目に紅塵を視ず、耳に喧嘩を聞かず、時々は微官の身に在る(※下級役人たる)を覚えず
往々にして野雉、水鴎と與に伍(なかま)と為り、
吏隠(※隠居)と謂ふべからざる哉。
且つまた吏事は賤陋と雖も、
其の執法の末に列するを以て、邸中の人、弟を鴞(ふくろう)の如く忌む。
故に其の礼問の止むを得ずに非れば、則ち絶えて相ひ往来せず。
乃ち彼また弟の索莫として遇ふ者に接する無きを憫むに至ると雖も、
弟は乃ち是を以て避塵の障りと為せり。
此に於て、讀書消閑は、時に或は同好を與にし、
詩酒相會は、亦た一時の悶を遺(や)るに足るも、
而して俗士、豈に之を知らんや。
獨り足下の以為へらく、弟また期する所を得て、其の志の益す堅くせん者と。
其れ此を謂ふか。 [鼇頭:我を知れる哉、子徹と足下と。]
僕、近来、読詩を好み、時々、肥藩の昔陽子(※古屋昔陽)に就いて問ふ。
昔陽は博聞強識にして、漢以降の諸儒の解、及び古辞の證すべき者を撮り、合して之の取捨の間を説く。
又た見る所に加へて研究、頗る精し。
余、従ひて之を抄写して箋の上に傳ふ。
去秋、已に来りて閑を得れば、則ち此に従事し、業、今将に卒らんとす。
故を以て吟哦、久しく廢す。
乃ち賜ふ所の如くには、復た速かに奉和する能はず。
請ふ、他日を俟たんことを。
老親は今年七十有五、眠・食は舊に仍ると雖も、老いは冉々として日に加はる。
自ら、以て鐘鳴の漏(※水時計)盡きんと為す。
夜行(※徘徊?)して止まざる者あり、依って骸骨を乞ひ(※辞職し)、
客歳の書上に、明主の憫察を垂れんことを仰望す。
郷里に帰るを許されれば、則ち僕従して去り、
復た舊園を修し、老父の餘年をして楽しましむ。
且つ足下・諸友と與に、時に旧濶(久闊)を叙し、
斗酒、相ひ酬ゐれば、即ち愉快なること如何。
足下、弟と為り、斝(※か:酒器)を挙げて之を待たんか。
臘後(12月の後)、報を作さず、
亦た是の上に疏なるの事有るに因るも、幸ひに遅緩を罪とせず。
佳期を顧みれば或は當に遠からざるべし。
故に今は綣縷(※詳述)せず、老親のh韵に次す者を報じ、併びに左右を致す。不備。
副
副牘を讀めば、則ち前に進ぜし所の[米]家(※米芾章?)の集に及ぶ。
此の集また金玉か珷玞(ぶふ:美石)か。
不佞(※拙者)、諸君に一時の玩を聊か供して未だ敢て問はざるのみ。
何ぞ謝すること之れ有らん。
而して足下、以て諷諭する所有る者の如しと為す。不佞、何ぞ能く為さん。
然りと雖も大國の結好、是れ有るを以て、膠漆の堅きを少しく益さんか。
不佞の幸、何ぞ以て之を加へん。
冀くは令徳を修め、心の渝ること有ること莫からん。
今や弊邑は越えて東海に在り。風馬牛、修するに相ひ及ばずと雖も、
不腆(※粗末)の貢、尋(つね)に天意を請ふこと有るを将って、
謀るべからずと雖も、請ふ、必ずや暮春以て期と為さんことを。
歳晩又た國字札(※不詳)を奉る。
足下、森木氏(※不詳)の為に云々する者
不佞、一[々]之を領す。
之の子、固り故有りて、不佞、相ひ憐まざるべからず。
然るに況や足下、之に命じて、豈に敢へて聴従せざる。
幸ひに此の意を傳へれば、報ずるに別に具せず。
□038.都門春望分韵
春満江城試上楼 [萬葉江城春[愛]優]
千門気淑曙光浮 [登臺雖不倦牢羞]
花籠畫閣分侯第
柳帯晴烟映御溝
挂雪芙蓉雙闕外
綴霞羅綺九衢頭
鶯声時雜弦歌曲
總入軽風處々流
都門春望。分韵。
春、江城に満ち、上楼を試す。 [萬葉の江城、春[愛]優]
千門の気、淑(よ)し、曙光浮く。 [登臺、牢羞(※御馳走)に倦かずと雖も]
花籠、畫閣、侯第(※邸)に分れ、
柳帯、晴烟、御溝に映ず。
雪を挂く(※白)芙蓉、雙闕(※城門)の外、
霞を綴る羅綺、九衢の頭(ほとり)。
鶯声、時に弦歌曲に雜はり、
總て軽風に入りて處々に流る。
□039.新荘逢春(明月楼乙卯春集)
江東新築弄年華
桑戸茅簷塵自賖
漉罷聊含彭澤酒(※陶淵明の酒)
移栽更待武陵花(※梅)
隔牆春鳥呼郊樹
過牖風帆隠海霞
為請城中諸故友
来傳麗句飾貧家
新荘、春に逢ふ。(明月楼、乙卯(※1795寛政7年)の春の集ひ。)
江東の新築、年華(※年月)を弄し、
桑戸(※貧家:拙宅)の茅簷、塵、自ら賖(はる)かなり。
漉すを罷めて聊か含む、彭澤の酒、(※陶淵明の酒)
移栽して更に待たん、武陵の花。(※梅)
牆を隔てて春鳥、郊樹に呼ばひ、
牖を過ぎる風帆、海霞に隠る。
為に請ふ、城中の諸故友、
来り傳へよ、麗句もて貧家を飾ると。
□040.代人答故郷人
殘生何事苦塵區
老大離家意益孤
白首休嘲労宦路
滄浪将且伴漁夫
追飛豈附凌霄翼
羈紲唯憐過隙駒
故國芳林花幾發
春寒江上柳難蘇
人に代りて故郷の人に答ふ。
殘生、何事か、塵區に苦しまん。
老大、家を離れて意、益すます孤なり。
白首(※老人)、嘲るを休(や)めよ、宦路(※役所勤め)に労すると、
滄浪、将且(まさ)に漁夫に伴はんとす。
追飛すれど、豈に凌霄(※の志)の翼に附さんや、
羈紲、唯だ憐む、隙駒(※月日)の過ぎゆくを。
故國の芳林、花、幾たびか發(ひら)くも、
春寒の江上、柳、蘇り難し。
□041. □042.初春清風楼讌集初接肥藩馬彦章有贈主人昔陽先生之詩卒次其韻賦呈(丙辰春)
雲霞春早繞茅茨
陪宴偏憐淑景遅
麗日歌流黄鳥曲
清風香送白梅枝
朱邸従来比屋茨
啣杯但恨締交遅
傳聞[鸞]嘯開高閣
君輩應依玉樹枝
初春、清風楼の讌集。肥藩の馬彦章(※有馬白嶼。名は成、熊本藩侍読) に初めて接す。主人昔陽先生(※古屋昔陽)の詩を贈る有り。卒(には)かに其の韻に次して賦し呈す。丙辰(寛政8年 1796)春。(※38歳)
雲霞、春は早うして茅茨を繞るも、
陪宴、偏へに憐む、淑景の遅きことを。
麗日、歌は流る、黄鳥の曲、
清風、香は送る、白梅の枝。
朱邸(※貴人邸)従来、茨(※我家)と比屋(※並ぶ)するも、
杯を啣みて但だ恨む、締交の遅かりしを。
傳へ聞く、鸞嘯の高閣に開くと。
君が輩、應に玉樹の枝に依るべし。
□043.又賦請和
繽紛桃李隔紅霞
知是耽詞宋玉家
肯許東隣望春女
墻頭謾乞一枝花
又た賦して和せんことを請ふ。
繽紛たる桃李、紅霞を隔つ、
知んぬ是れ、詞に耽ける宋玉の家。(※不詳)
肯許(※同意)す、東隣の春を望む女の
墻頭、謾りに一枝の花を乞ふを。
□044.春日森元方蘐洲新居集。予有事故不得到、賦此寄懐。
江邉新築絶塵埃
此日忘憂幾把杯
書室況開萱艸渚
詞林知擢豫章材
載来樽酒春偏満
移罷桃花雨更催
誰意樊籠垂弱羽
難従賀雀得徘徊
春日、森元方(※前出。名は直、号は河陽)蘐洲(※蘐園派)の新居集。予、事有るゆゑ到り得ず、此を賦して懐を寄す。
江邉の新築、塵埃を絶つ。
此の日、憂ひを忘れて幾たび杯を把らん。
書室、況は開く、萱艸(※徂来学派)の渚に、
詞林、擢んづるを知る、豫章の材(※有能な人材)を。
樽酒を載せ来りて春、偏へに満ち、
桃花を移し罷めて雨、更に催す。
誰が意か、樊籠に弱羽を垂れ、
(※新築を祝ふ)賀雀に従ひ難く、徘徊するを得るは。
※寛政異学の禁を踏まへるか。
□045.春日従 駕上東叡山
氤氳春色満天台
玉樹琳宮映日廻
千丈霞籠丹閣起
萬枝花雜翠松開
壑含天籟笙竽響
池浸山光錦繡堆
何幸屢従輿馬後
陵園近望五雲隈
春日、駕に従ひて東叡山に上る。
氤氳たる春色、天台に満ち、
玉樹琳宮、日の廻れるに映ず。
千丈の霞籠りて、丹閣起き、
萬枝の花雜りて、翠松開く。
壑、天籟を含みて笙竽響き、
池、山光を浸して錦繡堆し。
何ぞ幸ひなる、屢ば輿馬の後に従ひて、
陵園、近く五雲の隈を望めるは。
□046.酬馬彦章将帰西肥見留別之作
客舎交遊少送迎
君今告別不勝情
憐春暫結芳隣色
指月長思両地明
心上已同百年好
天涯寧負舊時盟
願従江漢朝宗水
東海重當唱濯纓
馬彦章(※前出)、将に西肥に帰らんとし、留別の作を見すに酬ゆ。
客舎の交遊にて、少(しば)らく送り迎へしも、
君、今と告別するに、情に勝へず。
春を憐みて暫く結べる、芳隣の色、
月を指して長(とこ)しへに思はん、両地の明。
心上、すでに百年の好みを同じうし、
天涯、寧(いづくん)ぞ舊時の盟に負かんや。
願くは、江漢朝宗(※向かふべき場所)の水に従ひ、
東海、重ねて當に(※進退よろしく)濯纓を唱ふべし。
□047.題隠居図(明月楼集)
高操誰同巣許遊
茅簷寄跡竹林幽
遥古杉松難記歳
籬踈蘭菊自知秋
圍碁相對無言客
垂釣長浮不繋舟
裁詩那用歌招隠
披巻恍然塵慮休
隠居図に題す。(明月楼集)
高操、誰か巣許(巣父・許由)の遊を同(とも)にして、
茅簷、跡を竹林の幽に寄せん。
遥古の杉松は、歳を記し難く、
籬踈の蘭菊、自ら秋を知れり。
圍碁、相ひ對す無言の客、
垂釣、長らく浮ぶ不繋の舟。
詩を裁するに那ぞ用ひん、招隠(隠者を招く)を歌ふを、
巻を披けば恍然として塵慮、休(や)まん。
□048.山荘夜雨與友人話舊得灰(明月楼集)
西荘剪燭舊顔開
閑興不妨山雨来
駒隙十年過夙志
猿啼半夜引餘哀
青藜暁照三餘史
錦瑟春登百尺臺
談罷同床高枕處
當場将伴夢中回
山荘夜雨、友人と與に舊を話す。「灰」を得。(明月楼集)
西荘、燭を剪れば舊顔は開き、
閑興、妨げず、山雨の来たるを。
駒隙十年、夙志は過ぎて、
猿啼半夜、餘哀を引けり。
青藜(※読書の灯)、暁は照す、三餘(※冬・夜・雨日)の史。
錦瑟、春に登る、百尺の臺(※不詳)。
談じ罷めて同床、高枕の處、
場に當りて将に伴はんとす、夢中に回るを。
□049.夏晩泛舟墨水同賦
萬里晴烟接海灣
涼風吹満両州間
練光飜蕩三叉浪
黛色微茫二總山
載妓舩操蘭棹急
釣魚人傍柳陰閑
臥遊指點炎塵外
曲々披圖入醉顔
夏晩、舟を墨水に泛べ、同じく賦す。
萬里の晴烟、海灣に接し、
涼風、吹き満つ、両州の間。
練光、飜蕩す三叉の浪、
黛色、微茫たり二總山(※上総下総の山?)。
妓を載せる舩、蘭棹を操ること急(せは)しく、
釣魚の人、柳陰の傍に閑かなり。
臥遊、指點するは炎塵の外、
曲々、圖を披きて(※不詳)、醉顔に入る。
□050.感應精舎雨集期客不多到賦而呈吼公(分韻)
東林雲霧際
冒雨問残秋
菊授芳餐色
楓室許飲遊
園禽親客少
樹露繁珠稠
偏助幽吟趣
轉知塵慮休
感應精舎(※谷中感応寺)の雨の集。期客、多く到らず賦して吼公(※不詳)に呈す。(分韻)
東林、雲霧の際、
雨を冒して残秋を問ふ。
菊は授く、芳餐の色、
楓室、飲遊を許す。
園禽、親しき客、少なく、
樹露、繁珠、稠(おお)し。
偏へに幽吟の趣きを助け、
轉た知らん、塵慮の休(や)むを。
□051.又
高歌但須愛
知者豈多求
惨澹秋冬際
彷徨丘壑幽
雲連鬒髪嶺
雨繞二毛洲
延眺行杯外
殆無暇應酬
又。
高歌、但だ須らく愛すべく、
知者、豈に多く求めんや。
惨澹たり、秋冬の際、
彷徨す、丘壑の幽を。
雲は連ぬ、鬒髪(※黒髪)の嶺に、
雨は繞る、二毛(※白髪)の洲を。
眺めは延(まね)く、杯を行ふ外に、
殆んど應酬する暇なし。
□052.又
雨休催散歩
雲断更回頭
誰駐登廬駕
多従尋載舟
群行寒雁過
帰意暮鐘流
偏惜霜林色
恐難期再遊
又。
雨休(や)みて、散歩を催し、
雲断ちて、更(こもご)も回頭す。
誰か駐めん、廬に登る駕を、
多く従ひ、載舟を尋ぬ。
群行、寒雁過ぎ、
帰意、暮鐘流る。
偏へに惜しむ、霜林の色、
再遊の期し難きを恐る。
□053.聞友輔子之桑灘有此寄(聞之應請講論語因多用論語中語)
臨水楽山維暮春
遊方百里下江M
時平寧復論浮海
途阻唯應擬問津
為忝長幼欣信宿
設筵郷黨候過賓
従来四海皆兄弟
到處知君入里仁
友輔子(※不詳)の桑灘(※桑
名?)へ之くと聞き、此を寄する有り。(之れ應に『論語』を講ずるを請ふ。因って「論語中の語」を多く用ゆ。)
水に臨めども「山を楽しむ」、維れ暮春、
「遊ぶ方」は百里、江Mを下る。
時は平らかなり、寧(いづくん)ぞ復た(※世を避け)「海に浮ぶ」ことを論ぜん。
途、阻まれれば、唯だ應に「津を問ふ」ことを擬すべし。
為に「長幼」の信宿を欣ぶを忝くし、
筵を設くる「郷黨」、賓(※あなた)の過ぎるを候はん。
従来、「四海は皆な兄弟」、
到る處、君の「里仁」に入るを知らん。
□054.九日観淵明把菊図(九月十三日 公燕)
無心把菊是何人
彭澤風烟坐逼眞
況値庭籬報佳節
幽香疑自画中新
九日(※重陽)「淵明、菊を把る図」を観る。(九月十三日 公燕(※宴席))
無心に菊を把るは、是れ何人ぞ、
彭澤(※淵明故郷)の風烟、坐ろに眞に逼れり。
況んや(※現実の)庭籬の佳節を報ずるに値(あ)ふをや、
幽香、自ら画中に新たなるを疑へり。
□055.邉城秋夕(十月廿七日 公燕)
惨憺黄雲鎖夕暉
邊城八月雪将飛
年々征戍秋尤苦
日々郷愁晩故依
火照陰山催夜猟
風廻大漠勵霜威
避寒萬里南翔雁
為報長安早寄衣
邉城、秋の夕。(十月廿七日 公燕)
惨憺たり、黄雲の夕暉を鎖し、
邊城八月、雪、将に飛ばんとす。
年々の征戍(※防人)、秋には尤も苦しく、
日々の郷愁、晩には故(ことさら)に依れり。
火は陰山を照らして夜猟を催し、
風は大漠を廻りて霜威を勵しくす。
寒を避けて萬里、南に翔ぶ雁、
為に長安に報ぜよ、早く衣を寄せよと。
□056.早春向陽楼望芙蓉晴雪(丁巳春初 公燕)
芙蓉挂城上
咫尺照楼前
先向陽春色
逈看白雪妍
玲瓏含麗日
突兀入晴天
但用郢中調
須裁相府蓮
早春の向陽楼、芙蓉(※富士山)の晴雪を望む。(丁巳(※1797寛政9年)春初 公燕) (※39歳)
芙蓉、城の上に挂り、
咫尺(※目前)、楼前を照らす。
先づ陽春の色に向ひて、
逈かに看る、白雪の妍しきを。
玲瓏として麗日を含み、
突兀として晴天に入る。
但だ郢中(※郢中白雪:曲名)の調べを用ゐて、
須らく裁すべし、相府蓮(※想夫恋:曲名)を。
□057. □058. □059.春日雨集三首
育澤園林色
雪消梅柳新
耽閑我曹興
莫若雨中春
閑興須相賞
艸堂春雨中
縦逢明日霽
其奈落梅風
郊園勧觴雨
春入眼中青
一醉餘寒散
高歌破寂寥
春日の雨の集。三首。
育み澤(うるほ)ふ、園林の色、
雪は消え、梅柳新し。
閑に耽る、我曹(※われら)の興、
雨中の春に若(し)くは莫(な)し。
閑興、須らく相ひ賞すべし、
艸堂、春雨の中。
縦ひ明日、霽(晴)に逢ふも、
梅(の実を)を落す風をいかんせん。
郊園、觴(※杯)を勧むる雨、
春は眼中に入りて青し。
一醉して、餘寒を散じ、
高歌して、寂寥を破らん。
□060.春日書感
為客頻年々也新
家園安[何]在夢中春
柳梅不任淹留久 [衡門梅柳花開處]
今日花開媚幾人 [何用依々舊主人]
春日、感ずるところを書す。
(※江戸に)客と為りて頻年(毎年)、年また新し、
家園、安んぞ[何んぞ]在らん、夢中の春。
柳梅は(※責任を)任ぜず、(※わが)淹留の久しきに、[衡門の梅柳、花開く處、]
今日、花開きては、幾人に媚びん。[何ぞ依々たる舊主人を用ゐん。]
□061.又
江上餘寒自鎖春
蕭條倚剣意難伸
真龍変化誰能極
邸上風雲祗屢新
又。
江上の餘寒、自ら春を鎖し、
蕭條として剣に倚れど、意は伸し難し。
真龍の変化、誰か能く極めん、(※藩主を指すか?)
邸上の風雲、祗(た)だ屢ば新たなり。
□062.臥病寄石子将
春寒徒閉室
雨雪興如何
閑為抱痾得
憂還乗暇多
半眠開帙懶
萬事擁爐過
君徂来相和
蕭條桑戸歌
臥病、石子将(※不詳)に寄す。
春寒、徒らに室を閉ぢ、
雨雪、興は如何。
閑、為に痾を抱き得て、
憂ひ、還た暇に乗じて多し。
半眠、帙を開くも懶く、
萬事、爐を擁きて過ぐ。
君、徂来して相ひ和せん、
蕭條たる桑戸(※貧家)の歌を。
□063.雲衢帰雁(季春 公燕)
江上春風送雁群
看過嶺雪数行分 [数行斜傍嶺頭分]
声々無限餘離思 [離声無限烟霞裏]
翼影依微入暮雲
雲衢、帰雁。(季春 公燕)
江上の春風、雁群を送り、
看過す、嶺雪に数行分かれるを。[数行斜傍に、嶺頭に分かれるを。]
声々無限たりも離思を餘し、[離声は無限たり、烟霞の裏、]
翼影は依微たり、暮雲に入る。
□064.春江閑鴎(同前)
泛々閑鴎日可親
梅花芳草釣磯春
相憐逢着滄江好
未比群鴻帰意頻
春江の閑鴎。(同前)
泛々たる閑鴎は、日に親しむべく、
梅花芳草、磯に釣する春。
相ひ憐みて(※鴎に)逢着す、滄江の好きに、
未だ群鴻の帰意頻りなるには比せず。
□065.丁巳暮春移居三叉邸始登楼作
小楼臨眺大江頭 [小楼春眺大江湄]
此處流萍任轉移 [此處流萍憐轉移]
滄海布帆晴似鷺 [南海布帆晴似鷺]
碧天翠嶺遠如眉 [西天翠嶺遠如眉]
三叉浪繞洲邊合
百丈橋侵樹杪垂
漁艇妓舫争[沿]
岸花堤柳欲闌詩
丁巳(※1797寛政9年)暮春、居を三叉(※日本橋中洲)の邸に移し、始めて楼に登る作。
小楼、眺めに臨む、大江の頭(ほとり)。[小楼、春眺む、大江の湄(みぎは)]
此處に流萍(※飄泊)して、轉移に任す。[此處に流萍して、轉移を憐む。]
滄海の布帆、晴やかなること鷺の似く、[南海の布帆、晴やかなること鷺の似く、]
碧天の翠嶺、遠きこと眉の如し。[西天の翠嶺、遠きこと眉の如し。]
三叉の浪は繞りて、洲の邊(ほとり)に合し、
百丈の橋は侵す、樹の杪(枝)の垂れるに。
漁艇、妓舫、争ひて沿し、
岸花、堤柳、闌時(たけなは)ならんと欲す。
□066.僧院避暑(季夏 公燕)
紺苑相忘[夏]
琴書此可親
暑與塵心散
詩兼浄理真
荷飄香満坐
林蜜露沾巾
晩色宝池上
秋光早已新
僧院の避暑。(季夏 公燕)
紺苑、夏を相ひ忘れて、
琴書、此れ親しむべし。
暑と塵とに、心は散ずるも、
詩は兼ぬる、浄理の真(まこと)を。
荷(はす)飄りて、香り坐に満ち、
林、蜜(密?)にして、露、巾を沾ほす。
晩色、宝池の上、
秋光、早や已に新らし。
□067. □068.題山水図二首(閏七月 公燕)
洞口烟霞隔水新
桃花村醸駐漁人
山川恰是秦時様
今日何迷源上春
一片青山水上浮
扁舟知是吊娥遊
洞庭萬里縣明月
看取白雲紅葉秋
山水図に題す。二首。(閏(うるう)七月 公燕)
洞口(※谷の入口)烟霞、水を隔てて新し。
桃花、村醸、漁に駐まる人。
山川、恰かも是れ秦時※の様なれど、
今日、何ぞ迷はん、源上の春に。(※陶淵明「桃花源記」を踏まへる。)
一片の青山、水上に浮び、
扁舟は知んぬ是れ、娥を吊(弔)ふ遊びと。
洞庭萬里、明月縣かり、
看取す、白雲、紅葉の秋。 (※李白「遊洞庭湖」を踏まへる。)
□069.十四夜
(※空白)
□070.送人帰隠凾谷
(※空白)
□071.至日送別
開宴南天至日明
遠観雲物悵離情
欄前踈柳猶難綰
盆裡新梅聊送行
罷瑟関山愁短景
揚鞭雨雪奈長程
征途未盡年将盡
莫使春風逆旅驚
至日の送別。
開宴すれば南天(※難転:一陽来復)、至日(※冬至)明るきも、
遠く雲物を観れば、離情を悵(いた)む。
欄前の踈柳は、猶ほ綰(結)び難きも、(※旅の無事を祈る)
盆裡の新梅にて、聊か行を送らん。
瑟を罷めれば、関山(※関所の山)、短景(※短い日)を愁ひ、
鞭を揚げるも、雨雪、長程をいかんせん。
征途、未だ盡きざるも年は将に盡きんとす。
春風をして逆旅(※旅籠)を驚かしむること莫からん。
□072.和友人不遇作慰之
宦途嗟尓少相知
歳月蹉跎鬢似絲
宣室未期前席問
漢廷空抱積薪悲
但歌伏櫪長鳴志
元識凌霄一撃姿
會遇君王[遊]猟日
鷹飢且忍脱韝遅
友人の不遇の作に和して之を慰む。
宦途は尓(なんじ)を嗟(なげ)かす、相知(※友人)の少なきを、
歳月は蹉跎(※荏苒)たり、鬢は絲の似し。
宣室、未だ期せず、前席の問はるを、
漢廷、空しく抱く、薪を積む悲しみを。
伏櫪長鳴する志を但だ歌へるも、
元より識る、凌霄一撃(※雄飛)の姿を。
君王の遊猟(※鷹狩)の日に會遇して、
鷹は飢え且つ忍べり。韝を脱すること遅きを。 (※鷹を腕にとまらせる手袋)
□073.秋日游洲崎
長橋東下大江秋
漁艇農園趣自幽
繞[沂]潮声芦荻響
西風吹満妙音洲
秋日、洲崎に游ぶ。
長橋、東に下る、大江の秋、
漁艇、農園、趣き自ら幽なり。
沂(岸)を繞る潮声、芦荻は響き、
西風、吹き満つ妙音の洲(しま)。
□074.秋日陪遊某侯深川別業
幽墅深川上
新亭積水涯
潮平帆影並
雲断雁行斜
取釣人依渚
忘機鳥戯沙
覧游難可極
圓月照蒹葭
秋日、某侯の深川の別業(※別荘)に陪遊す。
幽墅、深川の上(ほとり)、
新亭、積水の涯。
潮、平らかに帆影並び、
雲、断ちて雁行斜めなり。
釣を取る人、渚に依り、
機を忘るる鳥、沙に戯る。
覧游、難くも極むべく、
圓月、蒹葭を照らせり。
□075.中秋答某臺郎見寄
閶闔回首雲自収
良宵圓月満城頭
璧章先報明光坐
紈扇非関[裁]長信愁
[画]省鵷鸞連影集
釣天絲管帯霜流
誰圖玉樹青雲上
却問蒹葭白露秋
中秋、某臺郎の寄せらるに答ふ。
閶闔(※秋風)、回首すれば雲自ら収り、
良宵の圓月、満城の頭(ほとり)。
璧章(※御詩篇)、先づ報ずるは、明光(※君恩?)の坐(おは)すを、
紈扇(※白絹扇)、長信の愁(※閨怨)に関する[を裁する]には非ず。
画は省る、鵷鸞、影を連ぬる集ひ、
天に釣する絲管、霜を帯びる流れ。
誰か圖らん、玉樹青雲の上、
却って蒹葭白露の秋を問はんとは。
□076.淡津覧古
逢関東向大湖湄
懐古風烟處々悲
営裡雙姫歌未闋
城南萬騎戦難支
殘兵纔此逃圍地
飛羽何来陥濘時
千載徒添行客涙
班々苔色濡孤碑
淡津(※粟津の戦ひ)の古を覧る。
(※木曽義仲)関東に逢ひ向ふ、大湖の湄(みぎは)、
風烟を懐古すれば、處々悲し。
営裡の雙姫(※藤原伊子と巴御前?)、歌は未だ闋(※ひと区切り)ならず、
城南の萬騎、戦(いくさ)支へ難し。
殘兵、纔かに此れ、圍みを逃るる地、
飛羽、何ぞ来らん、濘に陥つる時。
千載、徒らに添ふ、行客(※旅人)の涙、
班々たる苔色、孤碑を濡らせり。
□077.登海上楼値雷雨
避暑高楼倚海沂
狂風捲雨掩斜暉
剣光電閃龍安合
翼影雲垂鵬欲飛
北郭雷廻声未盡
南溟涼動霽将帰
一看天地須臾改
人事何論今昨非
海上の楼に登り雷雨に値(あ)ふ。
避暑高楼、海沂に倚り、
狂風、雨を捲いて斜暉を掩ふ。
剣光、電閃、龍安合
翼影、雲垂るる、鵬、飛ばんと欲す。
北郭、雷廻りて、声いまだ盡きず、
南溟、涼動きて、霽れ将に帰せんとす。
一たび天地を看るに、須臾にして改まり、
人事、何ぞ論ぜん、今は昨に非ざると。
□078.望日光山
日光山色霽雲端
颯々松風収雨寒
昨夜雄峰新挂雪
行人五月襲裘看
日光山を望む。
日光の山色、霽雲の端、
颯々たる松風、雨を収めて寒し。
昨夜、雄峰、新たに雪を挂け、
行人、五月に裘を襲ねて看る。
□079.歳晩送客帰省
御李才名修業年
彩衣帰着老来賢
膝前應勝黄金壽
懐裡堪供白璧篇
知與陽春廻故國
頻侵雨雪入長天
到家猶憶登龍會
尺素須凴雙鯉傳
歳晩、帰省する客を送る。
御李(※行李)の才名、修業の年、
彩衣にて帰着す、老来の賢し。
膝前、應に勝るべし、黄金の壽に、
懐裡、供するに堪ふ白璧の篇。
知んぬ、陽春と與(とも)に故國を廻り、
頻りに雨雪を侵して長天に入るを。
家に到りて猶ほ憶ふ、登龍の會、
尺素(※手紙)、須らく雙鯉の傳※に凴るべし。(※「古楽府‐飲馬長城窟行」)
□080.登愛宕山
石磴懸空峙
雲林障日垂
布帆遥似鷺
黛嶺淡如眉
已得登山趣
兼憐観海時
飛揚仍喚酒
一任晩吹風
愛宕山に登る。
石磴、空に懸りて峙(そび)え、
雲林、日を障りて垂る。
布帆、遥かに鷺に似て、
黛嶺、淡きこと眉の如し。
已に登山の趣きを得、
兼ねて憐む、海を観る時に。
飛揚、仍(しき)りに酒を喚び、
一任す、晩を吹く風に。
□081.中秋集友人宅坐有久客賦贈
中秋高宴酒杯清
清影團々杯裡盈
作賦争依玄度坐
登楼更識仲宣名
桂叢共和通宵興
瓢繋誰憐踰紀情
懐璧若君堪待價
重投明月照連城
中秋、友人宅に集る。坐に久客(※久しく会ってゐない客)有り、賦し贈る。
中秋の高宴、酒杯、清く、
清影、團々、杯裡に盈つ。
賦を作して、争ひ依る玄度(※久客:「風月玄度」の故事)の坐、
登楼、更に識る、仲宣の名。(※王粲の「登楼賦」)
桂叢(※月宮)、共に和さん、通宵の興、
瓢繋(※匏瓜)、誰か憐まん、踰紀の情。(※漫りに紀を踰(こ)え以て今に迄る:「登楼賦」紀は12年の謂)
璧(※君の詩稿)を懐に、君、價を待つに堪ふる若(ごと)く、(※「論語」を踏まへる)
重ねて明月に投じて連城を照さん。
□082.中秋臥病霖雨未晴(凾崎作)
江邊積雨懶登楼
明月暗過芦荻秋
天上佳期看見負
人間勝會尚何由
三更縹渺弦歌冷
四壁蕭條蟋蟀愁
側枕微吟懐欲写
行雲漠々木悠々
中秋、臥病。霖雨未だ晴れず。(凾崎の作)
江邊の積雨(※長雨)、登楼すること懶(ものう)く、
明月、暗(やみ)に過ぐ、芦荻の秋。
天上の佳期、看れども負(そむ)かれ、
人間の勝會(※盛会)、尚ほ何(いづ)こに由らん。
三更、縹渺として、弦歌、冷やかに、
四壁、蕭條として、蟋蟀、愁はし。
枕を側だてて微吟し、懐を写さんと欲すれば、
行雲は漠々たり、木、悠々(※垂れるさま)たり。
□083.賦得月満海上
日落滄溟色
秋高三五晴
蒼々潮已満
皎々月初生
天地繊塵絶
東南一鏡明
槎應到河漢
人欲望蓬瀛
波浸蟾宮冷
珠傾龍室フ
飛揚此時思
誰不解仙情
月満ちる海上に賦し得る。
日落ちて滄溟の色、
秋高し、三五(※十五夜)の晴。
蒼々、潮すでに満ち、
皎々、月初めて生ず。
天地、繊塵を絶ち
東南、一鏡、明らかなり。
槎(いかだ)は應に河漢に到るべく、
人は蓬瀛(※仙境の海)を望まんと欲す。
(※海の)波は蟾宮(※月)を浸して冷やかに、
(※月の)珠は龍室(※海)に傾きてフ(ささ)げらる。
飛揚すれば此の時、思ふ、
誰か仙情を解せざる、と。
□084. □085.江村尋人分韻
欲訪幽棲傍緑江
荒村何處讀書窓
相迷試就漁翁問
顧指衡茅松一雙
幽棲酌酒望晴江
偶坐悠然倚竹窓
鴎鳥亦應知此意
簾前近押自雙々
江村、人を尋ぬ。分韻。
幽棲を訪はんと訪す、緑江の傍、
荒村、何處ぞ、讀書の窓は。
相ひ迷ひ、試みに漁翁に就いて問へば、
顧みて指す、衡茅(※田舎家)の松一雙。
幽棲、酒を酌み、晴江を望み、
偶坐、悠然として、竹窓に倚る。
鴎鳥、また應に此の意を知るべく、
簾前、近く押(しき)りに、自ら雙々たり。
□086.山行問樵夫分韻
山深嵐靄濕征衫
行認樵歌入檜杉
借問雲間紅葉樹
何蹊攀去到青嵒
(轉結一作「借問時傳鸞嘯響 何人寄跡倚層嵒」)
山行、樵夫に問ふ。分韻。
山深くして嵐靄、征衫(※旅装)を濕らす。
行くゆきて樵歌を認め、檜杉に入る。
借問す、雲間の紅葉樹、
何(いづ)この蹊に攀ぢ去り青嵒に到るかと。
(轉結、一に「借問す、時に鸞嘯の響きを傳ふる、何びとか、跡に寄り層岩に倚れる。」と作る。)
□087.和某通天橋観楓之作
招提名勝頼君聞
翩似飛虹跨彩雲
一帯画橋横絶澗
千株紅樹藹斜曛
疑逢烏鵲通天路
行問女牛披錦文
況尓成章七襄巧
麗華秋色競繽紛
某の「通天橋観楓」の作に和す。(※東福寺)
招提(※寺院)の名勝、君に頼りて聞くに、
翩ること虹を飛ばし彩雲に跨がるが似し。
一帯の画橋、絶澗に横はり、
千株の紅樹、斜曛に藹たり。
疑ふ、烏鵲に逢ひて天路(※天の川)を通ふかと、
行きて女牛(※織女)に問ふ、錦文を披けるかと。
況や尓(なんじ)の章を成すこと七襄※の巧をや、
麗華なる秋色、繽紛を競ふ。
(※織女も錦を完成できない様な短時間の謂「詩経」)
□088.永代橋望西山春雪
滄江南去海潮開
晴景攀欄望壮哉
百尺長橋接天起
三峰積雪映波来
坐疑羽客騎龍背
直指清都朝玉臺
寒影瑶光常照處
氤氳城闕是蓬莱
永代橋に西山(※富士山)の
春雪を望む。
滄江、南に去って海潮開き、
晴景、欄を攀ぢれば、望、壮なる哉。
百尺の長橋、天に接して起き、
三峰(※富士)の積雪、波に映えて来たり。
坐(そぞ)ろに疑ふ、羽客の龍の背に騎りて、
直ちに清都を指して玉臺(※将軍)に朝するかと。
寒影の瑶光(※富士の雪)、常に照す處、
氤氳たる城闕は、是れ蓬莱ならん。
□089.落葉驚夢分韻
雨聲蕭颯夜窓仍
夢断還驚寒月昇
無奈飄零林葉盡
轉添閑寂冷殘燈
落葉、夢に驚く。分韻。
雨聲蕭颯たり夜窓に仍り、
夢、断じ還た驚く、寒月昇れり。
飄零たる林葉の盡きるをいかんともする無し、
轉(うた)た閑寂に添ふる、冷えし殘燈を。
□090.題昭君遠嫁図
掖庭昭君出帝畿
風霜日々汚羅衣
尚憐憔悴圖中面
未至當年画得非
昭君(※王昭君)遠嫁の図に題す。
掖庭(※後宮)の昭君、帝畿を出で、
風霜の日々、羅衣を汚す。
尚ほ憐む、憔悴圖中の面、(※退けられる因となった醜顔の絵)
未だ當年に至らざるに、画き得るや非ざるや。
□091.春日奉送少室田先生暫之大垣
高才啣命出關東
寵送開筵朱邸中
嘗謂鄒枚能授簡
安知管晏欲期功
主恩行[𠔏]春風布
星使遥連箕野通
到日封疆花若錦
裂裁何但賦辞工
春日、少室(※不詳)田先生の暫く大垣へ之くを奉送す。
高才、命を啣みて關東を出づ。
寵送の開筵、朱邸(※富貴の家)の中。
嘗て謂ふ、鄒枚(※鄒陽と枚乗と)は能く簡(※諫言上書)を授くも、
安んぞ知らん、管晏(※管仲)の功を期せんと欲するを、と。
主(※藩主の)恩は、春風と共に行はれて布き、
星使(使者)は、遥かに連なる。箕野(美濃)の通りに。
日、到りて封疆(※国境)、花、錦の若く、
裂裁、何ぞ但に辞の工みを賦すのみならんや。
□092.江村尋梅
晴日探春興
江堤曳杖過
已憐汀草長
寧莫渚梅多
林外啼鶯曲
橋南醉客歌
杲看満枝雪
照水影婆娑
江村、梅尋ぬ。
晴日、春興を探ね、
江堤、杖を曳いて過ぐ。
已に汀草の長きを憐むれば、
寧(いづくん)ぞ渚梅の多きこと莫からんや。
林外、啼鶯の曲、
橋南、醉客の歌。
杲(はる)かに看る、満枝の雪(※花弁)、
水に照りて影、婆娑たり。
□093.公子行暮春従 儲君駕陪遊郊北別荘諸郎
郊園春満百花殷
掩映風前諸少顔
白羽霜飛穿柳葉
彫弓月曲響林間
鷹翔雲際華毛乱
驄躍艸頭汗血斑
馳逐千回惜残日
揚戈意気未論還
公子の行。暮春、儲君の駕に従ひ、郊北別荘の諸郎に陪遊す。
郊園、春満つ、百花殷(さか)んにして、
掩映(※照映)する風前、諸(もろもろ)の少(わか)き顔。
白羽の霜は飛びて、柳葉を穿ち、
彫弓の月は曲りて、林間に響く。
鷹、雲際に翔りて華毛乱れ、
驄(あしげ)、艸頭に躍りて汗血斑(ま)ぢる。
馳逐すること千回、残日を惜しみ、
戈を揚げて意気、未だ還るを論ぜず。
□094. □095.暮春登日暮里古壘
花落郊墟春自移
登臨誰不感當時
風烟其説硯山似
中有羊公堕涙碑
山丘春老少人行
古塁茫々野草平
松樹不知田海変
千秋猶駐繋舟名
暮春、日暮里の(※太田道灌の)古壘に登る。
花落つ郊墟、春、自ら移り、
登臨、誰か當時を感ぜざる。
風烟、其れ硯山(峴山)に似るを説く。
中に羊公の堕涙碑あり。※晋の襄陽の羊祜の顕彰碑。
山丘、春老いて人の行ゆくこと少なく、
古塁茫々として野草平らかなり。
松樹は知らず田海の変、(※「桑田変じて海となる」故事)
千秋、猶ほ駐む、繋舟の名。(※繫舟松の碑:青雲寺)
□096.友人新営所住
江東卜築避繁華
衡宇新成野水涯
移柳先開彭澤逕
栽桃稍比武陵家
天邊雪嶺臨窓秀
海上風帆連席斜
回首俗塵如隔世
鉤漁終日飽烟霞
友人、新たに住む所を営む。
江東、卜築するに繁華を避け、
衡宇、新たに成る、野水の涯。
柳を移して先づ開くは(※陶淵明に倣って)彭澤の逕、
桃を栽えて稍や比す武陵の(※桃花源の)家
天邊の雪嶺(※富士山)、窓に臨みて秀で、
海上の風帆、席に連なりて斜めなり。
回首すれば俗塵、世を隔つ如く、
鉤漁終日、烟霞に飽く。
□097.高子静奉 命俄帰大垣賦此贈別
幾歳相従h樹林
無端別寉入鳴琴
趣[將衣]俄是帰何速
拝 賜元非 恩不[深]
好去烟霞故山下
邀歓蘭玉北堂陰
但言犬馬情難歇
時向朝陽候鳳音
高子静(※不詳)、命を奉じて俄かに大垣へ帰る。此を賦して贈り別る。
幾歳、相ひ従ふ、h樹(※俊才)の林、
端なくも鶴の鳴琴に入るに別る。
趣[装](※そくそう:急な旅支度)の俄かなる是れ、帰ること何ぞ速やかなるも、
拝賜せよ、元より恩の深からざるには非ず。
好し去れ、烟霞、故山の下、
歓び邀ふは、蘭玉(妻)北堂(母)の陰。
但だ言ふ、犬馬の情(※忠節心)の歇み難ければ、
時に朝陽に向ひ、鳳音を候(ま)て、と。
□098.答人問東都春色如何
江都華麗況逢春
何處韶光不可親
萬国衣冠奉青節
千門車馬起紅塵
登臺海嶽堪開酒
従野柳梅似待人
熙楽東西南北道
能令游子飽牢珍
人の東都の春色如何ならんと問ふに答ふ。
江都は華麗なり、況んや春に逢ふて、
何處の韶光か、親しむべからざらん。
萬国の衣冠、[清]節を奉じ、
千門の車馬、紅塵を起こす。
臺の海嶽に登れば、酒を開くに堪へ、
野の柳梅に従れば、人を待つ似し。
熙楽(※熙朝楽事:天下太平)、東西南北の道、
能く游子をして牢珍(※ご馳走)に飽かしめり。
文化甲子年
□099.集使君席上送隠者還西京嵐山
綺席琴樽且暫携
還山曲罷月將低
使君暁餞都門外
處士星回帝座西
自昔嵯峨招隠好
如今丘壑與誰栖
別来欲寄相思句
寧莫仙槎下碧溪
文化甲子年(※1804文化元年) (※46歳)
使君(※勅使)を集めての席上、隠者の西京嵐山に還るを送る。
綺席、琴樽、且暫(しばら)く携へ、
還た山曲を罷めて、月まさに低(た)れんとす。
使君、暁に餞(はなむけ)す、都門の外、
處士(※在野の士)、星は回る、帝座の西(※嵐山)。
昔より嵯峨は招隠好むも、
如今の丘壑、誰と與に栖まん。
別来、相思の句を寄せんと欲す。
寧(いづくん)ぞ仙槎の碧溪を下ること莫からんや。
□100.和友人中秋遊金澤賞月見寄懐之作
乗月仙槎幾處浮
孤山縹緲海雲頭
停橈更犯銀河影
掛鏡偏分金澤秋
勝地従来工擲筆
良宵何似爾凴楼
篇中寫景看如画
傳使吾曹當臥遊
友人の「中秋、金澤に遊び月を賞して寄懐せらる」の作に和す。
月に乗じて仙槎、幾處に浮ぶ、
孤山、縹緲たり、海雲の頭(ほとり)。
橈を停めて更に犯す、銀河の影、
鏡を掛ければ偏へに分かるる、金澤の秋。
勝地(※景色)従来、工みに筆を擲じ、
良宵、何を似てか爾の楼に凴(もた)れん。
篇中の寫景、看ること画の如く、
吾曹をして當に臥遊すべからしめんことを傳ふ。
□101.中秋吟
江上西風薄暮天
楼前秋半月華圓
千門響起弦歌曲
萬里晴来杯酒筵
飛蓋園中誰愛客
浮槎海上幾遊仙
清光自有郷愁惹
回首聊歌桂樹篇
中秋の吟。
江上の西風、薄暮の天、
楼前、秋半ばにして月華、圓かなり。
千門、響き起こる弦歌の曲、
萬里、晴れ来る杯酒の筵。
飛蓋の(※車の行く天上の)園中に、誰ぞ客を愛で、
槎(いかだ)を浮べる(※天の川の)海上、幾くたび仙と遊ぶ。
清光、自ら郷愁の惹くこと有りて、
回首して聊か歌はん、桂樹(※月の樹)の篇を。
□102.客有夢故園花者賦贈
夢伴帰鴻春可憐
泛遊千里入郷天
烟霞縹緲迎前渡
閭里分明似往年
花下故人新白髪
池塘芳艸舊青氈
詩篇覺後猶堪賞
知爾家園見恵連
客に、故園の花を夢む者有り、賦し贈る。
夢に帰鴻を伴ふ、春は憐むべし、
千里を泛遊して郷天に入る。
烟霞縹緲、前渡を迎へ、
閭里分明、往年に似たり。
花下の故人は、新たに白髪に、
池塘の芳艸は舊のまま青氈。
詩篇、覺めし後、猶ほ賞するに堪ふ。
知んぬ爾が家の園に、恵連(※謝恵連)を見るを。
□103.某侯見瞶馬賦而謝
休論高價問黄金
久在燕臺恩且深
今日牽来神駿態
使人頓起遠游心
某侯、馬を見瞶(※見定める?)す。賦して謝す。
論ずるを休めよ、高價、黄金を問ふことを、
久しく燕臺に在り(※優遇の謂)、恩、且(さら)に深し。
今日、牽き来れば、神駿の態、
人をして頓に遠游の心を起さしむ。
□104.梅雨聞鶯
昼夢昏々送久霖
忽聞鶯語引春心
誰知五月鳴蛙外
鼓吹猶添金縷音
梅雨に鶯を聞く。
昼夢、昏々として久霖(※長雨)を送る。
忽ち鶯語を聞きて春心を引く。
誰か知らん五月、鳴蛙の外、
鼓吹して猶ほ金縷の音を添へるを。
□105.初秋送某携内帰隠湖中
羨君帰興待秋涼
鴻雁連呼入水郷
湖月暁来窺鏡起
汀蘭風送逐舟香
並傳琴瑟湘霊外
相対芙蓉茫蟸傍
自有當年浣紗地
濯纓應好唱滄浪
初秋、某の内(※妻)を携へ湖中(※近江)に帰隠するを送る。
君を羨む、興の秋涼を待ちて帰り、
鴻雁(※夫婦)連呼して、水郷に入るを。
湖月に暁来れば、鏡を窺ひて起き、
汀蘭に風送れば、舟を逐ひて香らん。
並び傳ふ琴瑟は、湘霊※の外、(※舜帝の後を追って投身。)
相対する芙蓉は、茫蟸の傍※。(※西施を指す。)
自ら當年、浣紗(※世過ぎ)の地有りて、
(※水澄みて)纓を濯ぐ、應に好く滄浪を唱すべし。
□106.宮中早秋
芙蓉露濕纔分秋
臺殿風香太液頭
宮女歌呼競操棹
乗涼知擬採蓮遊
宮中の早秋。
芙蓉、露に濕りて纔かに秋を分ち、
臺殿に風香る、太液(※王宮の池)の頭(ほとり)。
宮女の歌は、棹を操るを競ふを呼び、
涼に乗じて知る、採蓮の遊(※恋愛)を擬せるを。
□107.賦得長楽鐘声
客夢長安暁
千門鐘已流
響揺金[𫓂]度
色辨玉珂浮
苑花含露咲
宮月帯霜愁
但應添別悵
莫入鳳凰楼
長楽(※寺の)鐘声を賦し得たり。
客夢、長安の暁、
千門、鐘すでに流る。
響きは、金鑰を度(わた)りて揺らし、
色(※音色)は、玉珂の浮ぶを辨ず。
苑花、露を含みて咲き、
宮月、霜を帯びて愁ふ。
但だ應に別の悵(うら)みを添ふべく、
鳳凰の楼には入る莫れ。
□108.賦松竹不改色賀某夫妻雙壽
何年渭水與嵩峰
移種同心此得従
風和玉簫枝住鳳
雲垂翠蓋幹為龍
歌依王母傳黄竹
實給仙翁比赤松
倶是千秋秦晋匹
相[承]孫子蔭殊濃
松竹の色を改めざるを賦して某夫妻の雙壽を賀す。
何れの年か渭水と嵩峰と、
種を移し心を同じうして、此に従ひ得ん。
風は玉簫と和し、枝は鳳を住はせ、(※竹)
雲は翠蓋に垂れ、幹は龍と為る。(※松)
歌は王母(※西王母)に依りて黄竹(※の笛)を傳へ、
實は仙翁に給して、赤松に比す。
倶に是れ千秋、秦・晋の匹(つれあひ)、(※春秋時代、代々婚姻した二国)
孫子に相ひ承りて蔭、殊に濃し。
□109.遙同友人登三井寺閣望湖作
昏黒蒼茫澤國秋
登臨梵閣上方遊
日収橋勢虹偏駐
地盡湖光鏡更浮
詩賦嘗傳洞庭水
飛揚何減岳陽楼
風濤時入湘霊瑟
吹満妙音神女洲
遙かに友人と同に三井寺の閣に登り、湖を望む作
昏黒蒼茫、澤國秋
梵閣に登臨して上方遊
日は橋勢に収まり、虹、偏へに駐まり、
地は湖光に盡きて、鏡、更に浮ぶ。
詩賦、嘗て傳ふ、洞庭の水、(※李白「遊洞庭湖」)
飛揚すること何ぞ減ぜん、岳陽楼に。(※杜甫「登岳陽楼」)
風濤、時に入る湘霊(※前出)の瑟、
吹き満つる妙音、神女の洲。(※弁財天の竹生島?)
□110.新館秋興(時 世子新館落成)
百尺堂成卜永基
清秋閑讌會佳期
画梁借彩城雲近
綺席含光天日披
促節花香先發酒
飄堦桐葉好題詩
喬林況復通蘭径
轉喜三朝幽興随
新館の秋興。(時に世子の新館落成す)
百尺の堂成り、永基を卜し、
清秋の閑讌、佳期に會す。
画梁、彩を借りて城雲近く、
綺席、光を含みて天日披く。
節を促す花香、先づ酒を發し、
堦を飄す桐葉、好題詩
喬林、況んや復た蘭径を通じ
轉(うた)た三朝を喜ばし、幽興随はん。
文化乙亥之雜作
□111.〜□115.秋夜送橋君子美帰大垣五首
高堂満酌豈須辞
相駐勧君金屈巵
今夜暫同明月影
明朝各隔白雲涯
右将進酒
一石橋頭流水間
[毶]々楊柳拂離頭
爲君欲綰秋風裡
吹轉東西不可攀
右折楊柳
匹馬翩々碧玉蹄
秋風嘶去白雲西
由来々往軽千里
重繋東城楊柳堤
右征馬嘶
玉[凾]西指白雲阿
一曲関山詩思多
行傍鶏声第店月
版橋清暁踏霜過
右関山月
鳳城明月送君親
半夜烏啼帰思頻
却憶故林三[叵]處
喜色初報弄梭人
右烏夜啼
文化乙亥(※1815文化12年)之雜作 (※57歳)
秋夜、橋君(子美※不詳。)の大垣に帰るを送る五首。
高堂に酌満つ、豈に辞するを須ひん、
相ひ駐めて君に勧む、金屈巵。(※大盃:于武陵「勧酒」)
今夜、暫く同にする明月の影、
明朝、各おの隔つ白雲の涯。
右、将に酒を進めんとす。
一石の橋頭、流水の間、
毶々たる楊柳、払ひて頭を離る。
君が為に綰(むす)ばんと欲す、秋風裡。
東西に吹き轉じて、攀づべからず。
右、楊柳を折る。(※送別記念、旅の無事祈願)
匹馬、翩々として、碧玉の蹄、
秋風、嘶き去る、白雲の西。
由来、来往、千里も軽く、
重ねて東城して、楊柳の堤に繋がん。
右、征馬の嘶き。
玉[関]※、西を指す、白雲の阿、
一曲の関山※、詩思は多からん。
行傍の鶏声、第店の月、
版橋、清暁、霜を踏みて過ぎん。
右、関山の月。(※玉門関:箱根の関を指すか。)
鳳城(※江戸城)の明月は、君を送ること親しく、
半夜、烏啼きて帰思、頻りなり。
却って憶ふ、故林の三叵の處、
喜色、初めて報ず、梭を弄ぶ人。(※妻)
右、烏の夜啼き。(※李白「烏夜啼」)
□116.乙亥六月、群國大有水包山滔天之勢蕩々浩々破潰堤防飜蕩邑屋人民多流亡而至溺死不救於此我 本藩亦被其災者不鮮矣予在東都聞之聊紀其事寄示橋子美田子文。
徂暑[淫]霖漲萬谿
頻沈白馬奈金堤
一宵為海桑田變
三版餘城趙塁凄
没屋豈論蛙竈産
攀林但共鳥巣棲
聖朝誰止魚乎嘆
禹績何家擬錫圭
乙亥(※1815文化12年)六月、群國、大いに水有り。山を包みて滔天の勢ひ、蕩々浩々として、堤防を破潰、邑屋を飜蕩し、人民多く流亡して溺死に至り救へず。此に於いて我が本藩また其の災を被むる者鮮(すく)なからず。予、東都に在りて之を聞き、聊か其の事を紀し、橋子美 (※前出。不詳)、田子文 (※不詳)に寄せ示す。(※57歳)
暑、徂きて淫霖、萬谿に漲り、
頻りに白馬を沈む、金堤をいかんせん。(※不詳)
一宵、海と為す、桑田の變、(※桑田変じて海となる。)
三版、城を餘す、趙塁凄たり。(※不詳)
屋を没して、豈に蛙竈の産ずる論ぜん、(※「沈竈産蛙」竈沈み蛙を産む:洪水の態。)
林を攀ぢて、但だ鳥と共に巣棲せん。
聖朝、誰か止めん、魚乎の嘆きを、(※『春秋左伝』「禹なかりせば、吾は其れ魚とならんか」)
禹の績(※治水伝説)、何れの家か圭を錫(ささ)げるを擬(なぞら)へん。
(※『尚書』「禹錫玄圭、告厥成功:禹は玄圭(黒珠)を錫げて、厥の成功を告れり。」)
□117.某招飲田家賞菊分韻
田園客引遠尋幽
竹逕柴門籬下秋
主是陶潜栽菊處
人随王弘送樽遊
團欒封雪清香満
燦Y彫金華露浮
最愛村林揺落裡
獨将佳色對忘憂
某の招飲、田家の菊を賞して分韻す。
田園、客引く、遠く幽を尋ね、
竹逕柴門、籬下の秋。
主は是れ陶潜、菊の栽うる處、
人は王弘(※陶潜の庇護者)の樽を送るに随ひて遊ぶ。
團欒、封雪、清香満ち、
燦Y、彫金、華露浮ぶ。
最も愛す、村林、揺落の裡、
獨り佳色を将(ひ)いて忘憂に對(こた)ふ。
□118. □119.初冬有山寺観楓約値雨不果聊賦寄井河二生且請重遊誘少室先生而相與卜日
幽期相約猶[擒]心
海嶠禪園霜已深
誰意燈前一宵夢
空為寒雨繞丘林
人道虎渓秋未殘
也知彭澤興情闌
重遊願待藍輿擧
追歩相扶攀不難
初冬、山寺観楓の約有るも雨に値(あ)ひ果さず。聊か井・河の二生(※不詳)に賦して寄せ、且つ少室先生(※前出。不詳)を誘ひて重遊を請ひ、而して相ひ與(とも)に日を卜す。
幽期相約す、猶ほ心を[擒]にするも、
海嶠の禪園、霜すでに深し。
誰が意か、燈前一宵の夢、
空しく寒雨と為りて丘林を繞る。
人道、虎渓、秋未だ殘せず、(※まだ去ってない。殘:殆ど無い)
また知んぬ、彭澤(※陶潜の故郷)の興情、闌(たけなは)なるを。
重遊、願ひ待つ、藍輿を擧げること、
歩を追ひ相ひ扶け、(※山道)攀じること、難からざらん。
□120.□121.□122.已題将寄忽得二生律絶三篇因次其韵再寄答
幽尋能幾日
丘壑杳難攀
烟雨空停屐
風霜獨閉関
勝情猶寄興
高曲忽消閑
却為篇々美
似過楓錦山
右和河生
海天風雨[𠔏]回頭
探勝空違蕭寺遊
但得新詩明月興
初開闇窒暮雲愁
禅林寒雨惜殘秋
裁句互将問再遊
先會雙々連璧至
逡巡瓦礫不堪投
右和井生
已にして(※やがて前の)題、将に寄せんとすれば忽ち二生(※井・河。前出)の律・絶三篇を得。因って其の韵に次して再び答へ寄す。
幽尋、幾日か能くせん、
丘壑、杳として攀じ難し。
烟雨、空しく屐を停め、
風霜、獨り関を閉づ。
勝情、猶ほ興を寄するも、
高曲、忽ち消閑す。
却って篇々の美と為りて、
楓錦の山を過ぎるに似たり。
右、河生に和す。
海天の風雨、共に頭を回らせば、
探勝、空しく違がふ、蕭寺の遊。
但だ新詩の明月の興を得れば、
初めて闇の窒ぐ暮雲の愁を開かん。
禅林の寒雨、殘秋を惜しみ、
句を裁して互ひに将に再遊を問はんとす。
先に會(たまた)ま雙々たる連璧至れば、
逡巡して瓦礫を投ずるに堪へず。
右、井生に和す。
□123.初冬小集限韵
閑興欣君叩夜扉
吟詩片月引清輝
窓前唯有龍溝水
一任玄珠探得帰
初冬小集。限韵。
閑興、君の夜扉を叩くを欣び、
詩を吟ず、片月、清輝を引くを。
窓前、ただ龍溝の水有り、
一任す、玄珠(※佳詩)探り得て帰るを。
□124.搗衣曲(以下七首限韵)
城頭明月値秋闌
思婦誰家搗練看
一夜愁人聞不睡
声々添得五更寒
衣を搗つ曲。(以下七首、限韵。)
城頭の明月、秋闌(たけなは)に値(あ)ひ、
婦の誰が家か練を搗てるかと思ひ看る。
一夜愁人、聞いて睡れず、
声々、添へ得たり五更の寒。
□125.夜猿啼
投宿孤村山畔家
猿啼忽入暁風賖
三声夢断腸將断
回望雲間峡月斜
夜、猿啼く。
孤村の山畔の家に投宿す。
猿啼きて、忽ち暁風入りて賖(はる)かなり。
三声、断夢たれ、腸も將に断たんとす。
雲間を回望すれば峡月斜めなり。
□126.山房避雨
溪暗山蹊雨忽侵
閑房聊避古林陰
主翁談熟能相駐
遮莫峰雲擁屋深
山房に雨を避く。
溪暗き山蹊、雨、忽ち侵し、
閑房、聊か古林の陰に避く。
主翁の談、熟して能く相ひ駐む、
遮莫(さもあらばあれ)、峰雲、屋を擁して深けれど。
□127.夜聞落葉
萬葉含霜窓外楓
紛々吹落五更風
明朝定識空庭色
満地青苔一半紅
夜、落葉を聞く。
萬葉、霜を含む窓外の楓、
紛々、吹き落とす五更の風。
明朝、定めて識らん空庭の色、
満地の青苔、一半は紅からん。
□128.秋盡謝人贈紅葉
寂寞閑窓已向冬
相思更望白雲峰
一枝忽贈楓林色
轉識山中霜露濃
秋盡きて人の紅葉を贈るに謝す。
寂寞たる閑窓、已に冬に向ひ、
相思、更に望む白雲の峰。
一枝、忽ち贈る楓林の色、
轉(うた)た識る、山中、霜露濃きを。
□129.海上垂釣
長竿泛々一漁簔
萬里西風滄海波
十洲三島猶何處
随意扁舟載酒過
海上に釣を垂る。
長竿、泛々たり、一漁簔、
萬里の西風、滄海の波。
十洲三島、猶ほ何處、
随意に扁舟、酒を載せて過ぐ。
□130.月夜聞雁
照夜沅瀟萬里晴
避寒鴻雁数声行
忽逢胡月蘆花白
猶怪胡天霜雪清
月夜、雁を聞く。
夜を照す、沅瀟は萬里晴れ、
寒を避く鴻雁、数声行く。
忽ち胡月、蘆花の白きに逢ひ、
猶ほ胡天、霜雪の清きかと怪しむ。
□131.九日送別橋子美
離亭愁思雨如絲
況傍重陽勧別巵
老去此生帰未[卜]
君唯願計再遊期
九日、橋子美(※前出。不詳)を送別す。
離亭の愁思、雨、絲の如し。
況や重陽の傍ら、別巵を勧むをや。
老去、此の生、帰未[■]
君、唯だ再遊の期を計るを願ふ
□132.報温井生書兼賀生合二姓之好
送子麻衣曲
忽驚雪霜新
雙魚叙久闊
奠雁報佳辰
臘酒扶留客
家庭灑掃人
預裁巾服得
授待浴沂春
温井生(※不詳)の書に報じ、兼ぬるに生の二姓を合するの好(よしみ)を賀す。
子に麻衣(※礼服)の曲を送る。
忽ち驚く、雪霜(※わが白髪)の新しきに。
双魚(※書翰)、久闊を叙すれば、
奠雁(※結納)、佳辰を報ぜり。
臘酒(※新年に飲む酒)、留客を扶くは、
家庭、灑掃の人ならん。
預め巾服を裁し得て、
授けて待つ、浴沂の春。(※『論語』春の宴)
□133.池亭聞蛙
蛙鳴池上雨空低
終日無人問稚圭
誰識林塘鶯去後
猶留鼓吹艸亭西
池亭、蛙を聞く。
蛙、池上に鳴きて雨空低く、
終日、人の稚圭を問ふなし。
誰か識らん、林塘、鶯去りし後、
猶ほ鼓吹を艸亭の西に留めるを。
□134.九日子美客舎集河伯[承]不至有詩見寄席上同和而却寄
兄弟相憐九日筵
清風吹雁字聯翩
新詩忽照萸杯外
欲和誰如摩詰篇
九日、子美(※前出。不詳)の客舎の集ひ。河伯承(※不詳)、至らず詩有りて寄せらる。席上、同に和するも寄するを却(しりぞ)ける。
兄弟、相ひ憐む九日の筵、
清風、雁を吹きて字、聯翩たり。
新詩、忽ち照らす萸杯の外
和さんと欲するも、誰か摩詰(※王維)篇の如くならんや。
□135.月
天上盈虚處
圓光秋最明
氷霜聊比潔
紈扇豈同清
但引離人怨
奈添遊子情
長夜高臺宴
歓賞待君成
月
天上、盈虚する處、
圓光、秋、最も明かなり。
氷霜、聊か潔を比ぶるも、
紈扇、豈に清を同じくせん。
但だ、離人の怨を引き、
遊子の情を添ふるをいかんせん。
長夜、高臺の宴、
歓賞、君の成るを待たん。
□136.雲
裊々又祁々
無心出岫時
春天醸雨蜜
夏晩起峰奇
舒巻過衣濕
去来難手持
変態襄王夢
能工宋玉詞
雲
裊々(じょうじよう:たおやか)また祁々(きき:ゆっくり)、
無心に岫を出づる時。
春天、雨の蜜を醸し、
夏晩、峰の奇を起こす。
舒巻して衣を濕らせて過ぎ、
去来するも手に持つこと難し。
態を襄王の夢に変じて、
能く宋玉の詞を工(たく)む。(※「巫山の夢」)
□137.雨
霏々連日雨
雲影幾時晴
池水紋看點
石苔痕自生
新涼添竹色
閑興促碁声
也識襄王夢
朝昏感宋生
雨
霏々たる連日の雨、
雲影、幾時か晴る。
池水の紋、點ずるを看、
石苔の痕、自ら生ず。
新涼、竹色を添へ、
閑興、碁声を促す。
また識る、襄王の夢、
朝昏、宋生を感ず。(※「巫山の夢」)
□138.松(為人題画)
喬松将百尋
苔幹見年深
雲外高籠翠
風前坐帯音
實思仙子食
操比主人心
負固千秋節
何妨霜雪侵
松。(人の題画の為にす。)
喬松、将に百尋ならんとし、
苔幹、見るに年に深し。
雲外、高く翠を籠らせ、
風前、坐(そぞ)ろに音を帯ぶ。
実に仙子の食を思ひ、(※松の実)
操は主人の心に比す。
千秋の節を負固すれば、(※頼みにするので)
何ぞ妨げん、霜雪の侵すを。
□139.蝶
胡蝶春園裡
何来雄與雌
雙々尋景度
點々逐花移
戯態情人羨
夢遊傲吏疑
憐君乗物化
出處不誤時
蝶
胡蝶、春園の裡、
何ぞ来らん、雄と雌と。
雙々、景を尋ねて度(わた)り、
點々、花を逐ひて移る。
戯れる態を、情人は羨み、
夢遊するを、傲吏は疑ふ。
君を憐む、物化に乗じて
出處、時を誤まらざるを。
□140.別送
休唱河梁曲
難留遊子之
換衣情已切
振子涙重垂
門外王孫艸
陌頭楊柳枝
今朝相送處
無見不離悲
別送
河梁(※送別)の曲を唱ふを休(や)めよ、
遊子の之(ゆ)くこと留め難し。
衣を換へて、情、すでに切に、
子を振れば、涙、重ねて垂る。
門外、王孫の艸、(不帰の謂。)
陌頭、楊柳の枝。(※再会の約の謂。)
今朝、相ひ送りし處、
離悲ならざるもの見ること無し。
□141.初冬巣鴨観菊
謾興聊乗暇
携過城北門
風高林葉乱
秋盡逕霜繁
漸隔紅塵陌
争開黄菊園
傍傾第店酒
醉歩入前村
初冬、巣鴨の観菊。
謾興、聊か暇に乗じ、
携へ過る、城北の門。
風高く、林葉、乱れ、
秋盡き、逕霜、繁し。
漸く(※次第に)隔つ、紅塵の陌、
争ひて開く、黄菊の園。
傍らに傾ける、第店の酒、
醉歩して、前村に入る。
□142.其二
菊圃香遥動
竹籬塵不侵
千花[承]日咲
一陣駐秋深
枝重疑封雪
叢分欲散金
何論甘谷古
仙種[孰]如今
其の二。
菊圃、香は遥かに動き、
竹籬、塵は侵さず。
千花、日を承けて咲き、
一陣(※の風)、秋を駐めて深し。
枝重りて、雪に封ぜらるかと疑ひ、
叢を分け、金を散ぜんと欲す。
何ぞ論ぜん、甘谷※の古(いにしへ)を、(※中国甘谷の菊水の薬効)
仙種、如今と孰れぞ。
□143.歳晩寄山中隠者
人間忽々白駒過
静者山中意若何
門逕雪封通鹿跡
林丘道絶歇樵歌
御冬畜肯蒸芝[述]
卒歳裁衣有薜蘿
出谷新鶯猶幾日
相求一欲訪巌阿
歳晩、山中の隠者に寄す。
人間、忽々、白駒過ぐ。(※無常迅速)
静者、山中、意を若何(いかん)せん。
門逕、雪封じて鹿跡のみ通じ、
林丘、道絶えて樵歌も歇(や)めり。
御冬、畜肯、芝朮を蒸し、
卒歳、衣を裁つに薜蘿有り。
出谷の新鶯、猶ほ幾日、
相ひ求めて一に巌阿を訪はんと欲す。
□144.盆松
床頭楚々帯蒼烟
盆裡孤松真可憐
衾枕夢随丁固坐
杯樽夜濺偓佺(※仙人の名)筵 [杯樽膏濺偓佺筵]
立錐寄跡非無地
伐斧忘愁別有天
誰識凌雲千丈質
蟄身姑作小龍眠
盆松。
床頭、楚々として蒼烟を帯ぶ、
盆裡の孤松、真に憐むべし。
衾枕、夢に随ふ丁固の坐、(※丁固がみた松の木の夢の故。)
杯樽、夜に濺ぐ、偓佺(※松の実を好む仙人)の筵。 [杯樽、膏を濺ぐ、偓佺の筵。]
立錐の跡を寄せるに地なきに非ざるも、(※不詳)
伐斧して愁ひを忘る、別に天有り。(※不詳)
誰か識らん、凌雲千丈の質を、
身を蟄(かく)して姑らく小龍の眠りを作(な)せり。
□145.橋子美舎挂菅公墨跡及紫氏図同賦得韵二冬
高楼一夜此相逢
并掛風流書画蹤
圖裡靚粧迎女史
墨中神彩仰儒宗
寧京千歳招提古
淡海中秋水月濃
欽慕握毫情未盡
暁風吹送五更鐘
橋子美(※前出)の舎に菅公の墨跡及び紫氏の図を挂く。同(とも)に韵「二冬」を賦し得たり。
高楼一夜、此に相ひ逢ひ、
并びに掛く、風流書画、蹤(ほしいまま)に。
圖裡の靚粧、女史(※紫式部)を迎へ、
墨中の神彩、儒宗(※菅原道真)を仰ぐ。
寧京(※奈良)の千歳、招提(※寺院)の古(いにし)へ、
淡海(※近江)の中秋、水月濃かなり。(※石山寺)
欽慕、毫を握りて情未だ盡きず、
暁風吹き送る、五更の鐘。
□146.孤松臺避暑
孤松百尺倚青葱
臺上含秋六月風
避暑還過秦帝雨
引涼何譲楚王雄
枝繁葉露巾猶濕
床冷根苔塵自空
醉臥非期丁固夢
唯憐笙瑟起眠中
孤松臺の避暑。
孤松百尺、青葱(※青葉)に倚る。
臺上、秋を含む六月の風。
暑を避く、還た過ぎる、秦帝の雨(※不詳)、
涼を引く、何ぞ譲らん、楚王の雄に(※不詳)。
枝繁き葉露、巾は猶ほ濕り、
床冷へて根苔、塵、自ら空し。
醉臥す、丁固の夢を期するに非るも、(※丁固の夢:出世予言の夢)
唯だ憐む、笙瑟の眠中に起こるを。
□147.季夏送田子文従 公駕帰大垣
千騎聯翩擁旆旌
東方暁發武江城
旋帰豈待秋鱸節
扈従斉誇昼錦栄
山海遠経徂暑盡
家園初共早凉迎
今朝頻送如雲客
誰復同君作賦名
季夏、田子文(※前出。不詳)の公駕に従ひて大垣へ帰るを送る。
千騎、聯翩たる旆旌を擁し、
東方、暁に發つ、武江城(※江戸城)。
旋り帰る、豈に秋鱸の節を待たん、
扈従して斉しく(※故郷に)誇る、昼錦の栄。(※欧陽脩「昼錦堂記」)
山海、遠く経れば、徂(行)く暑さも盡きて、
家園、初めて共に、早凉を迎へん。
今朝、頻りに送る、雲の如き客、
誰か復た君の作す賦と名を同じうせん。
□148.夏雨江楼晩眺
一曲滄浪萬頃烟
江風送雨水楼筵
炎塵堪濯纓塵外
秋色看生暮色前
夏雨、江楼の晩の眺め。
一曲の滄浪、萬頃の烟、
江風、雨を送る、水楼の筵。
炎塵、纓を塵外に濯ぐに堪ふ、
秋色、看れば暮色の前に生ず。
□149.遠村燈火
一點踈燈竹裡明
幽村望暗遠含情
誰家紡績時無倦
寒影依微向五更
遠村の燈火。
一點の踈燈、竹裡に明るく、
幽村、暗を望めば、遠く情を含む。
誰が家の紡績、時として倦むこと無く、
寒影依微たり、五更に向ふ。
□150.冬夜與河伯[承]同待井遜言聞遜言此夕過飲某氏亭賦寄
誰家杯酒駐君親
一夜吟詩引領頻
和少縦堪歌白雪
醉郷何若入陽春
冬夜、河伯承(※前出。不詳)と井
遜言(※不詳)を同(とも)に待つ。遜言、此の夕、某氏の亭に過飲すると聞き、賦して寄す。
誰が家の杯酒か、君を駐むこと親しく、
一夜の吟詩、領(えり)を引くこと頻りなり。
和少、縦し白雪を歌ふを堪ふれば、
醉郷、何ぞ若かん陽春に入るに。
□151.半夜遜言至
擁炉相話三餘興
啜茗聊忘四壁貧
江月臨窓猶待客
松風叩戸数誤人
琴書自足閑中趣
筆硯寧[承]世上塵
忽喜燈光結花處
跫音半夜踏霜新
半夜、遜言(※不詳)至る。
炉を擁して相話す、三餘※の興。 (※冬・夜・雨)
茗を啜り聊か忘る、四壁の貧。
江月、窓を臨みて猶ほ客を待つがごとし
松風、戸を叩く。数(しばしば)人かと誤る。
琴書に自足す、閑中の趣きを。
筆硯なんぞ承(う)けん、世上の塵を。
忽ち喜ぶ、燈光の花を結ぶ處。(※燈花:燃えかす)
跫音半夜、霜の新しきを踏む。
□152.烏夜啼
牖白中庭明月開
棲烏亦起夜啼哀
声々閨裡眠難就
還使征人夢不回
烏の夜啼き。
牖白き中庭、明月開き、
棲烏また起き、夜啼哀し。
声々閨裡、眠るも就き難く、
還た征人をして夢を回らざらしむ。
□153.雞鳴曲
雞鳴檻外曙光微
相見暁寒慵褰幃
君且休随大堤去
垂楊多露易沾衣
雞鳴の曲。
雞鳴く檻外、曙光微かに、
暁寒を相ひ見て褰幃、慵(ものう)し
君、且(しばら)く休めよ、大堤に随いて去るを、
垂楊、露多くして、衣、沾れ易し。
□154.隠士垂釣図
滄江披素練
芦荻冷清秋
獨坐無言客
誰知不曲鉤
孤艇傍携酒
一竿常對鴎
元絶纓塵色
何須鼓粫
隠士、釣を垂るる図。
滄江、素練を披き、
芦荻、清秋冷かなり。
獨坐、無言の客、
誰か知らん、鉤を曲げざるを。
孤艇、傍に酒を携へ、
一竿、常に鴎に對す。
元より纓の塵色を絶ちをれば、
何ぞ須ゐん(ふなべり)を鼓して謳ふを。
□155.山僧歩月図
獨徃山僧興
行吟夜曳笻
青溪浮月影
白足冷霜蹤
斜向松間逕
不迷雲外鐘
知應送陶陸
回歩入盧峰
山僧、月を歩むの図。
獨り徃く、山僧の興、
行吟して夜、笻を曳けり。
青溪、月に浮ぶ影、
白足、霜に冷ゆ蹤。
斜めに向ふ松間の逕、
雲外の鐘に迷はず。
知んぬ應に陶陸を送るべく、
回歩して盧峰に入るを。(※虎渓三笑【慧遠・陶淵明・陸修静】の故事)
□156.秋林染霜図
勝境誰家是
楓林藹繞階
已逢秋色満
轉引夕陽佳
濃淡工交朶
黄紅斑染
詩篇將闘色
錦繍愧幽懐
秋林、霜に染まる図。
勝境、誰が家か是れ、
楓林の藹、階を繞る。
すでに秋の色満つるに逢ひ、
轉(うた)た夕陽の佳きを引く。
濃淡、工みに朶を交へ、
黄紅、斑らに高染む。
詩篇、將に色を闘はさんとし、
錦繍、幽懐を愧づ。
□157.積雨留舟分韻
積雨維舟暗水濆
溟烟萬里渺難分
圖南空待西風起
天際偏垂鵬翼雲
積雨、舟を留む。分韻。
積雨、舟を維ぐ、暗水の濆(ほとり)、
溟烟、萬里、渺として分ち難し。
圖南、空しく西風の起きるを待てば、
天際、偏へに垂る鵬翼の雲。
□158.冬初郊行
日暖風微霜露餘
田園晴景向冬初
烟霞行弄林村興
紅葉如花春不如
冬初の郊行。
日暖かく風微にして霜露餘す。
田園の晴景、冬に向ふ初め。
烟霞、行くゆく弄する林村の興、
紅葉、花の如く、春も如かず。
□159.友人宅観楓待某氏不至
孤亭楓幾樹
錦繍映欄干
掩映青氈坐
離披絳帳看
素琴臨石上
繊月上林端
尚待同心至
徘徊衣露寒
友人宅の観楓、某氏を待つも至らず。
孤亭の楓、幾樹ならん、
錦繍、欄干に映ず。
掩映(※照り映え)、青氈に坐し、
離披(※満開)たる絳帳を看る。
素琴、石上に臨めば、
繊月、林端に上る。
尚ほ待つ、同心の至るを、
徘徊して衣露は寒し。
□160.冬日登楼
(※空白)
□161.海楼送客以下五首限寒韵
送客楼前遠海瀾
維舟勧酒暫留歓
行侵霜雪三千里
且慎風波七十灘
海楼、客を送る。以下五首、寒韵を限る。
客を送る楼前、遠海の瀾、
舟を維いで酒を勧め、暫く歓を留めん。
行くゆく霜雪の侵す、三千里、
且(しばら)く風波よ慎め、七十灘。
□162.明妃夢帰漢宮
分明一夜漢宮看
姉妹迎将説苦難
醒去猶疑氈帳裡
夢魂何路入長安
明妃(※王昭君)、夢に漢宮に帰る。
分明たる一夜、漢宮を看、
姉妹迎へて将に苦難を説かんとす。
醒め去りて猶ほ疑ふ、氈帳の裡、
夢魂、何れの路か長安に入らん。
□163.寒夜[逢]裁
征婦閨中驚歳闌
縫裁獨自照燈看
誰憐夜々持刀尺
萬里將防朔地寒
寒夜の[縫]裁。
征婦の閨中、歳の闌(たけなは)なるに驚き、
縫裁、獨り自ら燈に照して看る。
誰か憐まん、夜々刀尺を持ちて、
萬里、將に朔地の寒を防がんとするを。
□164.寒月照霜葉
為貪林景好
不厭夜帰寒
寒月臨霜葉
猶成昼錦看
寒月、霜葉を照らす。
林景の好きを貪る為、
厭はず、夜、寒きに帰るを。
寒月、霜葉に臨み、
猶ほ昼錦を看るを成すがごとし。
□165.扇面山水
萬頃分湖勢
一青浮萃巒
洞庭披掌上
更向月中看
扇面の山水。
萬頃、湖勢を分け、
一青、巒を萃めて浮ぶ。
洞庭、掌上に披き、
更に月中に向ひて看る。
□166.冬郊
聊避塵囂跡
且従鴎鷺洲
坐憐霜雪潔
未覺歳年流
冬嶺孤高樹
寒江獨釣舟
相看心不競
寂寞暮烟幽
冬郊。
聊か塵囂の跡を避け、
且(しばら)く鴎鷺の洲に従はん。
坐(そぞ)ろに憐む、霜雪の潔きを、
未だ覺えず、歳年の流るるを。
冬嶺、孤高の樹、
寒江、獨釣の舟。
相ひ看て心は競はず、
寂寞たり暮烟、幽かなり。
□167.立秋前夜集橋子美客舎楼分韵
同遊避暑此登楼
紫陌紅塵晩自収
初月斜含城樹暮
一宵纔隔海風秋
題詩桐葉憐將落
臨酒桂香涼更浮
逈指星河御溝上
回看大火影初流
立秋の前夜、橋子美(※前出。不詳)の客舎楼に集ふ。分韵。
同に避暑に遊びて、此に登楼し、
紫陌紅塵、晩、自ら収まる。
初月、斜めに含みて、城樹暮れ、
一宵、纔かに隔つ、海風の秋。
桐葉を題詩にすれば、憐めど將に落ちんとし、
酒に臨めば桂香、涼さらに浮かばんとす。
逈かに星河を指す、御溝の上、
回り看れば大火(※さそり座)の影、初めて流る。
□168.留別菅習之先生(併引)
菅習之先生與先師東陽翁嘗相友善也。先生没後予来東都始謁先生。先生亦以故視予如故其[承]誘進之益不復少矣。居焉一歳辞而将帰、則先生賦長律八韵以餞其行併追悼先師之情交感發於詞章之間。予於不勝悲喜之至聊賦一律私布下情耳。豈敢云報来美之萬一哉。
菅公祠廟彩雲邊
世識君家博士賢
大業寧無経国日
小丘聊倚灌園午
聞歌并仰芙蓉雪
納汚弥深渤海天
尚許西河門下客
問交重到子張筵
留別菅習之(※秋元小丘園?)先生(併引)
菅習之先生と先師東陽翁※は嘗て相友の善き也。先生没後、予、東都に来り始めて先生に謁す。先生また故を以て予を視ること故の如し。其の誘進の益を承ること復た少なからず。焉(ここ)に居ること一歳にして辞して将に帰らんとすれば、則ち先生、長律八韵を賦して以て其の行に餞し、併せて先師を追悼するの情交、詞章の間に感發す。予、悲喜の至りに勝へず、聊か一律を賦して私(ひそ)かに布いて情を下すのみ。豈に敢へて美の萬一に報ひ来ると云はん哉。
(※守屋東陽1782 天明2年4月14日歿51才。)
菅公の祠廟、彩雲の邊、
世は識る君家博士の賢を。
大業、寧ぞ経国の日無からん、
小丘、聊か灌園の午に倚らん。
歌を聞き并びに芙蓉(※富士)の雪を仰ぎ
汚を納めて弥よ深し、渤海の天。
尚ほ許す、西河の門下の客(※子夏の門人:自分の謂)、
交を問ひて重ねて到る、子張(※菅習之の謂)の筵。
(※『論語』子夏の門人、交を子張に問ふ。を踏まへる。)
□169.夜雨邂逅尾陽藤益根及某々二生於竹嶼旅亭同藤■人賦送。
大邦佳士忽相逢
探勝兼知禽尚従
侵雨墊巾休野店
看花曲蓋幾雲峰
笛傳楊柳城頭巧
詩映琅玕洲裡濃
逆旅清談塵払盡
明朝誰不慕林宗
夜雨。尾陽(※尾張)の藤益根(※不詳)及び某々二生と竹嶼旅亭に邂逅し、藤■人と同に賦して送る。
大邦(※大藩)の佳士、忽ち相ひ逢ひ、
探勝、兼ぬるに禽の尚ほ従ふを知る。
雨に侵され、巾墊(折れ)て野店に休み、
蓋(かさ)を曲げて花を看る、幾雲峰。
笛は傳ふ、楊柳、城頭の巧、
詩は映ず、琅玕、洲裡の濃かなるを。
逆旅の清談、塵、払ひ尽くせば、
明朝、誰か林宗(※郭太)を慕はん。
(※雨に遭ひ角が折れた郭泰の頭巾を皆がまねをした故事を踏まへる。)
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