(2023.03.31up / update) Back


『棟方志功 装画本の世界 ──山本コレクションを中心に』

山本正敏編著 2023年3月 桂書房(富山)刊行

A4,296p ISBN:9784866271323


 2013年の「高志の国文学館(富山県)」企画展の図録から十年。このたび現時点で可能な限りの集成といふべき、棟方志功の挿画本の総カタログ『棟方志功装画本の世界 ──山本コレクションを中心に』が刊行されました。 A4サイズ、296pオールカラーといふ充実の内容を編著されたのは、前回図録『「世界のムナカタ」を育んだ文学と民藝(79p)』と同じく、棟方志功本のコレクターとして知られる「山本コレクション」のあるじ富山考古学会会長の山本正敏氏。私にとっては、懐かしき「稀覯本の世界」サイトにおける「Salon de 書癡」掲示板にて親交を忝くした古本収集仲間の先輩です。

 タイトルに「装釘本」とないのは、棟方志功が造本には口をはさむことなく、縁や義理ある著者・刊行者から依頼を受けて制作・提供した表紙画や挿絵、それらが使用された書籍雑誌の「書影」と「書誌」とを録したカタログだからであって、従来呼称としてあった、画家自身の企画した自作品集としての「挿画本」のみではないことが断られてゐます。 故に古本好きとしては、もう眺めているだけで愉しくて仕方がない。山本さんも編集しながら横ちょに「レア度★★★★★」や「暫定古書価」を書きこんでみたい衝動に何度もかられたのではないでしょうか(笑)。



 巻末に、画伯令孫の石井頼子氏が一文「棟方志功の装画本 −「仕業」としての板画と装画本−」を寄せ、棟方志功の装画本が読書界に起こしたエポックを評して曰く、

「展覧会場に足を運ばなくても、手にした本が一つの作品であり、 本を開けば否応なしに装画が目に入る。本の人気が作家と作品への興味に繋がっていき、棟方の個展会場に人が溢れる・・・・そんな流れも生まれた。」

 なるほどそれぞれに原画は存在しても、結果として本冊をもって完成とするなら、作品の「本物」は刷られた数だけ存在することとなりましょう。そして実例として、

「戦争に入った頃、新宿の一番大きな本屋の平台が棟方の装幀本で埋め尽くされたのを見て驚愕した」(保田與重郎「昭和十年代の壮観」棟方志功全集第一巻)

 といふ戦時中の実景を挙げてゐます。 戦争と関はる画題を用ゐることがなかったにも拘らず、棟方志功の肉筆画が持つ躍動感が、戦時中の出版物に対して原初的な、所謂神話的なイメージを付与した効果は大きく、その所為もあってのことなのか、今に至ってリベラル読書人には「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」で敬遠する向きもあるやうです。 画伯自身、敗戦後は疎開したまま中央に帰らず、故郷でもなかった富山福光で雌伏の時期を送ることとなります。しかしながらそれは一方で、彼の在留を徳とした富山人の情誼に包まれた「充電期間」でもあったことが、十年後の昭和30年、サンパウロ・ビエンナーレ国際美術展で世界から評価されることで証明されたのでした。 「世界のムナカタ」と変じた人気が日本に逆輸入されるまでの間、さうして古くから培ってきた友誼と新しく結び得た縁とを無下にすることなく、地方文芸の雑誌表紙を飾る挿画にも気さくに応じてゐたのは、本業の板画でも私淑兄事した文人の歌句を題材にとり、自著も多く残した彼の「文芸といふジャンルそのものに対する尊重姿勢」を顕してゐるといってよいでしょう。 さうしてこの冊子が富山で刊行されたこともまた、端的に言って山本氏の心にその恩義や郷土愛が色濃く顕れた成果であるやうに思ふのです。

 石井氏はそして彼の装釘に対する姿勢についても簡要に、次のやうに看破してゐます。

「装幀や装画の仕事は、限られたスペースと色数の中、必要なことを記し、内容に合うデザインで本を際立たさせる。規制の多さとバランス感覚の重要性という点で、版画と共通性がある。(中略)自由奔放で天才肌に見える棟方だが、(中略)デザインの仕事、わけても装画本の仕事は、本領発揮であったのではないだろうか。」

 棟方志功の画業に関し出された画集・図録は数々あれど、書籍装画を本領発揮の分野としてその重要性に触れたものは考察ともに少なく、前回の図録を手にした時にも記しましたが、この度はことさら書籍装画に絞った資料集となってをり、特筆に値します。

 「志功装画本」の全容解明を目指し、自宅の納屋を書庫として改築もされたといふ「山本コレクション」のあるじですが、夙に「Salon de 書癡」掲示板に集ふ我々古書コレクターの間では「世の文庫本といふ文庫本を全てコンプリートしよう」といふ、蠡を以て海を測る古本猛者「文庫中毒さん」として注目される有名人でありました。 その挙句、たうとう(やはり?)途方に暮れられたのか、飲み会にて「最近は棟方本を集め出したよ」との「方向修正」を伺っても、その動機を疑問視し、そも棟方志功の装画本だってコンプリートは不可能事ではないのか等々、口さがない古本仲間からは収集の意義さへ揶揄され、聞き流されたものでした。ですが茲に至って何ごとも申す者はありますまい。その意義が今後研究者によって詳細に語られるのを俟ってゐるかのやうな素晴らしい資料集です。

 このたび本冊を前に瞠目してをります。そして山本氏ならでは成し得なかった永年の営為、独擅場の成果が本年「生誕120年 棟方志功展  メイキング・オブ・ムナカタ」の節目に披露し得たことに、ここにても心よりお祝ひお慶び申し度く思ふ次第です。


「新ぐろりあ叢書」を刊行した「ぐろりあ・そさえて」関係者
(前川佐美雄・棟方志功・中谷孝雄・伊藤長蔵(社主)・浅野晃・保田與重郎)の寄書(複製)。
「乃至法界平等利益」昭和16年5月3日


 
節を重んじた冨岡鐵齋の書斎を髣髴させます。

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